殺伐ダンジョンの主はまったりでした


 がごん、と金属と金属がぶつかる音がする。続いて、破砕音。悠利ゆうりの目の前で、凄まじい速度で落ちてきた釣り天井は、ブルックの振るった一撃で粉砕されていた。ナニコレと思わず呟いてしまうが、彼は悪くない。

 隠し通路の先というか、壁の向こう側にあった恐らくは本来のダンジョンだろう無明の採掘場。あちこちに赤判定の物騒な罠が広がるダンジョンへ足を踏み入れた悠利達だが、今のところ、とても安全に進んでいた。

  安全というとちょっと語弊があるかもしれない。危険な罠は満載だ。何も知らずに足を踏み入れたら、即座に串刺しになりそうなレベルで危ない。非力な悠利なんて、即座に死にそうだ。

 そんなダンジョンではあるのだが、先陣を切るブルックが片っ端から罠を壊していくので、後方を歩く悠利は実に安全だったのだ。悠利とアリーが発見した罠を、レオポルドが投擲でスイッチを押すなどして発動させる。そしてそれを、ブルックが壊す。その繰り返しだ。

 例えば、スイッチを押した瞬間に矢の雨が降ってくる罠があった。普通に考えたらハリネズミのようになりそうな、とても危ない罠だ。矢の数は多いし、四方八方から飛んでくるし、何より早い。

 しかし、迎え撃つのはブルックである。

 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》が誇る凄腕のクール剣士であり、人間のフリをしているだけの竜人種バハムーン。最強の戦闘民族とまで言われる種族の実力は、折り紙付きだ。

 身体能力お化けとでも言うべき男は、飛んでくる罠を目にもとまらぬ早業で叩き切る。避けることも出来るのだろうが、そうすると後ろに控える悠利達が危ないので、全部切ってしまうのだ。それが出来る段階で色々とアレである。


「あー、待ってください。この通路罠多いんで、ちょっとメモ取る時間ください」

「む?あぁ、すまんな、クーレ」


 マッピング担当のクーレッシュに声をかけられて、ブルックは歩みを止めた。どんな罠でも彼には全然危険ではないので、罠があるとは思えないほどにスタスタ進んでいるのだ。そのため、メモが追いつかない。

 クーレッシュも頑張っているのだが、どこにどんな罠があったのかを記していると、どうしても遅れてしまうのだ。その彼の傍らにはヤクモがいて、何かあった場合のフォロー役を買って出てくれている。


「それにしても、こっち側は本当に罠が多いですよねー」

「ここまで違いすぎると、何らかの意図を感じるな」

「意図ですか?」

「あぁ、ダンジョンマスターが何を考えているのか、だ」


 アリーの言葉に、悠利はうーんと考え込む。確かにダンジョンを作っているのはダンジョンマスターなのだから、その意思が反映されていてもおかしくはない。悠利の友達であるマギサは、来る人に楽しんでほしくてダンジョンを農園や果樹園みたいにしているので。

 ならば、このダンジョンの主は、何を思ってあんな風な場所を作ったのだろうか。ダンジョンコアに近づいていると思しき今の部分、無明の採掘場は探索者を全滅させるつもりかというようなエグさである。あまりにも違いすぎる。

 数多の歓待場(仮)と名付けられた部分は、その名の通りに来訪者を歓迎している雰囲気だった。罠はとりあえず罠を設置しないといけないからと言う感じでゆるく、魔物達はむしろこちらに怯えるような弱いものばかり。挙げ句の果てに、セーフティーゾーンはただの宿屋だった。

 来訪者を拒むような、というか、破滅させることを望んでいるような無明の採掘場。反対に、ゆっくりくつろいでくれと言いたげな数多の歓待場(仮)。相反する二つのダンジョンを構成するダンジョンマスターは、いったい何を考えているのか。

 そして、今自分達が進んでいる道が、どこに繋がっているのか、だ。

 このまま真っ直ぐダンジョンコアの元に辿り着き、ダンジョンマスターを確認出来るなら御の字。そこへ辿り着けないように迷い込まされたとしたら、色々と面倒なことになる。

 無論、最強の鑑定系チート技能スキルである【神の瞳】を持っている悠利がいるので、変な通路などは看過することは出来るだろう。ただ、完全封鎖された場所に籠もられると、こちらから見つけることが出来ない可能性はあった。


「あ、ブルックさん、右足元にスイッチがあります。色の違う床ですね。それを践んだら罠です」

「そうか。で、どんな罠だ?」

「足下から槍が一杯出てきて串刺しにされます」

「了解した」


 オートで危険判定をしてくれる【神の瞳】は、こういうときに便利だった。どこに罠があるのかと意識して見ていなくても、ここが危ないよと赤判定で教えてくれるのだ。後は、そこを詳細確認すれば、どんな罠か一発だ。

 ちょいちょいと合図を送られたレオポルドが、ぽいっとそこら辺に落ちていた石を悠利が言った場所へと投げる。コツンと当たった石にスイッチを押される形になって、罠が発動する。

 床の一部に穴が空き、そこから針山かと思うほどの槍が突き出てくる。それを、予想していたブルックは慌てず騒がず全部切り捨てた。表に出ている間に切り捨てないと、元に戻ってしまうタイプの罠だ。槍を切り、ついでに根元にも衝撃を与えて動きを止める。

 バキバキと壊される槍の山。多分、何も知らなければ串刺しになっていただろう。壊れた槍を拾って触ってみた悠利だが、かなり頑丈に作られている。切り捨てるのも一苦労だろうに、それをやってのけるブルックは流石だった。

 こんな風に、悠利はせっせと罠発見器としての役目を果たしていた。アリーはダンジョンの構造を考えたり、罠の配置からダンジョンマスターの気性を分析したりしている。つまるところ、適材適所だった。

 悠利が罠を発見し、詳細を説明する。ブルックがそれを確認して、自分で発動させるか遠隔からレオポルドに発動させるかを相談する。そして、罠が発動したら壊す。先ほどからずっと、この繰り返しだった。

 多分、今一番忙しいのはクーレッシュだろう。どこにどんな罠があったのかを書き記すのが仕事だと思っている彼は、リアルタイムでどんどこ増えていく罠情報にあっぷあっぷしていた。


「クーレ、大丈夫?」

「おー、平気。ちょいちょい足を止めさせて悪いな」

「ううん、気にしないで。思った以上に罠が多いんだよねぇ、このダンジョン」

「それなー。何でこんなに罠があるんだろう。歩けねぇじゃん」

「本当にそれ」


 クーレッシュの意見に、悠利は思いっきり同意した。

 ダンジョンなのだから、罠があるのは解る。ダンジョンマスターだって、討伐はされたくないだろう。自衛のために魔物を放ったり、罠を設置するのは理解できる。しかし、ここまで罠が多いと、身動きするのすら難しい。


「もしかして、このダンジョンのダンジョンマスターさんって、人嫌い……?引きこもりとか」

「何でそうなるんだよ」

「だって、まるでこっちに来るなって感じじゃない?」

「まぁ、そりゃそうだけど……」


 相変わらずの天然思考を炸裂させる悠利に、クーレッシュは思わずツッコミを入れる。ただ、悠利の意見を頭から否定することは出来なかった。確かに、立ち入るなと言うような罠の数だ。

 しかし、それを思うなら疑問が残る。表側に当たる数多の歓待場(仮)が、あそこまで居心地の良い理由が不明になるからだ。

 よそ者が入ってくるのを拒むならば、むしろ入り口から全部物騒な感じに仕上げるはずだ。それなのに、序盤はおいでませ状態なのだから、一貫性がない。意味不明だった。

 そんな暢気なやりとりをしているうちに、目の前に広い空間が見えた。今までも幾つか部屋を通過してきたが、ここはそれまでの場所よりも随分と広い。

 というか、悠利には既視感があった。それは他の面々もだろう。


「ここ、あの子の部屋に似てますね……?」

「ダンジョンコアの部屋か……」

「え?ってことは、ここにダンジョンマスターさんがいるんですか?」

「さん付けするな」


 相手は魔物だぞ、というアリーのツッコミに、悠利はきょとんとした。とりあえず会話が出来る相手なら、さん付けで良いんじゃないかと思っている悠利だった。アロールが連れている蛇の従魔をナージャさんと呼ぶ悠利なので。

 そこは、天井がそれまでとは比べものにならないほどに高い、広い部屋だった。開放感のある空間だが、周囲は他の場所と同じく石壁だ。

 そして、部屋の中央に鈍い輝きを放つダンジョンコアが鎮座している。

 光を放ちながらくるくると回る大きな水晶。空中に浮かんだそれがダンジョンコアであることは間違いない。間違いないが、悠利は違和感を覚えた。


「アリーさん、あのダンジョンコア、色が鈍いというか、黒ずんでませんか……?」

「そうだな……。力が弱っているのか?」

「ダンジョンコアって、光ってる方が力が強いんですか?」

「恐らくな。賑わってるダンジョンのコアは目映いと聞く」

「なるほど」


 アリーの簡潔な説明に、悠利はふむふむと納得した。納得して、お友達であるマギサがいる収穫の箱庭のダンジョンコアを思い出した。物凄くキラキラしていた。連日王都の人達がやってくるあのダンジョンは、確かに賑わっていたので。

 ここがダンジョンコアの部屋だと解った瞬間に、大人達は陣形を組んだ。悠利とクーレッシュを間に挟むようにして四方を固め、周囲を伺う。ダンジョンコアのあるところ、ダンジョンマスターがいる。何が起こるかは解らないのだ。

 ましてや、このダンジョンは思いっきり物騒だ。今までの罠だって、全部見抜く悠利がいて、全部粉砕出来るブルックがいたから無傷でのんびりと到着できただけである。きっと、他の人達ならば大怪我で離脱しているに違いない。

 そんな場所の、ダンジョンマスター。大人達が警戒するのも無理はなかった。悠利とクーレッシュも気を引き締めている。

 しかし、何故か、その中でルークスだけがあまり気を引き締めていなかった。悠利に危害を加える存在は全部殲滅する!ぐらいの勢いのノリの従魔だというのに、今はちょっと大人しい。気合いが感じられない。


「ルーちゃん、どうしたの?」

「キュ?」

「えーっと、何でそんなにリラックスしてるの……?」

「キュピー?」


 悠利の問いかけに、ルークスはきょとんとしたように身体を揺らした。小首を傾げるような仕草だ。要約するならば、「何で皆そんなに怖い顔してるの?」だろうか。そんな感じの雰囲気だった。

 ルークスの様子が変だと言うことに気付いた一同も、じっと出来る従魔を見た。彼らはルークスの能力を知っている。その知能の高さも理解している。そのルークスが警戒していないというのはどういうことなのか、考える必要があった。

 しかし、彼らには考える時間はなかった。相談をする暇もなかった。第三者の声が響いたからだ。


「アレ?何でここにお客さん……?」

「「……ッ!」」


 突然聞こえた声に、全員そちらへと視線を向けた。気配が全く感じられなかったのだ。決して気を緩めていたわけではない大人達が、誰一人として声の主を認識できなかった。それゆえの反応だ。

 ただ、悠利には心当たりがあった。他の皆が気付かない気配。当たり前みたいに側に溶け込んだ気配。そういった存在を、悠利は知っている。

 だから、意を決して悠利は、目の前に現れた存在に向かって声をかけた。


「あの、貴方がこのダンジョンのダンジョンマスターさんですか?」


 突拍子もないその問いかけに、声の主はぱちくりと瞬きをした。ごくごく普通のその表情に、次いでぱぁっと笑みが浮かぶ。


「あぁ、そうだよ。俺がここのダンジョンマスターだ。驚いたなぁ。お客さんが来るとは思わなかった。ここまでの道は危なかっただろう?怪我はないか?」


 そう言って笑ったのは、どこからどう見ても人間の青年だった。悠利やクーレッシュよりも少し年上、二十代の半ば頃に見える。人好きのする笑みを浮かべた、ごく普通の青年と言った容姿だ。

 身につけている服装も、決して奇抜なものではない。シャツにベストにズボンという、有り体に言えば悠利達が普段来ているような服装だ。どう考えても、ダンジョンマスターとかいう人外の存在には見えなかった。

 暗めの赤い髪に栗色の瞳という色彩も、中肉中背の体格も、つり眉だが垂れ目のせいでおっとり見える顔立ちも、どこからどう見てもその辺にいるお兄ちゃんである。しかし、当人は己をダンジョンマスターだと名乗った。意味が解らない。


「お前が、ダンジョンマスターだと?」


 相手を睨めつけるように真剣に見据えながら、アリーが問いかける。傍らにブルックを置き、背後に悠利とクーレッシュを庇いながら、だ。頼れるリーダー様は、この異常事態に気を引き締めていた。

 無論それは、他の面々もそうだ。相手に敵意がないことを確認しているので比較的ゆるゆるの悠利と、何故か同じようにゆるゆるのルークスを除いた全員が、こいつは何だと言いたげに彼を見ている。しかし、相手はそんなことにはお構いなしに、笑顔で口を開いた。


「そう。このダンジョン、無明の採掘場及び外側の数多の歓待場のダンジョンマスター。名前はウォルナデット。ウォリーって呼んでくれ」

「「…………」」


 ぐっと親指を立ててフレンドリーに挨拶してきた青年に、全員沈黙した。何だコレ、と彼らは思った。

 まず、何でダンジョンマスターがこんなに友好的なんだという疑問。それに関しては、マギサという例があるので一先ず横に置く。気になるのは、彼の名乗りだ。彼は今、己の個体名を名乗った。本来ならば名前を持たないダンジョンマスターだというのに!

 マギサにも、名前はない。ワーキャットの若様であるリディが付けたマギサという名前は、いわゆる通称だ。あだ名みたいなものだと思えば良い。本質としての彼に名前はない。なのに、今目の前の存在は、きちんと名乗って見せたのだ。

 何だこいつという皆の気持ちが伝わったのか、青年はオロオロした顔で説明を始めた。ちゃんと説明するから、変な者じゃないから、と言いたげな雰囲気は、やっぱりどこにでもいる普通のお兄ちゃんっぽかった。


「最初に言っておくと、俺、元人間だから。今はダンジョンマスターなんてもんにされてるけど、元々は普通の人間で、冒険者やってたんだ」

「え、ダンジョンマスターって元人間さんもいるんですか?」

「アレ?そこから?ダンジョンマスターの誕生方法って知られてない?」


 驚いたように声を上げた悠利に、青年はぱちくりと瞬きを繰り返した。悠利の反応が予想外だったのだろう。しかし、そこに同意するような皆の反応を見て、彼も考えを改めた。どうやらこの情報はあまり知られていないらしい、と。

 元人間と名乗ったダンジョンマスターの青年ウォルナデットは、のんびりとした口調で皆に説明を始めた。ダンジョンマスターとは何なのか、を。


「ダンジョンマスターの誕生方法は三つ。一つ目は、一からダンジョンコアが作り出す。二つ目は、ダンジョンコアがどこかから適正のある者を召喚する。そして最後の三つ目が、手近にある存在を素材にして造り変える」

「……三つ目は、知られてないぞ」


 ウォルナデットの能天気な説明に、アリーが呻くように告げた。一つ目はよく知られている。始めからダンジョンマスターとなるために生み出される生命体がいる。ダンジョンコアの力を注いで造られた存在で、その力もかなり強い。

 二つ目も、風の噂程度に話にはなっている。ここではないどこかから、ダンジョンマスターになり得る存在を呼び寄せて役割を与える。ダンジョンコアに見初められるようなものだという。

 だが、最後の三つ目に関しては、アリーも聞いたことがなかった。目の前の青年の言葉が正しければ、ダンジョンコアは、ダンジョンを訪れた存在をダンジョンマスターに造り変えることが出来るということになる。

 それは、ダンジョンを踏破せんとする冒険者達にとっては、恐ろしい話だ。無理矢理に自分達が造り変えられてしまうなど、到底許容できない。

 そんな皆の怖気を察したのか、ウォルナデットはカラカラと笑いながら告げた。


「心配いらない。ダンジョンコアがダンジョンマスターに造り変えることが出来るのは、死体だけだから」

「「え?」」

「生きてると、本来の生命体としての力があるから、無理っぽいんだ」


 ケロリと告げられた言葉に、一同絶句。それは、早い話が目の前の青年は、一度死んでいるということになる。物凄く能天気に告げているが、かなりの内容ではないか、と。

 しかし、当人は何も気にしていないらしい。そのまま、ぺらぺらと自分がダンジョンマスターになった経緯を説明している。


「俺が現役の冒険者だった頃、このダンジョンは珍しい鉱石がたんまり取れるダンジョンとして有名だったんだ。でも、お察しの通り罠がエグくて、今はいないけれど魔物達もそりゃもうエグくて、死亡率が思いっきり高かった。よほどの手練れでなけりゃ、ここへ向かうのは自殺行為だって言われるぐらいに」


 確かに、通り抜けてきた通路の罠のエグさを考えると、彼の説明に物凄く説得力があった。入るな危険ダンジョンである。高レベル冒険者御用達にでもしないと、無意味に人が死にそうだ。


「で、俺はそんなダンジョンに探索に来た冒険者だったんだけど、ダンジョンマスターに殺されました。先代、エグいダンジョンに相応しい強さでさぁ……」

「と、いうことは、ウォリーさんが死んだ後に、誰かがダンジョンマスターを倒したってことですか?」

「そういうこと」


 自分が死んだときのことをあっけらかんと語る青年も青年だが、普通に会話する悠利も悠利だった。悠利の場合は、目の前の青年が元気にのほほんと笑っているので、その雰囲気に流されている感じがあった。

 とりあえず、人間としてのウォルナデットはダンジョンマスターに殺されて人生を終えた。それが事実で、その後先代のダンジョンマスターが倒されて、ウォルナデットがダンジョンマスターになったということらしい。


「しかし、それならばこのダンジョンが最近まで発見されなかったのが理解できないんだが?」

「あ、ダンジョンコアが休眠状態で、ダンジョンごと地下に潜ってたから。最近、余力が出来て浮上したんだ」


 ダンジョンコアの休眠とか、ダンジョンごと地下に潜っていたとか、ちょっと皆の常識をぶん殴っていく台詞ばかりが出てくる。何だこいつと皆は思った。爆弾を暢気に投げつけないでほしい感じだ。常識が遠い、


「そもそも、ダンジョンマスターを倒した誰かが、ダンジョンコアもかなり消耗させたみたいでさ。消滅こそ免れたけど、力もないしで、仕方なく手近にいた俺をダンジョンマスターにしたみたいなんだよ」

「え?そうなんですか?」

「うん」


 ぽかんとしている悠利に、ウォルナデットは笑いながら説明を続けた。このダンジョンマスターさんは随分とフレンドリーである。元人間というだけでなく、元々の性格がこうなのだろう。


「そもそも、ダンジョンマスターを造るのって力の消耗が激しいらしくってさ。余力のないダンジョンコアは、あんまり強くならないだろうと思いつつ、俺をダンジョンマスターに造り変えることで、ダンジョンが壊れるのを防いだっぽい」

「ウォリーさん、強くないんですか……?」

「相性が悪い!」


 悠利の問いかけに、ウォルナデットは満面の笑みで答えた。何がどう相性が悪いのかさっぱり解らなかった一同は、彼の言葉の続きを待った。


「あのエグい罠を見て貰ったら解るように、ここのダンジョンコアは探索者を自分の養分としか見てない。珍しい鉱石でおびき寄せて、殺して生命エネルギーを奪うぐらいしか考えてないんだ。俺はもっと平和に生きたい」

「ダンジョンの性質は、ダンジョンコアに影響されるということか……?」


 恐る恐るといった様子でアリーが問いかければ、やはりウォルナデットはあっさりと答えた。


「ん?そうだよ。確かに俺達ダンジョンマスターにはダンジョンを造り変える力があるけれど、本質はダンジョンコアが握ってる。おかげで、俺はダンジョンのこちら側をこの物騒な状態から変更できないままだ」


 まぁ、それはまだ力が溜まってないからでもあるけど、と青年はケロリと告げた。悠利を除く皆は、色々と頭を抱えていた。ダンジョンの秘密みたいなものを、この短期間で叩き込まれた感じだった。

 とりあえず、この青年がダンジョンを訪れる者達に害意を持っていないことだけは、理解できた。


「それじゃあ、外側のダンジョン部分が平和だったのは……」

「俺の趣味。誰かに探索して貰わないと生命エネルギーは手に入らないからダンジョンコアが弱ったままだ。そうすると俺も弱るから、色んな人に来て貰えるようにあんな風に改装してみた」


 にこにこ笑顔で告げられた言葉に、皆は脱力した。何だそれと言いたくなった。だが、解ったことがある。目の前の青年が元人間で冒険者ならば、あのセーフティーゾーンの珍妙な形態も納得がいくのだ。

 アレはきっと、元冒険者であるウォルナデットの「こういうのがあったら良いな」を凝縮した結果なのだろう。ベッドと洗面台とトイレが完備されたセーフティーゾーンなんて、ダンジョン内の宿として完璧すぎるので。


「キューピー」

「おー、君が皆が言ってたスライムかー。いらっしゃい」

「キュピピ!」


 話が一段落したと理解したのか、ルークスがぴょこんとウォルナデットの前に現れて挨拶をする。ぺこりと頭を下げる愛らしいスライムに、青年も笑顔を向ける。

 そこで悠利は、何でルークスが彼を警戒していなかったのかを、理解した。きっと、数多の歓待場で出会った魔物達と話したことで、ここのダンジョンマスターが温厚だと理解していたのだろう。そして、自分達のことを伝えていたに違いない。

 ルーちゃん、そういうことはもっと解るように伝えておいて……と悠利は心の中でツッコミを入れた。ルークスの言葉が完全に解るアロールがいないので、その行動は謎に包まれたままだったのだ。もっと早くに解っていたら、こっちだって彼を警戒しないでいられたのに。

 悠利同様にその辺を察しただろう一同は、警戒するのも無意味な相手だと肩の力を抜いた。そんな中、クーレッシュがひょいと身を乗り出して口を開いた。先ほどまでは彼の動きを制していた大人組も、もう特に何も言わない。


「ウォリーさん、厚かましいんですけど、一つお願いを聞いて貰っても良いですか?」

「ん?俺で出来ること?初めてのお客さんだから、出来ることはするよー」

「それじゃあ、俺の描いた地図があってるか、確認して貰えます?」

「良いよー」


 自分の仕事をしっかりと果たすために、何だかんだで抜け目のないクーレッシュだった。部屋の隅にウォルナデットが作ったテーブルの上に地図を広げて、二人で話をしている。地図を描く際に建物がどこ風だとかの意見を聞いた相手であるヤクモも、それに付き合っている。

 少し離れた場所に三人が移動して、こちらに意識が向いていないのを理解して、そこでブルックはぼそりと口を開いた。小さな声で。


「うろ覚えなんだが、もしかしたら先代のダンジョンマスターを倒したのは俺かもしれん」

「は?」

「はぁ?」

「え?」

「ダンジョンの名前も構造もあまり覚えていないが、ダンジョンマスターを倒してからダンジョンコアも休眠状態になる程度にはボコボコにした記憶がある」

「「……」」


 呆気に取られる悠利達に、ブルックは普通の顔だった。あまり表情筋が仕事をしない青年なので、その辺はいつものことだ。

 ただ、言われた内容はかなりの情報である。アリーがこめかみを押さえながら、呻くように口を開いた。彼の知っている範囲の情報として。


「待てよ。このダンジョンが確認されたのはつい最近で、それ以前にここにダンジョンがあったっていう記述は、王国では見つかってない」

「なら、この辺りが王国になる前だな。確か、あの頃はこの辺に国はなかった」

「待て待て待て。それ、何年前の話だ」


 国が出来る前と言われて、アリーは焦ったようにツッコミを入れた。レオポルドも同じ気持ちらしく、どういうことよとせっついている。そして悠利も、どういうことだろうと首を傾げている。


「俺がまだ幼馴染みと旅をしていたころだから、……ざっと見積もって三百年は昔だと思うが」

「……そういえばこいつ、結構な年齢だったわね……」

「出来ればもっと早くに思い出せ、この野郎……」


 がっくりと肩を落とすレオポルドとアリーに対して、ブルックはすまんと一言だけ謝った。それだけ長く生きていると、昔のことはちょいちょい忘れられていくのだ。仕方ない。


「ブルックさんの幼馴染みっていうことは、同族さんですか?」

「あぁ。あまりにも死者が多すぎて、ダンジョンをリセットしたいという話でな。同族が三人で旅をしてたから、頼まれたんだろう」

「……こんなのが三人も……」

「過剰戦力どころじゃないわよぉ……」


 遠い目をする二人に、悠利はあははと乾いた笑いを零した。言いたいことは解らなくもない。

 ブルックは普通にスペックがおかしいのだ。その彼と同じレベルで強い者が後二人もいたなんて、過剰戦力以外の何ものでもない。先代のダンジョンマスターにちょっと同情した悠利だった。


「つか、竜人種バハムーン三人でもダンジョンコアは壊せなかったのか?」

「物理的な攻撃だけでは壊れんからな、アレは。特殊な武器がいるが、流石にそれはなかった。なので、削れるだけ削って、休眠状態に追い込んだ」

「なるほどな。そんだけ消耗させられたから、最後の力であの男をダンジョンマスターにしたってことか」

「そうだろうな」


 大昔の物凄い武勇譚を、ちょっとその辺で仕事をしてきたぐらいのノリで話す男、ブルック。人間ではない長命種の彼にとって、その程度のことなのかもしれない。どう考えても物凄いことなのだけれど。


「……その辺の情報は、上に上げて良いのか?」

「俺の関与も含めて、直通で伝えるならば問題ない」

「了解だ」


 アリーの問いかけに、ブルックは淡々と答えた。自分の情報を、この相棒が変な風に使わないことを知っていると言いたげに。実際、縁のある第三王子フレデリックの周辺には、ブルックの正体は知られているので。

 大人の会話が一段落したのを確認して、悠利はちょんちょんとブルックの腕を突いて質問を口にした。


「ブルックさんは、何でその幼馴染みさん達と別行動を取るようになったんですか?」


 素朴な疑問だった。物凄く強い三人ならば、一緒にいれば色々と楽だったのではないかと思ったのだ。それに、同族ならば何も隠さなくて良いのだし。

 そんな悠利に返されたのは、実に端的な答えだった。


「ユーリ、俺と同等の戦闘力を持つ者と三人で組んでみろ。何も楽しくない」

「楽しく、ない……?」

「基本、全部拳でどうにかなってしまう。旅をする面白さが半減だった」

「…………わぁ」

「だから、せっかく旅をするなら別行動の方が色々と楽しめそうだということで、解散した。まぁ、時々故郷で会うんだが」


 強者が集まりすぎても、あんまり楽しい旅にはならないらしい。チートキャラで揃えて、ワンパンで敵が倒せてしまうゲームみたいなものかな、と悠利は思った。たしかにそれだと、過程が何一つ楽しめない。

 そのブルックの言い分は理解したものの、彼の発言に思わずツッコミを入れてしまうアリーとレオポルド。その声は、色々と実感がこもっていた。


「……お前の言う時々って、何年間隔なんだ……?」

「あたくし、旅をしていた頃から一度たりとも、貴方が故郷に戻ったのを見たことがないのだけれど……」


 口元に笑みを浮かべて何も言わないブルック。何となく聞かない方が心の平穏が保たれそうだと思った悠利は、地図を確認しているクーレッシュ達の方へと歩き出した。世の中、知らぬが花というものがあるので。




 そんなこんなで、知り合ったダンジョンマスター・ウォルナデットと交流をすることになる悠利達なのでした。またしても例外枠のダンジョンマスターのようです。

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