打ち上げはおもてなしご飯で

「どうぞ、遠慮なく食べてくださいね」


 穏やかに微笑んで告げられたフレッドの言葉に、一同はぱぁっと顔を輝かせた。特に食べ盛りの見習い組とか、大食いのレレイとかの反応が顕著だった。目の前にででーんと並ぶ美味しそうなご飯を、好きなだけ食べても良いだなんて、彼等にしてみれば楽園みたいなもんである。

 ここは、王都の貴族区画のとあるお屋敷だった。誰のお家かは知らないが、とりあえずフレッドがこのお家の関係者で、ここで自分達にお礼としてご馳走を振る舞ってくれるらしい、ということだけ解っていれば十分だと皆は思っている。少なくとも、今、ご馳走に目がくらんでいる面々はそんな感じだ。

 大人組は色々と察した上で口をつぐんでいるが、美味しいご馳走には喜んでいる。フレッドの事情を何となく把握している悠利ゆうりとヤック、マグの三人は、特に何かを気にしたそぶりは見せなかった。そんなことより、大事な友達が元気そうで安心したという方が勝っている。

 今日のこの場は、襲撃事件の犯人を突き止めるために頑張ってくれた悠利達を労うために、フレッドが開いてくれたものだった。主に頑張ったのは見習い組や訓練生の若手だが、招待されたのは《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の全員だった。

 というのも、大人組は何も好きで動いていなかったわけではないからだ。アリーやブルックは相手の警戒心を煽るだろうし、大人組が率先して動けば何かあったのかと思われる。結果として、ゲームと称して情報収集が出来る若手や子供達が適任だっただけである。

 ただし、情報収集のポイントや、困ったときの相談先として大人組はちゃんと仕事をしている。アジトの中で協力する分には外から見えないので、全力でバックアップをしてくれていたのだ。

 そのバックアップには、日々の訓練の分量をちょっと軽くするとか、見習い組や悠利が担っている家事をそれとなく手伝ってくれるとかも含まれる。そのおかげで作れた時間で皆が動けたのだ。これも立派なバックアップである。

 その辺の諸々の事情も考慮して、フレッドは全員を招待してくれたらしい。皆を迎え入れたときに、「この度は皆さんに大変お世話になりました。ありがとうございます」なんて言ってきたぐらいだ。

 勿論、悠利達の返事は「無事で良かった!」一択なのだが。フレッドが無事で、悪い奴が捕まったならそれで十分である。別に見返りを求めた覚えはない。

 覚えはないのだが、美味しいご馳走は大歓迎という現金な一同だった。まぁ、仕方ない。美味しいは正義である。それも、普段は食べられないような料理人さんのお料理である。テンションが上がっても仕方ないのだ。


「あのさ、フレッドくん。一つだけ良いかな……?」

「何ですか、ユーリくん」


 並んで食事をしているフレッドに、悠利はこそりと声をかけた。会場は立食式で、沢山のテーブルの上に美味しそうなご馳走と給仕の人が控えている。そこで取り分けて貰った料理を幾つかある飲食用のテーブルで立ったまま食べる、というやつである。

 テーブルは別に誰がどこで食べても良いようになっており、取り分けた料理に近い場所のテーブルで食べる者が大半だ。悠利達もその例に漏れない。美味しそうなご馳走を大皿に盛りつけて貰って、のんびりと食べている。

 さて、そんな悠利が食事を中断してでもフレッドに言いたいことはというと――。


「遠慮なく食べてって言ってたけど、大丈夫……?」


 物凄く真剣な顔だった。仲間達の食欲を理解している悠利だからこそ、である。遠慮なく食べて良いなんて言われたら、ブレーキを取っ払って思いっきり食べまくる面々しかいないのだ。どうしても心配になる。

 あまりにも真剣な顔で悠利が言うものだから、フレッドはぱちくりと瞬きを繰り返した。そこまで念押しをされることだろうか、と言いたげだ。けれどフレッドが口にしたのは、別の言葉だった。


「大丈夫ですよ、ユーリくん。今日の料理担当者は、ブルックさんの食欲を知っています」

「あ、なら良かった」


 悠利はあっさりと納得した。フレッドが以前からアリーやブルックと知り合いなのは聞いている。そして、ブルックは細身に見えて健啖家である。というか、胃袋の大きさが規格外である。解りやすく大食いではないのだが、ひたすらに黙々と食べる感じのやつである。

 まぁ、時と場合を考えて多少はセーブしてくれるのがブルックお兄さんの良いところである。時と場合を考えても食欲に敗北して突っ走る若手とは年季が違う。……ありとあらゆる意味で。


「ですから、ユーリくんも安心して沢山食べてくださいね」

「うん、ありがとう。でも、僕の食べる量なんてそんなに多くないよ」

「皆さん、よく食べられますからねぇ」

「そうなんだよねぇ……」


 流石は身体が資本の冒険者と言うべきだろうか。大量のご馳走を前にしても怯むことなく、むしろ嬉々としてお代わりに勤しむ仲間達を悠利は遠い目で眺めた。一部の小食組を除いて、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の皆は本当によく食べるのだ。

 まぁ、悠利だって美味しいご馳走は大歓迎だ。それも、自分では作れないような凝った料理がいっぱい並んでいるので、心置きなく堪能させて貰おうと思っている。


「このパイって、中身は何なのかな……?」

「あぁ、それは確か、ブラウンシチューですよ。肉は、えーっと、……エンペラーバイソンだったと思います」

「……名前だけで強そうだし高級そうなお肉だってことは解ったー」

「美味しいお肉ですよ」


 にこやかにフレッドが説明してくれる料理の内容に、悠利は遠い目をした。美味しい魔物肉はだいたい強い魔物なのだ。エンペラーとか名前が付いているだけで、十二分に強い気がするし、美味しい気がする。そしてそれをフレッドが肯定してくれた。

 フレッドが普段食べているものが厳選された食材であることは、悠利も勿論理解している。だからこそ、このパイの中のシチューは絶品に違いないと確信できた。

 そうと解れば、実食あるのみ!である。

 パイはシチュー入りということもあってか、とりわけやすさを考慮したのか掌ぐらいのサイズだった。具体的に言うと、二口ぐらいで食べられそうな感じだ。作るの大変そう、と一瞬思った悠利であるが、まぁ、職業病みたいなものだと思ってもらいたい。

 パイは下手に切り分けようとすると崩れてしまうので、悠利は囓ることにした。ぷすりとフォークをパイに刺して、かぷりと囓る。囓った瞬間に伝わるのはサックサクのパイの食感だ。ほんのりと温かく、バターの旨味がしっかりと感じられる。

 続いて、濃厚なブラウンシチュー。使われているのがエンペラーバイソンの肉ということもあって、味わいは高級店のビーフシチューという感じだった。まろやかでありながら肉の旨味がぎゅぎゅっと伝わる、何とも言えない絶品だ。

 パイのサイズが小さいから肉も食べやすい大きさに小さく切られている。けれど、ずっしりとした存在感を感じさせる美味しさは健在だ。じっくり煮込まれているからか、ほろほろと口の中で崩れていくのが何とも言えずに美味しくて、思わず顔が緩んだ。


「お口にあったみたいですね」

「美味しい食材を美味しい料理に仕上げてくれる料理人さんに感謝したいです」

「あはははは。普段のユーリくんもそうじゃないですか」

「いやー、僕のはほぼ趣味のお家ご飯だからねぇ」


 もぐもぐとシチュー入りのパイを食べながら悠利は笑う。その姿に、相変わらずですねとフレッドは苦笑した。悠利の料理はとても美味しいし、料理技能スキルのレベルも大したものなのだが、当人の認識はどこまでも趣味の延長でお家ご飯なのである。

 まぁ、お家ご飯は間違っていない。ただ、料理技能スキルの影響で、クオリティがアホみたいに上がっているだけである。そして、当人はそのことについてあんまり気にしていないだけで。

 そんな悠利の元へ、台風のように元気娘が走ってきた。手には何かを載せたお皿を持っている。


「ユーリー!これ!これすっっっっっごく美味しかった!!」

「レレイ、美味しいのは解ったから、落ち着いてー。ほら、フレッドくんが驚いてるよー」

「あ、ごめーん。あのね、これすっごく美味しかったから、ユーリにも食べてほしいなって思っただけなんだよ?」

「は、はい。大丈夫です。……ちょっとは慣れましたから」

「……うちの元気娘がごめんねぇ……」


 テンション高めのレレイの勢いに圧倒されているフレッドに、悠利は小声で謝っておいた。別にレレイに悪気があるわけでもないし、彼女が悪いわけではない。ただ、フレッドが普段生活している範囲にこういう人種がいないだけである。

 そんなレレイが持ってきたのは、ぷるんぷるんと揺れる物体だった。ゼリーみたいな感じだろうか。半円の器に入れて作ったものをひっくり返したらしく、お皿の上でつるりとした表面が輝いている。


「それ、何?」

「解んない」

「……レレイ?」

「何かね、このぷるぷるした部分がスープみたいな味がするの。それで、中に細かい野菜やお肉が入ってるんだよ」

「あぁ、それはスープゼリーですね。澄んだスープをゼリーのように固めたもので、見た目も美しいので色々な形で作られるんですよ」

「だって!」


 説明の出来ないレレイの言葉に、フレッドが補足説明をしてくれた。おかげで悠利にも、レレイがわざわざ持ってきてくれた見慣れない料理が何なのか把握できた。

 見知らぬ料理であるが、今の説明で悠利の中でイメージしたのは煮こごりだった。アレは魚などのゼラチン質が固まるのを利用して作るものではあるが、イメージは近いような気がする。

 ただし、食べてみた印象は随分と違った。まず、味が優しい。澄んだスープは美しく、口の中に入れると固まっていたのがゆるゆると解けていく。極上のコンソメスープだ。ということは、スープを固めているのは食材のゼラチン質も一役買っているのかもしれない。

 具材は細かく切られているので、ゼリー状になったスープのどこを食べても具材に辿り着く。ゼリー状になっているので、食べたい部分をスプーンで掬って食べられるのが何とも楽しい。つるんとスプーンが入るのだ。


「これ、美味しいねぇ」

「でしょー?」

「でも、どうして僕に持ってきてくれたの?」

「え?だって、ユーリはお肉も食べるけど、こういうやつなら食べやすいかなって思って」


 美味しかったでしょ?と満面の笑みを浮かべるレレイ。きょとんとする悠利を残して、レレイはお代わりに飛んでいった。美味しいもののお裾分けをしたかったらしい。


「優しい方ですね」

「良い子だよ」


 いつだって真っ直ぐで一直線、裏も表も存在しない。それがレレイである。しかし、そんな風に純粋だからこそ、一緒にいて楽しいのだ。

 ……そして――。


「あたしもお肉食べるー!」

「うわっ!?レレイさんが来たぞ!」

「自分の分の確保急げー!」

「レレイ、お前はもうちょっと待て」

「やーだー!ラジ、離してー!」

「皆、今のうちに取れ」

「「ありがとうございます!!」」


 自分の感情に正直なので、こういうことになる。お代わりー!と肉料理に突撃しようとしたレレイは、ラジに襟首を引っつかまれてジタバタしていた。レレイは猫獣人の血を引いているので人間よりも力がある。しかし、相手は虎獣人のラジ。純粋な力比べではこっちの勝ちである。

 そして、ラジがレレイを確保している間に、見習い組を中心に皆は自分の分を確保していた。勿論、用意された料理はいっぱいある。いっぱいあるのだが、レレイが何も考えずに取りそうなので、順番待ちをさせているのであった。


「ラジさんのおかげで無事に取れた」

「ラジさん、マジ感謝」

「レレイさん、相変わらずレレイさん……」

「安定」

「「それな」」


 肉料理を皿に載せて飲食用のテーブルに移動した見習い組の四人。わちゃわちゃと交わす会話はいつも通りだった。マグですら言うほどに、ご飯にまっしぐらなレレイはいつも通りだった。

 彼等が取ってきたのは、肉厚のステーキである。シンプルな料理だからこそ、肉の味がよく解る。ちなみにコレは正真正銘のドラゴン肉のステーキらしい。わくわくであった。


「本物のドラゴンのステーキ……」

「店で食べたらすげー値段するやつ」

「前に食ったことあるけど、美味かった」

「食べたことあったの!?」

「流石ウルグス、お坊ちゃま」

「お坊ちゃま言うな!」


 ドラゴン肉にも様々な種類があるのだが、こちらは亜種やら小型種やらとは違う、強力な魔物として知られるドラゴンの肉である。庶民が食べられる機会はとても少ない。それを食べたことがある辺り、流石はウルグスである。良い家のご子息は良いものを食べている。

 口論はしつつも、とりあえず皆は滅多に食べられないドラゴン肉のステーキを口に運んだ。表面を焼いて肉汁を閉じ込めていながら、中身は柔らかく赤い色が残ったままという絶妙の焼き加減。ナイフでさっくり切れるし、フォークも易々と刺さる。

 ソースは各種置いてあったので、各々好みでかけている。甘いソース、酸味のあるソース、タマネギのすりおろしの入ったソースなど、である。ソース以外にもワサビや塩なども置いてあった。お好きにどうぞ状態です。

 口の中に入れると、肉のずっしりとした存在感を感じる。しかし、良く焼かれているのに中は柔らかい。簡単に噛み切れる。そうすると、じゅわりと口の中に肉汁が広がる。それだけで、もう、何とも言えぬほどに美味しい。


「美味……」

「オイラ、一生分食べる……」

「まぁ、美味い肉はやっぱり良いよなぁ」


 もぐもぐとステーキを食べる三人。その中でただ一人、カミールだけは真剣な顔をしていた。一口食べては何かを考え込んでいる。


「どうした、カミール?」

「この等級の肉を用意できるとか、どういうルートだ……?そもそも、これを狩れるような存在に伝手があるってことだよな……」

「こういうときに商売っ気を出すんじゃねぇよ」

「イタっ!?」


 商人の息子魂が変なスイッチを入れていたカミールの頭を、ウルグスは軽く叩いた。美味しいものは美味しいと思って食べるだけで十分である。それも、今回のように祝いの宴となれば。細かいことを考えるなというのは正しい。

 そんな賑やかな四人とは別のテーブルでも、美味しい料理に舌鼓を打つ姿は見られた。料理の数は多く、使われている食材も多い。様々な味付けの料理が存在して、大所帯の《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の皆が、どれか一つは自分好みの料理に出会えている。

 そもそも、どの料理も物凄く美味しい。普段フレッドが食べている食事を作っているような人なので、そりゃあ美味しいに決まっているというのが皆の考えだった。フレッドがお育ちの良いやんごとなき身の上であることは、皆も解っているので。

 しかし、そのことを口にする者はいない。それは別に、今の彼等に必要なことではないからだ。今この場にいるフレッドは、彼等の知り合いのフレッドであるだけなのだから。

 今回の立て役者の一人でもあるロイリスが食べているのは、魚介パスタだ。シンプルなオイルパスタで、海老、イカ、貝柱がごろごろと入った何とも贅沢な逸品である。味付けがシンプルだからこそ、素材の旨味がぐぐっと際立っている。

 また、特筆すべきは魚介の火の入れ方が半生であるところだろうか。完全に火を通しているわけではないので柔らかく、弾力を楽しめる。海鮮の生食は慣れていないので人気はないのだが、半生になると趣が変わるので美味しく食べられるのだ。

 味付けはオリーブオイルと塩胡椒。シンプルなそれらが、魚介の持つ旨味を引き立て、パスタに絡んで口の中でハーモニーを奏でる。パスタももちもちとした食感で、高級感が溢れている。


「イレイスさんも、このパスタがお気に入りですか?」

「えぇ。魚介の旨味が伝わってきますもの」


 上品に微笑むイレイシアに、ロイリスも釣られたように笑った。人魚族のイレイシアは魚介が大好きだ。海で育っているのだから、そりゃあ食べ物は海に縁のあるものが好物になっても仕方ない。

 しかし、王都ドラヘルンは内陸だ。勿論、王都だけあって物流は素晴らしく、魚介類も手に入る。けれど、こんな風に半生で美味しく食べられる食材に出会えることは少ない。また、火をしっかり入れた調理法の方が多いのだ。

 それもあって、滅多にない美味しい魚介類を堪能できるパスタを、イレイシアは嬉しそうに食べている。ロイリスの方も、小柄で胃袋が小さいこともあって、お肉でがっつりよりもこういうシンプルなパスタの方が嬉しいのだった。

 ちなみに、身体が資本の大食い組に好評なのは、厚切りベーコンが入っているようなパスタだった。パスタにもお肉を求める辺りが彼らである。

 なお、どの料理も文句なく美味しいので、皆がアレが美味しかった、コレが美味しかったと言い合っている。自分が食べて美味しかったものの情報を共有し、お代わりの参考にしているのだ。わちゃわちゃしているが、それがまた《真紅の山猫スカーレット・リンクス》らしい。

 そして、大人組もその例にはもれない。せっかくのフレッドの好意である。おもてなしはしっかりと受け取る気満々であった。滅多に食べられない高級食材とお高そうな料理を前に、遠慮はどこにもない。

 勿論、子供達のようにがっつくことはない。食べる仕草はどこまでも上品だ。しかし、あっちもこっちも遠慮なくお代わりをしているし、ブルックなどは端から順番に全ての料理に手を付けている。安定の規格外な胃袋であった。

 思い思いに楽しんでいる皆を見て、フレッドが安心したように笑った。こんなことで恩返しになるのかは解らないと思っていたので、皆が思った以上に喜んでくれて嬉しく思っているのだ。

 ちなみに、お礼として金銭や品物を渡すべきではと考えたらしいのだが、アリーが丁重にお断りをした。その結果の、この美味しいご飯である。なお、その話を聞いた悠利達も「お金とか品物とか別にいらないかな」とあっさり言っていたので、皆の総意である。

 そりゃ、自分で稼ぐのが基本の冒険者だ。これが依頼だったならば、きちんと報酬を頂いている。しかし今回彼らは、お友達のために勝手に走り回っただけである。情報収集組など、笑顔で「良い修業になった!」と言うぐらいだ。何だかんだで逞しい。


「フレッドくん、フレッドくん」

「何ですか、ユーリくん」

「後で料理人さんにお話聞いても良いかな……?」

「…………え?」


 美味しい料理を堪能していた悠利が顔をキラキラと輝かせて告げた言葉に、フレッドは固まった。何を言われたのかよく解らなかったのだろう。しかし、すぐに立ち直った。その程度には悠利の性格を彼は理解していた。


「何か、気になる料理でもありました?」

「基本的に全部気になるよ。皆が喜んで食べてるから、話を聞いてみたくて」


 僕にも作れる料理あるかなぁなんて続ける悠利に、フレッドは苦笑した。家事に妥協を許さない家憑き妖精シルキーにその腕前を認められていながら、やっぱり悠利は悠利だった。

 後は、必要な時間や食材という意味で、アジトで作るのが難しい料理というのも存在する。例えば、下準備で煮込むだけで数日かかるような料理は向いていない。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の台所は広い方だが、それでもやっぱり日々の料理をしながら別の何かを仕込むのは大変だ。

 その辺りのことも考えつつ、その道のプロに色々と聞かせて貰いたいと思っている悠利。思いっきり顔に出ていた。


「後で時間が取れるか聞いてみます」

「やったー!ありがとう、フレッドくん」

「いえいえ。助けて貰ったお礼ですし」

「それはこのご馳走で相殺されてるけど?」

「皆さん本当に無欲ですよね」


 苦笑するフレッドに、悠利は首を傾げた。どこが無欲なんだろう?と思っている顔だった。無欲な人は、食べ放題だと言われたからって、用意された料理を食べ尽くす勢いで大騒ぎしないと思うのだ。

 しかし、フレッドの感想は違う。それは、住んでいる世界が、環境があまりにも違うからだ。そればっかりは馴染んだ感覚の違いなのでどうにもならない。だから悠利はそれ以上何も言わなかったし、フレッドも話を蒸し返すことはしなかった。今は、別に、そんなことをする時間ではないのだ。

 そんな二人の足下で、キュイ、と小さな鳴き声が聞こえた。満腹、と言いたげな仕草でお皿の上を空っぽにしているのは、ルークスだった。

 

「ルークスくんも、お口に合いましたか?」

「キュピ!」

「それなら良かったです」


 野菜炒めが好きだと伝えられていたので、ルークスの分の料理は全て野菜炒めだった。それも色々な味付けだ。一人野菜炒めバイキングみたいになっていたルークスである。ご満悦であった。

 ちなみにルークスは、フレッドに再会した瞬間に飛びつき、その全身をペタペタ触って確かめていた。危ない目に遭ったって聞いたけどちゃんと無事なんだね?無理しちゃダメだよ!みたいなノリだった。ルークスにとってフレッドは庇護対象である。

 いきなり主に飛びついたスライムに護衛の皆さんは慌てたが、悠利達が何とか押しとどめた。また、フレッドがルークスの行動を拒まなかったこともあって、何とか丸く収まったのだ。賢い従魔は、意外と感情で突っ走る。そこもまた可愛いのだが。


「まだまだ沢山用意してありますから、楽しんでくださいね」

「うん」

「勿論、デザートも用意してありますから」

「ありがとう」


 主にあの辺が喜びます、と悠利はすっと手でヘルミーネやブルックを示した。耳ざといお二人さんは、一瞬でこちらに視線を向けている。好きなものに関しては地獄耳なのは、お約束なのかもしれない。

 色々用意してありますよ、とフレッドが微笑むと、ヘルミーネは嬉しそうにぴょんぴょん跳びはね、ブルックは密やかにガッツポーズをしていた。ぶれない。




 そんなこんなで、デザートまできっちり完食した一同は、滅多にないご馳走でお腹をいっぱいにして、幸せな気持ちで帰路につくのでした。これにて、この度の騒動は一件落着なのです。



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