いただきもので、皆でがっつりかしわのすき焼き風鍋


「いっぱい貰っちゃったなぁ……」


 目の前に並ぶ食材を見て、悠利ゆうりはしみじみと呟いた。あちこちから頂いた食材がどどーんと並んでいる。

 一つ、ブライトに「使い道が解らないから使ってくれ」と言って渡された、木綿豆腐と糸こんにゃく。先日の納品超特急の依頼人さんが取り扱っている商品らしいが、この辺りでは馴染みのない食材に完全にお手上げだったらしい。悠利としては馴染んだ食材なので大歓迎だが。

 一つ、ルシアからお裾分けされた、シイタケとエリンギの詰め合わせ。先日果物を分けてくれたお礼だということで、大食堂食の楽園が取り引きしている店の商品を届けてくれた。いずれも肉厚で実に美味しそうだ。

 一つ、冒険者ギルドのギルマスから届いた、鳥系モンスターの肉詰め合わせ。いずれも使いやすいように解体されており、お店で買うお肉のブロックみたいな感じだ。先日悠利が素質を確認した面々が獲ってきたお肉らしい。

 つまるところ、何だかかんだでアレコレお手伝いをしたら、その全てが食材になって戻ってきたという話だ。実に悠利らしかった。

 お金や残る物よりも、美味しく食べることの出来る食材の方が喜ぶと認識されているのだろう。ブライトは謝礼ではなく相談及び泣きついてきたに近いが、悠利が喜んでいるので問題はない。そもそも、豆腐はまだしもこんにゃく関係はまっっったく見当たらなかったので、むしろ大喜びなのだ。

 そして、これらの食材を見たら、作りたくなった料理がある。きっと皆が喜んでくれるだろうという意味でも。


「これは、すき焼きにするのが一番だよね……!」


 ぐっと拳を握って悠利は決意を固めた。美味しそうな鶏肉(っぽい味のお肉)に、キノコに木綿豆腐に糸こんにゃく。完璧だ。後はここにタマネギと白ネギを加えればすき焼きが完成する。

 すき焼きというと一般的には牛肉をイメージするだろうが、鶏肉を使ったものも存在する。牛肉のすき焼きと違うところは、鶏ガラスープを使って煮込むところだろうか。牛肉のすき焼きは水を入れない方が良いと言われるが、鶏肉のすき焼きはむしろスープで煮込むのだ。

 勿論、料理は千差万別で、地方や家庭によって作り方は全然違う。ただ、悠利は鶏肉で作ったすき焼き(それも鶏ガラスープで煮込むタイプ)を食べたことがあり、美味しいと思って育っているのだ。なお、牛肉のすき焼きも悠利は大好きだ。どちらも美味しいと思っている。


「ユーリ、今日の夕飯何にす、……うぉっ、何だこの食材の山」

「あ、ウルグスお帰り。これはね、色々貰った食材」

「貰った?」

「うん、貰ったの」


 ジャンルがバラバラな食材の山を見て、ウルグスは呆気に取られる。何だコレ、誰に貰ったんだと問いかける彼に、とりあえず説明をする悠利。

 説明を全て聞いたウルグスは、静かに言い切った。


「お前、絶対に食材渡しておけば良いと思われてるだろ」

「え?そうかな?」

「絶対そうだ……」

「でもほら、美味しそうだし、これで今日の夕飯作れるし」

「まぁ、お前が良いなら良いけど……」


 餌付けされているのとは違うが、食べ物で釣れると思われているのは同じだろうなと考えるウルグスだった。その辺は言わないでおく優しさはあった。


「とりあえず、今日はすき焼きにするね」

「すき焼きって何だ?」

「簡単に言うと、しぐれ煮みたいな味の鍋料理っぽいやつ」

「それ絶対美味いやつじゃん」

「美味しいよー」


 醤油と砂糖の味が際立つ甘辛いしぐれ煮は、ウルグスも大好きな料理だ。それに似ていると言われては、俄然やる気が出るのだった。大変解りやすい。

 そんなわけで、彼らは調理に取りかかる。食べる前に煮込めば良いのだが、人数分の食材の下準備となるとかなり大変なので。何せ、夕飯だ。人数が多い。


「まず、シイタケからやろうか」

「石突きだっけ?この軸っぽいところは取るんだよな」

「うん。石突きは石突きだけで焼いて食べれば良いし」

「解った」


 悠利の言葉に頷くと、ウルグスはキッチンバサミを片手に黙々とシイタケの石突きを切り落とす。手で千切るのも一つだが、ハサミの方が綺麗に取れるので悠利達はもっぱらハサミ派だ。

 ウルグスが切り落とした石突きは悠利が回収し、先端の汚い部分だけを切り落としてボウルに入れておく。汚れがないかを確認するのも忘れない。石突きは焼いて醤油をかけて食べるとそれなりに美味しいのだ。


「エリンギは、根っこの汚れた部分だけを包丁で削ぐようにして取ったら、斜めに切っていくよ」

「楕円形みたいな感じになる切り方だな」

「そうそう」


 しょりしょりと汚れた部分を切り落とし、トントンと軽快な音をさせて切っていく悠利に、ウルグスがふむふむと頷いた。

 エリンギは大きいままだと噛み切りにくいので、こうやって食べやすい大きさにカットするのだ。シイタケはそのままだが、あちらはエリンギに比べればがぶりと囓れば噛み切れる。あと、シイタケは何となくそのままの方が美味しそうに思える悠利だった。


「白ネギは、根っこの汚れを落としたら、エリンギと同じように斜め切りで」

「おー。これ、白いとこも緑のとこも使うのか?」

「うん。どっちも食べるよ」

「解った」


 ネギにも色々と種類があるが、今日使うのはいわゆる白ネギ。白い部分が太くて緑の部分が少ないタイプだ。焼き鳥のねぎまに使われているようなネギである。

 なお、別に緑の部分が多い青ネギを使っても問題はない。たまたま、冷蔵庫に入っていたのが白ネギだったので、白ネギを使うだけだ。


「タマネギは、櫛形に切るよ。あんまり薄いと溶けちゃうから、大きめに」

「解った」


 せっかく入れるのに溶けてしまうのは勿体ないので、そこそこ厚みのある櫛形としてタマネギを切っていく。涙が出てくる前に終わらせるぞ!みたいに二人とも気合いが入っていた。……大量のタマネギは涙腺崩壊能力を持っているのです。


「豆腐はあんまり小さくならない程度に食べやすい大きさに切るよ」

「豆腐って壊れやすいんだろ?先に切っておいて大丈夫なのか?」

「それは絹豆腐かな。木綿豆腐とか焼き豆腐は結構頑丈でね。ほら、コレは木綿豆腐で、触ってもそこまで壊れないよ」

「あ、本当だ」


 悠利が普段味噌汁に使うのが柔らかい絹豆腐なので心配していたウルグスだが、恐る恐る触ってみたらしっかりした感触が伝わってきたので安心したようだ。木綿豆腐は絹豆腐よりもしっかりしているので、煮崩れが心配な料理に向いている。

 絹豆腐は掌の上に載せて切る方が壊れにくいが、木綿豆腐や焼き豆腐はまな板の上で切っても問題ない。それを思うと、初心者向けなのは壊れにくい木綿豆腐なのかもしれない。

 とりあえず、一丁を六等分ほどに切る悠利。四等分では少し大きそうだったので。


「これで野菜関係は終わりか?」

「切るのは終わりだけど、肉の準備をしてる間に糸こんにゃくを茹でてアク抜きをするよ」

「何て?」

「糸こんにゃくのアク抜き」


 大真面目に悠利が告げた言葉に、ウルグスは眉間に皺を寄せた。まず、糸こんにゃくが何かが通じていない。そもそも、王都ドラヘルンにこんにゃくは流通していないのだ。王都育ちのウルグスが知らなくても無理はない。

 そっと悠利が差し出した糸こんにゃくを見て、ウルグスは首を傾げた。グレー色をした細長い謎の物体にしか見えないだろう。


「麺?」

「ううん。こんにゃく。芋の加工品」

「芋!?」

「この辺ではあんまり見ないけど、僕の故郷では普通に食べてたんだよねー。ヤクモさんも知ってるし」

「これ、食いもんなんだ……」

「食べ物です」


 確かにちょっと不思議な見た目だが、一応食べ物なので悠利もそこは譲らない。こんにゃくは一度茹でてアク抜きをしてから調理すると美味しく仕上がるので、アク抜きは大切なのだ。沸騰したお湯で茹でればオッケーなので、一手間ではあるが簡単ではある。

 数分茹でてこんにゃくが浮かんできたら、茹で上がった証拠なのでザルにあける。これで糸こんにゃくの下準備はオッケーだ。もしも長すぎると思ったら、ハサミでちょきちょき切れば良い。キッチンバサミさんは有能である。


「それじゃ、肉の準備ね」

「おー」

「火が通りやすいように、細めのそぎ切りでお願い」

「解った」


 野菜の準備が終わったならば、大量の肉との格闘だ。二人でせっせと切り分けていく。貰った肉はいずれも鶏モモ肉のような感じの肉で、新鮮で美味しそうだった。そぎ切りにするのも、細めにするのも、火が早く通るようにだ。

 牛肉や豚肉などの薄く切って使う肉に比べて、鶏肉は塊で使うことが多い。そのためか、火の通りが遅いのだ。なので、せめてそれを和らげるためにそぎ切りにする。

 とはいえ、あまり薄く切ってもそれはそれで物足りないので、限度は必要だ。匙加減が大事だが、そこはお肉大好きなウルグスなので間違えない。火が通ったら縮むことも計算に入れて、良い感じの大きさに切っていく。

 肉が全て切れたら、下準備は完了だ。後は、鍋で美味しく煮込むだけである。


「ウルグス、次は卓上コンロと鍋の準備ね」

「おー」


 すき焼きはやはりテーブルで鍋を突いて食べるのが美味しいので、今日はそれぞれのテーブルに鍋一つだ。卓上コンロは実に便利だった。

 すき焼きを作ったことはないのだが、丁度良い感じの平鍋が存在していた。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》には、普段使わないような鍋や食器が大量にある。提携している職人工房の見習いや新人の作品が安く流れてくるのだ。

 こちらはこちらで、採取依頼などを優先的に回してもらったりもするので、お互い様である。とりあえず悠利は、すき焼きに向いている鍋が幾つもあったのでほくほくだった。

 卓上コンロの上に置いた鍋に水を入れて、湧かす。具材を入れることも考えて、あまり入れすぎないように注意が必要だ。溢れてしまっては困るので。


「本当はガラを煮込んでスープを作る方が美味しいんだけど、今日はガラがないから、この鶏ガラの顆粒だしを使うね」

「ガラを煮込んでスープを作ると美味いのか?」

「美味しいけど、煮込むのに2、3時間はかかるよ」

「……じゃあ、今日は顆粒だしの鶏ガラで」

「うん」


 肉屋に行けばあるのでは?と言いたげに動きかけたウルグスだが、悠利の言葉に大人しく出て行くのを止めた。今から2、3時間も煮込んでいられないので。

 お湯が沸いたらそこに鶏ガラの顆粒だしを入れて味をつけ、沸騰しているところにそぎ切りにした鶏肉を入れていく。とりあえず肉を入れるのが目的なので、入れる場所は気にしない。


「お肉に火が通ってきたら、味付け」

「何で先にやらないんだ?」

「肉の旨味が出てからの方が味を付けやすいから、かな?先に味付けをしておいても別に良いんだけど。僕はこの方がやりやすくて」

「へー。解った」


 悠利の料理はあくまでも個人の家庭料理なので、正しい手順とは異なる場合もある。まぁ、レシピなんて人の数だけあるので、当人が美味しく食べられる方法で作れば良いだけだと思っているのだが。

 手抜きも時短も、自分が美味しく食べるために色々工夫するのは悪いことではないと悠利は思っている。何が何でもきっちりした手作りに、という拘りは、逆に料理へのハードルを高めてしまう。ちゃんとしていなくても、美味しいご飯は作れるのだ。


「調味料は、砂糖と醤油。一度に沢山入れるのが不安だったら、こまめに味見をすれば良いからね」

「いつも言ってるやつだな」

「うん。薄いのは足せるけど、濃いのはなかなか調整しにくいから」


 砂糖と醤油をスープの部分に入れて溶かして、しっかりと混ぜる。半透明だったスープは、調味料の色でうっすら黒っぽい茶色に染まった。それと同時に、ふわりと匂いが鼻腔をくすぐる。

 ぺろりと一口味見をして見れば、甘辛い調味料の味に、肉の旨味が溶け込んでいた。食欲をそそる素敵な味だ。


「うん、良い感じ。ウルグスも、覚えた?」

「美味い味だった」

「あははは。それじゃ、お野菜を入れよう。お肉を寄せて、同じ種類を固めて入れてね」


 ぎゅぎゅっと菜箸で肉を1カ所に寄せると、準備しておいた野菜を順番に入れる。シイタケ、エリンギ、タマネギ、木綿豆腐、そして最後に糸こんにゃくだ。糸こんにゃくを最後にしたのは、一番まとめにくいからである。後、隙間でも入りそうな感じなので。


「さて、それじゃあ後は煮詰まらない程度に煮込むだけ。と、いうわけで」

「ん?」

「手分けして全部の鍋を準備しようね!」

「あー、そうなるのか」

「頑張ろうね!」

「おー」


 晴れやかな笑顔の悠利に、ウルグスは苦笑しつつも同意した。全員分の鍋は卓上コンロの上に用意されている。お湯も沸いている。後は、具材を入れて味を付けるだけなのだ。

 夕飯まであと少し。悠利とウルグスは、手分けして残りの鍋の準備に勤しむのだった。




「ナニコレ、甘辛くてすっっっっっごく美味しいね!」

「レレイ、喜んでくれるのは解ったから、落ち着いて。顔が近い」

「あ、ごめんね」


 多分気に入るだろうなと思っていた悠利だが、レレイは彼の予想以上にすき焼きを気に入った。もりもり食べて、ご機嫌だ。

 砂糖と醤油で味付けされた甘辛いスープには、具材の旨味がたっぷりと染みこんでいる。そして、その美味しいスープで煮込まれた具材は、どれを食べても皆の舌を満足させた。

 希望者のみ、悠利と同じように生卵を割って付けて食べている。これは好みもあるので、やりたい人だけどうぞというスタイルにしてある。悠利はすき焼きには生卵派なので。

 熱々を生卵の中へくぐらせると、ほんのりと卵に火が入る。それを何度も繰り返すことで、最終的に卵に甘辛いすき焼きの味がしっかりと付くのだ。そうやって育てた卵で最後に卵かけご飯をするのが、悠利のすき焼きの楽しみ方だった。

 なお、そういう食べ方があること、自分が最後にそうするつもりであることは、事前に皆に伝えてある。何故かというと、以前焼いた塩鮭で〆にお茶漬けをしたところ、皆がうらやましがったからだ。美味しいものの情報はちゃんと伝えるべきだと学んだ悠利である。


「味がしっかりしてるから、ライスが進むよねー。美味しいー」

「美味いのは解ったから、お前とりあえず野菜食え。肉はしばらく中止」

「えー、何でー?」

「今入れたばかりだからだよ!」

「あ、なるほどー」


 ふてくされるレレイに、クーレッシュは渾身のツッコミを放った。レレイがばくばく肉を食べるので、鍋の中から肉が消えたのだ。各テーブルに追加の食材は準備されているので、適宜皆が追加しているのだ。そしてこのテーブルでは、その辺をクーレッシュが担っていた。

 悠利がやろうとしたのだが、お前はゆっくり食べてろと言われたのだ。準備を頑張ったんだから、食べるときはしっかり食べろと言うことらしい。


「ユーリ、この不思議な食感の食べ物は何でしょうか?」

「これ?糸こんにゃくっていうんだよ。こんにゃくっていう食べ物を、糸っぽい形に加工してあるやつだね」

「弾力があって、けれど固いわけでもないのですね」

「こんにゃくだからねー」


 こんにゃくを上手に説明するのは難しい。とりあえず、すき焼きの中に入っているこんにゃくは、甘辛くしっかり味が付いているのでとても美味しい。それが答えで良いと思う悠利だった。

 イレイシアは小食だが、見知らぬ食材を頭から否定することはない。不思議な食感と言いながら、先ほどから普通に糸こんにゃくを食べている。

 なお、レレイは鍋の中身は全て食べられる美味しいものだと思っているのか、気にもとめていなかった。安定のレレイ。

 他のテーブルでも、見知らぬ糸こんにゃくにだけは不思議そうな反応をしているものの、皆普通に食べていた。すき焼きの魔力のおかげかもしれない。甘辛い味付けはご飯が進むし、何より食欲をそそるのだ。


「これ不思議だなー。いつもの豆腐よりしっかりしてる」

「ユーリは木綿豆腐って言ってたな。種類が違うらしい」

「味が中まで染みこんでて、豆腐なのに美味い」

「カミール、言い方……」

「だって、本当じゃんか」


 もぐもぐと木綿豆腐を食べながら好き放題なことを言うカミールに、ヤックは思わずツッコミを入れる。説明をしたウルグスは、特に何も言わなかった。多分、カミールに同感だったのだろう。彼は根っからの肉食で濃い味付けが好きなので。

 木綿豆腐の良いところは、長く煮込んでも特に壊れないこと。そしてもう一つは、壊れないからこそ箸で掴みやすいことだ。絹豆腐の場合は、うっかり力加減を間違えて壊してしまうこともあった。それを思うと、木綿豆腐は皆にとって食べやすい食材と言えた。

 美味しいのは木綿豆腐だけではない。シイタケもエリンギも、タマネギも、しっかりと味が染みこんでいてとても美味しい。基本的に食べ盛りらしく肉に誘惑される見習い組の面々だが、このすき焼きは野菜も美味しかった。白ネギなど、ちょっと溶けた感じがまた格別だった。


「はいはい、皆、ちゃんと食べるのよ~?」


 にこにこ笑顔で鍋奉行をしているのは、マリアだ。同じテーブルにいるのが、アロール、ロイリス、ミルレイン、ジェイクという小食メンバーなので、大食いのお姉さんが仕切っているらしい。鍋の中身が減ってきたら追加してくれるので、大変優しい。

 小食組も、彼らなりに美味しく食べていた。肉は控えめなアロールとロイリスも、肉の旨味を吸い込んだ野菜を食べているので満足感はある。ミルレインは自分できちんと調整しているので問題ない。

 問題があるとすれば、美味しいとうっかり食べ過ぎてしまうジェイクだろう。今日もどうやらお気に召したらしく、嬉しそうな顔で食べている。


「ジェイク、濃い味付け苦手じゃなかったっけ?」

「そこまで得意ではないんですけど、これ、美味しいんですよね。何ででしょうか?」

「目の前で作ってるからじゃないかしらぁ?匂いに誘われているのよ、きっと」

「あぁ、なるほど。出来たてを食べるのは美味しいですからねぇ」


 のほほんと笑う学者先生。彼が差し出した器を、マリアは笑顔ですっと押し戻した。お代わりを求められたのに、やんわりとした拒絶である。


「マリア?」

「とりあえず、一度水でも飲んで休憩してみたらどうかしら?」

「え?」

「明らかにペースが速いよね、今日。また腹痛になりたくないなら、小休止して落ち着いた方が良いと思うけど」

「……速かったですか?」

「「速かったです」」


 同じテーブルの皆に異口同音に言われ、ジェイクは大人しく従った。うっかり食べ過ぎてお腹が痛くなるのは彼だって嬉しくない。とりあえず小休止に入るジェイクだった。

 大人なのに子供達に諫められているジェイクの姿に、悠利は思わずうわぁと呟いた。呟いたけれど、すぐに「あ、いつものことかも」と思い直した。それが《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の日常なので。……安定のジェイク先生なのです。


「ユーリ、肉もう食べて大丈夫だぞ」

「ありがとう、クーレ」

「お肉食べて良いの?」

「お前は最後。皆が取ってからな」

「解った!」


 同じテーブルにいるのが大食いメンバーではないので、皆が先にとってもなくならいと解っているからだろう。レレイは素直だった。

 しっかりと味の付いた肉を、どぼんと生卵にくぐらせる。甘辛い味付けと卵の相性は抜群で、口の中で完璧なハーモニーを繰り広げてくれる。すき焼きの中身が残ったら、明日の朝か昼に玉子とじにしようと思う悠利。味の染みこんだ具材の玉子とじは絶品だ。

 もしくは、スープがたっぷり残っているのなら、うどんを入れても美味しい。うどんは皆に頼んで作ってもらって、常に悠利の学生鞄にストックが入っている。味を吸い込んだうどんもまた、絶品だ。

 とはいえ、皆の食欲を見ていると、このまま綺麗さっぱり全部食べ尽くされそうな気配もある。それならそれで、大盛況だったと思えば良い。そんなことを思いながら、悠利は肉厚のシイタケにかぶりつくのだった。じゅわりと広がる旨味が大変美味しかった。




 結局、すき焼きは綺麗に食べ尽くされて、皆にまた作ってほしいと言われるのでした。




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