人物鑑定のお手伝いです

 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の先代リーダーであるゾラに連れられて悠利ゆうりがやって来たのは、王都の一角にある建物だった。


「……スカーレットさん」

「なんだい、坊や?」

「言われるがままにお手伝いに来ましたが、あの、聞いて良いですか……?」

「何でも聞きな」

「では、お言葉に甘えて……」


 すぅ、と悠利は深呼吸をした。呼吸を整え、覚悟を決めて、口を開く。……それぐらいしないと、怖くて聞けなかったのであった。


「ここ、偉い人のお家とかそういうのじゃないんですか?警備が物々しいですし、建物も調度品も高そうなんですけど……!」


 一般人代表として、悠利は戦々恐々としていた。かしこまった場所は苦手なのである。

 勿論、基本的な生活がほわほわなので、何も知らずに偉い人と出会ってたらのほほんと対応している可能性は否定しない。実際、そういう感じで交友関係の幾つかは広がっている。どこかのワーキャットの若様とか、どこかのダンジョンマスターとか。

 しかし、それはあくまでも「知らなかった場合」の話だ。こんな風にあからさまにワケありっぽい場所に連れてこられて、普通の顔は出来ない。その程度には悠利は庶民なのである。

 そんな悠利の疑問に対して、ゾラはカラカラと笑った。豪快な笑い方だった。彼女の容姿は整っているのに、表情や仕草などで豪快な印象に変わる。まさに女傑様だった。


「警備が物々しいのには理由はあるけど、別に偉い人の住処とかじゃないから安心しな。中にいるのはただの役人だよ」

「お役人さんも、僕には偉い人ですぅ……」

「あっはっは。面白い子だねぇ」

「面白くないです……」


 楽しげに笑いゾラに、悠利は疲れたように呟いた。凄腕の冒険者さんとただの家事担当の常識を一緒にしないでほしかった。

 とはいえ、文句を言っても仕方ないのは理解した。それに、とりあえず、貴族の関係の場所とかでなかっただけまだマシだ。うっかり失言で首が飛びそうなお偉方とは関わりたくない悠利なのである。安全第一。

 ゾラは建物の構造を熟知しているのか、悠利を連れて迷わず歩いていく。調度品も見事だし、そこかしこにいる人々も教育が行き届いているのか所作に隙がない。そんな人達がいる場所で何を求められているのかと、ちょっとだけ不思議に思った悠利だった。

 一応、今回は鑑定のお仕事だと聞いてきたのだ。詳細は現地で説明すると言われ(どうやらアリーにはきちんと説明して話は通してあるらしいが)、何をすれば良いのかなぁと思いながらやってきた悠利である。危ないことはないと説明されたので、そこは安心をしているのだが。


「キュイ」

「ルーちゃん?」

「キュピ!」

「……ありがとう」


 何かあったら自分が守ると言いたげなルークスに、悠利は笑った。可愛い見た目に反して戦闘力の高さが折り紙付きのルークス。何か起きてもちゃんと守ってくれるだろうという安心感はあった。……しいていうなら、やり過ぎを心配するべきだろうか。ルークスは悠利が大好きなので、悠利の敵には容赦しないのだ。

 辿り着いたのは、立派な部屋だった。応接間だろうか、と悠利は思う。立派な机とソファが置かれており、座るようにと言われて大人しく席に着いた。

 その部屋で悠利達を待っていたのは、真面目そうな雰囲気の一組の男女だった。来ている衣装が似ているところから、同じ職場に働く人なのかと判断する。もしかしたら、彼らがお役人なのかもしれない。

 悠利はお役人様と出会ったことがないので、役所の人々がどんな服装をしているのかを知らない。しかし、目の前の二人の服装は折り目正しいというか、事務職っぽい感じだったので、お役人と言われても納得は出来た。


「ユーリ、この二人が今回の依頼人だ」

「依頼人さん、ですか……?」

「そう。ユーリに頼みたいのは、人物鑑定だ」


 にこり、とゾラは満面の笑みを浮かべて告げた。人物鑑定、と悠利は口の中で繰り返した。果たしてそれは、どの程度、どのような内容の鑑定なのか、と疑問が顔に浮かぶ。

 悠利は今まで、人物を鑑定したことは多々ある。

 初対面のとき、自分を鑑定してみろと言われてアリーを鑑定したのが他人に対する鑑定の始まりだ。その後はうっかりブルックの正体を見抜いてしまったり、仲間達の体調管理に使っていたり。ルシアの職業ジョブを見抜いたこともある。

 また、危険判定である表示の相手は容赦なく鑑定してきた。悪人は例外なく問答無用で鑑定して良いという許可をアリーに貰っていたからだ。基本的に鑑定はプライバシーの侵害になるので、相手の了承なく行わないのがマナーである。

 それ以外と言えば、診療所を切り盛りする医者のニナの手伝いとして、健康診断のお手伝いをしたこともある。身体の悪い部分を鑑定し、診察予約を取ってくれるように脅す……、頼むだけのお仕事だ。

 直近では、冒険者ギルドのギルドマスターに頼まれて、素質の鑑定というものを行った。武器や技能スキルの素質の方向性を確かめるというやつである。こちらは腕を見込まれて、今後も定期的にお手伝いする約束をしている。

 つまりは、一口に人物鑑定と言っても、色々な種類があるということだ。少なくとも、悠利はそう認識している。


「人物鑑定というのは、具体的にどういった内容を鑑定すれば良いのでしょうか?」

「これから読んでくる人々の状態を確認してください。具体的に言うと、安全かどうかの確認をしてほしいのです」

「状態の確認……?安全かどうかの確認……?」


 ナニソレ、と悠利は首を傾げた。言われていることが抽象的すぎて、よく解らなかったのだ。

 そんな悠利に助け船を出したのはゾラだった。ぽんぽんと悠利の肩を叩いて、口を開く。


「坊や、建国祭で仕事をしただろう?そのときと同じことを頼みたいのさ」

「えーっと、検問ってことですか?でもそれって、王都に入る前に既に終わっているのでは……?」


 思わず悠利は首を傾げた。外部から王都ドラヘルンにやってきた人々は、王都に入る前に色々とチェックを受ける。当然、身分証明書の提示なども求められる。

 それは別に、王都の住民でも変わらない。出て行くときも戻ってくるときも身分証の提示は必要だ。悠利も、外に行くときは鑑定士組合の登録証を使っている。

 だから、既に王都の中にいるのならば、その人々はきちんとチェックを受けているはずだ。だというのに何故なのかと疑問に思うのは当然のことだった。言いにくそうな顔をする依頼人二人と裏腹に、ゾラは楽しそうに笑いながら告げた。


「あのとき、坊やが見逃した男がいただろう?そいつと同じかどうかを確認してほしいんだ」

「見逃した……?何のことですか?」

「休業中だからと、殺し屋だと出た相手を普通に通らせたじゃないか」

「あぁ、あの人ですか……!」


 ゾラが何を言いたいのかがやっと解った悠利だった。それは、建国祭で来場者チェックのお手伝いをしていたときの話だ。

 悠利の仕事は、身分証を提示した人々をそっと鑑定して、危険判定が出るかどうかを確認することだった。その中で、殺し屋という物騒な単語でありながら青判定だったので、普通に通した相手がいた。人馬族の子供を医者に診せるためにやってきたその人は、確かに殺し屋だが休業中と書かれていたからだ。

 休業中で、しかも【神の瞳】が青判定を下した相手。それならば悠利が警戒する必要もないので、別に誰にも何も言わずにそのまま通したのだ。結果的にそのことを恩義に感じた男性によって、悠利達は襲撃されたときに助けられたのだが。


「同じかどうかということは、物騒な何かがあっても今は危険じゃない人ってことですか?」

「それを証明してやりたいってところかな」

「……つまり、来場者チェックで引っかかったけど悪い人ではなくて、でも確証がないので僕がお手伝いをするってことですか?」

「正解。……あいつから坊やのことを聞いてね。それなら手伝って貰おうと思って」


 にこり、とゾラが笑う。美魔女の先代様の笑顔は大変麗しかった。美しいのに躍動感に満ちあふれ、生命力が伝わってくる。美貌は美貌なのに、妙に色香や艶めいた感じにはならないのがこの女傑様の持ち味だった。

 しかし悠利は、その笑顔よりも発言に引っかかった。さらりと告げられたことだが、聞き流せなかった。


「……待ってくださいスカーレットさん。あの人と知り合いなんですか!?」

「そうだよ」

「世間狭くないですか!?」

「狭いねぇ。あたしもまさか、そんな凄腕がうちの子だったなんて思わなかった」

「うわぁ……」


 本当に、世間は狭い。たまたま知り合っただけの相手が、別の知り合いと繋がっていたなんて驚きの連発だ。この場合、ゾラの人脈が凄まじいということなのだが。


「ちなみに、どのようなご関係で……?」

「んー?敵になったり味方になったりした相手?まぁ、基本的には知人ってところだねぇ」

「……敵対もしてたんだ……」


 やだ怖い、と悠利は小さく呟いた。凄腕の殺し屋さんと敵対してた過去を持つ、かつての二つ名は嵐のスカーレットな女傑様。やっぱり逆らわないでおこうと心に刻む悠利だった。

 とはいえ、とりあえずゾラの説明で自分が何をするべきなのかを悠利は理解した。理解してしまえば、やることは一つ。人助けなので、やる気も十分だった。


「僕がどこまでお役に立てるかは解りませんが、精一杯頑張らせていただきます」

「「ありがとうございます」」


 説明をゾラに丸投げする形になって申し訳なさそうにしていた依頼人の男女が、深々と頭を下げた。その雰囲気から、彼らがこれから現れる対象者を悪く思っていないことが伝わってくる。どうにかしてやりたいと思っているのだ、と。

 なお、この話が悠利に回ってきたのには、件の殺し屋さんのことがあったからだ。鑑定能力の持ち主でも、そこまで見抜けるものはなかなかいない。恐らくアリーならば可能だろうが、生憎と《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のリーダー様は多忙なのだ。

 通常、鑑定はそこにある情報を読み取る能力だと言われている。ステータスを偽ることは出来ず、職業ジョブ技能スキルに関しても隠蔽は出来ない。しかし、能力によって見える範囲が異なるのが事実だった。技能スキルレベルや技能スキルの違いは、こういったところにも現れる。

 だから普通の鑑定持ちでは、休業中などというオマケ情報は見えない。それが見抜ける能力者を探すのは大変で、悠利は自分が思っているよりも凄いことをやっているのだ。……まぁ、相変わらずその凄さをちっとも理解していないから、悠利なのだが。

 とにかく話がまとまったので、依頼人が一人ずつ鑑定して貰いたい人を連れてくるという。悠利はここで大人しく待っていて、相手が来たら鑑定をすれば良いらしい。動かなくて良いのは楽だった。


「よろしくお願いします」


 そう言ってぺこりと頭を下げたのは、二十歳前後に見える青年だった。柔和そうな面差しだが、不思議と無個性に見える。端的に言うならばモブ顔。これといった特徴が見当たらない、群衆に埋もれそうな青年だった。


「こちらこそ、よろしくお願いします。それでは、失礼して……」


 挨拶をしてから、悠利は【神の瞳】を発動させる。何に関して調べてくれとは言われていない。先入観無しに調べてほしいとのことだった。

 目の前の青年を、上から下までじっと見る。【神の瞳】は持ち主に合わせてアップデートされている変な技能スキルで、悠利が知りたいことだけを教えてくれるという特徴があった。……レベルが∞なので、レベルアップで進化しているわけでもないのが不思議な話である。

 そんなとても便利な、便利すぎる【神の瞳】さんが下した鑑定はというと――。



――所持技能スキル

  窃盗(本人の意志で使用不可能)

  他の技能スキル同様に身につけたものですが、現在は本人の意志によって使用不可能となっています。安全です。



(はい、相変わらずお茶目さんー)


 悠利は心の中で呟いた。本当に、今日も【神の瞳】さんは愉快に絶好調だ。悠利としては解りやすくて便利ではあるけれど。

 そもそも、注釈みたいな文章は必要なのだろうか。使用不可となっていたら、それだけで良い気もするのだが。何故か解りやすい説明文を追加してくれているのだった。謎である。

 とりあえず、目当ての情報は手に入れた。多分、皆が気にしているのはこの部分だろうと思うのだ。なので悠利は、にこにこ笑顔で口を開いた。


「こちら、所持技能スキルの窃盗が本人の意志で使用不可能になっています。使うつもりもなければ、使えもしないようです」

「「……本人の意志で使用不可能?」」

「そんな珍妙な状況があるのかい、坊や」

「僕に聞かれましてもー。そう見えただけですからー」

「それもそうだったね」


 目を点にする依頼人の男女と、不思議そうに問いかけてくるゾラ。悠利はひらひらと手を振って素直な感想を告げた。難しいことは解らない。ただそこにある情報を伝えただけなので。

 そんな悠利の説明を受けて、当事者である青年はホッとしたような顔だった。自分の技能スキルが使えないと説明されて安心しているらしい。

 確かに、窃盗とは物騒な名称の技能スキルだ。何か騒動の原因になるのではと思われても仕方がないし、そもそもそんな技能スキルを手にしている段階で、今まで何をやっていたんだとか言われそうだ。響きがよろしくない。


「では、こちらの彼はもう窃盗をする意志がないということでしょうか?」

「少なくとも僕が見た限りでは、技能スキルは使えないようです。本人の意志でということなので、もうやらないということなんじゃないですか?」

「それであっていますか?」

「……あっています。身につけた技能スキルは消せませんが、悪事からは綺麗さっぱり足を洗っています」


 依頼人に問われて、青年は静かな表情でそう告げた。足を洗うという言葉から察するに、どうやら元々は窃盗を生業にしていたらしい。褒められたことではないが、そういう風にしか生きられない場合もある。一概に責めることは出来ないので、大人しく沈黙を守る悠利だった。

 それはゾラも同じなのか、特に口を挟むことはなかった。酸いも甘いも知り尽くした女傑様だ。世の中を綺麗事で渡っていけないことも察しているのだろう。

 悠利も、相手が知り合いだったならば窃盗は悪いことだと言ったかもしれない。しかし、初対面の相手に何かを言える立場ではないと理解している。なので大人しく黙っているのだが、ルークスがキュイキュイと首を傾げていることに気付いた。


「ルーちゃん、どうしたの?」

「キュー?」

「……待って、ルーちゃん。あの人は悪い人じゃないから。吹っ飛ばしちゃダメ」

「キュピ?」

「今は悪いことをしてない人だから、やっちゃダメ」

「キュ!」


 悠利の説明に、ルークスは解った!と言いたげにぽよんと跳ねた。賢い従魔は、窃盗という単語から目の前にいるのが悪人ではないのかと疑ったらしい。賢すぎるのも問題だった。

 確かに、常日頃の悠利やアロールは、ルークスにどういう行動が悪いことで、そういう悪い人を見つけたらどうすれば良いかを教えている。その教えを忠実に守ろうとしただけなので、悠利も強く叱ることはなかった。

 そんな主従のやりとりに、ゾラが面白そうに笑った。規格外の主人には規格外の従魔が付くのかとでも言いたげだ。あながち間違っていない。


「あの、ありがとうございます」

「え?」

「窃盗の技能スキルがあるということで、足を洗ったと言っても信じてもらえなかったんです。でも、貴方はちゃんと見抜いてくれました。本当に、ありがとうございます」

「あ、いえ。お手伝いを頼まれただけなので。……でも、お役に立てて良かったです」


 嬉しそうな青年に、悠利はちょっと照れながら笑った。誰かに感謝されるのは嬉しい。けれど、当人は普通のことをしているつもりなので、あんまり大袈裟にされると照れてしまうのだ。

 ……まぁ、実際は全然普通のことではないのだが。他に出来る人が見付からないから連れてこられたのだという事実を、あまり重く受け止めていない悠利だった。アリーさん忙しいからだろうなぁ、ぐらいの認識だった。安定の悠利。

 改めて深々と頭を下げてお礼を言ってから、青年は部屋を出て行った。次にやって来たのは、悠利と年齢が変わらないような少女だった。……いや、幼く見えるだけで実年齢はもう少し上なのかもしれない。年を重ねても幼い雰囲気の女性はいるので。

 とりあえず、愛らしい雰囲気の女性だった。この人もワケありなのかぁと思いながら悠利は頭を下げた。


「初めまして。鑑定させていただいても大丈夫ですか?」

「はい。よろしくお願いします」

「では、失礼します」


 相手の了解を取ってから行動するのは忘れない。そして、許可を貰ったので、仕事はきちんとする。【神の瞳】を発動させれば、欲しい情報は一瞬で手に入った。

 その鑑定結果は、先ほどに比べてシンプルだった。



――職業ジョブ

  詐欺師(引退済み)。



 詐欺師って職業ジョブなんだ、と悠利は思った。職業ジョブって色々あるなぁと感心してしまう。

 とりあえず、見ることの出来た情報は素直に伝えるのが今回のお仕事なので、さらりと口にした。


「引退済みの詐欺師さんらしいので、問題ないかと思います」

「……引退済みって出るんですね……」

「いやー、僕に聞かれても解らないですー。職業ジョブのところにそういう表記があったのでー」


 てへっと笑う悠利。普通、職業ジョブはその名称が記載されているだけらしい。引退済みとか追記事項が見えるのは普通ではないのだと悠利は理解した。理解したが、【神の瞳】さんなのでそこは気にしないことにした。

 殺し屋を休業中と見抜いた悠利なので、ゾラはあんまり気にしていなかった。見抜かれた当人は、困ったように笑っていた。どこかそこの見えない深みのある表情だ。やはり、見た目よりも年を重ねているのかもしれない。

 そんなことを考えている悠利の前で、引退済みが証明されたならば大丈夫かと話が進んでいる。穏便に話が終わり、女性が立ち去ろうとした瞬間だった。ぴこんと悠利の視界に見慣れた画面が現れて、追加情報が表示された。



――追記。

  詐欺師は引退したようですが、現在は演者としてその能力を活用しています。

  経歴詐称と誤認される可能性があるので、注意してください。



 やっぱり【神の瞳】さんは絶好調だった。特記事項を教えてくれるのは嬉しいが、こんな風に時間差でぽこぽこ出さないでほしい悠利だった。思わず変な声が出たので。


「坊や、どうしたんだい?」

「……あ、いえ、あの」

「何かありましたか?」

「いえそのー、……お姉さん、今、何かを演じてらっしゃいます、か……?経歴詐称に誤認されそうな感じの……」

「「はい!?」」

「……え」


 何か問題があったのかと衝撃を受ける依頼人の二人と裏腹に、女性は声こそ上げたが表情は落ち着いていた。困っているのは悠利だった。見ちゃったので伝えておこうとは思ったが、どういうことかよく解らないので。

 皆の注目を浴びながら、悠利は困った顔をしながら説明を続けた。


「その、追記で演者として詐欺師の力を使っている、と。経歴詐称と誤認される可能性があるので、注意した方が良いかなぁ……と」

「驚きました。貴方は本当に凄い方なんですね」

「いえ、凄いかどうかはともかく、事情があるなら説明をしておいた方が無難かなーと思っただけです、はい」


 まさか、技能スキルがフリーダムで追記情報を教えてくれたとも言えない。心の中でややこしいことになってごめんなさいと謝りつつ、疑わしい状況を潰すのが自分の仕事だと思っているので言わざるを得なかった悠利だった。

 そんな悠利に、女性は優しく笑った。愛らしい少女の笑みに見えて、大人の女性の笑みのようでもある。そして彼女は、事情を説明してくれた。


「実は今、とある方の孫娘の代わりを務めています。お孫さん当人と、ご家族の意向です」

「身代わりですか?」

「病床のご家族にお孫さんの姿を見せて差し上げたい、ということで……。ご本人がこちらに来るのは難しいので、私が代役で、と」

「なるほど……」

「騙すようなことになってしまって心苦しいのですが、いただいたお仕事ですから」


 王都へ入るときの身分証は自分のものだが、街中ではその孫娘のように振る舞っているので、それが経歴詐称に該当するのではないかという話だった。事情は人それぞれなので、きちんと話を通しておけば問題はないだろう。悪さをするつもりではなさそうなので。

 そもそも、悪意があってそんなことをしていたら、【神の瞳】さんの判定をすり抜けることは出来ない。そういう意味では、悠利は自分の技能スキルを信じていた。自分の腕は特に信じていないが。


「なるほど。そういう事情でしたら、身分証明が必要なときに問題が起きないように調整はしておきましょう。後ほどお付き合いをお願いします」

「お手数をおかけします」

「いいえ。これも仕事ですから」


 事情が解ってしまえば話が早いらしい。恐らくはお役人であろう依頼人は、女性と手続きに関しての話を進めていた。無用なトラブルを避けるためである。

 そんな光景を眺めている悠利の頭を、ゾラがぽすぽすと撫でた。軽く叩くような仕草だが、女傑様の掌はとても優しかった。


「スカーレットさん?」

「坊やは本当に、良い腕をしているね」

「そうですか?」

「あぁ。良い腕だ。そして、それを優しく使える優しい子だ」

「……?」


 言われた言葉の意味がよく解らず、悠利は首を傾げた。悠利にとっては鑑定系最強のチート技能スキルも、食材の目利きが出来る便利な能力でしかない。後、自動で危険を感知してくれるところ。他はあんまり何も考えていない。

 けれど、ゾラはそれを非凡だと考える。己の能力に驕ることなく、誰かのためになるようにしか使わない。使い手が優しいからこそ、脅威になり得る能力が優しく使われるのだ。技能スキルも道具と同じで、誰がどう使うかによって変化する。そのことを海千山千の女傑様はご存じだった。


「本当に、面白い拾いものだよ、坊やは」


 次の対象者を迎えるために意識をそちらに向けている悠利に聞こえないように、ゾラは小さく呟いた。運命の悪戯か、規格外の能力は規格外のぽやぽやに備わっている。それこそが天の采配のようだった。

 これなら退屈はしなさそうだと、悠利が仕事をするのを眺めるゾラ。ただ側に控えているだけの時間が、そこそこ楽しめそうだという感じだった。




 そして、悠利のアルバイトは恙なく終わり、沢山の人に感謝されることになったのでした。めでたしめでたしです。




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