書籍17巻部分

ご飯が進むお肉のガーリックマヨ焼き

「ライスがいっぱい食べられる肉のおかずが良い」

「……潔いにもほどがあるんだけど」

「肉でライスが食いたい!」


 本日の食事当番であるウルグスの欲望に満ちたセリフに、悠利ゆうりはため息を吐いた。とはいえ、割と予想通りでもあったのでそれ以上ツッコミはいれなかった。ウルグスは大食いでお肉大好きなのだ。

 ご飯が進むおかずねぇ、と悠利は考える。お肉と言うだけでご飯は進むはずなのだが、それでもやはり味付けによっては差が出てくる。極端な話、あっさりさっぱり茹でたお肉をポン酢で、となるとご飯のお供としては心許ないらしい。

 尤もそれは肉食で大食いの皆さんの主張であり、小食組はポン酢であっさりのお肉でも十分ご飯が進むと思っている。その辺は各人の好みや味覚の違いなので仕方ない。

 とりあえず、今リクエストをしているのはウルグスだ。その彼の好みに合致するような、ご飯が進むお肉のおかず。本日も使うお肉は庶民の味方、ビッグフロッグだ。鶏モモ肉のような味わいが特徴の魔物肉。つい先日も大量発生してくれたおかげで、とても安く買えたのである。

 鶏モモ肉っぽい肉に合う味付けで、ご飯が進むもの。記憶を探って何か良いのがないかなぁと考えていた悠利は、目当てのレシピを思い出してポンと手を打った。


「ガーリックマヨにしよう」

「ガーリックマヨ?」

「そのままズバリ、すりおろしたガーリックを混ぜたマヨネーズをお肉に揉み込んで焼くだけです」

「この間の梅マヨみたいな?」

「そう、アレのガーリックバージョン」


 叩いた梅干しをマヨネーズに混ぜ、それで肉に味付けをした梅マヨ味のお肉は記憶に新しい。ウルグスがそれを連想したのも無理はないことだった。悠利としても説明が楽なので助かる。

 しばらく考えたウルグスが、悠利の顔を真剣な表情で見て口を開いた。


「それは、美味いやつか?」

「梅マヨよりは確実に大食いの皆の口に合う系だと思うけど」

「よし、作ろう!沢山作ろう!」

「必要分以外作らないよー」


 悠利の太鼓判に興奮したウルグスは、うっきうきで冷蔵庫からビッグフロッグの肉を取り出している。ぽいぽいと沢山の肉を取り出すウルグスに悠利がツッコミを入れる。無駄はよろしくない。

 しかし、そんな悠利にウルグスは必死の形相で叫んだ。かなり真剣だった。


「レレイさんに食い尽くされるから、多めに!」

「……あー……」

「俺はレレイさんと肉の取り合いをしたくない」

「……うん。解った。気持ち多めに作ろうか」

「やった!」


 ウルグスの主張を、悠利はすんなりと受け入れた。受け入れざるを得なかった。確かにそうだなと思ったのだ。

 レレイは見た目こそ人間の成人女性だが、猫獣人の父親からその性質を受け継いでいるのかなかなかの大食漢。それもお肉大好きという人種だ。一応成人しているのだが、見習い組とお肉争奪戦を繰り広げる程度には無邪気である。

 ……毎度毎度争奪戦を繰り広げる者達にしてみれば、たまったものではないだろうが。


「それじゃ、頑張って準備しようか」

「おう」

「まずはお肉を切り分けます」


 まな板の上にビッグフロッグの肉を一枚置いて、悠利はにっこりと笑う。大きな状態で味付けをして焼き、焼き上がってから切る方法もある。ただ、悠利は個人的に先に切っておく方がこの手の料理は味が染みこむ気がするので、先に切るのだ。

 慣れた手付きで悠利は肉を切る。肉は焼くと縮むので、それを考慮した上での食べやすい大きさだ。悠利の隣でウルグスもせっせと肉を切っている。こちらも何度も経験して慣れているので、手付きはスムーズだ。後、ウルグスは肉料理が好きなのでそれもあるかもしれない。好きな料理は頑張って覚えるものだ。

 そんなウルグスに、悠利はのんびりとした口調で声をかけた。


「お肉を切るときは、大きさを揃えるのも大事だけど、厚さも揃えるようにしようね」

「厚さ?」

「そう。大きさが同じでも、厚みが違ったら焼き上がる時間が変わっちゃうからね。火の通りも悪くなるし」


 悠利の説明に、ウルグスは少し考えてから肉を持ち上げた。ぺろんと広げられた一枚肉は、概ね同じ厚さだが、所々に分厚い場所がある。そこを示してウルグスは口を開いた。


「……ってことは、こういう塊の部分は気を付けて切るってことか?」

「そうそう。切り方を変えて、開いたり削いだりしてね」

「了解」


 また一つ賢くなったという感じで、ウルグスはせっせと肉を切る作業に戻る。厚みを均等にと言われた言葉をきちんと守っていた。美味しく食べたいのだろう。やる気があるのは良いことです。

 二人がかりでせっせと肉を切り分ける作業は、それなりの時間がかかった。大食いのレレイに負けない分量を用意するのは、結構大変なのだ。


「それじゃ、お肉が出来たら次は味付けの準備です」

「味付けはマヨネーズとガーリックだったよな」

「そう。ガーリックはすりおろすから、頑張ろう」


 ごろんと立派なガーリックを片手に、悠利は大真面目な顔で言った。野菜をすりおろすのはそれなりに労力がかかるのだ。

 ガーリックは皮を剥き、バラバラにしたら芽や汚れなどがないか確認する。後はそれをすりおろすだけである。タマネギのように丸ごとすりおろせないのが難点だった。


(実家にいたときはチューブのやつを使ってたんだけど、そういうのはないもんねぇ……)


 実家の冷蔵庫に常に鎮座していたチューブのすりおろしガーリックを思い出し、悠利はちょっと残念な気分になる。勿論、生をすりおろした方が味も香りも断然良いのだ。しかし、忙しいときや指に匂いが付くのが気になるときなどは、チューブ製品が本当に救世主だったのである。

 後、大量に使うとき。まさに今だ。しかし異世界にはそんな便利商品はなかったので、悠利はウルグスと二人でせっせとガーリックをすりおろしていた。美味しいものを食べたければ頑張るしかないのである。

 すりおろしたガーリックをボウルに入れ、そこに更にマヨネーズをたっぷり入れる。白と白で特に色に変化はないが、匂いは凄い。


「全体にしっかり馴染むように、きちんと混ぜ合わせるのがポイントです」

「なるほど」

「マヨネーズにガーリックを混ぜてしまうことで、お肉に上手に絡むからねー。こういう地道な部分が大切です」

「何でも基礎が大事ってやつだな」

「だねぇ」


 菜箸でぐるぐるとガーリックとマヨネーズを混ぜながら、二人はのんびりと会話をしている。ちなみにボウルは二つ。お肉が沢山あるので、一つのボウルでは混ぜるのが無理そうだったのだ。

 丁寧に、全体にガーリックが浸透するように混ぜ合わせたマヨネーズが完成したら、後はそこに肉を入れて混ぜるだけだ。とても簡単である。

 ただし、道具を使って混ぜると綺麗に混ざらないので、よく洗った手で揉み込むようにして混ぜる。手に匂いが付いてしまうかもしれないが、そこはもう諦めている。そもそもガーリックをすりおろした段階で色々と諦めなければならないのだ。

 なお、この場合の諦めるは、匂いが付いて気になるというより、その匂いのせいでお腹が減るようになる、であった。ガーリックの匂いは妙に食欲をそそるのだ。


「しっかりと混ざったら、馴染むまでしばらく置いておくね」

「いつものやつだな」

「そう、いつものやつ」


 心得ていると言いたげなウルグスに、悠利は笑った。確かに、いつものやつと言う以外にない。こうやってタレやソースに肉を漬け込むことはよくあるので、ウルグスも慣れているのだ。漬け込むことで柔らかくなったり、味が染みこんで美味しくなるのはもう覚えている。

 肉に味が染みこむまでの間にやることは、他のおかずの準備をすることだ。お肉だけではご飯にならない。心得ている二人は、スープや野菜のおかずの準備にせっせと取りかかるのだった。

 そして、諸々の準備が終わったら、次は本命の肉を焼く作業だ。沢山あるので二人で頑張って焼かなければならない。


「これはマヨネーズで焼くから、油はひかなくて大丈夫」

「おー」

「熱したところに入れるとバチバチいうから、先にフライパンに並べてから火にかけると楽だよ」

「なるほど」


 フライパンに肉を並べてから火にかけて、焼けるのを待つ。あまり強すぎるとマヨネーズが焦げてしまうので、中火を目安にその都度調整している。

 しばらくすると、ジュワーという音がする。マヨネーズが熱されて油が出てきた音だろう。同時に、ガーリックマヨネーズの香ばしい匂いが漂ってくる。……地味に拷問だった。


「……ユーリ」

「ちゃんと火が通るまで待つのがお仕事です」

「……おう」


 食欲に敗北しそうになっているウルグスを、悠利は厳しく止めた。生焼けはいけない。お腹を壊してしまう。しっかり焼くのが大事だ。

 片面に火が通ったらひっくり返して逆の面も焼く。大きさだけなく厚さも揃えたので、焼き上がるタイミングはほぼ同時だ。作業がやりやすくて良い感じである。

 洗い物や片付けをしながら待つことしばし。フライパンの中のビッグフロッグの肉は、良い感じの焼き色に仕上がっていた。


「それでは、味見です」

「味見は大事だよな」

「大事だからねぇ。……あ、でも一切れだけだよ?」

「解ってる」


 うきうきで小皿に肉を取り出しているウルグスに、悠利はツッコミを入れるのを忘れない。美味しそうなお肉に食欲が刺激されているっぽいので、念のためだ。勿論ウルグスも弁えているので、味見と称して無駄に食べることはしない。その辺は解っている。

 とはいえ、美味しそうなお肉の誘惑に抗えず、目に付いた中でも大きそうな肉を選んでいるのはご愛敬だ。その程度は許されたい。大量にあるのだし。

 熱々のお肉に注意しながら、二人はかぷりと焼きたてのビッグフロッグのガーリックマヨ焼きにかぶりついた。噛んだ瞬間に口の中に広がるのはガーリックマヨの旨味爆弾だった。焼いたことで香ばしくなっており、ドカンとパンチがある。

 また、ふっくらジューシーなお肉は肉汁も豊富だ。ガーリックマヨに追加するように口に流れ込む純粋な肉の旨味。ビッグフロッグの肉は鶏モモ肉に似ているので、口の中にはほんのりと肉の脂も広がる。それもまた、調和の立て役者だ。

 柔らかくジューシーな旨味爆弾のようなお肉。ガーリックマヨの美味しさと合わさって、間違いなくご飯が進むおかずと言えた。


「ユーリ」

「何?」


 美味しく出来たなぁと思っている悠利を、ウルグスが呼んだ。いつもより随分と真面目な声だった。不思議に思って視線を向けた悠利に、ウルグスは真顔で言った。


「ライスはいつもより多めに用意しよう」

「……美味しかったんだね」

「美味かった!これ絶対にライスが足りなくなるやつだ!」

「ウルグスがそう言うならそうなんだろうねー」


 それじゃあライスは多めに用意しようかーと悠利はのんびりと答えた。そこまで大食いじゃない悠利には解らないが、肉食のウルグスの琴線に触れたというのは理解できた。ここは大人しく進言を受け入れるのが吉である。


「それじゃ、残りもじゃんじゃん焼いていこうね」

「おー!」


 美味しいのが解ったので、ウルグスのやる気もバッチリだった。これならきっと皆も喜んでくれるだろうなと思いながら、悠利も作業に取りかかるのだった。




 そんな風に肉食メンツが大喜びしてくれるだろうと思ったビッグフロッグのガーリックマヨ焼きは、悠利の予想通りに皆に喜ばれている。ついでに、ウルグスの見立て通りにご飯の減りが早かった。ご飯が進むおかずの面目躍如である。


「うっま……っ。これめっちゃ美味いんだけど、ユーリ」

「お口に合って何よりですー」

「本当に美味しい。……美味しいだけに、とりあえずレレイを大人しくさせるのが必要だと僕は思う」


 満面の笑みを浮かべるクーレッシュに、悠利はにこにこ笑顔で答えた。同席者であるラジも美味しいと太鼓判を押してくれる。が、彼はその流れで一つの懸念を口にした。

 ちらり、と悠利はクーレッシュを見る。ラジも見た。そんな二人の視線を受けたクーレッシュは、口の中の肉を咀嚼してからさらっと答える。


「今日は別のテーブルだから、それは俺の仕事じゃないです」

「「クーレ……」」

「いや、何で別のテーブルで飯食ってるときまで、俺があいつの制御しなきゃいけないんだよ。俺は別にあいつの担当者じゃねぇし」

「まぁ、それもそうだね」

「大抵一緒にいるから、何となくクーレの担当な気がしてた」

「ラジ、お前なぁ……」


 至極もっともな理由を告げたクーレッシュだが、悠利もラジも若干の違和感を感じているのだ。常日頃からレレイと行動を共にすることが多いクーレッシュを見ているので、何となくレレイの暴走をどうにかするのはクーレッシュだと思っているのかもしれない。

 そんな二人の無意識の感覚を、クーレッシュは面倒くさそうにしている。俺じゃなくても良いだろ、と。


「クーレが一番手慣れてるなって思ったからだけどね。ところで、レレイって誰と一緒だったけ?」

「ヤクモさんとマリアさんがいるから心配ない」

「うん、僕らは美味しくご飯を食べよう」

「そうだな。あの二人なら問題はないだろう」


 クーレッシュが上げた二人は、片や大人枠として指導係と同等の信頼を皆に置かれている男であり、片や物理でレレイを抑え込めるお姉様である。任せて何の問題もなかった。

 そこで一安心した二人は、食事に戻る。平和な食卓を維持できると解ったので、味もより一層美味しく感じるというものだ。

 ガーリックマヨネーズという、どう考えても匂いから食欲をそそる味付けの肉を用意された以上、胃袋を刺激されてしまうのだ。肉だけでなく、一緒にご飯を食べると更に美味しい。肉の旨味とガーリックマヨのコンボが白米と合わさって最強である。

 悠利はご飯を沢山食べるとお腹がいっぱいになるので、キャベツの千切りと一緒に食べている。キャベツとの相性もとても良かった。肉の濃い味をキャベツが中和して、野菜の甘みまでプラスされるのだ。美味しくないわけがなかった。


「これ、キャベツと食べても美味しいから、サンドイッチにしても良いかもねぇ」

「それ絶対美味いやつ」

「今度サンドイッチ作るときはよろしく」

「はいはーい」


 悠利ののほほんとした提案に、クーレッシュとラジは即座に食いついた。彼らも美味しいものには目がないのだ。

 こってり系の味付けの肉ではあったが、大食いメンバー以外も気に入って食べてくれているようだった。食べる量は各自で調節出来るので、味さえ気に入ればこってり系でも受け入れられるのだ。


「マヨネーズとお肉の相性は凄いですねぇ」

「野菜だけなく、肉でも魚でも美味しくなるんだから凄いな」

「まったくですね」


 にこにこと笑いながらお肉を口に運んでいるのは、ジェイクだった。どうやら、普段小食な学者先生のお口にも合ったらしい。良かったと思いつつ、悠利はジェイクと同じテーブルのリヒトに視線を向けた。無言で念を送る。

 視線の気付いたのか、リヒトが不思議そうに悠利を見る。そんなリヒトに、悠利は口パクでお願いを口にした。


――食べ過ぎないように。


 少し距離が離れているのであまり大声を出すのは行儀が悪いと思ったゆえの行動だ。ゆっくりとした口パクで伝えられたお願いを、リヒトはきちんと理解してくれたらしい。こくりと力強く頷いてくれる。

 そして、悠利のお願いが通じた証拠のように、さりげなくジェイクの前から肉の載った大皿を移動させていた。無意識に食べてしまわないようにだ。

 何故こんなことをしているのかというと、ジェイクのうっかりさんな性質による。基本的に小食な学者先生の胃袋は、それほど大きくはない。普段は自分の許容量を理解して食べているというのに、ごく稀に、気に入った料理のときは調子に乗って食べ過ぎてしまうのだ。

 ただ食べ過ぎるだけなら、笑って終わる。ジェイクの場合、必ずその先に腹痛で唸るのが待っているのだ。防げるものなら防ぎたい悠利だった。美味しいご飯は美味しいままで終わらせたいので。


「ユーリ、どうした?」

「ううん、何でもない。美味しいね」

「おう」


 クーレッシュに問われて、悠利は頭を振った。皆が美味しくご飯を食べているのに、水を差すのもよろしくない。リヒトに任せておけば大丈夫だろうと判断して、悠利は食事に戻るのだった。




 なお、レレイの大食いを警戒して大量に作ったのだが、他の皆も沢山食べた結果、綺麗に完食することになりました。多めに作っておいて正解だったようです。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る