酒の肴にクリームチーズのだし醤油漬け

「え?晩酌するからおつまみが欲しい?」

「そう」

「そうなんだ」

「そうなのよー」


 お願い、と仲間達に拝まれて、悠利ゆうりはきょとんとした。こんな風にお願いされるのはとても珍しい。なお、お願いしてきたのはレレイ、クーレッシュ、マリアの三人だ。ちょっと珍しい取り合わせである。

 いや、別に珍しいわけではない。彼等は同じ訓練生だし、何だかんだで一緒にいることもある。ただ、どちらかというと、レレイとクーレッシュ、レレイとマリアという組み合わせで、三人でいることは少ない。

 で、そんな珍しい組み合わせからの、おつまみのリクエストだ。何でそういうことになったんだろう?と悠利は思った。別に仲間達が晩酌をするのは構わないし、レレイもマリアも酒豪なので美味しそうにお酒を飲んでいる姿は良く見ている。

 そこまで考えて、悠利はちらりと心配そうにクーレッシュを見た。クーレッシュもお酒は飲める。ただ、普通に飲めるという範囲であり、横にいる酒豪女子と同じレベルで飲んだら確実に潰れる。口当たりの良い酒を飲み過ぎて唸っていることもある程度の、お酒が飲めるという感じなのだから。

 そんな悠利の視線に、クーレッシュは大丈夫だと言いたげに頷いた。


「心配するな。俺はラジやヤクモさんと飲むから」

「へ?」

「あたしはマリアさんとフラウさんと飲むのー!」

「……あー、晩酌が男子チームと女子チームに分かれてるんだ?」

「「そう」」


 それなら安心だなぁ、と悠利は思った。女子組と男子組に分かれていれば、クーレッシュがレレイのペースに巻き込まれて大変なことになることはあるまい。

 そこまで考えて、珍しい人が晩酌に付き合ってくれるんだなぁ、と悠利は思った。ヤクモは訓練生ではあるが客分扱いで、若手組からは信頼する大人枠に位置付けられている。気楽にお茶をしたり晩酌を共にしたりというポジションにはいない。


「ヤクモさんが一緒って珍しいよね」

「色々話を聞かせて貰うってことになった」

「あー、なるほど」

「そんなわけなんで、おつまみください」


 ヤクモは故郷を出てあちこちを旅してここに辿り着いているので、色々と知識が豊富だ。その彼の話を聞きたいというのはまあ、解らなくもない。知ることは大切だ。

 それもあるので、クーレッシュはおつまみのリクエストに来たらしい。しかし、女子組も男子組も晩酌をするとなると、沢山作らなければダメだろうかとう悠利は考えてしまう。何にしよう、と。

 そんな風に真剣に考えている悠利に、レレイが声をかける。のほほーんとしたいつも通りの口調で。


「あのね、ユーリ。クラッカーとかナッツとか、食べるものは用意してあるんだよ」

「へ?」

「だから、全部ユーリに作ってってわけじゃないよ」

「はい……?」


 おつまみが既に用意されているのならば、何故自分に頼むのか。意味がよく解らなくて、悠利は首を傾げた。多分悠利は悪くない。説明が足りていないのだ。

 その辺りを理解してか、クーレッシュが口を挟む。レレイの足りない部分を補うのは彼の仕事になりつつある。頑張ってほしい。色んな意味で。


「こっちで用意したおつまみはあるんだけど、それはそれとして、何かユーリが作ってくれたのが食べたいなって話になったんだよ」

「そうなの?」

「と、言うわけで、あんまり手の込んだものじゃなくて良いから、何か頼めるか?」


 忙しいのにごめんな、と拝む仕草をしてくるクーレッシュに、悠利は仕方ないなぁと言いたげに笑った。こんな風にお願いされたら、やる気が出てしまうのだ。


「うん、解ったよ。何か考えて、準備しておくね」

「ありがとう」

「わーい、ユーリのおつまみー!」

「楽しみにしてるわねぇ」


 ストレートに感謝の言葉を向けるクーレッシュに、大喜びで飛び跳ねているレレイと、その隣で艶やかに微笑むマリア。悠利のおつまみが食べられると解って、三人共とてもご機嫌だった。とても解りやすい。

 鍛錬があるからと去っていく三人を見送って、悠利はどんなおつまみを用意しようかと冷蔵庫の中身を確認した。手軽に作れて、それなりに数が確保できるものはないかと思うのだ。

 幸いなことに、先ほど聞いた晩酌メンバーには、特別嫌いなものやアレルギーなどは存在しない。つまり、とりあえず悠利がどの食材を使ってどんなおつまみを作っても大丈夫ということだ。


「用意してるのがクラッカーやナッツってことは乾き物だから、そうじゃない感じの何かが出来れば良いんだけどなー」


 とはいえ、夕飯の準備もあるのであまり手間暇をかけたおつまみを作るのは難しい。いや、出来なくもないのだが、そうすると時間配分を考え直さないといけない。

 それに、そんな風に悠利の負担になったと知ったら、皆は申し訳なく思うだろう。それが解っているので、悠利としても無理なく作れるおつまみは何かなーと考えているのだった。

 しばらく冷蔵庫の中身を確認し、悠利はある食材を見つけた。そのままでも十分におつまみになりそうな食材、クリームチーズである。


「確か、フラウさんもいるって言ってたよね」


 指導係の弓使いフラウは凜々しい姐さんのような女性である。そしてそんな彼女の好物はチーズ。チーズならばどんな種類でも好きらしいというのは知っている。

 簡単に作れて、さらには特に喜んでくれる人がいるのが解っているおつまみ。悠利の頭にあるレシピが思い浮かんだ。


「よし、クリームチーズのだし醤油漬けにしよう」


 何を作るか決まれば、悠利の行動は早かった。そもそも、今から作るものはとても簡単に作れるのだ。そりゃもう、簡単に。だから選んだのだが。

 まず、クリームチーズを一口サイズのサイコロ状に切り分ける。ひょいひょいと気軽につまめる大きさだ。酒のつまみに出すのだから、一口でぱくんと食べられる方が良いだろうという判断だった。

 全てのクリームチーズを切り分けたら、ボウルに入れる。本当は、ジップロックのような密封できる袋があると一番なのだが、見当たらないので仕方ない。別にボウルでなくても良いのだが、それなりの分量を作るので今回はボウルである。

 ボウルにクリームチーズを入れたら、そこへだし醤油を入れる。なみなみと、全体が浸かるように入れたら完成だ。後は馴染むのを待つだけである。

 ここで使うのは、だし醤油であることがポイントである。普通の醤油で作ると辛くなってしまうのだ。だし醤油は普通の醤油よりも旨味成分が多いのかマイルドに仕上がるのである。

 めんつゆや白だしなどでやっても良いかもしれない。そこら辺は、個人の好みで調整するところだろうか。しかし、とりあえず悠利の頭にあったのはだし醤油なので、本日はだし醤油を使っている。


「それじゃ、後は冷蔵庫に入れておいて、夜に出そうっと」


 仕込むだけで後は何もやらなくて良い。この程度の労力のおつまみだったら、出された側も罪悪感を抱くことなく受け取ってくれるだろう。

 少なくとも、あの場にいなかった面々はそういう反応を見せそうだと思った。自分達の都合で悠利の仕事を増やすことを悪いと思うような性格をしている。

 なお、悠利に頼んできた三人が何も感じていないかというと、そうでもない。彼らも無理はしないでくれという態度だったし、多分今度どこかに出かけたらお土産に食材を持って帰ってくるだろう。そういう方向での気遣いをしてくれるのだ。

 何はともあれ、頼まれた仕事は果たした。悠利には他にも仕事が、やるべきことがある。


「よーし、今日も家事頑張るぞー」


 趣味が仕事になっている少年は、そんな風に元気に日常に戻っていくのだった。




 そして、恙なく夕飯を終えて後片付けも完了したタイミングで、悠利は冷蔵庫からクリームチーズの入ったボウルを取り出した。既に緩やかに晩酌は始まっており、クラッカーやナッツを自分達で用意して楽しんでいる姿が見える。女子組も男子組も楽しそうである。

 ボウルの中のクリームチーズは、だし醤油の海でゆらゆらと泳いでいた。一つ一つが小さいので、ころりころりと動く様はどこか可愛らしい。時折ぷかりとだし醤油の海から表面が浮かび上がったクリームチーズがあって、仄かに染まった白さが際立つ。

 そう、だし醤油にしっかりと漬け込まれたクリームチーズは、うっすらと色が変わっていた。まるで煮玉子のようである。アレも真っ白な表面が醤油色に染まる様が見事なので。

 ただ、煮玉子に比べると色は白い。ちゃんとクリームチーズだと解る程度には色が残っていた。それでも、ひょいと取り出してみると確かにうっすらと茶色に染まっているので、きちんと浸かっていることだろう。

 流石に味見もせずに提供するのは悠利の主義に反するので、適当なクリームチーズを一つ取って口へと運ぶ。口に入れた瞬間に感じるのはだし醤油の味で、続いて噛むことによってクリームチーズの風味が広がる。

 ここがミソで、クリームチーズのまろやかな旨味と柔らかな食感に、だし醤油の風味が上手に調和していた。ただのクリームチーズよりも濃厚な、けれど後に引くような強烈さはどこにもない。酒のつまみとして、十分に仕事を果たしてくれそうだった。


「よし、大丈夫そうだから、二つの器に盛り付けてーっと」


 女子組と男子組に分かれているので、器も二つ必要だ。せっせとクリームチーズを器に盛り付ける悠利。なお、使っているのは細かい穴の空いた大きめのスプーンみたいな道具だ。中身だけを掬い上げられる便利な品である。

 せっせと盛り付けていると、不意に視線を感じた。誰だろうとそちらへ視線を向けた悠利は、水を入れに来たらしいアロールと目が合った。


「……えーっと、アロール、何?」

「それは僕の台詞かな。何してるの」

「おつまみ準備してる」

「……何してるの、本当に……」


 呆れたような顔をされてしまった。夕飯の後片付けも終わったのに仕事をしている悠利が気になってしまったらしい。そんなアロールに悠利は、晩酌をするからおつまみを作ってほしいと頼まれたことを伝えた。

 伝えた瞬間、十歳児の眼差しが更に呆れに染まった気がした。何故だろう。


「君は働き過ぎなんだよ。あんまりホイホイ引き受けるんじゃない」

「えー?でもこれ、切って漬け込んでおいただけだよ?」

「何を作るか考えて、その量を切って準備しただけでも手間だろ」

「そうでもないよ?」


 実際、コレは本当に簡単に作れてしまったので、悠利は別に苦とも思っていない。そもそも、気を遣わせないようにお手軽レシピのおつまみを選択したのだし。

 そんな悠利を見て、アロールは盛大に溜息をついた。処置なし、とでも言いたげである。……十歳児に呆れられる十七歳児という、割といつもの光景がそこにあった。

 アロールに何を呆れられているのかよく解らないままに、悠利は盛り付けたクリームチーズのだし醤油漬けを運ぶことにした。お話は後にして、晩酌中の皆にお届けするのが先である。

 とことことやってくる悠利の姿最初に気付いたのは、レレイだった。悠利の手に器が乗せられているのに気付いて、ぱぁっと顔を輝かせる。大変解りやすい。


「ユーリ、おつまみ?」

「うん、おつまみ。クリームチーズのだし醤油漬け。手が汚れるといけないから、フォークで食べてね」

「うん!ありがとう!」


 はいどうぞ、と悠利は人数分のフォークと共に器をレレイに渡した。受け取ったレレイは、まるで物凄いお宝を手に入れたかのようにうきうきしながらそれをテーブルの上に置いた。


「クーレ、これ、そっちの組のやつー」

「おう、ありがとう。悪かったな」

「ううん。切って漬け込んだだけだから」


 こちらも人数分のフォークと共に器を渡されたクーレッシュは、悠利に礼を言ってから受け取る。テーブルの上に置かれた器に、ラジもヤクモも不思議そうな顔をしていた。既におつまみはあるのにとでも言いたげだ。

 対して、女性陣は行動が早かった。既にフォークに突き刺したクリームチーズを口へと運んでいる。……いや、本当に行動が早い。普段は慎重な面もあるフラウだが、チーズ大好きなので反応が早かったのかもしれない。


「それはクリームチーズをだし醤油に漬けたものです。お口に合うと良いんですが」

「とても美味しい」

「そうですか。良かったです」


 悠利の説明に食い気味で答えたのは、フラウだった。どうやら、チーズ大好きな姐さんのお口にあったらしい。クリームチーズを咀嚼した後に、ぐびっとお酒を飲んでいる。おつまみとしても及第点を貰えたらしい。

 そしてそれは、男性陣も同じようだった。普段から穏やかな表情のヤクモだが、より一層柔らかな優しい微笑みを浮かべて悠利に会釈をしてくる。その手にはフォークが握られているし、逆の手には酒の入ったコップが握られていた。流れるように酒を飲んでいる。

 このクリームチーズのだし醤油漬け、地味に皆が飲んでいる酒の種類がバラバラでも美味しく頂けるおつまみになっていた。

 というのも、エールやワイン組にとってはどんな味付けであろうともあくまでもチーズ。メインの味わいがクリームチーズなので、意外とだし醤油味でも合うようだ。

 そして、ヤクモである。彼は故郷の酒である清酒を飲んでいた。いわゆる日本酒的なアレである。エールやワインとは味わいが異なり、必然的に合うおつまみも変わってくる。ここで仕事をするのが、だし醤油だ。

 クリームチーズは元々まろやかな味わいが特徴のチーズである。ドカンとパンチが効いているわけではない。それでもやっぱりチーズなので、合うのは洋風のお酒っぽいイメージがある。それをだし醤油が包み込むことで清酒にも合うようになっているのだ。

 なお、お酒が飲めない悠利は、そんな難しいことは考えていない。とりあえず、簡単に作れるし美味しいからこれで良いや、ぐらいのノリである。実家にいた頃は家族の晩酌用に作りつつ、妹と一緒におやつ代わりに食べていたので味は知っているのだ。


「ユーリ、これ、面白い味だね!」

「だし醤油味だからね」

「優しい感じがして好きだよ」

「お口に合って良かったです」


 にぱっと笑うレレイ。彼女はいつでも素直に感想を伝えてくれる。美味しいものを全力で美味しいと伝えてくれるレレイの存在は、微笑ましい。そう、それ自体は。

 ……まるでバトルのようにマリアとフォークの応酬でクリームチーズの取り合いをしている姿さえなければ、微笑ましいのだ。


「本当に美味しいわねぇ」

「美味しいですよねー」

「ちょっと癖になる味だわぁ」

「解りますー」


 応酬をしていると言っても、別に険悪ではない。にこにこ笑顔で、これ美味しいよね!と言いながら一緒に食べているだけだ。

 ただ、持ち前の身体能力や動体視力で、何か凄まじい勢いで取り合いがされているだけで。思わずフラウを心配した悠利だった。彼女はチーズが好きなのに、これで食べそびれるかもしれない。

 しかし、そんな心配は杞憂であった。


「ユーリ、これはとても美味しいな。わざわざありがとう」

「いえ、簡単だったので。……で、フラウさん、それ」

「流石にアレと張り合うつもりはないからな」

「なるほど……」


 悠利の目に入ったのは、クラッカーやナッツを取り分けるためにか準備されていた小皿に、それなりの量のクリームチーズを確保しているフラウの姿だった。抜け目がない。美味しいと思った瞬間に、自分の分を確保したらしい。流石である。

 これなら大丈夫かと、悠利はその場から離れて台所スペースに戻る。男子組のテーブルはとても平和だった。美味しいですねと言い合いながら、互いに譲り合って食べている。女子組のテーブルとの差がエグい。

 台所スペースに戻った悠利は、呆れた顔でまだそこにいたアロールに瞬きを繰り返した。てっきり、とっくに水を入れて部屋に戻ったと思っていたのだが。


「君って本当に、そういうところあるよね」

「心配してくれてありがとう」

「別に、心配なんかしてないし」

「そう?」

「そうだよ」


 色々と素直になれないお年頃の十歳児は、そんな風にそっぽを向く。悠利が無理をしないように心配しての苦言だったのだが、それを正直に伝えるのは気恥ずかしいらしい。

 まぁ、アロールがそういう性格なのは悠利も解っている。解っているから、それ以上その話題については触れなかった。口にしたのは別の言葉だ。


「アロール、口開けて」

「はぁ?突然どうし……んむ」

「どうかな?」

 

 振り返った瞬間に口に何かを放り込まれて、アロールは目を白黒させる。けれどすぐにそれが、悠利が少量残しておいたクリームチーズだと理解する。

 口の中に、だし醤油の風味がぶわりと広がる。優しい旨味だ。わくわくとした視線に促されるように、アロールは小さなクリームチーズを噛んだ。歯に触れる柔らかな食感も、その瞬間に感じる味わいも、彼女が好きなチーズのそれだった。

 チーズだけでは足りない旨味のコクとでもいうものが、口の中で不思議な調和をして広がっていく。チーズと醤油が合うのは知っている。以前、山芋と小松菜にチーズをかけて焼いたものにめんつゆをかけて食べたことがある。だからこの美味しさを、アロールは理解出来る。

 出来るから、期待に満ちた目をする悠利に向けて、クリームチーズをちゃんと飲み込んでから答えた。


「……美味しいよ」


 これが、たまたま居合わせたチーズ好きの自分への配慮だとアロールは知っている。そして、気を遣わせないように自分も摘まんでいることを。


「それなら良かった」


 アロールの素直な感想に、悠利は嬉しそうに笑った。美味しいを共有してくれる誰かの存在は、とても幸せだと言いたげに。

 そんな悠利に、アロールは小さな声でお節介と言った。悠利は聞こえていたけれど、聞こえないフリをした。十歳児の意地っ張りとは上手に付き合うのが大切なのだ。気付いていても指摘しない優しさも、時には必要なのである。


「もうちょっとあるんだけど、食べちゃう?」

「……君ねぇ」

「…………出汁」

「「うわぁ!?」」


 内緒だよ、みたいなノリで悠利が告げて、アロールが呆れた顔をする。そこへ、背後からぼそりと声が聞こえた。思わず二人して悲鳴を上げる。

 早鐘を打つ心臓を押さえながら二人が振り返れば、そこには赤い目をしたネズミがいた。じぃっと二人を見つめる眼差しに感情は宿っていないが、何を言いたいのはよく解る。安定の、いつもの、出汁の信者である。


「……マグ、いつからいたの……?」

「出汁」

「待って。本当に待って。さっきまでいなかったよね?いつ入ってきたの?」

「出汁、美味?」

「アロールぅ」

「知らないよ。そいつの隠形術は戦闘職でもなけりゃ気付かないんだから!」


 必死に訴える悠利に、アロールは自分に聞くなと言いたげに叫んだ。マグはそんな二人のやりとりの間も、じぃっと悠利の手元を見ていた。悠利の手元、すなわち、クリームチーズのだし醤油漬けの入ったボウルを。

 視線に根負けした悠利は、そっとマグにお裾分けをした。ボウルの中にはもう数個しかクリームチーズは残っていない。なので、それはそのままマグに渡された。


「それ以上はないからね?」

「諾」

「後、そもそもクリームチーズがもうないから、仕込むのも無理だからね?」

「諾」


 思いがけず出汁の旨味が詰まった何かを食べることが出来て、マグはそれで満足しているらしい。いったいどこで聞きつけて、いつの間に湧いてきたのか。出汁の信者恐るべしと思う悠利とアロールだった。




 翌日、これがあれば作れるんだろう?と言わんばかりの顔でマグがクリームチーズを買ってきたので、おやつ代わりに再び仕込むことになった悠利だった。他の皆にも軽く摘まむのに美味しいと好評でした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る