歓迎ご飯はチーズフォンデュでした
初日を無事に終えた
「わぁ、チーズフォンデュですね!」
テーブルの上にセットされている食材を見て、悠利はキラキラと顔を輝かせた。まさしくそれは、チーズフォンデュの準備だった。
卓上コンロの上でくつくつと温められているのは、とろりと蕩けるチーズの入った小鍋。それが数人に一つずつ置かれている。そして、その周りには大皿に様々な具材が置かれていた。
ジャガイモや人参、ブロッコリーなどの野菜は既に茹でられている。チーズフォンデュはチーズを絡めるだけで具材に火を通すことは出来ないので、これは大切な準備だ。同じく、ベーコンやウインナー、海老やホタテも火が通されている。
食べやすい大きさに切ったバゲットに、同じく小さく切られた食パンもあった。各々が自分の好きなように食べてくれれば良いということらしい。
箸休めなのか、それともチーズフォンデュ用なのか、プチトマトもたっぷり置かれていた。そのまま食べても美味しいし、チーズを絡めても美味しいだろう。
広い食堂には、悠利達とミルファとヴィオラとヴィクトルがいた。他にも色々といるのだが、メインで交流する面々だけの方が落ち着くだろうという配慮だった。
「皆さん、チーズはお嫌いじゃないって聞いていたので、これなら自分で調整してもらえるかしらと思ったんです」
「美味しそうですね!あ、あの、後でチーズの配合教えて貰えますか?」
「チーズの配合?」
「チーズフォンデュはチーズの配合で味が変わるので……!」
これ絶対に美味しいやつだと思うんですよ!と悠利は満面の笑みで言い切った。食べる前から謎の確信をしている。まぁ、それが解る程度にはチーズの良い匂いがしているのだけれど。
それはともかく、何故チーズの配合などを聞かれるのだろうか。ミルファが不思議そうな顔で悠利を見ている。そんな母親に、彼女の隣に座っていたアロールは溜息をついてから補足した。
「母さん、ユーリは《
「アロール、正解!お留守番組の皆にも食べさせてあげたいよね!」
「君はうちに何をしに来てるの?」
「……ルーちゃんの付き添い?」
呆れたような十歳児のツッコミに、悠利は小首を傾げて答えた。それ以外の答えが見つからなかったのだ。実際、悠利はオマケなので。
その発言を、アロールは否定しなかった。確かに出来なかったのだ。今回のメインは、どちらかというとルークスだ。ルークスを様々な従魔と触れ合わせて経験を積ませるという方向性である。明らかに悠利はオマケだった。
「そういうことなら、料理担当の人にレシピを教えて貰えるように言っておくわね」
「ありがとうございます!」
やったー!と大喜びしている悠利。とても嬉しそうだ。そんな悠利を見て、レレイが小さく呟いた。
「……もう食べて良い……?」
「「…………」」
しょんぼりとした声だった。皆が視線を向けると、レレイはベーコンを刺した金串を片手に、じぃっと悠利達を見ていた。その顔はちょっと寂しげだった。
いや、寂しげというのは何か違う。ひもじいとでも言うのだろうか。目の前に美味しいご飯があって、こんなにも美味しそうな匂いがしているのに、どうして自分は待てをさせられているのだろう、という顔だ。……子供か。
ただ、口に出したのはレレイだけだが、皆が美味しそうなチーズフォンデュに心奪われているのは事実だった。見習い組もそわそわしている。
「お前らなぁ……」
「そうですね。お待たせしました。どうぞ沢山食べてくださいね」
「「いただきます!」」
呆れたように深い深い溜息をついたアリーだが、ミルファは気にした風もなく微笑んで食事の開催を告げた。瞬間、打てば響くように皆が食前の挨拶を唱和した。見事にハモっている。
「……申し訳ない。食い意地が張っている奴らばかりで」
「いいえ。食べ盛りですものね。元気に食べてくれる方が嬉しいですよ」
「ありがとうございます」
深々とミルファに頭を下げるアリー。皆の保護者としては思うところがあるらしい。しかし、ミルファは言葉通りにしか考えていないらしく、アリーにもどうぞと食事を勧めてくる。
ありがたくその言葉に礼を言うと、アリーも金串に手を伸ばす。チーズフォンデュは、熱々のチーズに具材を絡めて食べるものだ。そして、その具材を取るのに使うのが、先がちょこっと二股に分かれた金串である。二股になっているおかげで、具材がしっかり刺せる。
まずは無難に温野菜に手を伸ばしたアリーは、色鮮やかな人参を選んだ。串で突き刺すと、とろとろのチーズに潜らせて絡める。くるりと回転させるようにすると、全体にチーズが絡んでコントラストが美しい。
そのまま、ぐいっと串を上に持ち上げれば、伸びたチーズがびよーんと付いてくる。それをくるくると巻き取るようにして切ると、手元に戻す。熱々のチーズではあるが、温野菜がほどよく冷えているのですぐに少し冷める。
特に猫舌でもないアリーは、そのままばくりと人参を口の中へと運んだ。噛んだ瞬間に広がるのはチーズの塩気だが、すぐに人参の甘みがぶわりと口の中を満たす。二つが混ざって、優しい味になった。
ほどよく冷めていた人参と、熱々のチーズが合わさることで食べやすい温度になっている。チーズが絡んだ人参の表面は温かいが、囓った中身はそこまで熱くない。おかげで、簡単に噛むことが出来る。
茹でた人参は甘いのだが、その甘さをチーズの塩気が引き立てている。調味料は何もないが、人参は塩茹でされているので、チーズの味だけで十分満足できる。
単に野菜を食べているよりも、チーズのおかげで満足感がある。チーズも決して自己主張をしすぎることのない味わいで、様々な食材で食べてみたいと思わせる風味に仕上がっていた。
「美味しいですね」
「お口に合って良かったです」
アリーの言葉に、ミルファは微笑む。周囲を見渡せば、皆、思い思いの食材を美味しそうに食べていた。満面の笑みで頬張っていたり、ひょいひょいとお代わりをしていたり。気に入っているのは丸わかりだった。
その中でも特にご機嫌なのはやはり、チーズが好きなアロールとフラウの二人だろう。アロールの方は顔に出すまいとしているが、フラウは普段はキリリとしている表情に柔らかな笑みを浮かべている。美味しいものを食べたときは顔が緩むのはお約束だ。
アロールの場合は、そんな風にふにゃけた自分を皆に見せるのが嫌なのだろう。意識して顔を引き締めているが、それでも口に運んで味わった瞬間だけは、幸せそうに目尻が下がるのを誤魔化せていなかった。その辺も含めて何とも愛らしい。
そんなアロールを、向かいに席に座ったヴィオラとヴィクトルが幸せそうな顔で見ていた。アロールの両脇に陣取ろうとした彼らは、彼女の全力の拒絶にあってしまったので、前の席を確保したのだ。
ちなみに、アロールの両脇は母であるミルファとフラウで固められている。眼前に双子が座ることを考慮して、少しでも落ち着いて食事が出来る相手を選んだのだ。
チーズフォンデュがよほど口に合ったのか、アロールは目の前の双子の視線に気付いていない。双子は自分達も食事をしつつ、視線はアロールに固定していた。もぐもぐと咀嚼する姿を愛しそうに見ている。
アロールが何をしていても可愛いのだろう。……筋金入りのアロールバカだった。
二人が何も言わなければアロールも怒ることはない。今のところは大丈夫そうだなと思いながら、悠利は食事を続けた。双子が悪いわけではないが、アロールの性格的に彼らに猫可愛がりされるのを皆に見られるのは嫌なのだろうと察している。
そう、別にアロールと双子の仲は、悪くない。べたべたくっついてくる双子にアロールが辛辣な態度を取っているが、根っこには二人への信頼とか友愛とかがちゃんと見えるのだ。……まぁ、だからこそ双子も遠慮なくアロールを可愛がるのだろうが。
もうちょっとお年頃の十歳児の羞恥心を考えてあげてほしいな、とちょっぴり悠利は思った。言っても多分無駄だろうけれど。何せ、ヴィオラもヴィクトルも反射で動いてる感じがある。
「あ、ベーコン美味しい」
チーズとベーコンの相性が良いのだから美味しいに決まっているのだが、表面をこんがり焼いたベーコンとチーズの黄金比が完璧だった。ブロック状のものを食べやすい大きさにカットしたらしく、厚みがあって食べ応え抜群だ。
焼いたベーコンとチーズは美味しい。とても美味しい。美味しいけれどちょっと味が濃かったので、悠利はそっと小さく切られた食パンに手を伸ばした。口の中に食パンを放り込むことで、味の調和を図る。
チーズとベーコンと食パン。うん、これ美味しい、と悠利は思った。サンドイッチの定番になりそうなコンボである。ゴロゴロベーコンととろとろチーズとふわふわの食パン。桃源郷はここに在った。
チーズフォンデュは、下準備さえしておけば、食べる側が自分で調節して調理して食べる料理と言える。大人数かつ食事量に差がある面々を迎えるメニューとしては、実に相応しかった。
実際、大食いのレレイなどは小さなバゲットでは物足りないのか、用意されていた普通サイズのロールパンをもりもり食べている。フォンデュした具材を挟んで即席のサンドイッチにしてしまっている。
それを見た見習い組も、美味しそうと言いながら同じことをしていた。誰かが美味しそうな食べ方をしていたら真似をするのは、《
わいわい言いながら食べているのは、見習い組と女子二人だった。クーレッシュとラジは比較的静かに食事を楽しんでいる。まぁ、彼らは普段から、誰かへのツッコミ以外で騒ぐことはほぼないのだが。
「野菜もチーズと一緒だと結構ボリュームあるよな」
「僕としては、チーズの味で何でも食べられるのが凄いと思う」
「それは俺も思う」
他に調味料いらないもんなぁ、と男二人はしみじみしている。そのクーレッシュのお気に入りはブロッコリーらしく、軸の部分にぶすりと串を刺してはチーズを絡めて食べている。
先端、ぶわりと広がる傘のような部分、ブロッコリーの蕾にチーズが絡む。細かい隙間にとろとろのチーズが入り込み、どこを食べてもチーズの味がして美味しいのだ。ブロッコリーの仄かな甘みも良い仕事をしている。
「海老やホタテも美味しい。イレイスがいたら喜びそう」
「確かにな。肉じゃなくて魚介でもいけるなら、イレイスは喜ぶ」
「肉も食べるけど、やっぱり食が細いからなぁ」
「まぁ、人魚だしな」
肉より魚介だろ、とクーレッシュはさらりと言い切った。海を生活圏とする人魚族は、魚介類を主食にしている。食の細さは個人差だろうが、やはり好物の方がよく食べるのはお約束だ。
その点、虎獣人のラジは肉食。野菜も食べるが、今もベーコンやウインナーを美味しそうに頬張っている。厚切りのベーコンは文句なしに美味しいし、ぎゅぎゅっと肉の旨味が詰まったウインナーも大変美味しいのだ。
「こちらのチーズフォンデュ、チーズがとても美味しいですね」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「私はチーズが好物なので、思いがけず美味しいチーズ料理を食せてとても嬉しく思っています」
「あら、フラウさんもチーズがお好きだったんですか?それは良かったです」
間に黙々とチーズフォンデュを食べている(多分こちらの話はあんまり聞こえていない)アロールを挟んで、フラウとミルファは穏やかに会話を楽しんでいる。ミルファの口ぶりから、彼女がこの料理を用意したのは皆のためというよりは娘のためだと察することが出来た。
勿論、大人数のおもてなしに良いと思って用意したのは事実だろう。しかし、久方ぶりに家に戻ってきた娘に、彼女の好物のチーズを食べさせてやろうと思った母心は確かにそこにあるのだ。アロールも何となく察しているだろうが、彼女がそれに触れることはなかった。
多分、皆がいないところでこっそりと、母親に感謝の気持ちを伝えるのだろう。彼女にはそういうちょっと不器用な愛らしさがある。
「フラウさん、フラウさん」
「ん?何だ、ユーリ」
「プチトマト、とても美味しいです」
キリッとした顔で告げる悠利に、フラウは瞬きを一つ。けれどすぐに破顔して、チーズを絡めたプチトマトを持つ悠利に習うように、ぷすりと串でプチトマトを刺した。
とろとろのチーズを絡めて口の中に運べば、冷たいトマトと温かいチーズの温度が混ざって丁度良くなる。というか、囓ってトマトの水分が出た瞬間にチーズが少し固まる。その食感の変化も楽しいし、チーズとトマトの相性は良いので口の中で見事に調和する。
ぷしゅっと広がるトマトの旨味と、それを包み込むチーズの濃厚な旨味。元々合うと解っているものだったが、この食べ方でも美味しいのかとフラウは噛みしめた。プチトマトは何となく箸休めで食べていたので。
「アジトでやるなら具材を何にするのか考えなきゃ……」
もぐもぐとチーズフォンデュを味わいながら、悠利は小さくそんなことを呟いた。なお、当人は無自覚である。骨の髄まで何かが染みついている感じだった。
そんな主の姿を、ルークスが少し離れた場所から眺めている。美味しそうにご飯を食べてるし良いか、と思ったのか、幸せそうにキュウと鳴く。そんなルークスのご飯は、チーズフォンデュに使われている具材達だった。
別に雑食のスライムなので何でも食べるのだが、皆と同じものをという感じで用意されていた。ナージャはルークスの隣で自分用に用意された食事をぺろりと平らげている。用意する側もナージャの好物は把握しているのか、実に満足そうだ。
本来ならば従魔達は別の場所で従魔だけで食事をするのだが、今日のルークスとナージャはお客様。皆と同じ部屋で、皆の邪魔にならないように食事をしているのだった。
「キュイ」
「シャー」
にこにこしているルークスに、ナージャは面倒くさそうに息を吐いた。ご主人達楽しそう!みたいなテンションのルークスと、それがどうしたと言いたげなナージャ。実に対照的な従魔達だった。
その後、皆はチーズフォンデュを堪能し、用意されたデザートのフルーツ盛り合わせに大喜びするのだった。デザートは別腹です。
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