パティシエさんにフルーツのお裾分けです
「ユーリ!!今すぐルシアの所に一緒に来て!!」
「はい……?」
「早く!!」
昼食後、後片付けも終わり、午後の仕事を開始する前にのんびりしていた
「えーっと、ヘルミーネ、今日はルシアさんのデザート目当てに《食の楽園》でお昼ご飯食べてたんじゃないの……?」
「食べてきたわよ!そんなことどうでも良いから、一緒に来て!」
「どうでも良いって……。っていうか、何で僕がルシアさんのところに……?」
「いーから!来るの!」
「うわぁ!」
色々と感情が高ぶっているらしいヘルミーネは、悠利の言葉を聞かずに腕を掴んだまま歩き出す。飲んでいたお茶のコップを置いたまま、悠利は引っ張られるままに歩くしかない。何やら大変な状況らしいということだけは、とりあえず理解は出来た。
「ヘルミーネ、待って、解ったから。行くから。とりあえずルーちゃん呼ばせて」
「急いでるのに!」
「それは解るけど、僕、ルーちゃん抜きの外出はダメって言われてるんだってば……!」
我を押し通そうとするヘルミーネに、悠利は必死に訴えた。これは、アリーに常々言い聞かされていることなのだ。外出するときにはルークスを連れていけ、と。
同行者が腕自慢の面々だった場合は、別にルークスがいなくても許される。一人もしくは戦闘方面にそこまでの強みがない者と行動を共にするときは、護衛としてルークスを連れ歩けと言われているのである。ルークスは可愛い見た目を裏切る戦闘能力を秘めているので。
ヘルミーネも、弓使いとしては決して弱くはない。空を飛べるという羽根人の利点を生かし、実に見事な狙撃手だ。ただ、彼女は後衛である。腕自慢でもない。自分の身を守ることは出来ても、悠利を完璧に護衛することは出来ないだろう。
「……ルシアのところに行くだけなのよ?」
胡乱げな顔をするヘルミーネ。王都ドラヘルンは比較的治安の良い街で、女子供が一人で出歩いてもそこまで危険はない。よほど何かありそうな裏路地とかに入らない限りは、平和だ。
勿論、悠利もそれは解っている。ヘルミーネやイレイシアが一人でうろうろしても問題ないのがこの街だ。解っているが、それでも悠利に関しては例外枠がアリーによって設定されているのだ。
こう、犬も歩けば棒に当たるという感じで、何らかのトラブルを引き寄せそうなので。運∞という
そして、一応当人も自覚はしていた。いつもと違うことをすると、何かに遭遇する。だから今も、アリーの言いつけに従ってルークスを同行させようとしているのである。
「うん。言いたいことは凄く解るんだけど、でも、アリーさんに言われてるから」
「……解ったわよ。早くルークス呼んできて」
「はーい」
アリーの言いつけと言われては、ヘルミーネも強行は出来ない。それでも、急いでねと付け加えるのは忘れなかった。
飲んでいたお茶のコップを手に、悠利は台所へと向かい、その途中で呼びかけに答えたルークスと合流した。
「ルーちゃん、ちょっと出掛けることになったから、一緒に来てくれる?」
「キュピ!」
「ありがとう」
悠利大好きなルークスは、一緒にお出掛けだと嬉しそうにぽよんと跳ねた。そのまま、ルークスを伴って悠利はヘルミーネに合流する。
「ルークスも来たわね。それじゃ、ルシアのところに行くわよ!」
「はいはい」
「キュピピー」
腕を引っ張るヘルミーネに逆らわず、悠利は彼女に付いていく。途中で、留守番の仲間達に「出掛けてきます~」と暢気に挨拶しながら。
駆け足のヘルミーネを、同じく駆け足の悠利と、いつもよりちょっと速めの速度で跳ねるルークスが追いかける。可憐な美少女が、ぽやぽやした少年の手を引っ張って駆けていく姿は、実に微笑ましく見守られていた。
その二人を追いかけるルークスにしても、既に皆の生活に馴染んでいるので驚かれもしない。時々知り合いに声をかけられて、ルークスは楽しそうにキュイキュイと鳴いて返事をしていた。
そうして辿り着いた
何故裏口から入るのかと言えば、表は現在営業中だからだ。明らかに部外者と思しき彼らが、スタッフオンリー的な場所へずかずかと店内から入っていく姿を見せるのはよろしくない。真剣な顔をしたヘルミーネに、理由を聞けないまま連れてこられた悠利だが、とりあえず大人しくついていった。
「ルシア!ユーリを連れてきたわよ!」
「ありがとう、ヘルミーネ。……ユーリくん、いきなりごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。何があったんですか?」
「実は、食材が手に入らなくなってしまったの」
「……はい?」
真剣な顔で告げられた言葉に、悠利は間抜けな声を出した。ルシアもヘルミーネも真剣だが、悠利としては首を傾げるしかない。食材が手に入らないのと、自分を呼んだのとがイコールで繋がらないのだ。
悠利はここに来るまで、何か手伝いを頼まれるのだと思っていた。悠利はお菓子作りは趣味程度だし、難しいことは解っていない。ただ、プロのパティシエであるルシアのお手伝いぐらいは出来る。人手が足りないとかそういうのかなと思っていたら、予想外の方向から殴られた感じだ。
首を傾げている悠利に話が通じていないと理解して、ヘルミーネは何で解らないのよと言いたげな顔だ。唇を尖らせても愛らしいのは素晴らしい。
そんなヘルミーネと違い、ルシアは言葉が足りていないことを理解していた。なので、彼女は言葉を続ける。
「実は、飛び入りでケーキを頼まれたのだけれど、それに使う果物が足りていないの」
「え?ここで、ですか?」
「えぇ。実は、お客様から指定があって……。勿論、きちんと手配はしていたのよ?ただ、それがトラブルで手に入らなくなってしまって……」
「それで、何で僕なんです?」
説明を聞いてもやっぱり話の見えない悠利だった。今解っているのは、ルシアがケーキの注文を受けていて、そのケーキは使う果物が指定されているということ。そして、用意していた果物が手に入らなくなったということだ。
やっぱり、悠利を呼んだ理由がさっぱりだった。
「実はね、果物が手に入らないって解った段階で、収穫の箱庭に探しに行ってもらったの」
「あぁ、あそこ、割と何でも手に入りますもんね」
「でもね、手に入らなかったの」
「え!?何で!?」
ルシアの言葉に、悠利は思わず声を上げた。収穫の箱庭は、王都ドラヘルンから徒歩15分ほどのところにある採取系ダンジョンだ。採取系と言うか、もはや農園とか果樹園とか考えた方が良いような場所だ。美味しい食材がてんこ盛りである。
基本、迷宮食材なので季節も産地も問わない。ダンジョンマスターが「沢山の人に喜んでもらえたら嬉しいな」みたいな思考回路をしているので、そういう感じのほのぼの系ダンジョンである。もうアレをダンジョンと呼ぶのが間違ってる気がするが、一応ダンジョンです。
悠利もしょっちゅうお世話になっている。《
「あのね、ユーリくん」
「何でしょうか」
「あそこ、何が手に入るかは日替わりというか、全然法則性がないでしょう?」
「……ないですね」
「欲しい果物が、なかったのよ……」
「うわぁ……」
がっくりと肩を落とすルシアに、悠利は遠い目をした。割と何でも手に入る収穫の箱庭だが、中身は日付が変わるとリセットされる。そしてそれは完全にランダムだった。
ダンジョンマスターが意識して切り替えているのではない。とりあえず、適当に色んなものが収穫できるように中身が変化するらしい。そして今回は、運悪くお目当ての食材が手に入らないタイミングだったらしい。
そこまで話を聞いて、けれどやっぱり悠利は、何で自分が呼ばれたのか解らなかった。悠利は果物屋さんではない。
「収穫の箱庭で手に入るのは解ってるのよ。だから、ユーリならダンジョンマスターに頼めるんじゃないかと思って」
「え?そういう理由だったの?」
「だって、依頼主がかなり偉い人だって言うんだもん!ルシアが大変な目に遭っちゃう!」
「ヘルミーネ、落ち着いて。ごめんなさいね、ユーリくん。突然こんなことに巻き込んじゃって……」
友人を心配したヘルミーネの暴走かと思ったが、ルシアもかなり切羽詰まっていたらしい。しかも、ヘルミーネの口振りから、相手はかなり厄介そうだ。もしかしたらお貴族様が相手なのかもしれない。聞きたくないのでそこは突っ込まない悠利だった。君子危うきに近寄らず、である。
ついでに、今から収穫の箱庭に赴いて、ダンジョンマスターに「欲しい果物があるんだけど、分けてくれるー?」をやる根性もない。友人特権を利用したくないというのもあるが、そもそもが悠利は同行者無しに収穫の箱庭に行けないのだ。腐ってもダンジョンなので。
とはいえ、困っているルシアを見捨てるつもりはない。なので、悠利はそっと己の学生鞄を見た。
「ユーリくん?」
「ちなみに、ルシアさんが必要な食材の一覧表ってあります?」
「え?えぇ、ここにあるけれど……」
「ありがとうございます」
渡されたメモを片手に、悠利は学生鞄の中身を確認する。ソート機能という色々とアレな能力が付いているので、どれだけ大量に放り込んでいても中身が一発で解るのだ。大変便利である。
時間停止機能が付いているので、食べきれなかった食材や、作りすぎたおやつなどが入っている悠利の学生鞄。その中身は多種多様。ついでに、節操がない。
なので、ルシアから受け取ったメモに書かれている食材も、あった。
「ルシアさん、僕、ここに書いてある食材持ってます」
「え?」
「多分、普通に収穫の箱庭で手に入れるよりも質の良い果物だと思います」
「えぇ!?」
「お土産に貰うんですよね~」
のんびりと笑う悠利に、ルシアは目を点にして叫ぶ。ヘルミーネは一瞬驚いた顔をして、けれどすぐにでしょうねと言いたげにうんうんと頷いていた。彼女は悠利のトンデモっぷりを知っている。
この場合のトンデモっぷりは、ダンジョンマスターとの友好度の高さと言える。普通にダンジョンにある食材を収穫しに行くのだが、何故かいつもお土産と称して質の良い食材を大量に貰ってくるのだ。初めてのお友達にダンジョンマスターはうきうきなのだ。
呆気にとられているルシアを余所に、悠利は彼女が必要としている食材を貰ったときのことを思い出していた。
その日も、悠利はスーパーとか近所の畑に行くぐらいの感覚で収穫の箱庭を訪れていた。同行者はルークスとリヒト。友達であるダンジョンマスターのマギサ(命名したのは自由人なワーキャットの若様である)に会いに来るのが目的でもある。
なお、何で同行者がリヒトかというと、マギサがリヒトを気に入っているからだ。優しいお兄さんとして慕われている。当人は何で一応魔物の括りなダンジョンマスターにそこまで好かれているのか解っていないが、子供に好かれやすいという彼の性質なのだろう。害は特にないので、頑張ってほしい。
収穫の箱庭は採取系ダンジョンと言われている。植物系に特化しており、人間に友好的なダンジョンマスターの意向を反映して食材が豊富だ。出てくる魔物も友好的で、何というかほのぼの農園みたいな感じである。
美味しそうな食材を、目利きしながら仲良く収穫する悠利とルークス。護衛と目付という立場で同行しているリヒトも、手伝っている。実に微笑ましい光景だ。
目当ての食材を一通り収穫したら、悠利達に会いたがって待っているマギサの元へ足を運ぶ。一応ダンジョンマスターなので、無闇に表に出てくることはしない。悠利達が自分のところに来るまで大人しく待っているのは、実にお利口さんだった。
とはいえ、マギサの外見はマスコットか幼児かと言いたくなるようなものだ。小さな隠者さんというスタイルは、雨合羽を着た子供のようにも見える。そのため、仮にダンジョンの中をうろうろしていても、特に警戒されることはないだろう。
……何せマギサは、王国側の偉い人と会うときは、大人の姿になっているので。当人的には「偉い人と会うときはきちんとしないといけない」みたいな感じらしいが、アリーに言わせれば「紛らわしいから変化しなくて良いと思う」ということになる。その辺の価値観が合致することはなかった。
「マギサー、遊びに来たよー」
「キュピピー!」
「イラッシャイ!」
ひょっこり顔を出した悠利とルークスに、マギサは満面の笑みを浮かべる。相変わらずフードと前髪で目元は隠れているのだが、緩んだ口元や声音から喜んでいるのはよく解る。ダンジョンから出ることの叶わないダンジョンマスターにとっては、遊びに来てくれる友人の存在はとても大きいらしい。
そもそも、近くに住む人間に喜んでもらえたら嬉しいなという思考でこのダンジョンをアップデートしているマギサだ。そこら辺のダンジョンのダンジョンマスターとはひと味もふた味も違うのである。
とはいえ、本質は魔物。逆鱗に触れたときの異様な気配は何とも言えない。ただ、滅多なことではそんな風にならないので、普段のマギサはやはり、ぽやぽやした雰囲気の可愛いマスコットという感じだった。
「今日は一緒にご飯を食べる時間がなかったから、おやつを持ってきたよ。後で食べてね」
「アリガトウ!」
「あんまりゆっくりはしてられないのも、ごめんね」
「ウウン。来テクレルダケデ嬉シイ」
遊びに来るときが、毎回毎回ゆっくり出来るというわけでもない。今日のメインは食材を手に入れることなので、お弁当を食べて半日一緒にゆっくり遊ぶというコースではなかった。そのことを詫びる悠利に、マギサはふるふると頭を振る。
自分を訪ねてやってきてくれるだけで嬉しいというその姿は、実に愛らしかった。そのマギサの視線が、悠利から離れる。そして、リヒトを認めてぱぁっと表情が華やいだ。
「オ兄サンダ!」
「こんにちは」
「コンニチハ!オ兄サンモ来テクレタノ、凄ク嬉シイ!」
わーいわーいと空中に浮かんだままくるくる回り出すマギサに、リヒトは困ったような顔をしている。何でここまで好かれているのか、大歓迎されているのか、彼にはさっぱり解らないのだ。
多分、リヒトの人徳というものなのだろう。うきうきとマギサは果物を用意して、リヒトに差し出している。そのまま食べられるミカンやバナナのようなものばかりなのは、今すぐ食べられるようにとの配慮だろう。どうぞと差し出されるそれらを、リヒトはとりあえず受け取った。
迷宮食材は基本的に美味しい。そして、その中でもダンジョンマスターであるマギサが自ら渡してくる食材は、物凄く美味しい。美味しいのは解っているが、やっぱりリヒトは、何で自分がこんな風に特別扱いを受けているのか解っていなかった。
「ユーリモ、ドウゾ」
「ありがとう、マギサ」
「ルークスモ食ベル?」
「キュピ!」
皆で一緒に食べるのが楽しいのか、マギサは悠利とルークスにも果物を差し出してくる。並んで仲良く食べる悠利達の姿は実に微笑ましい。その微笑ましい光景を見ているリヒトは、「中身を知らなきゃ微笑ましいなぁ……」と遠い目をしていた。
天然ぽやぽやな家事大好き少年、ただし桁外れの鑑定能力とトラブルホイホイな無自覚やらかし男子・悠利。愛らしい姿に反してハイスペック、掃除大好きながら敵対者は全てぶっ潰す勢いのスライム・ルークス。外見は可愛いマスコットじみた幼児だが、その本質は魔物であるダンジョンマスター・マギサ。触るな危険の集合体である。
深く考えるのは止めよう、とリヒトは思った。手にしたミカンがとても美味しいので、そのジューシーさを堪能することにした。細かいことを考えても彼にはどうにも出来ないので。
「ソウダ、オ土産イッパイ用意シタヨ!」
「お土産?」
「今日、外ニ出テナイ果物」
ドウゾと笑顔でマギサは大量の果物を差し出した。……一瞬前までそこには何もなかったのだが、いつの間にかマギサの両手の前にふわふわと果物がいっぱい浮かんでいる。何だコレと思わずリヒトの顔が歪んだ。
しかし、悠利は悠利だった。大量に用意された果物を見て、ぱぁっと顔を輝かせる。
「わぁ、沢山あるね!これ、全部貰っても良いの?」
「ウン。皆デ美味シク食ベテネ」
「ありがとう!皆も喜ぶよ」
「エヘヘ」
ダンジョンマスターであるマギサにとって、ダンジョンに存在する食材を用意するのは簡単だ。そして、それを渡すと悠利が喜ぶことも知っている。なのでこうして、いつもお土産として色々なものをくれるのだ。
ほのぼのとした雰囲気で言葉を交わす悠利達を、リヒトは遠い目をして眺めていた。空中に浮かんだ大量の果物を、せっせと
「と、いう感じで貰った果物なので、確実に普通のより質が良いです」
「そ、そんなものを受け取っても良いの……?」
「うちにあっても美味しく食べるだけなので、お仕事に使うなら使ってください」
「ありがとう、ユーリくん……!」
用意された果物がダンジョンマスターお墨付きの一級品だと知って驚いていたルシアだが、悠利の好意をありがたく受け取った。必要な食材、それも質が良いものを手に入れたならば、依頼人を満足させられるケーキを作れるはずだ。彼女は立派なパティシエさんなのだから。
「良かったわね、ルシア」
「ヘルミーネもありがとう」
「ううん。ルシアが困ってるなら、助けてあげたいもん」
にこにこ笑顔のヘルミーネに、ルシアも嬉しそうに微笑んだ。彼女達はとても仲の良い友人だ。ルシアのスイーツが周囲に見向きもされていなかった頃から、ヘルミーネは彼女の大ファンだった。その友情は今も続いている。
だから、今回もヘルミーネは一生懸命だったのだ。困っている友人に、自分が出来ることは何だろうと考えて行動を起こしたのである。
「ヘルミーネの剣幕、凄かったもんねぇ……」
「う、うるさいわね……!」
彼女が飛び込んできたときの剣幕を思い出し、悠利は遠い目をする。いきなり戻ってきたかと思えば、腕を掴まれ引っ張られ、である。詳しい説明も何もなかった。それだけ彼女が必死だった証拠なのだが。
悠利の反応と、耳まで真っ赤にして言い返すヘルミーネの姿を見て、ルシアは首を傾げる。はたしてどれほどの剣幕だったのか、と。けれど、彼女はそれをわざわざ口にすることはしなかった。その辺の空気はきちんと読める。
だからその代わりに、ルシアは悠利に向き直って口を開く。
「ユーリくん、この果物のお代はどうしたら良いかしら?」
「え?」
「え?じゃないのよ。こんなに貴重なものだもの。ちゃんとお金を払わせてちょうだいね」
「……僕、あの子に貰っただけなんですけど」
お金を貰うのはちょっと、と悠利は尻込みしている。自分が収穫したわけでも、育てたわけでもない貰い物でお金を頂くのは、悠利の主義に反した。しかし、ルシアとしても貴重な食材をタダで貰うわけでにはいかない。
双方の睨み合いが続く。何とか価値に見合った報酬を払いたいルシアと、自分は何もしていないので貰う理由がないと拒否する悠利。割とどっちも通常運転な光景を、ヘルミーネはルークスと二人で傍観していた。
「お金を払いたいって言うルシアの気持ちも解るけど、ユーリは絶対に受け取らないわよね?」
「キュイ」
「そうよね。だってユーリだもん」
ヘルミーネの言葉に、ルークスはこくりと頷いた。ヘルミーネにルークスの言葉は解らないが、ルークスは彼女の言葉を理解している。なので、こういう風に同意を求めるときは反応が解りやすい。
食べる?と手にしていたカップケーキを見せて聞かれたルークスは、少し考えてからこくりと頷いた。ヘルミーネはカップケーキを半分に割ると、食べかけではない方をルークスに差し出した。
ちょろりと身体の一部を伸ばしてカップケーキを受け取ったルークスは、少しずつカップケーキを吸収していく。ふりふりと身体を揺すりながら、嬉しそうだ。
「ルークスって、味解るの?」
「キュ?」
「美味しいもの、解る?」
「キュ!」
ルークスはぽよんと跳ねた。これは美味しい!と言いたげな態度だ。それを見て、ヘルミーネは嬉しそうに笑った。大好きなルシアの作った美味しいスイーツを、美味しいと言ってくれる相手は彼女にとって良い相手なのだ。
そんな風にのんびりと二人が交流をしていると、ようやっと話がついたのか悠利とルシアが握手をしていた。やっと終わった、とヘルミーネがぼそりと呟き、ルークスが同意するようにキュイと鳴いた。
「結局、どうなったの?」
「今度、ルシアさんが美味しそうな食材を手に入れたら分けて貰うってことになったよ!」
「わー、安定のユーリー」
「え?」
「ううん、こっちの話」
やっぱりそこに落ち着くんだと言いたげなヘルミーネ。悠利に自覚はないが、彼はお金は受け取らないが美味しそうな食材なら喜んで受け取るところがある。その食材を手に入れるために高額を支払っているとかでない限り、貰えるときには貰うのだ。
本当は代金を支払いたかったらしいルシアだが、そもそも悠利の中では貰い物をお裾分けしただけなので、同じ状況にすることに落ち着いたのだ。まぁ、何だかんだで丸く収まったので良いだろう。多分。
「それじゃあ、ルシアさんケーキ作り頑張ってくださいね」
「ルシア、ファイトよ!ルシアなら出来るわ!」
「ありがとう、二人とも」
依頼人の希望に添ったケーキを作るために、ルシアはこれから頑張るのだ。邪魔にならないように、悠利達はお暇することにした。
ルシアのケーキ作りが失敗するとは、誰一人として思っていない。ルシアは凄腕のパティシエさんであるし、それに何よりお菓子作りが大好きなのだ。美味しく食べて貰うために頑張る彼女を、彼らは知っているので。
今度マギサに会ったら、貰った果物が人助けに役立ったことを伝えよう。そんなことを思いながら、悠利はヘルミーネとルークスと共に、アジトへの帰路につくのだった。
後日、ケーキが依頼人を満足させたとルシアから報告が届き、悠利とヘルミーネは胸をなで下ろすのでした。パティシエさんの腕は確かです。
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