生ハムとめんつゆ卵黄でプチ贅沢丼

 人数の少ない日のお昼ご飯は、悠利ゆうりにとってはちょっとした楽しみになっていた。

 楽しみというのは違うかもしれないが、メニューを気楽に考えられるという意味では、確かに楽しみだった。人数が少ないと言うことは気配りすることが少ないということであり、同時に、ちょっと冒険してみることも可能だからだ。皆が好むか解らない新作料理などは、こういうときに作るようにしている。

 今日はアリーと二人だけなので、何にしようかうきうきの悠利だった。アリーは特に好き嫌いはなく、また、冒険者時代にあちこちで色々なものを食べてきたからか、珍しい食材にもある程度の耐性を持っていた。

 まぁ、その彼にしても、悠利が魔改造民族日本人の発想でお出しする料理に関しては、時々、本当に時々、「何でこうなった……?」みたいな反応をするのだが。それでも、割と何でも食べてくれる保護者様なので、悠利も気楽にメニューを考えることが出来た。

 メニューを考えるときは当人の好き嫌いもだが、アレルギーなども考慮しなければならない。幸いなことに《真紅の山猫スカーレット・リンクス》にはアレルギー持ちはいないので、そこは助かっている悠利だった。

 しいていうなら、リヒトの下戸がそれに該当するだろうか。しかし、料理酒を使うとしてもアルコールは調理過程で飛ぶので、そこまで気にする必要はなかった。第一、下戸のリヒトが耐えられないほどに酒精が強い料理は、未成年にもよろしくないので。

 食材を確認して、本日のメニューを考える悠利。朝食に作った温野菜が残っているので、副菜はそれで問題ない。ベーコンとキノコのコンソメスープも残っている。メインディッシュを考えれば良さそうだ。


「うーん、何にしようかなぁ……」


 二人きりのお昼ご飯。どうせならば、残量の少ない食材を上手に使いたい悠利だった。何があるかなと考えて、思い出したのは保存するために学生鞄に片付けておいたある食材だ。


「生ハムの欠片が残ってたんだった……!これを使おうっと」


 高性能の魔法鞄マジックバッグと化している学生鞄から取り出した生ハムは、入れたときそのままの鮮度の良い状態だった。それを狙って冷蔵庫ではなく学生鞄に入れておいたのだ。後、つまみ食い防止のために。

 冷蔵庫に入っていると、お腹を空かせてネズミがそろりそろりと手を伸ばすのだ。腹ぺこネズミの数が多いことに定評のあるクランである。食べ盛りが多いので仕方ない。

 この生ハムは、レオポルドにお裾分けでいただいた生ハム原木の残りである。皆で美味しく生ハムしゃぶしゃぶで堪能したのだが、端っこの方は見栄えがあまり良くなかったので出さなかったのだ。他の分で足りていたようだったので。

 端っこの方なので形は多少悪かったりするが、味に違いはない。切り落としみたいなものである。丁度二人分ぐらいはあるので、これを使うことに決めた悠利だった。


「生ハムだけだとちょっとパンチが足りないかもしれないから、いっそ丼にしちゃおうかな。卵黄も載せたら美味しそう」


 うん、それにしよう、と悠利は満面の笑みを浮かべた。ほかほかご飯の上に生ハムと卵黄を載せた生ハム丼である。美味しいに決まっている、という確信があった。

 というか、悠利は食べたことがあるので、その味を思い出して問題ないだろうと判断した。好都合なことに、めんつゆ卵黄が作り置きで残っている。アレを載せてしまえばグレードがアップするだろう。

 そうと決まれば、昼食の準備だ。朝食の残りとお手軽簡単な生ハム丼なので、二人分とはいえちゃちゃっと作れそうだ。たまにはそういう日があっても良いのである。お手軽ご飯でも美味しいものは美味しいので。

 朝食の残りの温野菜を皿に盛り付け、くし形に切ったトマトも添える。ちなみに、温野菜のラインナップは、ジャガイモ、人参、ブロッコリーだ。彩りも豊かな野菜のおかずの完成だ。お皿の隅っこにマヨネーズを添えれば完璧だ。

 ベーコンとキノコのコンソメスープは鍋でことこと温める。スープに溶け出したベーコンの脂がふわりと香るのが何とも言えず美味しそうである。キノコの旨味が溶け出しているので、スープが大変美味しいのだ。

 その間に、生ハム丼の準備をする。準備と言っても、ご飯の上に盛り付けるだけなのだが。

 丼ではあるが、使う器は深めの平皿。その方が、生ハムを満遍なく並べられるからだ。最後に白ご飯だけが残るようなことにはしたくない。何となく寂しいので。

 白ご飯を器に盛り付けて、その上に生ハムを並べる。ほかほかしたご飯の上に載せるので、ちょっと火が通るのもまた、ご愛敬だ。真ん中だけは空けておいて、そこに冷蔵庫に入れておいためんつゆ卵黄をぽとんと落とす。

 あえて、特に他に味付けはしない。お好みで何かをかけるのも良いのだが、しっかりと塩気のある生ハムなので、そのままでも十分に美味しい。また、ただの卵黄ではなくめんつゆ卵黄をしようするので、その濃厚さで食べるのも良いだろうという判断だ。

 ただ、ちょっとしたアクセントにと、胡椒をかけるのは忘れない。ガリガリとペッパーミルで削った黒胡椒が生ハムの上に点描を描いていく。かけすぎると辛いのでちょっと注意が必要だ。

 ハムと胡椒の相性は悪くないので、これも問題なく美味しくなると思っている悠利だ。玉子と胡椒も仲良しなので、仲良しトリオが手を組んだみたいな状態だと勝手に思っている。悠利の脳内では、子供向け料理番組のデフォルメされたハムと玉子とペッパーミルが踊っていた。


「よーし、完成ー」


 スープも良い感じに温まったので、これで準備は完璧だった。食堂のテーブルを拭いて、盛り付けた料理を運んで並べる。二人分なのでその作業も簡単だった。

 準備が出来たのでそろそろアリーを呼びに行こうかと思った悠利の視界の端を、ルークスがぽよんと跳ねた。出来る従魔は悠利に視線を向けて笑うと、そのままぴょーんと飛び跳ねて廊下へと出て行ってしまった。


「……もしかして、アリーさんを呼びに行ってくれたのかな……」


 頼んでもいないのに、と悠利は思う。しかし、ルークスの賢さを考えると、それぐらいやってのけそうだった。今日も愛らしい見た目にハイスペックを隠した愛されスライムである。

 本来なら有り得ないぐらいに賢い行動なのだが、悠利は「やっぱりルーちゃんは凄い!」で終わらせていた。うちの子可愛いと同じレベルで考えている。一般的なスライムはそんな行動を取らないのだが、悠利は他のスライムを知らないから解らないのだ。

 ルークスが呼びに行ってくれたならと、飲み水を用意したり、洗い物をしたりと雑用を片付ける悠利。しばらくして、ぽよんぽよんと楽しげに跳ねるルークスと、苦笑しながらその後を追うようにアリーが入ってきた。


「アリーさん、お昼ご飯出来てます」

「あぁ、助かる。……頼んだのか?」

「いえ。自発的にお知らせに」

「……そうか」


 お手伝い頑張ったよ!みたいな感じで悠利にアピールをしているルークス。可愛い従魔の頭を撫でながら悠利が答えれば、アリーは遠い目をしながら息を吐いた。けれど、それ以上は何も言わなかった。言っても無駄だと思っているのかもしれない。

 それ以上余計なやりとりはなく、二人は席に着いた。ルークスは自分用に用意された残り物盛り合わせを見て、生ゴミ処理が先だと思ったのか、ぴょーいと台所スペースへと移動していった。

 吸収したものからエネルギーを得られるルークスにとって、生ゴミ処理はお手伝いとして喜んでもらえる上に、自分はエネルギー補給が出来る一石二鳥のお仕事だった。なので、ただの食事の前に仕事を片付けるつもりなのだろう。真面目だ。

 そんなルークスの行動はある意味予測できたので、悠利もアリーも特に何も言わない。彼らは目の前の昼食を頂くことにした。


「それでは、いただきます」

「いただきます」


 悠利に続いてアリーも手を合わせて挨拶をする。それから、目の前の料理をじっと見つめた。

 アリーの視線に気付いた悠利が、にこにこ笑顔で料理の説明をする。まあ、見たまんまだとは思うのだが、初めての料理なので説明は必要だろうと思ったのだ。


「今日のお昼は、生ハムとめんつゆ卵黄の丼です」

「生ハムとライスは合うのか?」

「合いますよ。僕の故郷ではお寿司にもありましたし」

「そうか」


 パンと合わせるイメージしかなかったらしいアリーだが、悠利の説明を聞いてとりあえず納得したらしい。ただ、口の中で「お前の故郷、基本的に何でもライスに合わせりゃ良いと思ってないか……?」というツッコミを口にするのは忘れなかったが。

 まぁ、魔改造民族日本人は、ご飯も大好きなのだ。ご飯に合うようにおかずや食材を改良するのが本質なのかもしれない。丼以外にも、それっぽい食べ物はとても多い。ライスの上に何かを載せる、或いは何かをかけるというのは、日本人が大好きな料理形態なのかもしれない。


「胡椒をかけてあるだけなんですが、生ハムの塩気とめんつゆ卵黄の味で食べられると思います。もしも薄かったら、お好みで何かをかけてください」

「解った」


 悠利の説明を聞いて、アリーはスプーンを生ハム丼へと向けた。とりあえずは食べてみて考えることにしたのだろう。大事なことだ。食べる前に何かをかけて、濃かったら目も当てられない。

 スプーンで卵黄を崩し、とろりと零れたそれが絡んだ生ハムごとご飯を掬う。そしてそのまま、一口でばくんと食べる。生ハムと、卵黄と、ご飯。三つの旨味が口の中で混ざり合う。

 ほかほかご飯の上に載っていた生ハムは、裏面がほんのり火が通っている。ただし、全てに火が通っているわけではないので、表面だけが少し食感が違う。しかし、生ハム本来の美味しさを損なっているわけではなく、その旨味がじゅわりと広がる。

 めんつゆ卵黄の濃厚な味わいが、その生ハムに絡んでハーモニーを奏でている。そして、その二つの深みのある味を包み込むご飯。白米に卵黄が染みこみ、生ハムの塩気でコーティングされ、旨味爆弾のように美味しさが口に広がるのだ。

 噛めば噛むほどに生ハムの旨味が加わり、ご飯が余すことなくそれを受け止める。胡椒のピリリとした辛みもアクセントになっており、シンプルながら濃厚な味わいとして満足感があった。


「……ライスにも合うんだな」

「ハムですし」

「美味い」

「美味しいですよね」


 端的なアリーの言葉に、悠利はニコニコ笑っている。美味しく出来たのでご満悦らしい。この美味しさは元々の生ハムが美味しかったというのもあるので、レオポルドに感謝する悠利だった。

 とてもとても美味しいが、皆の分を作れるほどには生ハムは残っていなかった。二人だからこそ分量が足りたのだ。運が良いというのかもしれない。


「しかし、まだ残っていたんだな」

「生ハムですか?」

「あぁ」

「これ、端の方なんですよ。見た目があんまり良くなかったので、この間は出さなかった残りです」

「大事に残しておいたと」

「え?普通、残しておきますよね?」


 勿体ないじゃないですか、と悠利はあっさりと答える。形が悪いだけで味に問題はないのだ。どこかで自分が食べれば良いやと思っていた悠利である。傷んでいるならともかく、何の問題もない食材を捨てるのは彼の本意ではない。

 お前らしいなと苦笑するアリー。首を傾げる悠利。まぁ、いつも通りのやりとりだった。

 二人きりの昼食なので、ちょこちょこ雑談をしながらになる。普段はこんな風にアリーとゆっくり話すことはあまりないので、悠利は雑談を楽しんでいた。

 というのも、いつもは誰かしらが同じテーブルについているし、腹ぺこ集団が大騒ぎをしていたりするし、別の誰かに声をかけられることが多い悠利なのだ。アリーは元々饒舌な方でもないので、食事中にわざわざ他の誰かとの会話を邪魔してまで悠利と話そうとはしないのである。

 その雑談の中で、悠利はふと気になったことを問いかけた。何だかんだで尋ねる機会がなかった話題だ。


「《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の先代さんって、どんな方なんですか?」

「あ?先代?」

「はい。前にレレイから美魔女だって言うのは聞いたんですけど」

「……美魔女……」


 何だそれはと変な顔をするアリーに、悠利は美魔女がどういうものかを説明した。年齢にそぐわぬ若々しく美しい見た目をした女性に対する呼称の一つだと説明されたアリーは、天を仰いでから「なるほど……」と呟いた。異論はないらいし。

 悠利は《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に身を寄せているが、先代リーダー、クランの創設者でもある初代様にお会いしたことはない。名前も姿形も、よく知らない。今クランに所属している面々でも、その人を知らない者は多い。

 面識があるのは、アリー達指導係を除けば、レレイぐらいだという。年単位でふらっと現れるようで、バルロイやアルシェットは顔見知りらしい。彼らが身を寄せていた時期に顔を出してからしばらくは来ていないらしく、今の訓練生や見習い組はその人を知らない。

 なのであまり話題に上らないのだが、だからこそふとしたときに悠利はどんな人なのか気になってしまうのだ。とても珍しい初心者冒険者の育成用クランを立ち上げるような女性は、どんな人なのだろうか、と。


「お前が知ってる情報はどの程度だ?」

「赤毛の猫獣人さんで、美魔女で、お風呂が大好きな人?」

「まぁ概ね合ってるが、猫獣人というか、あの人は山猫だ。赤毛の山猫。普通の猫獣人よりも体格が良い」

「赤毛の、山猫さん……?」


 アリーの説明を聞いて、悠利はこてんと首を傾げた。何やら符号が見えた気がした。ハッとした顔で叫んだ。


「もしかして、クランの名前って先代リーダーさんにちなんでなんですか!?」

「そうだ。誰のクランか知らしめることで、アホを牽制する意味があったらしい」

「アホを牽制って……」

「それまでなかった初心者冒険者をトレジャーハンターに育成するクランってやつだからな。変に目を付けられるぐらいなら、最初から誰の管轄かを教えた方が早いってことらしい」

「わー、豪快ー……」


 自分を連想させるような名前をクランに付けることで、喧嘩を売ってくる輩を牽制していたという。噂に聞く以上の女傑っぷりだなぁと悠利は思った。

 思うと同時に、それだけの力がある冒険者さんだったんだなぁと思った。連想させるだけで相手を怯ませることが出来るだなんて、よほどの腕利きだろうと思ったのだ。

 そんな悠利の考えを読んだのか、アリーが説明を続ける。淡々と語ってはいるが、その内容はなかなかのものだった。


「現役時代の二つ名が嵐のスカーレットという人でな。赤毛で、赤い服を好んで着ることからそう呼ばれていた。豪放磊落というかカラッとした性格で、即断即決、敵は完全粉砕、みたいな人だ」

「何というか、レレイとかバルロイさんとかみたいですね……」

「獣人は裏表のない奴が多いから、そういうのもあるだろう。まぁ、年齢相応に修羅場も潜ってるから、色々と食えないところはあるが、基本的には明瞭快活な人だ。真っ正面から押し通す感じで」

「アリーさん、最後は何だか意味が違う気がします……」


 思わず悠利はぼやいた。今の流れで最後の説明になると、敵が密集していようが、相手が反対意見を持っていようが、全てど真ん中をぶち抜いて力尽くで押し通っていくような感じになる。ちょっと物騒だ。

 しかし、そんな悠利の発言を、アリーはすっと視線を逸らすだけで否定しなかった。……つまりは、そういう片鱗もあるということなのだろう。どこまでも女傑様っぽい。

 これ以上そちら方面の話を聞くと胃が痛くなるような話が出てきそうなので、悠利はそろっと話題を変えることにした。穏便な話題が良かったので。


「あの、お風呂好きってのはどういうことですか?アジトのお風呂、大浴場が男湯と女湯で、一人風呂とシャワーまであるじゃないですか。普通はそこまで備えて付けてないって聞いたんですけど」

「風呂は命の洗濯なんだと。旅先で温泉を知ってから風呂好きが加速したらしい」

「まさかの温泉の魔力だった……」


 確かに温泉は気持ち良いし、悠利も好きだ。しかし、温泉を知ったから風呂好きになって、それが原因でアジトに大浴場を二つも作ってしまうのは、なかなかのことだと思う。お風呂を作るのは場所も金もそれなりに必要になるので。

 聞くところによると、先代様がアジトを建てるときに何より優先したのはお風呂だったという。お風呂のスペースを確保するためなら、収容人数が減ってもかまわない!みたいなノリだったという。……お風呂にそこまで情熱をかけられるのも凄いな、と悠利は思う。


「今は、あちこちの温泉地や保養施設を巡ってるはずだ」

「どこか具合でも……?」

「いや。ただの道楽だ。冒険者時代に稼いだ金があるからな。温泉を巡って堪能しているらしい」

「普通に隠居後の旅行三昧なんですね」

「そうだ」


 人生を満喫してるタイプのお方だった。まぁ、誰に迷惑をかけているわけでもないので、良いのだろう。


「そのせいで、所在地がまっっっったく解らんのが困りものだがな」

「あ」

「一応、長逗留するときは連絡をくれたりはするんだが、遠方だと手紙が届く頃には別の場所に移動しているからな……」

「ですよねぇ……」


 この世界、門と門を繋いで瞬間移動出来る転移門なる凄まじいものがあったり、ワイバーンだの魔物枠の凄い馬だのがいたりするのだが、郵便物はそんなに早くは届かない。よほどの緊急連絡でないかぎり、そんな特殊手段は使われないのだ。

 基本的にお手紙は、馬や船などで運ばれる。それを思えば、どこか遠方の温泉地でおくつろぎ中の先代様から送られてきた手紙がアジトに届く頃には、結構な日にちが経っている場合も多いのだ。

 しかも、先代様の行動範囲は広い。この国だけに留まらず、場合によっては別の大陸にもうっきうきで出かけるらしい。冒険者時代の人脈も凄まじいので、知己を訪ねるだけでかなりの移動になるらしい。……そんな人の現在地を把握するのは至難の業である。


「俺に任せてからはほぼ丸投げでな。一応定期的に手紙のやりとりはしているが、ここに直接顔を出すのは何年かに一回だ」

「アリーさん、信頼されてるんですねぇ」

「……まぁ、そうなんだろうな」


 そう言って笑うアリーの表情は、一瞬だけ遠いどこかを見ているようだった。……アリーが《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に身を寄せることになったのは、彼が隻眼になったからだ。前線を退くことを決めた彼の才能を買った先代に誘われたのだという。

 つまりは、冒険者として華々しい活躍を諦めたアリーに、新しい道を示してくれた相手とも言えた。……まぁ、隻眼になってもアリーの腕前は衰えたわけではないので、やろうと思えば現役最前線の冒険者は出来るのだが。当人の気分の問題だった。

 縁って色々あるんだなぁ、と悠利は思う。先代様がアリーを《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に誘っていなければ、彼がリーダーを継ぐことはなかった。アリーがリーダーでなければ、悠利がこの世界に転移したときに保護して貰うこともなかった。間接的に、先代様は悠利の恩人だ。


「もしも会うことがあったら、とりあえず、おばさんって呼ぶのは止めた方が良いんですよね?」

「面倒くさいことになるから本気で止めろ」

「……はい」


 真顔になったアリーに、悠利は素直に頷いた。じゃあ何て呼べば良いんだろうなぁと思いつつ、それは会ったときに本人に聞けば良いかと思った。呼んでほしい呼び方をするのが一番だろう、と。

 それにしても、アリーがここまで本気で止めろというのは珍しい。やはり、女性に年齢を認識させる呼称はよろしくないんだな、と胸に刻む悠利だった。気をつけよう、と。




 その後も他愛ない雑談が続き、こういう日も悪くないなぁと思う悠利なのでした。先代様についてのお話は楽しかったようです。



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