外側ダンジョンの改装アイデア談義
一人でも多くのお客さんに来てほしいというウォルナデットの考えを、
とはいえ、今はまだダンジョンコアが完全回復しているわけではないので、出来ることは限られている。その上で取れる手段というと、なかなかに難しい。
「今の状態でウォリーさんが出来ることって何ですか?」
「内装をちょっといじるぐらいは可能」
「つまり、今あるフロアを少しいじって変化させることは出来るってことですね」
「そう。まったく別の内装に変えたりは難しいかな」
「なるほど……」
ウォルナデットの説明を聞いて、悠利は彼のダンジョンの内装を思い出す。フロア毎に内装が切り替わる面白い構造だったことは記憶に新しいが、具体的に内装がどんな感じだったかはうろ覚えの部分も多いのだ。……何せ、その後に控えていた物騒ダンジョンのインパクトが強すぎて。
とりあえず、入り口の外観がヴァンパイアが住んでそうな洋館だったことと、途中で中華風っぽい建物のフロアがあったことは覚えている。内装の作りは凝っていて、家具もきちんと再現してあった。だからこそ、観光地にしてみたらどうかと提案したのだが。
その観光地に出来そうな内装をベースに何か出来ること、と悠利は考える。ウォルナデットが作った内装はとても見事だった。何なら、そのまま住めそうなぐらいに。
そこまで考えて、悠利はハッとした。今の内装を生かしたアイデアが一つ、あった。
「ウォリーさん、宿です!」
「へ?」
「ダンジョンの中で宿泊出来るようにするのはどうですか?」
「……ダンジョンで宿泊?」
それって楽しいのか?と元冒険者のウォルナデットは首を傾げる。リヒトも首を傾げていた。彼の場合はウォルナデットのダンジョンの内装を見ていないので尚更だ。
ただ、マギサだけは顔を輝かせていた。オ泊マリ、と何だか嬉しそうに呟いている。……アレだろうか。自分のダンジョンにも宿泊スペースを作ったら、お友達とお泊まり会が出来るとか考えたのかもしれない。ここは王都から徒歩一五分の距離なので、宿泊する必要性が見付からないダンジョンなのだが。
悠利が想像したのは、コンセプトホテルだ。テーマパークの傍らには、そのテーマパークの雰囲気を楽しめるように作られたホテルがある。また、古民家などの歴史ある建造物は、その趣を万全の状態で楽しめるように考えたもてなしを備えている場合もある。とにかく、非日常を楽しめるお宿である。
こんなことを考えたのも、ダンジョン内の内装が家具も含めてかなりしっかり作られていたからだ。それと、セーフティーゾーンが宿屋仕様になっていたからである。洗面所とトイレとベッドがあるセーフティーゾーンなんて、このダンジョンにしか存在しないに違いない。
「ウォリーさん、セーフティーゾーンを宿屋みたいにしてたじゃないですか」
「あぁ、うん。その方がゆっくり休めるかなって」
「なので、各フロアの部屋の一部を宿泊施設にして、お客さんを呼ぶのはどうですか?家具や内装が楽しめて良いと思うんです」
「でも、宿泊施設にするなら従業員が必要じゃないか?食事とか」
至極もっともなことをウォルナデットは口にした。宿泊施設にするならば、それなりに対応しなければいけないこともあるだろう、と。ダンジョンに従業員を募るのも変な感じであるし、そもそも賃金が払えない。何せ、資金はないので。
そんなウォルナデットに、悠利は否定をするように頭を振った。悠利の考えは違うのだ。
「そこは素泊まりで良いと思います。外の屋台で食事を買ってもらう感じで。ベッドメイクとかは、内装の手入れでどうにかなりませんか?」
「ん?あぁ、それぐらいは出来るけど」
「それなら、ダンジョンの入り口で宿泊する方には手続きをしてもらうようにすれば、中に従業員はいらないと思うんですよ。地図を渡して自分で移動してもらう感じで」
「……そんなんで良いのかな?」
「鍵を渡しておけば大丈夫じゃないですかね?」
悠利がイメージしているのはビジネスホテルの感じだった。素泊まりで、お部屋の家具とかは好きに使って良いけれど、別にご飯は出てこないし従業員がお世話をしてくれることもない感じのアレだ。旅館とは違う。
人間が管理しているダンジョンでは、入り口で人の出入りをチェックしている。安全が確認されているダンジョンであっても、何かがあってはいけないというやつだ。登山届みたいなものだと思ってほしい。
その出入りチェックの係の人に、宿泊の手続きを担当してもらえば良いのではと思ったのだ。そして、何ならそこで宿泊客からは少量の宿泊費をいただいても良いだろう。だって宿だし。
その辺りのことを説明した悠利に、ウォルナデットは真剣に考え込んだ。リヒトも考え込んだ。何で二人がそんなにも真剣な顔をするのかと悠利は思う。今ある資源を有効活用出来そうなアイデアを出してみただけなのに、と。
そんな悠利の服の裾を、くいくいと引っ張る手があった。振り返れば、ふよふよと浮いたままのマギサが悠利を見つめている。小さな手は悠利のシャツの裾を掴んでいた。
「マギサ?どうかした?」
「オ泊マリ出来ルヨウニシタラ、来テクレル?」
「……え」
「オ泊マリ」
キラキラとした顔だった。相変わらずフードに隠れて目は見えないが、多分きっと輝いているのだろうと思える雰囲気だ。悠利が初めてのお友達であるマギサは、新しい交流の方法に興味津々だった。
マギサの期待を裏切るのは心苦しい。心苦しいが、悠利は正直に答えた。
「歩いてこれる距離だから、ここでお泊まりする利点って多分、あんまりないと思うよ」
「……エ」
「そもそもここは食材採取用のダンジョンって認識されてるから、それでお客さんは増えないと思うなぁ」
「……?」
悠利の意見も尤もだった。近隣の人々に農園とか果樹園扱いされているダンジョンである。お泊まりをする理由なんてどこにもなかった。日帰りで果物狩りとかをするような立地である。
しかし、マギサは不思議そうに首を傾げていた。悠利が告げた内容は解っている。解った上で、マギサは口を開いた。
「僕ガオ泊マリシテホシイノハ、オ友達ダケダヨ?」
「え?そっち?」
「うん」
「オ客サンハ別ニ、オ泊マリジャナクテ良イカラ」
とても正直なダンジョンマスターだった。そもそも、今の段階で大繁盛しているダンジョンなので、新たな客寄せの方法なんて考える必要はないのだ。マギサがお泊まりをしてほしかったのは、お友達である悠利とかルークスである。もしかしたらリヒトもかもしれない。
そういうことならば、話は別だった。単純に友達のお家にお泊まりするということならば、一考の余地はある。……まぁ、ここですぐに返事をするのではなく、帰宅して保護者にお伺いを立ててからなのだけれど。実行するにしても保護者付きになりそうな予感がした。
「僕個人としてはお泊まりも悪くないなって思うけど、アリーさんに聞いてからにするね」
「ウン」
「それに、お泊まりしても良いってなったら、その前にお泊まりする部屋について相談しようね」
「相談?」
「そう。何が必要か、マギサには解らないかもしれないから」
「確カニ」
人外の存在であるダンジョンマスターは、とても素直だった。人間の悠利を泊まらせるのに必要なものが何か、マギサにはさっぱり解らない。一応睡眠はあるけれど、人間のように家具を揃えて云々ではない辺りが、魔物の一種であるダンジョンマスターなので。
なお、同じダンジョンマスターでも元人間のウォルナデットは、ダンジョンコアの部屋の隣に自分の居住スペースを作っている。衣食住の衣と住はせめて快適に保ちたいという人間らしい欲求だった。食に関しては察してあげてください。
そんな風に悠利とマギサがのほほんと話をしていると、色々と考えがまとまったらしいウォルナデットが口を開いた。その顔はやはり、真剣である。
「ちなみにユーリくん、うちのダンジョンの外側に宿泊施設を作ったら、客は来ると踏んでるんだよな?」
「はい。というか、観光で来た人がそのまま宿泊出来るなら楽かなって思っただけです。近隣に宿泊施設はまだないですし」
「そうだなぁ、まだないな。盛り上がってきたらそのうち出来るかもしれないけど」
「宿泊施設が出来る前にやっちゃえば、目玉になるかなーって思ったんですよね」
悠利の考えは一理あった。無明の採掘場及び数多の歓待場の周囲には、何もない。調査団もテントで宿泊しているというのだから、本当に何もないのだ。これから先、発展していくとしても、今現在宿泊施設は皆無である。
観光地として客を呼ぶならば、快適さは重要だ。勿論、都市部から馬車で移動は出来る。それでも、日帰りではなく一泊ならばゆっくりと過ごせるのは事実だろう。そういう意味でも、物珍しさも手伝って人気が出る可能性はあった。
それらを踏まえて、悠利は大真面目な顔でウォルナデットに告げた。これがあれば確実だろうというアイデアを。
「宿泊する部屋に、簡易キッチンとトイレ、お風呂も付けましょう」
「もうそれ家じゃないか……?」
「自室にお風呂があったら快適だと思うんですよ!あのセーフティーゾーンも快適でしたけど、お風呂があったらもっと完璧だなって僕思ってたんです!」
「風呂かぁ……。ダンジョンで風呂は思いつかなかったなぁ」
力説する悠利に、ウォルナデットはゆるゆるとした感じで答えた。自分で作った宿屋風セーフティーゾーンは、彼にとっても力作である。アレはきっと探索する人が気に入ってくれるぞ!みたいな気分ではあった。
だからこそ、ダメだしみたいに悠利に言われた意見に、ちょっとだけ首を傾げている。そんなウォルナデットに対して、悠利は呆れたような顔で告げた。
「何で思いつかないんですか、ウォリーさん。トイレは作ってたのに」
そこである。
宿屋風のセーフティーゾーンには、ベッドだけでなく、洗面台とトイレが備えられていた。寝具の質が良かったのも高ポイントだが、トイレがあるのは至れり尽くせりだと皆で思ったものだ。
だからこそ、悠利には解らない。トイレを作る発想はあったのに、何でそこにお風呂も作っておかなかったのか、と。しかし、ウォルナデットにはウォルナデットなりの理由があった。それも、とても冒険者らしい理由が。
「いや、ダンジョンの探索をしてたら数日潜るとか普通だし、風呂とか考えないよ」
「それは確かに言えてるな。そもそも、安全に水が確保できるセーフティーゾーンが破格だ」
「リヒトさんまでー……」
「「それで普通だから」」
元冒険者と冒険者は同じ意見だった。確かに、説明されたらそういうものかと悠利も思う。ダンジョンを探索すると考えれば、お風呂に発想が飛ばないのも理解出来る。トイレは生理現象を考えたウォルナデットの好意である。
しかし、悠利はそこでめげなかった。何故ならば、今目指しているのは宿泊用のお部屋の話だから。ダンジョンでのあるあるなんて、今はポイ捨てしておいて良いのだ。必要なのはそこではない。
「ウォリーさん、考え方を変えてください。ダンジョンに来るのは、探索者じゃなくてお客様です。おもてなしをしなきゃダメな相手です」
「う、うん……?」
「マギサを見てください。来てくれる人が喜んでくれたら良いなと、様々な食材が手に入るようにしています。その上、このダンジョンは、迷子にならないように設計されてます」
「お、おう……」
「この際、元冒険者の感覚も捨ててください。ウォリーさんに必要なのは、お客様をもてなす心です!」
びしぃっと指を突きつけて悠利は言い切った。何かこう、気合いが入っていた。その横で、マギサは小さな手でパチパチと拍手を送っていた。どうやら悠利に同意見らしい。ルークスも悠利の足元で、同意するようにぽよんぽよんと跳ねていた。可愛いコンビは悠利の味方である。
リヒトは思わず「ユーリ……」と大きな大きなため息を吐いた。それはダンジョンマスターに説くことじゃないとでも言いたげである。しかし悠利には全然届いていなかった。そして、リヒトが明確なツッコミを口にするより先に、ウォルナデットが口を開いた。
「そうか……!俺に必要なのは、おもてなしの精神だったのか……!」
このダンジョンマスター、割とチョロいところがあるのかもしれない。打ちひしがれるリヒトの前で、ウォルナデットは天啓を得たと言わんばかりに感激していた。違う、そうじゃない。
しかし、リヒトの気持ちも空しく、二人は盛り上がっていた。マギサもルークスも二人の盛り上がりを後押しするように応援している。常識人は一人だけだった。ツッコミが追いつかない。
「と、いうことは、部屋に風呂を作ると同時に、寝間着も用意しておいた方が良いかな?タオルとかは備品として置くとして」
「そうですね。飛び入りで泊まることになる人とか、宿泊をやっていると知らずに来て興味を持った方でも使いやすいように、寝間着があると便利だと思います」
「他には?何があると便利だと思う?」
「お風呂用品もそうなんですが、洗顔用品があると良いかも知れません。化粧落とし的なやつです」
「そういうのは備品で出せるか解らない……ッ!」
「解りました。知り合いの行商人さんを紹介します」
「助かる!」
話がトントン拍子に進んでいた。ちなみに、悠利が紹介と言った行商人はハローズおじさんである。何やかんやで悠利との付き合いも長いし、アレで柔軟な思考をしているので、相手がダンジョンマスターでも取り引きをしてくれる可能性はあった。
ちなみに、何でハローズを紹介しようと思ったのかと言えば、シャンプーとリンスの販売元が彼だからである。お風呂用品として一番に思いついたのがそれだった。いっそ、入浴剤も準備しても良いかもしれない。
……どんどんと、ダンジョンから話が離れていく。そこらの宿よりも充実した設備が用意されそうな予感がひしひしとする。リヒトは口を挟もうとしているのだが、盛り上がっている悠利とウォルナデットは聞いちゃいない。ツッコミのお仕事は出来そうになかった。
「二人部屋くらいの作りで良いだろうか……?」
「一人部屋、二人部屋、四人部屋、ぐらいでバリエーションを作っておけば良いんじゃないですか?それなら、色んな人に使ってもらえますし」
「ふむふむ。じゃあ、各フロアに人数の違う宿泊部屋を幾つか用意して、地図にそれを記載して、入り口で鍵を渡してもらうようにして……」
「本格始動の前に、一度関係者とかにお試しで使ってもらうのも良いですよね。実際に宿泊してみないと解らないこともありますし」
「そうだな」
着々と、ダンジョン宿泊施設計画が進められていた。この計画の恐ろしいところは、ダンジョンマスターのウォルナデットがちょちょいと内装をいじれば完成するところである。大工さんがいらないやつです。一瞬でどうにか出来ます。ダンジョンマスターって凄いですね。
もはやダンジョンの概念がどこかに消えている。如何に快適な宿泊施設を作って客を呼び込めるか、みたいな方向で盛り上がっている。リヒトは疲れ果てていた。聞いているだけで常識人には胃が痛い話である。何が胃が痛いって、彼は帰還したらこの話をアリーに報告しなければいけないのだ。
勿論、ダンジョンの主であるウォルナデットが自分のダンジョンをどんな風にアレンジするかは、彼の自由だ。あくまでも悠利の意見を聞いているだけで、最終決定権はウォルナデットにある。それはリヒトも解っている。解っているが、それでもやっぱり雷は落ちそうな気がした。
キリキリと痛む胃を抱えるリヒトの顔色は、ちょっと悪い。それまで悠利とウォルナデットの話を楽しそうに聞いていたマギサが、心配そうにやってくる。マギサはリヒトが大好きだった。
「オ兄サン、大丈夫……?薬草イル?」
「いや、ちょっと考えることが色々あるだけだから、心配しないでくれ」
「ソウ?」
「……ところで、君はあの話を何とも思わないのか?」
「……ドウイウコト?」
リヒトの問いかけに、マギサは不思議そうに首を傾げた。何を問われているのか解らないらしい。そんなマギサに、リヒトは自分の考えを伝える。
「いや、あの二人がやろうとしているのは、ダンジョンっぽくないなぁと思って。生粋のダンジョンマスターの君から見て、どうなのかと」
その疑問は尤もだった。元人間のウォルナデットと違って、マギサはダンジョンマスターになるべく生み出された命である。その彼の中のダンジョンという概念について、聞いてみたかったのだ。
しかし、リヒトは質問する相手を間違えている。目の前の二人の話題が衝撃的過ぎて、後、何だかんだで慣れすぎていて忘れているが、そもそもこのダンジョン収穫の箱庭が既に、普通のダンジョンとは一線を画しているのだ。普通という概念は既に盛大に迷子である。
「別ニ何トモ思ワナイヨ」
「……え」
「ダンジョンヲドウスルカハ、ダンジョンマスターノ自由ダカラ」
「そ、そうか……」
変ナオ兄サン、とマギサはコロコロと笑った。何でそんなことを聞かれるのか解らないよ、と言いたげな態度である。リヒトの希望は簡単に打ち砕かれた。そもそも聞く相手を間違えていたと思い出してほしいものである。
ダンジョンをどのような構造にしてどうやって運営していくかは、ダンジョンマスターの自由。至言である。なので、リヒトは現実を理解して、痛む胃をそっと撫でた。世の中は世知辛い。
つまりは、ウォルナデットがダンジョンを宿泊施設とか観光地に特化させようが、自由。そのためのアイデアを悠利が出していたとしても、ウォルナデットがそれを受け入れるなら何も問題はない。止める方法はどこにもなかった。
「……ユーリ、とりあえず、後でアリーの雷は落ちると思うからな……」
聞こえていないと解りつつ、リヒトはぼやいた。がっくりと肩を落として疲れているリヒトの背中をマギサが、届かないので足をルークスが、慰めるようにポンポンと叩くのだった。
そして、事情を知ったアリーに「お前はもうちょっと考えてから発言しろ!」と怒られるのでした。でも決めたのはウォルナデットなので、方針の変更はありません。
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