書籍15巻部分

シャキふわ美味しい小松菜の玉子炒め


「ちょっと遅くなっちゃったから、今日のお昼は常備菜を幾つかと、小松菜の玉子炒めで!」

「解った!」


 悠利ゆうりの言葉に、ヤックは素直に返事をした。いつもならば余裕を持って昼食の準備をするのだが、今日は買い出しで少し時間を取ってしまったのである。そういう日もある。致し方ない。

 こういうときのため、というわけではないのだが、冷蔵庫や悠利の学生鞄には常備菜がストックされている。それらを幾つか出せば、今からでも十分間に合うだろうという判断だった。


「それで、小松菜の玉子炒めってどんなの?」

「前に作ったトマトの玉子炒めの小松菜版」

「何となく解った」


 ヤックの質問に、悠利は物凄く端的に答えた。しかし、それが一番的確な表現だった。味のイメージも似ているので、コレが一番手っ取り早いのだ。

 食感や見た目で言うならば、ニラ玉が一番イメージが近いかもしれない。しかし、悠利はニラ玉を作ったことがなかったので、その例えは使えなかったのだ。

 小松菜は火の通りも早いし、下準備も大変ではない。忙しい今日にぴったりのメニューだった。まずは小松菜を丁寧に洗い、食べやすい大きさに切る。火の通り方が違うので、茎と葉は分けておくのがポイントだ。


「こういう葉っぱの野菜のときは、葉っぱと茎を別々に炒める、だったよね?」

「そうそう。どうしても、一緒に炒めると葉っぱがへにゃってしちゃうからね。後で入れる方が美味しいし、見た目も綺麗だよ」

「切るときに分けて用意しておく、と」

「うん」


 最初の頃は、炒めるなら全部入れてしまえば良いだろうという感じだったヤックだが、悠利と一緒に料理をすることで色々と学んでいる。美味しいものを食べたいという気持ちは確かにあるので、ちょっと工夫するだけで美味しくなるなら頑張れるのである。

 慣れた手つきで二人で小松菜を切り、きちんと茎と葉に分けてボウルに入れておく。これで小松菜の下準備は終わりで、次は玉子の準備だ。


「玉子は、トマトのときと同じ感じ?」

「うん。味付けは鶏ガラと塩をメインに、醤油をちょっとって感じで」

「アレ?胡椒は入れないの?」

「胡椒は小松菜を炒めたところで使うから」

「解った!」


 以前トマトの玉子炒めを作ったときの当番もヤックだった。なので、彼はそれを思い出しながら玉子の準備をしていた。割った玉子に調味料を入れて混ぜるだけだが、ここでしっかり混ぜておかないと味がばらけるので重要ポイントだ。

 なお、トマトの玉子炒めのときはトマトから水が出るのを考慮して調味料を多めに入れていたが、今回は小松菜なのでそこまで濃くは仕上げない。普通に味が付く程度で十分だ。

 玉子の準備が出来たら、いよいよ調理開始だ。熱したフライパンにゴマ油を入れて、そこにまずは小松菜の茎部分を投入する。水気と反応して油がパチパチと音を立てるが、ご愛敬である。


「茎に火が通ったら、塩胡椒で下味を付けるよ」

「あ、そういうのは普通の野菜炒めと同じ感じなんだ?」

「うん。トマトのときにやらなかったのは、あんまり触るとトマトが壊れちゃうから」

「なるほどー」


 悠利の説明を聞いて、同じ玉子炒めでも若干手順が違うんだなぁと感心しているヤック。良く似た料理でもそれぞれに作り方やポイントがあることを知って、一つ賢くなった感じだ。常に向上心を失わない前途有望な少年である。

 ……え?冒険者を目指しているのに、料理の腕という方向で向上心を発揮してどうするのか?いえ、料理が出来るのは大事です。衣食住は生活の基本なので、料理の腕が上がるのは良いことです。人生を豊かにしてくれます。

 茎に下味を付けたら、そこに葉っぱの部分を入れて炒める。葉っぱはすぐ火が通るので、さっくり混ぜる感じで終わらせる。茎にしっかりめに下味を付けているのは、葉っぱを混ぜたときに長時間触らずにすむためだ。


「それじゃ、ここでちょっと味見」

「味見」

「うん。野菜炒めのときと同じだね。下味が薄かったら塩胡椒を追加する感じで」

「解ったー」


 悠利の説明を聞いて、ヤックは元気よく返事をした。野菜炒めと一緒と呟いているのが妙に可愛い。自分の中の知識と照らし合わせて覚えようとしているのだろう。

 小皿に小松菜の茎と葉っぱを取り出して、口に入れる。熱々なので少しはふはふしながらだが、少量なので口の中が大惨事になることはなかった。小松菜が美味しいので、塩胡椒でシンプルに味付けをしているだけでも十分に旨味がある。


「僕はこれで味があると思うけど、ヤックは?」

「オイラも大丈夫」

「それじゃ、玉子を入れよう」

「おー!」


 意気込む二人。そう、小松菜の玉子炒めなのだから、ここからが本番だ。小松菜を炒めるのは別に難しくない。問題は、玉子である。

 小松菜をフライパン全体に広げ、その上に調味料をきちんと混ぜた玉子を流し入れる。入れた瞬間は特に触らず、玉子の端が固まり始めた頃合いでヘラを使って混ぜる。玉子が小松菜に絡んで固まるように、バラバラにならないように注意が必要だ。

 火が通っていないのもダメだが、通り過ぎて固くなっても美味しくない。玉子料理は火加減や仕上がりの感覚が難しい。

 全体に満遍なく火が通ったのを確認すると、フライパンからそろりと大皿へと移す。小松菜の緑と、玉子の黄色がとても美しい。


「はい、出来上がり」

「ユーリが作ると、玉子ふわふわになるよね」

「そう?」

「うん。オイラ、固くなったりバラバラになったりするから……」

「それはもう、練習するしかないよね。慣れというか」

「頑張る!」

「頑張れ!」


 ぐっと拳を握り締めるヤック。玉子料理は奥が深い。また、玉子の固さには好みがあるので、一概に火が良く通った玉子炒めが悪いとも言えないのがミソだ。ふわとろ半熟よりも、しっかり火が通っている方が好きだという人はいる。目玉焼きとかゆで玉子のように。

 何はともあれ、小松菜の玉子炒めは完成した。完成したならば、味見をせねばなるまい。薄かった場合は、卓上に各自で調整するための調味料が必要になるのだし

 そう、味見は大事な仕事だ。これも料理当番の務めである。……食べ過ぎなければ問題ない。味見なのだから。

 小皿に小松菜の玉子炒めを取り、二人同時に口に運ぶ。最初に感じるのは、玉子のふわふわとした食感だ。次に、玉子と絡んでいる小松菜の葉。最後にまだ歯ごたえの残っている茎の部分。異なる食感が口の中に広がる。

 鶏ガラの顆粒だしをメインに味付けをした玉子は、ゴマ油を遣っていることもあって香ばしさがある。塩胡椒でシンプルな野菜炒めのようにした小松菜も、その旨味をちっとも損なっていない。玉子と小松菜が絡んで、互いの味を引き立て合って口の中で調和するのは見事だった。


「んー、美味しく出来たねー」

「トマトのときも美味しかったけど、小松菜は小松菜で美味しい」

「良かった。それじゃ、残りの分も作っちゃおうね」

「うん!」


 互いに味に満足したところで、残りの小松菜と玉子を手に小松菜の玉子炒めの調理に取りかかる。人数分を賄うには、一度では終わらないのだ。

 昼食の時間まであと少し。二人は、ラストスパートをかけるように並んでフライパンを振るうのだった。




 そんなこんなで、何とか昼食の時間に間に合った。常備菜と小松菜の玉子炒めという時短メニューだが、食卓に並ぶのは美味しそうなご飯なので誰も文句など言わない。

 そもそも、常備菜も立派なおかずだ。テーブルごとに用意された大皿を見た仲間達は、嬉しそうな顔をしている。そんな皆の表情を見て、悠利もにこにこと笑う。


「玉子ふわふわね!」


 小松菜の玉子炒めを一口食べて、ヘルミーネがぱぁっと破顔した。愛らしい顔立ちに満面の笑みを浮かべて、幸せそうに頬張っている。ふわとろ玉子の柔らかな食感と、小松菜の軸の歯ごたえの対比がまた良いのだ。

 玉子にしっかりと味付けをしてあるので、どこを食べても味がするのも良い点だ。また、小松菜にも下味がしてあるので、二つの味が合わさって口の中に広がる。


「これ、トマトのときも美味しかったけど、小松菜も美味しいわ。食感が違うのも楽しいし」

「お口に合って何よりです」


 惚れ惚れするような笑顔で感想を伝えてくるヘルミーネに、悠利は笑顔のままで頭を下げた。大皿から小松菜の玉子炒めを小皿にとって、ヘルミーネはご満悦だ。よほど気に入ったらしい。

 小松菜の玉子炒めを気に入っているのはヘルミーネだけではない。悠利と一緒に作って味見をし、その美味しさを理解していたヤックは勿論のこと、他の皆も美味しそうに食べてくれている。

 基本的に、悠利が作る料理を皆は美味しい美味しいと言って食べてくれる。勿論、その中で少し好みに合わないなどということもある。逆に、特に気に入ったということもある。居はどちらかというと、皆がとても気に入ってくれたという感じだった。


「玉子が加わるだけで、こんなにも美味しいとは思わなかったな」


 しみじみとした顔で呟いているのはフラウだ。いつも凜々しく頼れる姐さんといった感じの彼女だが、今は表情が緩んでいる。フラウも人間なので、何も常日頃気を引き締めているわけではない。美味しいものを食べたときは緩んで当然だ。

 妙齢の女性だが健啖家に分類される彼女は、皆の取り分を残すことを気にかけつつ、お代わりをしていた。美味しいと気に入っても、大皿料理を食べ過ぎることはない。その辺りの配慮が出来るのは、やはり大人と言うべきだろう。

 ……そう、満面の笑みを浮かべて、大皿料理だというのをうっかり忘れているかのように食べまくっているある人物とは正反対だ。


「ところでレレイ」

「ふぁい?」

「私はそれなりに食べているので構わないが、少しは控えめにしないと隣の視線が痛いぞ」

「へ?」


 いつでもどこでも元気がトレードマーク、美味しいものを美味しいと笑顔で食べるレレイは、大食いだった。見た目は普通の人間の女性だが、内実は猫獣人の血を引く肉体派なので、もりもり食べるのが彼女である。

 それは別に良い。

 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》では、食事制限などは特にない。また、レレイはよく食べるが、その分動くし代謝も良いので、太る心配もなかった。

 問題は、この小松菜の玉子炒めが大皿料理だということと、同じテーブルに他の仲間達がいるということである。美味しさに周囲の存在をうっかり忘れているレレイだった。


「レレイさん、美味いからって、毎度毎度一人でばくばく食うの止めてくださいよ」

「ぅ……。ご、ごめん」

「とりあえず、俺らがお代わりするまで待ってください」

「はい……。ごめんなさい……」


 カミールにツッコミを受け、レレイは素直に謝った。別に、彼女は皆に意地悪をしたいわけではないのだ。美味しいものを独り占めしたいわけでもない。ただちょっと、美味しいご飯にアクセル全開で食べちゃっただけである。

 苦言を呈したのはカミールだが、今一人のテーブルの住人であったアロールも同感なのだろう。僕っ娘の十歳児は、無表情&無言であったが、圧がそこそこ出ていた。ご機嫌ナナメだ。

 年下の二人に責められて、レレイはぺこぺこと頭を下げていた。素直に謝罪できるのは彼女の美点だ。それは間違いなく事実だった。

 そんな光景を眺めて、悠利はぼそりと呟いた。


「レレイはやっぱり、食べ物が絡むとちょっとポンコツになっちゃう感じだねぇ」


 それもまた彼女の愛すべき個性だと言いたげに、悠利の表情は柔らかい。今日はクーレッシュがいないので、カミールがツッコミを役を担っている姿も含めて、見慣れた光景という感じだった。

 文句を言っているカミールにしても、それで後に引くほどレレイを疎むということはない。ツッコミは入れるし、文句も言うし、意見も述べるが、彼らは別にレレイを嫌ってはいないのだ。彼女にはそういう、愛される雰囲気があった。


「美味」

「え?何、マグ?」

「美味」

「あぁ、気に入ったんだ?皆と喧嘩しない程度にお代わりしてね」

「諾」


 悠利と同じテーブルで食事をしていたマグは、いつも通りの無表情で告げた後にお代わりに手を伸ばす。美味しいと気に入っているのだろう。細身の割によく食べるマグなので、お代わりをしてもおかしくはない。

 ただ、美味しいと言いながらも、そこまで暴走はしていない。出汁の信者などと揶揄されるマグは、顆粒だし系の調味料が入っている料理は軒並み好みの味付け認定をしている節がある。

 けれど、その中でも一応、当人の中でもランク付けがあるらしい。最近では、最愛と思しき昆布だし系以外ではそこまで暴走しなくなっていた。ある意味、美味しいを満喫したのだろうか。


「これ、別の顆粒だしで味付けしたら、マグ、暴走するのかなぁ……?」

「……?」

「ううん、こっちの話。何でもないよ」


 ぼそりと悠利が呟いた言葉に、マグは不思議そうに視線を向けた。ここで暴走されるのは困るので、悠利は何でもないと笑ってマグを小松菜の玉子炒めへと誘導した。美味しくお食べ、と言うように。

 小松菜の玉子炒め、本日はゴマ油と鶏ガラで中華風っぽいイメージの味付けで作っている。もしもこれを、和風系の味付けにしたらどうなるのだろうか。そんなことを思っただけの話だ。

 多分、美味しく出来るような気がする。ただ、昆布だし系というか、和風っぽい出汁に対する反応がえげつないマグがいるので、迂闊なことは出来ないなぁと思うだけだ。やるならば、彼一人に大皿を与えるぐらいやらないとダメな気がした。


「まぁ、機会があったらで良いか」


 のんびりと呟いて、悠利は自分もそっとお代わりに手を伸ばした。今日も皆と食べるご飯が美味しいです。


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