マリアとラジがここにいる理由

 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に身を寄せる面々は、皆、それぞれの理由を持っている。

 ここは初心者冒険者をトレジャーハンターに育成するのがメインのクランだが、見習い組も訓練生も指導係も、理由があるからここにいるのは同じだ。ただ強くなることだけを目当てではない場合が多い。ここで教えているのが、単純な戦闘技術だけではないのも理由だろう。


「私がここにいる理由~?」

「はい。その、マリアさんって普通に強くて、習うこととかないんじゃないかなーと思ったので」


 不思議そうに首を傾げるマリアに、悠利ゆうりは思ったことを正直に伝えた。訓練生の中でもマリアは戦闘能力に長けていて、それを生かして様々な依頼を受けている。以前もソロ冒険者として活動していたという彼女なので、何で《真紅の山猫スカーレット・リンクス》にいるのか気になったのだ。

 それというのも、同じように戦闘能力だけなら問題なさそうなレレイと比べても、彼女は色々と完成しているように見えた。ただ戦えるだけではなく、探索に必要な知識もあらかじめそれなりに身につけていたそうなので。

 そんな悠利の疑問に、マリアはころころと笑った。そうやって笑うと、妖艶な美貌が強調される。セクシーな衣装が似合う妖艶美人のお姉様は、今日も外見だけならば目の保養にぴったりだ。中身を考えると、ただの愛すべき外見詐欺だが。


「褒めてくれてありがとう。確かに、ソロで活動していたから一通りは出来るわよ~。でもね、きちんと習ったことはなかったから、ここに来たの」

「でもマリアさん、出来ないことってあんまりなさそうなんですけど」

「私はね、ずーっと一人でも大丈夫なように、学びに来たのよ」

「へ?」


 きょとんとする悠利に、マリアは笑顔のままだ。彼女の言い分がよく分からずに首を傾げるのは、悠利だけではない。一緒に話を聞いていた訓練生達も首を傾げている。

 その中でただ一人、ヤクモだけが何かを理解したかのように頷いていた。訓練生という枠に入っているものの、実際は何一つ訓練を受けていない客分扱いのヤクモなので、悠利達とは違う何かが見えたのだろう。


「自分の性質はよく解ってるもの。パーティーを組むのは難しそうだから、一人で全部ちゃんと出来るようになろうと思ったのよぉ」

「……あー、なるほどー」

「合同依頼とかで協力するのは大丈夫だと思うんだけど、常日頃はちょっと難しいのよね~」


 楽しげに笑うマリアだが、言っている内容は割とえげつなかった。彼女はこう言っているも同然なのだ。同行者の身の安全に気を配れない、と。

 マリアは、ヴァンパイアの血を引くダンピールという種族だ。見た目こそ人間と変わらないが、ほっそりしていながら怪力だし、種族特性の一つである戦闘本能を色濃く受け継いでしまっている。職業ジョブが狂戦士な段階で色々と察してほしい。

 普段は普通に会話が通じるが、戦闘中に頭に血が上ったら味方の話だろうが聞こえなくなる。目の前にいる敵を倒すことしか考えられなくなる戦闘狂だ。しかも、種族特性にプラスしてきっちり鍛錬を重ねている彼女の戦闘能力は、かなり高い。

 つまるところ、いつ爆発するか解らない爆弾みたいなお姉さんなのである。

 マリアがソロで活動していたのも、それが原因だ。初期はパーティーを組んでいたが、味方の声が聞こえないほどに暴れるようでは、敬遠される。一応、話し合いの末に穏便に解散しているので、彼女が冒険者ギルドでブラックリストに載っているとかではない。


「マリアさん、あたしと違って人の話聞こえなくなっちゃいますもんねー」


 両手で頬を挟むようにしながらレレイが呟く。こちらも、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》を代表する武闘派女子だが、人の話は聞こえている。声が聞こえないわけではない。ただちょっと、脳筋なだけで。

 そして、そんなレレイとマリアは仲良しだった。なので、マリアはレレイの発言に気分を害した風もなく、困ったように口元に手を当てて口を開く。


「そうなのよねぇ~。一応、多少は気を付けようとは思ってるんだけどぉ、強敵との戦いで血湧き肉躍る!みたいになっちゃうと、ついねぇ~」

「強い相手と戦うときはそっちに集中しちゃうのは解りますけどね!」

「そうよね~」

「そこの物騒女子は意気投合しないでくれ」


 放っておいたら延々と続きそうな女子二人の会話に待ったをかけたのは、ラジだった。虎獣人の青年は、この物騒なお嬢さん達相手にやり合えるだけの能力を持った貴重な人材だ。ただ、ハイテンションで突っ走るところのある二人に比べて、どこまでも常識人だったのが憐れと言えよう。

 ラジのツッコミに、レレイは「何でー?」と不思議そうに首を傾げ、マリアは「相変わらず頭が固いわねぇ~」とからかうように笑っている。つまるところ、どちらも全然気にしていなかった。ラジ、頑張れ。


「マリアさんは声が聞こえなくなるから論外として、お前も大概だぞ。聞こえてるのに理解せずに突っ走るのどうにかしろ」

「えー、ちゃんと聞いてるよー!もうちょっと解りやすく言ってくれたら良いのにー!」

「俺はこの上なく簡潔な声かけをしてるわ!お前が中途半端に聞き流すだけで!」

「というか多分、クーレの声かけよりレレイが動く方が早いんだよな……。反射神経の差で」

「……言うな、ラジ……」


 コンビを組むことが多いクーレッシュの小言に、レレイは唇を尖らせて反論する。彼女は彼女なりにちゃんとやっているつもりだった。クーレッシュから見れば全然なのだけれど。

 そんな二人のすれ違いの理由を、ラジが的確に告げた。あまりにも的確だったので、クーレッシュはちょっとしょげている。猫獣人の血を引くレレイに反射神経で勝てと言うのは酷な話である。


「とりあえず、マリアさんは今後も安全にソロで冒険者を続けるために、ここで色々と学んでるってことなんですね」

「そうね~。ソロだと限界かしらって思った頃に、ギルマスにここを紹介してもらったのよ」

「ギルマスからの紹介組、多くないです?」

「そうでもしないと、なかなか入れないのよ、ここ」

「そうなんですか?」

「そうなのよ~」


 アリーに拾われた組であるところの悠利は、不思議そうに首を傾げた。ちなみに、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に所属する経緯は、マリアのようなギルマス紹介組、親などの伝手組、指導係に見出された組に分類される。悠利やヘルミーネは最後に分類される。

 それというのも、際限なく人を受け入れられるようなクランではないからだ。ここは様々な基礎知識を教えるクランであり、無意味に人数だけを増やしたところで活動の邪魔になるだけである。

 まぁ、一定水準に達したら卒業していくので、メンバーは定期的に入れ替わるのだが。加入から卒業までの時間は、個人差がある。それぞれの適性を見極めてきっちり育ててくれるので、高評価のクランでもある。


「そういえば、ラジは何でここにいるの?冒険者を目指してるわけじゃないんだよね?」

「……僕?」

「うん。武術の鍛錬なら、実家でも出来そうだなーって思ったんだけど」

「武術の鍛錬だけならな」


 悠利の言葉を、ラジは否定しなかった。一族単位で集落を形成し、護衛を稼業としているラジだ。故郷でもそれらに関係する修練は問題なく積める。その彼が、わざわざ故郷を出て《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に所属している理由が、悠利にはちょっと解らなかったのだ。

 同感だったのか、レレイとクーレッシュも興味深そうにラジを見ている。マリアもだ。同年代故の遠慮のなさがそこにあった。期待に顔を輝かせる仲間達に、ラジは面倒そうな顔をしながらも口を開く。

 この場合、沈黙を守っても何も良いことはないと彼は知っているのだ。知りたがり!の仲間達は、大変しつこいので。


「皆も知っての通り、僕は血が苦手だ。それは戦闘職としては致命的だと、親にも言われた。だから、少しでも知識を付けるためにここに来たんだ」

「護衛やるのに、冒険者の知識っているの?」


 素朴な疑問を口にしたのは、レレイだ。ラジが護衛という仕事をするのならば、何もここで学ぶ必要はないのでは?と皆が思ったのだ。そんな仲間達に、ラジは肩を竦めた。


「護衛対象が外に出るなら、冒険者の知識は十分に役立つさ。戦闘面で多少不安が残っても、他の部分で補えるならそれも武器になるだろうって話だな」

「ラジのご両親は、ラジのことが大切なんだねぇ」

「……ユーリ?」


 笑顔で悠利が告げた言葉に、ラジは首を傾げた。他の面々も首を傾げている。悠利の発言を疑問に思っていないのはヤクモだけのようだが、落ち着いた大人は特に口を挟んでこなかった。

 ラジに自分の考えが通じていないのを理解した悠利は、のんびりとしたいつも通りの口調で言葉を続けた。


「ラジのご両親はきっと、ラジに沢山の可能性をあげようと思ったんじゃないかな。ラジは真面目だし、お家の仕事を手伝うつもりでいるだろうけど、血を見るのは苦手でしょ?」

「……あぁ。戦闘自体は別に、嫌いじゃないんだけどな」

「だから、そんなラジでも仕事がしやすいように、分野外の知識を学ばせようと思ったんじゃないかって僕は思ったんだけど」

「……父さんと母さんがそんなことを……?」

「あくまでも、僕が思っただけなんだけどね」


 笑う悠利に、ラジは困惑顔を隠せなかった。力を身につけるようにと言われて《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に身を寄せたラジだ。あくまでも役に立つ人材になるように修行してこいという意味だと思っていた彼にとって、悠利の視点は考えつきもしないものだったらしい。

 勿論、あくまでも悠利がそう感じたというだけで、確証はない。ラジの両親が何を意図して息子を《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に向かわせたかは、当人に聞かない限り解らないだろう。だからこれは、あくまでも可能性の一つだ。


「親というのは、子に対して出来ることはしてやりたくなるものであろうよ」

「ヤクモさん」

「まぁ、我は親ではない故、お主の親御が何を思ったかは解らぬが……。ただ、年長者として言わせてもらうならば、若者の道行きに幾ばくかの可能性を示してやりたいという気持ちは、解らなくもない」

「ヤクモさん、もうちょい解りやすくお願いします!」

「「レレイ……」」


 穏やかに微笑んでヤクモが告げた言葉に、レレイは手を上げて元気な声で物申した。満面の笑みで言っているので、当人に悪気も他意もないことは誰の目にも明らかだ。しいていうなら、レレイがちょっとポンコツだと再確認するだけで。

 水を差される形になったヤクモは、特に怒らなかった。ふむ、と小さく呟いた後に、レレイの方を見て口を開く。優しい声だった。


「大人は子供の手助けをしてやりたいと思うもの、というところか」

「なるほど!いつも指導係の皆さんがあたし達に色々教えてくれたり、手伝ってくれたりするみたいなことですね!」

「うむ、そのような感じであるな。親であるなら、それがより顕著であろうという話だ」

「よく解りました。ありがとうございます!」


 にぱっと笑顔でお礼を言うレレイ。今日も彼女は素直で元気だった。……ヤクモの口調は少々独特で、言い回しもちょっとばかり小難しいので、レレイには理解しにくかったらしい。彼女は単純明快を好むので。

 そんな二人のやりとりを横目に、ラジは物思いにふけっていた。単純に強くなるようにという意図だけだと思っていたのに、そこに両親の優しさがあるかもしれないと気付かされたからだ。むしろ、今まで何で気づかなかったんだろうと言いたげな顔をしている。


「ラージ」

「……何だ、マリア」

「そんな難しい顔をしなくても、子供なんてそんなものよ~」

「え?」

「親がアレコレ気を回して考えてることなんて、渦中にいる子供には解らないものよ。だから、そこまで真剣に悩まなくても大丈夫」

「マリア……」


 うふふと妖艶に微笑むマリアに、ラジはぱちくりと瞬きを繰り返した。普段の言動は情緒とはほど遠い武闘派女子が、今日は随分と優しい。明日は大雨だろうかと失礼なことを考えたラジだった。

 しかし、その考えはすぐに吹き飛んだ。満面の笑みでマリアが告げた一言で。


「と、いうわけだから、くだらないことを考えてないで身体を動かしましょう?」

「結局お前はそれか!!」

「だってレレイとの手合わせは禁止されてるんだもの~。ほらほら、そろそろ鍛錬に戻っても良い頃合いでしょ?ね?」

「断る!」


 血の気の多い狂戦士のお姉さんは、自分と対等に鍛錬が出来る相手としてラジがお気に入りだった。レレイとも仲良しなのだが、彼女達二人が手合わせをするときは、アリーかブルックが見張りに付かなければ許されない。器物破損的な意味で。

 ちょっとだけよぉ~とセクシーな仕草と声音で迫るマリアを、ラジは本気で迎撃しようとしていた。彼は鍛錬が嫌いなわけではないが、際限なく襲いかかってくるマリアの相手は好きではないのだ。鍛錬というよりもはやエンドレスバトルになるので。

 いつも通りのやりとりを始める二人を見て、クーレッシュがぼそりと呟いた。


「レレイ、交ざろうとか思うなよ」

「へ?交ざらないよ?」

「本当だな?」

「うん。だってあたし、この後ヘルミーネ達と買い物行く予定だもん」

「……そうか。予定が入ってたのか……」


 それなら良かったと、胸をなで下ろすクーレッシュ。マリアとラジの二人で騒いでいるぐらいならば、許容範囲だ。そこにレレイまで加わったら、騒々しさが大変なことになるので。

 しんみりとした話をしていたはずが、一瞬でいつもの騒々しさに取って代わられる。相変わらずだなぁと悠利が呟くのに、クーレッシュとヤクモは無言で頷いて同意した。


「皆、やっぱり色んな理由でここに来るんだね」

「まぁ、冒険者としての基礎、トレジャーハンターに必要な知識を学ぶって名目だけど、普通に考えてウチで習える知識とか技術って、汎用性が高いからな」

「そうなの?」

「おう。普通は自分の職業ジョブとかパーティー内での担当に合わせてアレコレ覚えるのを、一通り全部やるからな。何でも出来るってのは強いぞ」

「なるほど」


 クーレッシュの説明に、悠利はふむふむと頷いた。悠利自身は、座学の授業に時々交ざるぐらいなので、彼らが何を学んでいるのかはよく知らないのだ。けれど、こういう風に説明してもらうと、なるほどなぁと思うのだった。

 実際、植物や鉱物の知識も、マッピングの技術も、知っていて損はない。損はないが、大抵はそれぞれに特化した仲間が担当するという感じでパーティーを組んでいるものだ。役割分担をしてこそのパーティーとも言えるので。

 卒業生達も、パーティー内ではそれぞれの役割を果たしている。ただ、普通と違うのは、彼らが役割外の知識や技術も一定水準で保有しているということだろう。その強みが理解できるのはきっと、ここを巣立って冒険者として独り立ちしてからだろうが。


「それじゃあ、レレイも座学頑張らないとダメだね」

「……うっ」

「マリアさんとかラジは、座学平気なんだよね?」

「レレイだけだな」

「レレイ、頑張らないとバルロイさんに近付くよ」

「それはヤダ!」

「「じゃあ頑張れ」」

「二人でハモって言わなくても良いじゃん!」


 両サイドからぽんぽんとレレイの肩を叩いて、悠利とクーレッシュは異口同音に告げた。

 卒業生である狼獣人のバルロイは愛すべきお兄ちゃんだが、典型的な脳筋だった。その彼の背中を全力で追いかけているようなレレイなので、彼らのツッコミも仕方ないのだ。当人はあそこまでじゃないもんと言っているが、大変怪しい。

 三人でわちゃわちゃ騒いでいる悠利達と、相変わらず問答を繰り広げているマリアとラジ。賑やかな二組を見ながら、ヤクモはカップの中のお茶を飲んだ。


「まったく、ここにいると飽きぬなぁ……」


 大人である彼にしてみれば、若者達の騒々しさは微笑ましいものらしい。のんびりと騒ぐ少年少女を眺めるヤクモの表情は、いつも通りの優しい笑顔だった。




 それぞれに事情はありますが、一緒に頑張る仲間だということだけは、皆に共通することなのでした。




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