親戚の皆さんにご挨拶です


 天馬の馬車に揺られること約二時間。ワイバーン便よりも低い高度を飛ぶことで、また違った景色が楽しめてわくわくしていた悠利ゆうり達は、無事にアロールの実家に着いた。

 着いて、そして、一同驚いた。驚かなかったのはアリーとラジだった。アリーは元々知っているし、ラジは一族で住んでいるというアロールの説明から何となく想像をしていたらしい。彼も似たようなものなので。

 そこは、背後に大きな森を持つ広大な敷地だった。建物は旅館のような大きなものが三棟あり、どうやら渡り廊下で繋がっているらしい。通路がちょこちょこ見える。そして、無駄に広い庭と、その一角に牧場のように柵で囲われたゾーンとがあった。その近くに屋根の高い建物が幾つもあったので、大型の従魔の寝床だろうと思われる。

 とにかく、広い。ついでに、周囲には何もなかった。ちょっと街道から外れた場所にあるとはいえ、ここまで見事に近隣に民家も何もないのは驚きだった。特に山奥というわけでもないのに、あまりにもぽつんと一軒家である。

 そんな皆の疑問にはアロールが答えてくれた。やはり、従魔を扱うということで、一般人との軋轢を考えてこうなっているらしい。従魔達は悪さをすることはないが、鳴き声や姿が怖いと言われたらそれまでだ。お互いのためにも距離を取る方が安全だったのだろう。

 色々事情があるんだなぁと悠利は思った。そういえば、と考える。アロールは普段白蛇のナージャ以外の従魔を連れていない。彼女には他にも何匹か従魔がおり、大型の彼等はアジトではなく王都の外で生活している。

 これはきちんとギルドや国に報告した上のことで、アロールの従魔以外にも従魔達は外にいるらしい。食事代わりに街道付近に出る魔物を倒してくれるので、地味に役に立っているらしい。

 そんな風に色々思いつつも、悠利達は建物の方へと案内された。まずは荷物を片付けるように言われて、各々宿泊予定の部屋へと荷物を運び込む。その後、顔合わせということになった。

 流石に全員に挨拶をするのは無理だということで、代表者に挨拶と説明を受けることになった一同。仕事で出払っている者もいるということで、今回の責任者はアロールの母親だった。


「皆さん、ようこそお越しくださいました。いつも娘がお世話になっています。アロールの母のミルファです」

「お久しぶりです。今回は大人数にも関わらず受け入れてくださってありがとうございます」

「いいえ。私どもでお役に立てるならば良かったです。皆さんも、ゆっくりと過ごしてくださいね」

「「ありがとうございます」」


 ミルファは、娘のアロールとあまり雰囲気の似ていない女性だった。おっとりとした柔らかな雰囲気の女性だ。クールな僕っ娘とは対照的に、ころころとよく笑う姿が印象的。……その足元に、まるで周囲を威嚇するように小さなワニが侍っているのが妙に気になるが。

 そんな一同の気持ちを察したのか、アロールが母親の足元にしゃがみ込んでワニを持ち上げた。


「こいつ、母さんの従魔でミニクロコのアビー。小さいけど力は強いよ。母さんに過保護だから、慣れるまでは威嚇されると思うけど、気にしないで」

「「気にしますけど!?」」

「大丈夫。威嚇はするけど、攻撃はしてこない。そこは賢いから」

「「……」」


 そういう問題かな?と悠利達は思った。アリーとフラウは気にしていないようだが、悠利達若手組としてはそうもいかない。だって、小さくてもワニなのだ。威嚇であろうと、威圧されるのも口を開けられるのも勘弁だ。


「あらあら、ごめんなさいねぇ。アビーったら、心配性なのよ。ナージャみたいでしょう?」

「「あ」」


 うふふと楽しそうに笑うミルファの言葉に、一同はアロールの首の白蛇を見た。何か既視感があると思ったら、そこだった。アロールの従魔のナージャは、従魔というよりは保護者のように彼女を大切にしている。不埒な輩は近づけない。

 なるほど、アレと同じかと皆は納得した。そうと解れば、接し方も解るというものだ。不必要にちょっかいをかけなければ良いだけである。対処方法が解って一安心だった。


「一応課外学習という名目だと聞いていますけれど、あまり難しく考えないで従魔と触れ合ってくださいね」

「あの、そのワニのアビーがいるってことは、アロールのお母さんも魔物使いなんですか?」

「えぇ、私も魔物使いです」


 元気よく挙手してレレイがした質問に、ミルファは優しく答えてくれる。得手は爬虫類ですと笑顔で告げられた言葉には、何人かが顔を引きつらせたが。爬虫類を苦手とする人もいるのだ。


「母さんの場合は、爬虫類というか、ワニが多いよね」

「あら、ワニ、可愛いじゃない」

「僕は別にどれが特別可愛いとは思わないけど」


 母の言葉に、娘はクールに返した。なおこれは、特定の種族が可愛いと思うわけではなく、従魔や害意のない魔物は全て可愛いと思っているという意味なので、皆は微笑ましい顔でアロールを見ていた。

 その視線に気付いたアロールが、ギッと仲間達を睨む。見習い組はわざとらしく口笛を吹いたりしながら視線を逸らし、訓練生組は愛想笑いを浮かべる。そしてアリーとフラウ、悠利の三人は何も言わずに笑うだけだった。


「皆さんに関わることになる魔物使いは、私とヴィオラとヴィクトル、それとレスターになると思います」

「レスターは獣系の従魔を得手としてるんだ。一言で言うともふもふ担当」

「「もふもふ担当!?」」


 ざっくり言ったアロールの言葉に、数人が食いついた。レレイ、ヘルミーネ、そして悠利だ。もふもふの誘惑に抗えなかったらしい。

 アロールも予測していたのか、どんなのと問いかける三人に説明をしている。その姿を見ながら、ミルファはアリーに声をかけた。


「娘は、上手くやっておりますか?」

「ご心配なく。あの通り、年上相手でも物怖じせず、しっかりしていますよ」

「あの子は大人と対等に生きるのが普通でしたから、そこが皆さんのお気に障っていなければと思うんですが」

「誰もそんなことは思っていませんよ」


 アリーの言葉に、ミルファはそれなら良かったですと微笑んだ。その顔は腕の良い魔物使いではなく、今回の責任者の顔でもなかった。ただの、可愛い娘を案じる母親の顔だった。

 アロールは、一族以外の人間との関わり方を学ぶために《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に所属している。彼女は、魔物使いとしては既に一人前なのだ。お目付役のようにナージャが傍らにいるが、別に一人でも仕事はこなせる。

 ただ、常日頃の会話から解るように、彼女は大人と対等に話をする。実力を認められ、個人として尊重されて育った彼女にとって、それは普通のことだった。けれど、外の世界では違う。彼女には年齢相応の態度が求められる。

 完全実力主義の大人達は良い。アロールの言動が多少生意気でも、認めるべき相手を認め、きちんと向き合って生きているのを理解してくれる。だがそれは、そういう相手を探すのがとても難しいという現実でもある。

 例外のように《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々はそんな者達ばかりだった。特に大人組はそれが顕著で、確かに十歳児であるアロールを幼子扱いすることはあるが、一人前の魔物使いとして扱っている。彼女が対等な口を利いても誰も何も言わない。

 若手組はアロールはそういうものだと思っている。ようは、個性だと思われているのだ。色んな性格や来歴の面々が集まる特殊なクランだからこそ、とも言える。……カミールなどはちょこちょこからかって遊んだりするけれど。それもまた親しさ故だ。多分。

 人付き合いは難しい。それでも、アロールが仲間達と打ち解けている姿を見て、ミルファは笑みを浮かべる。どうやら娘は楽しくやっているらしい、と。


「アロール」

「何、母さん」

「皆さんに、敷地の説明をしてもらえるかしら?」

「了解」

「最後はヴィクトルの小屋でお願いね」

「……?うん、解った」


 母親の言葉に、アロールは何でそこが最後なんだろう?と首を傾げた。傾げたが、意味のないことを母親が言わないことは知っていたので、大人しく頷いた。


「それじゃ、案内するから付いてきて。まずは館の説明」

「「はーい」」


 元気よく返事をするのは、若者達ばかりだった。アリーとフラウは一歩下がった場所で皆を見ている。何となく授業参観みたいな光景だった。

 アロールが最初に皆を連れて行ったのは、今までいた大部屋、ホールみたいな場所を出てすぐの壁際だった。玄関から入ってすぐの場所だ。


「これ、館の地図。建物三棟分が全部書いてあるから、迷ったら現在地と照らし合わせて使って」

「お家の地図があるの!?」

「館の入り口にあるのは全体の地図。各階にそれぞれの階の地図があるから。それを見たら迷わないと思う」


 驚きのあまり声を上げるレレイに、アロールは淡々と説明を続けている。なお、叫んでいないだけで、他の皆も同じ気持ちだった。家に地図があるなんて、彼らの感覚では理解できない。

 ただ悠利は一人だけ、なるほどと頷いていた。イメージしているのは旅館やホテル、商業施設である。あの手の施設は全体図の地図と各フロアの地図が置いてあったりする。これだけ大きな建物ならば、それがある方が便利なのだろうと思った。


「今いるのは生活棟だから、食事や風呂はここでやるからね。基本的に裏方担当の誰かがいるから、迷ったらこの棟に戻るのも良いかもしれない」

「裏方担当?」

「魔物使いじゃない人達。色々サポートしてくれる人達だよ」


 一族単位で生活しているとはいえ、一族全員が魔物使いではない。魔物使いになるには素質が必要で、そうではない人々は他の分野で皆を支えている。一般的な家事だけでなく、資材の調達や情報収集なども含まれる。

 アロールのその説明に、しばらく考えていたクーレッシュがなるほどと呟いた。呟いて、そして、ぽすんと悠利の頭を軽く撫でた。


「何、クーレ?」

「いや。お前みたいに頑張ってくれてる人がいるってことだなって」


 その言葉に、皆はなるほどと納得した。物凄く解りやすい例がそこにあった。悠利も《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に所属しているが、冒険者でもその見習いでもない。おさんどん担当である。

 そう言われれば、色んな人が協力し合って生活しているというのも実感が湧く。……なお、ラジは皆より先にアロールの言うことを理解していたし、そんなもんだろうと思っていた。彼の暮らす集落も、一族で色々と支え合っているので。


「説明続けるよ?他の二棟は住居棟。君達が宿泊するのは人間だけが生活している住居だから普通の間取りになってるけど、もう一つは従魔も一緒だからちょっと間取りが違う」

「従魔も一緒?」

「大型は外の小屋だけど、部屋で生活出来る程度の従魔はそこで一緒に暮らしてるからね」


 間取りが違うから、間違って入ってもすぐに解るよ、とアロールは続ける。悠利達が案内されたのは確かに、ごく普通の部屋だった。大部屋で雑魚寝かと思ったら、何と二人一部屋で用意されていた。

 そんなに客室があるなんて凄いなぁと思っていたのだが、どうやら客室ではなく、一族の者達が使う用の部屋だったらしい。仕事で外へ出ている面々が戻ったときに使う部屋だったり、親と子供が一緒に暮らす部屋だったりするそうだ。


「っていうか、部屋多過ぎないか?」

「人数は変動するからね。生まれて死んで、出て行って戻ってきて、多いときも少ないときもある。それなら、部屋が足りないよりは多い方が良いっていうご先祖の方針」

「その余ってる部屋を利用して客を呼べば、従魔体験会で金が……」

「商魂を出すな」


 これは新たな商売になるのでは……!みたいなノリで言い出したカミールの頭を、アロールは容赦なく殴った。流石に発言を不謹慎だと思ったのか、ナージャもその綺麗な白い尾でぺしりとカミールを叩いた。二人からダメ出しを喰らったカミールは、大人しくごめんなさいと謝った。

 カミールの発言は確かに不謹慎だが、もふもふカフェとかあったら楽しいだろうなぁ、とは悠利も思った。家でペットを飼うことはなかったが、猫カフェなどにはちょこちょこ出かけていたので。アレは癒やしの空間だと思っている。

 魔物は確かに怖いけれど、従魔ならば話は別だ。もしかしたら、温厚な従魔と触れ合うことが出来るお店なんかは需要があるかもしれない。……それどこの動物カフェとか言わないでください。思うのは自由です。


「まぁ、基本的にどの建物にも誰かがいるだろうし、迷ったら地図で確認するか聞いて。勝手にうろついて勝手に変なところに行かなきゃ良いと思う。特にレレイとヘルミーネ」

「何であたし!?」

「ヒドいわ、アロール!レレイはともかく、私はそんなことしないわよ!」

「思い切りの良い好奇心でうろうろしそうなの、君達でしょ」

「うぐぐ……」

「ち、違うわよ……」


 反論する声がちょっと弱かった。レレイは自分の性格をよく解っていたし、ヘルミーネも気になったら突っ走っちゃう自分を知っていた。何も否定できない。

 なお、同じく面白がってうろつきそうなカミールには何も言わないアロール。彼はうろついても迷わないだろうし、困ったらすぐに誰かに聞くだろうと判断しているからだ。情報と共に生きる商人の息子なので。


「あと、マグ」

「……?」

「隠れやすそうな場所を見つけたからって引きこもらないでほしい。下手をすると誰かの従魔と鉢合わせるから」

「…………諾」

「ウルグス、頷くまでが長かったから、見張ってて」

「……おう」


 騒々しいのが好きではないマグは、気付けばふらっといなくなることが多々ある。自分が落ち着ける場所を見つけてそこに引きこもるのだ。アジトでは基本的に自室がそういう扱いだけれど、時々変なところ(物陰とか隅っこ)にいるのでそれを思ってだろう。

 しかし当人はとても面倒くさそうに返事をしていたので、お鉢が回ったのはやはり相変わらずマグの通訳や担当者として認識されているウルグスだった。ウルグスも、流石に出先でマグがやらかすのは見ていられないのか、いつものように文句は出なかった。真面目である。


「それじゃ、次は外だね。庭を案内するよ」


 ついてきて、とアロールに言われて皆は外へと出る。到着したときも思ったが、本当に広い庭だ。柵のある部分など、どう見ても牧場だ。視線を向ければ、馬系の従魔達が嬉しそうに走っている。

 柵のない場所にも従魔達はいるが、その傍らには必ず魔物使いと思しき人間が立っていた。普段は違うよとアロールが言っているところを見るに、お客さんが来ている間はきちんと監視付きになっているらしい。


「普段は皆、自由にうろうろしてるの?」

「まぁね。君だって、ルークスを自由にさせてるだろう?同じだよ」

「そうだね。ここが皆のお家なんだから、自由に行動して普通だよね」


 自分達という異分子がいるからなんだなと納得して、悠利はすれ違う従魔達にぺこりと頭を下げる。不思議そうにこちらを見つつも、主が側にいるので特に大きな反応は寄越さない従魔達ばかりだった。よく教育されている。

 ルークスも悠利と同じようにぺこぺこしながら移動している。ぽよんぽよんと跳ねながらお辞儀をするという器用なスライム。なお、ナージャは向こうから挨拶をされる側らしい。頭を下げられる度に、鷹揚に頷くかスルーしている。強い。


「庭は皆がゆっくり過ごす場所。柵のある部分は、あぁやって全力で動き回るときの運動場。今は馬系の子達だけど、獅子や虎が格闘をすることもあるよ」

「それ、怪我しないの?」

「鍛錬だよ。お互い、相手を傷つける意思はないし、そんなことをしても意味がないのは解ってるから」

「皆が鍛錬してるのと同じってことだね」

「そう。従魔だって、鍛えれば強くなる。持って生まれた能力だけが全てじゃないからね」


 そう言って笑うアロールの顔は、いつもより気を抜いているように見えた。キビキビと皆に案内をしている姿からは解りにくいが、彼女も何だかんだで久方ぶりの帰省を喜んでいるらしい。

 そして皆が向かったのは、大きな小屋がある場所だった。屋根が高い。外観から察するに、一階建てで屋根が高い小屋に見えた。


「ここが、大型の従魔の小屋。複数あるのは、種族ごとに分かれてるから。寝床の形が違うからね」


 どこか適当な小屋に入って中の説明をしようか、とアロールが続けたときだった。影が一つ、彼女に突撃してきた。


「アロール、待ってたぞー!」

「…………ヴィクトル」

「皆を案内してきてくれたんだろう?ありがとう。さぁ、中に入ってくれ!うちの子達もお待ちかねだ!」

「……離れろ」


 ぎゅうぎゅうとアロールを抱きしめているヴィクトルは、彼女の話を全く聞いていなかった。ドスの利いた声で言われてもスルーである。別の意味で強者だった。

 そして彼は、反応に困っている悠利達に向けて、満面の笑みで告げる。


「さぁ、今から夕飯の時間までは、うちの子達との交流を楽しんでくれ!」




 どうやら、次の予定はヴィクトルが使役する従魔達との触れあいタイムになるようです。……とりあえずアロールを解放してあげてほしいと思った一同だった。




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