スライムベッドは人をダメにするようです

 夕飯を食べ終え、お風呂にも入った。となれば後は、一日の疲れを取るためにしっかりと休むこと。自室で休むというアロール以外の面々は、客室へ戻ろうとしていた。

 そんなとき、だった。


「あ、希望者がいるならうちの子達と寝るのも可能だぞ?」

「へ?」

「従魔の添い寝」


 にっこり笑顔で告げたのはヴィクトルだった。相変わらずとてもノリの良いお兄さんである。そして、アロールは相変わらず面倒くさそうな顔で従兄を見ていた。


「魔物使いと一緒なら、従魔と同じ場所で寝るのも危険はないし、体験したいならどうぞって話なんだけど」

「……それはつまり、ヴィクトルさんのスライムと一緒に寝られると……?」

「そう」

「ルーちゃん、一緒に寝て良いって!」

「キュピー!」


 うわぁい、やったー!みたいなノリの悠利とルークスだった。ぽよんぽよんと飛び跳ねて、ルークスも全身で喜びを表現している。仲良くなったスライム達と一緒に寝られるのが嬉しいのだろう。

 大人二人は楽しそうだなと言いたげな顔で見ているだけで、特に口は挟まない。アロールも自室でゆっくりしたいのか、何も言わなかった。食いついたのは、他の面々だ。


「あ、それならオイラも!スライムいっぱいの中で眠るの楽しそう!」

「俺も、俺も!何事も経験ってことで!」

「良いぞー。その代わり、小屋で毛布被って雑魚寝になるけど大丈夫か?」

「「平気です!」」


 確認を取るようなヴィクトルの言葉に、ヤックとカミールは元気よく応えた。大丈夫、と。冒険者志望の子供達である。野宿の経験もあるので、雑魚寝ぐらいどうってことはない。

 悠利とルークスが確定で、そこにヤックとカミールが追加される。主であるヴィクトルも付きそうので、これで四人だ。


「スライム楽しそう!」

「あのぷにぷにと一緒に眠るの、ちょっと気になるわね……」


 興味を引かれたレレイとヘルミーネが口を開く。しかし、そんな二人にヴィクトルは待ったをかけた。


「流石にあんまり人数が多いと眠れないのと、女子と一緒は微妙なので、お二人は別の従魔を選んでほしい」

「「えー」」

「というか、女子がどうの以前に、これ以上増やしたら寝る場所が足りないと思うよ。諦めなよ」


 ヴィクトルの説明を受けて唇を尖らせ不服そうなレレイとヘルミーネに、アロールが口を挟む。でもでもと言い募る二人は、スライムと一緒に眠れるという誘惑に勝てないでいるらしい。何せ、手触りは既に確認済みなのだ。

 そんな彼女達の肩をポンポンと叩いて声をかけたのは、ヴィオラだった。


「それじゃあ、お嬢さん二人は私と一緒にうちの子と寝るのはどうかしら?」

「ヴィオラさんの従魔ってことは、あの天馬?」

「あの子達でも良いけれど、他にも色々いるわよ。空の飛べる子達なの」

「ヴィオラの得手は飛行系なんだよ」


 ヴィオラはにこにこと笑っている。うちの子も可愛いわよ、と。基本的に魔物使いは自分の従魔に甘いのかもしれない。少なくとも、アロールの血縁者の魔物使い達は、皆、従魔をとても可愛がっている。

 そして、イマイチよく解っていないレレイとヘルミーネに、アロールは説明を続けていた。ヴィオラが従える従魔達は飛行系と呼ばれる、空を飛ぶ能力を持ったもの達であること。空を飛ぶという共通点だけなので、種族は様々であることも。


「馬と一緒に寝るのは大変そうだなって思った」

「色々いるっていうなら、羽毛系ならふかふかで気持ち良いかなって思った」

「君達、本当に思ったことを直球で言うよね」


 お邪魔している身の上だというのに、レレイもヘルミーネもズバズバと己の考えを口にする。お嬢さんズは自分に正直だった。呆れ顔のアロールだが、言っても無駄だと思っているのかそれ以上は何も言わなかった。

 そんな彼女達の会話を聞いてヴィオラは、パンと手を叩いた。振り返った女子二人に、にっこりと満面の笑みを浮かべる。


「それなら、お二人は私と一緒に私の従魔のグリフォンと眠りましょう。あの子は大きいし、羽毛でふかふかよ」

「グリフォン!強そう!」

「やったー、ふかふかゲットー」

「ヘルミーネはともかくレレイはちょっと待って。戦うんじゃないからね?」

「うん、解ってるよ」

「……」


 本当に解ってるのか?と言いたげなアロール。しかしレレイはケロリとしていた。強そうな従魔と一緒に寝るの楽しそう!みたいなテンションだった。根本的に何かが間違っている。

 とはいえ、とりあえずそれで女子二人はヴィオラが引き受けてくれることが確定した。アロールがちらりと他の面々へと視線を向けるが、アリーとフラウは既に与えられた客室へと移動を始めており、従魔と寝ることに興味はなさそうだった。

 クーレッシュとラジは二人で何やら話しているが、特に従魔と一緒に寝ようとは思っていないらしい。会話内容は女子二人の騒々しさについての呆れや、居残り組がどうしているかなどという世間話だ。

 残ったのはウルグスとマグ。見習い組は何だかんだで四人一緒にわちゃわちゃするのだが、年長組コンビはどうだろうか。アロールの視線を感じたのか、盛り上がる悠利達を見ていた二人が視線を寄越す。


「……君達は?」

「俺は今日はベッドで寝たい気分」

「同意」

「こいつの場合はほら、従魔の方はともかく、主が一緒ってところが引っかかってんだろ」

「……あー」


 ウルグスの補足説明に、アロールは納得した。マグは警戒心が強い。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》で過ごす内に、無意味に敵意を向けることなどはなくなったが、初対面で距離をぐいぐい詰めることはない。

 そのため、知り合ったばかりのヴィクトル達と一晩一緒に過ごすつもりはないらしい。眠りが浅くなるほど繊細ではないだろうが、急所を晒すことになる行為は控えたいらしい。……根本的に考え方が物騒だ。


「……煩い」

「だから!何でお前はすぐに手や足が出るんだよ!攻撃してくんな!」

「余計」

「何が余計なお世話だ!ちゃんと説明しないお前が悪いんだろ!」


 ウルグスの「仕方ないやつだなぁ」と言いたげな態度が気に障ったのか、マグは隣に立つ友人の足を蹴った。ほどほどに力を込めて蹴られて痛かったので、即座にウルグスが怒る。そして始まるいつも通りの二人の喧嘩。場所が変わっても何も変わらなかった。


「ありゃりゃ。余所に来てまで喧嘩するんだから……」

「まぁ、マグだしなぁ」

「そしてウルグスだしー?ジェイクさんのお師匠さんの別荘でもやってたから、今更だよ」

「……それもそうだね」


 呆れ顔の悠利に、カミールとヤックはケロリと言い放つ。場所が変わったぐらいであの二人のやりとりが変化するわけがなかったのだ。

 まぁ、少なくともヴィオラやヴィクトルはそれを微笑ましいと見てくれている。喧嘩をするほど仲が良いという発想なのだろう。人ん家で騒がないでくれる?とつっこみを入れているのはアロールだけだった。双子は何だかんだで大らかである。

 そんなこんなで、各々が自分が寝る場所へと移動を始める。悠利達はヴィクトルに連れられて、レレイとヘルミーネはヴィオラと共に。それ以外の面々は自分の部屋へと向かう。おやすみと、挨拶を交わして。

 スライムと一緒に眠るということで、向かったのは昼間に訪れた小屋だ。先導するのはヴィクトル。ルークスはそのヴィクトルの足下で、キュイキュイと何やら話しかけながら嬉しそうに跳ねていた。

 小屋の中ではスライム達が思い思いにくつろいでいる。突然やってきた悠利達を見ても、不思議そうに首を傾げた後に笑ってくれる。人懐っこいスライム達だった。


「えーっと、布団の代わりにこの薄手の毛布を使ってくれ。後は、好きな場所でどうぞ」


 にこにこ笑顔でヴィクトルから渡された毛布を、悠利達は一人一枚受け取る。ヤックとカミールはその毛布を持って複数のスライム達がたむろしている場所へと走っていった。

 彼らの向かった先にいるのは、小型から中型のスライム達だった。一番大きいスライムでも、大きなクッションサイズというところだろうか。両手で頑張って抱きつけるぐらいの大きさだ。そのスライム達は身を寄せ合って眠っていて、そこへ二人は乱入した。

 突然の乱入者にも、スライム達は驚かなかった。お客さん?一緒に寝るの?みたいな雰囲気で、二人に場所を空けてくれる。空けてくれるだけではなかった。興味津々でぺたぺたくっ付いてくる。


「何だ何だ?人間が珍しいってわけでもないだろ?」

「客人だから珍しいんじゃない?わー、ブルースライムはやっぱりひんやりしてるー」

「あ、ヤックそれズルい。俺も触らせて」

「えー、オイラが仲良くなったのにー」


 くっついてくるスライム達をぺたぺた触っていたカミールの傍らで、ヤックはブルースライムを抱っこしていた。ブルースライムはその名前の通り青いスライムで、その性質は冷たさだった。氷ほどではないが、ほどよいひんやり感がある。

 なので、こうやって抱きしめていると心地好い。それに気付いたカミールが手を伸ばし、二人でわちゃわちゃと一匹のブルースライムと戯れることになる。

 そうすると、他のスライム達も構って構ってというように寄ってきて、二人はむぎゅむぎゅとスライムの弾力を堪能することになる。ついでに、身体を預けると良い感じにクッションになることが理解できた。


「……カミール」

「……ヤック」

「「これ、気持ち良い!」」


 二人は顔を見合わせて頷き合った。スライムの弾力が良い感じのクッションになっている。床に雑魚寝だと思ったが、スライム達が良い感じに身体を預かってくれるのだ。最高だった。

 当初は面白がってスライム達と眠ることだけを考えていた二人だが、思いがけず快適な睡眠になりそうだと思った。ブルースライムは相談した結果、二人の間が定位置になった。喧嘩しないための措置です。

 そんなヤックとカミール以上にスライムの素晴らしさを感じているのは、悠利だった。


「……ヴィクトルさん、コレは、ダメなやつです……」


 絞り出すような悠利の声だった。顔は真顔だ。そんな悠利に、ヴィクトルは楽しそうに笑った。


「やー、最高だろう?その子の感触」

「最高とかそういうのじゃないですぅ……。これは人をダメにするやつです……」


 ずぶずぶとエンシェントスライムのボディに身体を横たえながら、悠利は遠い目をして呟く。声がやや呆けているのは、その感触の気持ちよさに眠くなっているからである。

 そう、悠利は今、エンシェントスライムくんの好意に甘えて、彼の身体をクッションにするようにして横たわっている。クッションというか、ベッドの代わりというか、そんな感じだ。

 その感触はまるで、あの大型クッションのようだった。そう、人をダメにするクッションと揶揄された、あのビーズクッションに似ている。すっぽりと身体を包み込んでくれる優しさと、寝返りにも対応する柔軟さがある。


「キュピ?」

「……あー、ルーちゃんがダメとかじゃないんだよー。これは別種の気持ちよさだからー」


 どうしたの?と言いたげなルークス。その表情は少しばかり寂しそうだった。自分じゃダメなの?みたいな雰囲気だ。

 そんなルークスに、悠利は困ったように笑った。日々、悠利はルークスを抱き枕のようにして一緒に眠っている。その心地よさも間違いではない。単純に、種類が違うだけだ。


「キュ」

「あ、ルーちゃん」

「キュイキュイ」


 悠利が動かないのを理解したルークスは、ぴょーんと主の腕の中へと飛び込んだ。幸せそうな顔である。


「ははは、仲良しだなぁ」

「仲良しです。あ、ヴィクトルさんはどこで寝るんですか?」

「ん?俺はここ」


 そう言ってヴィクトルは、悠利の隣に横になった。ただし、スライムのボディに身体を埋めてはいない。割と雑魚寝に近い状態だ。どうやら悠利に譲ってくれるらしい。

 そんな主に気付いたエンシェントスライムが、にゅるんと自分の身体の一部を伸ばしてヴィクトルに差し出す。枕にどうぞという感じだった。可愛い従魔の行動に、ヴィクトルは嬉しそうに笑った。


「ありがとう。うーん、良い寝心地」

「キュイ」


 こちらの主従もとても仲良しだった。やはり魔物使いは従魔が大好きなんだなぁと思う悠利だった。……そうではない魔物使いもいるのだが、悠利の知り合いにはいなかったので。

 スライム達には痛覚がないので、人間の重みなんてどうということはない。自分の身体を布団代わりにされても、誰も文句を言わなかった。むしろ、痛くない?大丈夫?みたいなノリだ。優しすぎる。

 これは、彼らを可愛がっている主のヴィクトルの影響だろう。善悪をしっかりと教え込み、善良な性質に育て上げている結果だ。そして、主がフレンドリーなので、従魔達もフレンドリーになっているのだ。


「ルーちゃんも一緒に寝ようねー」

「キュイ」

「キュピ?」

「キュキュー」

「……ヴィクトルさん、通訳をお願いします」


 何やら楽しそうにキュイキュイ鳴いている二匹のスライム。彼らの会話が解っているヴィクトルは楽しそうだが、生憎と悠利には何のことかさっぱりだ。教えてくださいと頼むしかない。

 そんな悠利に笑って、ヴィクトルは二人の会話を要約してくれた。


「自分の上で寝ないのかって誘ったら、君の腕の中の方が良いって言ってるんだよ」

「ルーちゃん……!」

「キュ?」


 何て可愛い……!と感極まる悠利。不思議そうな顔をしたルークスだが、悠利にぎゅっと抱きしめられて嬉しそうだった。主が主なら従魔も従魔だった。




 そんなわけで、ぷにぷに快適なスライムベッドで幸せな睡眠を堪能した悠利は、翌朝快適に目が覚めるのでした。なお、羽毛組も寝心地はとても良かったそうです。



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