多種多様なスライムふぃーばー!
「この子達、全部ヴィクトルさんの従魔なんですか……?」
「そうだよ。可愛いだろう?」
小屋に入った瞬間、ルークスは目を輝かせてスライム達にご挨拶回りを始めた。一匹一匹の前へ行き、頭を下げ、キュピキュピと鳴いている。ヴィクトルのスライム達も敵意は見せずに笑って答えてくれているので、スライム同士の交流は上手くいっているらしい。
「ヴィクトルさんの従魔は、全部スライムなんですか?」
「ん?あぁ、そうだよ。俺はスライムの言葉しか解らないから」
「へ?」
「うん?」
ヴィクトルの言葉に、悠利は思わず間抜けな声を上げた。不思議そうに首を傾げるヴィクトル。言われた内容を考えて、そういえばと悠利は思い出した。
彼らをここに連れてきてくれた天馬の従魔。彼らはヴィオラの従魔で、ヴィクトルは御者をする際に天馬との通訳を頼むために己の従魔であるプチスライムを連れてきていた。それはつまり、通訳を挟まないと会話が出来ないということだ。
そこで悠利は、視線をアロールに向けた。皆にスライムの説明をしているアロール。彼女は自分の従魔ではないスライム達と普通に会話をしている。
「アロールは、特別」
「え?」
「どんな従魔とも意思の疎通が図れるなんて、魔物使いでも一握りだ」
「…………実はアロールって、物凄く凄かったんですか?」
「そうだぞ」
身近にいる魔物使いがアロールだけだったので、悠利の中では彼女が基準だった。年齢の割に優れた魔物使いだというのは知っていたが、言葉の壁が存在するなんて思いもしなかった。
なお、アロールが全ての従魔の言葉を理解できるのは、所持する
この辺りでは公用語で会話がされているので、普段は別に皆もあまり気にしない。言語の違う人間相手でも発揮されるので、その実態が知られれば偉い人にとっ捕まりそうな
それもあるので、彼女の
「普通、魔物使いは相性の良い魔物の言葉以外は理解出来ないらしい。だから、使役する従魔の系統が似ている」
「……あぁ、だからヴィクトルさんはスライムなんですね」
アリーの言葉に悠利はなるほどと呟いた。得手不得手があるというのは理解できた。だからこそ、使役する従魔の系統が偏ると言うのも。
それを思うと、アロールが使役する従魔は多種多様だった。普段連れ歩いているのはお目付役もかねている白蛇のナージャ。それ以外に使役する大型の従魔達は、多種多様な種類だった。ある意味で統一性がない。
だが、それこそが彼女の非凡さの証明だと、悠利は知った。アロール凄い子なんだなぁ、と悠利は無意識に呟いた。
…………呟いて、しまった。
「そうだろう!うちのアロールは本当に凄いんだ!俺達のお姫様だからな!」
「……え」
「幼い頃から息をするように従魔達と交流出来ただけじゃなく、座学も真面目にこなすし、覚えるのも早いし……!」
何かが始まってしまった。そう、悠利とアリーは思った。変なスイッチを押してしまったらしい。悠利はとりあえず、傍らのアリーにすみませんと謝った。巻き込んだ気がするので。
「可愛いし、しっかり者だし、従魔達には優しいし、どんな従魔でもきちんと従えることが出来るし……!アロールほど優れた魔物使いはいないんだ!」
「……はぁ」
「あれでまだ十歳だなんて、信じられないだろう?今から将来が本当に楽しみだ!」
テンションが高い。この人本当にアロールのことが大好きなんだなぁ、と悠利は思った。親馬鹿レベルでアロールを猫可愛がりしているのが丸わかりだった。
そして思った。これが二人か、と。
アロールの言動から、ヴィクトルだけでなくヴィオラもこのテンションなのだと察することが出来る。良く似た双子に同じテンションでこうも暑苦しく迫られると、多分彼女は面倒くさく感じるだろう。
何か別の話題に話を逸らした方が良い。そう悠利は思った。そうでないと、こちらの声が聞こえているであろうアロールの神経が保たない。キレるかもしれない。
なので、しばらく考えて、悠利は口を開いた。
「あの、ヴィクトルさん」
「うん、何だ?」
まだまだ可愛い従妹について話し続けそうだったが、客人である悠利の言葉に耳を傾ける程度の理性は残っていたらしい。割とあっさりとヴィクトルは泊まった。
「うちのルーちゃんも皆と仲良くしてるみたいなんで、僕もご挨拶したいんですけど、通訳お願い出来ますか?」
「あぁ、良いぞ。君のスライム、人懐っこいなぁ」
それじゃ行こうかと言われて、悠利はヴィクトルと共にルークスの元へと移動する。離れる一瞬、アリーが助かったと言いたげに視線を向けてきた。そりゃ誰だってそうなるよなぁ、と悠利は思った。
「キュピ?」
「ルーちゃん、皆と仲良くなったの?」
「キュ!」
「うわー、大きなスライムさんだねぇ。僕より大きいや」
ルークスが特に仲良くしているっぽいのは、一番大きなスライムだった。色は優しい黄色。大きな瞳が愛らしいのもお揃いだ。
「うん、きっと一番仲良くなると思ってた」
「……へ?」
「この子、エンシェントスライムなんだ」
「……ぇ」
内緒だぞ、とヴィクトルは悠利にだけ聞こえるように告げた。アロールは皆に、大型種のスライムとざっくりした説明しかしていない。なのに彼は、悠利には正しい種族名を告げた。
その上、仲良くなれると思ったと言っている。ルークスとエンシェントスライムの関係性を知っていると言わんばかりに。
エンシェントスライムは、伝説級のレア魔物だ。目撃例が少ないのは、温厚な性格なので人間と関わらずに自分達だけでのんびりと生活しているからだ。しかも強いので、その縄張りに近づく者も少ない。
成長しきると二階サイズにまでになる、かなりの大型種。目の前にいるのは悠利より少し大きいぐらいの体長なので、そういう意味ではまだ子供だろう。おいそれと種族名を出すと大騒ぎになりそうな超レア種である。
「……あ、あの、ヴィクトルさん、もしかして、ルーちゃんのこと……」
「あぁ、本人が教えてくれたから知ってる。大丈夫だ。内緒にしてと頼まれたから、言わないよ」
「ありがとうございます」
ルークスと直接やりとりをして、ルークスの正体がエンシェントスライムの変異種で
「あ、でも、ヴィオラには話しても良いかな?あいつとの間に隠し事があると色々と不都合が」
「不都合?」
「重要情報は共有してる方が、いざってときに動きやすいからさ」
普段もニコイチなんだな、と悠利は思った。単純に仲の良い姉弟というよりは、息の合ったパートナーという感じだ。成人してなおニコイチの双子というのも凄い。
「まぁ、お二人なら良いです。……アロールが外に出さないようにしてる情報を漏らすようなことはしないと思いますし」
「絶対にしない」
「わぁ、初めて見たレベルの素敵な真剣なお顔ー」
まだ知り合って間もないが、今の顔が彼の最大級の真面目顔だというのは理解できた。やはり、アロールは彼にとって大事な存在らしい。
とりあえず、悠利はルークスと楽しそうに過ごしているエンシェントスライムに近づいた。大きい。ぷるぷるしている。
「初めまして。僕は悠利。ルーちゃんの主です。よろしくお願いします」
「キュピ」
「あの、触っても大丈夫?」
「キュ」
悠利の問いかけに、エンシェントスライムは巨体を揺らして笑った。どうぞ、と言いたげだ。一応ルークスとヴィクトルに視線を向けて伺うと、彼らも頷いたので悠利はそっと手を伸ばした。
ぷに、というスライム特有の弾力。ルークスと同様にひんやりしているが、大きさのせいか、弾力が違った。弾力はあるのに妙に柔らかく、ふにゅりと指が潜る。
……そう、アレに似ていた。人をダメにするクッションに。
「スライムって、大きい方が柔らかいとかあるんですか……!?」
「いや、大きい方がじゃなくて、子供の方が柔らかいってやつだよ。成長途中だから外皮が柔らかいんだ」
「……じゃあ、ルーちゃんは?」
「キュイ?」
悠利の疑問に、ルークスは何が?と言いたげに首を傾げるような仕草をした。ぽよんと跳ねる姿はいつも通りに愛らしい。ルークスも弾力があって柔らかいが、目の前の大きなスライムの方がより一層柔らかかったのだ。子供が柔らかいと言うなら、ルークスは子供ではないということなのだろうか。
「その子は、子供は子供だけれど、外見の成長はその大きさで終わりだからじゃないかな」
「あ、じゃあルーちゃんはまだ子供ってことで良いんですか?」
「大人か子供かで言うなら、間違いなく子供。だからうちの子とも仲良し」
「なるほど」
本当に、同族の同年代のお友達ということらしい。大きさは全然違うけれど。
ルークスと大きなスライムが戯れているのが面白く見えたのか、一通りの説明を聞き終えたらしい皆がやってくる。
「ルークス、そのスライムと凄く仲良くなったんだ?」
「うん、気が合ったみたい。……ヤックが抱えてるその子は?」
「ブルースライム。ひんやり気持ち良いよ」
「あぁ!ブルースライム!なるほど」
ヤックが抱えているのは青いスライムだった。何か見覚えがある色だなぁと悠利が思っていた通り、それはブルースライムだった。
ブルースライム。ひんやり素材として大変お世話になっているスライムである。ひんやり枕カバーの材料だ。日常の一部に溶け込んでいるので、そりゃ見慣れた色に違いない。
「キュイ?」
「キュ」
「キュピー」
「キュウ」
ルークスとブルースライムが何事か会話をしている。どちらも楽しそうなので、ヤックに抱えられていることへの不満ではないようだ。何話してるんだろう?と思った悠利の腕に、ルークスがぴょーんと飛び込んできた。
「うわっ、どうしたの、ルーちゃん?」
「キュ-」
思わず抱き留めた悠利の腕に抱かれる形になったルークスは、ご機嫌だった。楽しそうに鳴いている。その姿を見て、ヤックの腕の中のブルースライムも楽しそうだ。
「ヴィクトルさん、通訳を……」
「お揃い、らしいぞ」
「「お揃い……?」」
説明されて、悠利とヤックは顔を見合わせて首を傾げた。そして、ハッとした。ヤックの腕に抱かれたブルースライムと、悠利の腕に収まったルークス。確かにお揃いだった。
そして、よく見てみれば、他のスライム達も抱えられる大きさの者達は誰かに抱かれていた。それを見て、ルークスは自分もという風に動いたらしい。実に微笑ましい光景だった。
……そう、大部分は微笑ましい。様々な色のスライムを、その属性を聞きながら抱えている仲間達の姿は微笑ましいのだ。約一名、何か違うことをやっている女子がいるだけで。
「うわー、すごい、すごい!ねー、すごいよ、この子!物凄くかたーい!」
「……レレイ、何してるの……?」
「あ、ユーリも見て見て!この子ね、普通のスライムっぽいのに、すっごく固いの」
「固い……?」
「うん、こんな感じ!」
満面の笑みを浮かべて、レレイは腕に抱いた灰色のスライムに向けて拳を振り下ろした。かなりの勢いだ。思わず悠利が止めようと声を上げるが、間に合わない。そして、レレイの拳がスライムに吸い込まれる。
いや、受け止めた。
「……え?」
ガキン、という何やら硬質な音が聞こえた。間違ってもスライム相手に鳴る音ではない。一同の視線を受けたレレイは、ニコニコ笑っている。
「凄いよねー、固いんだよ、この子ー!」
「……待って。レレイもその子も痛みはないの?」
「あたしは平気」
「ピ」
「あ、大丈夫そう……」
物凄い音が聞こえた割に、レレイはケロリとしていた。そして、殴られた方のスライムもケロッとしていた。摩訶不思議すぎる。
困惑している一同に、ヴィクトルはあははと楽しそうに笑って種明かしをしてくれた。
「こいつはヘビースライムって言って、体内に金属を取り込んで成長する種類だよ。取り込んだ鉱物のおかげで身体を硬質化させることが出来るんだ」
「どちらかというと、普段は硬質化してて、自分の意思でスライムらしくふにゃふにゃにしてる感じ」
「思ったより器用な子だった!」
ヴィクトルの説明を、アロールが補足する。おかげで謎は解けたが、スライムの生体って不思議だなぁと悠利は思った。ぽよんぽよんと跳ねるルークスとは全然違う種類だった。
そんな皆に、レレイは大発見と言いたげに叫ぶ。とても興奮していた。
「あたしが殴っても形変わらないんだよ!凄いよね!」
「そこで遠慮なく全力で殴るな。後、僕やウルグスにもやらせようとするな!」
すかさずラジがツッコミを入れる。自分の力でも潰れなかったスライムが面白くて、同じく力自慢組に話を持ちかけていたらしい。安定のレレイ。
どうでも良いが、課外学習の学習の文字がどこかに迷子になっている。単純に可愛いスライムと戯れているだけになっていた。……まぁ、元々そんな感じだったのだけれど。
「しかし、これだけの数を使役する辺り、アンタも腕は良いんだな」
「一族の中ではほどほどに」
「これでほどほどか」
アリーが感心したように告げると、ヴィクトルは軽やかに笑う。俺はそこまでじゃないよと笑う姿には何の気負いもない。そこへ、アロールの声が被さる。
「ヴィクトルは謙遜してるけど、上位の実力者ではあるよ」
淡々と、あくまでも事実を告げるというだけのアロール。彼女がそう言うだけの実力がヴィクトルにはあるのだろう。
……問題は、その発言がヴィクトルに聞こえていたところである。
「アロールーーー!!」
「えぇい!抱きつくな!鬱陶しい!」
「「わぁ……」」
予想出来すぎた光景だった。アロールを可愛がっているヴィクトルが彼女に褒められたら、テンションが上がるに決まっている。……それが解っていても、事実をきちんと伝えて従兄の実力を説明した辺り、アロールは真面目だった。
この数時間で彼らの関係性は何となく把握した一同は、とりあえず二人を放置することにした。可愛いスライムと戯れる方が楽しいので。
「いっぱいお友達が出来て良かったね、ルーちゃん」
「キュピ!」
スライムの従魔のお友達が増えて嬉しそうなルークス。今までも色々な従魔と知り合っていたが、やはり同族であるスライムが相手の方が嬉しそうだ。ルークスが嬉しそうだと悠利も嬉しいので、笑顔が増えるのだった。
ヴィクトルを怒鳴りつけるアロールの叫びをBGMに、一同はスライム達との楽しい時間を過ごすのだった。ぷにぷに、可愛いです。
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