【神の瞳】さんは目利きの達人です

「それでは、よろしくお願いするよ」

「はい、任されました」

「伝えたとおり、きちんと賃金は支払うから安心してほしい」

「はーい」


 元気よく返事をした悠利ゆうりに、デュークは柔らかく微笑んだ。そうやって笑ってくれると、背筋が凍るほどの整った美貌も幾分和らいだ。怖いぐらいの美形というのも珍しい。そこまで美しいとなると、もはや顔面が凶器みたいなものだ。

 しかし、デュークは妹のマリア同様に外見詐欺だった。

 ヴァンパイアの領主様の息子で、次期領主様。誰もが目を奪われるほどの圧倒的な美貌。声すらも美しく、彼を見て美しくないと言うのはなかなかに難しい。そんな人だが、中身は庶民飯を喜んで食べるただの兄バカだった。ギャップが凄い。

 昨晩は見習い組が一生懸命作ったトマトを使った晩ご飯を喜んで食べていたデューク。数日滞在予定の彼の希望により、悠利は今日は彼の買い物を手伝うことになっていた。その鑑定能力を見込まれてのことだ。

 勿論、アリーに確認は取ってある。ただ買い物の手伝いをするだけならば大丈夫だろう、ということに落ち着いた。また、デュークがヴァンパイアであり、当人の穏やかな物腰に反して戦闘能力が高いことも許可が下りた理由だ。何かあったときにはルークスと共に悠利を守ってくれるだろうということで。

 ……普段と違う行動を取ると何かが起きるかもしれないと警戒されるのは、悠利の常だった。今までが今までなので、悠利も強く否定は出来なかったのである。


「それにしても、デュークさんは変わったご趣味なんですね」

「ん?」

「呪われたの物が欲しいだなんて……」


 頼まれた仕事内容を思い出しつつ悠利が呟く。そう、デュークが今日買い求めに行くのは、呪われた品々だ。ダンジョンで発見されたりする道具や武器の中には、呪いがかかったものが存在する。適切に処置すれば問題ないが、ちょっと危ない品々だ。

 そんな危ない品々を求めるなんて、ヴァンパイアの趣味は変わってるなぁと思う悠利。悠利の足元でルークスも、同意するようにぽよんぽよんと跳ねていた。魔物のルークスも呪いは好きではないらしい。

 呪いの種類も様々で、持ち主に作用する物もあれば、使った相手に効果が出る場合もある。武器で言うならば、使い手が呪いを受けるパターンと、その武器で攻撃された相手が呪われるパターンの二種類だ。いずれも、専門家による解呪などで呪いを除去するのが一般的だ。

 ただ、そんな危ない品々は、そうそう簡単に市井には出回らない。一般人がお目にかかることはそうそうないだろう。悠利だって実物を見たことはない。

 それなのに、そんなレア度の高い、けれど普通に考えて危ない物体を探し求めるデュークのことを、悠利は変わった趣味の持ち主だと思った。多分誰でもそう思う。

 しかし、それは誤解である。悠利に盛大に誤解されていると気付いたデュークが、慌てたように口を開いた。


「少年、待ちたまえ。呪いの品々を集めているのは私ではない。弟だ」

「へ?」

「私の可愛い弟が、呪いのかかった道具や武器を集めて研究をしているのだよ。断じて、私の趣味がそのように危険思考なのではない」

「あ、そうなんですね」


 勘違いしないでくれと大真面目に言ってくるデューク。物凄く必死だった。端正な美貌が真顔になると圧が凄い。それでなくてもデュークの顔面は黙っているだけで人間離れした美しさで圧が凄いのに、そこに真顔とマジトーンの声を足さないでほしい悠利だった。……なお、声も無駄に美しいので破壊力が凄い。

 けれど、デュークはデュークで必死だった。可愛い妹の仲間に、そんな誤解をされるのは心外なのだ。そこから妹の耳に入って、兄が妙な趣味を持っているなどと思われたら立ち直れない。……この美貌のヴァンパイアは、異父異母含めて大量にいる弟妹を、それはそれは可愛がっている生粋の兄バカである。


「じゃあ、お土産を買いに行く感じなんですね」

「その通りだ。自分の趣味ならば、本か花を購入するよ」

「お花がお好きなんですか?」

「うむ。花は良い。見ているだけで癒やされる。手を入れれば入れただけ答えてくれるのも愛しい」


 悠利の問いかけに、デュークはにこにこと微笑みながら答えてくれた。本当に花が好きなんだなぁと解る表情だ。好きなものについて語るときは、誰でも素敵な笑顔になるらしい。

 家でどういう花を育てているかを教えてくれるデューク。その話に相づちを打ちながら、悠利はふと疑問を抱いて口を開いた。


「あの、デュークさん」

「何かな、少年」

「デュークさんって、日差しダメですよね?今も日差し対策完璧ですし」

「あぁ、日差しにはどうしても弱くてね。日焼けすると皮膚が真っ赤になってしまう」


 そう言って、デュークは帽子の鍔の角度をそっと直した。アジトの中にいるときは普通だったが、外に出るときには完全装備状態なのだ。帽子に、マントに、手袋。服も長袖長ズボンだ。夏だというのにご苦労なことである。

 ヴァンパイアは夜型の種族だと思われているが、その実は日差しに極端に弱い肌事情ゆえに、日焼けしないように活動時間をずらしている。そのため、デュークのように日差し対策を完璧にした上で外出したり、日中は日差しの入らない家で過ごすヴァンパイアは、昼型らしい。雪のように美しい白磁の肌は、太陽光にとことん弱かった。

 青年期で外見の成長が止まり、その状態のまま数百年という長い寿命を誇るヴァンパイア。種族の特性のように整った容貌の持ち主が多く、抜けるように白い肌とあいまって幻想的な印象さえ抱かれている種族だ。太陽を避け、夜の支配者のように君臨する彼等は物語や戯曲の題材にもなっている。

 ……その実態が、単なる日焼け予防のために日中の活動を控えているだけというのは、知らない方が良かったような情報だった。ロマンが一気に壊れる。

 とはいえ、逆にそれぐらいの方が親しみも湧くかなぁと悠利は思う。不気味で美しい種族ではなく、ちょっと日常生活が大変そうな種族の方が親近感が湧く。


「でもそうなると、庭のお手入れとかは出来ないんじゃないですか?」

「その通り。なので、庭園は庭師に任せて、私は邸内で鉢植えの植物を育てているよ」

「鉢植えも良いですよね」

「鉢植えには鉢植えの良さがあるからね」


 のんびりと会話を楽しみながら、二人は商業区画へと歩いていく。すれ違う人々は、この暑い日にと言いたげな顔でデュークを見る。しかし、隣にいる悠利とルークスのほわほわとした雰囲気から、彼を不審者認定することはなかった。

 元々、王都ドラヘルンは各地から様々な種族が訪う場所でもあった。人間の国で、基本的な住人は人間だが、多種族に対しても比較的友好的な人々が多い。

 正確には、種族と人格は別だと重々承知している人々が多いというところだろうか。人間にも悪人はいるので。


「あ、ここですね。カミールが言ってたお店」

「そのようだ。では、よろしく頼む」

「お任せください」


 商業区画に辿り着いた二人は、目当ての店の看板を見つけて笑顔になる。店構えはこぢんまりとしており、周囲の店に比べるといささか地味だ。それでも、窓の向こうに見える品々は美しく整えられており、良い店という雰囲気がある。

 この店を選んだのは、カミールだった。

 デュークが呪いのかかった品々を探していると聞いて、店の候補を挙げたのはアリーだ。鑑定の仕事で関わることが多かったアリーは、どの店がそういう品を取り扱っているのかを熟知していた。

 悠利達では知らない情報だったし、デュークも店の情報は持っていなかったのでありがたく教えてもらった。アリーが挙げた店名と店の場所をメモに記して万全だと思ったところで、カミールが口を挟んだのだ。


――信用度の高い順に並べようか?

――へ?カミール、どういうこと?

――だから、その店は全部そういういわく付きの品物を取り扱ってるけど、格付けってあるだろ?順番。


 当たり前のことのように言うカミールに、悠利はぱちくりと瞬きをした。何を言っているのかよく解らなかったのだ。けれどすぐに、目の前の少年が商家の息子であることを思い出した。


――……もしかしてカミール、このお店とも取り引き情報があるとか、そういうの……?

――取り引きはしてなくても情報を持っておくのが商人のお約束。

――君は冒険者の見習いでしょ……。


 情報があって損はしないしなーとからからと笑うカミールに、悠利は脱力した。脱力したが、渡りに船ではあったので、ありがたくその申し出は受けた。

 結果、アリーが教えてくれた店の中からカミールが数件をピックアップしてくれた。中には、「物は悪くないけど、店員の当たり外れがあるから止めた方が良い」などという評価を下された店もある。商家の息子の情報網怖い。

 そんなわけで、悠利とデュークは安心できるお店だという確信を持って扉を潜った。デュークはカミールをよく知らないが、悠利やアリーの反応から信じても良いと思ったのだ。


「こんにちはー」

「店主、邪魔をするよ」

「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」


 のほほんとした笑顔の悠利、帽子を被ったままだが礼儀正しく挨拶をしてくるデュークを出迎えたのは、優しげな風貌の壮年の男性だった。接客業に相応しい柔和な微笑みである。

 その微笑みが一瞬、悠利の足下でぽよんと跳ねているルークスを見て揺らいだ。ルークスも自分を見られていると気付いたのだろう。ぺこりとお辞儀をする。挨拶の出来るスライムであった。


「……お客様、そちらのスライムはお客様の従魔でしょうか?」

「あ、はい。僕の従魔です。あの、商品に勝手に触ることはありませんし、何かあれば言い聞かせますので」

「恐れ入ります。中には壊れやすい物もありますので、よろしくお願いします」

「はい」


 魔物を警戒したのではなく、商品の破損を気にしただけと解って、悠利もホッとした表情になる。ルークスも二人の会話をしっかりと聞いていたので、大丈夫だと言うようにこくこくと頷いていた。賢い従魔は主に迷惑をかけるようなことはしません。

 そんなルークスを見て、店主は「賢い従魔なんですね」と柔らかく微笑んでくれた。可愛い可愛い従魔を褒められて喜ぶ悠利と、褒められたと解って嬉しそうなルークス。珍妙な光景だが、ツッコミはどこからも入らなかった。


「それでお客様、何をお求めでしょうか」

「こちらに、呪いのかかった品があると聞いたのだが、見せてもらえるだろうか?」

「……確かに取り扱っておりますが、購入許可証はお持ちでしょうか?」

「勿論。私は異国の者だが、入国の際に手続きをして受け取っている。こちらだ」


 店主の問いかけに、デュークは懐から書類を取り出した。神妙な顔で書面を確認する店主。それを落ち着いた表情で待っているデューク。二人のやりとりを見ながら悠利は、そんな書類があるんだと思った。

 ただ、確かにそういうのは必要だよねぇとも思った。自分が発見した場合ならまだしも、売買に関しては双方に許可が必要になるだろう。買った後に何かが起きても困るので。

 そういう意味では、そういった品物を取り扱う許可を貰っているという段階で、この小さなお店は凄いお店なんだなと思う悠利だった。外観からはそこまで凄いお店に見えないが、実直に商売をしているとこうなるのだろうか。


「確かに確認いたしました。商品をお持ちしますので、少々お待ちください」

「ありがとう。急ぎではないので、慌てないでいただきたい」

「恐れ入ります」


 店主に労りの言葉をかけるデューク。店内に日差しが入らないことを確認して帽子を脱ぐ仕草すら、優美だった。求めた品物が手に入ると解っているからか表情は微笑で、おかげで圧倒的なまでの美貌による空恐ろしさは軽減されていた。表情は大事です。

 少しして、店主は幾つかの商品を持ってきた。ナイフ、置き時計、燭台、ランプ、ステッキなど、多種多様だ。一見すると共通点など無さそうに見える。唯一の共通点が「呪いがかかっている」という点なので、見た目では解らないのだ。

 ……普通の人には、であるが。


「わー、見事に呪いのオンパレードですねー」


 テーブルの上に並べられた品々を見て、悠利はのほほんとした口調で告げた。店主が驚いた顔で悠利を見るが、すぐに失礼だと思ったのか表情を戻す。接客業の鑑だ。

 デュークも不思議そうに悠利を見ているが、悠利は気付いていない。不用意に触ることはしないが、じーっと商品を見ている。

 なお、悠利の目には、それらは全て赤く・・見えている。鑑定系最強のチート技能スキルであるところの【神の瞳】さんによる、自動判定の危機感知だ。ただし、赤は赤でもそこまで危険な色ではないので、命の危険は存在しない。

 【神の瞳】さんの赤判定というのは、悠利にとってはとてもありがたい指標だ。たとえ普通に見えていても、【神の瞳】が赤判定を出した段階で危ないとかダメとかそういうカテゴリーになってしまう。

 赤の濃淡によって危険度合いが変わる。今目の前にあるのは、「呪いのかかった品物です」というのを示すように赤いけれど、大怪我や命に関わるような危険度の高い赤ではなかった。

 ……つい先日訪れたダンジョンのえっぐい罠に比べれば、とても可愛らしい赤判定である。念のため赤にしておきますね、ぐらいのイメージだ。


「その反応ということは、これらは全て呪いの品々ということで良いのかな?」

「はい。呪いの危険度順に並べたりします?」

「いや。危険度よりも、呪いの内容で選びたい」

「了解です」


 デュークの意見を聞いて、悠利は商品を一つ一つ確認することにした。求めているものを買えるようにお手伝いするのが悠利の仕事だからだ。

 そう、デュークは何も、ただ呪われた品々を手に入れたいというわけではない。研究をしている弟への手土産なので、呪いが重複しないのが優先らしい。後、持ち帰るときに危なくないように、呪いの内容も選びたいのだとか。

 ちなみに、商品自体は特性のケースに入れて持ち帰るつもりらしい。呪いの研究をしている弟が作った試作品で、箱に入れておくことで呪いを封じる効果があるらしい。勿論、全ての呪いに対応しているわけではないのだが。


「このナイフにかかっているのは、使用者に影響のあるタイプの呪いですね。所持していると不眠症になるらしいです」

「その呪いは確か持っていたな」

「じゃあ、これはいらないということで」

「承知しました」


 目の前の少年が当たり前の口調で鑑定を始めても、店主は何も言わなかった。この店で呪いの品を買う客の中には、鑑定持ちや鑑定の出来る人を連れてくる者がいるからだ。店主としても、自分で確認して納得してもらえると安心できるというのもある。

 ……後は、金色のスライムを連れた天然ほわほわの眼鏡少年ということで、悠利が誰かを察したというのもある。仕事でアリーと接点のある店だ。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に所属するアリーの秘蔵っ子の話ぐらいは知っている。

 しかし、それらを口に出さない程度には店主は落ち着いていた。お客様のプライバシーは、許されない限りは話題に載せない。そういうポリシーなのかもしれない。


「この置き時計は、設置した場所に影響を及ぼすタイプですね。置いておくと、その部屋の温度が下がるみたいです」

「具体的にはどの程度?」

「どんどん下げます」

「……?」


 悠利の答えに、デュークは不思議そうな顔をした。そんなデュークを見て、悠利は自分の説明がちょっと足りていないことを理解した。

 なお、悠利が口にしたのは鑑定結果なので、【神の瞳】さんがざっくりとした説明をしてくれた結果だ。ちなみに、出てきた鑑定結果はこんな感じである。




――呪われた置き時計。

   呪いのかかった置き時計。細工は精巧で、インテリアとしては文句なしですが、呪われています。

   呪いの内容は、設置した場所の温度を下げるという単純なものです。

   ただし、設置している限り、延々と温度を下げます。寒さにお気を付けください。




 悠利のイメージでは、温度調節の壊れたクーラーという感じだった。ただただひたすらに冷やしていくと、最終的には元の温度とかなりの差が出てしまうだろう。置き場所を考えないと大変だ。


「置いた場所の温度を、下げ続ける呪いだそうです。なので、寒さ対策をしないと部屋が大変なことになるかなぁ、と」

「なるほど。そういう呪いなのだね。それは持っていないと思うから、買わせていただこう」

「ありがとうございます」


 購入が決定した品物は、店主が壊れないように包装してくれる。そうやって、悠利が鑑定して、デュークが判断するという品定めは続いた。

 それなりに数はあったが、購入を決定したのは半数にも満たない。何だかんだと手持ちの呪いと重複していたのだ。品物が違っても、呪いの効果は同じ場合もあるので。

 本来ならばそこそこ時間がかかるだろう作業は、悠利の鑑定を全面的に信頼するデュークによって、実にさくさく進んでいた。【神の瞳】さんは的確に状態を見抜くので、同じ呪いでも強弱があったり、品物の状態で呪いの暴発の危険性なども見抜いてしまう。

 なお、暴発の危険性があった商品は、店主が慌てて専用のケースに入れて封印した。後日、専門家に渡して何とかして貰うらしい。呪われたままで売買してもよい商品には、呪いの強さと暴発しない安全性が必要になる。適切に保管していても徐々に劣化はするので、定期的な確認は大事だ。

 勿論、今すぐにどうにかなりそうなものはなかった。ちょっと危なそうなので、対処した方が良いですよぐらいだ。もしかしたら、普通の鑑定では見抜けないぐらいの些細な綻びだったのかもしれない。【神の瞳】さんはチートなので。


「えーっと、それじゃあ、これが最後ですね」


 そう言って悠利が手にしたのは、見事な細工がされた銀の燭台だった。綺麗な模様が目を引く、インテリアとしても十分使えそうな燭台だった。飾っておくだけで華やかになりそうだ。

 この燭台の呪いは何なのかと、悠利は【神の瞳】を発動させる。そして、目の前に現れた鑑定結果にぽかんとした。


「……何コレ?」

「少年?」

「どうかされましたか?」


 デュークと店主の問いかけに、悠利は答えない。不思議そうな顔で、目の前に現れた画面、鑑定結果を見ている。呪いの効果が表示されると思ったら、予想外の文言が並んだのだ。

 その鑑定結果が、コレだった。




――呪いと祝福を受けた燭台。

  呪われた燭台ですが、同時に祝福も受けています。見た目は大変美しい燭台です。

  呪いは火を灯した者に対する罠が発動するものです。罠と言いますが、現実世界で不運が起こると思ってください。簡単に言うと、転んだりぶつかったりしやすくなります。

  祝福は火を灯した者に対する金運上昇です。些細なことですが、贈り物が貰えたり、へそくりが見つかったりと、臨時収入が手に入ります。

  現在は呪いの効能の方が強く、祝福はささやかです。ただし、使用している間に反転し、祝福が強くなります。使い続けているとまた呪いが強くなります。上手に付き合ってください。




 何ともトンチキな鑑定結果だった。そもそも、呪いと祝福が両立している段階で、悠利にはさっぱり意味不明である。それらは別々に付与されるものではないのかと思ってしまう。

 呪われているのに祝福されている燭台。そんなものがあるわけがないだろうと言われそうだ。でも実際にはここにあるので、現実はなかなかに珍妙である。


「あの、この燭台、呪いと祝福の両方がかかってるんです」

「「は?」」

「変ですよね?でも、そうらしいんです。しかも、使ってると呪いと祝福が交互に強くなるらしいです」

「少年、それは、……そんな妙な品があるのかい?」

「目の前にあります……」


 真面目な顔で問いかけてくるデュークに、悠利はすっと視線を逸らしながら答えた。本当のことなのでそれ以外に何も言えなかった。

 その悠利の発言に、店主は驚いたように口を開いた。実際、かなり驚いていたのだろう。今まで殆ど感情を乱すことのなかった店主が、若干取り乱している。


「呪いと祝福というのはどういうことですか?これは、使用者に不運がふりかかる燭台のはずですが」

「合ってます。不運というか、罠が発動するように転んだりぶつかったりしやすくなる呪いのかかった燭台です。それと同時に、使用者の金運を上昇させる祝福がかかった燭台でもあるらしいです」

「……そのような話は、仕入れたときに聞いてはいないのですが……」

「……え」


 真剣な顔で考え込む店主。その発言を聞いて悠利は、もう一度燭台をよく見た。鑑定画面がぶぉんと眼前に現れる。

 果たして、そこに書かれていたのは――。




――追記。

  現在は呪いの効能の方が強力なため、祝福に関してはよほど高位の鑑定能力を持っていなければ見抜けません。




(そういうのは先に言って……!)


 悠利は心の中で【神の瞳】さんにツッコミを入れた。相手は生命体ではなく自分に備わっている技能スキルだ。それは解っているのだが、毎度毎度色々な意味でアレな鑑定結果をフレンドリーに教えてくれる技能スキルなので、ついついツッコミを入れてしまう。

 店主が知らなかった理由は、これで解った。問題は、今の説明を信じて貰えるかどうかだ。商品に難癖を付けていると思われたらどうしよう、と悠利はちょっと不安に思った。

 思ったが、知ってしまった以上はちゃんと説明をしておくべきなのだ。そう覚悟を決めて、口を開いた。


「今は呪いの効能が強いので、祝福がかかっているのを見抜くのが難しいみたいです……」

「……」

「高位の鑑定能力者ならば見抜けると思いますので、気になるようならそういう方に確認して貰ってください……」


 すすーっと視線を逸らしながら告げてしまうのは、自分のような子供が何を言っても説得力がないだろうと思っているからだ。悠利は自分を知っている。まだまだ子供で、年齢よりも更に幼く見える子供だと。

 しかし、店主の反応は悠利の予想とは違った。


「いえ、そちらがそう仰るのならば、その通りなのでしょう」

「……へ?」

「お客様、どうやらこちらは随分と特殊な品のようですが、いかがなされますか?」

「たまにはそういう趣向も面白いだろうから、いただくことにしよう。あぁ、勿論、特殊な品ということを踏まえて代金は支払わせてもらうよ」

「恐れ入ります」


 呆気に取られる悠利をそっちのけに、商談はさくさくとまとまっていた。何で?と首を傾げる悠利と、同じように不思議そうに身体を傾けているルークスの姿があった。お揃いポーズが可愛い主従である。

 売買の手続きをしている二人だが、不思議そうなままの悠利に気付いたのか、店主が穏やかに微笑んで答えをくれた。あっさりと。


「貴方の腕前は、この界隈では有名ですよ」

「え、どういうことですか……?」

「以前、鑑定士組合でお仕事をされたことがあるでしょう?その話を、我々は伺っておりますので」

「……あー、なるほどー」


 種明かしをされてしまえば、悠利にしてもあっさりと答えの解る話だった。

 悠利が以前手伝った鑑定士組合のお仕事というのは、持ち込まれたいわく付きのアイテムを目利きするお仕事だ。鑑定をして、呪われているとか、罠が付いているとか、そういうのを確認して選別する仕事だ。そこで大活躍をしたので、横の繋がりで情報が入っていたのだろう。

 何はともあれ、信じて貰えたのならば一安心だ。良かったと胸をなで下ろす悠利。


(そういえば、暴発の危険性があるって言ったときもすぐに信じてくれたもんなぁ……)


 何だか有名人になった気分だった。本当のことを言っているので、きちんと信じて貰えるのはありがたい。知らず、笑みがこぼれる悠利だった。

 そんな悠利の活躍で、デュークは弟への土産を手に入れることが出来て大満足している。今回はちょっと不思議な商品も手に入れたので、なおさらだ。会計を済ませて外へ出ると、デュークは有利に向けて微笑んだ。


「それでは、次の店でもよろしくお願い出来るかな?」

「はい、お任せください」

「また面白い品物があると良いねぇ」

「そうですねー」


 のんびりと会話をしながら、二人は次の店を目指す。カミールにオススメされた店は一軒ではない。可愛い可愛い弟へのお土産を求めるヴァンパイアの御曹司様のお買い物は、まだまだ始まったばかりなのでした。




 なお、どの店でも気付かれていなかった掘り出し物を発見する悠利がいて、ご機嫌でそれを買い求めるデュークがいるのでした。やはり【神の瞳】さんは目利きの達人です。



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