ヘルシー美味しい青ジソとトマトの肉巻き

「……えーっと、つまり、こういうことですか?」


 困ったように笑いながら、悠利ゆうりは目の前で意気込んでいる女子二人の意見を確認するように口にした。


「トマトが食べたいマリアさんと、お肉が食べたいレレイのどっちもが満足する料理が食べたい、と」

「そうなのよぉ」

「うん!」


 相変わらずの妖艶な美貌に蕩けるような微笑みを浮かべてマリアが告げ、無垢な子供のような天真爛漫な笑顔でレレイが告げる。タイプの違う二人の美女の笑顔というのは大変眼福であるが、今の悠利にとってはただの腹ぺこ二人組にしか見えなかった。

 マリアは吸血鬼の血を引くダンピールという種族で、戦闘本能の高ぶりをトマトで押さえている。これはマリアの一族皆がそうらしく、吸血衝動を初めとする諸々の本能を、彼等の一族はトマトでどうにか出来るらしい。

 その結果なのか、マリアはとてもトマトが好きだ。トマト料理も好きだし、切っただけのトマトも大好きである。それは悠利もよく知っている。

 レレイの方は何でも美味しくもりもり食べるが、やはり身体が資本の前衛ということで、お肉が大好きだった。それも悠利はよく知っているし、今更言われなくても解っている。

 解っているのだが、何でわざわざ一緒にこんなことを言ってくるのかは、ちっとも解らなかった。


「えーっと、それは、トマト料理と肉料理を作るのじゃダメなのかな……?」

「ダメじゃないけどー、どうせならどっちも楽しめる料理が良いなって思った!」

「レレイ……」

「シンプルにトマトも良いけれど、お肉と一緒に食べられるならそれはそれで良いわねぇっていう話になっちゃって」

「マリアさん……」


 二人で今日のご飯に何が食べたいかを話していたら、そうなったらしい。見た目に反してよく食べるコンビ(ただしあくまでも血筋によるものなので、異常なことではない)は、食欲に忠実だった。

 期待に目を輝かせる二人。悠利は少し考えて、笑った。


「それじゃあ、そんな感じの料理を考えます」

「わーい、ユーリありがとー!」

「楽しみにしてるわぁ」


 喜びのままに抱きついてくるレレイと、そのレレイの馬鹿力が悠利を苦しめる前に彼女を引っぺがしてくれるマリア。賑やかな二人を見送って、悠利はどんな料理にしようか思案するのでした。




「と、言うわけで、今日の夕飯は青ジソとトマトの肉巻きです」

「リクエストの結果だってのは解った」


 悠利から事の経緯をざっくり説明されたカミールは、大真面目な顔でこっくりと頷いた。別に珍しいことでもない。悠利が誰かのためにと献立を考えることもあるが、ちょいちょいリクエストでメニューが決まるのだ。カミールも慣れている。


「まぁ、青ジソも入れたらさっぱりするだろうし、トマトでかさ増しされる分で肉料理でも食べやすいと思うから、万人受けかなって感じで」

「イマイチ味の予測が出来ない」

「そこは味見で確認して」

「了解」


 味見、味見、とうきうきと楽しそうにするカミール。未知の料理に対するどんな味だろう?という疑問はあるものの、悠利への信頼がそこに不安を感じさせないのだ。悠利が作る料理は美味しいと皆が思っている。

 単純にそれは、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々と悠利の味覚が近しいからだ。悠利が美味しいと思う味付けが、皆が美味しいと思う味付けだったというだけである。

 ただ、そこに料理技能スキルのレベルが物凄く高いという悠利のチートがちょっぴり仕事をしているのは否めない。技能スキル補正のおかげで、見習い組が作るよりも悠利が作るご飯の方が美味しいのである。技能スキルは正直だった。


「ってことは、使うのは青ジソとトマトと……、肉はどれなんだ?」

「薄切りのオーク肉です。巻きやすいから」

「なるほど」


 お肉屋さんでスライスしてもらったオーク肉を見て、カミールは納得したように頷いた。青ジソだけならばともかく、トマトも巻くとなればくるくる巻けるような薄いお肉の方がやりやすいのはよく解った。

 そんなわけで、下準備である。青ジソもトマトもよく洗って水気を切ったら、それぞれ使う大きさに切る。

 青ジソはしっかりと水気を切ったら、軸を切り落とし、汚れがないかを確認する。特に汚れがなければ、肉の幅よりも大きなものは半分に切っておく。巻くときにはみ出ないようにするためだ。


「トマトはどう切ったら良い?」

「くし形。囓りやすい幅が良いから、普通の大きさのトマトで八つに切る感じかな?大きなトマトの場合は、調整してね」

「とりあえずやってみる」

「まぁ、失敗して大きいのになっちゃったら、口の大きな皆さんに食べて貰えば良いから」

「そう思ったらめっちゃ気持ちが楽になった!」

「あはははは」


 悠利の説明で気が楽になったのか、カミールが軽やかに笑った。その後は、鼻歌を歌いながらトマトを切っていく。半分に切って、更にも半分。そこでヘタを綺麗に落として、更にもう半分。これで八分の一だ。

 確かに、これぐらいの大きさだと一口でぱくりと食べることが出来そうである。仮に一口が無理でも、囓りやすいだろう。この倍の大きさだと、ちょっと口の小さな面々は苦労しそうな感じだった。

 皆が満足いくまで食べられるようにと考えたら、それなりの数が必要になる。悠利とカミールは、二人でせっせとトマトを切り分けた。大所帯はこういう作業が地味に大変なのである。

 トマトを切り終えたら、次は肉の準備だ。オーク肉は薄切りにしてもらってあるのでこれ以上切る必要はない。次の手順は、下味を付けて青ジソとトマトを巻くことである。

 悠利はまな板の上に、並べられるだけ薄切りのオーク肉を並べる。きっちり、まっすぐ、伸ばして並べているのには意味がある。こうしてある方が次の作業が楽だからだ。


「ここに青ジソとトマトを載せて巻くんだけど、その前に下味として塩胡椒をします」

「はい、どのぐらいですか!」

「とりあえず満遍なく全体にって感じ。薄かったら何か付けて食べてもらうから」

「じゃあ、何となくでやってみる」

「かけすぎにだけは注意してね」

「おー」


 下味の段階では味見が出来ないのが辛いところであるが、別に薄かったならば薄かったでやりようはある。料理をするときに辛いのは、むしろ辛い場合だ。味が濃い場合は、それを薄めるのは至難の業である。

 そんなわけで、あんまり重く考えずに悠利とカミールは塩胡椒をしていく。ピンク色をした肉の上に真っ白な塩と黒い胡椒が散っていくのが綺麗である。


「塩胡椒が出来たら、青ジソを敷いて、その上にトマト。それで、こう、くるくるーっと巻いていく」

「くるくるーっと」

「巻き終えたら、お肉同士をしっかりくっつけておく。焼くときにこの面を下にして焼くとちゃんとくっつくからね」

「特に何かで止めなくて良いのは楽だな」

「そうだね」


 青ジソとトマトがずれないように気を付けてくるりと巻く。それ自体は簡単だし、最後の部分をしっかり肉同士をくっつけるのも別に難しくはない。そう、作業自体は単純だ。

 ……ただまぁ、数が多いだけで。


「と、いうわけで、全部巻きます」

「解ってたけどめっちゃ面倒くさい」

「頑張ろう、カミール。味見が待ってるよ」

「そうだな。味見な。……二つ食べても良い?」

「……不格好なやつなら」

「よっし!頑張る!」


 味見でやる気が出る辺り、カミールもまだまだ食べたい盛りのお子様である。まぁ、それでやる気になってくれるなら、安いものだ。だって数は本当に多いのだから。

 なお、不格好なやつから二つ味見が出来ると解っていても、巻くときはきちんとするのがカミールの偉いところだ。わざと不格好なやつを作ったりはしない。その辺は、料理当番という与えられた仕事をしっかり解っている。

 二人で雑談をしつつ手を動かして、何とか全てのトマトを肉巻きにすることが出来た。かなりの量である。ただ、焼くときはフライパンに並べて焼くことが出来るので、この先の作業はちょっとは楽だ。後は焼くだけなので。


「それでは、ひとまず味見用を焼いていきます」

「待ってました」

「フライパンに少量の油を引いて、肉の重なってる面を下にして並べます」


 ひっくり返せる程度に並べてトマトの肉巻きを入れて、焦げないように中火でしばらく待つ。今回は試食分だけなので、悠利が一つ、カミールが二つだ。なお、肉の重なった面を下にするのは、そこを先に焼くことでくっつけることが目的だ。バラバラになったら悲しいので。

 しっかりと焼き目が付いたら別の面を焼く。トマトがくし形なので場所によってはちょっと不安定だが、そういうときは他の肉巻きとくっつけることでバランスを取る。そうやって全面をしっかりと焼くのだ。


「中身は青ジソとトマトだから、お肉が焼けたら大丈夫だよ」

「肉も薄切りだから、割と火は通りやすい感じ?」

「そうだね。強火にしちゃうと焦げるから、焼き加減を見ながら転がして上手に焼く感じ」

「転がすのちょっと面白いよな」

「そう?」

「うん」


 悠利にはよく解らないが、カミールには面白いらしい。そんな会話を交わしつつ、トマトの肉巻きを焼く。全面満遍なく焼き色が付いたら、お皿に取り出して完成だ。


「とりあえず何も付けないで食べてみて」

「解った」


 下味の塩胡椒だけで十分かを確認するには、何も付けずに食べるのが大切だ。焼きたてで熱いので気を付けながら囓る。……そう、トマトの肉巻きなので、中央には熱々のトマトが控えているのである。火傷注意。

 オーク肉は薄切りなので簡単に噛み切れるし、火が通って柔らかくなったトマトもだ。最初に感じるのは塩胡椒で味付けされたオーク肉の旨味。続いて、青ジソとトマトの風味がぶわりと口の中に広がる。肉の脂をさっぱりさせる青ジソと、どっしりとした存在感を見せるトマトがアクセントになっている。

 肉の味付けは塩胡椒だけなのでいつも食べている味かと思いきや、青ジソとトマトを巻いて焼いたことで食材の味が混ざり合って調和しており、旨味がぎゅぎゅっと凝縮されていた。トマトも生で食べるのとは違って柔らかく蕩けるような食感だ。

 確かに肉を食べていると解る味なのに、トマトの存在がふわりと広がる。肉とトマトのどちらもが自分の存在を主張しているが、それがぶつかることなく相乗効果になっていた。そして、その二つを上手に繋ぐ青ジソという見事なバランスである。


「うん、僕はこのままで良いかな。カミールは」

「美味い」

「……えーっと、追加の味はいらない感じ?」

「なくても良いかなって思ったけど、ちなみに何かけたら美味い?」

「めんつゆかポン酢かな。さっぱりと」

「じゃあ、今はポン酢試して、夕飯のときにめんつゆ試す」

「……お好きにどうぞ」


 これ美味いなーとうきうきのカミールお口に合ったらしいと解ったので、悠利は小さく笑った。トマトの肉巻きは後は焼くだけなので、食事の前に仕上げれば良い。


「味見が終わったら、他のおかずの準備だからね?」

「おー」


 美味しいものを食べて元気が補充されたのか、返事をするカミールはとてもイイ笑顔をしているのだった。




 そんなこんなで夕飯の時間。大皿にどどんと盛られた青ジソとトマトの肉巻きに、事情を知らない仲間達は「何だこれ……?」みたいな顔をしていた。確かに不思議な物体かもしれない。


「トマトと青ジソをオーク肉で焼いたものです。下味で塩胡椒がしてありますが、味が薄いと思ったらめんつゆかポン酢をかけてください」

「諾」

「そこのめんつゆを抱えてる子は、隣の子にめんつゆをかけてもらってください」

「……何故?」

「何故じゃないよね!?」


 めんつゆという単語が出た瞬間にめんつゆの瓶を確保したマグに、悠利のツッコミが飛ぶ。放っておいたらめんつゆをドバドバかけそうなので、思わず注意をしたのだ。そして、心得たようにウルグスがめんつゆの瓶を奪い取っていた。慣れている。


「……返却」

「ちゃんとかけてやるから、諦めろ」

「……返却」

「ユーリに言われただろ。逆らったら没収されるぞ」

「………………諾」


 ウルグスとマグのやりとりは、穏便に決着が付いた。ただし、マグの不満は完全に解消されたわけでもない。渋々というのが見て取れる。証拠に、頷くまでが物凄く長かった。

 相変わらずだなーと言いたげなカミールとヤックと共に席に着くマグ。さぁ早くめんつゆをかけろと言わんばかりに、小皿に取り分けたトマトの肉巻きを差し出している。ブレない。

 そんなある意味で予定調和なやりとりを眺めていた悠利は、左右から突然抱きつかれて思わず呻いた。……何せ、結構なお力だったので。


「ぐぇ……」

「ユーリ、ありがとう!トマトとお肉、美味しそう!」

「嬉しいわぁ」

「……お、お気に召して、何より、で、す……」

「いっぱいあるから、いっぱい食べて良いんだよね!?」

「お代わりいっぱいするわねぇ」

「ど、……どう、ぞ……」


 レレイの馬鹿力で何か骨が軋んでいる気がする悠利の返答は、途切れ途切れだった。後、遠慮なく抱きついてくるマリアの豊かなお胸で圧迫されてちょっと苦しいのもあった。左右から力自慢の美女二人に挟まれているので、逃げられない。

 誰か僕を助けて、圧死しちゃう……!という悠利の切実な祈りが通じたのか、救いの手は存在した。べりっという音でもしそうな感じで、レレイもマリアも引っぺがされたのだ。


「感謝を伝えるのは構わないが、か弱いユーリに何をしているんだ。苦しそうだろう。反省しろ」

「はぇ……?あぁああ、ごめん、ごめんね、ユーリ!わざとじゃないんだよー!」


 二人を悠利から引き剝がしたのはブルックだった。片手でそれぞれの襟首を引っつかんでいる。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》一の力持ちは良い仕事をしてくれた。

 ブルックに指摘されたレレイは、あわあわしながら悠利に謝る。彼女に悪気はいつだってないのだ。ただ、自分が馬鹿力なことと、悠利がひ弱なことをちょっぴり忘れてしまうことが多いだけで。


「……うん、レレイはそうだなって思ってたし、怪我はしてないから大丈夫」

「本当にごめんね?大丈夫?ご飯作れる?」

「心配する方向がそこなのか」

「だって、ユーリのご飯……!」

「レレイ……」


 自分の欲望に正直なお嬢さんだった。ブルックに放り出されるように席の方へ身体を向けられたレレイは、食べてくるねー!と笑顔で去っていった。気持ちの切り替えが一瞬で出来るのが彼女の良いところである。多分。

 今一人の困ったさんであったところのマリアは、ブルックに襟首を引っつかまれた状態で口元に手を当てて笑っていた。上品な仕草なのだが、何故か彼女がすると無駄に色気がダダ漏れだった。妖艶な美貌のせいかもしれない。


「ごめんなさいねぇ、ユーリ。感謝を伝えようと思っただけなのよぉ?」

「マリアさんは、レレイに合わせるように悪ノリした疑惑があります」

「あら、バレちゃった」

「マリアさんー……」

「だってユーリったら、無反応だから」

「僕、綺麗なお姉さんのお胸で圧死はしたくない派なんです」

「あら、残念」


 普通の青少年だったら、妖艶美女のお姉様の胸を押し付けられるなんて状態ではあわあわするのだろう。しかし悠利が感じていたのは、馬鹿力との合わせ技による(……え、僕、このままだと圧死するの……?)みたいな不安だけだった。

 後、豊かなお胸にぎゅーっとされるのは、何だかんだで母や姉のおかげで多少の免疫があるのも理由だった。当人がその辺に興味がないのと、家族のおかげで耐性があることで、一般的な青少年の反応とは異なってしまうのだった。安定の悠利。


「とりあえず、ご希望通りにトマトと肉で美味しく食べられそうな料理にしたんで、堪能してくださいね」

「ありがとう」


 これ以上騒ぐとリーダー様から雷が飛ぶのを理解しているのか、マリアはウインクを残して去っていった。残ったブルックは、労るように悠利の頭を撫でてくれた。悠利も助けてくれたお礼を告げる。ほのぼのしていた。

 そんな風に一悶着はあったのだが、その後はいつも通りの食事風景だった。どのテーブルも美味しい美味しいと新作料理を食べている。見たことがない料理でも、説明を聞けば皆は手を伸ばす。悠利の料理は美味しいと思っているからこそ。


「これ、お肉なのにトマトがすっごくトマトで、いっぱい食べられるねー!」

「いっぱい食べたいのは解ったから、お前は一回お代わりを待て」

「何で!?」

「俺らの分がなくなるからだよ!!」


 もりもりと頬張る勢いでトマトの肉巻きを食べていたレレイは、クーレッシュのツッコミにショックを受けた顔をしている。効果音を付けるならガーンだろうか。まぁ、いつものやりとりである。

 その二人の騒々しいやりとりを横目に、ヘルミーネとイレイシアは自分達の分を確保して食べていた。クーレッシュがいるとレレイの制御をしてくれるのでとても助かるのである。


「そう言えば、めんつゆやポン酢をかけて食べても良いって言ってたわよね」

「ポン酢にすると、更にさっぱりしてとても食べやすいですわ」

「そっか。薄切りでもお肉はお肉だもんね」

「はい」


 柔らかく微笑むイレイシアに、ヘルミーネはなるほどと頷いた。ポン酢で食べるとお肉の脂がさっぱりして食べやすくなる、というのは小食組の共通認識だった。冷しゃぶなどもそうやって食べている。

 トマトの肉巻きの場合、具材がトマトと青ジソなのでポン酢との相性は悪くない。私もやってみよーとヘルミーネは、ポン酢を少しかけてトマトの肉巻きを囓った。

 瞬間、ふわっと口の中にポン酢の爽やかな風味が広がる。それまで食べていたトマトの肉巻きが、別の料理になったようだった。肉の旨味も、トマトの存在感も、青ジソの風味も何もかもが残っている。しかし、ポン酢の爽やかな酸味が加わったことでそれらは全てがマイルドになっていた。

 オーク肉は薄切りといえども脂がある。その肉の脂が、ポン酢によって存在を和らげられているのだ。胃もたれせずにさっぱり食べられそうに仕上がっていた。


「これ、ポン酢かけたら確かに通常よりいっぱい食べられそうね」

「ヘルミーネさんもそう思われます?」

「うん。ポン酢のおかげね」

「はい」


 美少女二人は、内緒話をするように顔を見合わせて笑った。美味しいものを美味しいと思って食べることと、その美味しいを共有できる仲間がいることは、とても幸せである。細やかな、けれどある意味でとても贅沢な幸せである。

 その幸せは、カツンカツンと小皿を突くお箸の音で中断された。発生源はしょんぼりしているレレイである。


「……えーっと、レレイさん?」

「……お代わり終わった……?もうあたしも食べて良い……?」

「……悪い、二人共。こいつの我慢、これだけしか保たなかった……」

「「……あははは……」」


 切なげな瞳で二人を見つめるレレイ。一応彼女も、クーレッシュに言われて皆が食べるのを待っていたのだ。待っていたのだが、目の前で美味しそうに食べられると、それがどれだけ美味しいかを知っているだけにお腹が切なくなるのである。

 しかも、彼女は猫獣人の父親から身体能力を引き継いでいるので、五感も発達している。つまりは、嗅覚も。目の前の美味しそうな料理の匂いを、皆よりも強く感じているのだ。


「えぇ、大丈夫ですわ」

「食べ尽くす前に一度止まってよね」

「解った!」

「むしろ、全員先に小皿に欲しいだけ取った方が無難だろ」

「「確かに」」


 じゃあそうしよう、と三人はいそいそと小皿にトマトの肉巻きを取る。その姿をまだかな、まだかな、みたいな感じに身体を揺らしながらレレイが見つめていた。奇妙に微笑ましい。

 そんな賑やかなテーブルの様子を眺めながら、マリアがトマトの肉巻きを口に運ぶ。大きく口を開けて一口でぱくりと食べてしまうのだが、その所作も妙に美しく妖艶だった。何故そうなるのか誰にも解らないが、マリアの雰囲気がそうさせるのだろう。


「んー、とっても美味しいわねぇ。そのまま食べても美味しいけれど、めんつゆをかけると更に美味しいわぁ」


 うふふ、と幸せそうに微笑むマリア。麗しのお姉様は、大好きなトマトの旨味がしっかりと引き出された料理にご満悦である。

 そのまま食べても美味しいが、めんつゆをかけると風味が追加されて何とも言えずに美味しいのだ。醤油と違ってめんつゆは出汁の風味と仄かな甘味があるので、それが上手に調和しているのだろう。

 噛んだ瞬間に口の中でじゅわりと広がるトマトの風味と、そこに溶け込むめんつゆと肉の旨味。青ジソの確かな存在感がアクセントになって、違った味として楽しめる。味編が出来るのは良いことだ。何しろ、飽きない。


「その大皿を一人で全部食べることが出来るんですよねぇ、マリアは」

「あらぁ、何かいけなかったかしらぁ?」

「いえいえ、ダンピールの食欲って凄いなぁというだけの話ですよ」

「面倒くさい調査は嫌よぉ?」

「食事の邪魔はしませんよ」


 僕は見てるだけですから、とジェイクはのほほんと笑った。知的好奇心の塊である学者先生は、仲間の食欲にも興味津々だった。見た目は出るところが出て引っ込むところが引っ込んだ抜群のスタイルを誇るマリアだが、胃袋の容量はかなりのものである。そこが気になったらしい。

 ジェイクが色々なことに興味を示すのはいつものことなので、邪魔をされないのならとマリアは気にしないことにした。そんなことより、目の前の美味しい料理を堪能することが大事だったので。




 大量に作った青ジソとトマトの肉巻きは、大好評で皆の胃袋に消えました。味付けを変えるにしても、ポン酢とめんつゆを自分で選べるのが良かったようです。




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