リヒトさんがここにいる理由

 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》には訓練生が沢山いるが、その中でも約二名、周囲からの認識が違う者がいる。その一人がリヒトだ。

 何が違うかと言えば、彼は訓練生という名目ではあるものの、大人枠に該当する。何かあったときに指導係の面々が頭数に含めるような、頼れる大人という認識になっているのだ。成人男性ということだけでなく、彼が元々冒険者として活躍をしていたことがその理由だ。

 悠利ゆうり達からの認識も、頼れる大人、困ったときに相談するお兄さん、という枠になっている。面倒見が良くてお人好しのリヒトは、何かを相談されたり頼まれても、優しく引き受けてくれる。

 ……まぁ、枕が変わると眠れない程度に繊細なお兄さんなので、アレな案件のときは胃痛を抱えながら助けを求めてくるのだが。自分だけで抱えられないときは素直に宣言するところは、逆に好感が持てる。

 そんな頼れるお兄さんが《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に身を寄せているのは、冒険者としての基礎を学び直すため、であった。パーティーは一時解散中で、再結成するまでの間の修業という感じらしい。


「リヒトさんって、期限付きだったりするんですか?」

「は?」

「いえ、今は休憩中だけど戻る先のパーティーがあるって聞いたことがあるので」

「あぁ、なるほど」


 悠利が突然投げかけた質問。一瞬不思議そうな顔をしたリヒトだが、続けられた言葉で色々と理解したらしい。いつも通りの笑顔で説明してくれる。


「特にどの時期に再結成とかは決めていないな。そもそも、俺じゃなくて仲間の都合なんだ」

「そうなんですか?」

「あぁ。仲間達が再結成出来るようになるまでは、各々が修業をするという感じでな」

「へー」


 特に期日が決まっているわけでもないらしいと聞いて、悠利はちょっとだけ胸をなで下ろした。リヒトは頼れる優しいお兄さんなので、中途半端な状態で期日が来たと言って去っていかれるとちょっと寂しいと思ったのだ。

 勿論、他の訓練生も含めて、いつか卒業ということになるのは解っている。解っているがそれでも、きちんと各々が学び終えてからの卒業の方が良いなぁと思ったのだ。


「《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に来たきっかけとかって、聞いても大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だ」


 仲間達がクランに身を寄せた経緯を聞くのは、悠利のちょっとした好奇心だった。自分が保護者様に拾われた状況だったので、他がどうなのか気になるのだ。

 悠利のように放っておくとアレだと思われて確保されてきた面々もいるし、伝手を頼って修業をしに来た面々もいる。また、凄腕真贋士であるアリーの存在を頼って身を寄せる者達もだ。仲間入りの経緯は、皆それぞれだったりするのだ。


「発端は、仲間の斥候役が怪我をしたことだな。そいつ抜きで依頼を受けると大変だってことが解って、他にもそういう役割が出来る人間がいた方が良いなってなったんだ」

「あぁ、役割分担が完璧だと、誰かが欠けると大変ですもんね」

「そうなんだ」


 リヒトの説明は悠利にも解りやすかった。適材適所でパーティーを組むのは大賛成だが、その場合、全員が万全の状態で揃っていることが前提になってしまう。誰か一人が欠けたときのフォローが出来るかどうかは大きい。

 リヒトは前衛で武器を振るうのが仕事だ。所持している職業ジョブも戦士や槍士といった感じのもので、有り体に言ってしまえば敵を倒すのがお仕事というポジションだ。だから、パーティーが万全の状態ならば彼は、何も気にせず敵を倒すだけで良かったはずだ。

 しかし、サポート役を担っていた斥候担当が負傷したことで、バランスが崩れた場合は大変だということを痛感したのだ。己の仕事をしているだけではいけない、と。仲間達とこれからも恙なく冒険者を続けていくためには、お互いにカバーできるようになることが必要だと考えたのだ。


「丁度同時期に、何人かが村に戻る必要が出てな。それならってことで、俺はギルマスに相談して《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に所属することになったんだ」

「リヒトさんはギルマス経由組なんですね」

「流石に、俺みたいなただの冒険者にコネも伝手もないからなぁ」


 からりと笑うリヒトの表情は晴れやかだ。一般庶民としての己を気に入っている感じでもあった。

 ……まぁ、実際、色々と繊細なお兄さんなので、偉い人と接するのは胃が痛いとか言い出しそうだ。小市民的な幸せをこよなく愛しているところが彼にはある。

 その割に、生来の面倒見の良さとお人好しな性格から、あちこちのトラブルに巻き込まれてしまう不憫さがあるのだが。アジトで行き倒れるジェイクをしょっちゅう回収しているところからも、その片鱗が見て取れる。平穏を求める割に、放っておけないのだろう。良い人すぎる。


「仲間の方が村に戻るって、リヒトさんのお仲間さんって、同じ村の出身なんですか?」

「幼馴染み達だからな」

「幼馴染みとパーティー組んでたんですか?わー、そういうのって良いですね!」


 リヒトの説明を聞いて、悠利はぱぁっと顔を輝かせた。見知らぬ誰かと徐々に距離を詰めてパーティーを組むのもロマンだが、気心知れた幼馴染みとパーティーを組むというのも、また別のロマンが存在する。少なくとも悠利の中では。

 サブカルに触れて育った悠利なので、幼馴染みパーティーという響きにちょっと心惹かれた部分もあった。皆で支え合いながら、大人になっても一緒に行動できる幼馴染みというのは純粋に羨ましいと思ったりするのだ。

 そんな悠利の興奮に、リヒトは驚いたように瞬きを繰り返す。何が悠利の琴線に触れたのかが、リヒトにはさっぱり解らなかった。彼にとっては普通のことだったので。


「あ、それじゃあ、リヒトさんのお仲間さんは今、故郷の村にいらっしゃるんですか?」

「村にいるのと、俺みたいに修行中のとに分かれるかな」

「ってことは、その村に戻った方々が再結成出来るようになればって感じですか?」

「あぁ、その通りだ」


 なるほどなぁと悠利が一人楽しそうにしている姿を、リヒトは優しい顔で見守っている。お兄ちゃんと弟という感じでほのぼのしていた。いつもの感じである。

 特に何の騒動も起きていない昼下がりだ。平和はとても良いことだ。リヒトはそれを噛みしめていた。

 そんな風に悠利とリヒトがのんびりと雑談を楽しんでいるところへ、ひょっこりと顔を出したのはカミールだった。ちわーと暢気な挨拶をしてやってくる。


「カミール、どうしたの?課題は?」

「もうちょいある」

「だったら課題やった方が良いんじゃないの?」

「解ってるって。コレを渡しに来ただけだから」


 至極もっともな悠利の発言に、カミールは素直に答えた。見習い組や訓練生には、日々課題が与えられている。お勉強や鍛錬は大切だ。きっちりやるべきことをやらなければならない。

 そんなことはカミールも解っているので、用事を済ませたらさっさと立ち去るつもりだった。手にした手紙を渡しに来ただけなのだ。


「これ、リヒトさんに手紙です。ポスト見たら入ってたんで」

「あぁ、ありがとう。わざわざすまない」

「いえいえ。俺も自分宛の手紙を待ってたんで」


 カミールからリヒトに渡された手紙は、ごく普通の封筒に入った手紙だった。そこまで厚みはない。受け取ったリヒトは差出人を確認して、笑みを浮かべている。


「カミールは誰からのお手紙待ってたの?」

「姉さん。ちょっと取り引きに関して連絡したから」

「……それって、実家でお婿さんと商家を切り盛りしてるお姉さん?」

「そう」

「取り引きに関してって、カミール今度は何をやってるの……」

「え?実家の手伝い」


 呆気に取られる悠利に、カミールはけろりと答える。彼にとっては普通のことだった。王都で実家の役に立ちそうな情報を見つけたら手紙で送るのは、彼の常である。

 ……彼は冒険者を目指しているが、その理由が実家に役立つ情報をゲットするためというものなのだ。方向性が他とは違う。


「カミールって、商人の見習いって言われた方が納得出来るよねぇ……」

「一応冒険者の見習いなんだけど」

「やってることが商人の見習いです」


 悠利の指摘に、当のカミールはからからと笑っている。細かいことを気にするなよと言いたげだ。

 そんな二人のやりとりを余所に、リヒトは手紙を確認している。書かれた内容を確認して、その顔に優しい笑顔が浮かぶ。とてもとても優しい顔で、手紙の主を大切に思っているのがよく解る顔だった。

 ……あまりにも、普段見るものよりも優しい顔だったので、悠利は思わず問いかけてしまった。


「リヒトさん、そのお手紙ってお仲間さんからですか?」

「え?」

「とっても優しい顔をしてたので」

「……顔に出てたか?」

「はい」


 あっさりと悠利に肯定されて、リヒトは困ったように笑った。その上で、その通りだと悠利の推測を肯定した。丁度仲間達の話をしていたところなので、余計に顔に感情が出てしまったのだろう。


「村にいる面々が元気にやってるって連絡なんだ。良かったよ」

「そういえば、村に戻った理由って何か大変なことなんですか?」

「いや?家業の手伝いとか、子守の人手が足りないからしばらく手伝ってくれとか、そういうのだ」

「子守の手伝い……」


 リヒトの説明に、悠利は納得した。家業の手伝いというのもよく解ったのだが、それより何より、子守の方が理解できた。赤ん坊が一人増えると、大人はその倍以上は必要になるのだ。二十四時間態勢で行動できなければいけない。


「子守って大変ですよね……」

「……ユーリ、妙に実感がこもってるな……」

「……親戚に、三つ子が生まれたことがありまして……」

「……なるほど」


 赤ん坊は一人でも大変だが、双子や三つ子になると相乗効果が凄いことになる。ちょっと目を離したら死んでしまう生き物が、複数。人手は多ければ多いほど良いみたいな状態になる。

 悠利が過去の記憶を思い出して真剣な顔になっているのに対して、リヒトはそこまでじゃないぞと笑った。


「子供がまだ幼いところに、妊娠が発覚してな。無理をさせない方が良いってことで、手伝いに戻っているだけなんだ」

「だけじゃないです。妊婦さんのお手伝いも大変です」


 ふるふると頭を振る悠利。……何故かこの少年は、お家周りのアレコレに関して妙に実感がこもるのだ。確かに、妊婦が健やかに過ごすというだけでも大変なので、間違ってはいないのだが。

 とはいえとりあえず、仲間達の近況が平穏無事だと解っているので、リヒトの表情は晴れやかだ。自分も日々修練を積み重ねようと改めて思う程度には、離れた場所にいる幼馴染みからの手紙というのは元気をくれる。


「お手紙は、代表者が送ってくださったんですか?」

「うん?あぁ、手紙をくれるのはいつも決まってるんだ」

「へ?」

「他が筆無精なのもあるんだろうけどなぁ」


 同じ村にいるので、代表者が手紙を書くというのは理解できる悠利だ。しかし、毎度毎度同じ人とだけ文通というのは寂しくないのかとちょっと思ってしまった。

 年賀状や暑中見舞いなど以外では手紙を書くことのない現代っ子の悠利だが、文明の利器スマホさんを駆使してのメールは普通に使っていた。アレが手紙の代わりだと思えば、毎度毎度人づてというのはちょっと寂しく感じる。

 しかし、どうやらリヒトは違うらしい。何でだろうと首を捻っていると、カミールが口を開いた。


「あ、解った。その手紙の人がリヒトさんの彼女なんですね」

「リヒトさんの彼女!?」

「……カミール、お前はどこでそれを聞いたんだ……」

「ちょっと小耳に挟んだだけですよー」


 驚いて声を上げる悠利と裏腹に、リヒトは色々と悟ったように溜息をついた。カミールはとてもイイ笑顔をしていた。なんやかんやで情報通なのだ。

 リヒトに彼女がいたことを初めて知った悠利は、驚きからなかなか立ち直れなかった。いや、冷静に考えればリヒトに彼女がいるのは理解できる。優しくて気配りが出来て、冒険者としてもしっかり仕事が出来るお兄さんだ。優良物件である。


「リヒトさん、彼女いたんですね……」

「あぁ、うん」

「しかも、幼馴染みで同じパーティーだったんですね……」

「そうだな」

「……物凄いお約束だ……」

「ユーリ?」


 事実を飲み込んでしまえば、悠利の目の前にあるのはテンプレとかお約束とか言われそうなアレだった。仲の良い幼馴染みでパーティーを組んでいて、しかもその中には彼女がいる。パーティー仲も良好。どこの主人公だろうと悠利は思った。

 なお、そんな感想を抱いたのは悠利の勝手であり、リヒトには彼の発言がよく解らなかった。お約束って何だ?とカミールと二人で首を傾げている。

 とはいえ、そこで話は終わるはずだった。リヒトが手紙を見て優しい顔をしていたのも、彼女からの手紙で仲間達の無事が解るものだったというなら、納得出来る。何の問題もない。

 ……問題だったのは、さっきの悠利の叫びが結構大きな声だったことで、呼び寄せられた外野の存在である。


「リヒト、彼女いたの!?」

「リヒトさんの彼女ってどんな人ですかー!」

「あ、ヘルミーネとレレイだ」

「……逃げて良いか」

「逃げ切れるなら、どうぞ」

「……うぐ……」


 どうやら、悠利の叫びが聞こえていたらしく、ヘルミーネとレレイの二人が凄い勢いで走ってきていた。家の中を走らないでほしいなぁと呟く悠利だが、スイッチの入った女子二人には聞こえていなかった。いつものことかもしれない。

 どう考えてもこれから自分が質問攻めにあうんだと理解したリヒトは、げんなりしていた。悠利と二人でのんびりと雑談を楽しんでいたはずなのに、平穏はあっという間に遠ざかったようである。


「リヒトさん、リヒトさん、彼女さんってどんな人なんですか?可愛い?綺麗?強い?」

「レレイ、最後のはいらないでしょ!年上?年下?長髪?短髪?ねぇねぇ、どんな人?」

「……何でお前達は俺の彼女にそんなに興味を持つんだ……」

「何となく!」

「だって、そういう話題って滅多に出ないじゃない!」

「……俺は娯楽提供者じゃありません……」


 あっという間にやってきた二人に両腕を掴まれて、リヒトはがっくりと肩を落としていた。ツッコミを入れているが、全然通じていない。不憫である。

 その姿を見ていたカミールが、隣の悠利に向けてぼそっと呟いた。


「ユーリ、どうするんだよ。ユーリが叫んだからだぞ、これ」

「……うっ」

「俺みたいに軽く流せる性格ならともかく、リヒトさん真面目だから、気疲れするぞ」

「解ってるよ……」


 楽しそうに質問攻めをしているヘルミーネとレレイに、この数分で物凄く疲れた顔になっているリヒト。カミールの発言は間違っていなかった。優しいお兄さんは、適当に流すことも、怒って拒絶することも出来ないのだ。真面目すぎる。

 勿論、悠利だってリヒトをそんな状況に置いておくのは良心が痛む。いくらびっくりしたからと言って、あんな風に叫ぶべきではなかったのだ。……解っていても、普段そういうことを見せないリヒトだったので、つい驚いてしまったのだが。

 とりあえず、悠利はリヒトを助けるためにカードを切ることにした。彼にのみ切れるカードである。


「ヘルミーネ、レレイ、ちょっと早いけどおやつにする?」

「するわ!」

「するー!」


 それほど大きな声ではなかったが、女子二人の反応は早かった。脊髄反射レベルで反応した二人は、リヒトの手を離して悠利の方へと飛んでくる。花より団子なのかもしれない。

 それじゃあ行こうかと、二人を連れて食堂へと移動する悠利。うきうき笑顔で食堂へ向かう二人に一歩遅れながら振り返った悠利は、リヒトに謝罪の意思を示すように頭を下げるのだった。




 なお、リヒトさん彼女持ちの衝撃は一瞬で消え去り、「そりゃ彼女いるよね」で落ち着くのだった。人徳って凄い。



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