さっぱりねばねばツルムラサキの梅和え
今日はちょっぴり暑かった。いや、夏なのだから暑いのは仕方ないのだけれど。それはそれとして、暑いと食欲が落ちてしまうのが考え物なのである。
「お昼のおかず、何かこう、さっぱりしたのを追加したいなぁ……」
基本的に昼食は仲間達が出払っていることが多く、少人数になる。朝食の残りや、冷蔵庫に残っている食材を利用して作ることが多い。後、悠利が食べたいなと思ったチャレンジメニュー的な場合もある。皆に馴染みのない料理が出てくるのは、人数が少ない昼食が多かった。
そんなわけで、悠利は何か良いメニューはないかと一人考えていた。メンバーは悠利と料理当番のマグ、アリーにジェイク、そしてイレイシアとヘルミーネ。全体的に食の細いメンバーが多い。
また、特にこれといった好き嫌いがないメンバーでもあった。なので、冷蔵庫の中身と相談してメニューを考えれば良いのだが、コレといったものが思い浮かばない。
「朝食のキノコスープが残ってるし、グリーンサラダも残ってる。とりあえず彩りでトマトを追加して、メインディッシュは中途半端に残ってたウインナーを茹でておいて……」
残り物を片付けるという意味でのメニューになりそうだ。ウインナーも、色々な味のものがちょっとずつ残っているので、山盛りにして好きに食べて貰おうと考えている。人数が少ないから出来る裏技みたいなものだ。
このメニューならばパンでもご飯でもいけそうだが、今日の気分はご飯だったので白米に決定している。朝がパンだったので、何となく昼はご飯が食べたかったのだ。
「……悩み?」
「あ、マグ。準備に来てくれたんだね」
「諾」
何をしているんだと言いたげなマグに、悠利はよろしくと挨拶をする。手早く本日の昼食が残り物を片付けるメニューだということを説明する悠利。マグは無表情ながら真面目に話を聞き、解ったと言いたげに頷いた。
頷いて、そして、小首を傾げて口を開く。
「悩み?」
「え?」
「メニュー、悩む?」
「あー、えっと、これでも十分かなと思うんだけど、暑いからさっぱりするおかずが欲しいなぁって考えてただけだよ」
単語では悠利に通じないと思ったのか、少しだけ言葉が追加される。それでマグが何を問いたいのかを理解した悠利は、素直に心境を吐露した。その言葉に、マグはふむと考え込む。
次の瞬間、マグは真顔で言い放った。
「出汁」
「……」
「出汁、美味」
「……うん、そうだね。でも、今僕が求めてるのは違うかな」
「……諾」
物凄く真剣な顔で言われたが、悠利はやんわりと拒絶しておいた。出汁の信者は今日も愉快に出汁に一直線だ。出汁料理をねじ込める隙を決して見逃さない。安定のマグ。
それでも、悠利に反論することはなかった。出汁への愛は変わらないが、多少は話を聞くようになっているので、マグも成長している。多分。
悠利に出汁を却下されたマグは、少し考えてから動いた。動いてそして、壺を手にして戻ってくる。
「マグ?」
「梅干し」
「あぁ、梅干し!酸味があるとさっぱりするもんね」
「諾」
これならどうだと言わんばかりの態度だった。若干ドヤ顔っぽくなっているのもご愛敬。悠利に喜ばれて嬉しそうなところがまた可愛らしい。
マグに言われるまで梅干しの存在を忘れていた悠利だが、今日の昼食メンバーを考えて大丈夫そうだなと判断した。アリーとジェイクは梅干しを普通に食べるし、他のメンバーは梅干しそのものは苦手でも、梅味の料理は忌避しない。
そうと決まれば話は早い。冷蔵庫の中に何か良い食材はないかと悠利は物色を始めた。マグはウインナーを茹でるためのお湯を沸かし始めている。何だかんだで準備にも慣れてきている。
「あ、ツルムラサキがあった。これにしようっと」
「……?」
「夕飯に回すには少ないんだよね。使っちゃおうと思って」
「諾」
悠利が手にしたのは、緑の葉野菜ツルムラサキだった。形状としては小松菜やほうれん草に似ている。ただ、このツルムラサキという野菜には、ちょっと変わった性質があった。
「ねばねば」
「うん。梅との相性も良いんだよ」
「……問題ない」
「あぁ、ねばねばが苦手な人もいるもんね」
「諾」
マグが気遣いを発揮したことにちょっと驚きつつ、悠利は笑った。ねばねばした食材にあまり縁がなかったのか、苦手にしている面々がいるのだ。ただ、その彼等も何度か食卓に並ぶ内に気にせず食べていたりするのだが。
「じゃあ、このツルムラサキを梅和えにします」
「叩く?」
「叩きます。よろしく」
「諾」
梅和えという単語が出た瞬間に、梅干しを包丁で叩いて細かくする作業が必要だと理解したマグは、親指をぐっと立てて担当を申し出てくれた。職人気質なところがあるのか、同じ大きさに揃えて切るとか、細かく刻むとかの作業を嫌がらないマグだった。
ウインナーは茹でるにしても放置で良いので、マグはまな板を準備して梅干しを転がしている。そちらはマグに任せて、悠利は大きめのフライパンにたっぷりのお湯を入れて火にかける。切らずに丸ごと茹でるときは、意外とフライパンが便利だったりするのだ。
お湯が沸くまでの間に、ツルムラサキを洗い、根っこの汚れた部分を切り落としておく。ただし、バラバラにならないように気を付ける。丸ごと茹でるときは、繋がった部分を残しておく方が引き上げるときに楽ちんなのだ。
フライパンの湯が沸いたら、ツルムラサキを丸ごと入れる。葉っぱと軸では茹でる時間が若干変わってしまうのだが、今日悠利が作ろうとしている料理はあまりそこを気にしなくて良いので丸ごと入れる。
なお、ツルムラサキの茎はそこそこ太いときがあるので、葉っぱがくたくたになるのが嫌な場合は、茹でる前に茎と葉っぱを分けておくと良い。時間差で茹でると良い感じに仕上がるので。
軸にしっかり火が通るまで茹でたら、水を切ってまな板の上に並べて粗熱を取る。切るにせよ、水気を切るにせよ、流石に熱々の状態では触れないので。
「梅干し」
「あ、ありがとう、マグ。綺麗に叩いてくれたねー、流石ー」
「種」
「あ、種はお茶漬けにするから捨てないで」
「諾」
果肉を完全に取り除くのは不可能なので、種はお茶漬けに使うつもりの悠利だった。種の量が多いときは、煮出してスープにしたりもする。勿体ない精神である。
マグが丁寧に、それはもう親の敵か何かなのかと思うぐらい丁寧に叩いた梅干しは、みじん切りを通り越してペースト状になっていた。相変わらず見事な腕前だなぁと思いながら、悠利は用意された梅干しをボウルに入れる。
「ここに、お醤油を入れます」
「醤油」
「白だしでも美味しく仕上がります。めんつゆはちょっと甘いかもしれない」
「出汁」
「今日は梅干しの風味を楽しみたいので醤油です」
「……諾」
白だしを使えば出汁が味わえる!と食いついたマグだったが、あえなく撃沈した。悠利としては、醤油は梅干しを伸ばすために入れるぐらいの認識なので
梅干しの入ったボウルに入れるのは、醤油と少量の酒だ。それを菜箸で丁寧に混ぜる。こうしておくと、液体に混ざった梅干しが全体に綺麗に混ざるのだ。
「味見する?」
「否」
「ん、解った」
ぺろりと舐めて味を確かめた悠利に問われて、マグは首を左右に振った。ただの醤油と梅干しならば、特に欲求は存在しなかったらしい。安定のマグ。
「後はツルムラサキを切って入れるだけなんだけど、まず水気を切ります」
「諾」
「水気が切れてないと味が薄まっちゃうからね」
粗熱の取れたツルムラサキをぎゅっと握って水気を切る。まだほんのり温かいので、出てきた水が時々熱いのがご愛敬。火傷をしないように気を付けましょう。
しっかり水気を切ったらまな板の上に載せ、二、三センチぐらいの幅にざくざくと切る。これで完成ではなく、その状態で更にぎゅっと絞って水気を切る。とろりとした粘り気のある水が出てくるが、しっかりと絞るのがポイントだ。
それというのも、野菜というのは塩分が入ると水が出てくるものである。そして梅干しにはたっぷりと塩分が含まれている。先に水を抜いておかないと、完成品が水っぽくなってしまうのだ。美味しく食べたいのでこういう一手間が大事である。
「水気を絞ったら、刻みます」
「刻む?」
「みじん切りに」
「……諾」
何で?と言いたげな顔をしたマグだが、とりあえず悠利の指示に従うことにした。並んでまな板の上に載せたツルムラサキをみじん切りにする。葉っぱも茎もお構いなしに刻んでいく。刻むとねばねばしてくるが、それが狙いなので問題ない。
丁寧にみじん切りにしたツルムラサキを、梅干しの入ったボウルへと入れる。後は全体を満遍なく混ぜれば完成だ。
「……ねばねば」
「うん、ねばねばだね」
「……スプーン?」
「そうだね、スプーンで食べる方が良いと思う」
「準備」
混ぜ合わせれば混ぜ合わせるほどに、ねばねばした液体っぽく仕上がるので、マグはスプーンの必要性を感じたらしい。一応箸でも食べられなくはないのだが、確かにスプーンの方が便利だろう。
悠利が混ぜている間に、マグは小鉢とスプーンを持って戻ってきた。諸々の判断力が付いてきている。
人数分の器と、更に別にもう一つ小鉢を持ってきたマグに、悠利は解ってるなぁと思った。味見用の器の準備まで完璧である。
少量を味見用の器に入れて、スプーンで一口。刻んだことでねばねばが強くなったのか、とろんとした粘性のある液体っぽくなっている。
口の中に広がるのは、梅干しと醤油のさっぱりとした味わいだ。刻んだことで食感は弱まっているが、逆にねばねばが強まっているのでそちらを楽しめる。つるんと飲み込むことが出来るし、程良い酸味が爽快だ。
「うん、良い感じ。これならそんなに酸っぱくないし、皆も大丈夫かな」
「……」
「マグ、どうしたの?」
「……出汁、美味」
「……今度は白だしで作ろうか」
「諾」
これに出汁を加えれば更に美味しくなるに違いない、みたいなオーラを出すマグに、悠利は折れた。まぁ確かに、醤油じゃなくて白だしで作っても美味しいだろう。好みの問題だ。
とりあえず、美味しく出来たので小鉢に盛りつける。皆が喜んでくれると良いなぁと思いつつ、残りの準備に取りかかるのだった。
そして、昼食の時間。見慣れない料理に首を傾げていた皆も、説明を聞いてからは普通に食べていた。見た目がちょっと不思議な感じだが、味付けが梅干しと醤油と聞けば何となくイメージが出来るのだろう。
その中で、特に嬉々として食べているのはジェイクだった。何だかんだで梅干しがお気に入りの学者先生である。
「不思議な食感ですが、とても美味しいですねぇ」
「お口に合って何よりです」
「梅干しのさっぱりした感じが、食べやすくてありがたいですよ」
にこにこ笑顔のジェイク。暑さに敗北して廊下で行き倒れている姿がしょっちゅう目撃される人なので、説得力がありすぎた。スプーンで掬っては美味しそうに食べている。
元来ツルムラサキは普通の葉野菜としての食感を持っている。茎の部分が小松菜やほうれん草に比べて太いので、葉っぱの軟らかさと茎の歯ごたえを楽しむような食材だ。そこにねばねばが追加されて、独特の風味になっているのである。
そのツルムラサキを、悠利は今日、思いっきり刻んだ。みじん切りである。ねばねばを引き出すことと、梅干しとしっかり混ざるようにしたのだ。おかげで、つるんとした粘性のある液体みたいになって、食欲がなくても食べやすい。
叩いた梅干しと醤油で味付けをしているが、ツルムラサキから出るねばねばのおかげで程良く薄まって、酸っぱくもなければ辛くもない。丁度良い塩梅に仕上がっているのだ。
「お前は本当に梅干しを調味料に使うのが好きだな……」
「梅風味、割と人気なんですよ?」
「そうなのか?」
「はい。梅干しは苦手だけど、梅干しを使って味付けをした料理は皆美味しいって言うんです」
「どう違うのか俺には解らんがな」
「ぶっちゃけ僕にも解らないです」
アリーの言葉に、悠利は同意を示した。梅干しを普通に美味しいと思って食べている彼等には、何で梅干しそのままではダメで、味付けに使った場合は平気なのかが解らない。どっちも梅干しだというのに。
しかし、苦手な面々に言わせれば、味付けに使っているときは酸っぱさが軽減されているという理由があるのだ。梅干しの風味は嫌いではないが、梅干しをそのまま食べるのは酸っぱくて苦手なのだという。その辺は決して解り合えない壁みたいなものだった。
ただ、梅風味の料理が美味しいと言ってもらえるならば、悠利としては梅干しをせっせと活用するだけだ。暑い時期、さっぱりとした料理は喜ばれる。また、梅干しには塩分が入っているので、汗をかいたときには丁度良いのだ。
梅味の料理は喜ばれると言った悠利の言葉を証明するように、ヘルミーネとイレイシアは美味しそうにツルムラサキの梅和えを食べている。スプーンで食べるねばねばに最初は困惑していた美少女二人だが、さっぱりとした酸味を歓迎しているようだ。
「何だか不思議な感じだけど、美味しいわね」
「はい、とても美味しいです」
「ユーリのおかげで、こういうねばねばした料理にも慣れてきた気がするわ」
「確かに、それはありますわね」
ぱくんとスプーンの中身を口に入れて飲み込み、楽しそうに笑うヘルミーネ。彼女に同意するイレイシアは、スプーンを使いながらも一口は控えめだった。その辺は性格の違いだろう。
彼女達の会話の通り、悠利は馴染んだ食材を嬉々として使うので、ねばねば系も何だかんだで食卓に上るのだ。オクラや長芋にも大分慣れてきたところである。そして、そこに新たにツルムラサキが追加されたというだけのお話だ。
「出汁、美味」
「……マグ、その話はもう解ったから」
「出汁、美味……!」
「今度ツルムラサキ買ってきたら白だしでやるから、今日は諦めて」
「諾」
ぺろりと小鉢の中身を食べ終えたらしいマグが、悠利に念押しをするように訴えてきた。出汁にかける情熱は相変わらずのマグは、真剣な顔で訴えている。そして悠利は、その押しに負けるように答えていた。
そんな二人の姿を、何やってんだお前らと言いたげな顔でアリーは見ている。しかし、見ているだけで口は挟まなかった。料理の献立はアリーの管轄ではないのだ。
さっぱり梅風味のツルムラサキは好評で、話を聞いた他の面々にリクエストされて近日中にまた作ることになるのでした。……マグの要望を聞き入れて、醤油ではなく白だしで混ぜました。
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