朝ご飯は爽やかにモーニング


「おはようございます」

「おはよう、ユーリちゃん」


 挨拶をした悠利ゆうりに、レオポルドは穏やかな声で挨拶を返してくれた。皆より早く起きて見張り番をしていたオネェさんは、既に身支度をバッチリと調えていた。お化粧も完璧だ。

 洗面台で顔を洗った悠利は、さぁ自分の仕事だとばかりに朝食の準備に取りかかる。幸いなことにこのセーフティーゾーンにはテーブルがあるので、用意も楽だ。

 勿論、ダンジョンの中なので朝から凝ったものを作るつもりはない。出来る労力はなるべく省いていきたい。時間停止機能のついている魔法鞄マジックバッグを所持しているので、準備できるものはアジトで準備してきた。

 よって、今から悠利が行うのはメインディッシュの作成だけだ。

 メインディッシュと言ってしまうと大袈裟だが、ハムエッグを作るだけである。学生鞄から携帯用のコンロを取り出して、テーブルの上に置く。一度に六人分を焼くので、フライパンは少し大きい。

 軽く油を引いたら、人数分のハムをフライパンの中に並べる。まずはハムだけを焼く。その方が、両面が焼かれて美味しい気がするのだ。何となく。まぁ、その辺も好みだろうが。

 そこで悠利はハッとしたように顔を上げた。卵を入れる前に気付いて良かった、と言うように。


「すみませーん、ハムエッグ、半熟か固いのかで希望ありますかー?」


 実に能天気な悠利の質問に、それぞれ身支度を調えていた一同はぴたりと動きを止めた。何のことだ?と言いたげな雰囲気である。悠利としては、とても重要だと思っているのだが。


「ユーリ?」

「朝ご飯のハムエッグです。半熟と固いのだと焼き時間が変わるので、希望があるなら調整します」

「……お前は朝から何をしているんだ」

「え?朝ご飯を作ってるだけですけど」


 てっきり作ってきた何かを取り出すだけだと思っていたアリーは、けろりと答えた悠利の言葉に溜息をついた。ただ、相手が悠利なのでそれ以上のツッコミは入らなかった。今更だと思ったのかもしれない。間違ってない。

 なので、彼が口にしたのは別の言葉だった。


「俺は半熟で頼む」

「はい」


 アリーの返事を皮切りに、他の面々からも要望が飛ぶ。アリーと悠利の会話の間に、何とか自分を取り戻したらしい。


「ユーリ、俺、今日は固めで」

「俺も固いのを頼む」

「我は半熟で」

「あたくしも半熟が良いわ」

「了解でーす!」

 


 皆の希望を聞いた悠利は、コンロの火を再び点けて調理に取りかかる。悠利も半熟の気分だったので、固めが二つに半熟が四つだ。それならと、二人分のハムをぺぺっと適当な皿に移動させた。

 焼き加減の違うハムエッグを一気に調理するのは少し難易度が高い。悠利は安全策を取ることにした。片面が焼けたハムをひっくり返すと、割った卵を四つ入れる。

 後は蓋をして、弱火でじっくり焼けば良い。水を入れて蒸し焼きにするのも良いが、弱い火でじわじわ焼くのもまた、良い感じに仕上がるのだ。

 玉子に火が入るのを待っている間に、人数分の大皿を取り出す。かなり大きめの皿で、おかずを載せてもまだあまりそうな皿だ。今日は意味があってその大きな皿を使っている。

 大皿にまず盛り付けたのはサラダだ。ボウルにたっぷり作ってきたので、盛り付けるだけで良いのがポイントである。基本はグリーンサラダだが、隣にトマトを添えれば彩りは美しい。

 人数分の大皿にサラダとトマトを盛り付けたら、良い感じに火が通ったハムエッグを4等分して盛り付ける。多少大きさにバラつきが出来てしまったが、まぁそこもご愛敬だろう。

 それが終われば、残ったハムを入れて二人分のハムエッグを作る。こちらは固めが良いと言われたので、黄身にしっかり火が通るまで待つ。半熟のときは黄身の部分がピンク色になったら火を止めていたが、今度はそれを越えて火を入れる。

 ハムエッグが完成したら、それも更に盛り付ける。そして最後の仕上げに、学生鞄から取り出したトーストを載せる。……焼きたてほかほかの状態で鞄に入れておいたので、バターを載せたらじゅわっと溶けそうなぐらいに熱々のトーストだ。


「……ユーリちゃん、それ」

「え?トーストですけど、どうかしました?」

「……どうしてそんなに熱々なのかしら」

「焼けてすぐ魔法鞄マジックバッグに入れたから、ですけど……?」


 それがどうかしましたか?と言いたげな悠利に、レオポルドは何かを言いかけて口をつぐんだ。多分、色々とツッコミがあったのだろう。何で、昨日焼いたはずのパンが、今日もまだほかほかなのか、とか。

 しかし、出来るオネェは賢かった。アリー達が何も言わないのを見て、もうこれが悠利なのだと理解したらしい。そのぐらいの順応力がないとやっていけないのだ。多分。


「朝ご飯出来ましたよー」


 フライパンとコンロをとりあえず誰もいない足下へ移動させて、悠利は元気に皆に声をかけた。流石に使った直後のフライパンは熱々なので、後でルークスに綺麗にしてもらう予定だ。

 武装の確認などの身支度を終えていた仲間達は、その声に導かれるようにテーブルの方へとやってくる。テーブルの上には、大きなお皿にワンプレートが出来上がっていた。

 サラダとハムエッグとトースト。実にシンプルなワンプレート。悠利の感覚でいくならば、モーニングだ。喫茶店とかで食べることが出来るような朝ご飯をイメージしている。

 飲み物は保温性のある水筒に入れた温かい紅茶。冷たい牛乳も用意してある。お好きなものをどうぞという感じだ。

 問題は、椅子が四つしかないことだ。テーブル自体は丸テーブルなので、頑張れば全員着席することも出来るだろう。しかし、椅子がないのは困った。

 そんな風に悠利が考えていると、ヤクモとレオポルドが大皿を手にしてテーブルから離れる。


「ヤクモさん?レオーネさん?」

「椅子は四つしかないようであるからな。多少行儀は悪いがこちらで食べさせて貰おう」

「お皿一つにしてくれてるから、大丈夫そうだしね」


 椅子は貴方達が使いなさいな、と美貌のオネェは麗しい微笑みでそんなことを告げる。どこへ行くのかと見ていれば、彼らはそれぞれ自分達が使っていたベッドに腰掛けていた。どうやら、ベッドに座って食べるつもりらしい。

 悠利がワンプレートで作っていたので、膝の上に置いて食べるという選択肢が出たのだろう。まぁ、本来ならば野営であり、地面に座って食べていただろうから、それを思えばベッドに座れるだけでも十分なのかもしれない。

 二人の気遣いに、悠利はぺこりと頭を下げた。そこでふと思い出したように口を開く。


「あの、トーストは何も味が付いてないので、バターかジャムを用意してあるんですけれど」

「あら、それならあたくしはバターで」

「我もバターを貰おうか」

「はい」


 学生鞄から取り出したジャムとバター。そのうちのバターを手にして、悠利は二人の元へと移動する。その背後では、用意されたのがイチゴのジャムだと気付いたブルックが、素早くジャムへと手を伸ばしていた。

 ……甘味に対する欲求が並々ならぬ剣士殿の動きは、大変素早かった。目の前で風が吹いたとしか思えなかったクーレッシュが、ぱちくりと瞬きを繰り返している。動きが全然見えなかったので。


「お前な……」


 朝っぱらから何一つブレない相棒に、アリーの声に疲れが滲む。ダンジョンで甘いものを補充できるとは思っていなかったのか、ブルックの動きは速かったし、機嫌は物凄く良くなった。顔にはあまり出ていないが、行動が物語っている。

 クーレッシュは慎ましく、大人しく、戻ってきた悠利からバターを受け取ってトーストに塗っている。彼は空気が読めるのだ。ブルックが甘いものに反応するのは今更だし、別にそれで迷惑を被るわけでもないので、反応する必要はない。

 だから、彼が口にしたのは別のことだった。


「ユーリ、何で朝飯コレにしたんだ?」

「え?」

「ハムとかベーコンなら、焼いたの持って来られたんじゃねぇの?」


 何でわざわざダンジョンで、朝っぱらからハムエッグを作っていたのか。素朴なクーレッシュの疑問に、悠利は不思議そうに首を傾げて答えた。


「何となく、トーストとサラダと玉子の朝ご飯が食べたかったから」

「それかよ」

「朝ご飯って感じがするんだよねー」


 クーレッシュにはよく解らないこだわりだった。モーニングのイメージなので仕方ない。なお、玉子料理はハムエッグでもベーコンエッグでもスクランブルエッグでもオムレツでも可。


「一応、作業出来ない場所だったことを考えて、ウインナーとかも用意しておいたけどね」

「あ、それはしてたのか」

「うん。どんな場所で寝るか解らなかったから」

「なるほど」


 一応、悠利なりに色々と考えているのだ。準備はされていたと知って、クーレッシュはとりあえず納得はした。簡易コンロを置いて調理できる空間があったから、こんな献立になったらしいということで。

 そんなクーレッシュの隣で、悠利はあーんと口を開けてトーストを囓った。熱々のところへバターを塗ったので、じゅわりと染みこんで何とも言えず美味しい。やはり、バターを塗ったトーストはシンプルだが美味しい。それを再確認していた。

 耳のサクッという食感と、真ん中部分のふんわりと柔らかい食感。表面が良い感じに焼かれてサクサクしているのに、中心の白い部分はふわふわのままだ。そこまでバターが染みこんでいる。


「バタートースト美味しいよね」

「美味いよな。ジャムも悪くないけど、おかずがあるなら俺はバターが好きだ」

「解るー」


 ジャムトーストが嫌いなわけではないが、甘いパンを食べながらおかずを食べるよりは、バターの方が良いと思う二人だった。もぐもぐとトーストを食べながら、どちらもご機嫌である。

 その二人と裏腹に、たっぷりとジャムを載せたトーストを食べてご満悦なのが、ブルックだ。もう誰も突っ込まない。ジャムの載せ方が多いとか、ツッコミを入れるのも疲れるので。


「ユーリちゃん、このハムエッグ、とても美味しいわ」

「お口に合って良かったですー」

「黄身が半熟でとろとろで、あたくし好みよ」


 ご希望通りの半熟の仕上がりに、レオポルドは嬉しそうに微笑んでいる。割られた黄身はとろりと流れ出て、白身の上を彩っている。その黄色と白のコントラストが実に美しい。

 その感想を受けて、悠利もハムエッグに手を伸ばす。まずはハムとくっ付いている白身からだ。箸で食べやすい大きさに切ると、ハムと白身を一緒に口の中へ放り込む。

 一応醤油をかけているが、ハムの味で十分に美味しかった。白身は確かに固まっているが、それでもぷるぷると柔らかい。ハムの歯応えと絶妙の組み合わせだった。

 ベーコンでも美味しいが、ハムはハムで美味しい。噛めば噛むほどにハムの旨味が広がって、玉子の白身と味が混ざる。ただの目玉焼きでは味わえない美味しさだ。


「キュー?」

「あ、ルーちゃん、もう食べたの?」

「キュ」


 ハムエッグを堪能していた悠利の足下で、ルークスが鳴いた。ルークスのために用意されていた野菜炒めは、既にぺろりと平らげられたらしい。お皿もピカピカだ。

 食事の邪魔をするつもりはなかったのだろう。悠利がまだ食事の途中だと気付いたルークスは、申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げるような仕草をした。そして、ちょろりと伸ばした身体の一部である方向を示した。

 そこには、悠利が後で綺麗にして貰おうと思っていたフライパンがある。出来るスライムはそれが自分の仕事だと解っているのだろう。じぃっと悠利を見上げている。


「えーっと、ルーちゃん、ご飯終わったからお片付けをしてくれるってことで良いのかな?」

「キュイ!」

「そっか。それじゃあ、よろしくお願いします」

「キュピ」


 悠利の言葉に、ルークスは任せてと言いたげにその場でぽよんと跳ねた。そのまま、うきうきとした様子でフライパンの方へと向かう。それはもう、ピッカピカにしてくれるだろう。とても張り切っているので。


「相変わらず、何つーかお役立ちだよな、ルークス」

「ルーちゃんは強くて可愛くて賢いからね」

「でも多分、普通の従魔はどれだけ賢くても、あーゆーことはしないと思う」


 うちの子は凄いんだよ、みたいなノリの悠利に、クーレッシュは至極もっともなツッコミを口にした。言われた方は、何で?と言いたげな顔をしていた。悠利にとって初めての従魔がルークスなので、色々と理解が足りていないのだ。

 まぁ、そこを指摘したところで何も変わらないのだが。ルークスはルークスだし、主である悠利のお役に立てるのを喜んでいる。誰が何を言おうと、悠利が嫌がらない限りお手伝いを頑張るに決まっているのだ。

 そして、ルークスをとてもとても可愛がっていて、お手伝いしてもらえるのを喜んでいる悠利が、邪険に扱うこともない。よって、これからも従魔が食器や調理道具の片付けをするという珍妙な光景は、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》で見られるのだろう。


「あ、サラダもトーストもお代わりはあるんで、足りなかったら言ってくださいね」


 思い出したように悠利が告げる。自分の胃袋より、皆の胃袋が大きいことを彼は知っている。サラダもトーストも余分に用意してあるのだ。

 その言葉に反応したのは、ブルックだった。既にぺろりとイチゴジャムを塗ったトーストを食べ終えていた剣士殿は、悠利に静かに言葉をかけた。


「まだ余分があるなら、トーストのお代わりが欲しいんだが」

「はい、ありますよ。どうぞ」

「ありがとう」


 とん、とテーブルの上に大皿に載ったトーストが出される。いずれもまだほかほかしていた。そのトーストを一枚手に取ると、ブルックは再びイチゴジャムを大量に載せる。トーストを食べているのか、ジャムを食べているのかどっちだろう。そんなことを悠利は思った。

 とはいえ、他人の食事にケチを付ける趣味はないので、何も言わない。自分も食事を楽しもうと、残しておいたハムエッグの黄身へと箸を向かわせる。

 半熟とろとろの黄身は、迂闊に割ると中身がとろりと零れてしまう。綺麗に黄身の部分だけを残して周りを食べ終えた悠利は、トーストの真ん中を少しくぼませて、そこにハムエッグの残った黄身を載せた。


「ユーリ、何をしてるんだ?」

「こうやって食べたら、黄身が零れないかなと思って」

「いつぞやのベーコンエッグが載ってたトーストみたいだな」

「そんな感じです」


 以前作ったベーコンエッグトーストのことを言われて、悠利はのほほんと答えた。アレはマヨネーズで土手を作ってパンの上に生卵を載せ、オーブンで焼いたトーストだ。流石に出先で同じことは出来ないので、今日はこんな感じだった。

 器用なことをしてるなと言いたげなアリーは、既に黄身の部分も食べ終わっている。黄身が零れる間もなく、口に放り込んでしまったらしい。豪快な食べ方だ。

 トーストごとかぷりと黄身を噛めば、とろりと口の中に玉子の味が広がる。零れ落ちないように注意して、はむはむと食べる。悠利の口はあまり大きくないので、一気に食べるのは難しいのだ。

 バタートーストと、半熟の黄身。トーストに味があるので、濃厚な黄身にも負けはしない。むしろ、互いに引き立て合うような感じだった。玉子とパンの相性はやはり良いと、そんなことを悠利は再確認した。


「それはそれで面白いな」

「クーレは固めだったもんね。そのまま食べたの?」

「いや、サラダと一緒に食べた。ゆで玉子みたいな感じで」

「あぁ、それも美味しいよね」

「美味かった」


 ドレッシングのかかったサラダと、黄身がきちんと固まったハムエッグ。その二つを一緒に食べると、まるで固ゆでのゆで玉子が載ったサラダみたいな感じになったのだ。ただサラダだけを食べるよりも、満足感があった。

 仲良く会話をしながら食事に勤しむ悠利達の目の前で、ブルックが既に何枚目かよく解らないトーストに手を伸ばしていた。大食漢の胃袋は、朝っぱらから大変お元気なようだった。見てるだけでお腹がいっぱいになりそうな悠利と裏腹に。


「えーっと、ブルックさん」

「何だ?」

「ジャム、なくなったら新しいのもあるんで、言ってください」

「……ジャムも、予備があるのか?」

「あります」

「そうか、ありがとう」


 一人で凄い勢いでイチゴジャムを消費していたブルックに、悠利は一応お代わりの用意があることを告げておいた。というのも、ジャムの中身が残り少ないのを見て、その表情が一瞬曇ったのを見てしまったからだ。

 そんな悠利に、アリーとレオポルドは溜息をついた。甘やかすなとぼやくアリーと、優しいわねぇと困ったように笑うレオポルド。そんな二人をブルックは面倒そうに一瞬だけ見て、すぐに新しく用意されたアプリコットジャムへと意識を向けるのだった。




 シンプルだけれど美味しいモーニングを堪能した一同は、気合いを入れて本日の探索に出かけるのだった。お仕事はまだまだ続きます。




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