先代様がやってきた

 その日、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトには、嵐がやってきた。

 嵐というか、天災ならぬ人災とでも言うべきだろうか。いや、別に災いではないのだ。ただちょっと、先触れもなしに唐突にやってこられると、皆が対処に困るような大物がお越しになっていたというだけで。


「久しぶりだねぇ。相変わらずここは賑やかだ」


 はっはっは、と豪快に笑う猫獣人の美女が一人。圧倒的な存在感、目を見張るスタイルの良さ、人目を引く華やかな顔立ち。まず間違いなく迫力満点の美女でありながら、不思議なことにカラリとした印象が強い女性だった。

 女性美の塊のような身体をしているが、マリアのような妖艶さは存在しない。女性にしてはやや大柄だが、他者を不快にさせるような威圧感もない。ただただ、誰もが目を引かれるような、常に人の中心にいるのだろうと思わせる強さがあった。

 燃えるような赤毛というのも理由の一つだろう。身につけている服も赤で統一されているので、まるで炎のようなという印象を受ける。耳と尻尾も赤いので、もう完全に赤尽くしだ。年齢は三十代というところだろうか。綺麗なお姉さんだなぁと悠利はのんびりと思った。

 しかし、周囲はそうはいかないらしい。特に、普段どんなことがあろうとも落ち着いている指導係の皆さんが、若干緊張していた。あのブルックまでも、だ。


(……誰なんだろう?お客様だとは思うけど、誰かが来るっていうのは聞いてないんだよねぇ……)


 ここは初心者冒険者をトレジャーハンターに育成するためのクラン、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》だ。一応留守番は常にいるようにしているが、目当ての人物が出払っているなんてことはよくある。そのため、誰かに会いたい場合は先に連絡が届くようになっている。

 先触れがないとしたらそれは、王都組ぐらいだろう。近所に住んでいるので、ふらりと用事があって立ち寄るというパターンだ。たとえ会えなかったとしても、よほどの急ぎの用事でなければ、伝言や後日やってくるというのでどうにかなる。

 それを思えば、まったく見知らぬお客様が突然やってくるというのは、悠利にとっては不思議で珍しい光景だった。大人組の反応も含めて。

 悠利と同じように不思議そうにしているのは、見習い組と訓練生だ。誰だろうあの人、と小声でぼそぼそと会話をしている。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に身を寄せて日が浅い悠利だけでなく、それなりにここにいる訓練生達も首を捻っている。

 つまりは、目の前の人が誰かを理解しているのは指導係の皆様だけということになる。VIPの気配がした。

 と、そこへ、一足遅れて部屋から出てきたレレイが現れる。そして彼女は、目の前のお客さんを見て満面の笑みで突撃をした。


「スカーレットさん!お久しぶりですー!」


 嬉しそうに大声で挨拶をして、レレイは猫獣人の美女へと抱きついた。……もとい、どすっという音が聞こえたのとその勢いから、傍目にはタックルをしたようにしか見えなかった。安定のレレイ。

 特筆すべきは、そんなレレイの全力の突撃を、女性が難なく受け止めたところだろうか。獣人は身体能力に優れているとはいえ、見事な腕前だと悠利達は感心した。……指導係は何の反応もしていないので、それぐらい出来ると思っているのかもしれない。

 子供が喜ぶようにはしゃぐレレイを抱き留めて、女性は笑顔で声をかける。その表情は親しみに満ちていた。


「久しぶりだねぇ、レレイ。相変わらず元気じゃないか、この子は」

「元気があたしの取り柄ですから!それにしても、スカーレットさん、どうしたんですか?何か用事でもありました?」

「いいや。近くまで来たんでね。皆の様子を見に来ただけさ」


 そう言って、スカーレットと呼ばれた赤毛の猫獣人は、その場にいる一同をゆっくりと見回した。優しい笑顔だというのに、何故か見定められているような感覚が走る。けれど、決して不快ではなかった。

 そんな二人の姿を見ながら、悠利は首を傾げた。何かが引っかかる。とても解りやすい符合をつい先日聞いたような気がするのだ。

 赤毛の猫獣人、美女、豪快な雰囲気、スカーレットという呼び名。ピースが一つ一つ合わさって、カチリカチリと悠利の中で何かが繋がっていく。あと一歩、もう少しで答えに手にかかる。


「スカーレットさん、せっかくだから手合わせしてくださいよ!稽古付けてください!」

「年寄りに何言ってんだい、この子は。指導係に頼みな」

「えー。スカーレットさんまだまだ現役じゃないですかー!久しぶりだし、稽古付けてほしいですー!」

「ババアを捕まえて言うもんじゃないよ」

「その見た目でババアって無理がありますよー」


 ケラケラと笑うレレイ。自らを年寄り、ババアと称する赤毛の美女。ひくり、と悠利の頬が引きつった。答えが解った気がしたのだ。

 なので、その呟きは思わず、本当に思わず彼の口からこぼれ落ちた。


「……もしかして、先代さん……?」

「「え?」」


 小さな声だったが、周囲の訓練生や見習い組には聞こえたらしい。皆の視線が悠利に集中する。詳しい説明を求める視線が飛んでくるが、悠利にも確証はないのでそれ以上は何も言えなかった。

 ただ、アリーから聞いた特徴に合致する女性であるのは間違いなかった。

 このクラン《真紅の山猫スカーレット・リンクス》を創設した先代リーダーは、その名の由来となった赤毛の猫獣人だ。大型の山猫種らしく、普通の猫獣人よりもガタイが良い。そして、現役時代の呼び名は嵐のスカーレットで、とても実年齢通りには見えない若々しい美女だ、と。

 単純に赤毛の猫獣人の美女だというだけなら、悠利も気にしなかった。スカーレットという呼び名があったとしても、気にしなかった。偶然だろうと思っただろう。

 しかし彼女は、自らをババアと称したのだ。……先代様の実年齢は、アリーの親ぐらいだという話であった。確かにそれなら自称ババアでも許される。彼女の外見で言われると違和感が凄いし、信憑性がどこにもないのだが。

 レレイと女性の問答は続いている。子供がお菓子をねだるようにお願いを続けているレレイだが、ちっとも取り合ってもらえなかった。逆に凄い。


「……ゾラ、せめて来る前に連絡を入れてほしいんだが」


 疲れたような声が響いた。頭を抱えながらやってくるのはアリーだ。大きなため息を吐くリーダー様の登場に、皆が視線を彼に向ける。悠利を含む若手の視線は「この人はいったい誰ですか?」だったが。

 その視線をとりあえず流して、アリーはゾラと呼んだ女性の前に立つ。まとわりついてくるレレイを放置したままで女性は、にぃっと笑った。食えない笑みだというのに、何故か奇妙に親しみが湧く笑みでもあった。


「それは悪かったねぇ。近くまで来たもんだから、顔でも見ようかと思ったのさ。元気そうじゃないか」

「だから、せめて連絡をと」

「それに、新しい子達もいる。……なかなかに面白そうな子もいるじゃあないか」

「……」


 アリーのツッコミを意に介さず、女性は楽しげに笑う。その笑みが自分に向けられていることに気付いて、悠利はこてんと首を傾げた。何で僕?と思ったのだ。

 確かに彼女とは初対面だが、それは別に悠利だけではない。将来有望そうな若者という意味なら、どう考えても悠利以外の皆の方が当てはまる。だって悠利はただの家事担当だ。

 或いは、ただの家事担当だから目を引いたのだろうか。確かに、一人だけエプロンを装着しているので、明らかに毛色が違う。

 ……けれど、どうにも理由はそれだけではないように思えた。真っ直ぐと射貫くような女性の視線は、どこまでも悠利を検分しているようですらある。


「とりあえず、紹介を頼んで良いかい?初対面の子達は困惑しているようだから。本当はあの辺に頼もうと思ったんだが、全員固まっちまってねぇ」

「……そりゃアンタが突然湧いたら固まるだろうが……」

「何か言ったかい?」

「何でもありません」


 やはり変わらず楽しげな女性に、アリーは色々と諦めたような返事をした。そして、申し訳ないと言いたげな顔をする指導係と、その人誰?という視線を向けてくる訓練生と見習い組を見て、口を開いた。


「この人はゾラ。察している奴もいるかもしれんが、うちの先代リーダーだ」

「初めまして、可愛い子供達。スカーレットと呼んでおくれ。そっちの方が馴染んでるんでね」


 相変わらずレレイをまとわりつかせたまま、赤毛の美女はやはり楽しそうに笑った。謎の解けた悠利達は、ぺこりと頭を下げてよろしくお願いしますと唱和した。誰か解ればそれで安心したのか、こちら側の緊張は解ける。

 解けていないのは指導係の方だ。何しに来たんだろうこの人、と言いたげな雰囲気が漂っている。どうやら、悪人ではないものの大人組をも振り回すお方らしい、と悠利は思った。実際、アリーが思いっきり振り回されている。

 アリーが振り回される相手は、他にもいる。

 昔馴染みの気安さからか、ブルックやレオポルドはそれが顕著だ。遠慮容赦のない物言いにアリーが怒り、呆れ、振り回されるのも日常風景。しかし、目の前の女性は彼らとは枠が違った。或いは、格か。

 アリーは明確に、目の前の相手を自分の上位者だと認識している。口調こそそこまで堅苦しくないし、名前も呼び捨てにしているが、それでも勝てない相手だと認識しているのが伝わってくる。カラカラと楽しげに笑う女性だが、それだけではないと察せるものがあった。


「ねーねー、スカーレットさん、鍛錬付けてー!」

「レレイ、悪いけどあたしゃアリーと話があるんだよ」

「えー」

「ほらほら、指導係に相手してもらいな」


 それでもまだ不満そうなレレイに、ゾラは笑って「しょうがない子だねぇ。時間があったら相手をしてやるよ」と折れた。鍛錬の可能性を手に入れたレレイは、満面の笑みでゾラに抱きついてから離れていく。自分の希望が通ったので嬉しいのだろう。

 先代様の目的がアリーだと理解した一同は、それなら自分達は関係ないやとばかりにその場を離れていく。指導係も訓練生も見習い組も、そこは同じ気持ちだったらしい。あっという間にその場に残るのは悠利とアリーとゾラの三人だけになった。

 なお、悠利がその場に残ったのは、ゾラの視線を感じたからだ。よく解らないけれど残っていた方が良い気がしたのである。

 どうやらそれは正しかったらしく、皆が完全に去ってからになったが、ゾラが悠利に声をかけた。


「アンタがアリーの言ってた家事担当の坊やだね」

「あ、はい、そうです。ユーリと言います。よろしくお願いします」

「あいよ。こちらこそよろしく頼むよ」


 そう言って、ゾラはじぃっと悠利を見た。正確には、悠利とアリーを見比べている。先ほどまでの軽快な印象がなりを潜め、ひどく真剣な眼差しがそこにあった。意味が解らずに悠利は首を傾げる。

 対してアリーは、バツが悪そうだった。緊張しているというよりは、隠し事がバレたと言いたげな態度だ。実に珍しい。


「アリーさん、どうかしたんですか?」

「……いや」


 何でもないと告げる声に力がない。そんなバレバレの嘘を吐かなくても、と悠利が思うような声音だった。しかし、アリーが何でもないと言うのなら、悠利にそれ以上言えることはなかった。

 そんな二人のやりとりを見ていたゾラが、にこりと笑った。威圧感を感じるほどの真剣な眼差しはもうない。ただ、にこにこと楽しげに笑う女傑から漂う、笑顔なのに奇妙なオーラは何だろうと悠利は思った。

 ……圧は減っていなかった。


「それじゃあ、詳しい説明をしてもらおうかね」

「……俺の部屋で」

「はいよ。ほら、坊やもおいで」

「へ?」


 おいで、と手招きされて、悠利は間抜けな声を上げた。何で僕?という顔をしている。アリーに説明を求めたが、何だか色々と諦めたような顔で頭を振られた。どういうことだ。

 とりあえず、自分に拒否権がないことだけは理解した悠利は、大人しく二人の背中を追った。歩きながらやっぱり、何で僕?という感じの疑問を抱き続けていたが。

 そうして大人二人に続いてアリーの部屋へと入った悠利は、何やら真剣な顔をしている二人に気付いてちょっとだけオロオロした。心当たりは何一つなかったので、余計にだ。

 口火を切ったのは、ゾラだった。


「で、この坊やは何者なんだい?」

「……ダンジョンで見つけた迷子で、うちの家事担当で、」

「そんな手紙に書いてあったようなことを聞いてるんじゃないんだよ、あたしゃ」

「…………」


 悪あがきをするようなアリーに、ゾラは静かな声で告げる。きちんと説明をしろ、と。

 どうやら自分の存在が原因でこの状況になっているらしいと理解した悠利だが、何も言えなかった。ここで迂闊に口を挟むと、大変なことになりそうな気がしたのだ。

 けれど、そんな悠利の目の前で、ゾラはとんでもないことを言ってのけた。


「何だって、アンタよりもこの坊やの方が腕が上なんてことになってんだい」

「……へ?」

「少なくとも、あたしが知る限りアンタを越える鑑定持ちはいなかった。どんな職業ジョブだろうとね。それなのに、何でこのぼんやりした坊やがアンタより上なんだい」

「…………アリーさん?」

「……はぁ」


 ぎぎぎっと悠利は鈍い動作でアリーの方を見た。頼れるリーダー様は、物凄く長い長い溜息を吐いていた。遂にバレたと言いたげな反応だった。

 アリーが凄腕の真贋士であることは周知の事実。【魔眼】の技能スキルもレベルMAXまで磨き上げている。隻眼の影響で半減しているとはいえ、レベルカンストボーナスによる能力向上から、彼を越える真贋士は存在しない。鑑定の上位技能スキルである【魔眼】を保持する真贋士の中ですら、彼を越える者はいない。

 それはつまり、客観的に見てアリーは鑑定能力者の中ではかなりの上位者ということになる。そこら辺の小童が太刀打ちできる相手ではないのだ。

 だというのに、悠利はそのアリーの上を行く。転移特典か何かで手に入れてしまった最強の鑑定チート技能スキル【神の瞳】、そしてその技能スキルを保持しているが故に手に入れた探求者という職業ジョブ。全てを知り、全てを見抜くという恐ろしいまでのチートが、悠利である。

 ……まぁ、普段は野菜の目利きとか仲間の体調管理とかにしか使っていないのだけれど。そんな使い方なので、仲間達も悠利の鑑定の腕が優れているのは理解していても、アリーより上だなんて誰も思っていない。そもそも、そんな風に見えない。

 それを踏まえて考えれば、ゾラの発言は看過できない。何でバレたの!?と悠利がオロオロするのも当然だった。


「ユーリ」

「……は、はい」

「この人には隠しても無駄だ。全部話すぞ」

「あ、はい……」


 色々と諦めたみたいなアリーの言葉に、悠利はとりあえず頷いた。頷くしか出来なかった。

 ただ、解ってもいた。アリーがこういう反応をするということは、それ以外に道がないということ。また、ゾラの発言などから、アリーが今日まで上手に誤魔化そうとしてくれていたこと。それらを察したので、悠利はその場で大人しくしていることにした。

 説明は手短に行われた。

 悠利の所持技能スキルが【神の瞳】であること。職業ジョブが探求者であること。ただし、ダンジョンで迷子になっていたのは事実で、当人はその技能スキル職業ジョブがどれほど凄まじいかの自覚が薄いこと。それらを踏まえて、安全を考慮して「アリーが太鼓判を押すほどの才能のある鑑定持ち」という風にしていること。

 ゾラは余計な口を挟まずに、静かにアリーの説明を聞いていた。時折ぴくり、ぴくりと形良い眉が動くが、それだけだ。動揺はしているのだろうが、取り乱す様子は見せなかった。

 或いは、アリーより悠利が上と判じた己の勘を信じているのだろう。アリーの説明は彼女の感じたことを裏付けてくれるものだったのだから。

 説明を全て聞き終えたゾラは、口を開いた。


「またとんでもないのを拾ってきたもんだねぇ」

「……ゾラ、そこか……?」


 物凄く普通の口調だった。一周回って驚きがどこかに飛んだらしい。後は、悠利がのんびりとしているので、深刻に考えるのも馬鹿らしくなったのか。

 疲れたようにツッコミを入れるアリー。その彼を見て、ゾラはやれやれと言いたげに呟いた。万感を込めて。


「アンタはなんだってそう、特殊なのばっかり引き当てるんだか」

「俺が悪いのか!?」

「自分のパーティーメンバーを思い出してから言いな」

「うぐ……ッ」

「わー、反論出来ないやつだー……」


 思わず外野の悠利が呟いてしまうほどに、それは逃れられない事実だった。誰にも否定は出来ないだろう。

 アリーのパーティーメンバーと言えば、かつて行動を共にしていた仲間のことになる。指導係のブルックと調香師のレオポルドだ。悠利にとってはどちらも優しい大人だが、どちらも特殊と言われれば確かに特殊だった。

 レオポルドは天下御免のオネェであるし、腕は確かな上にその性格もかなりお強い。ブルックの方はクール剣士で凄腕なだけかと思いきや、正体が竜人種バハムーン。滅多に人里に出てこないらしいので、そういう意味では特殊だった。

 それ以外にも、何だかんだで引き受けている訓練生達も若干特殊枠が多い。そういう意味では、アリー生来の面倒見の良さと、そういう相手と関わってしまう星回りみたいなものが影響し合っているのだろう。悠利もその一人だが。


「ところで、どうしてスカーレットさんは僕がアリーさんより能力が上だって気付いたんですか?」


 素朴な疑問として悠利は問いかけた。アリーは察していたようだが、悠利には何の説明も与えられていないので、そこの部分の疑問はまだ解けていないのだ。

 なお、鑑定系の技能スキルで見抜いたとは思わない。アリーの【魔眼】すらも弾き返せるのが悠利だ。基本的に鑑定系の能力は己より上位の者には使えないのだから、この世界最強である悠利の情報を見抜ける者はいない。それは紛れもない事実だ。

 悠利の疑問に対して、ゾラはあっさりと答えてくれた。物凄くあっさりと。


「勘」

「……え?」

「正確には、比較対象があれば上下が解るってやつなんだけどね。特に技能スキルがあるわけじゃないんで、勘としか言えないんだよ」

「……まさか、山猫種の獣人さんにはそんな特殊能力があるとか……」

「いや、あたしだけだよ」

「……わぁ」


 種族特性ならワンチャン理解できると思った悠利だが、その期待はあっさりと砕かれた。単純に先代様が別の意味で規格外の女傑様だっただけである。

 ここで重要なのが、ゾラのそれは比較対象がいてこそ判定できるというものだった。複数人が並んでいれば、その中で順列を理解できるという類いのものだ。なので、同じ鑑定系という共通点を持つ悠利とアリーの二人を見比べて、初めて解ったのだという。

 もっとも、悠利に何らかの秘密があるかもしれないというのは、来る前から疑っていたのだという。

 何故ならば――。


「送られてくる手紙の説明が、あまりにも簡潔すぎてね」

「へ?」

「基本的に、新入りが来たときは事細かに詳しく書いてあるってのに、アンタのことは家事について以外は殆ど書いてなかったんだよ」


 変だと思うだろう?と問われた悠利は、ちらりとアリーを見た。アリーは小さく頭を左右に振った。否定の意味だった。そして、悠利はそれを正しく理解した。

 多分、本当に、悠利の日常を普通に手紙に書いただけなのだろう。冒険者になりたいわけでもないし、家事が得意なので家事担当として日々ご飯を作って楽しく暮らしています、みたいな。何も嘘は言っていなかった。本当に、悠利の日常はそれだ。

 ここは誤解を解かなければならない!と悠利は思った。アリーの名誉を守るためだ!と。


「スカーレットさん、それは違います!」

「え?」

「アリーさんがお手紙に書いた内容は全部事実です。僕の日常です。何も隠し事をしていたわけじゃありません」

「……は?」


 力説する悠利に、ゾラは目を点にした。何だって?と問い返されて、悠利は言葉を続けた。


「確かに僕は鑑定系の能力を持っていますが、別に冒険者を目指しているわけでもないので、そちらを使うことも殆どありません。ご飯を作って日々を過ごしているだけです」

「……使っていない?」

「いえ、使ってはいますけど、お野菜の目利きとか皆の体調管理とかなので、特にお手紙に書くような何かがあったわけではないと思います」

「はぁ……?」


 今度こそ、大抵のことでは動じない女傑殿の口から変な声が零れた。悠利はまだつらつらと己の日常を語っているが、ゾラは顔を引きつらせながらアリーを見ている。アリーはその視線に、こくりと頷くだけだった。万感のこもった頷きだった。

 それで悠利がどういう人種かを理解したらしいゾラは、盛大に溜息を吐いた。信頼して後を任せた後任者が、己に隠し事をしていたわけではないと理解したからだ。

 いや、隠し事はしていたが、別に意図して手紙に詳しく書かなかったわけではないと解ったからだ。


「つまり、この坊やが変わり種なんだね?」

「能力と性格の釣り合いが取れてないって意味では、変わり種だと思っている」

「アリーさん、ヒドい!」

「ヒドくない!お前はもうちょっと真面目に己の能力と向き合え!」

「向き合ってるのに!」

「ど・こ・が・だ!」

「痛い、痛い、痛い……!」


 訴えた悠利だが、アリーに全力で却下されたあげくにアイアンクローを受けている。ある意味いつも通りの彼らの姿だった。なお、悠利は痛がってはいるが、一応ちゃんと手加減はされている。普通に喋れている段階で、配慮はされているのだ。

 そんな風にじゃれる二人を見て、ゾラは小さく笑った。何だかんだで仲良くやっているらしいと理解したのだろう。変わり種を引いてしまったアリーを不憫に思いつつ、そんなアリーだから悠利がここにいるのだろうと。先代リーダー様は見る目があるのだ。


「まぁ、一応坊やの秘密は知ったが、他言はしないから安心しな」

「スカーレットさん?」

「こんな特大の爆弾、口に出せるわけがないじゃないか」

「俺だって知りたくなかった」

「まぁ、同感だよ」

「えー……」


 うんうんと頷き合う先代当代のリーダー様に、悠利は小さくぼやいた。僕別に何もしてないのに、と。実際、好きでこんなチートを手に入れたわけではないので、悠利の責任ではない。手に入れてからの使い方は悠利の責任だが。

 二人で色々と盛り上がる大人を見ながら、悠利は不思議な気分だった。自分の秘密を知る人間が増えた。けれど、増えた相手が相手なので、心強い味方が出来たという気持ちしかなかった。


(僕って運が良いなぁ……)


 のんびりと笑う悠利は、己の能力値パラメータが運∞とかいう規格外な事実を、綺麗さっぱり忘れているのだった。




 そんなこんなでお越しになった先代様は、しばし《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトに滞在することになるのでありました。



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