護衛のお仕事はまったりで?


 放っておくと家事をやりすぎて根を詰める悠利ゆうりには、定期的に休暇が与えられている。今日もそんな日だったので、悠利はルークスを伴ってお買い物を楽しんでいた。特に何を買うというわけではないのだが、のんびりと色んな店を覗くのは楽しいのだ。

 そんな風に休日を堪能していた悠利は、知り合いを見かけてぱちくりと瞬きを繰り返した。別に、知り合いがいることは問題ではない。問題は、彼らの行動が少しばかり変だったからだ。


「……バルロイさんとアルシェットさん、だよねぇ?」

「キュー?」

「何で二人とも、あんな変な速度で歩いてるんだろう……」


 悠利とルークスの視線の先にいるのは、間違いなくバルロイとアルシェットだ。そもそも、二人並んでいる彼らを見間違えるのは難しい。どちらか片方だけならば良く似た背格好の他人という可能性もあるが、あんなにも目立つ凸凹コンビのそっくりさんがいるとは思えなかった。

 そのバルロイとアルシェットであるが、悠利が口にしたように不思議な速度で歩いていた。少し歩いては立ち止まり、また歩いては立ち止まる。不規則で、変な速度だった。まるで、自分達のペースで歩いていないようにすら見える。

 何をやっているのか気になったので、悠利とルークスは二人の背中を追いかけた。そこそこ距離があったが、二人は時々立ち止まるので難なく追いつくことが出来た。

 二人に声が届く距離になったので悠利が口を開こうとした瞬間、くるりとバルロイが振り返った。


「ユーリ、どうした?」

「へ!?」

「追いかけてきてただろ?どうかしたか?」

「……き、気付いてたんですか」

「そりゃ気付くぞー」


 はははと豪快に笑うバルロイに、悠利は乾いた笑いを浮かべた。追いかける最中、特に声を上げてはいない。足音もそんなに立ててはいない。それなのに呼びかける前に振り返られるというのは、なかなかに衝撃的な経験だった。

 そんなバルロイと悠利のやりとりに、アルシェットはちょっとだけ驚いた顔をしていた。冒険者だから気配に聡いというよりは、バルロイが狼獣人だから気配に聡いということなのだろう。有能だなぁと悠利は思った。


「ユーリやないか。どないしたんや?」

「お二人の姿が見えたので、ちょっと気になって。さっきから立ち止まったり歩いたりを繰り返してましたけど、何でです?」

「あー、仕事中やから、やな」

「仕事中?」

「あそこや」


 首を傾げる悠利に、アルシェットは眼前を示した。そこには、真剣な顔で露店で商品を選んでいる一人の少女がいた。彼らとの間には距離はそこそこあって、姿は見えるが声は聞こえないぐらいの位置関係だ。

 仕事?と小さく反芻した悠利は、そこで思い出した。彼らが今、何で王都にいるのかを。バルロイの実家経由で回された護衛の仕事をしていると言っていたことを、思い出したのだ。


「つまり、あちらのお嬢さんが護衛対象ってことですか?」

「そうだ」

「外出中のお嬢様の護衛が、ウチらの仕事や」

「……その割に、距離が遠いというか、認識されてない気がするんですけど」

「その方がお嬢さんも落ち着くかなーと思って」

「バルロイさん?」


 アルシェットの質問に悠利が疑問を口にすれば、答えたのはバルロイだった。きょとんとする悠利に、バルロイはいつも通りの気の良い兄ちゃんといった笑みを見せる。


「護衛だからって、四六時中側にいられたら息が詰まるだろ?だからとりあえず、何かあったときに護れる距離を保ってれば、べったりじゃなくて良いだろうってことになった」

「まぁ、それが出来るんはこいつだけやねんけどな」

「これぐらいの距離なら一瞬で詰められるからなー」

「わー、バルロイさんすごーい」

「キュー」


 バルロイの説明にアルシェットが真理をズバッと付け加えた。狼獣人ならではの身体能力を生かした布陣らしい。確かに、バルロイの身体能力の高さならば出来そうだ。

 パチパチと手を叩いて褒める悠利の足元で、ルークスも同じような仕草をして褒めていた。というか、目をキラキラさせていた。尊敬の眼差しと言っても過言ではない。


「ん?どうした、ルークス。目がキラキラしてるぞ」

「キュキュー!」

「んー?ユーリ、何か言いたいみたいだけど、俺には全然解らない」

「僕にも全部は解らないです」

「そうか。困ったな。今度アロールに通訳してもらおうな」

「キュピ!」


 ぽよんぽよんと跳ねて何かを訴えているルークスだったが、残念ながらこの場には彼の言いたいことをきちんと理解できる者はいなかった。ごめんなとルークスの頭を撫でるバルロイ。悠利もごめんねと謝っていた。

 とはいえ、言いたいことが全部は通じないことはルークスも解っているので、特に気分を害した風ではなかった。大丈夫と言いたげに軽快に跳ねて、笑っている。今日も愛らしいスライムである。


「ところで、彼女、良い家のお嬢さんだと思うんですけど、一人でお買い物なんですか?」

「一人でお買い物だな。最近、一人でお買い物できるようになったみたいだ」

「はい?」


 バルロイの言葉に、悠利はきょとんとした。何を言われているのかよく解らなかったのだ。目の前の少女は、年齢で言うならヤックと同い年、つまりは12,3歳ぐらいに見える。この世界の子供達は逞しいので、お使いぐらいもっと幼くてもやってのける。なので、バルロイの言っていることがよく解らないのだ。

 そんな悠利の肩をポンポンと叩いて、アルシェットが静かに告げた。


「ユーリ、育ちの良いお嬢さんはそもそも、自分で現金を持たへん」

「え」

「家に商人を呼ぶか、家に請求が行く店で買うかや。こんな風に往来の露店で、現金で買い物をするんは、珍しいんやで」

「……わー。わー。あのお嬢さん、すっごいお嬢様なんですねー」


 おーと感心しきりで呟く悠利。まるで、漫画やドラマに出てくるお嬢様みたいだとうきうきしていた。……何せ、悠利の周りには庶民しかいないので、そんな上流階級のあるある話は出てこないのだ。

 いや、ウルグスは立派にお坊ちゃまなのだが。当人が普通に庶民の生活に馴染んでいるし、普段の彼はどう見てもただのガキ大将なので、皆がついうっかり忘れてしまうのだ。


「最初は値段を全然解ってないみたいだったもんなぁ」

「流石に、割り込んで口挟んだ方がえぇかと思ったな、あのときは」

「まぁ、おかげで友達に出会えたみたいだけど」

「せやな」

「友達?」


 のんびりとお嬢さんの背中を追いかけながら、悠利は二人に問いかけた。屋台で買った商品を嬉しそうに手にした魔法鞄マジックバッグに入れているお嬢さんの姿が、妙に微笑ましい。大量に買っているが、自分の分でないのなら納得もいく。


「彼女はお友達のところへ向かってるんですか?」

「そうだぞ。ここのところ、昼間はずっとだな」

「習い事は全部すっぽかしてるんやけどな。まぁ、ご両親がそれでえぇて言うてるから、構わへんねんけど」

「アレ?習い事すっぽかしても、ご両親は怒らないんですか?」

「「全然怒らない」」


 綺麗にハモった二人だった。それもどうなんだろう?と悠利は首を傾げる。良い家のお嬢さんならば、その習い事も多分何らかの意味があるはずだ。それをすっぽかしても怒らない親というのが、よく解らない。

 うーんと悠利が唸っていると、いつの間にかバルロイが手に串焼きを数本持っていた。タレの匂いが美味しそうに漂ってくるお肉の串焼きだ。

 この辺りは食べ物の屋台が多い場所で、観光客や地元の人々がちょこちょこ購入しては腹を満たしている。悠利もたまに食べ歩きをするのだが、バルロイもその例に漏れなかったらしい。


「アル、串焼き買ってきた」

「……今の一瞬で買い食いに走るな」

「ちゃんと彼女の姿は視界に入れてるから問題ないぞ」

「さよか」

「ほら、アルの分。ユーリも食べるか?」

「いただきまーす」

「……アンタも、食べるの好きやな」

「美味しいものは大好きですよ」


 バルロイに手渡された串焼きを素直に受け取って、悠利はいただきますと呟いてからかぷっと加える。表面を強火で焼いて焦げ目を付けた後、じっくり火を通したらしい肉は簡単に噛み切れた。濃いめのタレと肉の脂があいまって実に美味しい。

 焼き鳥とは違って長方形に切られた肉なのだが、焼き方が上手なのかとても食べやすい。切り込みが入れてあり、その溝にタレが絡まっているのが何とも言えず見事だ。どこを食べてもタレの味がするので、ありがたい。

 ジューシーなお肉なので、あまり沢山は食べられないが、確かに美味しかった。一本をじっくり食べている悠利と、同じように一本をゆっくり食べているアルシェット。食べ歩きの醍醐味みたいな感じになっている。

 なお、その二人の隣でバルロイは、ひょいひょいと串焼き肉を食べていた。まるで呑み込んでいるのではないかという勢いで、肉が消える。満足そうに笑うバルロイの手には、空っぽになった串が5本近く握られていた。早業すぎる。


「キュー」

「あ、ルーちゃん、ゴミ引き取ってくれるの?ありがとう」

「キュピ」


 これは自分の仕事だと言いたげに、悠利達が食べ終わった串を処理するルークス。慣れたもので悠利は気にしないが、バルロイとアルシェットは目を丸くしていた。彼らはゴミ処理をするルークスとあまり遭遇していないのだ。


「ゴミは全部ルークスが食べてくれるのか?」

「キュ」

「何でも?」

「キュイ」

「凄いなぁ……!旅のお供に欲しい」

「こら」


 任せろと言いたげに串を処理するルークスを見て、バルロイが最後に本音を零した。素で口にしたらしい相棒の背中を、アルシェットはぺしりと叩いておいた。そんな、便利道具みたいな扱いをするんじゃないと言いたげに。

 とはいえ、ルークスがお役立ちなのは事実だ。以前、悠利が温泉都市イエルガに皆と一緒に出かけたときも、帰路の野営で大活躍だった。具体的には、食器の洗浄とか。

 ……え?従魔の使いかとして間違ってる?ハイスペックなスライムなのに扱いが変?今更なので言わないでください。後、当人が皆の役に立てると喜んでいるので。


「ところで、食べておいてなんですけど、お二人って今仕事中ですよね?」

「仕事中だな」

「せやな」

「買い食いしてて良いんですか……?」


 素朴な疑問だった。護衛のお仕事中だというのに、バルロイは今度は小振りのパンを二袋買っていた。一つは悠利達に差し出して、一つは自分が食べている。

 表面にザラメが散っているパンは、小振りなのもあいまっておやつとして食べるのに向いていた。外はカリッと、中はもっちりで、食感も楽しい。美味しいのは事実だし、悠利もありがたくご相伴にあずかっている。

 しかし、重ねて言うが彼らは今、護衛のお仕事中である。勿論、護衛対象であるお嬢さんの姿を見失うこともなく、あちこちの露店で買い物をする彼女をのんびりと追ってはいるのだが。

 少なくとも、悠利のイメージする護衛とは全然違った。どう考えてもぶらり食い倒れツアーみたいになっている。バルロイがチョイスした露店の食べ物は、基本的にどれも美味しいけれど。


「仕事はちゃんとしてるぞ?」

「いえ、そうかもしれないですけど」

「良いか、ユーリ」

「何でしょうか」

「腹が減っていざというとき動けないとダメだろう?」

「……まぁ、それは、そうですけど」


 大真面目な顔で言うバルロイに、悠利は一理あるのは認めた。認めたが、バルロイの隣でアルシェットが首を左右に振っているのが気になった。飼い主さんは異論があるらしい。


「アルシェットさん、どうかしました?」

「屋敷出てくる前にも大量に食べてたんや。別に今、空腹で死にそうなわけやない」

「違うぞ、アル。屋台の美味そうなものを見たら腹が減るんだ」

「アンタは……」


 アルシェットの意見に、バルロイは悪びれもせずに言いきった。いや、言いたいことは有利にも解るのだ。出来たてを提供する屋台の料理は、匂いやら音やらでこちらの胃袋を刺激する。満腹だったとしても、隙間をこじ開けてしまうような魔力があるのだ。

 食欲に忠実すぎる相棒に、アルシェットはがっくりと肩を落とした。これで護衛の仕事がきっちり出来ているのだから、怒りきれないのだろう。仕事はきちんとするのがバルロイなので。


「おっ、買い物が終わったみたいだな」

「ほな、友達のところへ直行か」

「だろうなー」


 目当ての商品を買い込んだのか、満足そうに笑うお嬢さんの横顔が見えた。そのまま彼女は、妙に軽やかな足取りで歩き出す。友達のところへ行けるのが、とても嬉しいと言いたげに。

 何となくバルロイとアルシェットにくっついて彼女の背中を追いかけながら、悠利はふしぎに思った。この辺りの露店は様々なものを売っているし、悠利もお世話になる。だが、決して上流階級向けの品々ではない。

 先ほどの串焼きやパンにしてもそうだ。庶民や観光客が食べるようなものであって、良い家のお嬢さんが嬉々として買い込むものではない。友達の家に向かうというのに、手土産が随分と庶民的だなぁと思ったのである。

 その疑問は、彼女が向かった先で晴れた。嬉しそうにお嬢さんが向かったのは、庶民が暮らす居住区画の一画だった。清潔に保たれてはいるが築年数はそれなりに経っているだろう家の前で、立ち止まる。

 玄関の前、呼び鈴を押す前に自分の姿を確認するところは、良家のお嬢様らしかった。駆け足で歩いたせいで少し裾の乱れたスカートを直し、手櫛で髪を整えてから、呼び鈴を鳴らす。

 玄関扉を開けてお嬢さんを出迎えたのは、成人の男女だった。どことはなしにのんびりとした雰囲気の青年と、彼とは正反対にしっかり者といった雰囲気の女性だ。どちらも身につけているのはごく普通の庶民の服で、良家のお嬢さんと並ぶと一歩間違えたら使用人に見える。

 けれど、彼女を出迎える彼らの表情は友愛の情に満ちていて、仲良しなんだなぁと悠利は思った。どういう知り合いなのかは解らないが、少なくとも金銭目当ての何かではないことだけは判別できた。


「アレが、彼女のお友達ですか?」

「せや。買い物で困ってたところを助けられてから、仲良くなってな。最近はもっぱらここに入り浸っとる」

「彼らが喜んでくれそうな手土産を露店で選ぶのも、日課になってるよなー」

「家で用意したら高級品ばっかりになってまうって気付いてからは、自分で選んではるんよなぁ。可愛らしいわ」

「へー。そうなんですねー」


 少し距離を取っているので、こちらの会話はあちらには聞こえない。あちらの会話も、少なくとも悠利とアルシェットには聞こえていない。バルロイとルークスがどうかは解らないが。

 彼女が屋内に入ってしまったら、護衛の二人はどうするんだろう?と悠利は思った。見える範囲ならば距離を取っていても良いが、見えない場合はどうするのか、と。

 そんなことを考えていると、家の中に三人の姿が消えるのを待ってから、二人は家の敷地へと移動する。慣れていた。


「外から護衛してるんですか?」

「俺達がいるのは解ってるから、大丈夫だろってことで」

「せっかく友達と遊んでるんや。邪魔したったら可哀想やろ」


 ご両親もそういう方針やしな、とアルシェットが付け加えた一言に、悠利は首を傾げた。習い事をすっぽかして友達のところに遊びに出掛ける娘を、咎めもしないご両親のお考えはよく解らない。

 解らないが、アルシェットの口振りからして、そこに悪感情はないのだろうなと判断した。アルシェットもバルロイも、仕事は仕事して割り切るとしても、悪意を平然と流せるタイプではない。特にバルロイはすぐに顔に出るので、その彼がのんびりしていると言うことは、何らかの理由があるのだろう。

 その辺は悠利には特に関係のないことなので、まぁ良いかと思うことにした。気にしても仕方ない。


「それじゃあ、お二人は彼女が出てくるまでここで待機なんですね?」

「あぁ、そうなる」

「そういうわけや。退屈やろうし、ここらで別れよか」

「そうですね。お邪魔をするのも何です、し……?」


 仕事中の二人の邪魔をしてはいけないのでお暇しようと思った悠利は、そこで語尾を変な感じに途切れさせた。バルロイとアルシェットが訝しげな顔で悠利を見る。しかし悠利は、二人を見ていなかった。

 悠利の視線の先は、家の窓だ。おそらくは今、お嬢さんが過ごしているだろう部屋の窓である。そんなものを見て何をしているんだと言いかけた二人は、目を点にした。

 そこには、彼らの予想を裏切る光景が広がっていた。


「ルーちゃん!そこは余所様のお家だから、お掃除しなくて良いよ……!」

「キューピー」

「綺麗にしてあげようとかじゃなくてー!勝手に余所のお家の窓を磨こうとしちゃダメー!」

「「……ルークス」」


 窓の汚れが気になったのか、よじよじと壁を登ったルークスが窓にぺたりと張り付いている。出来るスライムは、そのまま窓の上を這うようにしてお掃除を始めていた。

 当然ながら、突然窓にスライムが張り付いて部屋の中は大騒ぎだ。頭に可愛らしい王冠を付け、そこに従魔タグがあるとはいえ、そんなのは初見では気づけない。

 そもそも、部屋の中から見えるのは窓を這っている部分である。王冠があるのは見えるかもしれないが、従魔タグまで認識できているかは怪しい。

 悠利が必死に止めるが、ルークスはご機嫌で窓掃除をしていた。……ちなみに、ルークスは完全に善意で行動している。この家はバルロイとアルシェットが護衛をしているお嬢さんが懇意にしている人たちの家だという認識から、それならお手伝いで綺麗にしようと考えたのだ。

 ルークスの身内判定は時々ガバガバなので、知り合いの知り合いとかでも身内に加えて、お掃除対象にしてしまうことがある。職人さん達の作業場とか、知り合いの働く店とかは、基本的に全部お掃除対象の身内の場所である。今回もそれが発動したらしい。


「ルーちゃん、とりあえず一度戻って!中の人たちが驚いてるから……!」

「キュウ?」


 悠利の叫びに、ルークスは「何が?」と言いたげな視線を向けた。お仕事をしているだけのつもりなので、部屋の中の大騒ぎをまったく認識していないのだ。その辺りは、やはり魔物だ。感性が違いすぎた。

 次の瞬間、勢いよく窓が開いた。室内にいた青年が、突如現れたスライムを排除しようと動いたのだろう。窓から身を乗り出して、手にした棒でルークスを叩こうとする。


「はいはい、悪いが攻撃はしないでくれ。良いスライムだから」

「アンタは、お嬢の……」

「うん、エリーゼお嬢さんの護衛のバルロイ。こいつは俺の知り合いの従魔でルークス。ルークス、ちょっと大人しくしてろー」

「キュー……」

「バルロイさん、ナイスです……」


 青年がルークスを攻撃するよりも早く、バルロイが間に割って入る。棒を片手で押さえるようにして受け止め、逆の手でルークスを小脇に抱えていた。目にもとまらぬ早業だ。

 確保されたルークスは、そこでやっと何か自分がやらかしたらしいと気付いたようだ。バルロイに荷物のように抱えられた状態で、悲しそうに泣いている。しょんぼりスライムに、悠利が慌ててルークスを慰めにかかる。


「ルーちゃん、お掃除してあげようって気持ちが悪いわけじゃないんだよ?ただね、個々の人たちはルーちゃんを知らないから、いきなり窓にスライムが張り付いてたら驚くんだよ」

「キュピ……?」

「驚くんだよ、ルーちゃん」

「……キュウ」


 悠利の訴えに、ルークスは「何で?」という目をした。けれど、重ねて言い聞かされて、とりあえずは納得したらしい。攻撃を加えるわけでもないのに、何で驚かれるのかルークスには解らないらしい。

 ルークスを悠利に任せて大丈夫だと判断したバルロイは、ひょいっと悠利にルークスを手渡してくる。可愛い従魔をしっかり受け取って、抱えた悠利は困った顔で室内の面々を見た。

 バルロイから解放された棒を手に、訝しげな顔で悠利達を見ている青年。驚きに目を見張っているお嬢さん。そのお嬢さんを庇うように立っている女性。明らかに警戒態勢だった。ごめんなさいと心の中で悠利は謝った。

 驚かせるつもりなど、なかった。事の経緯を確かめたので、悠利は静かに立ち去るつもりだったのだ。まさかルークスが善意で暴走するなんて誰が思うのか。お掃除大好きスライムの、誰かに喜んで貰いたいという発想を舐めていた。


「バルロイさん、そのスライムは何なのですか?」

「俺の知り合いのユーリの従魔」

「何故そのスライムが、窓に張り付いていたのです」

「窓の汚れを綺麗にしてあげようと思ったらしい」

「ふざけていらっしゃいますの!?」


 目の据わったお嬢さんの問いかけに、バルロイは端的に返答する。素直に、率直に、実に解りやすい説明だった。だがしかし、お嬢さんは怒った。そんなことがあるわけないだろうと言いたげに。

 双方の名誉のために告げておくと、どちらも悪くない。ルークスが規格外なだけだ。普通のスライムは、地面をうろうろして自分に必要な栄養を吸収することはあるが、自発的にお掃除などしない。自動掃除機のようにお掃除をするルークスが変なのだ。

 アルシェットも間に入り、バルロイは嘘を吐いていないこと、本当にルークスが掃除をしようと思って動いただけであることを必死に伝えている。脳筋のバルロイだけでなく、話の通じるアルシェットまで同じことを言うので、お嬢さんは驚きに目を見張っていた。現実は無情である。

 とはいえ、まだ信じられないという顔をしているお嬢さん。確かにそうだ。スライムが自発的に掃除をすると言われても意味が解らないし、従魔にそんなことをさせていると言われたらもっと解らない。彼女の常識に照らし合わせたら、理解不能なことこの上ないのだ。

 それは青年も同じらしく、物凄く胡乱げな顔で悠利達を見ていた。バルロイやアルシェットにはそういう視線を向けていないので、彼にとって不審なのは悠利とルークスだけなのだろう。悠利は困ったように笑っていた。

 そんな中で、女性がハッとしたように悠利の顔を見た。次いでルークスの姿を確認した。上から下まで主従を確認した女性は、確信を持って口を開く。


「貴方、目利きの少年ね!」

「「はい?」」


 ナニソレと皆が思った。しかし、女性は一人で納得していた。何だ、そうだったのとでも言い出しかねない顔だ。突然のことに、悠利は首を傾げる。

 そもそも、目利きの少年とは何ぞや、である。

 ただ、若干心当たりはある悠利達三人だった。悠利が買い物をするときに鑑定を使って目利きをしているのは、それなりに知られている。お店の人たちには、「ちっこいのに見事な目利きだ」などと褒められているぐらいだ。

 だからつまり、この女性の言いたいのもそういうことなのだろう。多分。


「メリッサ、目利きの少年って何だよ」

「オリバー知らないの?市場で大人気の、凄い目利きの少年よ。その店の良い商品を買っていくって評判だし、この子が買う商品が置いてある店は良い商品が置いてあるって評判なんだから」


 青年の問いかけに、女性はさらりと答えた。何だそれと青年が変な顔をしているが、悠利としても聞き流せない話題が出ていた。寝耳に水だ。


「え?それは初耳なんですけど」

「貴方が選ぶ食材は美味しいって評判よ」

「わぁ……」


 まさかそんなことになっているとは思わなかった悠利である。確かに、食材を買うときにはいつもきちんと【神の瞳】さんで鑑定している。そうすることで、より美味しい食材を探しているのは事実だ。しかし、それが他の人の指標になっているなんて思いもしなかったのだ。

 知らない間に変な方向に有名人になっていた事実に、ちょっと頭を抱える悠利だった。当人は平凡にのんびりと生活しているつもりなので、こういう扱いには慣れていないのだ。


「それじゃあ、その子が噂のスライムなのね。うーん、よく見ると可愛い目をしているわ」

「メリッサ」

「何よ、オリバー」

「馴染むのが早い」

「だって、目利きの少年が連れてるスライムは、賢くてお役立ちだって評判だから」

「何だそれ……」

「「流石ユーリ……」」

「これ、僕なんです?ルーちゃんの方じゃないです?」


 窓から身を乗り出して、つんつんとルークスを突く程度には二人に馴染んだらしい女性・メリッサ。そのあまりにも早い馴染みっぷりにオリバーがツッコミを入れるが、彼女は平然としていた。

 そのメリッサの口から告げられた言葉に、バルロイとアルシェットは大きく頷きながら納得する。ただ、悠利にはちょっと異論があった。ルークスが賢くてお役立ちだというなら、それは悠利には関係ない話だと思ったのだ。

 しかし、そんな彼にアルシェットはさらりと言いきった。


「いや、主人がこれやから従魔もこうなったんやなっていう謎の安心感がある」

「それ安心感でしたっけ」

「安定感というか」

「何だかなぁ……」


 つまるところ、似たもの同士とか、類は友を呼ぶとか、そんな感じの認識をされている悠利とルークスだった。ハイスペックなのにのほほんとしていて、キレたら物凄く怖い辺りもそっくりだ。ペットは飼い主に似るようです。


「それで、そのスライムは何がしたかったの?」

「お家を綺麗にしてあげたかったようです」

「何で?」

「えーっと、知り合いのお家とか職場は、綺麗にお掃除したら喜んでもらえるから、ですかね……」


 メリッサの問いかけに、悠利は視線を逸らしながら答えた。ちゃんとしたことは解らないが、多分この考えであっている気がした。腕の中のルークスが、意思表示をするようにキュイキュイと鳴いていたので。

 青年オリバーとお嬢さんエリーゼの顔が、物凄く胡乱げに一人と一匹を見ていた。悠利達の評判を知らない彼らには、今一つ信じられなかったのだろう。申し訳ない話である。


「あら、お掃除を手伝ってくれるの?本当?」

「おい、メリッサ」

「だったら凄く嬉しいわ。細部の掃除まではなかなか手が回ってないのよ。手伝ってもらえるかしら?」

「キュイ!」

「あら、良いお返事」


 オリバーの声を右から左に聞きながして、メリッサはルークスと意気投合していた。お役に立てますか?みたいに目を輝かせるルークス。ちょろりと伸ばした身体の一分で、メリッサと握手をしていた。

 ルークスを腕に抱いたままの悠利は、「アレ?これってもしかして、このままお邪魔するパターン?」と思ったが、とりあえず黙っておいた。

 ただ、お嬢さんの護衛中の二人の邪魔になるのではと心配になったので、ちらりと視線を向ける。バルロイはいつも通りの笑顔だった。何も気にしていない。アルシェットの方は肩を竦めていたが、特にお咎めはなかった。護衛組は問題ないらしい。

 問題があるとしたら、オリバーとエリーゼだろう。突然湧いて出た謎の少年とその従魔が自分達の領域に入ってくるのだ。警戒されても仕方ない。

 メリッサはルークスと二人で会話をしているし、護衛組は特に何も言わない。なので悠利は、とりあえず、オリバーとエリーゼに向けて頭を下げて、こう言った。


「初めまして、ユーリです。ルーちゃんと一緒にお家のお掃除をさせてもらえると嬉しいです」


 ルークスがやる気満々なので、その邪魔をしたくなかった主人心である。メリッサが喜んでいるのもあって、水を差したくなかったのだ。

 しかし、今の悠利の台詞は、若干ズレていた。アルシェットがぱたぱたと手を振りながら「ユーリ、多分ちょっと違うで」と優しいツッコミを口にしていたが、届かなかった。

 その代わり、エリーゼが叫んだ。割と真剣に。


「貴方、突然現れて何を言っていますの!?」


 とても正しい意見だった。しかし、当人は他に何を言えば良いのか解らなかったので、首を傾げる。そして、ハッとしたように再び口を開いた。


「すみません、どこの誰か解らないのってダメでしたよね。僕、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》で家事担当をしている者です」

「聞いてませんわよ!?」

「この子は僕の従魔のルークスです。特技はお掃除で、特に水回りの掃除が得意です」

「ですから、聞いてませんわ!」

「メリッサさんにお誘いを受けたので、是非ともお掃除を手伝わせてください」

「貴方、私の話を聞いていますの!?」


 深々とお辞儀をする悠利に、エリーゼのツッコミが炸裂する。お嬢さん、落ち着いてとアルシェットが彼女を宥めにかかる。悠利に全然言いたいことが通じなかったエリーゼは、アルシェットに半泣きになりながら愚痴っていた。彼女は何も悪くない。

 言うべきことはちゃんと伝えたと思っている悠利は、そんなエリーゼに困った顔をした。何でそこまで怒ってるのかなぁ?みたいな顔だ。きちんと自己紹介をしたのになぁ、という顔だ。


「エリーゼ、そんなに怒らないの。良いじゃないか。色んな人に知り合うの、エリーゼの目的でもあるんだし」

「メリッサ、でも」

「悪い子じゃないし、それにほら、スライムと身近に接するなんて貴重な経験よ?」

「……メリッサが馴染みすぎなのですわ」


 ほらほら、可愛いじゃないとルークスを抱き上げてメリッサが笑う。そのまま、ルークスを室内に入れてしまう。


「玄関を開けるわ。回ってちょうだい」

「はい」


 ウインクをするメリッサに促され、悠利はとことこと玄関に向かう。メリッサに抱えられたルークスは、そのまま屋内から玄関に向かうことになった。

 悠利の背中を追ってのんびりと歩きながら、アルシェットが一言呟いた。


「ユーリがおると何かが起こるて、ホンマやったんやなぁ……」


 しみじみとした呟きだった。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々がまことしやかに告げる言葉が本当だったと、アルシェットとバルロイは理解したのだ。

 そんな二人に、悠利は唇を尖らせて反論した。


「今回は、僕じゃなくてルーちゃんですよ。ルーちゃん」

「同じようなもんやないか。アンタらいつも一緒やねんし」

「うー……」


 否定できない悠利だった。確かに、いつも一緒に行動している。別行動を取るのはアジトにいるときぐらいなので、余所に行くとき、つまりは何かが起きるときは大抵一緒だ。現実は世知辛い。

 玄関に辿り着くと、ルークスを腕に抱いたメリッサが既に待っていた。にこやかに微笑む女性に、悠利は改めてぺこりと頭を下げた。


「お邪魔します」

「はい、いらっしゃい。お掃除のお手伝い、ありがとう」

「頑張ります」


 満面の笑みを浮かべる悠利の背後で、何か違うとぼやいたアルシェットと、いつも通り笑顔のバルロイだった。なお、ルークスは大変良い笑顔であった。




 そんなわけで、新しい知り合いのお家でお手伝いに勤しむことになる悠利達なのでした。まぁ、今日は特に予定がないので、きっと大丈夫です。




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