帰りも天馬の馬車でひとっ飛びでした


「ただいま戻りましたー」

「あぁ、お帰り。……ん?アロールはどうした?」

「アロールはヴィオラさんとヴィクトルさんの見送りです」

「なるほど」


 ぞろぞろと帰宅した悠利ゆうり達を出迎えてくれたのは、リヒトだった。リビングでまったり過ごしていたらしい。お帰りと笑ってくれるリヒトに、悠利達も口々にただいまと挨拶をしている。

 各々荷物を片付けに移動する中、悠利はリビングのソファで休憩をしていた。皆と違って体力がないので、長距離の移動だけでちょっぴり疲れてしまうのだ。皆もそれが解っているので、帰宅早々ソファに座り込む悠利を誰も咎めない。


「それにしても、予定してた時間より遅いな。ちょっと心配した」

「あー、それはですねぇ……。ちょっと揉めまして」

「揉めた?何が?」


 不思議そうなリヒトに、悠利はハハハと乾いた笑いを零した。もう、笑うしかないことが起こっていたのである。

 本来なら、悠利達は今日の午前中にはアロールの実家を出発し、昼過ぎには帰宅している予定だった。しかし、予定が色々と大幅に狂ってしまい、今は夕方だ。それも、もうすぐ日が沈みそうな感じの夕方である。

 これには、理由があった。いや、理由というか、何というか、なのだが。早い話が、ヴィオラとヴィクトルがごねたのだ。


――うちの子達で送っていくんだから、まだ良いじゃない!

――何なら、夕飯食べてからでも良いだろ!


 少しでも可愛い従妹と一緒にいたかったのだろう。似たもの同士の双子が、アロールを両脇から抱きしめながらわーわー言い出したのだ。がっしり二人に確保されてしまったアロールは、面倒くさそうな顔をしながらも彼らの意見を叩き潰していたのだが。

 しかし、ここで問題が起きた。そう、馬車がないのだ。

 初日にヴィオラの天馬達に移動を託した結果、アロールの実家からアジトに戻るための馬車がない。馬もいない。だからまぁ、帰りもヴィオラに送って貰う予定だったのだ。しかし、その運搬役が渋った。物凄く渋った。子供の駄々かと思うほどの渋りっぷりだった。


――そんなに遅くなったら戻ってからがしんどいじゃないか。予定通りの時間に送って。

――午前中でお別れなんて寂しいわ!

――それじゃあ、せめて昼食を食べてからにしよう!な!

――いい加減にしてよ、ヴィヴィ!


 ヴィオラとヴィクトルをまとめて呼ぶときに、アロールはヴィヴィと口にする。二人の名前の頭文字を合わせてのことだろう。彼女が彼らをこう呼ぶときは、呆れているとか怒っているときらしく、アロールの母であるミルファはあらあらと困ったように笑っていた。

 ただし、笑っているだけでまったく口を挟まないのだから、彼女もある意味で強者だった。三人のやりとりをいつものことと流している。

 そんなやりとりを経て、一先ず昼食を食べたら帰還するということで話は落ち着いた。……結局、昼食後にちょっとお茶を楽しんでからの帰宅になったので、今の時間なのだが。

 悠利がかいつまんで事情を説明すると、リヒトは天を仰いだ。続いて、玄関の方へと視線を向けた。そんな愛が重い双子のお見送りをしているアロールを心配しているのかもしれない。案の定、彼女はいつまでたってもアジトに戻ってこない。


「あら、ユーリ、戻っていたんですね」

「ティファーナさん、ただいまです」

「はい、お帰りなさい」


 優しい声で話しかけてきたのは、ティファーナだった。今日も微笑みが大変麗しい。雰囲気が優雅で、おっとりとした優しげなお姉さんという感じのティファーナなので、こうやって優しく出迎えてもらうと釣られて笑ってしまう。

 悠利の足下のルークスも、ぴょこんと跳ねて帰還をアピールしている。そんなルークスに気付いたティファーナは、お帰りなさいと微笑んでルークスの頭を撫でる。撫でられて喜ぶスライムの姿はとても愛らしかった。


「アロールの実家はどうでした?楽しかったですか?」

「はい。色んな従魔さんがいて、一緒に寝させてもらったんです」

「一緒に寝た?」

「はい!」


 不思議そうな二人に、悠利は満面の笑みで答えた。二泊三日のお泊まりで、一度もベッドを使わなかった悠利である。初日のスライムベッドも、二日目のもふもふフィーバーも、実に快適な睡眠を与えてもらった。アレはお金が取れるとちょっと思っている。

 しかし、事情を知らない二人には何のことか解らない。そんな二人に、悠利はにこにこ笑いながら説明をする。


「魔物使いさんと一緒なら従魔と寝ても大丈夫だと言われたので、一日目はスライムさんと一緒に寝て、二日目はもふもふ系の従魔さんと一緒に寝たんです」

「……スライムはよく解りませんけれど、もふもふと一緒はとても気持ち良いのが解りますね」

「もっふもふふわっふわで、とても快適でした。僕は狐さんの尻尾で眠らせてもらって、敷布代わりに身体の下に尻尾で、上もお布団の代わりに尻尾を被せてくれたんですよー」

「え、尻尾って一本じゃないのか?」

「尻尾が複数ある狐さんでした」


 驚いたようなリヒトの言葉に、悠利はケロリと答えた。答えた瞬間、リヒトとティファーナが驚いたように顔を見合わせている。二人が何に驚いているのかが悠利にはさっぱり解らなかった。


「尾が複数ある狐ってのは、基本的に高位の魔物だからな……。それを従魔にしてるなんて凄いな」

「それに、悠利の話しぶりでは、尻尾は何本もあったんですよね……?尾の数が多いというのは、それだけ強いということですから」

「あー、なるほどー。あの狐さん、強い魔物さんだったんですね」


 あの場では誰もそんなことは言わなかったので、悠利は何も気にしていなかったのだ。悠利にとってあの狐は、尻尾で寝るのを許してくれた優しい狐さんである。

 ちなみに、悠利以外の面々は接した従魔達の種族名や、彼らがどれだけの実力の持ち主かなどを知っている。悠利が夕飯の仕込みをお手伝いしていた時間帯に、お勉強で色々と教わっていたのだ。しかし、悠利には関係ないことなので、誰も何も言わなかったのである。

 そもそも、高位の魔物だと言われたところで、悠利にとっては目の前にいる人懐っこい従魔達でしかないのだ。仮に彼らの種族名を知って、それがどれほど凄い種族かを知ったとしても、多分、何も変わらない。皆、凄いんだねぇと笑うぐらいだろう。それが悠利である。


「スライムと一緒に寝たって、ユーリは普段からルークスと一緒に寝てるだろ?今更じゃないのか?」

「大きなスライムさんだったんですよ、リヒトさん」

「え」

「僕をすっぽり包み込んでくれるだけの大きなスライムさんだったんです。弾力が柔らかめで身体が沈み込む感じで最高でした」

「……大きな、スライム……?」


 イマイチ想像が出来なかったのか、リヒトは首を傾げている。スライムは高位になるほどに身体が大きくなるのだが、基本的に温厚な性格なので人前に出てこない。高位種になれば頭も良いので、討伐される危険性がある人間の領域にやってこないのだ。

 ただそれでも、ダンジョンなどで遭遇することもある。記憶を探ってそこそこの大きさのスライム、今目の前にいるルークスよりも大きなスライムの姿を思い浮かべたリヒトは、ふむ、と小さく呟いた。スライムの弾力を考えると、ぽよんと弾かれそうな気がしたのだ。


「弾かれずに沈んだってことか?」

「まだ子供のスライムだったらしくて、柔らかい感じだったんです」

「何で?」

「これからまだ成長するから、表皮が硬くなってないそうです。ちなみに、ルーちゃんはこれ以上大きくならないので、その子より弾力がありました」

「大人と子供で弾力が違うのか……」


 初耳だったらしく、リヒトはなるほどと小さく呟いた。新しい知識を手に入れた感じだ。その隣のティファーナも同じく。

 そんな二人に、悠利はスライムベッドがいかに快適であったのかを、蕩々と語った。まるで人をダメにするクッションのようであったスライムベッド。全身を優しく包み込む滑らかな質感に、まるで守られているような気分になったものだ。

 それに、決して悠利の身体を不自然な体勢にはしなかった。腰や手足、首に至るまで、何一つ不調は存在しなかったのである。むしろ、一番楽な体勢で固定されていたような気がする。スライムベッド、恐るべし。

 そんな風に力説する悠利に、二人は真面目な顔で話を聞いてくれていた。悠利が食べ物以外でこんな風になるのは珍しかったので、よほど気持ち良かったのだろうなと判断したからだ。間違ってない。


「他は何かしてきたのか?」

「あ、空を飛びました!従魔さんに乗せて貰ったんです」

「あら、それは素敵な経験が出来ましたね、ユーリ」

「はい」


 日常を普通に生きていて、空を飛べるというのはあまりない。魔物使いはいたとしても、空を飛べる従魔を有している者を探さなければ無理だろう。また、その従魔達が主以外の人間を乗せても良いと考える性格でなければならない。

 悠利達は皆、ワイバーン便で空を飛んだことはある。しかしアレは、ワイバーンに自分達が乗ったカゴを運んでもらうというカタチなので、また趣が違う。天馬の馬車も同じくだ。従魔に直接乗って、風を感じて空を飛ぶのは格別だった。


「従魔の背に乗って空を飛ぶ、か……。楽しそうだが、同時にちょっと怖そうだな」

「天馬さんとグリフォンさんは背中に乗せてくれるので大丈夫ですよ。手綱もありましたし」

「「……え?」」

「昆虫系は抱えられてるだけなので不安定っぽかったですし、小型のドラゴンさんは肩の上を掴むだけなのでちょっと怖そうでした」

「……俺はそういうのは無理だ」

「私もちょっと無理ですね」


 悠利の説明を聞いたリヒトとティファーナは、遠い目をして呟いた。それなりに経験豊富な冒険者である彼らにしても、やはり命綱が存在しなさそうな空の散歩はご遠慮したいのだろう。それを経験した面々は、とても頑張ったと言える。

 そんな風に楽しかった思い出を二人に語っていると、アロールが戻ってきた。物凄く疲れた顔をしている。


「アロール、お帰り」

「あぁ、ただいま……。リヒトとティファーナも、ただいま」

「お帰り」

「お帰りなさい」


 はぁ、と盛大に溜息をつきながら、アロールは悠利の隣に座った。ソファが軽く沈む。疲労困憊という感じだった。

 子供ではあるがそれなりに鍛えているアロールが、長距離の移動だけで疲れることはない。悠利達よりも従魔について詳しい彼女だ。道中の不安もなかっただろう。実際、ドラヘルンに到着したときはこんなに疲れてはいなかった。

 なので、アロールがここまで疲れ果てているのはドラヘルンに帰還してからの出来事が理由だ。……まぁ、考えるまでもない。彼女がお見送りをしていた双子のせいだろう。


「ヴィオラさんとヴィクトルさん、帰ったんだよね?」

「帰ったけど、帰るまでが長かった。……何であんなに粘るんだ」

「あははは……」


 盛大に溜息をついたアロールに、悠利は困ったように笑うしか出来なかった。双子と面識のないリヒトとティファーナも、アロールの疲れ具合から大変だったんだということは察したのか、労るような眼差しを向けている。それぐらい、今の彼女は疲れていた。

 大方、アロールと離れるのを嫌がったのだろうなと悠利は思う。道中だって、アロールがどちらの馬車に乗るかで大騒ぎをしていたのだ。勿論、言葉が通じるという利点を生かして、帰路も彼女はヴィクトルの馬車に乗ったのだが。


「ヴィオラさんもヴィクトルさんも、アロールのこと大好きだねぇ」

「自分達より若いのが僕しかいないからって、構い過ぎなんだよ」

「それだけじゃないと思うけどなぁ……」

「他に理由があったって、いい大人が子供みたいに駄々をこねないでほしい」

「それはまぁ、確かに」


 年下の従妹が可愛くて可愛くて仕方がない、というのはヴィオラとヴィクトルの二人を見ていれば誰にでも解ることだろう。ただ、相手がクールなアロールだからこそ、大人であるはずの双子の方が子供みたいになってしまうのだ。

 双子がここまで大騒ぎするのは、この距離だというのにアロールが滅多に実家に戻ってこないことにあるらしい。アロールとしては戻る必要を感じていないだけで、実家が嫌いなわけではない。実家に戻って時間を無駄にするより、日々しっかりと学ぼうと思っているだけなのだ。

 そのアロールの考えは解っているが、解っていても寂しいのだと大騒ぎをするのが、あの双子である。多分、いとこでなかったらアロールは彼らと付き合わないだろう。テンションがあまりにも違い過ぎる。


「あの二人のワガママに付き合ったせいで、こんな時間になっちゃったじゃないか」

「アロール?」

「留守番に料理担当がいなかったし、今日の夕飯どうするの?」

「あ」


 アロールの指摘に、悠利は思わず声を上げた。確かにその通りだった。いつもなら、見習い組の誰かが残っていたりするので料理を担当してくれるが、今日は皆で出かけて戻ってきたのだ。疲れているのは皆も同じだ。

 悠利も、長時間の移動でちょっぴり疲れているので、今から皆の分の食事を作る元気はない。太陽はもう殆ど見えていない。大ピンチだった。


「ど、どうしよう……」

「だから僕は、せめて午前中に出発したかったんだよ」

「アロール……」

「見習い組なら、それぐらいで体力回復すると思ってたからさ」


 それなのにあの二人は、とぶちぶちと文句を言っているアロール。いとこの剣幕に負けて押し切られた自分への苛立ちもあるのだろう。それが仲間達を気遣ってのことだと理解して、ちょっと嬉しくなる悠利だった。

 嬉しくなるのは良いのだが、それはそれとして目下本日の晩ご飯をどうしようという問題が迫ってきた。作り置きもそこまで残ってはいないだろうし、どうしようと悩む悠利。その耳に、低い声が届いた。


「おい、夕飯は《木漏れ日亭》に行くぞ」

「アリーさん?」

「さっき元気が有り余ってるレレイを使いに出したら、席は確保できるらしいからな」

「皆で外食ですか?」

「戻ってきて早々、お前や見習い組に飯を作れとは言わねぇよ」


 仕事の出来るリーダー様は、抜かりがなかった。なお、お使いを頼まれたレレイは元気満々で出かけていき、ついでにお肉が沢山あることまで聞き出していた。本能に忠実すぎる。

 ちらほらと姿を見せる仲間達にその旨を伝えて皆に話が回るようにしているアリー。自分も戻ってきたばかりなのに即座に準備をしてくれていたアリーに、悠利は感動した。感動したので、感極まってアリーの広い背中に飛びついた。


「アリーさーん!ありがとうございますー!」

「うぉ!?いきなり飛びつくんじゃねぇ!」

「僕、皆の晩ご飯どうしようかと思って焦ってたんですー!」

「解ったから、張り付くな!離れろ!」

「やっぱりアリーさん優しい!」


 わーいわーいと大喜びしている悠利。その姿を見ながら、アロールがぼそりと「元気じゃん」と呟いたので、リヒトとティファーナは思わず笑いを堪える。それは言ってはいけないことだ。

 二人が騒いでいると仲間達が集まってくる。外食にうきうきする仲間達。悠利がいつまでも笑顔でアリーの背中に張り付いているので、それをからかう姿も見える。何だかんだでわちゃわちゃが止まらない。いつものように。




 楽しい楽しい課外学習が終わっても、同じように楽しくて騒々しい日常が戻ってくるだけなのでした。めでたし、めでたし?




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