トマト好き兄妹の為のスープパスタ

 久しぶりに妹に会えたことでデュークの機嫌は絶好調だった。マリアの方も、可愛がってくれる兄に会えて喜んでいる。そんなわけで、会話の弾んでいる兄妹を理解した悠利ゆうりは、デュークの分も含めて夕飯を作ろうと献立を考えていた。

 当初デュークは、宿屋を取ってそちらに宿泊し、食事もどこかの店で食べるつもりでいたらしい。しかし、マリアだけでなく《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々との会話も弾み、部屋が余っていることもあったので、急遽お泊まりが決定した。

 デュークのおもてなしはマリアを中心に仲間達がやっているので、悠利の仕事は献立を考えること。……あくまでも献立を考えるだけなのは、今日が悠利の休日だからだ。お客様が来たからと言って悠利に仕事をさせるつもりはないらしい。皆が。


「せっかくだから僕もお料理したかったのに……」

「ダメ」

「今日はお休みだろ」

「口で仕事してくれ」

「休暇」

「うー、何も四人で畳み掛けなくても良いじゃないー!」


 皆、ヒドい!と頬を膨らませる悠利。しかし、誰一人として相手にはしてくれなかった。見習い組の四人は、悠利が放っておくと家事をやりすぎて疲労を蓄積させるのを知っているのだ。

 そうなると、料理は見習い組の四人が作れるものということになる。それを踏まえて献立を考えるのが悠利の仕事で、皆が調理をするときに指示を出すところまでが担当だ。自ら台所に立つのは決して許してくれなかった。

 おもてなしでお料理を作りたかった悠利は、ちょっと拗ねていた。拗ねていたが、休暇はちゃんと休暇として過ごせというアリーの言葉があるので、逆らえない。ちょっとだけ拗ねつつも、どんな料理が良いだろうかと真面目に考えていた。

 やはり、本日のお客様であるデュークを喜ばせる料理を選ぶのが良いだろう。マリアの兄だけあって、デュークもトマトが大好きらしい。というか、ヴァンパイアなので吸血衝動も備えている彼は、常にトマトジュースを持ち歩いていて、空腹を感じたらそれで宥めているそうだ。

 ……トマトで吸血衝動や戦闘衝動が治まる一族、それが彼らなのである。他にも、ワインやブドウで落ち着く一族もいるとのことで、ヴァンパイアと一口に言っても色々と個性があるらしい。トマトの丸かじりで落ち着くヴァンパイアやダンピールというのも、ちょっぴりシュールだが。


「とりあえず、トマト料理を色々作ろうか」

「難しくないのでお願いします」

「カミール、潔すぎるよ……」

「だって、どう考えてもこのメンバーでやるとしたら、俺が調整役じゃん」

「まあ、否定はしないけど」


 見習い組の最年長はウルグスだが、料理に関しては器用なカミールが一番得意かもしれない。得意というよりは、何でも満遍なく出来るという言う感じだろうか。他の三人は自分の好きな料理は得意!みたいな感じなのだ。

 勿論、それはそれで悪くはない。好きなものの方が上手になるのは普通だ。食べたいから、美味しく作れるように努力する。何も間違っていない。

 ただ、皆で料理を作る場合は、一番何でも出来るとか、目端が利くとかいう人間が、全体の把握役になるのだ。そして、見習い組の中ではそういうポジションはカミールだった。まぁ、元々の性格とかもあるのだろうけれど。


「とりあえず、今まで作ったことのあるめんつゆトマトとトマトの玉子炒めなら出来るよね?」

「めんつゆトマトなら、オイラちゃんと作れる!」

「いや、アレは多分誰でもちゃんと作れるだろ」

「めんつゆ、美味」

「マグはめんつゆに反応すんな!」


 話題にめんつゆが出た瞬間に反応するマグに、カミールが即座に叫んだ。釘を刺しておかないと、作っている途中でめんつゆトマトが味見で消えると思ったのだろう。あながち間違っていない気がするので、誰もマグを庇わなかった。むしろ、頑張れカミールと応援している。


「めんつゆトマトとトマトの玉子炒めは解ったけど、それだけじゃダメだよな?」

「うん。メインディッシュは肉を塩胡椒で焼くぐらいの簡単なのでどうかな?それなら、数を用意するのも簡単だよね?」

「オッケー」


 悠利が調理をしているならともかく、見習い組だけで準備をするので手間取らない料理にするのは大事なことだった。今まで作ったことがある料理ならば彼らも勝手が解るので、分担して作業を進めることが出来る。

 現に今、悠利とカミールが話している背後では、味が染みこむまで漬け込む時間が必要になるめんつゆトマトの準備を、ヤックとマグが行っている。二人でせっせとトマトを洗い、ヘタを取り、くし形に切ってはボウルに入れているのだ。手慣れている。

 ……なお、トマトを切るだけで下拵えが出来る料理なので、マグは延々とトマトを切っていた。職人技のように同じ大きさに切るのが上手なマグなのだが、今は目が真剣だ。切ったら切った分だけ、めんつゆトマトにありつけると思っているのかもしれない。頑張る方向が自分のためだった。

 まぁ、ちゃんと仕事をしているので良いとしよう。つまみ食いはしないようにヤックが見張っているので。


「他は?ライスかパンかパスタか、何にするんだ?」

「トマトのスープパスタでどうかな?」

「…………作ったことないやつがきた……」


 悠利の提案に、カミールは眉間に皺を寄せた。お客様がいる状態で、作ったことのない料理を自分達だけで作るハードルの高さを考えたのだろう。そんなカミールに、悠利は笑った。


「大丈夫だよ。トマトの水煮を入れたスープを作るだけだから」

「……それなら、まぁ、何とか、出来るか……?」

「何でそんなに考え込むの」

「ユーリが思うほど、俺らは作ったことない料理を自分達だけで作れると思ってないの!」


 カミールの切実な叫びに、見習い組は全員同意するように頷いていた。作業の手を止めてまで頷くヤックとマグもいる。彼らの訴えに、悠利はとりあえず解ったと呟いた。

 そんなに難しい料理を提案したつもりは、悠利にはなかった。皆は、具沢山のスープも作れるし、トマトの水煮を使ったソースなども作れる。その二つを合体させるようなものであり、難しい手順はないと悠利は思ったのだ。

 ただしそれは、悠利が料理が出来るからである。

 作ったことがない料理でも、今まで作った料理を参考に味の想像をしながら作れるのは、料理が出来る人間の能力だ。レシピ通りにしか作れない、慣れた料理しか作れない、という人だって世の中にはいる。


「じゃあ、僕はここで手順を説明するから、カミールとウルグスで頑張って」

「俺は肉を焼く係」

「あ、ウルグス逃げた……!」

「逃げてねぇよ。肉を焼くのは俺が一番上手いんだ」

「くっ……!」


 新作料理の担当からあっさり外れたウルグスに、カミールが叫ぶ。しかし、彼の言い分は何も間違っていなかった。お肉大好きなウルグスくんは、お肉を焼くのが上手だった。どのぐらいの焼き加減が美味しいかというのを熟知しているのだ。

 適材適所ということなのかもしれない。そんな二人のやりとりを聞いていたヤックが、めんつゆトマトをマグに託して、手伝うためにこちらへとやってきた。


「カミール、オイラ、野菜を切ったり手伝うよ」

「ありがとう、ヤック。やっぱりお前が一番良い奴だ……」

「その言い方はちょっと……」


 別にウルグスに悪意があるわけではないし、マグにやる気がないわけでもない。単純に持ち場の問題なだけだとヤックは思う。まぁ、カミールもそれは解っているのだろう。ちょっと言ってみただけだ。

 そんな二人の姿を見て笑っていた悠利は、説明してもいいー?と声をかける。


「了解」

「準備するのは何?」

「はい、では必要な食材を言います。タマネギ、シメジ、トマトの水煮、ガーリック」

「「はーい」」


 意外と用意するもの少なかったな、と二人は言われた食材を用意しにかかる。そんな中、めんつゆトマトの仕込みを終えたマグがちらっと悠利を見た。悠利はそんなマグを見逃さない。


「マグ、サラダ作ってもらって良い?」

「何?」

「キャベツとレタスとキュウリ、あとタマネギとプチトマトかな?」

「諾」


 アジトでよく食べているシンプルなグリーンサラダだと理解して、マグは準備に取りかかる。これをマグに頼んだのは、キャベツの千切りが一番得意だからだ。

 見習い組は皆、キャベツの千切りぐらいは出来る。ただし、太さは人それぞれだし、かかる時間も人それぞれだ。その中で、マグは時間はそこまで早くないものの、均一な千切りを作れるという強みあった。サラダの千切りキャベツは、揃っている方が美味しそうだ。

 マグがサラダを引き受けたことで、野菜のおかずは十分満たされただろうと思う悠利。めんつゆトマトに、トマトの玉子炒めに、グリーンサラダに、焼いた肉に、キノコとタマネギを入れたトマトのスープパスタ。多分バランスは悪くない。

 トマト尽くしなのはバランスが悪いと言われそうだが、今日の主賓がトマト大好きなのだから問題ない。おもてなし料理というのは、喜んでもらえるものを作るべきだ。優先されるべきは美味しさとお客様の喜びである。


「ユーリ、材料持ってきた」

「何したら良い?」

「タマネギは細切り、シメジは食べやすい大きさに小分けにしてね」

「「解った!」」


 タマネギを手にしたカミールと、シメジを手にしたヤック。自分がやる作業を理解した彼らは、それぞれ下拵えに取りかかる。

 なお、並んで作業をしながら、「途中でタマネギ交代して」とカミールが頼み、ヤックも「解ってるよ」と応じていた。実に微笑ましい光景だ。……タマネギは目に染みるので、大量に切るときはちょっと覚悟が必要なのだ。交代できるなら交代したい。

 タマネギは皮を剥いて半分に切り、芯を取り除いてから細切りにする。味噌汁や野菜炒めでも使う切り方なので、カミールも慣れたものだ。ただ、スープパスタに使うので気持ち細く切っている。あまり大きいとゴロゴロしてしまうので。

 ただ、ここで気をつけなければいけないのは、細すぎると溶けてなくなってしまうことだ。スープの中に旨味を染みこませるには、じっくりことこと煮込むことも必要だ。そうしたときに、タマネギは溶けてしまう可能性がある。なので、大きさが残りそうなぐらいの細切りなのだ。

 シメジの方は汚れている部分を切り落として、バラバラと解していく。時々妙に大きいシメジがあって、面白い。同じシメジなのにサイズが違うのも、大人と子供みたいで見ていると楽しいのだ。

 そんな風に作業をする二人を眺めつつ、悠利は手持ち無沙汰でうずうずしていた。僕もご飯作りたい、と顔に出ている。しかし、作業に忙しい見習い組は誰も気付いてくれない。一人でちょっとしょんぼりする悠利だった。


「ユーリ、タマネギとシメジ出来た。次は?」

「ガーリックのみじん切り」

「……ヤック、ジャンケンしよう」

「……うん」


 ガーリックは指に匂いが残ってしまうので、押し付け合う二人だった。なお、押し付け合っている理由が「ガーリックの匂いが指からするとお腹が減る」という理由なのが、食べ盛りの少年達らしい。女性陣とはまた違う理由だった。

 とりあえず、ジャンケンで負けたヤックがみじん切りを担当することになった。その間にカミールは生ゴミをまとめてルークスに与える準備をしている。今はお掃除でいないルークスだが、戻ってきたら立派に生ゴミ処理をしてくれるだろう。実にお役立ちなスライムだ。


「ガーリックのみじん切りが出来たら、鍋にオリーブオイルと一緒に入れて炒めてね。香りが出てきたら、タマネギとシメジも加えてしんなりさせて」

「おー」

「オイラ知ってるんだ。コレ、ガーリック入れて炒めるだけでお腹減るって」

「……言うな、ヤック」


 オリーブオイルで炒めたガーリックは、それだけで食欲をそそる良い匂いなのだ。肉や魚がないのに、何故かその匂いだけでくぅとお腹が鳴りそうになってしまう。思わずあははと笑う悠利だった。否定は出来なかったので。

 アレコレと言っているが、それでも言われた通りに調理をする二人。オリーブオイルで炒めたガーリックのみじん切りから、ふわりと美味しそうな匂いが漂ってくる。肉の下拵えをしているウルグスが、その匂いにぼそりと「肉食いたい」と呟いた。肉の担当は君です。


「具材がしんなりしてきたら、トマトの水煮を入れて崩して」

「崩すって、どれぐらい?」

「大きな塊がなくなるぐらいで良いよ。ちょっとオリーブオイルで炒めたら、水を足して沸騰させます」

「おー」


 もはやこの段階で十分美味しそうだった。トマトの水煮を鍋に入れると、水分と油が反応してじゅわっと音を立てる。ごろごろした水煮をヘラでこんこん突いて潰すカミール。ちょっと楽しくなってきたのか、鼻歌でも出そうな雰囲気だった。

 そうしているとオリーブオイルと反応したトマトが溶けてくる。良い香りが充満してきたところで、水を足してスープに変える。ソースではなくスープなので、たっぷりの水を入れるのだ。


「沸騰してきたら味見して、顆粒出汁のコンソメ、塩、ケチャップ、乾燥バジルで味を調整してね。鶏ガラの顆粒出汁を入れても良いよ」

「その入れても良いよっての止めてほしいー」

「えー、何でー?味見して、足りないなと思ったら入れれば良いだけなんだけど」

「だから、オイラ達にはそれが解らないんだってば!」


 切実な訴えをするヤックに悠利は首を傾げた。そんな風に思ってしまうのは、悠利がその時々で目分量で調味料を加える感じの料理をしているからだ。パンやお菓子ではないので、料理は味見をしながらその都度調整をすることが出来るということになるのだ。


「あのね、皆も随分と慣れてきてるし、少しずつ調味料を足せば大丈夫だよ。後、好みの味付けは個人差があるから、自分でやってみるのも必要だよ」

「自分が参加出来ないからって、ここぞとばかりに……」

「頑張ってー」


 にこにこ笑顔の悠利に、カミールはぶーぶーと唇を尖らせる。その隣でヤックは、真剣な顔で調味料を入れていた。出来るから頑張ってみてと言われて、やる気になったらしい。根が真面目なので。

 言われた通りに味見をして、コンソメの顆粒だし、塩、ケチャップ、乾燥バジルを少しずつ加えて味を確認している。トマトの水煮とオリーブオイルで炒めた具材の味わいが溶け込んでいるので、まったく味がないというわけではないのだ。

 だからこそ、そこに何をどれだけ追加するかによって味の方向性が変わる。せっかくのトマトのスープパスタなのだから、トマトの味を消すようなことはあってはいけない。


「ユーリ、これで大丈夫か味見して」

「はいはーい」


 差し出された小皿を、悠利は素直に受け取った。ヤックが一生懸命考えた味付けだ。少しずつ調味料を入れて、味見を繰り返した結果がどうなったのか。

 ふわりとトマトの匂いが香る。他の具材や調味料の匂いもするが、何より初めに来るのはトマトだ。赤い液体を、悠利はすっと飲んだ。

 口の中に広がるのは、奥底にガーリックの風味を隠したトマトスープだった。コンソメと鶏ガラでコクが増えている。トマトの水煮だけでは酸味が気になるところだが、ケチャップが良い仕事をしていた。

 まぁ、端的に言えば、美味しかった。トマトの水煮のどろりとした食感が残っているのがまた、濃厚で良い。上出来だった。


「美味しいよ」

「本当?」

「こんなことで嘘をついてどうするのさ」

「やったー!カミール、オイラやったよ!」

「偉いぞヤック!流石、うちの期待の星!」

「……いつ期待の星になったの……?」


 わーいと盛り上がっているヤックとカミール。悠利が不思議そうに首を傾げながらツッコミを入れたが、届いていなかった。初めて作る料理を上手に味付け出来て、ハイテンションになっているらしい。何とも微笑ましい。

 とりあえず、盛り上がっている二人には悪いが言うべきことは言おうと口を開く悠利。口しか出せないので。


「スープ出来たら、パスタ茹でてねー」

「あ、忘れてた!」

「お湯、お湯!」

「いつもより短い時間で引き上げて、スープの鍋で仕上げに煮込んだら完成だから」

「「解ったー!!」」


 それぐらいなら問題ないと言いたげに、ヤックとカミールは作業に戻る。賑やかに、ドタバタと、それでも手分けして食事の支度を頑張る見習い組の四人を見ながら、悠利は頑張れーと応援するのだった。




 そんなこんなで見習い組が精一杯頑張った晩ご飯。お客様であるデュークが気に入ってくれるかドキドキしていた悠利達だが、結果は大好評。美貌のお兄様の満面の笑みに、「まっ、眩しい……!」となってしまった少年達である。

 トマト尽くしの料理というのも、喜ばれた理由なのだろう。衝動を抑えるためにトマトジュースを常備しているデュークだが、トマトは普通に好物だという。なので、トマト増し増しの食卓を見て、とても嬉しそうにしてくれたのだ。


(デュークさんが喜んでくれて良かったなぁ……)


 出来れば自分も料理を作っておもてなししたかった悠利だが、とりあえず喜んでもらえたのでよしとしている。それに、見習い組の皆が作ってくれた晩ご飯は、とても美味しかった。

 その中でも特に皆を満足させているのは、初めて作ったトマトスープパスタだろう。真っ赤なトマトスープの中にパスタが見え隠れする。スプーンでスープを飲み、フォークでパスタを食べる。具材はタマネギとシメジだけとシンプルだが、逆にそれが良かった。

 完全に潰されたわけではないトマトの水煮も、時折ころりんころりんと残っていて、トマトを食べている気分にさせてくれる。パスタとして食べるために具材は控えめなのだが、ここにどどんと魚介類を入れてもそれはそれで大変美味しく仕上がるだろう。いつかやろうと思う悠利だった。


「やっぱり、ガーリックが入ってると風味が違うなぁ……」


 ちゅるんとパスタを食べながら、悠利は小さく呟いた。明日もお仕事がある皆を思って、あまり大量には入れていない。匂いが気になるからだ。それでも、ガーリックが入っていると味がぐっと引き立つ。

 トマトの水煮を用いたスープパスタは、簡単で美味しく作れる。濃厚なトマトの味わいと、少しどろりとしたソースのようなスープがパスタに絡んで、口の中で混ざり合うのだ。さらさらしたスープではないので、パスタを食べるときに一緒に口の中に入るのが良いのである。

 溶けないように考えて切ったタマネギは、旨味がスープに溶け出しているのにしっかりと形が残っている。シメジの歯応えもまた楽しい。スープとしても十分に美味しいのだが、そこにパスタが入っているので満足感が凄かった。悠利はあまり大きな胃袋をしていないので、他のおかずには手を出す気があまり起きない。

 ただし、それは、あくまでも悠利や、悠利のように小食な面々の話である。


「お兄様、このトマトの玉子炒めもとっても美味しいんですよ」

「トマトに火を通すのは知っているけれど、玉子と炒めるのは知らなかったね。良い匂いだ」

「あ、それ、ライスの上に載せるとすっっっっっごく美味しいんですよ!」

「ライスに?」

「ライスに」


 マリアとデュークの会話に、隣のテーブルからレレイが割り込んだ。どうやら、一緒に過ごす間に随分と気安くなったらしい。年齢は余裕で三桁らしいデュークだが、外見からはそんなことは解らないので、レレイの中ではマリアさんのお兄さんという枠で収まっているらしい。

 レレイの提案に、トマトのスープパスタを殆ど食べ終えていたデュークは少し考え込んだ。それなりに沢山盛り付けてあったパスタが既にないことに気付いて、悠利は目を点にした。細い身体のどこに入るのか解らない食欲は、妹と同じらしい。


「このパスタのお代わりもしたいのだけれど……」

「お兄様?」

「ライスに載せるのも美味しそうだな、と」

「……ライスもあるので、足りないようでしたら用意しますよ?」

「本当かい、少年!ありがとう」


 ぱぁっと表情を輝かせるデューク。悠利はいえいえと言いながらデュークのためにご飯を準備する。その背中にレレイの「あたしもー!」という元気な声が聞こえた。聞こえたので、「レレイは自分で欲しいだけよそって」とさらりと答えておいた。基本的にその辺は各自でやるのが《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の流儀である。

 悠利が準備をしてくれると解ったデュークは、心置きなくという風情でスープパスタを食べる。口の中いっぱいに広がるトマトの旨味に、その表情が緩む。端正な、黙っていると恐ろしくすら見える顔立ちだが、そうやって感情が載ると思わず皆が見惚れるほどの威力があった。顔面が武器かもしれない。

 マリアは慣れているので気にしていないのか、そんな兄を見ても楽しそうに笑っているだけだ。兄の外見詐欺については理解していないのかもしれない。彼女にとってはそれが普通なので。


「お待たせしました」

「ありがとう」


 用意されたご飯を受け取って、デュークは嬉しそうにその上にトマトの玉子炒めを載せていく。スプーンで掬って食べた瞬間、美味しいと微笑みが零れる。ごま油で炒めたトマトの玉子炒めは、トマトの水分がスープのようになって、それも含めてご飯にかけると最高に美味しいのだ。

 美味しいですよね!と満面の笑みで同じものを食べているレレイ。その隣でクーレッシュとヘルミーネが、「相変わらずの胃袋……」と呟いていた。なお、イレイシアは慎ましく沈黙を守って、ちまちまとトマトのスープパスタを食べていた。若手組もいつも通りだ。


「ところで少年、このスープパスタはどのように作ったのだろうか?」

「トマトの水煮を使っただけですけど?」

「なるほど。トマトの水煮か。アレを使えばこのように食感の残るスープが作れるのだね」


 にこにこと微笑むデューク。何がそんなにお気に召したのかは解らないが、とりあえず気に入ってもらえて良かったと悠利は思った。おもてなしになっているようなので。

 そんな悠利だったが、続くデュークの言葉には思わず食べていたスープパスタを吹き出しそうになった。寸前で堪えたが。


「家に戻ったら是非とも料理長に教えなければ」


 ごふっという音が他にも複数聞こえた。悠利が何とか吹き出さずに口の中身を飲み込んで視線を向ければ、見習い組の三人が物凄く変な顔をして口をもごもごさせていた。……マグだけはいつも通りに黙々と食事を続けていたが。

 料理長って何……?とマグ以外の三人が悠利を見る。ぷるぷるしていた。捨てられた子犬みたいな瞳である。しかし、そんな目で見られても悠利にもよく解らないで首を左右に振ることで答えにした。

 一般人である彼らにとって、聞き馴染みのない単語が聞こえた。それも、普通の声で。

 デュークがトマトのスープパスタを気に入ってくれたのは解る。物凄く解る。お代わりをしようとしてくれているし。それは良いのだが、料理長とか呼ばれるような凄い人に教えるような料理ではないと、四人は思った。これは明らかに庶民飯である。

 そんな悠利達の衝撃を汲んでくれたのだろう。マリアが隣に座る兄に声をかけた。


「お兄様、料理長にこれを作らせるおつもりなんですか?」

「うん?だって、とても美味しいじゃないか。トマトの美味しさがたっぷりだ」

「ですけれどこれ、晩餐に使うような料理ではないと思いますわぁ」

「美味しい料理なんだから、何か問題があるかな?」

「……相変わらず、育ちの割にその辺りの判定がガバガバですね、お兄様」

「そんなに褒めないでくれ」

「褒めてません」


 愛しい愛しい妹に褒められたと照れるデューク。マリアが一刀両断しているが、全然聞いていなかった。そして、今の会話で悠利達は何となくデュークの人となりを察した。領主様のご子息だというのに、物事の基準が自分が気に入っているかどうかなのだ。高い安いが関係ないタイプの人だった。

 高級品に囲まれて生きていそうな雰囲気の人なのに、庶民飯を美味しそうに食べている。あげく、それを料理長に作らせようと考えている。造作めいた美貌とあいまって、この人やっぱり外見詐欺だ、と思う悠利達だった。




 食事後、食べた料理のレシピを教えてほしいとデュークに言われる悠利達。教えて喜んでもらえたけれど、領主様ご一家が食べる料理じゃないよなぁ、とちょっと思うのでした。



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