パセリたっぷりバターライス
「これはまた、大量だねぇ……」
目の前にどどーんと積まれたパセリの山を見て、
そんな悠利の隣では、ヤックが申し訳なさそうに身を縮めていた。この大量のパセリを持ち帰ってきたのは、何を隠そうヤックである。市場で貰ってきたのだ。
これはよくあることなのだが、ヤックは市場で仲良くなった店主の皆さんから、売り物ではない食材を貰ってくることがよくあった。形が悪いとか、色が悪いとか、味にそこまで差はないものの、売るには今一つという食材をプレゼントされるのだ。
渡す方も、ヤックが《
パセリは鮮やかな緑が美しい野菜だが、どうにもこうにもイメージは添え物だった。何かの料理に付け合わせとして置かれていることが殆ど。今まで特に購入したこともなく、アジトで食べることも殆どなかった。
そんなパセリがどっさりと。さてどうするかと悠利は記憶を探る。何か良いレシピなかったかなぁ、と。
「ユーリ、あの、ごめん……」
「え?何でヤックが謝るの?」
「だって、使うのに悩むもの貰ってきちゃったから……」
「そんなことないよ。普段使ってないだけで、パセリを使った料理だって色々あるから」
「うん……」
悠利の言葉を単なる慰めと受け取ったのか、ヤックはしょんぼりしていた。貰ったときは新鮮なお野菜を貰えたぞ!と思っていたが、よく考えたらヤックはパセリの食べ方を知らなかった。肉とか魚の料理の横においてあるのを、適当に摘まんだ記憶しかない。パセリの影は薄かった。
なので、悠利に迷惑をかけていると思ってしまったのだ。《
そんなヤックの耳に、悠利の元気な声が届いた。
「ヤック、バターライスにしよう!」
「え?」
「丁度ライスが残ってるから、このパセリをたっぷり入れたバターライスにすれば良いんだよ。簡単で美味しいし」
「……パセリの入った、バターライス?」
「うん」
名案ーと悠利はご機嫌だった。ヤックにはこのパセリをどう使うのか全然解らなかったが、悠利がそう言うなら使い道はあるのだろう。大人しく悠利に従って作業を始める。
まずは大量のパセリを水洗い。綺麗に汚れを落として水気を切ったら、まな板の上で小さく切り分ける。大きいままだと作業がしにくいからだ。
「まず、このパセリをざくざくとみじん切りにします」
「みじん切り」
「まぁ、そこまで細かく考えなくて良いよ。ライスに混ぜるから、ちょっと刻むって感じ」
「ん、解った」
小分けにしたパセリを、二人はみじん切りにしていく。ざくざく切ると、まな板の上に細かな緑が広がる。茎の部分は少し念入りに。葉の部分は塊にならないように気を付けて。最終的には、全部まとめて包丁でざっくざくである。
みじん切りが終わったら、次はご飯の用意だ。炊飯器に入っているほかほかご飯を少量、ボウルに入れる悠利。ヤックが不思議そうにそれを見ている。
「ユーリ、何でそんなに少しなの?」
「え?あぁ、試しに味見してみて、大丈夫だったら皆の分を作ろうと思って」
「なるほど……!」
単なるバターライスならば問題はないが、今日は大量のパセリを入れたパセリバターライスである。出したことがないので、一応段階を踏もうと考えたらしい。
何せ、パセリには独特の風味がある。悠利は嫌いではないが、ハーブ系の好き嫌いは誰にでもあるだろう。なので、そのパセリをたっぷり入れたバターライスがヤックに美味しいと思えるかどうかが鍵だった。
作り方はいたって簡単だ。熱々のご飯にバターを入れる。そして、全体をしっかりと混ぜる。バターは、ご飯が熱々ならばわざわざ溶かしておく必要はない。ご飯に入れたら自然と溶ける。
「こうやってバターが全体に行き渡るように混ぜるんだよ」
「既に今の段階で美味しそう」
「バターライスが美味しいのは事実だけど、まだ食べません」
「はい」
ふわりと香るバターの匂いに誘惑されたヤックが手を伸ばすが、悠利は笑顔で退けた。美味しいのは解りきっているのだ。味見をしてほしいのは、ここにパセリを加えてからである。
全体にバターが混ざったら、そこにみじん切りにしたパセリを入れる。どーんと入れる。細かく切ったので量が多いように見えるが、混ぜてみれば案外そうでもないのと、今回はパセリを大量消費したいので、どっさりと入れるのだ。
「……そんなに入れるの?」
「入れるの」
目をぱちくりさせて驚くヤックに笑って、悠利は大量のパセリごとご飯を混ぜる。先にバターと混ぜてあるので、後はパセリがしっかり混ざればオッケーなのだ。豪快に混ぜる姿は、ちょっと楽しそうだった。
ほんのり黄色く色づいたバターライスに、パセリの緑が良く映える。入れた瞬間は多そうに見えたが、混ぜてみると全体に緑が散ってとても綺麗だ。匂いはバターの方が勝っているように思える。
しっかり混ざったら、味見だ。味が薄い場合は、塩などで調整する必要があるので。
「はい、どうぞ」
「いただきます」
スプーンで掬って寄越されたパセリバターライスを、ヤックは素直に受け取った。匂いは完全にバターライス。みじん切りのパセリが全体に彩りを添えているが、匂いはそんなにしない。考えても仕方ないので、ひと思いにぱくんと口の中へ運ぶ。
じゅわっと広がるのは、バターの旨味だ。塩気があるからだろう。何の変哲もない白米が、バターの旨味を纏ってお上品に自己主張をしている。熱々ご飯と溶けたバターの相性は完璧だった。
そして、そこにアクセントを添えるのが、大量のパセリだ。食感はほぼない。みじん切りにしたパセリは熱々ご飯にくっついていて、へにゃりとしている。だが、独特のハーブの旨味がぶわっと広がるのだ。匂いはそれほどしないと思っていたのに、味はきちんとそこにある。
ただのバターライスとは違う。そこにいるのだと主張するパセリの風味。しかし、生のパセリをそのまま食べるときほどに、癖はない。恐らくはバターのおかげでまろやかになっているのだろう。確かにこれは単なるバターライスとは別物だとヤックは思った。
噛めば噛むほど、バターの旨味とパセリの風味が口の中に広がる。間違いなく美味しかった。なので、表情にもそれが出ている。
「ヤック、美味しい?」
「美味しい」
「それじゃ、残りのご飯もこれにしちゃおう」
問題ないと解ったら、悠利の行動は早かった。パカッと炊飯器を開けると、炊飯釜を取り出す。そして、その中にバターを放り込んで混ぜていく。
「ボウルじゃないの?」
「混ぜた後に炊飯器に戻しておけば、熱々が食べられるからね。パセリの色はちょっと変わるかもしれないけど。冷めるとバターが固まっちゃうし」
「なるほど……!」
悠利の説明にヤックは確かにその通りだと納得した。バターライスは美味しいが、バターというのは冷めると固まるのだ。それに、ご飯はやはり熱々の方が美味しい。
バターが混ざったら大量のパセリのみじん切りを入れるのは、先ほどと同じ。ただ、ご飯の量が多いので、入れるパセリの量も多い。具体的には、一度に入れずに数回に分けて入れる感じで。
そうしてパセリをたっぷり入れたバターライスは完成した。そう、完成したのだ。
しかし――。
「……まだいっぱいあるのどうしよう、ユーリ」
「結構使ったと思ったけど、まだ残ってるね」
二人で頑張って作ったパセリのみじん切りは、まだそこそこ残っていた。これ以上ご飯に混ぜると、バターライスがパセリ一色になりそうなのでちょっと無理だ。
さてどうするかと考えた悠利は、昼食のメインディッシュの食材を思い出してポンと手を打った。
「よし、香草焼きにしよう。ちょうど白身魚の切り身だし」
「へ?」
「ヤック、パン粉用意してー」
「あ、うん、解ったー」
香草焼きって何?と首を捻ったヤックだが、悠利に言われてすぐに動く。ちなみに、《
ヤックが用意したパン粉をボウルに入れて、悠利はそこにパセリのみじん切りを投入した。残った分を全部。割と容赦なくぺーいっと入れた。パン粉の白にパセリの緑がぶわっと広がる。
投入したら、後は満遍なく混ぜるだけだ。全体に馴染むように混ぜれば、パン粉とパセリが混ざって白と緑のコントラストがとても綺麗な粉が出来上がった。
「後は、塩胡椒で下味を付けた魚にコレを塗して、オリーブオイルで揚げ焼きにするだけ」
「香草焼きって、そういうのなの?」
「僕が知ってるのは、こんな感じでパン粉にハーブを混ぜて焼くやつだねー。楽ちんでちょっと豪勢に見えるんだよ」
「味付けは普通の塩胡椒?」
「うん。薄かったらマヨネーズ付けて食べたら良いと思う」
白身魚の揚げ焼きにマヨネーズ。悠利の説明を脳内でしっかり吟味したヤックは、とても真剣な顔で口を開いた。
「それってタルタルソースが美味しいやつでは」
「美味しいやつだと思います」
「じゃあ、今度はタルタルソースも一緒に!」
「あはは、そうだねー」
美味しいものに目がないのは《
魚に下味の塩胡椒をするのも、パン粉を付けるのも、たっぷりのオリーブオイルで揚げ焼きにするのも、今まで色々と料理をしてきたヤックには難しいことではない。なので、悠利と二人で手分けして、人数分の魚を焼くのでした。
そうして出来上がったお昼ご飯。どどんと器に盛られたパセリたっぷりのバターライスは、皆に喜ばれた。
最初こそ、「この緑色って何?」「パセリってあのパセリ?」みたいな反応だったが、一口食べたら誰も文句は言わなかった。単なるバターライスをワンランク上のお味にしてくれるパセリの素晴らしさを噛みしめている。
熱々ほかほかのバターライスは、バターの濃厚な旨味と白米の瑞々しい甘さが口の中で溶け合って何とも言えず幸せな気持ちになる。そしてそこに、本日の主役?パセリが僕もいますよと自己主張をしてくるのだ。
流石はハーブと言うべきだろうか。バターに負けず、熱々ご飯にも負けず、きちんと自分の仕事をしている。やはりハーブは和洋問わずに良い仕事をするようだ。
「あたし気付いた」
「何だよ、レレイ」
山盛りのバターライスを美味しそうに平らげていたレレイが、凄く真面目な顔で口を開く。そうやって真剣な顔をしていると雰囲気が変わるが、食事中に彼女がこういう顔をするときは大抵食べ物関係なので、受け止める皆も緩かった。
そして、その予想が当たっていると言うように、大食い娘は言い放つ。
「コレ、絶対に玉子と合うやつだよ、ユーリ!玉子!!玉子載せよう!」
「あー……。まぁ、確かにオムライスの中身がバターライスってのはよくあるから、美味しいと思うよ」
「でしょ!?ほら、やっぱり玉子だ!あたし間違ってない!」
「間違ってないけど、今日のメインディッシュは白身魚の香草焼きなので、玉子はありません」
「えー……!」
是非とも玉子を!と訴えてくるレレイを、悠利は軽く流した。確かに美味しいのは解るが、毎回毎回リクエストに応えるわけにもいかないのだ。今日のお昼はバターライスと白身魚の香草焼きなのだから。
なお、悠利はオムライスと言ったので包むのをイメージしているが、レレイの場合は上に玉子をどーんと載せるのをイメージしている。半熟のスクランブルエッグを載せる感じで。恐らくは、薄い玉子ではなくたっぷりの玉子と食べたいのだろう。
玉子との相性が抜群であるはずなのだと訴え続けているレレイと、お魚も食べてねと笑顔で流す悠利。賑やかないつも通りのやりとりをする二人を、クーレッシュはこいつら相変わらずだなぁと思いながら見ていた。
あえて二人のやりとりに最初のツッコミ以外で首を突っ込まず、クーレッシュは食事を続ける。残ったパセリを消費するために作られた白身魚の香草焼きであるが、ちょっぴり豪華な雰囲気で口を楽しませてくれる。
まず、外側のパン粉は揚げ焼きにしたことでカリカリだ。ただのパン粉ではなくパセリが入っていることで、パン粉そのものに風味がある。そして、それに包まれた白身魚の切り身は、身がふっくらしており、囓ればふわりと柔らかく舌を楽しませてくれる。
味付けはシンプルに塩胡椒だが、たっぷりのオリーブオイルで揚げ焼きにされたことで、風味が加わっている。そのおかげで、特に物足りないと感じることなくクーレッシュは食べている。
「あ、クーレ」
「ん?」
「魚、マヨネーズ付けても美味しいと思うよ」
「了解」
作り手である悠利がそう言うならと、クーレッシュはマヨネーズに手を伸ばす。なお、何でももりもり食べるが濃いめの味付けの方が好きなレレイは、既にマヨネーズで食べていた。素早い。
食べやすい大きさにした白身魚の香草焼きを、皿の端っこに出したマヨネーズに付けて口に運ぶ。付けて食べるスタイルにしたので、パン粉のカリカリ食感は失われていない。身のふっくらジューシーさも消えない。そこに、マヨネーズのパワーが追加されるだけだ。
何もなくても美味しいと思っていたが、マヨネーズが加わるとまた別の味わいが出る。マヨネーズを含んでちょっとふやけたパン粉は、パセリが入っているので風味が感じられる。白身魚とマヨネーズはそもそも相性が良いので、美味しいに決まっていた。
「確かに美味いな」
「でしょー」
「で、何で今日はこんなにパセリ尽くしなんだ?」
「ヤックがいっぱい貰ってきたから」
「なるほど。いつものか」
「うん」
それで話が片付く辺りが、ヤックだった。割と頻繁に色々と食材を貰ってくるので、皆も慣れているのだ。こう、悠利が収穫の箱庭で大量の食材を貰ってくるのと同じような意味で。
あまり馴染みのないパセリだったが、こういう食べ方もあるんだなぁとクーレッシュは思った。パセリなんて添え物だと思っていたが、こうして食べるとその風味が立派に仕事をしているのが解る。
「ちなみにこのバターライスって作るの大変だったのか?」
「ううん。熱々ご飯にバターとみじん切りにしたパセリを入れただけ」
「マジか。炒めてないのか」
「炒めてないねぇ。あらかじめ何かを入れて炊いたわけでもないねぇ」
「お手軽で美味いって最強じゃねぇ?」
「最強だと思う」
こんなに美味しいのに手間がそこまでかかってないなんて凄い、とクーレッシュは素直に褒めた。悠利もそれには同意だった。炊き込みご飯は下準備が大変だし、チャーハンやピラフは大量に作るときはフライパンが重くなって大変だ。
しかし、このバターライスは温かいご飯があれば混ぜるだけで作れるのだ。パセリをみじん切りにするのだけがちょっと大変かもしれないが、細かいことを考えずに刻むだけなのだから、割と簡単である。
バターの旨味が美味しいご飯をもぐもぐ食べながら、悠利はにこにこ笑っている。お手軽に美味しいが作れるのは最強だし、ヤックのおかげでパセリをたっぷり使えたのも良いことだった。わざわざパセリを買うことがないので、献立に加わらないのだ。
そういう意味では、今日は怪我の功名みたいなものだった。
ヤックはヤックで、自分が持ち帰った食材が迷惑にならずにすんで喜んでいる。バターライスも香草焼きも美味しく出来たので、お礼がてらどうやって食べたのかを伝えるつもりなのだという。その辺りの愛嬌もまた、彼が皆に可愛がられる理由なのだろう。
なお、食後もしばらくレレイの「玉子載せようよー」攻撃が続いた結果、後日オムライスもしくはスクランブルエッグを載せたバターライスを作る約束が交わされるのでした。食べ物への執念は強いのです。
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