お出迎えはとっても賑やかに


 新しく出来たダンジョンの調査というお仕事から帰還した悠利ゆうり達。アリーは即座に報告に出かけ、レオポルドは店に戻ったので、アジトに直行したのはそれ以外のメンバーだった。

 予定よりも早く調査が終わり、一泊二日という小旅行みたいな感じだった。帰りの馬車も王室が用意してくれた馬車だけあって快適で、特に疲れることもなく悠利は元気だ。

 尤も、疲れていない最大の理由はやはり、野営を覚悟していたのにベッドで眠れたことだろうか。セーフティーゾーンが宿屋だった衝撃はしばらく忘れられない気がする。しかし、物凄く快適だったのも事実だ。

 ちなみに、他のチームが野営をしたセーフティーゾーンも同じ感じだったらしい。ベッドの数やレイアウトがちょっと違うぐらいで、話を聞く限り似たような感じだったそうだ。その辺は徹底しているダンジョンマスター殿である。


「ただいまー」


 日が少し落ちかけた夕方。きっと、見習い組達は食事の準備をしていることだろう。そう思いつつ、悠利は元気よくアジトの玄関をくぐった。

 一泊二日の小旅行だけれど、やはり懐かしの我が家という感じの気持ちになる。普段ずーっとアジトにいるので、たまにこうやって外出すると新鮮な気持ちになるのだ。

 それはルークスも同じなのか、悠利の隣でぴょんぴょんと跳ねている。ルークスにとってもここは我が家だった。


「ユーリ、あまり疲れていないとはいえ、今日は家事をするんじゃないぞ?」

「……ブルックさん」

「アリーから、目を離すとすぐに何かをやろうとすると言われているからな」

「僕、そんな印象なんです……?」

「間違ってないと思うが」


 自分を指差して困ったような顔で問いかけた悠利に、ブルックは大真面目に答えた。一切の迷いがなかった。

 そして、そんなブルックの発言にクーレッシュとヤクモも普通に乗った。


「そりゃお前、休暇なのに家事を手伝おうとするとか、その休暇だってこっちから無理矢理取らせないと働きまくるところとかあるだろ」

「左様。家事がお主の趣味であることは理解しているが、適切な休養は大切であろう」

「わーん、二人で畳みかけないでくださいー!」


 容赦のない仲間達の発言に、悠利は泣き真似をして叫ぶ。それが自分の健康を案じてのことだというのは解るが、畳みかけられるとちょっと拗ねたくなるのだ。

 そんな風にじゃれながらリビングに向かうと、悠利達が帰ってきたことに気付いた皆が笑顔で迎えてくれる。リビングにいたのは、訓練生の一部とティファーナだった。


「あら、お帰りなさい。予定より早かったですね」

「調査がスムーズに終わってな。アリーは報告に行っている。留守中何もなかったか?」

「えぇ、特に大きなことは何も。こちらは普通でしたよ」


 柔らかな微笑みで告げるティファーナに、ブルックはそうかと満足そうに笑った。出かけていた間に何か不測の事態が起こっていたら、帰還早々アリーが忙しくなるところだった。そうでなかったのなら、一安心というものだ。

 大人組が落ち着いた会話をしている横では、訓練生達が悠利とクーレッシュを囲んでわちゃわちゃしていた。なお、ヤクモはそれを穏やかな眼差しで見つめている。基本的にそういう傍観者な立ち位置が染みついているヤクモだった。


「お帰りー!ねぇねぇ、何か面白いことあった?」

「仕事で出かけてんのに、何で面白いことがあったか聞くんだよ」

「えー、だって、ユーリが出かけたら、何か面白いこと起こるんじゃないかなって!」

「……れ、レレイ?」

「皆が言ってたよ!」


 満面の笑みを浮かべるレレイに、悠利はしょんぼりと肩を落とした。僕の扱いって……と遠い目をしている。そんな悠利を、ルークスはオロオロしながら慰めるように優しく足にすり寄っていた。主思いな従魔である。

 レレイの発言を、クーレッシュは否定しない。否定できなかった。今回も面白いことが起こったと言えば起こった。いや、アレは面白いことではないかもしれないが。

 無言のクーレッシュから面白そうな話題の気配を察したのだろう。ヘルミーネとマリアが面白そうに近寄ってきた。美少女と美女のタッグだというのに、何も嬉しくないクーレッシュだった。どう考えても娯楽を求められているので。


「それで?それで?何があったの?」

「あのメンバーなら危ないことはなかったと思うけれど、何かはあったんでしょう~?」

「その察しの良さは引っ込めてほしいデス……」

「いーやー」

「嫌よぉ」


 レレイの両脇から覗き込むようにしているヘルミーネとマリアは、とてもとても楽しそうだった。女子三人の圧が凄い。色んなジャンルの美人に詰め寄られている状況は、年頃の男子なら喜ぶやつかもしれない。しかし、相手が相手なのであまり嬉しくないのだ。

 こうなると、彼女達は娯楽が提供されるまで諦めない。あの手この手で聞き出そうとしてくるだろう。非常に面倒くさい。

 なのでクーレッシュは、隣の悠利の肩を掴むと、ぐいっと彼女達の方へと付き出した。当事者に聞いてくれ、という意思表示だ。


「クーレ?」

「俺が説明するより、ユーリが説明する方が良いよな」

「何でそうなったの……?」

「だって、最初に友達になったのはユーリだろ?」

「クーレだって物凄く仲良くなってたじゃない……」


 僕に丸投げしないでよぉ、と悠利はぼやいた。いや、別に何があったかを説明するのは構わないのだ。悠利が気にしているのは、テンション高めっぽい女子に囲まれている状況だ。物凄く詰め寄られそうだったので。

  とはいえ、興味津々の女子組は悠利のそんな気持ちなんてお構いなしだ。どういうこと?と嬉々としている。その勢いに負けるような形で、悠利は事の次第を口にした。


「ダンジョンマスターのお友達が増えました」

「「はい……?」」

「調査に行ったダンジョンのダンジョンマスターさんとお友達になったんだよ」


 三人揃って固まる姿に、悠利はそれだけだよと告げた。実に簡潔で端的な説明。ただし、それが与える衝撃は生半可なものではない。

 少しして、情報を飲み込んだのかヘルミーネが恐る恐るという様子で口を開いた。変なものを見るような顔で。


「つまり、ユーリはまた、ダンジョンマスターを餌付けしたの……?」

「餌付けはしてないよ!?」

「いや、してただろ」

「クーレ!」


 いつものパターンではないのかと言いたげなヘルミーネ。思わず反射的にその発言を否定した悠利だが、隣でクーレッシュは頭を振っていた。悠利にそのつもりがなかろうと、アレは立派に餌付けだった。

 ただ、この場合は別に悠利でなくとも餌付けできていた可能性はある。人間の食べ物に飢えていたダンジョンマスターなので、普通のご飯を与えるだけで大喜びしただろう。

 何なら、日常食のパンを一つ与えるだけでも大喜びしたとさえ思える。果物以外をマトモに食べていなかった彼は、人間らしいご飯の存在に大喜びしていたので。


「やっぱり餌付けしてたのねー。まぁ、ユーリだもんねー」

「ユーリのご飯は美味しいから仕方ないよね!」

「まぁ、レレイも餌付けされてるみたいなものだもんね」


 さらっとヒドいことを言うヘルミーネだが、別に反論はなかった。レレイは悠利の美味しいご飯が大好きだ。大食い女子らしく、いつだって満面の笑みでお代わりを沢山している。

 そんな皆の反応を見ていたマリアは、口元に手を当てて小さく呟いた。不思議そうに。


「ユーリって、本当にどこかへ行くと何か騒動を引き起こしてくるのねぇ」

「待ってください、マリアさん。語弊があります」

「ないと思うわぁ」


 妖艶美女のお姉様は、悠利の決死の反論を一瞬でぶった切った。いつもと違う場所に行くとか、いつもと違う行動を取るとかしたときに、何らかの騒動になる確率が大変高い悠利を皆は知っている。援護射撃はどっからも飛んでこなかった。

 別にわざとじゃないもん、とちょっと拗ねる悠利。そもそも、悠利だって騒動を起こしたいわけではないのだ。ただちょっと、知り合う存在がなんやかんやで色々とアレなだけで。悠利が呼び寄せたわけでも、選んだわけでもない。


「でも、隠し通路見つけたのはユーリだから、今回もやっぱりユーリが原因じゃないのか?」

「クーレはさっきから、僕にヒドい」

「俺は事実を告げてるだけなので、ヒドいと言われても知りません」

「うー」


 一緒に行動をしていたクーレッシュの発言には、説得力があった。やっぱり何かをしでかしてたんだな、と納得顔の仲間達。何を言っても自分の旗色が悪いのを理解した悠利は、ぼそりと呟いた。


「危ない人じゃなかったんだから、良いと思うのに……」

「はいはい。そりゃな。ウォリーさんは良い人だし、友好的なダンジョンマスターってことでありがたいさ」

「だったら何で僕が悪いみたいに言われるのさ」

「悪く言ってるんじゃなくて、いつも通りだなぁって確認だろ?」


 なぁ?とクーレッシュに同意を求められた女子三人は、こっくりと頷いた。何かをやらかした悠利を咎めるとか責めるとかではなく、今回もやっぱり何かあったんだな、という確認作業にすぎなかった。それもどうかと思うが。

 そんな風にわちゃわちゃしていると、悠利の期間に気付いたらしい見習い組が走ってきた。お帰りー!と元気よく挨拶をしてくる仲間の姿に、悠利の顔にも笑みが浮かんだ。


「ただいまー」

「「お帰り!」」

「わー、熱烈歓迎だー」


 ダッシュで駆け寄ってきた見習い組の四人は、そのまま悠利を取り囲む。怪我がないかを確認して、とても安心したようだった。悠利が非力なのは彼らもよく知っているので。


「いない間、大丈夫だった?カレー食べた?」

「食べた!美味かった!」


 作り置きしておいたキーマカレーの行方を尋ねれば、ウルグスは笑顔で全部食べたと答える。どうやら、アジトでもキーマカレーは好評だったらしい。まぁ、そもそもカレーが大人気なのだけれど。

 こっちの分も作っておいて良かったと胸をなで下ろす悠利。その隣で、本当に良かったと言いたげに心臓を押さえているクーレッシュがいた。クーレッシュの隣では、レレイがキーマカレーがいかに美味しかったかを延々と語っていた。

 悠利とクーレッシュは、顔を見合わせて大真面目に頷いた。本当に良かった、と。この盛り上がりっぷりを見るに、うっかり自分達だけが新しいカレーを食べていたら、レレイにどんな目に遭わされるのか解らない。クーレッシュが。

 正しい対処をしたおかげで、クーレッシュの安全は確保されたのだ。一安心である。

 一泊二日とはいえ、普段家事担当としてずっとアジトにいる悠利がいないのは落ち着かなかったのだろう。見習い組は彼の帰還を歓迎していた。

 そこで四人は、ぽよんと跳ねるスライムへと視線を向けた。今日も悠利の足下が定位置の愛らしいスライムは、じっと見下ろされて不思議そうに身体を揺らした。どうかした?と言いたげである。

 最初に動いたのは、カミールだった。


「ルークス、お帰りぃいいい!お前がいなくてどれだけ困ったことか……!」

「キュイ!?」


 持ち上げて抱きしめられて、ルークスは目を白黒させた。カミールの突然の行動に驚いているのだ。それは悠利とクーレッシュも同じで、何があったんだと言いたげにカミールを見た。

 しかし、カミールは感極まってルークスを抱きしめたままだ。お帰り、お帰り、帰ってきてくれてありがとう、みたいなノリが続いている。

 説明を求めようとした悠利の前で、ヤックもカミールと同じようにルークスに声をかけていた。こちらも何だか、物凄く感極まっている。


「いつも本当にありがとう!オイラ達、ルークスがいなくて初めて解ったよ……!」

「キュ?」

「や、ヤック……?」

「いつもお前がどんだけ丁寧に掃除をしてくれてたのか、ちゃんと気付かなくて本当にごめんなぁ!」

「キュピ……?」

「カミールも、あの、何してるの……?」


 カミールとヤックにもみくちゃにされる感じになっているルークスは、困惑したように鳴いている。何のことかさっぱり解っていないのだろう。それは悠利も同じだった。

 そんなカミールとヤックに、いつの間にかマグまで加わっていた。撫で撫でとルークスの頭を撫でて、言葉少なに帰還を喜んでいる。物凄く珍しい姿に、何あれと思わず目を点にする悠利。

 こうなったら最年長に説明を求めるしかない、と悠利は辛うじて騒ぎには加わっていないウルグスへと視線を向けた。見習い組の最年長、特技はマグの通訳なウルグスは、奇行に走る仲間達の行動を端的に説明した。


「掃除が大変だったんだ」

「はい……?」

「細かい場所の掃除はいつもルークスがしてくれてただろ?俺達でやってみたら、すっげー大変だったんだよ……」

「……あー、なるほどー」


 物凄く実感のこもった声に、悠利は遠い目をした。ただ、色々と理解は出来た。

 まず、留守にしたのは一泊二日でしかないのにそこまで大騒ぎするか?という疑問はある。あるが、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は人数が多い。総勢二十一人の働き盛りが生活しているクランだ。普通にしていても塵や埃は溜まってしまう。

 そして、ルークスの掃除の方法は人間である彼らとはまったく違う。全身で這うようにして該当箇所を包み込み、細かい汚れまで吸収、分解してしまうのだ。これはスライムだからこそ出来る芸当であり、同じように掃除が出来なくても仕方がない。

 ただ、当たり前のようにルークスが掃除をしていてくれたから気付かなかったことに、見習い組の四人が気付いたというだけの話だ。そして、常日頃どれだけルークスに助けられてきたのかということにも。

 だから、帰ってきたルークスを大歓迎して、彼の普段の働きを称えているのだろう。いつもありがとう、本当に助かってると感謝の言葉を述べ続ける三人に、まだちょっと驚きつつもルークスは嬉しそうにキュイキュイと鳴いていた。褒められるのは大好きなのだ。


「大変だったのって、水回りとか?」

「後、壁とかの手が届きにくい場所」

「あー、その辺は大変だよね。ルーちゃんは自由に動けるから出来るんだろうけど」

「それと、ほら、棚の後ろとかのせっまい隙間な。気付いたら埃溜まってんだよ……」

「溜まるよねぇ……」


 人が生活している上、どう足掻いても汚れるのは仕方がない。目に付きにくい場所、手が届きにくい場所はどうしても掃除がしにくい。それらのお悩みを全て解決してくれる出来たスライム。ルークスはやはり素晴らしかった。

 いえ、別に自動掃除機とかじゃないです。単純に、エネルギー補給も兼ねてゴミを吸収しているだけです。一石二鳥なだけです。

 とりあえず、褒められたルークスは目をキラキラとさせていた。自分の普段の頑張りが、こんなにも皆に歓迎されているのだと気付いたらしい。気付いて、そして、カミールの腕の中からぽーんと飛び出した。


「うわっ、びっくりした」

「ルークス、どうしたの?」

「……?」

「キュキュー!」


 不思議そうなカミール、ヤック、マグを見上げて、ルークスはにぱっと笑った。スライムなので目しかないが、ルークスの目はいつだって雄弁に物語る。とても嬉しそうな顔をしていた。

 そしてそのまま、元気にぽよんぽよんと飛び跳ねてリビングを出て行ってしまう。何が起きたのか解らぬままにルークスを追いかけるカミールとヤック。マグは追わずに、悠利とウルグスの元へとやってきた。


「逃走」

「いや、アレは別に逃げたとかなねぇだろ。笑顔だったし」

「どっちかっていうと、お仕事やってきます!ってときの顔だったよ」


 ウルグスと悠利の発言に、マグはホッとしたように息を吐いた。ほんの僅かの表情の変化。自分達が構い過ぎて、ルークスが気分を害したのかを心配していたらしい。少しずつ、本当に少しずつだが、情緒が育っているらしいマグだった。

 そこに触れると反発されそうなので、悠利とウルグスは顔を見合わせるだけで何も言わなかった。マグはちょっと照れ屋さんなのだ。迂闊に突っついたら攻撃される。ウルグスが。

 廊下の向こうから聞こえてくるカミールとヤックの声。どうやら、ルークスは嬉々としてお掃除をしているらしい。褒める二人と、嬉しそうに鳴くルークス。微笑ましいやりとりが聞こえて、思わず悠利は表情を緩めた。

 こういうやりとりを聞くと、戻ってきたなぁと思う。当たり前の、日常。平凡ではないかもしれないが、この世界においては間違いなく平穏な日々だ。明日からも頑張ろう、とそんなことを悠利は思うのだった。




 なお、例のダンジョンは諸々の手続きを終えた後、珍しい建造物の内装を見ることが出来るダンジョンとして、無事に観光地化するのでした。めでたしめでたし?




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