もっちり美味しいパセリの天ぷら

「わー、パセリふぉーえばー」

「この間美味しく食べたって言ったら、また貰っちゃったんだ……」

「いや、ありがたいけどね。それにしても、大量だね」

「何かいっぱいくれた……」

「愛されてるねぇ、ヤック」


 思わず悠利ゆうりが呟いてしまったのも、無理はなかった。彼等の前にはどどーんと山のようになったパセリが存在している。いつぞや見た光景再びという感じであった。

 このパセリも、前回と同じようにヤックが貰ってきたものだ。何だかんだで市場の人々に可愛がられているヤックであるが、今回のコレは当人にも予想外だった。お礼を伝えたら、また貰ってしまったのだから仕方ない。

 そんなわけで、パセリである。主役として使うことはあまりない野菜なので、大量に頂いてしまってどうしたら良いのか、という感じになるヤック。独特の風味があるので、慣れないとそのまま大量に食べるのは難しい。

 そもそも、普段パセリを見かけるときだって、何かに添えられているのが大半だ。パセリメインの料理は少ない気がする。


「また、ライスに混ぜる……?」

「んー、それでも良いけど、違う食べ方をしてみるのも良いかなー」

「違う食べ方って、何かあるの……?」


 パセリに?と言いたげなヤック。別にヤックはパセリが嫌いなわけではない。ただ、パセリをもりもり食べた記憶があんまりないので、どうやって料理に使うのかが解らないだけだ。

 悠利もそれほどパセリをメインに使った料理を知っているわけではないが、以前興味があって調べて作ったことがある。それが、今思いついた料理である。


「天ぷらにしようか」

「パセリを、天ぷらに……?」


 え、それ美味しいの?みたいな反応をするヤック。別にヤックが悪いわけではないだろう。パセリのイメージと天ぷらが結びつかなかったに違いない。

 その気持ちは悠利にもよく解る。初めて知ったときは、「パセリを天ぷらにしちゃうの?どんな味……!?」みたいになった。しかし、工程も簡単なので作ってみたら、意外と美味しかったのだ。

 ちなみに工程は、洗って、手頃な大きさに千切って、天ぷらの衣を付けて揚げるだけである。揚げ物が面倒くさくなければ、とても簡単だった。

 それに、天ぷらにしてしまえば、お腹も膨れる。これはとても重要なことである。悠利が普段パセリを購入しないのは、お腹が膨れないからである。腹ぺこが沢山いるので、彼等の胃袋を満たすには食べ応えが必要なのだ。


「天ぷらにしたらかさも増えるし、おかずになると思うんだよね」

「うーん、ユーリが言うなら美味しいのかな」

「僕は塩だけで美味しかったよ。後、何かもちもちした」

「もちもち!?何で!?」

「それが謎なんだよねぇ……。天ぷらの衣はいつもと同じなのに、何故かもちもちしてたんだよ」

「……何で……」

「さぁ?」


 こればっかりは悠利に理由が解らないので答えられないのだ。いつも通りの天ぷらを作ったつもりなのだが、何故か完成したパセリの天ぷらの食感がもっちりしていたのである。もっちりする粉なんて入れていないので、今も謎のままだった。

 とはいえ、とりあえず方向性は決まった。この大量のパセリは、今日の夕飯として天ぷらになるのだ。

 大きな状態で渡されているので、洗いやすいように適当な大きさにしてから水洗いする。洗ったら、よく水を切り、食べやすい大きさに千切る。あまり細かくてもぽろぽろするので、気を付けて。天ぷらの衣が付くことを踏まえての大きさで考えるのが大事だ。


「大きさって、これぐらい?」

「うん、それぐらいかな。大きすぎると食べにくいし、小さいとバラバラになるしね。……まぁ、バラバラになっても、衣に混ぜたらかきあげみたいにはなるんだけど」

「それはそれで気になるかも……?」

「でも、パセリっぽさは消えちゃうよ?」

「あー……。それはちょっと残念だから、今日は形の解るようにしたい」

「じゃあ、そんな感じで」


 せっかくのパセリなので、パセリらしさを残したいという選択だった。せっせと二人で大量のパセリを千切っていく。やがて、ボウルの中にはこんもりとパセリの山が出来た。見事な山である。

 ……なお、それだけ千切ってもパセリはまだ残っている。洗わなかった分は後日別の料理にすることにして、冷蔵庫に片付けた。しばらくはパセリに困らないだろう。


「次は、油を温めている間に天ぷらの衣を作ります」

「えーっと、小麦粉と米粉だったっけ……?」

「うん。別に小麦粉だけでも良いけどね。好みの問題だから」

「米粉を入れるとパリッとするんだったよね?」

「そうそう。覚えた?」

「何とか」


 ボウルに小麦粉と米粉を同量入れて、ヤックはへにゃりと笑った。以前言われたことをちゃんと覚えていたのだ。天ぷらの衣は小麦粉だけでも問題なく作れるが、米粉を入れるとパリッと仕上がるのだ。具材によって、粉の配合を変えると良い感じの天ぷらに仕上がる。

 今日は特にどちらかに偏らせたいわけではないので、小麦粉と米粉は同量。基本っぽい感じだ。そこへ水を入れて混ぜていく。塊にならないように気を付けつつ、練らないように注意が必要だ。

 練ってしまうとどうなるか。かき混ぜるように練ってしまうと、粘り気が出てしまい、衣がもっちりもったりしてしまう。パリッと仕上げたいときは特に注意しよう。何気にコレが結構難しいのであった。慣れが必要です。


「衣が出来たらパセリを入れて衣を纏わせて、余分な衣を切ってから油の中へ投入ー」

「その、余分な衣を切るのが難しいんだよなぁ……」

「ボウルに這わせて流すと楽かも?余分なのが付いてるとごろごろしちゃうから」

「うん。オイラも衣ばっかりより具材食べたい」

「だよねぇ」


 天ぷらの衣には厚めや薄めの好みがあるだろうが、やはりどうせ食べるならば具材を美味しく味わいたいものである。衣ばっかり食べてお腹が膨れるのはとても悲しい。お店の天ぷらで衣でかさ増しされていると悲しくなる悠利である。

 そんな会話をしつつ、衣を纏わせたパセリを幾つか油の中に投入する。まずは味見も兼ねてなので、少なめだ。衣の固さを確かめる必要があるので。

 入れた瞬間にパチパチとお約束の音がする。一度沈むように見えたパセリは、ぷかぷかと浮いていた。まるで泳ぐようなパセリ。しばらく待って、ひっくり返して両面しっかり火を通す。

 パセリは生で食べられるので、この場合は衣に火が通ればオッケーだ。あまり長く揚げると焦げてしまうので注意が必要である。

 カリッと揚がったら油を切るために網の入ったバットに引き上げる。油から出すときに余分な油を切るのも忘れずに。網の上に載せるとポタポタと油が落ちる。

 熱いうちに塩を振って味付けをしたら、いよいよ味見である。


「熱いから気を付けてね」

「うん」


 二人仲良くパセリの天ぷらを囓る。中身はパセリなので簡単に囓ることが出来る。揚げたての天ぷららしく表面はサクサク。米粉のおかげか小麦粉だけの天ぷらよりもパリッと仕上がっている。そこまではいつも通りだった。

 いつもと違ったのは、中身の部分だった。パセリの風味は揚げたことでマイルドになっているのか、随分と食べやすい。特有の味や匂いのようなものが薄まっている。そして、特筆すべきは衣の部分だ。全体的に、何だかもっちりとしているのである。

 何故そうなっているのかは解らないが、ちょっと癖になるもっちり食感だった。パセリの風味と塩味で良い感じに食が進む。あっという間に一つを食べ終えて、二つ目に手が伸びてしまう。

 無言でパセリの天ぷらを二つずつ、味わって食べた。とても美味しかったので大満足である。


「美味しいー。ヤックはどう?」

「美味しいし、何か食感が、不思議……」

「これね、何でこんな風にもっちりするのかよく解らないんだよね。でも美味しいから良いかなって」

「パセリの天ぷらが美味しいとか、オイラ、思わなかった」

「僕も最初はそうだったよ」


 でもやってみたら美味しかったんだよねぇ、と悠利は笑う。ヤックもそれには同意した。味見してみたらとても美味しかったし、これならいくらでも食べられそうだった。パセリは添え物なんかではなかった。立派に主役だった。

 勿論、野菜の天ぷらなのでメインディッシュと呼ぶにはちょっと弱いだろう。二人もそのことは解っている。天ぷらは揚げたてが美味しいので、彼等はこれから、他のおかずに取りかかるのであった。




「パセリって、こんなに美味しい天ぷらになるんですねぇ」


 しみじみと呟いたのはティファーナだった。今日も麗しのお姉様は素敵な美貌で微笑んでいる。所作の美しいティファーナは、パセリの天ぷらを食べる姿も美しかった。

 天ぷらという料理は《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の皆にも人気なのだが、特に女性陣は野菜の天ぷらがお気に入りだった。色んな野菜が美味しく食べられるということで、どんな天ぷらが出てくるのかと楽しみにしているぐらいだ。

 そんな中で今日は山盛りのパセリの天ぷらだった。なお、最初は皆、それが何の天ぷらか解らなかった。辛うじて中に緑の物体があることだけは解ったという程度だ。

 それがパセリだと聞かされた一同は、「何でパセリで天ぷら……?」という態度を崩さなかった。予想していたので悠利もヤックも気分を害したりはしなかった。ただ、美味しいのでどうぞ、というスタンスを崩さなかっただけである。

 そして、悠利が「美味しいですよ」と口にした料理を、皆が疑うことはなかった。もう完全に餌付けされているのだが、今更なので諦めてほしい。悠利と皆の味覚が似たような感じだったのが原因なのです。仕方ない。美味しいには勝てないのです。


「付け合わせの野菜という印象がありましたけど、これなら立派な一品ですね」

「そうですね。確かに付け合わせになっていることの方が多いと思います」

「それにしても、何でこれ、食感がいつもの天ぷらと違うんですか?」

「僕にも解らないです」

「作ったのに?」

「作ったのに、です」


 ジェイクの質問に、悠利はにへっと笑って答えた。他に答えられなかった。粉の配合をいつもと変えているのならばもっちりするのも理解出来る。或いは、衣を作るときに練るように混ぜたとかでもだ。しかし、そのどちらもやっていないので、何でもっちもちになっているのか解らないのである。

 悠利の返答を聞いたジェイクは、真剣な顔でパセリの天ぷらを見つめていた。いつもと同じ作り方をしたというのに、何故か食感が変わってしまっているパセリの天ぷら。このもちもち食感の原因は何にあるのかと、大真面目に考え込んでいるらしい。

 ……なお、彼は知的好奇心の塊である学者先生なので、何かが気になるとこんな風に一生懸命考え込んでしまうのだ。今回は悠利に原因の心当たりがないということで質問攻めにはなっていない。不幸中の幸いだった。

 ジェイクがこうなると戻ってこないのは解っているので、悠利は気にせず食事を続けた。それは同席者達も同じだった。誰一人としてジェイク先生の行動を気にしない。慣れているので。


「パセリは食べても腹の足しにならないと思ってたけど、天ぷらになると食べ応えがあるな」

「そう言ってもらえて良かった。まぁ、そもそも天ぷらってお腹に溜まるからねぇ」

「確かに。揚げ物だからか」

「揚げ物は美味しいけどお腹いっぱいになっちゃうのが難点です」


 でも美味しいから食べちゃう、と続けた悠利に、ラジはそうだなと同意した。身体が資本の冒険者の中でも、前衛を担当する者達は特によく食べる。ラジもその例に漏れないし、そもそも彼は食欲旺盛な獣人、それも肉食獣である虎獣人だ。気性は穏やかだが食欲はちゃんとある。

 そのラジも満足させるパセリの天ぷらである。パセリそのもののかさはそれほどない。衣も別に分厚いわけではない。しかし、それでもやはり油で揚げるというのは、お腹に溜まるのだろう。軽い食感でもりもり食べられるが、それなりにお腹はいっぱいになる。

 味付けはシンプルに塩だけだが、それが逆に良いのだろう。揚げたことでマイルドになってはいるが、パセリの独特の風味は残っている。それと塩の相性が良い。天ぷらになったことで軽い食感が何とも言えず箸を進めさせる。

 何というかこう、おかずというよりは、おやつや酒のアテをひょいぱく食べてしまうのと似た感じである。どのテーブルも、大皿にどーんと盛られたパセリの天ぷらは順調に消費されていた。


「特に強烈な味というわけではないですけれど、妙にクセになりますね」

「揚げ物ってそういうところがあるので」

「パセリはそれほど好きなわけではありませんが、この天ぷらはとても美味しいです」

「お口に合って良かったです」


 にこやかに微笑むティファーナに、悠利はぺこりと頭を下げた。食べてくれる皆の口に合う料理が作れるのは、悠利にとって一番嬉しいことだ。誰かの美味しいが次へのモチベーションになる。勿論、自分が食べたいで作ることも多いのだけれど。

 皆の中のパセリの印象は、何かの添え物だった。しかし今日、パセリは間違いなく主役だった。メインディッシュのお肉よりも、皆の箸は間違いなくパセリの天ぷらに伸びている。

 恐らくは、物珍しさも原因だろう。滅多に食べないパセリ、しかもそれが天ぷらになって出てきた。そのインパクトで興味を引かれ、食べてみたら意外と食べやすいという好感触。普段の天ぷらと違ってもっちりした食感もまた、面白さがあるのだろう。

 悠利も、何だかんだとそれなりにもりもりとパセリの天ぷらを食べていた。お腹がちょっぴりぽっこりしているような気がする。苦しくならない程度に食べるように気を付けないと、と考えてしまう。

 チラリと視線を向けた先のジェイクは、考え事をしながらなのでゆっくりと食べているようだ。うっかりペース配分を間違えて食べ過ぎるという現象がたまに起きるジェイク先生であるが、今日は大丈夫だったらしい。一安心だ。

 尤もジェイクの場合、パセリの天ぷらの味が気に入ったのではなく、何でもっちり食感になっているんだろう?という疑問が勝っているからだろう。美味しいとは思っているだろうが、比重が知的好奇心に偏っているのだ。


「ユーリ、これ、もちもちしてて美味しいね」

「レレイの口にも合った?」

「うん!何かパセリの味はするけど、食べやすかった!」


 大皿にお代わりのパセリの天ぷらを盛りつけて戻ってきたレレイが、満面の笑みで悠利に声をかける。テーブルに戻る途中で感想を伝えにやってきたらしい。律儀だ。

 お肉大好きなお嬢さんであるが、レレイは何でも美味しく食べるので野菜料理も喜んでくれる。天ぷらもお気に召しているらしい。……猫舌なので、揚げたてのサックサクは食べられないのが難点だが。


「レレイー、早く、はーやーくー!」

「ヘルミーネが呼んでるよ」

「あ、うん。今戻るよー!」


 お代わりのパセリの天ぷらが待ちきれないのか、ヘルミーネが声をかけてくる。ごめんねーと謝りながらレレイは席へと戻っていった。賑やかである。

 他のテーブルでもお代わりはされているようで、カウンターにどどんと置いてあったパセリの天ぷらは順調に減っている。ヤックと二人、頑張って揚げた甲斐があるというものだ。

 天ぷらではあるものの具材はパセリ。軽い食感と程良くお腹を満たしてくれるので、小食組も楽しそうに食べている。いっぱい食べる人も、ちょっとしか食べない人も、変わらず美味しいと思って食べてくれるのは良いことだ。シンプルな味付けが良かったのかもしれない。

 何はともあれ、大量のパセリの消費が出来て一安心だ。これで、ヤックも肩の荷が下りただろう。食べきれるかなぁ、みたいな感じだったので。




 なお、夕食で食べきれずに多少残ったパセリの天ぷらであるが、大人組の晩酌のおつまみとして無事に消費されました。酒の肴のレパートリーが一つ増えたようです。




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