さっぱりお肉の梅シソカツ、再び!


「それでは、頑張って下準備をしましょう!」

「おう!」


 元気よく返事をしたのはウルグス。彼は今から、悠利ゆうりと二人で大量の肉と戦うことになるのだ。

 正確には、目の前の大量の肉を美味しいカツに作り替えるという作業だ。本日のメニューは、何気に皆に人気なバイパー肉の梅シソカツである。

 蛇の魔物であるバイパーの肉は、鶏のムネ肉やささみのような食感で脂が少ないので食の細い面々にも人気のお肉だ。逆に、ボリュームが今一つ足りないので肉食の面々にはちょっと物足りないと言われるお肉でもある。

 ただし、一手間かけて味付けや下処理などを工夫すれば、十分に食べ応えのある料理へと化ける。そもそも、お肉自体はとても美味しいのだ。

 なので今日は、このバイパー肉に叩いた梅干しを挟み、青ジソを巻き、衣を付けてあげるカツに仕上げるのだ。そこまですると、あっさりとした味わいのバイパー肉が、皆を唸らせる絶品料理になる。


「まずは、バイパー肉を一口サイズに切ります」

「一口サイズ」

「そう、一口サイズ。面倒くさいかもしれないけど、食べやすい一口サイズで」

「……そ、そんなに念押しをしなくて良いじゃないか」


 にっこり笑顔で圧をかけてくる悠利に、ウルグスは微妙な顔をした。何でそんなに何度も言うんだよと言いたげである。そんなウルグスに、悠利はため息を吐きながら答えた。


「だって、ウルグスは一口サイズって言っても、『大きい方が美味いよな!』とか言ってちょっと大きく切るじゃん」

「べ、別に、そんなデカく切ってない、し……」

「とりあえず、見本と同じぐらいの大きさでお願い」

「……はい」


 記憶を辿りながら告げる悠利に、ウルグスは分が悪そうに視線を逸らした。思い返してみると、否定できないことに気付いたのだ。そんなウルグスをそれ以上問い詰めることはせず、悠利は作業に取りかかった。

 ブロック状態のバイパー肉を、包丁で食べやすい大きさに切っていく。大きさのイメージは、よくあるチキンナゲットぐらいだろうか。揚げると少し縮むので、これで食べやすい大きさになる予定だ。

 二人でせっせと大量の肉を切っていく。数が多ければ多いほど、カツに仕上げるのは大変だ。それでも、小さく作ることで食べやすくなり、食が細い面々でも自分で食べたいだけ食べることが出来るようになる。

 それに、小さく作ることで一口か二口で食べることが出来、そうするとどこを食べても梅や青ジソの風味を感じることが出来るのだ。大きく作った場合、食べ方によっては肉しかない場所を食べることになる場合もあるので。

 一口サイズに切り分け終わったら、次の作業が待っている。今回はただのカツではなくて叩いた梅を挟んだカツを作るので、その梅を挟む空間を作らなくてはならないのだ。


「それじゃあ、次はお肉を開きます」

「開く?」

「切り込みを入れて、梅を挟む隙間を作らないとダメでしょ?それを今から準備します」

「なるほど」


 悠利の説明に、ウルグスは素直に頷いた。確かに間に梅が挟んであったことは記憶しているので、言われてみれば納得だ。ただ、どうやって作っているのかよく解っていなかっただけで。

 一口サイズに切った肉を、真ん中で二枚に下ろすように包丁を入れる。最後まで切り落とすとバラバラになるので、そこは気を付けないといけない。

 すいすいと慣れた手つきで開いていく悠利と、切りすぎないように注意して開いているウルグス。作業スピードは違うが、それはいつものことなので二人も気にしない。

 そもそも、悠利の料理技能スキルは高レベルなのだ。それでなくとも当人が料理大好きなので、慣れの部分が大きいかもしれない。家でも何度も作っている料理だと、深く考えなくても手順を身体が覚えているので。


「あ……」

「え?どうかした、ウルグス?」

「……切れた」


 突然聞こえた声に、悠利は不思議そうに隣を見た。ウルグスはそんな悠利に、しょんぼりとした顔で報告した。ぴらり、と二枚に分かれた肉を見せるウルグス。何が起きたのかを理解した悠利は、笑顔で告げた。


「大丈夫だよ、ウルグス。梅を挟んで青ジソを巻いた後、衣を付けるときにバラバラにならないようにすれば、ちゃんと揚がるから」

「そうなのか?」

「うん。ただ、バラバラになると作業がやりにくいから、繋げたまま開いてるだけだよ」

「それなら良かった」


 大変な失敗をしてしまったかと思ったウルグスだが、実は修正できるのだと理解して安堵の顔を見せる。せっかく美味しいご飯を作ろうと思っているのに、自分のうっかりで数が減ってしまうのは嫌だったので。

 なお、悠利が告げたように肉が二枚になってしまっても、作れることは作れる。その場合のイメージは、多分挟み揚げなどになるだろう。アレは、二枚の食材の間にひき肉を挟んで衣を付けてから揚げているので。

 悠利がその方法をとらないのは、カツを一口サイズにしたので二枚にすると数が多くなったときに壊れやすいからだ。正確には衣を付ける前の段階、青ジソを巻いたところまでの状態で積んでおくときに、ぐちゃっとなると困るからである。

 そんなわけで、別に肉が切れてしまっても問題ないと解ったウルグスは、先ほどまでのしょんぼり顔が嘘のように生き生きと包丁を握っていた。お肉はまだまだ沢山あるので、しょげている場合ではないのだ。

 二人がかりで頑張れば、ちょっと面倒くさい肉を開く作業も早く終わる。やはり人海戦術は偉大である。数が多いときは皆で頑張るのが吉だ。


「お肉の準備が終わったので、次は青ジソを切って梅干しを叩きます」

「おう」

「で、その前にまな板とフライパンを一度洗おうね」

「そのままじゃダメなのか?」

「お肉や魚を切ったまな板や包丁で、野菜を切るのはあんまり良くないらしいんだよね」


 肉をボウルに山積みにしてまな板の上を空っぽにすると、悠利はいそいそと流し台でまな板と包丁を洗う。丁寧に洗う悠利に不思議そうなウルグスだが、悠利がそう言うならとまな板と包丁を差し出してくる。


「でも、何で同じのでやっちゃダメなんだ?」

「僕も詳しくは知らないんだけど、衛生的な意味であんまりよくないんだって。こだわる人は、肉や魚用と野菜用は別にするらしいよ」

「……そこまでやるのは面倒くさくないか?」

「その辺は人によるからねー」


 悠利はそこまで徹底する気はないが、それでも洗うぐらいのことは手間だとは思わない。それに、別のものを切ったまな板というのは、その食材の味が残っていそうなので。何となく、変な感じに食材に味がくっつくような気がして、水気の多いものや肉や魚の後はまな板と包丁を洗ってから次の食材を切るようにしている。

 まな板と包丁の準備が整ったら、次は青ジソを洗うたっぷりの水を入れたボウルの中で泳がせるようにして洗い、ゴミが付いていないか裏表をしっかりと確認する。それを確認したら、数枚を重ねて掌の間に挟み、上下に振って水気を切る。


「青ジソは薄いから、こうやって重ねて振ると綺麗に水切りできるよ」

「一枚ずつやるよりこっちの方が早いな」

「そうなんだよね-」


 ぺらぺらしている青ジソなので、一枚を振って水を切ろうとしても意外と難しいのだ。肉が多いので使う青ジソも多いので、雑談をしながらもせっせと水を切る。

 青ジソの水気が切れたら、まずは軸を落とす。軸があると巻きにくいし、衣が付きにくいので焦げてしまうのだ。焦げるのは嬉しくないし、ぺろんと尻尾のように出ているのも微妙に邪魔なので、今日はざくざく切り落とす。

 軸を落としたら、次は半分に切る。肉の大きさに合わせてなのだが、大体半分で丁度良い。青ジソは肉に巻くが、肉からはみ出してはいけないのだ。ぺったりと肉に貼り付けるようにして固定したいので、多すぎると青ジソが余ってペラペラするのである。

 とりあえず半分に切っておけば、肉に巻くときに小さい場合は二枚巻くとかで調整が出来るので、あまり深く考えずに全部を半分にしていく。


「青ジソはこんな感じで、簡単です」

「そうだな」

「それではこれより、梅干しと戦います」

「戦う」

「うん、戦う」


 何だそれと言いたげなウルグスに対して、悠利は大真面目だった。真顔である。常日頃のほほんとしている悠利には似つかわしくない単語だった。

 しかし、悠利がそう言うのにも理由はあった。これから彼らは、梅干しを叩くのだ。種を外し、果肉をみじん切りにするように包丁で細かくする作業である。それ自体は別に難しくもなければ、ただただ包丁を動かせば良いだけなので楽ではある。

 問題は、分量だ。

 皆が堪能できるようにと、バイパーの肉はかなりの量になっている。それに挟むための梅干しである。味の決め手がこの梅干しなので、ここで手を抜くとか量をケチるとかは許されない。そんなことをしたら美味しくなくなる。

 つまりは、ここが一番の頑張りどころなのだ。


「こうやって種を外したら、包丁で叩きます」

「叩くって言うか、刻むだよな?」

「刻むよりも更に細かくなるまでやるから、叩くの方が表現としては合ってるんだと思うよ」

「なるほど?」

「とりあえず、五個ぐらいでやってみて。あんまり一度に多くするとやりにくいから」

「解った」


 まな板の上に梅干しを並べ、包丁の面の部分で押し潰すようにして梅干しの種を取り出す。取り出した種は、勿体ないので固めておく。悠利がお湯割りにして飲んだり、お茶漬けにしたりして食べるつもりだ。何せ、種の周りの果肉を全てそぎ取ることは出来ないので。

 そうして種を外したら、包丁で叩く。みじん切りの用量で刻み、みじん切りを通り越してペースト状になるまでひたすらに叩くのだ。自分が包丁を動かして苦労しない程度の分量でやらないと、叩くのが大変なので少量を叩いては器に入れ、新しい梅干しに手を伸ばす。

 最初は簡単な作業だと思っていたウルグスだが、何度も何度も繰り返すと面倒くさそうな顔になってくる。体力はあるので疲れるということはないのだけれど、やはり、飽きるのだろう。その隣で黙々と作業に取り組んでいる悠利も、ちょっと顔が飽きていた。


「……ユーリ」

「言いたいことは解るけど、頑張って。味付けがこれだけだから、ここで諦めると薄味になるよ」

「それは嫌だ」


 ウルグスは正直だった。美味しいモノを食べたいというのは当然の欲求である。そのために出来ることは頑張らねばなるまい。料理当番なのだから仕方ない。

 美味しい梅シソカツを食べたいという思いで、悠利もウルグスも頑張った。とても頑張った。器にたっぷり作った叩いた梅干し。彼らの努力の結晶は赤く輝いていた。


「では、これを肉に挟んでいきます」

「よし、たっぷり挟むぞ!」

「はみ出たら焦げるからほどほどでよろしく」

「……はい」


 意気込むウルグスに、悠利は笑顔で釘を刺した。豪快に挟んでぶちゅっとはみ出てしまうと残念なことになるのだ。衣を付けても水分の多い梅干しの部分が黒く焦げてしまうのである。焦げたら美味しくないので、そこは注意したい。

 丁寧に開いておいた肉に梅を載せ、パタンと閉じるようにして挟む。少なすぎず、多すぎず。少なければ味が薄いし、多ければはみ出して焦げてしまう。悠利が作った見本を見ながら、ウルグスは多くならないように気を付けながら挟んでいる。

 梅を挟んだ肉は、バットに並べていく。上に重ねるのは大丈夫だが、側面はくっつかないように気を付ける。くっついた拍子に梅がはみ出てしまっては困るので。

 そうやって全ての肉に梅を挟み終わったら、次は青ジソだ。半分に切った青ジソを一枚取って、くるりと巻き付ける。ナナメに巻き付ける感じにすると、両端が肉にぴったりとくっついて良い感じだ。

 このとき、青ジソで両脇を塞ぐようにするのがポイントである。少なくとも、青ジソで塞いでいる部分は梅がはみ出ないので。


「青ジソは、お肉からはみ出ないようにね」

「肉より小さい方が良いってことか?」

「うん。というか、お肉より大きいと張り付かないから、剥がれてきちゃうんだよね」

「あー、なるほど」


 悠利の説明に納得したウルグスは、手に取る青ジソの大きさに気を配りながら作業を続ける。とはいえ、きっちりどれぐらいの大きさと決まっているわけでもない。お家で食べるご飯なので、その辺りは多少緩い。

 何とか大量の肉全てに青ジソを巻き終えると、二人は顔を見合わせて息を吐いた。これも必要な手順だと解ってはいるが、やはり数が多いとちょっと疲れる。しかし、作業はまだ最後の仕上げが残っているので、彼らは気合いを入れるように頷き合った。

 最後の仕上げ、そう、カツにするための最大のポイント、衣付けである。

 小麦粉、玉子、パン粉の順に付けていくだけの、単純作業だ。数が多いので、むしろ流れ作業みたいになるだろうか。


「それじゃ、僕が小麦粉と玉子やるから、ウルグスはパン粉をお願い」

「おー」


 以前二人でメンチカツを作ったときも悠利が片手で小麦粉、片手で玉子で作業をしたので、ウルグスも平然としていた。初めて見たときは、お前どんだけ器用なんだとびっくりしていたのだ。

 ボウルに入れた小麦粉、玉子、パン粉を用意して、二人はせっせと衣を付けていく。左手で小麦粉を付け、右手で玉子を付ける悠利。最後の仕上げにパン粉を付けてバットに並べていくウルグス。大量のカツを作るために、彼らは頑張るのだった。




 そんなこんなで、夕飯の時間。ででーんと山積みになったバイパーの梅シソカツを見て、仲間達は大はしゃぎだった。

 特筆すべきは、普段は肉に反応しないような面々も嬉しそうにしていることだろうか。叩いた梅を挟み、青ジソを巻いたことでさっぱり仕上げた梅シソカツは、地味に食が細い面々にも大好評なのである。

 

「美味しい!」


 満面の笑みを浮かべて梅シソカツをもぐもぐと食べているのは、レレイだ。基本的に猫舌の彼女は揚げ物をばくばく食べることが出来ないのだけれど、今回は数が多いのもあって先に揚げた分はもう冷めているので食べやすいのだ。

 揚がったパン粉のサクサクとした食感と、肉の弾力、その間に挟まった叩いた梅の柔らかさが口の中で調和する。味付けは何もしていない。ただ、真ん中に叩いた梅干しを挟んでいるだけだ。

 しかし、その梅干しの味が良い仕事をしていた。揚げることで油の風味が追加されているのもあるし、バイパーの肉そのものも十分に美味しい。そして、その揚げ物故の脂っこさを梅干しがさっぱりと中和しているのだ。

 そして、このカツの最大の利点こそが、レレイがこの料理を大歓迎する理由だった。


「これ、冷めても本当に美味しいよね!」


 猫舌故に熱々の料理が苦手なレレイ。しかし、揚げ物は冷めてしまうと味が落ちる。けれど、この梅シソカツは冷めても梅の風味が逃げずに美味しいのだ。


「そうだね。割と冷めても美味しい料理だから、お弁当にも使えて便利だと思うよ」

「お弁当!」

「つっても、どう考えても弁当の分はないよな、これ」

「はははは……」


 悠利の発言に顔を輝かせたレレイだが、クーレッシュの冷静なツッコミが光った。悠利も笑うしかない。

 そう、大量に作り、皆が夕飯で満足いくまで食べられるように準備したのだが、それはあくまでも夕飯の分だ。お弁当に持って行く分までは計算に入っていないので、残らない。

 仮に残ったとしても、明日の誰かの朝ご飯分ぐらいしかないのではなかろうか。今も、仲間達は美味しそうにばくばくと一口サイズの梅シソカツを美味しそうに食べているので。


「……ないの……?」

「まぁ、多分、ないんじゃないかな……」

「そっかぁ……」


 しょんぼりと肩を落とすレレイ。お弁当にはないのだと知って悲しんでいるが、今食べる分を減らしてお弁当分を確保するという発想は出てこない。

 まぁ、それも仕方がない。レレイは大食いの見本みたいなものだ。美味しいものを満面の笑みで、それはもう見事なまでに大量に平らげていくのが彼女の常である。美味しそうなものを我慢することはとても難しい。


「まぁ、機会があったらお弁当用に作り置きしておくね」

「本当!?」

「機会があったらね。これ、肉を切って、開いて、梅干しを叩いて、挟んで、巻いて、衣を付けて、揚げてって感じで、手順が多いから」

「…………わぁ」


 のんびりと悠利が告げた言葉に、レレイは目を丸くした。そんなにいっぱいあるの?とあまり料理が得意ではない彼女は不思議そうだ。それと同時に、その沢山ある手順でここまで大量のカツを作ってくれたことに、素直に感謝をした。

 なのでレレイは、作ってくれた悠利とウルグスに感謝をして、もぐもぐと梅シソカツを食べるのに専念することにした。彼らの頑張りに敬意を表し、目の前にある料理を美味しくいただくのが自分の仕事だと思った感じだ。

 色々と煩かったレレイが静かになったので、クーレッシュも安心した様子で食事に戻る。年齢相応に食べるクーレッシュは、目の前で復活した大食い女子の勢いに負けないように自分の分を確保するのを忘れなかった。日々の慣れとも言う。


「梅の風味でさっぱりとしていて、幾つでも食べられそうですわね」

「イレイスがそう言うのって珍しいわよねー」

「お肉もバイパーのお肉ですから、食べやすいというのもありますわ」

「それは解るー」


 にこにこ笑顔で会話するイレイシアとヘルミーネ。小食女子の二人だが、さっぱりとした味わいの梅シソカツはお口に合うらしく、彼女達にしてはよく食べていた。笑顔の美少女が並んでいる姿は、大変目の保養である。

 一口サイズに作ってあるのも良かったのだろう。無理をせずに欲しいだけ食べることが出来るので、彼女達の箸も進んでいるようだ。一口サイズのカツをかぷっと半分ずつ食べている姿は、実に愛らしい。

 カツを小さく作っているので、噛んだ場所がどこであろうとも梅がちゃんとある。それも、彼女達が嬉しそうに食べている理由の一つなのだろう。お肉ばっかりにならないというのは、小食組には大変魅力的だった。


「やっぱりこれ、美味いよなー!」


 ご満悦でカツを一口でばくばく食べているのは、ウルグスだった。見習い組は皆、美味しそうに食べている。その中でも特にウルグスが嬉しそうなのは、やはり、頑張って作ったからだろう。

 作ってもらった料理は勿論美味しいが、自分が頑張って作った料理というのはこう、別の意味で美味しいのだ。労働の後の一杯みたいな感じで。


「二人でこれだけ全部作ったとか、めっちゃ疲れたんじゃね?」

「疲れたっていうか、面倒くさかった」

「衣付けるのも大変だもんねぇ」


 カミールの問いかけに、ウルグスはとても実感のこもった声で答えた。その苦労が何となく理解できるのだろうヤックも、万感の籠もった声で呟く。

 約一名会話に加わっていないマグであるが、無言で梅シソカツを頬張りながらちらりと隣を見た。頑張ったんだからその分食うぞ!と言わんばかりのウルグスをしばし見て、そして、ぺちとその肩を一度だけ叩いた。


「……マグ?」


 不思議そうにウルグスが呼びかけても、特に何の反応もなかった。ただ、叩くというよりは触れるに近い感じだったことに気付いたウルグスが、小さく笑った。


「ウルグス、どうした?」

「いや、何でもねぇ」


 カミールの問いかけに、ウルグスは言葉を濁した。頑張った自分への労りだろうと理解したが、それを口にすれば隣に座っている意地っ張りが怒るのが目に見えていたからだ。

 多少の照れ隠しぐらいならば構わないのだが、そういうときのマグは本気で急所狙いの攻撃をしてくると経験から解っているウルグスとしては、揉め事は起こしたくなかったのだ。ご飯は美味しく食べたいので。

 ウルグスの反応に首を傾げつつ、カミールもすぐに食事に戻る。何せ、地味に、黙々とヤックとマグの二人が梅シソカツを消費しているのだ。ウルグスのように解りやすく口に出さないだけで、二人も気に入っているのがよく解る。

 各テーブルの大皿にはそれこそ山盛りに梅シソカツが用意されている。それに、台所にはまだお代わり分が残っている。それが解っていても、目の前で減っていくのを見ると自分も参戦せねばと言う気分になるカミールだった。その辺彼も食べ盛りである。

 何だかんだでどのテーブルでも梅シソカツが好評なのが解って、悠利はにこにこ笑顔になる。彼はいつも笑顔だが、やはり、誰かが喜んでくれるのを見ているときの笑顔は、より一層晴れやかで幸せそうなものだ。

 そんな風に笑顔で幸せそうな悠利と同じテーブルでは、レレイとクーレッシュが時々言い合いをしながら食事をしている。クーレッシュの主な言い分は悠利の分まで食べるなというものだ。のんびりと食事をする悠利なので、レレイと一緒だと食べ損ねそうになるのだ。

 勿論、レレイもその辺は解っているので、注意されたら大人しく謝罪して止まる。……止まるのだが、食べている間にまた加速するので、定期的にクーレッシュがツッコミを入れるハメになっているのだ。まぁ、これもいつものことである。

 賑やかな二人のやりとりを眺めながら、悠利も梅シソカツを囓る。口の中に広がる梅干しの味わいが、何とも言えない。肉の旨味を更に引き立てているようにすら思える。酸味の強い梅干しなのだが、だからこその美味しさがあった。

 そう、この梅シソカツに使う梅干しは、塩辛いとか酸味が強いとかの、いわゆる酸っぱい梅干しが最適なのだ。他に調味料を使わないので、ちょっとパンチが効いているぐらいで版ラスが取れる。

 アリーの実家から送られてくる梅干しがこのタイプなので、悠利としては梅シソカツが美味しく仕上がって助かっている。いわゆる、田舎のおばあちゃんが作ってくれる梅干しみたいな感じだ。食べやすくマイルドにハチミツ梅などに仕上げてあるものとは、全然違う。


「んー、美味しいー」


 賑やかに盛り上がる仲間達とは時間の流れが違うのではないかと思えるほどにのほほんとした風情の悠利。それもまた、いつも通りの、誰もが見慣れた《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の光景だった。




 結局、大量に作った梅シソカツは皆の胃袋に全て収められ、また作ってね!とリクエストを貰うことになるのでした。



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