山猫さんは肉食でした

 焼き肉にして正解だった。目の前の光景を見て、悠利ゆうりは強くそう思った。自分の勘が間違っていなかったことを理解したのだ。


「クーレ、お肉!お肉もっと持ってきて!」

「無茶言うな!鉄板に載せた瞬間に焼けるわけないだろ!火が通るまで待て!」

「だって、スカーレットさんが全部食べちゃうー!」

「焼けるまで待て!」


 ぎゃーぎゃーと賑やかに騒いでいるのは、レレイだった。彼女が食事のときも元気に騒がしいのはいつも通りだが、今日はちょっと意味合いが違った。

 レレイが騒いでいるのは、ストックとしてカウンターに置かれている肉がどんどん減っていくからだった。それはもう、いつも以上の減りっぷりだ。


「一応余裕を持って用意してあるから、騒がなくて大丈夫だよー」

「でもユーリ!」

「騒いでないで自分でも焼け」

「うぅううう……」


 別のテーブルに座る悠利が説明しても、レレイはまだうだうだ言っていた。クーレッシュの素っ気ないツッコミに、半泣きになりかけながら鉄板と向き合っている。彼女に耳と尻尾があったならば、ぺたんと垂れていたことだろう。

 そんなレレイの焦りの元凶は、ゾラだった。山猫種の獣人である先代リーダー様は、大層な健啖家であった。大食いというより健啖家のイメージなのは、静かにハイペースで食べているからだ。

 レレイのようにがっついてはいない。一口が特別大きいわけでもなく、目に見えて大食いと感じる食べ方はしていない。ただ、ひたすらに、黙々と、少し早めのペースで延々と食べるのだ。


「スカーレットさん、お肉、お口に合いますか?」

「あぁ、とても美味しいよ。このタレも、色々な味があって良いね」

「そう言ってもらえて嬉しいです」


 悠利の問いかけに、ゾラは笑顔で答えた。大量の焼き肉を消費している女傑様は、悠利が用意した色々な種類のタレにご満悦だった。気に入ってもらって一安心だ。

 何故本日の夕飯が急遽焼き肉になっているのかと言えば、ゾラが増えたからだ。いつも通りのメニューよりも、歓待に相応しい献立をと考えた結果だった。

 それというのも、ゾラの好物が何かをアリーに聞いたところ、物凄くあっさりと「肉」と一言で終わらせられたからだ。獣人は肉食が多いらしいと察していた悠利だが、一も二もなく肉で、更に言えば「肉なら何でも良い」とまで言われるとは思わなかった。

 確かに、レレイやバルロイを見ていたら、解らなくもない。お肉で大はしゃぎする大食いの面々と似たようなものかと考えたのだ。そして、付け加えるように「バカみたいに食うぞ」と教えてもらったので、お代わりが無限に出来る焼き肉を選んだのであった。

 無限というと言い過ぎかもしれないが、少なくとも焼く前の肉のストックがある限り、足りなくなったら追加でどんどん焼けば良い。普通にメインディッシュを作る料理ではそんなことは出来ないので、己の選択は正しいと悠利は思っている。

 野菜も食べているし、ご飯も食べている。しかし、肉の消費量が恐ろしいことになっている先代様。遠巻きに他のテーブルの面々がその光景を見つめ、カウンターの肉のストックを見て、真剣な顔をして食事に取りかかっていた。

 レレイほどではないにせよ、自分達もしっかりと取り分を確保して食べなければと思ったらしい。小食組はゾラの食欲に感心しているだけでなく、「見ているだけでお腹膨れそう……」と呟いていたりするが。そんなものである。


「アロールとイレイスも、欲しいものはちゃんと食べてね」

「食べてる」

「大丈夫ですわ」

「うん、それなら良かった」


 悠利の言葉に、同席者の二人は問題ないと返答をよこす。ちなみにこの二人は、悠利がゾラに思う存分食べて貰おうと考えて選んだメンバーだった。

 十歳児なので年齢相応で小食組に分類されるアロールと、肉に対する欲求の少ない小食組のイレイシア。そして、普通に食べるものの、肉ばかり大量に食べることもない、どちらかと言えば小食組に分類される悠利。ゾラと三対一になっても明らかに負けそうなトリオだった。

 だがしかし、それで良いのだ。

 この焼き肉の目的は、お客様であるゾラをおもてなしすることにある。彼女にお腹いっぱい食べて貰うのが目的なのだから、同席者は張り合って食べるような面々でない方が良いのである。多分。

 とりあえず、他のテーブルは各々勝手に肉や野菜を焼いて食べるだろうからと、悠利は目の前の鉄板に向き直る。肉も野菜も満遍なく載せて、ひたすらせっせと焼いているのだ。

 勿論、自分が食べるのも忘れない。給仕に徹して食事を忘れたなんてバレたら、別のテーブルで食事中のアリーに思いっきり怒られること間違いなしだ。誰かのために頑張るのは褒めてくれるが、それで自分を後回しにするときちんと叱ってくれる頼れるお父さんなのである。


「スカーレットさん、お代わりはまだまだありますからね」

「ありがとう」


 笑顔で応じるゾラは、一人でテーブルの八割を食べているような状態だった。ひたすらに食べている。まだまだ胃袋には余裕がありそうだ。

 鉄板の上の肉や野菜を見張りつつ、悠利も食べたいものを食べる。本日のメインディッシュはバイソン肉だ。これはお高い牛肉みたいな美味しいお肉で、お値段がちょっと高いので普段はあまり買わなかったりする。奮発したときに出てくるお肉だ。

 普段からお世話になっているバイパーやビッグフロッグ、オークの肉も用意してある。それでもやはり、焼き肉というと牛肉系のイメージが拭えない悠利なので、そろりとバイソン肉に手を伸ばしてしまうのだ。

 肉は火が通りやすいように薄切りになっている。これは、お店でお願いして切ってもらった。自分で切るのも、料理の技能スキルレベルの高い悠利なら可能だろうが、いかんせん包丁が違う。弘法筆を選ばずというが、良い道具は良い道具である。

 そんなわけで、お肉屋さんにカットして貰ったお肉を、悠利は満面の笑みで頬張った。薄切りなので、さっと鉄板で炙れば食べられる。鉄板にじゅわりと溢れる脂が、食欲をそそる匂いを放っていた。

 口の中に広がるのは、バイソン肉の濃厚な旨味だ。高いお肉は高いだけのお味がした。脂がぶわっと口の中で広がるのだが、それを見越してさっぱりとポン酢で頂いているので問題ない。ポン酢の酸味が良い仕事をしている。

 もぐもぐと口の中の肉を半分食べた状態で、悠利はご飯を食べた。肉の旨味が白米に染みこんで、口の中で調和する。お肉だけ食べるとしつこいが、ご飯と一緒に食べると丁度良いのだ。少なくとも、悠利には。


「バイソン肉も美味しいねぇ」


 幸せそうな顔でふにゃっと笑う悠利に、アロールは呆れた顔をして、イレイシアは柔らかく微笑んだ。ゾラはそんな三人をまとめて微笑ましく見ている。局地的にとてもほんわかしていた。

 悠利は美味しいものを食べるのも大好きなので、滅多に食べないバイソン肉を堪能できるのを素直に喜んでいるのだ。なお、小食のアロールは食べられる範囲で何でも食べているし、肉に欲求のないイレイシアには彼女のためにと海老やイカが焼かれている。平和だった。


「バイソン肉も美味しいけれど、このビッグフロッグの肉がとても美味しいね」

「あ、お口に合いましたか?」

「あぁ。肉の中まで濃厚なタレの味が染みこんでいて、とても美味しいよ」

「良かったです」


 ゾラが褒めたのは、ビッグフロッグの肉の生姜醤油漬けだった。生姜汁と醤油、すりおろしたガーリックに酒や塩胡椒などを加えて作ったタレに、切った肉を漬け込んで作ったものである。味付き肉があった方が良いかなぁ?という軽い気持ちだったのだが、喜んでもらえて何よりだった。

 ビッグフロッグの肉は鶏モモ肉に似た食感で、タレに漬け込むとふんわりとした食感を残して焼き上げることが出来る。脂がじゅわーっと溶けるのとタレの旨味が混ざって、何とも言われず美味しい匂いが広がるのである。

 がぶりと噛めば、肉汁と共にタレの味が広がる。醤油ベースではあるが、生姜汁がさっぱりとさせてくれるので、食べてもそんなに胃もたれしない。そこに食欲をそそるガーリックまで加わっているのだから、まぁ、美味しくないわけがないのだ。

 肉にあまり興味のないイレイシアも、レタスと一緒に美味しそうに食べている。肉だけで食べるとしんどいが、レタスに巻いて食べれば中和されて良いらしい。肉の味でレタスを食べている、という方が正しいかもしれない。


「僕は、肉を焼いた後のエノキが美味しい」

「え?」

「そのビッグフロッグの肉を焼いた後に、同じ場所で焼いたエノキが美味しい」

「……わー、アロールってば、通だねぇ……」


 もぐもぐとエノキを食べながら答える十歳児。その言葉通り、そのエノキは先ほどまでビッグフロッグの生姜醤油肉を焼いていた場所で焼いたものだった。タレ付きの肉を鉄板で焼くと鉄板が汚れるので、掃除の代わりにエノキやもやしを焼いたのだ。そうしたらそれが、アロールの好みに合ったらしい。

 そこまで絶賛するものならば、と悠利もエノキに箸を延ばす。仕上げに塩胡椒をかけはしたが、そこまで濃い味付けにはしていない。しかし、ふわりと生姜醤油の香りが漂って、食べる前から美味しそうな気配がしていた。

 ぱくりと口の中にエノキを放り込めば、火が通って柔らかくなった食感が舌を楽しませる。まず感じるのは生姜醤油の香ばしさ。続いて、塩胡椒の風味。最後に、エノキの持つ旨味がじゅわりと口の中に広がる。エノキの水分が口の中で生姜醤油と混ざり合う。


「あ、美味しい」

「でしょ?」

「うん。これはもやしも美味しいやつだね」

「もやしはイレイスが食べてたけど」

「美味しかったですわ」

「じゃあ、次はもやしも焼こう」

「僕も食べる」

「うん」


 視線を向けられたイレイシアは、上品な微笑みと共に答えてくれた。美味しいが判明したならばそれを堪能するのは当然と、悠利とアロールはいそいそと鉄板の上にもやしを載せる。勿論、ちゃんとビッグフロッグの肉を焼いた跡地にだ。そこを間違えると味が変わるので。

 そんな二人を見ながら、イレイシアは海老を堪能している。肉より魚介が大好きな人魚さん向けの特別メニューだ。

 勿論、他のテーブルにも海老やイカは用意されている。しかし、イレイシア用に準備したのが本音なので、彼女の分が多くなっているのは当然だった。それに、他の皆は肉を美味しそうに食べているので、問題ないだろう。

 イレイシアは言動と同じく食事の仕方も上品で、かぷりと海老に齧り付く姿も控えめだ。悠利達ならばがぶりといっちゃうところを、ほんの少しだけ囓っている。それでも、そんな少しでも海老の弾力と旨味は堪能できるようで、幸せそうに微笑む姿が愛らしい。ちなみに、味付けはシンプルに塩胡椒だ。

 仲良く自分達の好きなものを食べる三人を見て、ゾラは口元に笑みを浮かべた。子供達を可愛いと思っている顔だ。……なお、そんな風に優しい表情を浮かべながらも、食べる速度は落ちなかった。肉も野菜もご飯ももりもり食べている。女傑様の胃袋は強かった。


「アリーの手紙の意味が解ったよ」

「はい?」

「坊やは本当に料理が好きで、皆に食べさすのも自分が食べるのも好きなんだねぇ」


 しみじみとした口調で言われて、悠利はぱちくりと瞬きを繰り返した。そんな当たり前のことを今更?みたいな反応だった。アロールとイレイシアもそんな感じだった。彼らにとって悠利はそういう存在だったので。

 けれど、ゾラがそんな風に思うのも無理はなかった。ここは初心者冒険者をトレジャーハンターに育成するクランである。事情が事情だからと家事担当になっているとはいえ、ここまでほわほわマイペースだとは思わなかったのだろう。百聞は一見にしかずというものである。

 とりあえず、ゾラが納得してくれたらしいので、悠利はそれで良いと思うことにした。アロールとイレイシアは何のことかよく解らないので、スルーしている。


「スカーレットさん、お代わりまだされます?」

「あぁ、いただこうかな」

「解りました。それじゃあ、肉の追加を」

「キュピ」

「「え?」」


 お肉取ってきますね、と立ち上がろうとした悠利だが、にゅっと差し出された肉入りの皿に驚いた。それは、カウンターに置いてあったストックのお肉だ。沢山置いてあるストックの皿の中から一枚を持ってきたのは、悠利の可愛い可愛い従魔のルークスだった。

 落とさないように皿を運ぶことなど、ルークスには造作もない。それは解っているのだが、何故今ここに肉があるのかが謎だった。


「ルーちゃん、それ」

「キュイ?」

「……肉がなくなってたから、お代わりがいると思って取りに行ったんだって」

「ルーちゃん、何て良い子なの!流石だよ!」

「キュピー!」


 アロールの通訳によってルークスの行動の意味を理解した悠利は、お皿を受け取ってからルークスの頭を撫でまわした。ご主人様に褒められて、ルークスはとても嬉しそうだ。身体を小刻みに揺らしながら鳴いている。

 相変わらず賢すぎる従魔に、イレイシアも褒め言葉を与えている。アロールは言わずもがな。今回はきちのと主のお役に立っているので、普段は塩対応の白蛇ナージャも従魔の先輩として褒めているらしい。ルークスの目が輝いているので。

 やんややんやと盛り上がる悠利達を見て、ゾラが目を丸くしていた。彼女はルークスを紹介されてはいたが、ここまで賢いスライムだとは思っていなかったのだ。規格外の少年には規格外の従魔が付いているのだと、彼女は今やっと理解したのである。

 とはいえ、そこは《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の先代リーダー様だ。衝撃が過ぎ去れば、便利な従魔がいるもんだという程度に落ち着いた。なので、彼女が驚いていたことに悠利達は気付かなかった。


「スカーレットさん、お肉いっぱいあるので、たっぷり食べてくださいね」

「はいよ」


 満面の笑みを浮かべる悠利に、ゾラも笑みを向ける。そんな彼らの穏やかなやりとりに、背後から大きな声が聞こえた。


「あー!またお肉のお皿なくなってるー!」

「レレイ、煩いって言ってんだろ!」

「まだいっぱいあるんだから、騒がないでよ!」

「だって、だって、お肉ー!バイソン肉なのにー!」

「「だからまだある!」」

「うぅうう…………」


 肉のストックが減ったことに気付いたレレイが叫びを上げ、クーレッシュとヘルミーネが怒鳴りつける。まるで子供のように肉に必死になるレレイの姿に、悠利は溜息を吐いた。彼女は本当に、食欲に忠実だった。

 ちなみに、同じテーブルのラストワンはロイリスなのだが、慎ましく沈黙を守っていた。我関せずで静かに食事をしている辺り、何だかんだで世渡り上手なのかもしれない。


「レレイー、お肉はまだあるから、騒がないのー」

「うー、だって、だって、バイソン肉ぅ……」

「騒ぐ前に、自分でちゃんとお肉焼いて食べなよ。クーレにばっかりやってもらっちゃダメだよ」

「……ふぁい……」


 しょんぼりと肩を落としつつ、とりあえず悠利の言葉に従うレレイ。彼女は素直だった。クーレッシュにもごめんと謝り、ちゃんと鉄板と向き合っている。素直な良い子なのだが、食欲が最優先なのであぁなってしまうのだろう。

 そんなレレイの姿を見て、ゾラがぽつりと呟いた。


「普段、そんなに肉が足りてないのかい?」

「いえ、足りてます。バイソン肉はちょっと高いので毎回買ってないだけで」

「それにしては、反応が大袈裟だと思うんだけれどねぇ」

「レレイは基本的に、肉に対してはいつでもあんな感じです」


 きっぱりはっきり悠利は言い切った。確かに今回は久しぶりのバイソン肉ということで主張のメインはそこにあるが、仮にバイソン肉がなくたって彼女はお肉で大騒ぎするのだ。それはもう、常日頃を思えば解ることである。

 悠利だけでなく、アロールとイレイシアも頷くのを見て、ゾラは苦笑した。なるほど、と笑った先代様は、いつまでたっても子供みたいなレレイを「仕方のない子だねぇ」と称した。もはや反応が孫を見るみたいな感じだ。

 見た目は麗しの、どう多く見積もっても三十代にしか見えないゾラ。実年齢を確認してはいないが、アリーの親世代だというのだから、まぁ、それなりのお年ということになる。その割に食欲は衰えていないし、若々しい美人だ。もはや完璧に美魔女。この人をおばさんとは呼べないな、と悠利は改めて思った。




 賑やかな夕飯は何だかんだですぎていき、デザートのフルーツ盛り合わせ争奪戦で再び白熱するのでした。今日も皆、美味しいご飯の虜です。



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