とろとろスクランブルエッグ載せバターライス


「今日のお昼ご飯はレレイのリクエストに応えるやつです」

「やった!お肉!?」

「違います。玉子です」

「へ?玉子?」


 悠利ゆうりの発言に、レレイは首を傾げた。自分のリクエストに応えるイコールお肉だと思っている辺り、肉食の自覚のある大食い女子である。まぁ、彼女は割と何でも食べるのだが。ご飯もお肉もお魚もお野菜も、甘い物だってどんとこいである。後、お酒もどんとこいだったりする。実に強靱な胃袋だった。

 そんなレレイのリクエストで、悠利は玉子と告げた。何で玉子?と言いたげなレレイに、悠利は理由を説明した。


「ほら、前にパセリの入ったバターライス作ったときに、玉子を載せたいって言ってたでしょ」

「言った!玉子載せたら絶対美味しいやつだと思った!」

「なので、今日のお昼ご飯はそれです」

「本当!?やったー!ユーリありがとうー!」


 感動した勢いで悠利に飛びつこうとしたレレイは、両隣にいたクーレッシュとラジによって捕まえられた。何で?みたいな顔をしているレレイだが、悠利は見事な反応を見せた二人に頭を下げた。感謝しかない。


「お前の馬鹿力で抱きついたらユーリが怪我する」

「感情が高ぶると飛びつくクセは直した方が良いと思う」

「……あぅ」


 自分の馬鹿力は自覚しているレレイだった。普段はその素晴らしい腕力で良い感じに依頼をこなしているのだが(主に力仕事だったり魔物退治だったりである。繊細な作業を伴う力仕事は無理だった)、か弱い悠利を相手にするときは気遣いが必要なのだ。うっかりそれが出来ないのがレレイであるが。

 何しろ、彼女にとっては普通のこと。一般人でもあるだろう。ちょっと感極まって力が入っちゃった、というアレだ。

 問題は、レレイの力が強すぎて、その「ちょっと力が入っちゃった」のレベルが悠利の骨が軋むレベルだという話なのである。一応怪我をしたことはないが、骨がみしみしと音を立てたり、窒息しそう、みたいになったことはある。悪気がないのは解っているので、別にそれで関係が悪くなったりはしていないのだが。


「とりあえず、お昼ご飯に玉子を載せたバターライスを用意するから、午前中のお勉強頑張ってね」

「解った!頑張る!」

「本開いて数分で寝るなよ?」

「寝たら起こして!」

「自力で頑張る気は皆無か!」


 レレイはとても潔かった。真面目に静かに座学のお勉強は苦手なタイプである。決して頭が悪いわけではない。ただ、本を読むと眠くなるらしい。

 そんなレレイを連れて、クーレッシュとラジは去っていった。今日は一緒に座学の勉強らしい。きっと、レレイがうっかり眠ったらクーレッシュが叩き起こして、それでも起きなければラジが叩き起こすのだろう。力の差という意味で。

 頑張ってねーと三人を見送る悠利はいつも通りだった。こんな賑やかなやりとりも日常で、慣れたものなのである。




「と、いうわけで、今日のお昼ご飯はスクランブルエッグを載せたバターライスです」

「諾」

「後は、朝ご飯の残りのサラダとたっぷりキノコとベーコンのスープ。……物足りないと思う?」

「お代わり」

「……ん?」


 悠利の質問に、マグは淡々と答えた。答えてくれたのはありがたいが、悠利には何が言いたいのかよく解らなかった。残念ながら、今ここに通訳担当のウルグスはいない。

 マグもそれは理解しているのか、少し考えてからもう一度口を開いた。自分で喋らないとダメだと判断してくれたらしい。……いつもそうだと良いのに。


「ライスと玉子、お代わり」

「えーっと、おかずを増やすんじゃなくて、スクランブルエッグとバターライスがお代わり出来るようにしておくってこと?」

「諾。……喜ぶ」

「お代わりがある方が喜ぶってこと?」

「諾」


 こくり、とマグは頷いた。悠利は添うかなぁ?と首を傾げているが、マグの意見をひとまずは採用することにした。バターライスは混ぜるだけだし、スクランブルエッグは多少冷めてしまうかもしれないが、余分に作っておけば良い。残ったら残ったで、誰かのおやつとして夕方には消費されるに違いない。

 そうと決まれば、準備開始だ。


「とりあえずマグは、パセリをみじん切りにしてもらって良いかな?僕、スープとサラダの調整するから」

「諾」


 職人気質なところのあるマグは、細かい作業が得意だ。みじん切りもお手の物だし、大量だろうと苦に思わない。ある意味で適材適所だった。

 悠利に任されたマグは、パセリを水洗いして手頃な大きさに千切ると、まな板の上でみじん切りを作り始める。出来上がったらボウルに入れて、また別のパセリを千切ってみじん切り。同じ作業の繰り返しを黙々とやっている。

 そんなマグのおかげで、悠利は温めるのを繰り返して煮詰まったスープの味を調整したり、分量がちょっと足りないサラダにトマトを切ってかさ増しをしたりが出来た。役割分担は大事である。

 パセリを大量に入れたバターライスは、とても簡単に作れる。熱々ご飯にバターとパセリを混ぜるだけだ。量が多いと混ぜるのが大変なので、ボウル二つで対応することにする。


「ボウルにライスを入れたら、バターを全体に馴染むようにしっかり混ぜてね。それが終わったら、パセリのみじん切りを入れてまた混ぜます」

「諾」


 マグは悠利の説明にこくりと頷くと、ボウルに熱々のご飯を入れて、そこにバターを投入した。じゅわりと溶けるバターが一カ所に固まらないように満遍なく混ぜる。程なくして、ご飯はうっすら黄色に染まった。

 そこへみじん切りにしたパセリをどばっと入れる。ちょっと入れすぎかな?ぐらいの量を投入するが、混ぜてみると意外とそんなことはない。これも全体に馴染むようにせっせと混ぜれば、薄い黄色のご飯を細かい緑が彩る実に鮮やかなバターライスが完成した。


「後はこれを器に盛りつけて、スクランブルエッグを載せるだけです」

「玉子」

「大きなフライパンでまとめて焼いて、ライスの量に合わせて盛りつければ良いと思うんだよね」

「諾」


 両手に小振りなフライパンと大きなフライパンを持ったマグに、悠利は使うフライパンを示した。小振りなフライパンは目玉焼き一人分という感じの大きさだ。それで作ると時間がかかるので、大きなフライパンでまとめて作るのである。

 そう、そのための、スクランブルエッグである。

 これがオムレツだったら、そうはいかない。一つずつ作らなければいけないだろう。だってオムレツはその綺麗な形が売りなのだから。切ってしまったら何となくテンションが下がる。

 しかし、スクランブルエッグならばまだ誤魔化せる。そもそも、元々の形がきちんと整っているわけではない。炒り卵のようにバラバラにはなっていないが、オムレツや玉子焼きのように決まった形があるわけではない。だからこそ、まとめて作ってほしい分だけ取るという方法をとっても、不格好にはならないはずだ。

 スクランブルエッグ自体はそれほど難しくはない。火加減に注意して、好みの焼き加減にすれば良いだけだ。

 ただ、今日の悠利はひと味違う。ただのスクランブルエッグではなく、半熟とろとろの柔らかなスクランブルエッグを作りたいのだ。何故なら、その方がバターライスと良い感じに絡みそうな気がしたからだ。


「今日は玉子に牛乳を混ぜて、柔らかいスクランブルエッグを作ります」

「……牛乳?」

「ふわっと仕上がるんだよ。生クリームでも良いけど」


 そう言いながら、悠利は割った玉子に牛乳を加えてよく混ぜる。黄色と白が混ざって、クリーミーな黄色になっていた。柔らかく優しい色合いだ。

 そこへ、味付けとして塩を入れる。ただし、風味を感じる程度を目安にしているので、あまり多くは入れない。そんな悠利を、マグは不思議そうに見ていた。


「何も入れないと味がしないから塩を入れてるだけだよ。物足りない人はケチャップかけてもらうから」

「……後付け?」

「そもそもバターライスに味があるでしょう?だから、玉子まで濃い味にしちゃうとぶつかると思うんだよね」

「なるほど」


 バターライスが主役か、スクランブルエッグが主役かは悩むところだ。しかし、玉子の味が濃すぎればバターライスの風味を楽しむことが出来なくなる。それでは悲しいので、悠利は塩を少量入れるだけの薄味のスクランブルエッグを焼くことにしたのだ。

 その説明で納得したのか、マグはそれ以上質問はしてこなかった。ただ、悠利の手元をじぃっと見ている。


「温めたフライパンにオリーブオイルを入れて、中火ぐらいにします。で、そこに卵液を流し入れて、焼きます」

「ヘラ?」

「お箸よりヘラの方が全体をざっくり混ぜやすいかなって」


 焦げ付かないように、固まらないように、木ベラで優しく卵液を混ぜる。牛乳が入って液体っぽくなった卵液は、フライパンの中でゆるゆると固まっていく。そのまま放っておくと厚焼き玉子みたいになるので、木ベラで混ぜて均等に火を通すのだ。

 火が強すぎると焼き色が付いてしまうので、そこは注意が必要だ。縁が固まってきて、真ん中にとろとろが残った塩梅で火を止める。木ベラで裏面を持ち上げてもくっつかなければ、完成だ。

 出来上がったスクランブルエッグは、バターライスの上へと載せる。ご飯の量と玉子の量のバランスを考えながら盛りつける。地味にコレが難しい。多くても少なくても変な感じになるからだ。

 そして、味見用の小さな器にもスクランブルエッグを載せる。皆にケチャップを勧めるかどうかも含めて、味見は大切です。


「それじゃマグ、味見をどうぞ」

「諾」


 差し出された器を、マグは大事そうに受け取った。艶々ぷるぷるの半熟スクランブルエッグを眺めてから、スプーンで掬って口に運ぶ。

 牛乳効果でいつもの玉子よりもふわふわと柔らかい。半熟になるように調整したので、とろとろでもある。そのふわとろスクランブルエッグとバターライスが溶け合って、口の中で旨味がぶわりと広がる。パセリの風味を持ったバターライスに玉子が加わって素晴らしいバランスを保っていた。

 スクランブルエッグはシンプルに塩だけ。それも風味を感じる程度の細やかな味付けだ。しかし、それがバターライスの旨味を殺すことなく調和する一員となっている。確かにちょっと薄いと感じる場合もありそうだが、これはこれでとても美味しい。

 その上で、悠利はすっとケチャップを取り出した。意図を理解したマグは、何も言わずに無言で器を差し出した。二人の気持ちは通じ合っていた。

 味見用は分量が少ないので、ケチャップも少しだけ。鮮やかな赤が黄色の上に乗った。それを確認して、二人は再びスプーンを手にした。いざ!みたいなノリで残ったスクランブルエッグとバターライスを掬う。

 先ほどまでとは違って、ケチャップの味が口の中を満たす。しかし、それは決してスクランブルエッグやバターライスの味をかき消すものではない。むしろ、互いに引き立て合っている。黄金比はここにあったのだ!みたいな感じの完璧さだった。美味しい。


「ケチャップあるのも美味しいね」

「美味」

「それじゃあ、頑張ってスクランブルエッグ作ろうか」

「諾」


 お代わり分をたっぷり用意しておこうと二人は頷き合った。バターライスは既に大量に用意してあるので、後はスクランブルエッグを大量に作ることである。木ベラを片手に張り切る二人なのでありました。




 そんなこんなで昼食の時間。念願のスクランブルエッグ載せバターライスを目にしたレレイは、ぱぁあああっと顔を輝かせた。そんなに嬉しいの?と思わず聞きたくなるほどの輝きである。大変解りやすい。


「ユーリ、ユーリ、これ、あそこに玉子いっぱいあるの、お代わりして良いってこと!?」

「食べる前からお代わりの確認をする辺りがレレイだよねぇ」

「ねぇ、お代わりして良いの!?」

「良いよー。ただし、皆が食べる分も考えてねー」

「うん!」


 満面の笑みを浮かべるレレイ。その笑顔を見て、悠利はレレイと同席するクーレッシュとラジへと視線を向けた。男二人は悠利の言いたいことを理解しているので、こくりと頷いてくれた。

 今、とてもイイ笑顔でお返事をしてくれたレレイであるが、実際にお代わりをするときに今の会話を覚えている可能性はとても低い。何せ、彼女が食べたがっていた料理がそこにあるのだ。美味しいと思ったら突撃する可能性は否定出来ない。


「味が薄かったらケチャップをかけてください。スクランブルエッグもバターライスもお代わりがあるので、喧嘩しないように食べてください」


 言うべきことは全て言ったので、悠利は大人しく席に着く。別に詳しい説明をするような料理でもないので、皆も元気な返事をするだけでそれ以上何も言ってこない。

 味見で確認しているので、悠利はケチャップは控えめだ。とろとろ半熟のスクランブルエッグが艶々と輝いている。スプーンで上から下までざくっと掬ってスクランブルエッグとバターライスを口へと運ぶ。ケチャップはほどほどだが、ちゃんとアクセントになっている。

 バターライスはバターの旨味とパセリの風味が優しく混ざって広がる。それをふわとろのスクランブルエッグが包み込んでくれるのだ。そこにケチャップの酸味が加わって、口の中でハーモニーを奏でている。

 確かに、このバターライスに玉子が合うと言ったレレイの判断は正しかった。実に美味しい料理になっている。改めて悠利は美味しいと思った。

 それは他の仲間達も同じようで、皆、もりもりとスクランブルエッグ載せのバターライスを食べている。ふわとろのスクランブルエッグも好評だった。

 そしてやはり、誰より喜んでいるのはレレイだった。


「玉子とろとろで美味しいね!」

「半熟だからバターライスに絡むよな」

「いくらでも食べられちゃうよ!」

「「考えてからお代わりしろ」」

「何でハモるの!?」


 ばくばくと大口で食べながら満面の笑みで告げるレレイに、クーレッシュとラジは静かに、けれどきっぱりと言いきった。見事な異口同音だった。まるで計ったかのような呼吸である。

 まぁ、彼等がそう言うのも無理はなかった。レレイは沢山食べる。とてもとても食べる。その彼女が遠慮なしにお代わりをしたら、用意されている分が食べ尽くされる可能性があるのだ。

 気遣いの出来る男二人がレレイを止めたのには、勿論理由がある。周囲の皆の反応が、美味しいからお代わりしたいね、みたいになってるからだった。お代わり希望者が多そうなので、レレイを野放しにしてはいけないと思ったらしい。とても正しい判断だった。

 二人にブレーキを踏まれたレレイは、一瞬だけふてくされたような顔をしたけれど、すぐに気を取り直して目の前のご飯に集中することにした。とりあえず食べてから考えようということらしい。実にレレイらしい。

 スプーンに山盛り掬ったスクランブルエッグとバターライスを、あーんと大きく開けた口の中へと入れる。半熟とろとろのスクランブルエッグのとろりとした食感を楽しみつつ、風味豊かなバターライスを堪能するのだ。

 パセリが程良いアクセントとして存在を主張するのも良い感じだ。バターと混ざっているおかげか、パセリの独特の風味が和らいでいるので食べやすい。バターライスだけでも十分美味しいのだが、とろとろのスクランブルエッグと一緒に食べると更に美味しいのだ。

 レレイは濃い味付けが好きなので、ケチャップもかけている。トマトの酸味と程良い甘味の存在するケチャップと玉子の相性は抜群なので、今も良い仕事をしている。とろっとろのスクランブルエッグとケチャップが混ざり合って、とても素晴らしいバランスを保っているのだ。


「美味しいねー」

「確かに、滅茶苦茶美味い」

「玉子載せてって言ったあたし、偉いでしょ!」

「偉い偉い」


 にぱぁっと笑うレレイに、クーレッシュは適当な相づちを打ちながらも同意した。レレイは別にそれに怒ることもなく、幸せそうにスクランブルエッグ載せのバターライスを食べている。食べ終わったらお代わりに飛んでいくのだろう。そんな気配がダダ漏れだ。

 食べることが大好きで、自分が食べたいものを素直に悠利にリクエスト出来るレレイ。ある意味彼女はとても強かった。迷惑になるかな?と考えて遠慮をしてしまう面々だと、こんな風に簡単にリクエストは出来ないものである。

 けれど、そのおかげで美味しい料理が食べられているので、誰も何も言わないのだった。皆だって、美味しいご飯は大歓迎なのだから。


「ところでユーリ、このスクランブルエッグ、いつものより柔らかい気がするんだけど、何で?」

「え?」


 雑談の一つとしてクーレッシュに問われた悠利は、スプーンを銜えた状態で首を傾げた。ちょっと待ってね、と言うようにひらりと手を振って、口の中のものを飲み込む。


「口に合わなかった?」

「違う違う。美味いけど、何でいつもと違うのかなって思ったんだよ」

「それなら良かった。柔らかいのは、牛乳を入れてるからだよ」

「牛乳?」

「オムレツとかでもやるんだけど、牛乳を入れるとふんわりした玉子に仕上がるんだよね」

「へー」


 そんな使い方があるんだなーと感心したようなクーレッシュ。いつものスクランブルエッグも美味しいが、今日のはいつも以上にふわふわとろとろだったので、理由が気になったらしい。

 いつも通りのスクランブルエッグも、皆は好きだ。だが、今日のふわふわとろとろのスクランブルエッグも、とても美味しい。それは満場一致だったらしく、バターライスと併せてお代わりする人が続出だった。

 沢山作ったバターライスもスクランブルエッグも、順調に減っている。その光景を眺めながら、「マグが言うように沢山作っておいて良かったなぁ」と思う悠利だった。特に喧嘩も起こっていないので一安心である。

 別に特別な料理を作ったわけではない。いつも通りの、素朴な家庭料理だ。それでも、それをこうやって皆がわいわい言いながら喜んで食べてくれるのが、悠利にはとても嬉しい。美味しいものを皆で共有出来るのは、間違いなく幸せというものなのだから。




 その後、パセリが残っている間にまた食べたい!というリクエストをいただいた悠利。大量のパセリが順調に消費出来るので、良かった良かったと思うのでした。




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