シンプル美味しい小松菜の生姜炒め


 どどーんと作業台の上に積み上げられた小松菜の山を見て、カミールは面倒くさそうな顔で一言問いかけた。


「ユーリ、今度は何をやらかしたんだ?」

「何でやらかしたの前提で話を進めるの!?」

「いやだって、ユーリだし……」


 思わずと言った風情のカミールに、悠利は思わず叫んだ。仲間の中での自分の扱いが酷いと言いたげだ。しかし、カミールの言い分にも一理ある。

 別に、当人が悪意を持ってトラブルを巻き起こしているとは思わない。ただ、何かに巻き込まれたり、何かを引き込んだりすることがちょこちょこあるからだ。そして、食材を貰ってくることが多い。


「これはね、助けたおじさんから貰ったんだよ」

「助けた?」

「街中で、具合が悪そうにしてたのを介抱したんだ。そしたら、お礼にどうぞっていっぱい貰っちゃった」

「貰いすぎじゃね……?」


 お礼に頂いたと言うには、随分と大量の小松菜だった。いや、小松菜は美味しいし、色々な料理に出来るし、カミールだって好きだ。好きだから大量にあっても良いのだけれど、個人がお礼としてくれる分には膨大だなと思っただけである。


「小松菜を作ってる農家さんだったんだよ」

「あー、なるほど」


 カミールの疑問は、悠利の説明であっさりと解決した。農家さんなら、いっぱい持っていてもおかしくはない。売りに来ていたなら、悠利が貰ってきた分ぐらいはありそうだ。


「で、介抱したって、どんな感じで?」

「えーっとね」


 好奇心を隠しもせずに問いかけてきたカミールに、悠利は今日の買い出し中にあった出来事を話すのだった。




 ルークスを連れて食材の買い出しへ向かう途中、悠利は道の片隅でうずくまっているおじさんを見かけた。傍らには荷車があり、美味しそうな瑞々しい小松菜が大量に積まれている。どうやら荷車を引いて商品を売りに来たらしい。

 それは別に良いのだが、具合が悪そうにうずくまっているのが気になった。周囲の人々が気付かないのも無理はなく、おじさんは荷車の影になる位置にうずくまっていた。悠利が気付いたのは、【神の瞳】さんが薄い赤色を出してきたからだ。

 基本的にオートで悠利に対する危険を判定してくれる【神の瞳】さんだが、その赤には2種類あった。危険や害意を示すものと、病気や怪我を示すものだ。明確にどうと表現はしにくいが、少なくとも悠利には二つの赤の違いが解る。そして、その病気や怪我を示す方の赤色が見えたのだ。

 具合の悪い人がいるのかもしれないと覗き込めば、案の定うずくまっているおじさんを発見した。慌てて駆けより、そっと呼びかける。


「もしもし?意識はありますか?どこか痛みますか?」


 呼びかけ、肩を抱き、あまり強く揺さぶらないように気をつける。「大丈夫ですか?」と聞かなかったのは、何かで「大丈夫と聞かれると人は大丈夫と答えてしまう」みたいなのを見たことがあるからだ。明らかに大丈夫じゃないので、その質問は封じた。

 おじさんは、ゆっくりと悠利の方を見た。相手が幼さ残る少年、つまりは子供だと気付いて、安心させるように笑う。


「あぁ、ありがとう。ちょっと暑さで疲れただけだから、心配しないで良いよ」

「……そう、なんですか?」

「うん。今日は暑かったからねぇ……」


 はははと力なく笑うおじさんに、悠利は眉間に皺を寄せた。当人はそう思っているようだが、それにしては顔色が青白いし、具合が悪そうだ。勿論、熱中症も油断してはいけない症状ではある。ただ、何かが違う気がした。

 なので、あんまりよろしくないとは思いつつ、そっとおじさんの体調を鑑定する。あくまでも体調の情報だけが出るように注意した。プライバシーの侵害は良くない。




――状態:毒。

  傷口から植物の毒が入り込んだようです。自然回復は難しいでしょう。

  すぐに死に至ることはありませんが、長引くと後遺症が残って危険です。

  手持ちの万能解毒薬初級を使えば回復します。どうぞ。




 【神の瞳】さんは今日も相変わらずだった。親切設計なのは良いが、どう考えても友人に対するような文言である。解りやすいので悠利は気にしないが。

 とりあえず、指示通りに悠利は学生鞄から万能解毒薬初級を取り出した。これは以前、ジェイクと共に作った薬だ。収穫の箱庭で手に入れた星見草を使って作った万能解毒薬。それを薄めることで効能を下げ、初級のあらゆる解毒薬の性能を有しているという物体になった。

 万能解毒薬は高級すぎて持ち歩きをするのはアレだが、効能を下げてしまえば仲間達が持っていても大丈夫と思ったのだ。余所に出すのは禁止されているが、仲間達が使う分には許可されている。そして、万が一に備えて悠利もストックを何本か持っていた。

 まさか、自分が使う日が来るとは思わなかった悠利である。彼は危ないことには首を突っ込まないし、基本的に平和な場所で生きている。しかし、ストックしておいたおかげで今、人助けが出来る。人生、どう転ぶか解らない。


「おじさん、この薬を飲んでください。貴方は今、毒に侵されているようです」

「毒……!?そ、そんな、どこで……?」

「傷口から植物の毒が入り込んでいるみたいです。とりあえず、これをどうぞ。症状に効く解毒薬です」


 あえて薬の詳細は伏せておいた。世の中には、知らない方が幸福なこともあるので。

 悠利の真剣な様子にそれが事実だと感じたのか、おじさんは礼を言って薬に手を伸ばす。小瓶の中身を飲み干すと、少しして効果が現れる。全身の倦怠感も、鈍い頭痛も消えていき、おじさんは驚いたように悠利を見た。


「本当に、毒だったのか……」

「どこかで怪我しました?」

「あぁ、道中に森の中でね。そうか、そのときに毒に触れたのか……」

「大事に至らなくて良かったです」


 心当たりがあったらしいおじさんは、表情を険しくした。けれど、悠利は笑顔だ。薬がちゃんと効いて、おじさんが元気になってくれたので。それに、【神の瞳】さんの赤判定ももうない。ちゃんと元気になった証拠だ。

 おじさんが元気になったのを確認して、悠利はよいしょと立ち上がる。傍らのルークスも、ぴょこんと跳ねて移動準備を始めていた。何かあればおじさんを運ぶのは自分の役目だと側に控えていたルークスである。今日も出来るスライムは賢かった。


「あ、待ってくれ。薬のお代と、お礼を」

「この薬は僕が趣味で作ったものなので、お代は結構です。元気になってもらえたならそれで十分ですし」


 何せ、平穏な日常で誰かの死に遭遇するのなんてごめんな悠利である。穏便と平穏が彼の望みだった。

 悠利の口ぶりからお金を受け取らないと理解したおじさんは、荷車の中身を示して口を開いた。売り物として持ってきていた、大量の小松菜がそこにある。


「それならせめて、うちの小松菜を持っていってくれないかい?」

「え?」

「それほど上等なものではないけれど、食材ならば迷惑にならないだろう?」


 生きるためには食事が必要で、どんな家庭でも食べ物は必要だ。そう思ったおじさんの考えは正しい。そして、悠利はお金は受け取らないが、美味しそうな食材は嬉々として受け取る人種だった。


「貰っても良いんですか!?」

「勿論。好きなだけ持って帰ってほしい」

「ありがとうございます!」


 立派な小松菜を前にして、悠利が断る理由など存在しないのだった。




「ってわけで、貰ってきたの」

「それでこの量?」

「ううん。僕が選んだよりも、おじさんが上乗せしてきた分の方が多いよ」

「なるほど、解った。まぁ、美味そうだし良いよな」

「うん」


 相手の好意を拒絶しすぎるのもよくないことを、悠利もカミールも知っている。悠利のおかげで九死に一生を得たおじさんが、売り物の小松菜を分けてくれたのはある意味で当然だったのかもしれない。感謝を正しく示せてこそ、商売人である。


「で、この小松菜を使って何かを作るわけだ?」

「うん。お昼ご飯に野菜炒めにしようと思って」

「その割に、小松菜しか出てないけど」

「小松菜炒めが正しいかもしれない」

「納得した」


 野菜炒めというのは、その名の通り野菜を炒めた料理だ。そして、その中身はその時々で変動する。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の場合は、主に冷蔵庫の中身と相談という感じだ。

 肉厚でシャキシャキとした歯応えがしそうな小松菜だ。ごま油で炒めればさぞかし美味しく仕上がるだろう。それは解るが、小松菜ばっかり大量でも飽きそうと思うカミールだった。

 そんな彼の前に、悠利はある食材を取り出した。生姜だ。まるで黄門様の印籠のようにででーんと構えている。


「ユーリ?」

「今日は小松菜の生姜炒めです。生姜、美味しいよね!」

「あー、なるほど。生姜でしっかりした味に、と」

「うん。生姜と塩でシンプルに仕上げます」

「美味い?」

「僕は好き」

「解った」


 カミールの質問は簡潔だった。そして、悠利の返答も簡潔だった。それで彼らは解り合った。悠利が美味しいと言うなら美味しいのだ。その信頼は揺るぎなかった。

 そうと決まれば、作業開始だ。とはいえ、全ての小松菜を使うにはちょっと多かったので、一部は冷蔵庫にそっと片付けられた。夕飯以降の食事に使われるだろう。小松菜は割と万能なので。

 小松菜はたっぷりの水を入れたボウルで綺麗に洗い、根っこの汚れを切り落としてその内側も丁寧に洗う。土が残っている場合があるからだ。洗った後は、茎の部分と葉の部分に分けて食べやすい大きさにカットする。切った後は、それぞれ別々のボウルに入れるのを忘れない。

 ここで仕分けするのは、炒めるタイミングが違うからだ。葉の部分はすぐに火が通るので、後で追加するのである。


「小松菜はいつも通りに切ったけど、生姜は?すりおろすのか?」

「ううん。千切り。少ないと味がしないから、頑張って切って」

「わ、解った」


 生姜は皮を剥いて薄切りにしてから、それを重ねて千切りにする。薄切りにするときは、まず最初に1カ所切り落とすと、その面を下にして安定させてから切っていくと楽だ。生姜の形は凸凹しているが、こうすることで安定するのだ。

 全て薄切りにしたら、重ねて千切りに。薄切りも千切りも、あまり細かすぎると食感が残らないので気をつける。簡単に言えば、無理して細く薄くしなくて良いということだ。あまりにも分厚かったり太かったりすると食べにくいけれど。


「準備が出来たら、炒めるよ。最初に、熱したフライパンにごま油を入れて、温まったら生姜を投入」

「生姜だけ炒めるのか?」

「うん。こうして先に生姜を炒めて匂いがしてきたら、小松菜の茎の部分を入れるの」

「ふむふむ」


 先に生姜を油で炒めることで味と匂いが広がり、そこに小松菜を投入することで全体に絡むのだ。生姜を食べるだけでも味がするが、油に染みこませることで全体に味が馴染むのである。

 茎の部分に火が通ってきたら、味付けだ。今日使うのはシンプルに塩のみ。後ほど葉を加えることも考えて、少し濃いめに味を付けておく。


「ここで一応濃いめにするけど、薄くても最後にまた調整すれば良いからね」

「解った」


 軽快にフライパンを操りながら味付けをする悠利を、カミールは隣でじっと見ている。生姜の溶け込んだごま油の風味が、ふわりと鼻腔をくすぐった。

 味付けが終わったら、そこに葉の部分を投入する。しっかりと全体を混ぜ合わせ、火が通って味が絡むようにする。上下をひっくり返すように数回混ぜれば、一瞬で火が通った。


「こんな感じ。はい、味見どうぞ」

「おー」


 食欲をそそる生姜の匂いに誘われるように、二人は味見をする。味付けは生姜と塩だけだが、ごま油の風味が加わっているおかげか決して物足りなくはない。シャキシャキとした小松菜の食感もあいまって、口の中に味が広がっていく。

 千切りにした生姜も良いアクセントになっている。味付けが塩だけなので物足りないかと思いきや、小松菜と共に噛んだ生姜の風味がぶわっと口の中で広がるのだ。少ない調味料だが、いや、だからこそ、シンプルな美味しさがそこにある。


「これ美味いな」

「でしょー?」


 ニコニコ笑う悠利に、カミールも満足そうに笑った。美味しいと解れば、彼らがやることはただ一つ。昼食の準備を続けることだ。

 どどんと大盛りの小松菜の生姜炒めを見た皆が、どんな反応をするのかちょっと気になる二人だった。




 一人一皿、いつもより大量に用意された小松菜の生姜炒めに、皆は最初驚いた顔をしていた。けれど、ごま油と生姜の匂いに誘われるように食べ、塩のみというシンプルな味付けながら間違いなく美味しいという現実に、すぐに笑顔で食事を続けるようになった。

 貰った小松菜が、肉厚でしっかりとした食感のものだったのも良かったのだろう。葉の部分と茎の部分の食感の違いがまた、口を楽しませるのだ。


「これは、本当に生姜と塩しか使っていないのですか?」

「そうですよ」

「それだけでこんなにも美味しく出来るなんて、ユーリは凄いですね」

「凄いのは僕じゃなくて、美味しい食材です」


 感心しきりという感じのティファーナに、悠利はのんびりと答えた。のほほんとしているが、そこは絶対に譲らないぞという雰囲気がある。美味しい食材のポテンシャルは凄いと思っている悠利だった。

 勿論、ティファーナも食材の美味しさが料理の美味しさに繋がることは理解している。それでもやはり、殆ど調味料を使わずにここまで美味しい野菜炒めを作った悠利に感心しているのだ。

 それはティファーナだけではなかったらしく、見習い組の面々は美味しそうにがつがつと小松菜の生姜炒めを食べている。生姜と塩だけだというのに、無視できないしっかりとした味。あと、妙にライスに合うと彼らは思った。

 生姜とごま油のタッグが強いのもあるだろう。噛めば噛むほど旨味の出てくる生姜に、全体を包み込んで風味を与えるごま油。中華のイメージが強いこの二つの相性が良いことを、悠利は知っている。というか、普通に好きなタッグだった。


「生姜はそのまま食べると刺激が強いんですけど、こうやって火を入れると食べやすくなるんですよね」

「確かに、生で食べるときよりも食べやすいですね」

「野菜との相性も良いので、僕は好きなんです」


 にこにこ笑って、嬉しそうに小松菜の生姜炒めを食べる悠利。小松菜から出る水分が味をまろやかにしてくれている。野菜の旨味はどうしてこんなに美味しいのかなぁと思う悠利。

 そんな悠利を見て、ティファーナはにこやかに微笑んだ。そして、優しく告げる。


「美味しいですよ」

「ありがとうございます」


 悠利のご飯はいつだって、皆を喜ばせてくれる。決して豪勢なご飯ではない。家庭料理だ。それでも、「これ、美味しいと思うんですよね!」と子供らしい無邪気さでご飯を作る悠利の姿は、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の仲間達の大好きな姿だった。


「ユーリ」

「あ、はい。何ですか、リヒトさん?」

「お代わりってあるか?」

「ありますよ。あっちに」

「ありがとう」


 よく食べるお兄さんらしく小松菜の生姜炒めをさっさと食べ終えたらしいリヒトが、皿を片手に悠利の元へやってきた。お代わりはいつも用意しているので素直に答える悠利。リヒトは嬉しそうにお代わりをしに行った。

 今日のお代わり一番はリヒトさんかーと悠利はのんびりと思った。珍しいな、とも。彼は率先してお代わり争奪戦に首を突っ込むようなタイプではないのだ。

 そんなことを思っていたら、リヒトがお代わりに動いたことに食べ盛り達が気付いた。ハッとしたように自分の皿の中身を急いでかっ込む仲間達の姿が見える。


「あんな風に焦らなくても、別にリヒトさんは一人で食べ尽くしたりしないのに……」

「それだけ貴方の料理が美味しいということですよ」

「えぇ……。でも僕、一応お代わりは用意してるんですよ、いつも」

「知っていますよ。それでも、食べ損ねるのは嫌だと思うんじゃないですか」

「そういうものですか?」

「恐らくは」


 そこまで食い意地の張っていない悠利には、よく解らない感覚だった。微笑むティファーナに、うーんと首を傾げる。そこまで必死になって食べるようなご飯でもないのに、というのが素直な感想だった。口には出さなかったけれど。

 まぁ、皆が喜んで食べてくれるなら、それが嬉しいのも事実だった。お残しされるのは、作り手として何より悲しいので。


「皆ー、お代わり争奪戦は良いけど、喧嘩しちゃダメだよー。後、喉詰めないでねー」


 がつがつと食べる仲間達に、のほほんとした口調で一応注意を口にする悠利だった。返事は、言葉ではなく上げられた拳だった。食べるのに忙しいらしいです。




 後日、助けたおじさんからお手紙が届いて、元気に過ごしていることが解って一安心する悠利なのでした。今日も悠利の日常は平和です。




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