物騒ダンジョン改め、テーマパークダンジョン?


「それで、ダンジョンの方はどうなってるんですか?」


 カレーライスを皆で堪能して、食後の紅茶を飲んでまったりしていたときだった。せっかくウォルナデットがいるのだからと、悠利ゆうりはダンジョン観光地計画の進捗について問いかけた。

 アリーからざっくりと視察団が出かけて色々と調整していることも、その彼ら相手に商人が屋台で出店していることも聞いている。しかしそれはあくまでも伝聞の伝聞である。アリーだって教えられた情報を悠利に伝えてくれただけで、実際に現地は見ていない。

 だからこそ、今現在どういう方針でどういった風にダンジョンを調整しているのか、視察団の人々との関係はどういう感じなのか、気になることはいっぱいあるのだ。マギサに聞いてもその辺はざっくりと「ウォリー頑張ッテルヨ」としか言わないので、渡りに船とばかりに当人に聞いているのである。

 なお、リヒトはアレな情報は出てきませんようにと祈りながら、紅茶を飲んでいる。ちょっと顔色が悪い彼を心配してか、マギサが多種多様な薬草を取り出した。


「オ兄サン、具合悪イノ?薬草イル?」

「え?あ、あぁ、大丈夫だ。ちょっと考え事をしていただけだから、心配しないでくれ」

「本当?」

「本当だ。……ありがとう」

「ソレナラ良カッタ」


 リヒトの言葉に安心したようにマギサは笑った。ほわりとした笑顔は愛らしい。ちなみに彼はこのダンジョンのダンジョンマスターとして、様々な植物を生み出すことが出来る。王都の人々用に調整された結果、食材がドロップするダンジョンになっているだけである。

 なので、薬草だってお手の物だ。ただ、薬草の効果は解っているが、人間相手に何をどれぐらい使えば良いのかは解っていない。そのため、思いつく限りの薬草をぶわっと取り出したという状況だった。行動は可愛いが能力はチートである。

 そんな二人のやりとりを横目に、ウォルナデットと悠利はのんびりと言葉を交わしていた。主にウォルナデットが近況を報告している。


「とりあえず、表側の数多の歓待場部分にだけ立ち入りを許可して、お客さんを呼ぶにはどういう風にすれば良いかの相談はしてる。どういう内装が喜ばれるかとか含めて」

「視察団の方が来てるんですよね?」

「そうそう。何か偉い学者さん達も来てるぞー」


 楽しげに笑うウォルナデット。数多の歓待場を、各地の建造物が見られる観光地にしてしまえというのは悠利のアイデアだった。ウォルナデットがやりたいのは人を呼ぶことなので、別に物騒方面は封印しておいても良いのだ。

 ダンジョンというのは、中に誰かが立ち入ることによってダンジョンコアがエネルギーを蓄えることが出来る。過疎ってしまうと、ダンジョンコアのエネルギーが枯渇して、ダンジョンマスターすらも弱ってしまうのだ。死活問題である。

 長年の休眠で稼働出来る程度にはダンジョンコアが回復しているが、周囲に街も何もないダンジョンである。どうにかして客を呼ぶ手段を考えなければならなかった。

 また、元人間であるウォルナデットの方針は、マギサを見習って「外部の人達と共存共栄出来る優しいダンジョン」だ。ダンジョンコアの方針が「入ってくる奴は全部獲物。殺して根こそぎエネルギーを奪う」なのだが、真っ向から反発している。

 少なくとも、本来のダンジョンである無明の採掘場は、その殺伐物騒な方針でやらかした結果、危険と判断されて壊滅に追い込まれた。ダンジョンマスターは退治され、ダンジョンコアは休眠に追い込まれるほどに損傷を負ったのだ。その過去の教訓を盾に、ウォルナデットは自分の考えを推し進めている。

 ……ちなみに、当人の記憶が曖昧なので定かではないのだが、先代のダンジョンマスターを退治し、ダンジョンコアを休眠状態にまで追い込んだのは、ブルックだ。ブルックと、彼の幼馴染みである二人の竜人種バハムーンの仕業である。勿論、正式に依頼として受けて仕事でやったのだが。

 ただ、それは今から数百年は前の話であり、この地に王国が出来る前の話だった。おかげで、当人が忘れていることもあいまって、真偽のほどは定かではない。

 とにかく、そんな諸々の事情を踏まえて、数多の歓待場は一般人が入っても大丈夫なダンジョンであるのかを調査されている。そこに学者がいるのもまぁ、おかしくはないだろう。


「ウォリーさんは案内役ですか?」

「そうそう。ダンジョンマスターだっていうのは伏せて、ダンジョンに詳しい人って扱いで関わってる」

「……誰も知らなかったダンジョンに詳しい人って、物凄く怪しくないですか?」

「王様がそう言ったからそれで通ってる」

「わぁ」


 王様って凄いーと悠利は素直に感心した。ウォルナデットも感心していた。王様がそう言ったらそうなのだ。そこに疑問を挟んではいけない。そういうことらしい。


「あ、安全のために駐在してる兵士の隊長さんは、俺のことを知ってるよ。何かあったときの連携もあるから」

「そうなんですね」

「ソコハ僕トハ違ウヨネ」

「え?」


 ひょこっと二人の間に顔を出したマギサが、ふよふよと浮かびながらさらりと告げた。違うって何が?と言いたげな悠利の視線に、マギサは端的に答えた。


「僕、コノ姿デ会ッタコトナイモン」

「「……あ」」


 マギサの言葉に、悠利とリヒトは声を上げた。そういえばそうだった、と二人は思い出した。マギサはこの小さな愛らしい幼児姿が本性ではあるのだが、役人などの偉い人と会うときはきちんとしないといけないという謎の考えから、大人の姿を取っているのだ。

 そのため、仮にマギサを見かけたとしても、誰もダンジョンマスターだとは思わない。似たような恰好なので眷族か何か、ダンジョン関係者だとは思われているかもしれないが、ダンジョンマスターその人だとは気付かれていないとのことだった。

 何だかなぁと思う悠利だが、ウォルナデットの意見は違った。尊敬する先輩と自分の違いを、後輩はよく知っている。


「先輩はダンジョンコアと方針が同じだから大丈夫でしょう。うちの場合、いつダンジョンコアが俺を無視して何かをするかが解らないんで」

「そういうものなんですか?」

「俺から権限を奪うとかね。元人間な分、俺はダンジョンコアの配下にあるから」


 なかなかにヘビーな内容を、あっさりと告げるウォルナデット。彼はそういう男だった。色々とアレすぎる境遇にありながら、当人はあっけらかんと物事を語る。物凄くポジティブなのかもしれない。

 ちらりと視線を向けられたマギサは、ふるふると首を振った。彼はウォルナデットとは誕生の仕方が違う。人間をダンジョンマスターに作り上げた状態のウォルナデットに対して、マギサはダンジョンコアが一からダンジョンマスターにするために作り上げた存在だ。ある意味生粋である。

 なので、ダンジョンコアとの力関係もまた、異なる。そのことを示すように、マギサは淡々と説明する。


「僕ハ、ダンジョンコアノ制御下ニハナイヨ。好キニ出来ルカラ」

「ウォリーさんとは違うんだね」

「ソモソモ、同ジ考エダカラ、制御モ支配モイラナイヨ」

「なるほど]


 元々がダンジョンコアの意思を反映して生み出されたマギサである。ウォルナデットとダンジョンコアのように、本心が真逆で意見をぶつけ合うようなことは存在しない。マギサの願い、マギサの方針は、ダンジョンコアの方針でもあるのだ。

 色々と大変なんだなぁと悠利は思う。……悠利はその程度にしか思っていないが、リヒトは何でもない顔で紅茶を飲みつつ、冷や汗を流していた。まだまだ謎が多いダンジョンマスターやダンジョンコアの情報が、ぽっぽこ出ている。とても怖い。

 聞かなかったフリ、聞かなかったフリ、とリヒトは心の中で呪文のように唱えていた。彼が学者や研究者であったならば、喉から手が出るほどに欲しい情報だっただろう。しかし、生憎リヒトは冒険者で、それも小市民的な幸せを求める常識人だった。すぎた情報はいらないのだ。

 そんなリヒトに気付かずに、ウォルナデットはまったりと会話を続ける。知り合いと話すのが楽しいのかもしれない。


「入り口の周囲に兵士さん達の宿舎は完成してるんだ。で、視察団や兵士さん目当てに商売をしてる商人達が、屋台を沢山出してる」

「沢山?」

「まぁ、主に日用品と食料かな。料理を作って販売もしてる」

「……なるほど。兵士さん達は、そこで食事をするんですね」

「……そう」


 それまで嬉々として説明していたウォルナデットが、いきなりテンションを下げた。物凄くどんよりしている。いや、しょんぼりの方が近いかもしれない。

 ……そう、彼が無一文であるという現実が、ここで重くのしかかるのだ。人間の食べ物がそこにあるのに、買えないのである。


「ドロップ品とかはどうしてるんですか?」

「とりあえず、各フロアで一人一回宝箱からドロップするようにしてある。ランダムだけど」

「宝箱を開けないと手に入らなくて、一人一回なんですか?」

「その方が良いって言われたからなぁ」


 王様に、とウォルナデットは告げた。悠利はきょとんとする。何でそこで王様が関わってくるんだろう?みたいな気分だった。

 そこで口を挟んだのは、リヒトだった。冒険者として、また、大人として悠利よりも色々と見えるリヒトは、何故そんな風に限定されているのかを理解したらしい。


「食料と違って鉱物の乱獲は王国としても好ましくないからだろう」

「どういうことですか?」

「庶民が食料を手に入れるのはともかく、無尽蔵に鉱物が手に入るとなると、各国の軍事バランスが崩れかねない」

「……あ」


 言われて悠利は、初めてその可能性に思い至った。自分が全然そういう方面に興味もなければ関わることもないので、考えもしなかったのだ。しかし、鉱物というのは武具の生産に使われる素材である。別に武具だけではないけれど。

 そもそも、ダンジョン産の鉱物というのは、ダンジョンの難易度とレア度が比例している。貴重なものは危険なダンジョンで手に入るのだ。それがあるからこそ、諸々のバランスは保たれている。乱獲など出来やしない。

 ところがどっこい、数多の歓待場は平和ボケダンジョンである。魔物はいるが、こちらの姿を見れば逃げていく。トラップなんて、とりあえず設置しましたレベルの子供の悪戯扱いだ。危険度ほぼ0のダンジョンである。

 それを踏まえて、ドロップ品が鉱物というのを考えると、調整は確かに必要だった。誰でも遠足気分で立ち入れるダンジョンで手に入る鉱物。レア度が低いものであっても、乱獲出来るとなったら市場も乱れるだろう。

 そういう意味での、一つのフロアで一人一回という縛りなのだろう。ランダムで手に入ると言っているが、この感じだとあまりにもレア度の高い希少金属などは出てこない可能性がある。


「色々と大変なんですね……」

「まぁ、俺としては消耗が少なくて助かるけどな」

「助かるんですか?」

「沢山ドロップするには、エネルギーも使うからなぁ。まだダンジョンコアは完全回復してないから、出来れば供給が多い方が助かる」


 一応稼働しているが、無明の採掘場及び数多の歓待場のダンジョンコアは本調子ではない。とりあえずウォルナデットが最低限のダンジョンマスターとしての仕事が出来る程度には回復した、ということらしい。なので彼の希望としては、出費を減らして収入を増やしたいという感じらしい。

 ちなみに収穫の箱庭は、連日大盛況なおかげか、ダンジョンコアのエネルギーは有り余っている。マギサがちょっと悠利のためにショートカットの通路を作ったり、ウォルナデットに会いに行くために瞬間移動をしたり、遊びに来たお友達のために別空間を作ったりしても、全然余裕だ。

 そもそも、食材は生み出すのにそこまでエネルギーがかからないらしい。悠利にとっては美味しい食材だが、採取レベルのレア度で言えば、通常レベルばっかりなのだ。ちなみにレア度が高いのは希少な薬草とかです。高級な薬の元になるようなやつだ。


「とりあえず、ドロップ品でお客さんを呼ぶんじゃなくて、中の建造物で呼ぶって言う方針はそのままなんですね」

「うん。学者さん達もその方が良いって言ってた。今はもう見ることの出来ない遺跡とかもあったらしくて」


 俺はよく解らないんだけど、とウォルナデットはあっさりと言い放つ。確かに、彼はダンジョンコアに残された記憶を元に建造物を生み出したのであって、彼自身の知識ではない。そして、その記憶は数百年以上前のものなのだ。

 建物は、いつかは朽ちる。それが維持する者達を失った建物ならば、なおのこと。その本来ならば朽ちている建造物の在りし日の姿が見られるということで、調査に来た学者の中には大興奮の者もいたらしい。

 ジェイクさんがいたら似たような反応してたのかなぁ、と悠利は思う。知的好奇心の塊である学者先生は、そういうときは生き生きと動き回りそうだ。……動き回ったあげく、電池が切れたかのようにばったりと倒れてしまいそうなところまでがお約束だが。

 そこまで考えて、悠利はふと思ったことを問いかけた。


「ところで、調査団と一緒に来ている学者さんって、どこの方々なんですか?」

「え?確か、王立第一研究所……?とかいうところだった」


 やっぱり、と悠利は思った。王立第一研究所は、この国で一番の研究機関だ。そこに所属するのは有能な研究者ばかりである。今回のような案件では彼らが動くのではと思ったのだ。

 そして、もしかしたら、という予感もあった。その悠利の予感を裏付けるように、ウォルナデットは口を開いた。


「そうそう、責任者が小柄な金髪の美少年で驚いたよ。森の民らしいんだが」

「はい、予想通りー」

「うん?」


 期待を裏切らない展開だった。森の民の金髪美少年とは、王立第一研究所の名誉顧問であるオルテスタのことに違いない。ジェイクのお師匠様である。悠利達とも顔見知りだ。

 不思議そうなウォルナデットに、悠利は笑いながら説明をした。


「その森の民の金髪美少年さん、口調はお年寄りみたいじゃありませんでした?」

「そう、それ!いやー、儚げな美少年の口から爺口調が飛び出したときは、思わず凝視してしまったよ」

「その方、うちの指導係のジェイクさんのお師匠様なんです」

「え?世間狭いな」

「ですねぇ」


 引きこもりインドアで自分の興味のあることしかやらない弟子と違って、師匠は国からのお仕事もきちんとやっているらしい。流石は名誉顧問殿である。見た目は儚げな美貌の少年だが、その中身はちょっぴりお茶目で食えないお人だ。

 まぁ、世間が狭いと言うなら、ブルックの存在が物凄くそれなのだが。まさかの、ダンジョンコアを休眠に追い込んだ男が調査団の一員だったのだから。凄まじい偶然だ。

 ただ、ダンジョンコアも特に反応はしなかったので、そこまで重要なことではないのかもしれないと悠利は思う。ブルックの記憶はあやふやで、あくまでもかもしれないだと言っていたが、彼の寿命と実力を考えればあり得る話。

 もしもダンジョンコアがその辺を覚えているならば、ブルックの存在を警戒しただろう。今は新たなダンジョンマスターを得ているので、そこら辺は緩いのかもしれない。悠利には真偽のほどは解らないのだけれど。


「他は、何か変わったことはありました?」

「んー、今のところは特にないかな。あぁ、出来れば各建造物の外観も解るような構造にした方が嬉しいって言われたなぁ」

「内部移動じゃなくて、一度外に出る感じの?」

「そうそう」


 今後の方向性として、そういう風になっていると付加価値が上がるということらしい。確かに、中身だけでなく外観も完全に再現されていたら、学術的な価値も上がるし、見に来る人も盛り上がるだろう。

 今の状態は、扉を潜って次のフロアに入ったら内装が変化しているという感じだ。西洋風から中華風に切り替わったときは、悠利も驚いたものである。あくまでも内部を移動しているイメージだ。

 それを、一度外に出て玄関から入り直すイメージに変更してほしいという要望。意図は確かに解るのだが、ウォルナデットの表情は優れなかった。具体的に言うと、困っている顔だった。


「ウォリーさん?」

「確かにその方が良いとは俺も思うんだけど、現状、エネルギーが足りない」

「へ……?」

「外観まで再現するとなると、一度外を模したフロアを作って、外観を作って、内部を構築する形になるからなぁ……」


 やりたいけど出来ないのだと、ウォルナデットは素直に告げた。素直なのは彼の美点である。……まぁ、ダンジョンマスターの赤裸々な事情を聞かされたリヒトが、聞こえないフリで紅茶を飲んでいるのだが。悠利は何も気にしていなかった。

 結局のところ、ウォルナデットの目的は沢山の人に来て貰うことになる。そうしないとダンジョンコアのエネルギーが補給できないからだ。エネルギーが少ない今の状態では、なかなかダンジョンの改装も出来やしない。


「と、言うわけで、何かアイデアないかな?」

「へ?」

「君の視点は面白いから、何か意見があったら教えて貰おうと思って」


 にこにこと笑うウォルナデットに、悠利はきょとんとした。僕なんかの素人考えで良いのかなぁ?という反応だ。

 ……そんな悠利の姿を見ながら、リヒトは聞かなかったフリ作戦がもう出来ないことを理解した。この先は、悠利がうっかりヤバそうなことを口走った瞬間に、ツッコミのお仕事をしなければいけない。それがお目付役というものだ。

 一人で覚悟を決めているリヒトに気付かずに、悠利とウォルナデットは楽しげに談笑している。真面目な顔になったリヒトをマギサが心配そうに大丈夫?と伺うが、リヒトは大丈夫だと答えるのだった。今はまだ、という感じだったが。




 そんな感じに、ダンジョンマスターさんとのお話はまったりと続いていくのでありました。お目付役、頑張ってください。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る