少女と自由と、不器用な愛情と


「それにしても、貴方は本当に器用ですわね……」

「そう?」

「えぇ」


 感心したように少女エリーゼに言われて、悠利ゆうりは首を傾げた。彼らが今行っているのは、衣類の修繕だ。この家に住む面々のものなのだが、お手伝いのついでとして悠利がやっている。

 掃除に関しては、結局ルークスが一人で張り切った。アジトよりも小さな家なので、これぐらいなら自分一人で大丈夫だと言わんばかりの張り切りっぷりだったのだ。誰かが手伝おうとすると、ダメと言いたげに妨害するレベルで。

 そんなわけで悠利は、エリーゼやメリッサと一緒に、他の作業をしていた。メリッサの内職の手伝いだったり、家事に含まれる雑用だったり様々だ。そのいずれも、エリーゼは慣れないのか四苦八苦していた。

 対して悠利は、いつもアジトでやっていることの延長線上みたいなものなので、特に困らない。メリッサにも物凄く感謝された。当人は普通のつもりだが。


「私も、もっと色々と出来るようにならないといけませんわね」

「んー、一人で全部出来るようにならなくても良いと思うけど?」

「ですが、私は本当に、何も、出来ませんもの」


 ぽつり、とエリーゼが呟く。その声には随分と実感がこもっていた。何やら思うところがあるらしい。

 エリーゼは、お嬢様だ。貴族ではないが、様々な事業を手がける大富豪の一人娘。娘の身を案じて、両親がフットワークの軽い護衛を付けたというのが、今回のアルシェットとバルロイの仕事らしい。元々、家に仕える護衛はいたらしいが、彼女が彼らを撒くことを覚えたのだという。

 エリーゼに言わせれば、家の護衛達は息が詰まるのだ。お嬢様、お嬢様と彼女を扱う彼らの存在が、彼女にとっては重荷になっている。

 幼い頃から習い事ばかりの日々で、最近になって息が詰まりそうだと思った彼女は度々家を飛び出した。家出というほどではない。外出だ。ただ、普段は行かないような場所へと足を運ぶのが、楽しかったのだという。

 その過程で、自分が買い物の一つも満足に出来ないことをエリーゼは知った。困っていたところを助けてくれたのが、メリッサとオリバーだった。


「習い事をしていたところで、日々の生活には何も役立ちませんわ。私は、身の回りのこと一つ、満足に出来ませんもの」

「習い事を今までちゃんとやって来たことも、十分凄いと僕は思うよ?」

「そうでしょうか?」

「そりゃそうだよ。続けるって大変だよ?」


 チクチクと衣類の修繕をしながら、悠利は言う。手元から時々目を離しても失敗しないのは見事だ。これだって、技能スキルレベルが高いというのもあるが、元の世界で悠利がちまちまやってきた成果である。地道に続けてきたからこその、慣れとか上達とかがちゃんとある。

 それと同じで、膨大な量の習い事を幼少時からしっかりと続けてきたというのは、普通に凄いことだ。遊びたいと思うこともあるだろうに、彼女は今日に至るまで、それらをしっかりと続けてきたのだ。その真面目さ、一生懸命さは、賞賛に値する。少なくとも、悠利はそう思った。


「エリーゼは、何で自分には何も出来ないとか、自分はダメだとか思うの?」

「え?」

「しっかりしてるし、所作は綺麗だし、少し話せば知識も沢山あるのが解るよ。君は凄く素敵な子なのに、どうしてそんなに自分を認められないの?」

「……私、は」


 唇を噛みしめるエリーゼに、悠利は首を傾げた。悠利の目から見て、エリーゼは可愛らしくて努力家の少女だ。育ちの良さを感じさせる上品さと、自分の非を認めることの出来る柔軟さがある。幼い頃から習い事で培った知識や教養は、見事なものだ。

 それなのに彼女は、自分自身の価値を低く見積もっている。何も出来ない小娘だと。


「だから言ってるじゃない、エリーゼ。貴方の育った環境で、私達と同じようになる必要はないって」

「メリッサ、でも、私は」

「エリーゼはエリーゼ。私達は私達。比べる必要はどこにもないのよ」

「……はい」


 言い淀んだエリーゼを宥めるように口を挟んだのはメリッサだった。彼女に諭されて、エリーゼは少しだけ表情を和らげた。それでもまだ、思うところはあるようだったが。

 メリッサの言う環境の違いは、単純に大富豪のご令嬢と庶民というのではない。メリッサとオリバーは孤児院出身者だ。

 この家は、孤児院を卒業した仲間達のうち、まだ生活基盤が完全に整っていない面々が共同生活をしている場所になる。生活費や維持費には、既に独り立ちしている兄弟分達からの援助もあるのだという。自助努力の共同体だ。

 王都にある孤児院は教会の主導で運営され、王家や貴族、裕福な者達が寄附金を援助することで成り立っている。親のいない子供、親が育てられない子供が集められ、成人年齢である18歳まで暮らすことが許される。

 その性質上、卒業と同時に身を立てることが出来るようにと、孤児院では幼い頃から読み書き算術を教える。また、興味のある分野の職人に弟子入りさせたりして、子供達が路頭に迷わないように努めている。それらが比較的上手く回っているからこそ、この国にはスラムのような子供が放置される場所は存在しない。

 大富豪のお嬢様であるエリーゼとは、育った環境があまりにも違う。手に職を付け、己で生きる術を見出さなければ明日の食い扶持も稼げない。生きるために自分が出来ることを探す。そういう環境で、メリッサもオリバーも育った。

 その割に悲壮感がないのは孤児院の運営が上手くいっているからなのだろう。誰かがつまずいたとき、孤児院で共に育った兄弟達が助けてくれる安心感もあるのだという。親のいない彼らだが、だからこそ兄弟を何より大切にするようにと教わって育つのだ。


「それにしても、エリーゼがこんなに早く打ち解けるなんて、貴方凄いわね」

「そうですか?」

「えぇ。やっぱり、年が近いと話しやすいのかしら」

「……」


 にこにこと笑うメリッサと、照れたようにそっぽを向くエリーゼ。その二人を見て、悠利は首をこてんと傾げる。素朴な疑問が口をついた。


「僕、エリーゼよりメリッサさんとの方が年が近いですよ」

「え!?」

「はい!?」

「僕、17歳です」

「「えぇええええええ!?」」

「何もそこまで驚かなくても……」


 二人の勘違いを悠利が訂正した瞬間、二人が声を揃えて絶叫した。悠利の童顔とぽやぽやオーラは今日も健在だった。後、日本人は西洋風世界では幼く見えるのもあるだろう。

 僕別にそこまで子供じゃないですしー、と暢気に呟きながら裁縫に勤しむ悠利。エリーゼは驚愕に目を見開いて、ぽけぽけした悠利を見ている。穴が空くほど見ている。よほど信じられないらしい。

 メリッサの方も同じで、上から下までじっくりと悠利を眺めて、真剣に考え込んでいた。口には出さないが、顔が物凄く現実を疑っている。


「まぁ、ユーリは幼く見えるしなぁ」

「アルシェットさん、お帰りなさい。バルロイさんは?」

「オリバーと一緒に力仕事しとるで。何やあの二人、意気投合したみたいや」

「何となく、雰囲気にてますもんね」

「能天気な感じがな」

「あはははは……」


 ひょっこりと顔を出したのはアルシェット。護衛のお仕事中とはいえ、四六時中べったりくっついていてはエリーゼの負担だろうということで、適当に時間を潰していたのだ。後、護衛として間取りの確認などもしていたらしい。

 その過程で、オリバーとバルロイは仲良くなったらしい。丁度良いからと、力仕事を二人で仲良くやっているそうだ。護衛の仕事はどうしたと言いたいが、気配に聡いバルロイのことだ。何かあればすっ飛んでくるだろう。

 アルシェットもそこは信頼しているのか、バルロイの別行動を別に咎めなかった。彼女にしてみればいつものことなのかもしれない。


「色々と手伝ってもらってすみません」

「いや、気にせんといて。動いてる方が、あいつも気楽やろうし」

「バルロイさん、じっとしてる方が退屈そうですもんね」

「せやねんなぁ……。体力有り余っとるさかい」


 間違いなく、静かに読書とか、デスクワークとかが向いてない人種である。バルロイは身体を動かしている方が生き生きしているし、じっとしているとストレスが溜まるタイプだ。世の中には、動いている方が疲れない人もいるのである。


「貴方は私を褒めてくれましたけど、こうやって皆といると、自分が何も出来ない子供だと痛感しますのよ」

「それは僕もするよ?」

「ウチもするな」

「私もするわねぇ」

「え?」


 神妙な顔で呟いたエリーゼに、悠利達はけろりと言った。ぽかんとするエリーゼに対して、気楽な口調で言葉を続ける。


「何でもかんでも出来るわけじゃないし、自分より凄い人なんていっぱいいるし、失敗したなぁって思うことなんてしょっちゅうだし」

「得手不得手もあるしなぁ。年齢が上がろうが、無理なこともあるし」

「私だって苦手なことだらけよ。だからこそ助け合ってるわけだし」

「ぁ……」


 うんうんと頷き合う悠利達の姿に、エリーゼは小さく声を上げた。そんな風に誰かを頼ること、自分に欠点があると認めること、出来ない自分を許すことは、彼女には思い至らなかったらしい。そんな風に、何もかもを抱え込まなくても良いのだが。


「エリーゼは、どうしてそんなに自信がないの?それが反抗期の原因?」

「は、んこうき、なのでしょうか、私……」

「んー、何となく反抗期かなーって思ったんだけど、違ったらごめんね」

「違わない、と思いますわ」


 悠利の言葉を、エリーゼは否定しなかった。習い事を放棄し、家にいた護衛を拒絶し、一人で街に繰り出してうろうろするのは、彼女なりの反抗期だ。今までの、大人しく親に従って、習い事を黙々とこなしていた良い子からの脱却なのかもしれない。

 その根っこにある原因を、彼女は少しずつ理解していた。ここへ通ううちに、自分の知らなかった世界を知るうちに、色々と思うところがあったのだ、


「私、お父様とお母様に怒られたことがありませんの」

「へ?」

「お忙しくて、幼い頃から夕食の時間ぐらいしか会えないのが普通で、それもお仕事があれば叶わないことが多かったのですけれど」

「……う、うん」

「沢山の習い事をきちんとこなして褒められたことはあるのですけれど、良い子と言われることは多いのですけれど、……叱られたことは、ありませんのよ」

「……」


 それは、叱られるようなことをエリーゼがしていないからでは?と悠利は思ったが、とりあえず黙っておいた。彼女の話を聞くのが大事だと思ったからだ。

 ぽつり、ぽつりとエリーゼは語る。仕事で忙しい両親。祖父母も同じく忙しい。沢山の事業を展開している彼女の家は、裕福ではあったが同時に皆が仕事に追われていた。幼い彼女の周りにいたのは、いつも使用人達だけ。

 親の言いつけに従い、それが自分の成すべきこととエリーゼは習い事に勤しんだ。一人娘である彼女は、いずれ家の事業を受け継ぐ。両親に恥じない、相応しい跡継ぎになれるように、と。

 ……ちなみにこの国では、男女問わずに家の継承権は存在する。どちらかというと、長子相続に拘る家系の方が多いかもしれない。中には、血筋が確実だという理由で、女系を貫く家もある。

 閑話休題。

 とにかく、エリーゼはひたすらに真面目に努力し続けてきた。忙しい両親を煩わせることのないように、彼らに恥じない娘であるように、と。そんな生活が十年ほど続いての、今がある。


「ある日、思いましたのよ。お父様やお母様に必要なのは優秀な跡継ぎで、私ではないのかもしれない、と」

「エリーゼ?」

「何をしても怒られませんの。我が儘を言っても、文句を言っても、あげく習い事をすっぽかしても。護衛を撒いて外へ出ても、何一つ、怒られませんでしたわ」

「……そう、なんだ」


 エリーゼはぎゅっと唇を噛みしめている。彼女は怒られたかったのかなぁ、と悠利は思った。普通は褒められたいと願うのではないかと思うが、怒られたいと思う人もいる。叱ってくれるのは、きちんと自分を見てくれている証になるからだ。

 何をしても、何を言っても、両親から自分への関心を引き出せた気がしなかったのだろう。だからエリーゼは、意地になっている。幸いだったのは、意地になった彼女が逃げ込んだ先がここだったことだ。メリッサもオリバーも、他の住人も善良だったので。

 うーん、と悠利は小さく唸った。バルロイやアルシェットから聞いた彼女の親の雰囲気では、子供に関心がないようには思わなかった。娘に無関心で、形だけ取り繕って護衛を付けるような親ならば、二人がもう少し別の反応をしたと思うのだ。

 ただ、それはあくまでも悠利の考えだし、実際に彼女の両親を知らなければ、どんなやりとりをしたかも知らない。迂闊に口は挟めない。

 なので、悠利が口にしたのは至極普通のことだった。


「それ、ちゃんとご両親に言ったの?」

「え?」

「いやだから、何で怒らないのかとか、自分はどうして欲しいとか、ちゃんと伝えた、エリーゼ?」

「どういう意味、ですの?」

「あのね、大人も完璧じゃないから。親だって完璧じゃないよ。子供のことを愛していても、子供が本当にしてほしいことがちゃんと解ってない親だって、いっぱいいるよ。良かれと思って逆のことをしてるとかも」


 悠利の言葉に、アルシェットとメリッサはうんうんと頷いている。親だから、大人だから、子供の言いたいことを全部理解できるなんて迷信だ。

 そしてまた、子供の方にも責任はある。子供である前に一人の人間だ。思っていることは口にしなければ、伝わらない。そもそも、言葉にしたところで完璧に伝わるとは限らないのだから。


「エリーゼが抱えてる思い、全部ちゃんと伝えてからだよ。伝えて、それでもご両親が君の思いを解ってくれないなら、そのときは怒って良いと思うけど」

「……伝える」

「話し合いって大事だよねぇ。何かお互いに勘違いしててすれ違うとか、よくあることだし」


 困惑しているエリーゼに、悠利は一人満足そうに頷いている。使用人に囲まれて育ったお嬢様であるエリーゼには、コミュニケーションが足りていないのではと思ったのだ。何せ、使用人達は主であるエリーゼの顔色をうかがい、先回りして生きてくれる。何も言わずとも察してくれるのだ。

 親子の間で発生するこのすれ違い、どちらも悪くないパターンも往々にしてある。子供は親が何故解ってくれないのか理解できず、自分は愛されていないのだと思う。親の方は、子供を理解して愛を込めて接しているつもりなので、子供の鬱屈に気付かない。何となくだが、エリーゼの事情もそれのような気が悠利にはした。


「ねぇ、エリーゼ」

「何かしら、メリッサ」

「一度、きちんと話し合ってみたら?側にいるのだから、話し合うのも大切よ」

「……ぁ」


 親のいない環境で育ったメリッサの言葉には、重みがあった。彼女は決してそんな風には言っていないだろうが、受け止める側のエリーゼには重いものだった。だからエリーゼは、困ったように視線を彷徨わせた後、こくりと頷いた。

 とりあえず丸く収まりそうだなーと思った悠利は、にこにこしていた。話し合いの結果がどうなるかは知らない。けれど、一歩前進したような気がするのだ。

 アルシェットも同感だったのだろう。良い感じにアシストをした悠利の頭を、ぽんぽんと撫でてくれた。……小柄なアルシェットなので、ちょっと背伸びをする感じになっているのはご愛敬だ。


「アルシェットさん的には、大丈夫だと思います?」

「大丈夫やと思ってる」

「なら、良かったです」


 エリーゼに聞こえないようにこそこそと言葉を交わし、悠利とアルシェットは小さく笑った。何となく密談のような気分でちょっと面白いと思うのだった。




 その後、張り切りまくったルークスが家中をぴかぴかに掃除し終わる頃、そろそろ家に戻った方が良いだろうとエリーゼが帰路についた。流れで悠利も一緒に行動している。

 何やかんやで親しくなったので、エリーゼと悠利、ルークスは並んで歩いている。護衛のバルロイとアルシェットは、来たときと同じように距離を取っていた。エリーゼを気遣ってのことらしい。

 エリーゼを家まで送り届ければ、悠利もアジトに戻る。そんなのんびりとした帰路で異変が起こったのは、人通りの多い通りにさしかかったときだった。


「それじゃあ、家に戻ったらご両親に話をしてみるんだね?」

「えぇ。いつまでも拗ねていては、子供みたいですものね」

「いや、僕らまだ子供だけどね」


 並んで歩き、談笑をする悠利とエリーゼ。13歳は立派に子供だと思うよと律儀にツッコミを入れる悠利に、エリーゼはころころと笑った。そうやって笑うと、とても愛らしい。

 そのとき、不意に何かが悠利の視界を掠めた。何だろうと思う間もなく、それが伸びてきた人の腕で、エリーゼの身体を掴んだのが見えた。同時に、警戒色であるが広がる。


「きゃあ……!」

「エリーゼ!」


 太い腕に捕まったエリーゼの身体が、悠利の側から離される。マズいと名を呼んで手を伸ばすが、届かない。悠利に対する悪意ではなかったので反応が遅れたルークスが、慌てたように小さく跳ねる。

 このままではエリーゼが危ないと思った瞬間、一陣の風が吹き抜けた。……ように、悠利には思えた。実際、風がぶわっと舞い上がったような感じだった。何かが、凄い速さで傍らを通り抜けたのだ。

 次いで、どごっという物騒な音と、何かの倒れる音が響く。驚愕に目を見開く悠利の視界には、エリーゼを捕らえていた男を蹴った後にそのまま踏みつけているバルロイと、彼の腕に抱えられているエリーゼの姿。先ほど通り抜けたのは、バルロイだった。

 ぽかんとしている悠利の耳に、低く落ち着いた声が届いた。


「アル、ルークス、二人を頼む」

「どないした?」

「他にも仲間がいる。とりあえず捕まえてくる」

「解った」


 駆けつけたアルシェットにエリーゼを託し、悠利の足元で臨戦態勢を整えたルークスに声をかけ、バルロイは人混みを飛び越えていった。こちらへ視線を寄越したときの表情は、普段の彼とは打って変わってキリリとした、静かな闘志を称えたものだった。

 バルロイが念入りに踏みつけていた男は、完全に気絶している。ルークスはそれを確認した上で、ぐるりと伸ばした身体の一部を巻き付けて拘束している。衝撃からまだ立ち直れていないエリーゼは、アルシェットが抱き締めて宥めていた。

 そんなアルシェットに、悠利は震える声で問いかけた。問いかけてしまった。


「アルシェットさん、アレ、誰ですか」

「ウチの相棒」

「別人が憑依してるとかじゃないんですか!?表情も声音も、全然違うんですけど!」

「戦闘時限定の、当社比五割増しぐらいで男前なバルロイや。見れて良かったな」

「五割増しどころじゃないですよね!?八割増しぐらいじゃないですか!?」

「……アンタ、何気に酷いな」


 魂の叫びとでも言いたげな感じに叫んだ悠利に、アルシェットは呆れた顔をした。なお、悠利に悪意はない。ただ、純粋に物凄く驚いただけである。

 驚くと同時に、理解した。これが、皆が言っていた「戦闘時限定の格好良いバルロイ」なのだと。

 これなら確かに、助けたお嬢さんに一目惚れされるのも解る。戦闘のときは頼りになると皆が口を揃えるのも解る。普段の、お肉大好きお兄さんとは思えないほどの豹変だ。どこかにスイッチでも付いているのかと思うほどに。


「あのアホのことはどうでもえぇやろ。とりあえず、お嬢さんに怪我がなくて良かったわ」

「あ、そうですね。……ところで、目的は誘拐ですかね?」

「せやろなぁ。裕福な家は、狙われるさかい」

「理不尽ですねぇ……」


 目の前で誘拐未遂があった割に、二人ともあっけらかんとしていた。あくまでも未遂だったことが大きい。バルロイが今、仲間をとっ捕まえに言っているのもある。

 あと、悠利としては、以前に武器を持った男達に追われたことが影響している。あのときの方が差し迫った命の危険だった。それを思えば、まだちょっとマシな気がしたのだ。

 なお、別にマシではないし、これも十分ダメな案件である。


「エリーゼ、大丈夫?痛いところとかない?」

「痛みは、ありません、けど」

「けど?」

「こ、こわ、こわか……ッ」

「あぁ、せやな。怖かったな。もう大丈夫や」


 じわりと涙を滲ませて訴えるエリーゼを、アルシェットは抱き締める。体格の変わらない彼女なので、ハグみたいなものだが気にしてはいけない。エリーゼはアルシェットの温もりに安堵したのか、しゃくり上げながら泣いていた。

 周囲の人々がざわざわしているが、そんなことは気にしない。大事なのは、こっちである。

 そうこうしていると、バルロイがぶんぶんと片手を振って戻ってきた。逆の手には、どこに持っていたのか縄でまとめて括った数人の男達を引きずっている。ずりずりと男達を引きずりながら歩いてくるバルロイの表情は、もういつものそれだった。


「アルー、確認した範囲は全部捕まえてきたぞー!」

「大声出すなや。ほな、衛兵のとこに突き出そか」

「おー」


 褒めて褒めてと言いたげなノリで戻ってくるバルロイ。尻尾をぶんぶんと振っている。獲物を捕まえた犬ってこういう反応するよねぇと遠い目をする悠利。さっきの格好良いお兄さんはもういなかった。実に儚い命である。

 引きずってきた男達を、バルロイはルークスに引き渡す。出来るスライムは心得ているので、最初の男と一緒に全員まとめて縛り上げた。そしてそのまま、少しだけ地面から浮かせておく。引きずらずに運ぶのもお手の物だ。


「あ、そうだユーリ」

「はい?」

「他に仲間がいないか、鑑定で確認してみてくれないか?こう、危ない反応のやつがいるかどうか、みたいな」

「解りました」


 バルロイに言われて、悠利はくるりと周囲を見渡す。【神の瞳】さんは万能なので、基本的に自動判定でヤバい奴を教えてくれる凄い技能スキルである。凄いというか、もう完全に壊れ性能だ。

 周囲を満遍なく見渡したが、特に反応はなかった。赤判定が出ているのは、ルークスが捕まえている男達だけのようだ。


「そこの人たち以外は、特に赤くないです」

「そうか。よーし、それならさっさと衛兵のところに行こうー」


 能天気なバルロイの言葉に、悠利はあははと笑った。先ほどまで大捕物を繰り広げた人物とは思えない。あっけらかんとしたバルロイの姿だ。


「ユーリ、ルークス、悪いけどこいつら突き出すまで付き合ってもろてえぇか?」

「大丈夫ですよ。ね、ルーちゃん?」

「キュピ!」


 エリーゼを守るのは反応が遅れたので失敗したルークスは、誘拐犯の護送を任されて張り切っていた。悠利の問いかけに、キリッとした瞳で答える程度には、やる気満々だ。

 愛らしいスライムが、複数の男達を伸ばした身体の一部で縛り上げているという、大変シュールな構図を無視すれば、実に微笑ましい。周囲が変なものを見る顔をしているが、気にしてはいけない。

 また、その一部が悠利とルークスの姿を両方確認して、何故か納得したように頷いているのも気にしてはいけない。そう、全ては今更なのだ。

 悠利は気にしていないので、アルシェットに抱き締められたままのエリーゼの手をそっと握る。少女の手は恐怖と緊張から冷えていた。


「エリーゼ、大丈夫だよ。怖い人からは、バルロイさん達が守ってくれるからね」

「……っ、ユーリ」

「一緒に詰め所までついて行くよ。それで、二人が説明とかしてる間は、一緒に待っててあげるから」

「……ありがとう」

「どういたしまして」


 今日出会ったばかりなのにどうしてと言いたげなエリーゼに、悠利は何も言わなかった。知り合ったばかりであろうが何だろうが、友達は友達だ。ましてや、怯えて泣いている女の子を残して家に帰れるほど、悠利は薄情ではない。

 詳しい説明や各所への連絡などは、大人に任せれば良い。なので悠利は、自分とルークスはエリーゼの気持ちを落ち着かせるために側にいれば良いよね、と思っていた。

 衛兵の詰め所への道すがら、悠利とアルシェットはエリーゼと手を繋いで歩いた。そんなことで彼女の不安が拭えるならば、何の負担でもなかったので。

 その後、衛兵に誘拐犯を引き渡し、エリーゼの実家へと連絡を入れ、諸々の手続きはアルシェットが主体となって進められた。悠利はエリーゼとのんびり待合室で過ごしただけだ。ただ、血相を変えて飛び込んできたエリーゼの両親が、娘の無事を心から喜んでいる姿を見られて良かったなぁと思った。

 両親に心配されていると気付いたエリーゼなら、きちんと胸の内を話せるだろう。そうして親子の間のわだかまりがなくなれば良いなぁと思う悠利だった。




 なお、後日エリーゼからは両親と和解できたという報告があり、悠利達は胸をなで下ろすのでした。




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