本日のお弁当はゴロゴロ野菜のカツカレーです


「やぁ、久しぶり!」

「お久しぶりです、ウォリーさん。お元気でしたか?」

「あぁ、とても元気だよ」


 ニコニコ笑顔の青年と、同じようにニコニコ笑顔の悠利ゆうり。マギサもルークスもご機嫌である。ただ一人引きつった顔をしているのは、リヒトだった。突然増えた見知らぬ存在に、その正体を聞かされているからこそ緊張しているらしい。

 この、どこからどう見ても人好きのするノリの良いお兄ちゃんにしか見えない青年は、こことは別のダンジョンのダンジョンマスターである。……そう、ダンジョンマスターさんなのである。

 彼の名前は、ウォルナデット。魔物の一種であるダンジョンマスターは、本来ならば名前など持たない。しかし、彼は元人間の冒険者で、死後ダンジョンコアによってダンジョンマスターに造り替えられたという、ちょっと特殊な成り立ちのダンジョンマスターだった。そのため、名前があるのだ。

 ダンジョンマスターではあるものの、本人の性質は特に何一つ変わっていないらしく、悠利達と挨拶をする姿もただの気の良い兄ちゃんである。まぁ、一応ダンジョンマスターとしての姿は禍々しい感じの角と翼が付いている感じらしいのだが。本人の「こっちの方が慣れてるから」という理由で、彼の姿は人間だった頃のそれである。

 そんなウォルナデットが、何故、ここにいるのか。ダンジョンマスターは本来、己の領域であるダンジョンから外には出られない。しかしここはマギサがダンジョンマスターを務める収穫の箱庭である。ウォルナデットが司るダンジョン、無明の採掘場及びその外側に彼が作った数多の歓待場ではない。ダンジョンマスターの原則で考えれば、彼がここにいられるわけがないのだ。

 しかしそこには、ちょっと驚きのカラクリがあった。ウォルナデットが立っている場所は、彼のダンジョンなのだ。悠利達のいる部屋から伸びる通路の半分だけが、ウォルナデットの領域である。ちなみにもう半分はマギサの領域だ。二つのダンジョンは、それぞれのダンジョンマスターが行き来できるように長い通路で繋がっていた。

 繋がった経緯は、偶然である。永い眠りから目覚めたウォルナデットが力の使い方を覚えるためにあちこちに通路を伸ばしていたら、それがここまで届いたというオチだ。直線距離にしてもそれなりの距離なのだが、細い通路を伸ばすだけなので出来てしまったらしい。

 そんなわけで、仲良しなダンジョンマスター二人は、互いの領域を繋いで交流を持っている。今日はそこに悠利達が混ざった形になった。

 とはいえ、何でいきなりウォルナデットが湧いてきているのか。話は少し、遡る。




 マギサが作ってくれた直通ルートを使ってダンジョンコアの部屋に辿り着いた悠利達は、イラッシャイと笑顔で迎えてくれるマギサと挨拶を交わした。今日もふよふよと宙に浮かんだ幼児姿のダンジョンマスターは愛らしい。相変わらず目深に被ったフードのおかげで顔の上半分は良く見えないが。それもまた愛嬌だ。

 やってきた悠利とルークスと楽しげに戯れた後、背後に控えていたリヒトに気付いて嬉しそうに笑う。ぱぁっと纏う空気が一瞬で明るくなった。マギサはリヒトが大好きなのだ。理由は誰にも解らない。


「オ兄サン、コンニチハ」

「こんにちは」

「来テクレテ嬉シイ」


 ほわほわとした風情の幼児姿でそんなことを言われると、愛らしさが炸裂する。好意を向けられるのは嫌ではない。マギサの見た目も幼いので、実に微笑ましい。

 ただ、相手が人外の存在であるダンジョンマスターだとリヒトがよくよく理解しているところが、ミソだった。懐かれて悪い気はしないのだが、よく考えなくても途方もない爆弾に気に入られているのではないか?みたいな気分になる。真面目人間にはちょっと荷が重かった。

 しかし、余計なことを言って相手の機嫌を損ねるようなこともしない。本当に、深く考えなければ可愛い幼児に懐かれている状態でしかないのだ。……実体がアレすぎるけれど。


「そうだマギサ、お弁当作ってきたから、ウォリーさんに後で届けてくれる?」

「ウォリー?」

「うん。ほら、ウォリーさん、人間の食事が恋しいって言ってたでしょ?」

「言ッテタ」


 悠利の言葉に、マギサはこくりと頷いた。マギサを先輩として慕うダンジョンマスターのウォリーことウォルナデットは、人間の食事に飢えている。ダンジョンマスターなので食事は必要ないのだが、元人間なのでご飯が恋しくなるらしい。

 目覚めてからこちら、セーフティーゾーンに実る果実と、セーフティーゾーンの湧き水と、マギサがお裾分けする果物を食べていたウォルナデット。悠利が手持ちのご飯をあげたところ、人間のご飯に物凄く飢えていることが判明した。

 彼のダンジョンに悠利はひょいひょい行けないが(何せ距離がある)、ダンジョン同士が繋がっているのでマギサならば接触することは簡単だ。通路は繋がっているが、直線距離とはいえそれなりの距離があるので、悠利達が歩いていくのは現実的ではない。

 それもあったので、今日はマギサの分のお弁当と一緒にウォルナデットの分も作ってきたのだ。一緒にお昼を食べて、自分達が帰った後にでも届けて貰えば良いと思ったのである。

 そんな悠利の考えは、半分だけマギサに伝わった。あくまでも半分だけだ。


「ウォリーニゴ飯、持ッテキテクレタンダネ?」

「そうだよ」


 だから後でこれを届けてほしいな、と悠利は学生鞄からお弁当の入ったバスケットを取り出した。そっとマギサに手渡そうとする。しかし、マギサはバスケットを受け取らなかった。

 というか、悠利がバスケットを差し出すより先に、パァッと笑顔になってこう告げた。


「解ッタ。呼ンデクル」

「「え?」」

「待ッテテ」


 可愛い年上の後輩(誕生したのはウォルナデットの方が先だが、長年ダンジョンコアの回復のために眠っていたのでダンジョンマスターとして稼働したのはマギサの方が先)を思って、マギサは結論を出したのだ。事情が飲み込めていない悠利達を残して、細い通路の先へと小走りで去っていく。


「え?え?マギサ!?」

「スグ戻ルネ」

「マギサー!?」


 ちょっと待ってー!という悠利のツッコミも届かなかった。小さな背中は通路に吸い込まれる。……そして、何故か、少し進んだところで消えた。影も形もなく消えた。


「…………ユーリ」

「ち、違うんです、リヒトさん。僕はただ、お弁当を届けて貰いたかっただけで……!」

「何か、去っていったんだが。後、今、消えなかったか……?」

「……消えた気がします」


 何アレ、と悠利は思った。マギサとは仲良くお友達をやっているが、ダンジョンマスターの生態については解らないことだらけである。走っていったはずなのにかき消えてしまったマギサの姿に、ドキドキしてしまう。

 そのドキドキは、長続きしなかった。特大のびっくりが降ってきたからだ。


「タダイマ」

「お邪魔しまーす!」

「「……!?」」


 マギサが去っていってから、数分しか経っていない。なのにそこにはマギサがいて、当たり前みたいな顔でウォルナデットがいた。いつの間に湧いて出たのかさっぱり解らない。

 混乱しきりな悠利達に対して、マギサはにぱっと笑って告げた。楽しそうに。


「ウォリー呼ンデキタ。一緒ニ食ベヨウ」


 満面の笑みだった。そのまま、通路から出られないウォルナデットも使えるように部屋の隅にテーブルを作り出す。一緒に食べる気満々だった。

 何でウォルナデットがいるのかは、この際もう良かった。マギサが呼んできたのだということで納得はした。悠利が納得出来なかったのは、時間が明らかにおかしいことだ。それはリヒトも同様だった。なので、悠利は思いきって問いかけた。


「ねぇ、マギサ」

「ナァニ?」

「さっき、マギサの姿が消えたように思うんだけど……。後、行って戻ってくるまでの時間が、おかしくないかな?」

「僕達、ダンジョンノ中ナラ、行キタイ所ニスグ行ケルヨ」

「瞬間移動出来たの!?」

「力ヲ消耗スルカラ、イッパイヤルト疲レル」


 ダカラ普段ハアンマリヤラナイ、とマギサはあっさり言いきった。悠利が恐る恐る視線を向けたら、ウォルナデットはえっへんと胸を張って答えた。


「ダンジョンに来る人が増えてくれたおかげで、消耗を心配せずに移動出来るようになった!」

「……あ、やっぱり前は無理だったんですね、ウォリーさん」

「やれたけど、やりすぎると倒れる」

「それはやっちゃダメなやつです!」


 思わずツッコミを入れる悠利。はははと楽しそうに笑うウォルナデット。もはや完全に近所のお兄ちゃんである。

 とりあえず移動時間がおかしいという謎は解けた。マギサに呼ばれたウォルナデットも来てしまった。そこにいるのだから仕方ない。そんな風に悠利は割り切って、冒頭の会話に戻るのである。




 そんなこんなで、顔見知り同士の挨拶は和やかに、のほほんと終わった。続いてウォルナデットは、悠利達の背後に佇むリヒトに視線を向けた。通路から出てこられないウォルナデットなので、その場でぺこりと頭を下げる。


「そちらは見たことがない顔だなー。先輩の後輩のウォルナデットです。ウォリーって呼んでくれ!」

「……《真紅の山猫スカーレット・リンクス》所属の冒険者、リヒトだ。どうぞよろしく」

「よろしく」


 満面の笑みを向けられて、ダンジョンマスターってこういうのだったかなぁ、とリヒトはちょっとだけ遠い目をした。まぁ、ウォルナデットの場合は元人間というのもあるので、人間に友好的でもまだ理解出来る。一応。

 リヒトがウォルナデットと挨拶を交わしている間に、悠利はテキパキとテーブルの上に昼食の準備を整えていた。お弁当として届けてもらう予定だったウォルナデットの分もセッティングしている。


「ユーリ、今日ハ何?」

「今日はねー。カレーだよー」

「……カレー?」


 悠利の言葉に、マギサの顔がちょっとだけ曇った。……勿論、相変わらず顔の上半分はフードに隠されていて解らないのだが、それでも雰囲気でちょっぴりテンションが下がったのは察することが出来る。

 マギサは悠利の作ってくれるお弁当が大好きだ。食事の必要がない生粋のダンジョンマスターであるが、お友達が作ってくれる食べ物ということで、いつだってうきうきしている。そのマギサにしては珍しい反応だが、これには理由があった。

 先日ウォルナデットのダンジョンで顔を合わせたときに、悠利はマギサとウォルナデットに残っていたキーマカレーを振る舞った。ウォルナデットは美味しいと喜んで食べてくれたのだが、マギサにはスパイスの刺激が強すぎたらしく、美味しいけど辛い食べ物として認識されたのだ。口の中がヒリヒリしたらしい。

 勿論、悠利はそのことを覚えている。解っている。可愛い可愛いお友達が悲しい顔をしてしまったのも記憶にある。けれど、だからこそ今日のお弁当はカレーなのである。


「安心して、マギサ。今日のカレーは、この間のよりも辛くないから」

「……辛クナイ?デモ、カレーハ辛イ食ベ物デショウ?」

「辛いのが苦手な人でも食べられるような甘口のカレーもあるんだよ」

「辛クナイ……」


 悠利の言葉を反芻して、マギサはほわっと笑った。先ほどまで下がっていたテンションが上がっている。嬉しそうだ。

 ちなみに甘口のカレーは、悠利が必死にスパイスやら色々な食材と睨めっこをして作った産物である。【神の瞳】さんに頼りまくったやつである。可愛いお友達に美味しく食べてもらえるカレーを!という感じに張り切った。

 そんなわけで、今現在カレールウは以前からある中辛に加えて、甘口も販売されている。お子様に大人気の商品である。今日はその甘口カレーを使ったカレーも持ってきたのだ。

 なお、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々は中辛で全然問題ないので、この甘口カレーは完全にマギサ専用だった。ただし、お友達と一緒の方が喜ぶかなぁと思って、悠利の分は甘口で持ってきている。リヒトとウォルナデットの分は中辛だ。


「今日のカレーは、素揚げ野菜とカツをトッピングした豪華仕様です」


 テーブルの上にカレーの準備を整えた悠利は、じゃーんという効果音が付きそうな感じで皆に説明をした。その言葉通り、そこにあるのはゴロゴロとした素揚げ野菜と、食べやすいように切り分けられたカツの載ったカレーだった。

 カレー、素揚げ野菜、カツ、ご飯を全てバラバラの入れ物に入れて持ってきていたのだ。小分けにすることで、食べるときに美味しくいただける。何せ、全部盛りつけた状態で運んでしまうと、時間経過があった場合に食感が変わるからだ。

 ……まぁ、悠利の学生鞄は時間停止機能が付いた魔法鞄マジックバッグなので、大丈夫なのだけれど。何となく気分である。

 深皿に盛りつけられた豪華仕様のカレーに、皆は驚いたように目を見張っている。茄子やジャガイモ、人参、パプリカなどの素揚げ野菜がカレーに彩りを添えていた。そして、食べ応え抜群のカツがカレーの上に載っている。見るからにお腹が膨れそうだ。


「アレ?カレーってこの間の料理じゃないのかい?」

「カレーは色々な種類があるんです。今日のは素揚げ野菜とカツを載せたカレーになります。この間のはキーマカレーです」

「ふうん」


 色々あるんだなぁ、と感心した風なウォルナデット。そんな彼は、マギサが作って手渡してくれた椅子を自分の領域である通路に置いて座っていた。ダンジョンマスター達は自分の領域から出られないが、作ったものなどは渡せるのだ。

 全員席に着き、ルークスも高さを調節した椅子の上に座っている。ちなみにルークスの分は野菜炒めである。皆とお揃いということで、素揚げ野菜とカツがちょこっと添えられている。好物が野菜炒めなので、当人はとても喜んでいた。


「それでは、いただきます」

「「いただきます」」

「イタダキマス」

「キュピピ」


 悠利が手を合わせて呟くと、皆がそれに続いた。特筆すべきは、ルークスが身体の一部をちょろりと伸ばして両手を合わせるような仕草をしているところだろうか。ご主人様の真似っこをする従魔である。とても可愛い。

 今日のカレーは、具材が入っていない。ように、見える。実際はよーく炒めたタマネギは入っている。ただ、いつもならば人参やジャガイモも一緒に煮込むのに、今日はそうしていないだけだ。代わりに、素揚げ野菜が盛りつけてある。

 スプーンで素揚げの茄子を食べやすい大きさに切って、カレーライスと一緒に掬って口へと運ぶ。悠利のカレーはマギサと同じ甘口なので、スパイスの風味はありながらもまろやかだ。小さいときに食べたお子様カレーの味である。

 素揚げした茄子の外はカリッとしているのに中はふんわりした食感も楽しい。カレーと茄子の相性は悪くないので、口の中で良い感じにまとまっている。いつもの中辛のカレーも良いが、この甘口カレーも決して悪くはないなと思う悠利だった。

 ちらりと視線を向ければ、マギサは小さな口を大きく開けてカレーを頬張っていた。最初は恐る恐る食べていたのだけれど、一口食べてからは美味しいのか大きな口で食べている。甘口カレーはお口に合ったらしい。

 どうやらジャガイモが気に入ったらしく、食べやすい大きさにしては口へと運んでいる。素揚げのジャガイモはほくほくに仕上がっていて、口の中でほろっと崩れるのが良い感じである。カレーとの相性に関しては言わずもがなだ。ド定番野菜だし。

 そんな風に美味しいとカレーを食べていたマギサが、ふと何かに気付いたように悠利を見た。正確には、悠利のカレーを見た。


「どうかした、マギサ」

「……ユーリ、同ジ……?」

「うん。今日はマギサと同じカレーだよ」

「同ジ、嬉シイ」


 中辛のカレーを美味しく食べられる悠利が自分と同じ甘口のカレーを選んでいることが、よほど嬉しかったのだろう。ほわほわとした笑顔でマギサは告げる。はにかんだようなその笑顔は、とても可愛かった。……やっぱり目深に被ったフードのせいで顔の上半分は見えないけれど。

 そんな風に微笑ましい悠利とマギサと裏腹に、一人、物凄く感動しているのがウォルナデットだった。普通に味わって美味しいなと思って食べているリヒトが、ちょっと引いてしまうくらいに感動している。


「カレーライスも美味しいし、野菜も美味しいけど、何より、肉が美味い……」

「あ、ボリュームある方が良いかなと思って、今日はカツを乗せてあるんです。オーク肉なんですけど、お口に合いました?」

「物凄く美味しい。美味しすぎて辛い」

「……辛いって何で……」


 カレーライスと一緒にカツを頬張って食べつつ答えるウォルナデットに、悠利は目を点にした。美味しいと喜ばれるのは嬉しいのだが、どうしてそこで辛いという単語が出てくるのか、さっぱり解らない。

 しかし、ウォルナデットには彼なりの理由があったのだ。彼にとって肉はご馳走である。ご馳走というか、初対面のときに悠利に与えられたもの以外に食べていない。貴重品すぎるのだ。

 そもそも、ダンジョンマスターに食事は必要ない。そういう意味では、別にお肉が食べられなくても問題ないのだ。しかし、元人間のウォルナデットにしてみれば、美味しいご飯はとても重要な嗜好品である。感動しているのも仕方ない。

 その上で、今の彼には肉を手に入れる手段も、料理を手に入れる手段もないことを思い出してほしい。ダンジョンから出られないダンジョンマスター。自由に出せるのは鉱物。食べ物とは縁遠かった。


「このカツが、本当に、本当に美味しい……」

「あ、ありがとうございます……?」


 感涙しているウォルナデットに、悠利は困惑しつつもお礼を言っておいた。とりあえず、喜んでいるらしいということだけは理解出来たので。

 塩胡椒で軽くした味を付けただけのオーク肉のカツは、食べやすい大きさに切られている。なので、スプーンで掬ってカレーライスと一緒に食べることが出来る。後載せで最後に盛り付けたこともあって、カレーの付いていない場所はパン粉がサクサクだった。

 スパイスの風味をアクセントに纏って、口の中にじゅわりと肉汁の広がるカツ。カツカレーはボリューム満点で、相乗効果で旨味がパワーアップする素晴らしい料理である。トッピングとしてとても優秀だった。

 物凄く大袈裟に喜びながら食べるウォルナデットを不思議そうに見ている悠利達に、マギサが答えを教えてくれた。物凄く端的に。


「ウォリーハオ金持ッテナイカラ、オ買イ物出来ナインダヨ」

「……え」

「……は?」

「周リニオ店ガ出来タラシイケド、ウォリー、オ金持ッテナイカラ」

「「…………あ」」


 思わず間抜けな声を上げてしまう悠利とリヒトだった。何でウォルナデットがここまでお肉に反応しているのか、彼らにはよく解ってしまったのだ。購入手段がないという現実を、今、やっと、理解したのである。

 ウォルナデットが管理するダンジョンは、本来のダンジョンである殺意高めの無明の採掘場と、その物騒さが嫌で彼が外側に構築した平和すぎる数多の歓待場の二つだ。その外側の数多の歓待場部分を観光地にしてしまえば良いのでは?という悠利のアイデアが採用されている。

 その結果、ダンジョンを視察するために人々が派遣され、どういった方針で営業していくかを考えている最中だ。その視察団の人々の野営地みたいに入り口周辺がなっており、彼ら相手に商人が屋台を出している。そこまでは悠利も聞いていた。

 そう、屋台があると聞いているのだ。ダンジョンマスターはダンジョンから出られないが、実は目に見えている入り口周辺もダンジョンの敷地らしく、ウォルナデットはその辺りを出歩ける。お店が出来たら買い物出来ますね、と暢気に話していた記憶がある。

 しかし、屋台はあるが、食べ物も売っているが、今の彼は無一文だった。まさかの、お金がないから何も買えていないという現実に、悠利は物凄く憐れみを感じてしまった。あんなにご飯に大喜びしていたのに、と。


「……えーっと、ウォリーさん、お金ないんですか……?」

「鉱物を換金できるような人が来てくれてない……」

「…………早急に来て貰えると良いですね」

「うん……」


 鉱物ならいくらでも出せるウォルナデット。換金してくれる業者が来てくれたらそれで小銭を得て、何か買って食べようと思っていた。今も思っている。しかしその夢はまだ叶っていなかった。なんてこったい。

 美味しい美味しいとカレーライスを食べるウォルナデットを見て、悠利は決意した。学生鞄に手を伸ばし、どんと器を取り出す。


「ユーリ、どうしたんだ?」

「ウォリーさん」


 リヒトの呼びかけには答えず、悠利はウォルナデットに声をかけた。口いっぱいにカレーライスを頬張っていたお兄さんは、不思議そうな顔で悠利を見た。リスの頰袋みたいになっている。

 そんな彼に、悠利は真剣な顔で告げた。大真面目に。


「ここにお代わりがあるんで、遠慮なく食べてください」

「ありがとう!!後で鉱物プレゼントするから!」

「いえ、別に鉱物はいらないです」


 パァッと顔を輝かせたウォルナデット。放っておくと超レアな鉱物を出してきそうだったので、悠利は流れるように拒絶した。これが食材だったら受け取ったかもしれないが、悠利に鉱物は必要ないのである。

 お代わりがあると解って、途端にウォルナデットはご機嫌になった。後輩が喜んでいるのでマギサも嬉しそうだ。マギサが嬉しそうなので、ルークスもにこにこしている。そんな皆を見て、リヒトはそっと視線を逸らした。これがダンジョンマスターか、と小さく呟いた声は、誰の耳にも届かなかった。




 その後、心ゆくまでカレーライスをお代わりしたウォルナデットの幸せそうな顔に、皆も釣られたように笑ってほっこりするのでした。美味しいご飯はとても大事です。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る