二日目のベッドはもっふもふでした
色々とあった二日目も無事に終わり、後は眠るだけ。そして、今夜もまた、部屋で眠る人間と従魔達と眠る人間とに分かれていた。
「……もふもふ……」
さぁ来いと言うように尻尾をぱたぱたさせている従魔達を見て、
「基本的に腹に身体を預けるか、並んで眠るか、尻尾を枕代わりにするか、みたいな感じで眠ってくれたら良いから。体制が気に食わなかったら自分達で訂正すると思う」
「「はい」」
レスターの言葉に悠利達はお行儀良く返事をした。なお、メンバーは悠利以外は、クーレッシュ、ラジ、ウルグスの三人だ。ヤックとカミールは昨夜のスライムベッドで満足したらしい。マグはレスターがいるので部屋を選んだようだ。アリーは部屋の方が作業が出来ると言っていた。
ちなみに、こちらは見て解るように男子組。本日は、女子組がスライムベッドを堪能している。ただし、男子禁制とばかりにヴィクトルは自分の従魔なのに追い出され、彼の代わりをアロールが務めている。
それだけならまだ良かったのだが、せっかくだからとヴィオラがそこに紛れ込んでいる。小屋の前でヴィクトルがギリギリまで粘って文句を言い続けていたのは、それが原因だった。双子は仲良しだが、それだけに抜け駆けは許せないらしい。けれど性別の壁は越えられなかったので、ヴィクトルはしょぼくれながら自室に戻っている。
そのスライムベッドを堪能中の女子組には、フラウも混ざっている。当初は遠慮していた彼女だが、レレイとヘルミーネに両腕を掴んで誘われたので、折れてくれたらしい。留守番組への土産話になるだろうと言ったときの表情は、仕方のないやつだなと言いたげな雰囲気に満ちていた。
まぁ、そんなこんなで、悠利は目の前のもっふもふに感動していた。昼間触って彼らの毛並みがふわふわもふもふの最高の手触りだというのは知っているのだ。そのもふもふと一緒に寝られるなんて、どんなご褒美かと思った。
悠利は意を決して、狐の従魔の元へと歩み寄った。ゆったりとくつろいでいた狐の従魔は、近寄ってきた悠利を見て小首を傾げた。複数の尾が、ぱたん、ぱたんと揺れる。
その魅惑の尻尾を見て相好を崩しつつ、悠利は目の前の狐に声をかけた。
「あの、もし良かったら、その尻尾で寝させてもらえませんか?」
悠利の問いかけに、狐は不思議そうに首を傾げる。そうして、そのしなやかな顔をすっと自分の尻尾の方へと向けた。ぱたり、ぱたりと動くふわふわの尻尾。それを見て、もう一度悠利を見る。
これ?と言いたげに狐は尻尾を動かした。ピンと立てられた尻尾が、ふよふよと揺れる。それを見て、悠利はこくこくと頷いた。首振り人形みたいになっている。
「昼間触らせてもらったときから思ってたんですけど、尻尾がとても気持ちよさそうで……」
お邪魔じゃなければで良いです、と控えめに伝える悠利。狐は少し考えるような素振りを見せる。しかし、すぐに甲高く鳴くと、尻尾の一本を使って悠利の身体を引き寄せた。
「う、うわ……!?」
驚く悠利に楽しそうな顔をしながら、狐は器用に尻尾で悠利の身体を移動させる。そして、自分の尻尾の幾つかを布団のようにすると、その上に悠利を転がした。ふわふわふっかふかの尻尾布団である。
「ふかふかだぁ……!」
極上の毛皮であることは既に解っていたが、まさか布団のようにしてもらえるとは思っておらず、悠利は感動に声を上げた。感極まっている。
そんな悠利の反応が面白かったのか、狐は自由に動かしていた尻尾を悠利の身体の上に被せる。ふわり、と柔らかな毛並みが身体を包み込み、悠利はへにゃりと緩んだ表情を浮かべてしまう。
何せ、上も下もふわふわふかふかなのだ。極上の毛並みに包まれている。ふっかふかしているので、背中も全然痛くない。羽毛に包まれて沈み込みそうだ。どう考えても快眠が約束されている。
そんな悠利と狐のやりとりを、レスターは微笑ましそうに見ていた。良かったな、と言いたげである。狐は気分屋だが、今日はその気分が良い感じに動いたらしい。悠利が一生懸命頼んできたのがお気に召した模様だ。
……色々とお気に召していないのは、ルークスだった。大好きな大好きなご主人様が、自分じゃない従魔によってメロメロにされている。何だか若干ジト目になっている。
昨夜は、こんなことはなかった。それは多分、悠利が大はしゃぎしていたのが、ルークスと同族のスライムだったからだろう。小さな自分と違って大きな身体の同族が、悠利の身体を傷つけないように包み込んでいるのは嫌ではなかった。
しかし今は、何だかちょっぴり不機嫌だった。ルークスにはどう足掻いてもふわふわもふもふを与えることは出来ない。悠利が楽しんでいる邪魔をするのも本意ではない。
だからだろうか。ちょろりと身体の一部を伸ばして、皆の邪魔にならない程度にルークスは床をぺちぺちしていた。ストレス発散みたいなものだ。音はさほど大きくなく、従魔達とラジ以外は気付いていないだろう。
そう、悠利は気付いていない。何一つ気付いてない。だから、満面の笑みを浮かべてルークスを呼ぶのだ。
「ルーちゃんも一緒に寝よう?」
「キュ……?」
「何でそんな所にいるの?ほら、一緒に狐さんと寝よう?」
「キュ、キュー!」
ほわほわとしたいつも通りの悠利の言葉を受けて、ルークスは嬉しそうに跳ねた。ポーンと跳ねて、そのまま悠利の腕の中にすっぽりと収まる。一瞬で機嫌が直った。
「ルーちゃんはすべすべで気持ち良いねー。狐さんの尻尾はふかふかで、どっちも素敵」
「キュ?」
「ルーちゃんが側で寝てくれると安心出来るしね」
「キュピ!」
頼られていると解って、ルークスは嬉しそうに鳴いた。先ほどまでのもやもやが吹き飛んだようで、キュイキュイ鳴きながら悠利にすり寄っている。
そんなルークスと悠利を見て、狐はくわっと欠伸を繰り返す。愉快な主従だなぁとでも思っている感じだ。それでも口を出さない程度には空気を読んでくれるようで、ぽふぽふと尻尾で一人と一匹を包み込んでくれる。
もぞりと狐の尻尾に埋もれるように体勢を整えて、悠利はルークスを腕に抱いて目を閉じる。とても心地好く眠れそうだ、と。
……そんな悠利の耳に、悲痛な叫びが響いた。
「イダダダダ!待って!待ってくれ!何で耳を噛むんだ!?甘噛みでも痛いんだが!?」
「はぇ?」
いきなり何事?と身体を起こした悠利が見たのは、大きな虎にじゃれつかれているラジだった。巨体でラジにのしかかり、嬉しそうにゴロゴロ鳴きながらラジの耳をがじがじしていた。甘噛みと言っているが痛いものは痛いのだろう。
虎獣人のラジの耳を、虎の従魔がガジガジしている。何だこのコントみたいな光景、と悠利は思った。それは他の面々も同じだったらしい。
「ラジさんアレ、何か遊んでんのか?」
「遊んでるように見えるけど、マジで叫んでるっぽいな」
「んー、うちの子の方は間違いなくうきうきで遊んでるなぁ。同じ虎なのが嬉しいんだろうか」
「「やっぱり」」
あの虎は遊んでるんだと理解できて、ウルグスとクーレッシュは思わずハモった。口には出さなかったが、悠利も同感だった。何せ、ラジを見ている虎の表情は嬉しそうなのだ。
いや、楽しそうの方が正しいだろうか。お気に入りの玩具や、遊んでくれる相手を見つけたと言う感じだ。随分とラジに懐いている。……まぁ、だからといって大型の虎の従魔に耳をガジガジされているラジにしてみれば、何一つ嬉しくはないのだろうが。
「あの虎が随分と懐いてたし、ラジも毛並み気に入ってたから一緒に寝るってなったはずなんだけどなぁ」
「俺もそんな感じだと思ってましたけど」
「俺がこの狼と添い寝してるのも、お前がそこの熊に抱き枕にされてんのもそうだよな?」
「ですね」
従魔のもっふもふに癒やされているクーレッシュとウルグスは、のんびりと会話をしている。ちなみに二人の状況は、クーレッシュが告げた通りだ。
クーレッシュは群れのリーダーである狼の従魔と添い寝をしている。床に伏せの状態を取っている狼の傍らにクーレッシュが横たわり、狼のふさふさの尻尾が守るようにクーレッシュの身体の上に被さっている。
なお、床にそのままだと痛いだろうからと、敷布は用意されている。その敷布の上で狼とクーレッシュは横になっているのだ。ごろりと転がってくっ付けば、ふかふかの狼の毛皮に包まれて幸せな気分になれる。
ウルグスは熊の従魔にぬいぐるみのように抱きしめられている。力加減はきちんとしてくれているのか、痛みはない。何やら随分と気に入られたようで、さぁここで眠りなさいと言わんばかりに確保されたのだ。
大柄なウルグスをすっぽりと包み込んでしまえる熊。背中に感じるふっかふかに、ウルグスの表情も緩む。何せ、この熊はレスターの従魔だ。安全が保証されているので、大きな従魔に抱きしめられて確保されても、何も怖くないのである。
そんな2人同様、ラジも虎に懐かれて虎と一緒に寝ようとしていたはずなのだ。彼らが最後に見たときには、ラジは虎の腹に頭を預けて横になっていたし、虎は尻尾でそんなラジの身体を突いて遊んでいた。
そう、まったりしていたのだ。今みたいにラジがのしかかられてなんていなかったし、耳をガジガジされて呻いていたりもしなかった。何かきっかけがあったのだろうか。
何でだろうか?と首を傾げる一同。とりあえずレスターは起き上がって従魔の無体を止めに言った。主に怒られてシュンとしょげている虎の姿は、威厳が全然なかった。キリリとしていたら格好良いのに。
そこで悠利は、ハッとしたように口を開いた。思わず呟いてしまったのだ。
「もしかして、目の前でラジの耳が動いたから……?」
「「え?」」
虎にお説教しているレスターと、ガジガジされた耳を撫でているラジには届いていないらしい。不思議そうなクーレッシュとウルグスに向けて、悠利はとりあえず自分の予想を語った。
「あのね、猫って目の前で動くものを追いかける癖があるでしょ?虎も猫の仲間だから、同じように目の前でぴこぴこ動く耳に反応したのかなって……」
「あー、玩具が動くのを見て興奮した、みたいな?」
「そんな感じじゃないかなぁって」
悠利の説明に、クーレッシュが顔を引きつらせながら問いかける。確証はないが、その可能性は否定できない。三人の間に沈黙が満ちた。
もしもそれが事実だとしたら、ラジは虎と一緒に寝ない方が良いのではないだろうか、と彼らは思った。人間の彼らと違って、虎獣人のラジの耳はぴこぴこ動くのだ。尻尾も同様だ。本能を抑えきれずに飛びついちゃう虎と一緒に寝るのは、良くない気がした。
その仮説は正しかったのだろう。三人の視線の先で、ラジは虎から離れて移動した。虎は名残惜しそうに鳴いているが、レスターに言われて大人しくなった。しょんぼりしている。
ラジを気に入っていたのは事実なのだろう。別に、危害を加えるつもりもなかったに違いない。ただ、ネコ科の本能が虎を突き動かし、目の前でぴこぴこ揺れるラジの耳にテンションが上がってしまっただけで。……どちらにとっても不運だった。
このまま虎と一緒に寝るのは良くないという判断なのか、ラジが移動したのは大型の犬の傍らだった。声をかけられた犬の従魔は、どうぞと言いたげに尻尾をぱたんと揺らした。ラジはそれに感謝を述べて、犬の尻尾を抱き枕のようにして横になる。
虎はと言うと、レスターに宥められて彼と一緒に寝ることになったらしい。せっかく友達が出来そうだったのに……、みたいなオーラを出してしょげているが、仕方ない。お互いのためにも、距離を取って眠るのが一番だ。
何せ、先ほどは単純にじゃれる程度で終わっていたから良いものの、うっかり力加減を誤ってラジが痛みを強く感じた場合が怖い。耐えきれずにうっかり反射で攻撃してしまったら、大惨事だ。非力な人間の悠利達と違って、ラジは虎獣人なのだ。穏やかな性格なので普段は忘れがちだが、彼は肉食獣の身体能力を持つ男である。
「とりあえず落ち着いた感じー?」
「落ち着いたんじゃね?」
「じゃあ、僕、眠いので寝ます」
「俺も……。このもふもふに抗える気がしない」
「同感」
うとうとしながら悠利が告げれば、クーレッシュも即座に同意した。両者共に、身近なところにあるもふもふに心を奪われている。ちなみにウルグスは、ラジが虎から離れた段階で大丈夫だと判断したのか、既に夢の国に旅立っている。もふもふに敗北していた。
やはり、もふもふは人を虜にするのだ。スライムの包み込むような弾力も良かったが、もふもふも捨てがたい。この素晴らしい体験が出来るだけで、こうして付いてきて良かったなぁと思う悠利だった。割と現金です。
「狐さん、おやすみなさい……」
「キュピピ……」
尻尾の中に丸まるようになりながら悠利が呟くのと、悠利の腕の中のルークスが寝言めいた鳴き声を上げるのはほぼ同時だった。狐はそんな一人と一匹を見下ろして、小さく鳴いた。その声はどこか楽しそうで、悠利の耳に心地好く届く。
ふわり、ふわりと尻尾が動く。撫でるように優しく動く狐の尻尾。そのふさふさふかふかの感触に、悠利は微睡みの中でへにゃりと笑った。やはりもふもふは極上だと思いながら。
翌朝、気持ち良すぎて熟睡していた悠利を起こしたのは、呆れたような狐の甲高い声だったのは、多分まぁ、お約束です。うっかりお寝坊するぐらいにはもふもふが気持ち良かったのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます