おもてなしにジャガイモとベーコンのガレット


 料理というのは、実はとても難しい部分のあるものである。そのことを、悠利ゆうりは今、再確認していた。

 常日頃、彼は何の苦もなく料理をしていた。一緒に料理をする見習い組の面々も、腕を上げているので困ることはなかった。だから悠利は、「生まれて初めて料理をする人」がどれほど危なっかしいかを、今、やっと、思い出したのだ。

 何せ、自分が初めてのときがどうだったかなんて、覚えていない。悠利が料理らしきことを始めたのは小学校に入るまえだったので、記憶が思いっきりあやふやなのだ。

 悠利の目の前では、皮剥き器片手にジャガイモと格闘している少女が一人。包丁での皮剥きは無理だろうからと皮剥き器を手渡したのだが、まさかのそっちでもまだ大変そうだという現実だった。

 そもそも、台所に立ったことのないお嬢様を舐めていた悠利が、悪いのかもしれない。


「エリーゼ、そこまで力を入れなくても大丈夫だよ。後、ゆっくりで良いからね?」

「わ、解っていますわ。ただ、ちょっと形が不揃いで、やりにくいだけです」

「うん、凸凹したところはやりにくいよね。そういうところは僕が包丁で調整するから、無理のない範囲で皮剥きしてくれれば良いよ?」

「……解りましたわ」


 悠利に言われて、エリーゼはこくりと頷いた。大真面目な顔だった。料理を真面目に頑張るのは良いことだ。ただ、必要以上に気合いが入っているのもどうなんだろうと思うだけで。


「二人とも、大丈夫?手伝いはいらない?」

「あ、メリッサさん。大丈夫ですよ。まだ時間はありますし、ゆっくりやりますから」

「そう?それじゃあ私は、部屋の準備をしてくるわね」

「お願いします」


 ひょいと顔を覗かせたメリッサに、悠利は笑顔で答えた。エリーゼは答える余裕がなかった。お嬢様は生まれて初めてのジャガイモの皮剥きで格闘中なのだ。

 悠利がエリーゼと一緒に料理をしているのは、オリバーとメリッサが暮らす家である。完全に余所様のお宅だ。そこで二人が料理をしているのは、エリーゼの手料理を彼女の両親に食べさせるためだ。

 それならばエリーゼの家でやれば良いのだが、今日は料理を食べて貰うのと同時に、彼女が世話になったオリバーとメリッサを紹介するという理由もあった。

 誘拐未遂事件の後、エリーゼは両親ときちんと話し合えた。誤解も解けた。

 両親はエリーゼに興味がないわけはなかったのだ。大量の習い事は彼女がいずれ何かをしたいと思ったときに、様々な選択肢があるようにと思ったから。彼女が大人しく従うのを止めたときにも、家に縛るのではなく自由に生きてほしいという思いから特に咎めなかった。

 基本的に、両親の行動は全部エリーゼを思ってだったが、致命的に意思の疎通が図れていなかったために大いにすれ違っていただけだった。

 それが解ってからは、エリーゼも両親に無駄な反感を抱くことはなくなった。自分が愛されていると解れば、居場所がきちんとあるような気持ちで心が落ち着いたのだろう。今では、習い事もきちんと続けている。

 ただ、家にいては知ることの出来ない外の世界、ごく普通の庶民の生活を知るためにも、定期的にメリッサ達の元を尋ねるのは続けていた。

 そして、契約期間がまだ残っているという理由でバルロイとアルシェットが護衛をしているので、時々悠利も呼ばれる。エリーゼにとって悠利は、友人枠になるらしい。

 そんな中でエリーゼが料理をしてみたいと言い出した。悠利やメリッサ、オリバーが作る料理を食べるだけだったので、自分もやってみたいのだと。そして、出来ればそれを両親に振る舞いたい、と。

 エリーゼの両親に出せるような料理は知らないと、悠利もメリッサも最初は首を横に振った。ここでエリーゼと一緒に料理をして、一緒に食べるだけならハードルは下がる。そもそも、普通の庶民料理しか出していないのだから。

 しかし、エリーゼの両親となると、話が違う。貴族にも顔が利く大富豪様である。そんな方々に食べてもらえるような料理を、悠利は知らない。悠利は生まれも育ちも一般市民である。

 メリッサも同じくだ。そもそも、自分達が日常生活を過ごせる範囲で家事が出来るというだけであって、料理人でも何でもない。親しい友人に提供するだけならともかく、偉い人とかお金持ちとかに出せる料理なんて知らないのだ。

 そんな二人を、エリーゼが必死に説得した。自分は、豪華な料理を作りたいわけではない、と。自分がここで、どんな風に過ごして、どんな風に成長したのかを両親に見て貰いたいだけだ、と。そのための料理を一緒に作ってほしい、と。

 結局、エリーゼの熱意に負けて悠利達は折れた。メリッサとオリバーは場所を提供することを了承し、エリーゼと共に料理をするのは料理の腕前の関係で悠利に軍配が上がった。

 そんなこんなで今、悠利は料理初心者どころか、生まれて初めて料理をするというエリーゼと一緒に、簡単な軽食を作っている。ジャガイモはその材料だ。


「皮をきちんと剥いて、芽があったらそれも取り除いて、それから……」

「エリーゼ、エリーゼ、そんな真剣にジャガイモを見なくて良いから。怪我しないようにだけ気を付けてくれたら大丈夫だから」

「で、でも、皮剥きは大切ですし、芽は毒だと言ったではありませんか……!」

「言ったけどー、握りつぶしそうにジャガイモを持たなくて良いし、皮剥き器をそんな力一杯押し付けなくても皮は剥けます」

「……はい」


 元々の性格が真面目だからか、エリーゼは一生懸命だった。初めての料理なので緊張しているのもあるだろう。それでも、悠利の言葉に素直に耳を傾けてくれるので、今のところ特に困ってはいない。

 二人でせっせとジャガイモのを皮剥きをし(皮剥き器のエリーゼより包丁の悠利の方が倍以上早いのだが気にしてはいけない)、人数分のジャガイモを確保した。食べるのは作っている悠利とエリーゼ、家主のオリバーとメリッサ(他の住人達は仕事に出掛けていていない)、エリーゼの両親。……そして、護衛のアルシェットとバルロイだ。

 最初にこの話が出たとき、この二人が護衛の日をエリーゼは選んだ。悠利と顔見知りの二人の方が良いという判断だったのだろう。しかし、そのために問題が一つ発生した。

 そう、悠利のご飯大好きなバルロイさんである!

 お仕事中はそれなりに頼りになる男だが、彼は胃袋に正直な男だった。悠利の料理に完全に胃袋を掴まれているので、自分も食べたいと必死に訴えたのだ。護衛の仕事中になるのに。

 アルシェットが怒っても聞いていなかった。悠利が宥めてもダメだった。そして、エリーゼがそれを快諾してしまったので、バルロイ達も一緒に食べることが決まったのだ。

 エリーゼにしてみれば、バルロイとアルシェットは恩人だ。護衛の仕事だったからと二人は言うが、彼女にとっては助けてくれた人である。その二人にお礼も兼ねて手料理を振る舞いたかったらしい。

 お嬢さんの思いは素晴らしい。感謝を示せるのは良いことだし、その願いを叶えてあげたいと悠利だって思う。思うが、悠利はバルロイの胃袋の大きさを知っているのだ。どう考えても準備が大変すぎる。

 料理初心者のエリーゼと二人で作るので、そこまで大量には作れない。そう事情を説明して、バルロイには満足するまで食べることは出来ないからと念を押した。アルシェットと二人で押した。もしも他の人の分に手を出したら、二度とご飯を作らないと伝えた。なのでまぁ、多分、脳筋狼が暴走することはないだろう。多分。


「結構な量ですわね……」

「頑張って剥いたね」

「これを、どうしますの?」

「このスライサーで千切りにするよ。頑張ろうね!」

「はい!」


 ちゃっと悠利が取り出したのは、アジトから持ってきた千切り用のスライサーだ。これを使えば、簡単にジャガイモを千切りに出来る。大変便利なアイテムである。

 手が滑らないように注意して、ジャガイモをスライサーを使って千切りにしていく。数が数なので、二人で黙々と頑張る作業だ。なお、最後までスライサーで切るのは危ないので、小さな破片は悠利が包丁で切る。怪我をしては元も子もないので。

 ボウルにたっぷりとジャガイモの千切りを作ったら、次の具だ。


「それじゃ、ベーコンを切るよ。包丁は危ないから、気を付けてね」

「は、はい……!」


 ブロック状のベーコンを、まずはほどよい大きさにスライスする。そしてそれを、あまり分厚くない程度の千切りにしていく。まずは悠利が見本で少量を切り、続いてエリーゼが挑戦する。生まれて初めて包丁を握るお嬢さんは、真剣だった。


「左手でベーコンが動かないように押さえて、ゆっくり包丁を下ろせば良いからね。左手は指先を丸めて、第二関節より前に指先が出ないように気を付けて」


 悠利に言われて、エリーゼは左手の形に気を付ける。いわゆる猫の手なのだが、猫の手と言って通じるか解らなかったので、こんな説明になっている。

 まずは左手でしっかりとベーコンを押さえ、続いて包丁をベーコンの上に載せる。無理に素早く包丁を動かす必要はない。切りたい場所に押し当てるように刃先を埋め、そしてゆっくりと引く。とてもゆっくりだったが、ベーコンは切れた。


「切れましたわ……!」

「うん、上手。包丁は慌てると怪我をして危ないから、ゆっくり切ってね」

「えぇ!」


 自分にも切れたと顔を輝かせるエリーゼ。そんな彼女に大丈夫だろうと判断して、悠利は残りのベーコンを切っていく。エリーゼに任せた分はほんの一部だが、その一部でも自分で出来ることを彼女は喜んでいた。

 そう、焦ることはない。初めて包丁を握ったのだ。丁寧に、真面目に、一生懸命に。決して焦らずに、言われたとおりに怪我に気を付けて。ただそれだけで、今日のエリーゼは満点だ。

 二人で協力して切ったベーコンは、ジャガイモのボウルへ放り込み、よく混ぜる。今日作るのはジャガイモとベーコンのガレット。シンプルに、ベーコンとジャガイモの味を堪能するので、特にこの段階で調味料は入れない。焼き上がったときに、各々で調整して貰う予定だ。


「これで、下準備はおしまい」

「これだけですの?」

「うん。後は焼くだけだよ」


 料理初心者のエリーゼと共に作る料理ということで、悠利は比較的簡単なものを選んだ。簡単だけど、見場はそこそこの料理、という感じだろうか。

 ちなみに、最大のポイントは特に調味料を必要としないところだ。初心者が失敗しやすいのは、やはり味付けとか火を入れることだと思う悠利だった。……別に、どこかの誰かを思い出したわけではありません。あくまでも一般論のお話です。


「フライパンに油を引いて、少し熱してからジャガイモとベーコンを入れます」

「はい」

「油が跳ねて怖いかもしれないけど、落ち着いてやれば大丈夫だからね」

「……はい」


 フライパンが温まったのを確認したら、おたまで掬ったジャガイモとベーコンを中へ入れる。おたまのお尻で平らに整えたら、火が通るのを待つ。

 悠利の隣で、エリーゼも真剣な顔でフライパンと向き合っている。入れた瞬間にバチバチいう音にびっくりしてはいたが、慌てず騒がず、ジャガイモの形を整える。火を使うときに一番大切なのは慌てないことなので、それが出来ているエリーゼは及第点だ。


「ジャガイモの端っこが半透明になってきたら火が通ってきた証拠。フライ返しを使ってひっくり返します」

「はい……。……出来ましたわ!」

「うん、上手。そうしたら、フライ返しの背中でちょっと押さえてしっかり焼けるようにして、また待ちます」

「解りましたわ」


 ジャガイモとベーコンの焼ける香ばしい匂いがする。なお、繋ぎを何も入れていないが、ジャガイモのデンプンだけで固まるので問題ない。


「あ、私の、ユーリのに比べたら色が薄いような気がするのですけれど」

「あぁ、そうだね。気になるようなら、後でもう一度ひっくり返して焼けば良いよ」

「そうしてもよろしいの?」

「うん。大事なのはちゃんと火を通すことだから」


 不安そうなエリーゼに、悠利はあっさりと答えた。そう、別にどちらが裏でどちらが表と決まっているわけでもない。こんがり焼き色が付いている方が美味しそうだし、中までちゃんと火を通すのは大切だ。焼けていなければ焼けば良いだけである。

 焼き上がったらフライパンから取り出して、器に盛りつける。これだけである。


「出来ましたわ……」

「上手に出来たねー。それじゃ、味見しようね」

「は、はい……!」


 エリーゼが焼いた方のガレットをまな板の上に載せると、悠利は食べやすいサイズに切り分ける。それを二人で摘まんだ。ひっくり返しやすいようにと小さいサイズで作ったので、そこまでお腹は膨れない。

 表面はカリッとしているが、中身はもっちりしている。ジャガイモのでんぷんのおかげだろう。ひとまず何も付けずに食べたが、ベーコンの旨味が口の中に充満する。ジャガイモの風味もあいまって、シンプルだが美味しい。


「美味しいですわ……」


 生まれて初めて自分で作った料理が、きちんと美味しく仕上がっていたことにエリーゼは感動していた。まあ、隣で悠利が逐一確認をしていたし、特に難しい作業はなかったのだが。

 それでも、初めての料理だ。美味しく作れたというのは、彼女にとって確かな自信になるだろう。


「うん、美味しいね。味が薄かったら、胡椒とかケチャップとか、塩、醤油とかを好きにかければ良いと思うよ」

「私はこのままが好きですわ」

「そっか。それじゃ、残りも頑張って焼こうね」

「はい!」


 元気いっぱいに返事をするエリーゼと二人、悠利はせっせとガレットを焼いた。食べやすい大きさというよりは、エリーゼがひっくり返しやすい大きさを目安にしているので、ちょっと小振りだ。しかし、逆にその大きさなので、お代わりを好きにして貰うのには向いている気がした。

 そうやって二人でガレットを焼いて、そこそこ準備が出来た頃に玄関の呼び鈴が鳴った。ハッとしたような顔をするエリーゼに、悠利は笑う。


「お迎え行ってきて良いよ」

「ありがとう、ユーリ」

「ううん。行ってらっしゃい」


 ぺこりと頭を下げると、エリーゼはぱたぱたと走っていった。エプロンを付けたまま走っていくお嬢さんの姿は、実に愛らしい。彼女が、エプロンを着けたままだと気付くのはいつだろうとちょっと思った。

 ざわざわと話し声が聞こえるが、悠利は黙々と作業を続けた。今日の悠利は裏方である。エリーゼの両親に会うつもりは、特になかった。お料理のお手伝いをしただけだし、顔を合わせる理由も特にないと思っているので。


「ユーリ、配膳手伝おうか?」

「アルシェットさん。お皿に盛りつけてあるので、運んで貰って良いですか?僕、まだ焼いてるんで」

「解った」

「ユーリ、俺も手伝うぞ」

「よろしくお願いします」


 ひょっこり姿を現したのは、アルシェットとバルロイだった。家主と客人達が集まっているので、自分達も裏方作業をやろうと思ってくれたらしい。大変ありがたい申し出だった。

 普段は冒険者をやっている彼らだが、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の卒業生なので食事の準備ぐらい何のそのだ。全員、見習いを経ているので、食事当番を経験済みなのである。

 なので、悠利は素直に彼らの申し出を受け入れた。アルシェットとバルロイは、人数分の料理と食器を皆のいる部屋へと運ぶ。運び終わったら、台所の片隅に置いてあるテーブルに座る。

 このテーブル、普段は特に使っていないそうなのだが、台所でちょっと何かを食べたいときに使う用らしい。今日は悠利達が使わせて貰うのだ。


「お待たせしましたー。お二人の分のガレットも完成ですよー」

「ユーリの料理だ!」

「わざわざすまんなぁ、ユーリ」

「そんなに手間じゃないので大丈夫です」


 ぱぁっと顔を輝かせるバルロイ。面倒をかけさせたと悠利に謝ってくれるアルシェット。どちらの反応もらしいなぁと思いながら、悠利も二人と一緒に席に着く。


「味が薄かったら何かかけてくださいね」

「んー、匂いの感じから、このままで大丈夫な気がする」

「ユーリがこのままで良いと思ったんやったら、そのままいただくわ」


 特に味付けをしていないので悠利は念のため二人に伝えたが、どちらもとりあえずはそのまま食べてみることにしたらしい。悠利に対する信頼感が半端なかった。

 バルロイは大きく口を開けてほぼ一口で。アルシェットは三分の一ほどを囓った。こんがりと焼いたジャガイモの表面はカリカリで、大して中身はもっちりしている。千切りにしたジャガイモのシャキシャキ感も多少残っている。

 そして、そこに存在感を添える、ベーコンだ。ガレットの外側にあったベーコンはしっかり焼かれて香ばしい。ジャガイモの中に包まれていた状態のベーコンは、熱でじっくり温められて柔らかい。どちらも美味しい。

 ベーコンの脂がジャガイモに染みこんで、味を付けてくれている。ジャガイモだけでは出せない旨味だ。


「ユーリ、美味しいぞ!」

「ありがとうございます。あ、お代わりはそこの大皿です」

「解った!」

「右側の皿ですよ。左側の皿はエリーゼ達の分ですからね?」

「右だな!」


 満面の笑みを浮かべるバルロイに、悠利は注意事項を伝えておく。エリーゼ達がお代わりを希望したときのために、何枚か用意してあるのだ。そのうちの幾つかは、エリーゼが焼いたものである。ちなみに、今別室でエリーゼ達が食べているのは、全てエリーゼが焼いたガレットだ。

 多少不格好だろうが、焼き色が微妙だろうが、そんなことはどうでも良いのだ。彼らに提供するガレットは、エリーゼが作ったものを優先するのが今日の本題である。何せ、両親と友人を手料理でもてなしたいと願ったのは、他ならないエリーゼなのだから。


「これ、おやつにもおかずにもなりそうやな」

「ですねー。前はベーコン無しでチーズだけでおやつに作ったりしました」

「それも美味そう」

「アンタは大人しく食べてい」

「ん」


 お代わりのガレットを頬張っていたバルロイが、悠利の何気ない発言にぱっと顔を上げた。キラキラと顔を輝かせ、食べたいとでも言い出しそうな相棒を、アルシェットは一言で黙らせた。とりあえず目の前に食べるものがあるので、バルロイも大人しく従った。

 今日悠利がジャガイモとベーコンだけのガレットにしたのは、その方が簡単だと思ったからだ。チーズを載せてしまうと、焼きが甘かったときに修正するのが難しい。また、器に盛りつけるときにひっくり返ったら大惨事だ。

 自分が美味しく食べるだけならば、ここに更にチーズを追加しても良かった。きっととても美味しいだろう。しかし、エリーゼが無理なく作れる料理をと思ったら、今日はチーズにご遠慮願うことになったのだ。


「それにしても、あのお嬢さんが料理をするとはなぁ」

「そんなに意外です?」

「何もせんでえぇ家柄の子やから、馴染みはないやろうなと思て」

「メリッサさん達と出会って、そういう普通のこともやってみたくなったみたいですよ」

「なるほどなぁ」


 エリーゼの世界は、ずっと閉じた世界に似ていた。自分と同じような生活をしている人しか、知らなかった。親同士が知り合いとかで交流する相手は、どうしても生活レベルが似通ってくるからだ。

 彼女はお嬢様で、どう足掻いたって普通の庶民にはなれない。当人がなりたいと願っても、無理だろう。けれど、それと庶民の生活を知らないことは、結びつかない。庶民の友人を持っても、別に、悪くないのだ。

 生まれ育った環境も、今生きている立ち位置も、何もかもが全然違う友人。そういう人がいても別に良いと悠利は思う。悠利にだっている。悠利には考えも付かないぐらいに重い何かを背負って、それでも優しく笑う大事な友人が。

 だから、エリーゼが新しい世界を知って、前向きに生きていこうとしている姿は好感が持てる。友達として、応援したくなるほどに。


「そういや、ユーリは挨拶せぇへんのか?」

「僕は特には」

「こんだけがっつり関わっとるのに」

「んー、だって、今日の主題は僕じゃないですもん。どこかで機会があればってことで」

「思いっきり興味あらへんのやな」

「ないですねー」


 アルシェットの問いかけに、悠利はけろりと答える。まったくもって何一つ、興味はなかった。

 例えば、エリーゼが未だに両親と拗れた状態だったら、ちょっと気になったかもしれない。双方の話を聞いて、和解の道を探っただろう。お節介なところがあるので。

 しかし、その心配がない以上、悠利がエリーゼの両親と話すことは、特にない。本当にない。時々ここで会って、一緒に過ごしているぐらいなので。

 それに比べたら、エリーゼが困っていたところを助け、彼女に新しい世界を教えたメリッサやオリバーと会話をする方がよほど重要だと悠利は思う。何事も優先順位が大事です。何せ、エリーゼの両親は忙しいので。


「キュイー?」

「あ、ルーちゃんお帰り。お掃除終わった?」

「キュ!」


 ここにいるのー?みたいな感じで姿を現したのは、ルークスだった。今日もお掃除に張り切っていたルークスだ。ちょっと人間では掃除しにくいような場所も、変幻自在なスライムならばお茶の子さいさい。ルークスは今日も立派にお仕事をしていた。

 なお、エリーゼの両親と突然鉢合わせしたら驚かれるだろうということで、そこは気を付けるように言い含めてある。ルークスは気にしないが、向こうは絶対に気にするので。


「キュピ?」

「え?あぁ、生ゴミ?処理お願いしても良い?」

「キュー!」


 じぃっと大量のジャガイモの皮を見ていたルークスに、悠利はさらっとお願いを口にした。ルークスは途端に張り切って、せっせと生ゴミ処理に取りかかる。コレは自分の仕事で、ちゃんとお役に立っているぞと言いたげに嬉しそうだ。


「……アル」

「何や、バルロイ」

「やっぱり旅のお供にルークス欲しい」

「止めんかい」


 大真面目な顔で告げたバルロイに、アルシェットはその背中をべしりと叩くことで答えにした。言いたいことはよく解るのだが、便利道具扱いで連れて行こうとするなという意味だ。いや、バルロイの主張はアルシェットにもよく解るのだが。


「ルーちゃんは僕の可愛いルーちゃんなので、あげませんよー?」

「うん、知ってる」

「解ってるから、安心しぃ」

「はーい」


 にこにこ笑顔で釘を刺す悠利に、二人は素直に頷いた。そもそも、悠利があげると言ったところで、ルークスが頷くわけがない。自分の意志で悠利の傍らに留まり、悠利のお手伝いとして掃除やゴミ処理を頑張っているルークスなのだから。

 生ゴミ処理に勤しむルークスは、そんな三人の会話に不思議そうに身体を傾けて、「キュピ?」と小さく鳴くのだった。




 エリーゼの両親を迎えてのお話は恙なく進んだらしく、悠利はエリーゼから「今度は料理を手伝ってくれた友人を紹介してほしい」という彼女の両親の伝言を貰うのでした。その日がいつになるのかは、まだ未定です。




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