ダンジョン調査は無事(?)に終わりました


 とりあえず落ち着こうということで、気分転換も兼ねて悠利ゆうりは軽食を取ることにした。マギサが持ってきた果物と、悠利が持ってきていたサンドイッチを食べる会である。

 人間の食べ物に飢えていたらしいウォルナデットは、何の変哲もないサンドイッチを美味しい美味しいと言いながら食べていた。ダンジョンマスターなので食事の必要は本来ならないらしいが、元人間なので食事への欲求が強いようだ。

 マギサが悠利の手料理を喜んで食べるのは、お友達が作ってくれたお弁当が嬉しいという側面が強い。食べればエネルギーにはなるが、基本がダンジョンコアからエネルギーを供給されるダンジョンマスター。別に食べなくても生きていけるらしい。

 要は、嗜好品みたいなものだ。

 まぁ、美味しいものを美味しいと堪能するのは悪いことではない。作り手の悠利としても、喜んで食べて貰えるのなら嬉しいので。


「そういえば、何で数多の歓待場はあんな風に色々な建物なんですか?」

「え?あぁ、色んな地方の建物を再現したら、旅行みたいな感じで楽しんで貰えないかなーと思って」

「……ウォリーさん、本当に全力でマギサと同じ感じなんですね」

「先輩は俺の憧れだから」


 ぐっと親指を立ててイイ笑顔のウォルナデット。口元に玉子サンドの玉子フィリングが付いているのもご愛敬だ。何とも憎めない雰囲気の青年である。

 これでこの人ダンジョンマスターなんだもんなぁ、と悠利は思う。全然ダンジョンマスターっぽくない。まぁ、元人間だし、当人の人格がそのままっぽいので、そういうものなのかもしれないが。

 そのとき、それまであまり会話に首を突っ込まなかったヤクモが、ゆっくりと口を開いた。……手元にはしっかりと自分が食べる分のサンドイッチを確保している辺り、相変わらず抜け目がない。


「我からも質問をしても良いだろうか?」

「俺に答えられることなら」

「外側のダンジョンの建造物は、幾つか我が実際に知っているものと酷似しているものがあった。アレは、どのようにして構築されているのだろうか?」


 静かな声での問いかけは、純粋な疑問というものだった。各地を旅してきた青年が抱いた疑問は、何故それをウォルナデットが知っているのかということなのだろう。あまりにも遠方の建造物があったので。

 ヤクモがそんな疑問を抱いたのは、ウォルナデットの外見が若いからだ。外見年齢は、彼の生前の年齢そのままだという。つまりは、享年だ。二十代の半ばで亡くなった青年が知っているにしては、多岐にわたるということらしい。

 そんなヤクモの疑問に、ウォルナデットは苦笑して答えた。


「あれらは、ダンジョンコアの記憶を元に構築しているんだ。俺が本物を見たことはあんまりないかな。中には俺の記憶から再現したものもあるけど」

「なるほど……。ダンジョンコアの記憶……。察するに、それはこのダンジョンに挑んで滅んだ者達の記憶ということであろうか?」

「正解。うちのダンジョンコアは貪欲で、倒した者達の全てを自分のエネルギーとして取り込もうとしていたからさ。その過程で、多くの探索者の記憶を保持することになったらしい」


 ダンジョンコアというものがどういうものなのか、悠利達には今一つ解らない。ダンジョンの中枢で、心臓のようなもの。ダンジョンコアなくしてダンジョンは存在しない。解っているのはそれぐらいだ。

 ただ、ウォルナデットやマギサの話を聞く限り、ダンジョンコアにも個性というか性格のようなものはあるようだ。収穫の箱庭のダンジョンコアは友好的。無明の採掘場のダンジョンコアは殺意が高い。これらはきっと、他のダンジョンにも当てはまるのだろう。

 その辺も含めて報告書を作成しなければ、とアリーは頭を抱えている。この数時間で、アレコレと途方もない情報ばっかり与えられている気分だった。生憎とアリーは学者ではないし、知的好奇心もそこまで強くはないので、ほどほどの情報で良かったのだ。

 ウォルナデットの説明を聞いた悠利は、しばらく考え込んでから口を開いた。皆が思いもしなかったことを。


「じゃあ、あの建造物がどこの何かって言うのを含めて宣伝して、お客さんを呼んだらどうでしょうか?」

「「え?」」

「あと、マギサのところみたいに、鉱石がランダムか確定かで手に入るようにして」


 ちょっと何を言っているのか解らない、という顔をする皆の視線を受けて、悠利は説明を付け加えた。現代日本で色々なテーマパークを見てきた悠利だからこそ考えた、一つの案を。


「数多の歓待場の建物は、全部本当にあるやつなんですよね?それなら、いっそのこと観光地みたいにしてお客さんを呼べば良いと思うんですよ。遠方の国へ出かけるのは難しくても、ここ、王都から馬車で来られますし」

「観光地……?」


 きょとんとしているウォルナデットに、悠利は説明を重ねた。皆は呆気に取られて口を挟むことが出来ないでいる。


「僕の故郷に、各地の建造物の模型を集めて展示するような観光地がありました。実際にその地へ足を運ぶことが出来なくとも、本物そっくりに作られたそれらを見て楽しむという場所です」

「そんなのがあるのか?」

「はい」


 悠利がイメージしているのは、何ちゃら村とかの再現系観光地や、万国博覧会のパビリオンみたいな感じだ。別の場所を身近に体験できる感じの観光地は、小旅行としてぴったりに思えたのだ。

 勿論、ただ建造物を見学するだけでは人はよってこないかもしれない。しかしそこに、珍しい鉱石が手に入るかもしれないとなれば、話は別だ。

 危険度を収穫の箱庭レベルに抑えることが出来るのならば、一般人を誘致することも出来る。そうなれば、ダンジョンの周辺に観光客目当ての店が出るかもしれない。

 ダンジョンの周辺に集落が出来れば、そこでの収入の一部は領主へと還元される。悠利はアリーが教えてくれた言葉を覚えていた。このダンジョンが観光地化し、周辺に集落が出来れば、第三王子フレデリックの元へ収入が入るようになる。

 アリー達がお世話になっている相手なのだから、出来る限り良い方向に持って行ければ悠利も嬉しい。悠利は王子様なんて知らないけれど。


「マギサのところと同じレベルで安全が確保されるなら、多分、面白がってお客さんは来ると思うんです。勿論、宣伝の仕方にもよりますけど」

「面白そうだな……!」

「レベルノ調整ナラ、相談ニ乗ルヨ……?」

「先輩、ありがとうございます!」


 頼れる先輩からの申し出に、ウォルナデットは満面の笑みでお礼を言った。どうやら、方針はこれで固まりそうだ。

 暢気な会話をしている悠利とダンジョンマスター達を見て、アリーは盛大に溜息を一つ。何で調査に来て、ダンジョンのその後の経営方針みたいなものに口出しをしているのか。しかし、相手は悠利なので仕方ない。

 また、友好的な素材採取系のダンジョンが増えるならば、それは決して悪いことではない。ちょっと仕様がアレかもしれないが、収穫の箱庭に慣れている者達は、割とあっさり受け入れるかもしれない。何事も前例は大事です。


「あー、話の腰を折るようで悪いが、その話は王国に報告しても大丈夫か?」

「え?」

「ダンジョンマスターになった経緯や性格、友好的かどうかも含めて、今後のダンジョンの方針を国に報告する方が良いかと思うんだが」


 アリーの言葉に、ウォルナデットは首を傾げた。何で国に?と言いたげである。その辺は、元々が庶民派の冒険者っぽい。偉い人との関わり方なんて、ちっとも解っていない感じだ。

 助け船を出したのは、マギサだった。既に色々と前例を作っている先輩は、とても頼れた。


「偉イ人ニオ話シシテオクト、色々説明シテオ客サンヲ呼ンデクレルヨ」

「そうなんですか!?」

「ウン。僕ノダンジョン、見張リノ人モ来テクレルシ」

「人に会える……!?」


 あ、食いつくところそこなんだ、と皆は思った。思ったが、生粋のダンジョンマスターのマギサと違って、彼は元人間だと言うことを思い出す。しかも性格を考えて友達は多かったに違いない。ダンジョンの最奥で孤独を味わうのは辛かったのだろう。


「王国側としても、ここが安全なダンジョンだと解れば使い道を考えてくれるだろう。もしかしたら、外側に集落が出来るかもしれない」

「集落……!人が増える……!」

「まぁ、ダンジョンから出られないだろうから、あんまり関係ないだろうが」


 盛り上がっているウォルナデットに、アリーは一応と言いたげに付け加えた。ダンジョンマスターである当人が誰より解っているはずのことだが、今の盛り上がりっぷりから忘れてそうな気がしたので。

 ダンジョンの外に出られないダンジョンマスターのウォルナデットにとって、外に集落が出来てもそこの人々と触れ合うことは難しいだろう。マギサもそうだ。彼が交流しているのはダンジョンの中に来てくれる人達なので。

 しかし、規格外のダンジョンを作ろうとしているダンジョンマスターは、ごく普通の顔で爆弾を落とした。


「え?建物の外も敷地内だから、ちょっとぐらいなら出られるけど」

「「は!?」」

「入り口になってる洋館の周囲も、一応うちの敷地です。ちょっと力が足りなくて、あの辺は地面だけなんだけど」

「「…………」」


 衝撃を受けて固まっている皆に、ウォルナデットは笑っていた。どうやら、皆がダンジョンの入り口だと思っていた部分は、ダンジョンの敷地の内側にあるものだったらしい。

 確かに、マギサの収穫の箱庭へと通路を延ばすことが出来たぐらいだ。色々と条件はあるのかもしれないが、ダンジョンは広げることが出来たりするのだろう。またしても爆弾情報が増えてしまった。

 とりあえず、今重要なのは、悠利達が入ってきた洋館風の入り口から、ウォルナデットは外に出られるということだ。色々と意味が解らない。


「集落が出来るなら、あの辺は上に何も作らないで地面のままにしておけば良いかなー。そうすれば、俺も外に出て人と触れあえるし」


 フレンドリーにもほどがあるダンジョンマスターは、笑顔でそんなことを宣った。これは後ほど、どの辺までが彼の領域なのかの確認が必要だと思うアリーだった。

 勿論、ウォルナデットの性格から、危害を加えるつもりがないことは解っている。解っているが、情報は情報として正しく手に入れておくのが彼の仕事だ。だって今回は調査任務なのだから。

 あと、恐らくは以前のこのダンジョンを知っているだろうブルックを、横目で睨むアリーだった。お前もうちょっとしっかり覚えてろよという八つ当たりだ。しかし、別にブルックは悪くない。あまりにも昔すぎて、覚えているのが難しいだけだ。


「ちなみに、貴方がこのダンジョンで出せるドロップ品ってどういう感じなのかしらぁ?」

「基本的に石かな。鉱石の類いだから、まぁ、近場に加工できる職人や、商人とかが来てくれたら色々出来そう」

「集落が出来たら、貴方もそれを売ることでお金を手に入れることが出来るんじゃない?」

「……あ」


 商売人であるレオポルドの指摘に、ウォルナデットは小さく声を上げた。現状、彼はお金を持っていない。マギサとだって、物々交換をしている状況だ。

 だがしかし、言われて見ればその通り。商人に素材を渡すことでお金を手に入れることは出来るだろう。勿論、際限なくそれでお金を手に入れるのはアレだが。レオポルドが言いたいのは、そういうことではないのだ。

 もしもウォルナデットに収入が出来るならば、彼にとって良いアイデアが一つ浮かんだのだ。


「ダンジョンの周辺に飲食店とか屋台とかが出来れば、貴方、そこで買い物が出来るんじゃないかと思ったのよぉ」

「食べ物……!」

「だって、普段はあの子がくれる果物か、セーフティーゾーンの果実しか食べてないんでしょう?」

「肉も魚も穀物も食べてない……。食べたい……」


 実に哀愁漂う背中だった。別に食事の必要のないダンジョンマスターであるが、彼は元人間。美味しいご飯を食べたいと思っても当然だ。

 そんなウォルナデットに、悠利はそっと、残っていたサンドイッチを差し出した。シャキシャキとしたレタスと、しっとりと焼き上げたオーク肉の生姜焼きが挟んであるものだ。


「ウォリーさん、これ、お肉を挟んだサンドイッチです」

「ありがとう、ありがとう。いただきます」


 耳を落としたふわふわのパンで作られたサンドイッチを、ウォルナデットは美味しそうに食べている。遭難者か何かかと思うような喜びっぷりだ。よっぽど飢えていたのだろう。お腹は減らないけれど。

 そんなウォルナデットの姿を、マギサは嬉しそうに見ていた。自分では与えてあげられない美味しいご飯にありつけて良かったと思っているのだろう。そんなマギサは、キュウリとトマトのサンドイッチをルークスと半分こして食べていた。友達と分け合うのも楽しいらしい。

 ダンジョンマスターが完全に餌付けされている姿に、クーレッシュはちょっと遠い目をした。自分達だって悠利の美味しいご飯に餌付けされているので、人のことは言えない。言えないのだが、やっぱり、人外のダンジョンマスターが餌付けされている姿は、結構シュールだ。まぁ、ウォルナデットは人間にしか見えないのだが。

 噛みしめるようにサンドイッチを食べているウォルナデット。彼に向けて、ヤクモが再び声をかけた。


「ウォリー殿」

「はい、何か?」

「建造物はダンジョンコアの記憶を元にしていると言っていたな?」

「それが、何か?」

「……その記憶が随分と昔の時代のものゆえだろう。今となっては遺跡や廃墟として、絵画や書物でしか確認出来ぬものもあったように思う」

「へ?」


 真剣な顔で言われた言葉に、ウォルナデットは間抜けな声を上げた。彼にとっては、とりあえず見栄えが良さそうだからと引っ張り出してきた情報で構築した建造物だ。まさか、こんな風に何かを噛みしめるように言われるとは思わなかった。

 そこで、アリーがハッとしたように叫んだ。


「そうか……!このダンジョンが前に稼働していたのは、王国が出来るよりも前のはずだ。その頃は普通にあった建造物で現存しているものはそう多くない!」

「左様。無論、修復を繰り返され、維持されているものもあるであろう。しかし、歴史に埋もれた数多の建物の、在りし日の姿をここで拝めるとあらば、人は呼べる」

「少なくとも、学者連中は来るだろう。導師に話を通しておくのもアリだな」


 アリーとヤクモの間で話が進む。大人しく聞いている悠利をちょんちょんと突いて、ウォルナデットは「導師って誰?」と聞いてきた。それに悠利は、凄い研究所の偉い名誉顧問であることを伝えておいた。実に端的な説明だ。

 王立第一研究所の名誉顧問であるオルテスタは、ジェイクの師匠だ。王侯貴族にも顔が利く、様々な分野に精通している研究者でもある。その彼に今の話を伝えれば、研究価値を認めて後押しをしてくれるかもしれない。光明の一つが見えた。

 とりあえず、どうやら今後の方針が良い感じに進むらしいということを理解して、ウォルナデットは嬉しそうに笑った。一人手探りで、尊敬する先輩みたいな人々に愛されるダンジョンを作るにはどうすれば良いのかと考えていた彼だ。ひょんなことで知り合った悠利達の協力で未来が見えて、喜んでいる。

 アリーが上げる報告が、王国側にどのように判断されるのかは解らない。しかし、ここまで友好的で、今後も末永く友好的にお付き合いしたいと思っているダンジョンマスターが、無下にされることはないだろう。鉱石が供給されるダンジョンが穏便に協力関係になるなど、ありがたいことだ。


「僕モ、偉イ人ニ伝エテオクネ」

「先輩?」

「僕ノ後輩ガ、ウチミタイニ人ガイッパイ来テホシイッテ思ッテルッテ」

「先輩、大好きです……!」

「僕モ、ウォリーノコト好キダヨ」


 小さなマギサの身体を、ウォルナデットは感極まって抱きしめている。青年が幼児を抱きしめて大喜びしているという、実に微笑ましい光景。実態を知らなければ微笑ましい。知らなければ。


「あ、まだまだ力が足りてないから、ダンジョンをちゃんと構築できてないけど、しっかり出来るようになったらまた遊びに来てほしい」

「ここがどんな風に変わるのか気になるので、僕はまた来たいですね」

「あ、俺もー!で、造り変えたならまた地図見せてください。修正したいんで」

「了解だ。君は仕事熱心だなー」


 ちゃっかり自分の仕事に生かそうとするクーレッシュ。抜け目ないなぁと悠利は苦笑した。コミュ力の高さで色々と乗り越えて生きていけるのが、クーレッシュの強さなのかもしれない。相手がダンジョンマスターなのに、普通に仲良くなっているし。

 まぁ、それを言うと、明らかに人外っぽいノリのマギサと仲良くなっている悠利の方が色々とアレなのだが。基本的に、悠利に関しては誰も何も言わなかった。今更だと思っているのかもしれない。




 そんなこんなで色々と騒動を含んだダンジョン調査のお仕事は終了し、悠利達は名残惜しげなウォルナデットに見送られながら、帰路につくのでした。


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