今日のおやつは色んなお味のチーズトーストです


「今日のおやつはチーズトーストなので、自分の好きな味付けを教えてください」


 にっこり笑顔で悠利ゆうりが告げた言葉に、食堂に足を運んだ一同は目を点にした。おやつの時間だと思ってやってきたら、思ってもいないことを言われたので、誰も反応が出来ないのだ。

 チーズトースト?と誰かが呟いた。それってご飯じゃないのかと言いたげである。しかし、悠利はにこにこ笑顔でおやつですと言いきった。まぁ、別におやつに食べても問題はないのだ。

 皆が虚を突かれたのは、悠利が口にした「好きな味付け」という部分である。チーズトーストはチーズを載せたトーストであるはずだし、それ以外にどんな味があるのだと言いたげだ。

 そんな仲間達の様子から説明が足りなかったことに気付いた悠利は、慌てたように口を開いた。実家では今ので通じていたので、説明不足だと思わなかったのだ。


「パンに何を塗るかや、チーズの上に何かをかけるかで味が変わるので、そこを聞きたくて……」

「はいはーい!何があるの?」

「……ヘルミーネ、顔が近いよ」

「だって、そこに並んでるの、蜂蜜やジャムよね?チーズトーストなのに?」

「説明するから、落ち着いて……」


 テーブルを挟んで向かい合っていたはずなのに、身を乗り出してくるヘルミーネに悠利は冷静にツッコミを入れた。可憐な美少女は、甘い物の気配を察知してぐいぐい来ていた。相変わらずだなぁと思いながら、悠利は彼女の肩をそっと押す。あまりにも近すぎて話がしにくいのだ。

 ぷぅと頬を膨らませつつ、大人しく引き下がるヘルミーネ。ここで駄々をこねても良いことがないのは、彼女にも解っているのだろう。その代わり、早く説明してと言いたげな視線が悠利に向けられていた。

 ……《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々は、食べ物が絡むと大人げなくなるメンツが多いのだ。食い意地が張っているというか、食べるのが好きというか、そんな面々が集まっているのかもしれない。

 尤も、原因の一端は悠利にもあった。悠利が身を寄せてからこちら、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の食事周りはアップグレードされまくりなのだ。基本的に皆、悠利に胃袋を掴まれていた。当人にそのつもりはなかったとしても。


「まず、チーズを載せる前にパンに塗るものが三種類です。バター、マヨネーズ、ケチャップになります」

「絶対に塗らないとダメなの?」

「ノリの代わりに何か塗らないと、チーズが剥がれちゃうんだよね。だから、何かを塗るのをオススメします。パンと一緒に食べる方が美味しいでしょ?」

「なるほど……」


 首を傾げて問いかけたヤックに、悠利は解りやすく説明した。その説明を聞いた一同は、なるほどと頷いている。バターもマヨネーズもケチャップもチーズに合うのは解っているので、どれにするか真剣に悩む一同だった。

 しかし、自分の好みはどれかを考えるのは楽しい。シンプルにバターも美味しいし、酸味をきかせたマヨネーズも捨て難い。ケチャップは甘味と酸味がチーズのまろやかさと絡み合って絶妙だ。うんうんと唸る皆に、悠利は思わず笑った。

 そもそも、まずと言ったとおり、これは説明の一段階だ。もう一段階あるので、考え込んでいる皆の意識を戻すようにパンパンと手を叩いてから、悠利は口を開いた。


「次に、チーズの上にかけるものを選んでもらいます。これでかなり味が変わるので、自分好みなのを選んでくださいね」

「……用意してあるものが、随分と極端だな」

「リヒトさん、今物凄く言葉を選びませんでした?」

「……気のせいだ」

「そこまで警戒しないでくださいよ~。どれも普通に美味しいですから」


 思わずという風にこぼれたリヒトの発言に、悠利はカラカラと笑った。確かに、慣れない人には変に見えるかもしれないが、一応全部美味しくなるのは解っているのだ。家族が食べていたので。

 勿論、好みは千差万別。美味しくないと感じる人もいるだろう。だからこその、自分で選んでください、なのである。断じて手抜きではない。


「端から順に、胡椒、乾燥バジル、蜂蜜、アプリコットジャム、オレンジマーマレードになってます。焼き上がったチーズトーストにお好みでトッピングしてください」

「はいはいはい!私、蜂蜜!美味しそうだから!」

「ヘルミーネ、落ち着いてー。パンの厚さを選んでから、バターとかを塗って、チーズ載せて、オーブンで焼いてからかけるものだからー」

「じゃあ、パン切って!あんまり分厚くなくて良いから!」

「はいはい」


 ぱぁっと顔を輝かせたヘルミーネの勢いを適当にいなしながら、悠利は食パンを切る準備に取りかかる。他の面々は、何にしようか迷っているようだった。まぁ、悩んでもチーズトーストは逃げないので問題ないです。

 ヘルミーネに言われた通り、普段のトーストぐらいに食パンを切る悠利。はいどうぞと渡された羽根人の美少女は、嬉々としてバターを塗り始めた。ちなみにバターは塗りやすいようにあらかじめ常温にしてある。冷蔵庫から出したばかりのバターは、塗るのが大変なのだ。

 パンを切るのが悠利の仕事で、その後にどんなチーズトーストにするかは個人で行うのだと理解した一同は、そっと悠利の前に列を作った。自分の好きな厚みにパンを切ってもらえるのもポイントが高かったらしい。


「ユーリ、あたし、いつもより分厚いのが食べたいな!」

「別にかまわないけど、あんまり分厚くすると味が染みこまないよ?」

「そこまで分厚くなくて良いんだけど、いつもよりもうちょっとだけ分厚いと、豪華じゃない?」

「なるほど?」


 にこにこ笑顔で告げてくるレレイの言い分に、悠利はとりあえず頷いた。頷いたけど、あんまり解らなかった。分厚くて豪華になるのは、ハニトーと呼ばれる塊のときとか、中身をくり抜いてシチューやグラタンが入っているときじゃないんだろうかと思ったのだ。でも、それを言わない程度に空気は読んだ。

 もとい、そんなことをうっかり口走ったら、皆が食いつくのが解っているからだ。特にハニトー。おやつの時間なので、間違いなくヘルミーネが食いついてくる。

 とりあえず、レレイの言い分に従ってトーストを気持ち厚めに切る悠利。イメージは、4枚切りサイズだ。これが、悠利の中ではトーストで食べて美味しい限界値である。

 ちなみに、普段のトーストの厚みは5枚切りか6枚切りか、という感じである。それを思えば、4枚切りはかなりの厚みになる。これで肉食女子が満足するだろうかと思いつつ、悠利は4枚切りぐらいに切ったパンを渡した。


「はい、どうぞ」

「ありがとう!わーい、大きいパンー!何塗ろうかなー!


 どうやらお眼鏡に適ったらしく、レレイはうきうきでパンを皿に入れて移動していった。4枚切りのトーストはかなり食べ応えがあるのだが、レレイの胃袋ならば問題ないだろう。多分、きっと、お代わりもする。それでも夕飯に支障はないだろうと思わせるだけの、大食いさんなのである。

 並んでいる面々は、食べ慣れた5枚から6枚切りぐらいの厚さを所望してきた。多分そんな感じだろうなと思っていた悠利は、本人の目の前で微調整をしながら食パンを切っていく。地味に面倒くさい作業だが、美味しく食べて貰いたいので気にしない。

 せっせと皆の希望通りに食パンを切っていた悠利は、目の前に並んだ三人に首を傾げた。そこにいたのは、イレイシアとアロールとロイリスの三人だ。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》内でも小食に分類される三名である。


「ん?三人とも、どうかした?」

「あの、ユーリ……。わたくし達、チーズトーストを食べてしまうと、夕飯が食べられなくなりそうなのですけれど……」

「へ?」

「そりゃ、チーズトーストは美味しそうだし、アレンジが色々出来るのも気になるけどさ」

「チーズとパンとなると、僕達ちょっと、お腹が心配で……」


 盛り上がってチーズトーストを作っている仲間達を見ながら、三人は困ったように伝えてきた。彼らの懸念は尤もだった。確かに、チーズトーストはお腹に溜まる。

 しかし、悠利はケロリとしていた。彼らが考えるようなことは、悠利も理解している。なので、あっさりと解決策を口にした。


「パン、半分とか三分の一とかにしたら大丈夫じゃない?」

「「え?」」

「厚さもちょっと薄めにして、半分とかだったら食べられると思ったんだけど」

「えーっと、ユーリ?それ、どういうこと?」

「だから、パンの大きさは今ここで僕が切ってるんだから、食べられる分量に調整すれば良いんじゃないかなって」

「「……ッ!」」


 あっけらかんとした悠利の発言に、三人は「その手があったか!」と言いたげに目を見開いていた。悠利に言わせれば、何で真面目に1枚丸ごと食べようと思ってたんだろう?という話なのだが。そこまで考えが及ばなかったらしい。

 悠利の提案を聞いた三人は、それならといそいそとパンの大きさを指定する。厚みは全員6枚切りぐらい。それ以上薄くすると、チーズトーストとしての楽しみが感じられないかららしい。

 そして大きさは、イレイシアが三分の一。アロールとロイリスが半分に落ち着いた。今日は身体を動かしてきたからというロイリスと、チーズの誘惑に抗えなかったアロールである。アロールがチーズの誘惑に負けたのは理解できたが、それを口にしない三人だった。十歳児はお年頃なので、余計なことを言ってはいけない。

 彼らが最後だったので、悠利も自分の分のパンを切る。夕飯が食べられるかどうかを考慮して、厚みは6枚切りぐらいにしておいた。チーズはボリュームがあるので。

 仲間達は思い思いにチーズトーストを作成し、オーブンで焼き、美味しそうに食べている。良かった良かったと思いながら作業に取りかかる悠利は、ふと思い出したように口を開いた。


「お代わりの食パンはまだあるので、食べたい人は自分で好きな大きさに切って食べてくださーい」

「「はーい!」」


 悠利の言葉に、とても元気なお返事が戻った。どうやら、自分の好みで調整できるチーズトーストは、皆に好評らしい。チーズトーストと一口で言っても、色々とアレンジが出来るので。

 皆が喜んでくれているので悠利もご機嫌だった。ご機嫌のまま、自分のチーズトーストを作る。パンに塗るのはマヨネーズ。チーズを載せたら、オーブンへ。

 しばらく待てば、チーズがとろりと溶けたチーズトーストの完成だ。熱々のそれを皿に取り出すと、胡椒を少しと乾燥バジルを散らす。蜂蜜やジャムをかけても美味しいのだが、今日はチーズを味わいたい気分だった悠利である。


「アレ?ユーリは甘いの何もかけないの?」

「うん。今日はチーズの気分だったから」

「そっかー」


 悠利が皿を持ってやってきたのに気付いたレレイは、不思議そうな顔をした。しかし、悠利の返答を聞いて納得したのか、それ以上は特に何も言ってこない。

 そんな彼女のチーズトーストは、まだ殆ど手が付けられていなかった。……猫舌のレレイなので、熱々のチーズトーストはすぐには食べられないのだ。それが解っているので、仲間達も彼女が一番にオーブンを使えるように譲ってくれたのだ。優しい世界である。

 チーズトーストが冷めるのを待っているレレイには悪いが、悠利はほどよく熱々のチーズトーストを食べたいので先に頂くことにする。たっぷりのチーズと温かいパンのコラボレーションは美味しいに決まっているのだ。

 両手に持ってかぶりつけば、サクリという音がする。歯に当たる食感はチーズの弾力と、パンの内側のふわふわとした優しさ。そして、カリッと焼かれた外側の香ばしさだ。良い音がしたのがその証拠だ。

 囓った状態で引っ張ると、チーズがみにょーんと伸びる。適当なところでパンを動かして上手にチーズを巻き取ると、口の中のチーズトーストに集中する。マヨネーズの酸味とチーズの旨味が混ざり合って、パンと見事な調和を繰り広げていた。

 少量効かせた胡椒が良いアクセントだ。チーズそのものの味は濃いが、パンと一緒に食べることで丁度良いバランスに収まっている。風味付けの乾燥バジルが時折顔を覗かせて、悠利の舌を楽しませた。

 悠利はシンプルにチーズの味を楽しみたかったので、この組み合わせで満足している。今日はこの味付けの気分だったのだ。きっと、別の日に食べたならば、別の味付けを堪能するだろう。そんなものである。


「んー、熱々とろとろのチーズが美味しいなー」

「おっ、ユーリにしては大きいパンじゃん」

「せっかくなので、美味しいのを堪能しようかなって思って」

「夕飯食えるのか?」

「多分大丈夫」


 チーズトースト片手にやってきたクーレッシュに声をかけられて、悠利はにこにこと笑って答えた。一応、自分のお腹の具合とは相談しているので問題ないのだ。そこを怠るような悠利ではない。

 クーレッシュのチーズトーストは、赤い色が見えていた。つまりは、ケチャップを塗ってきたのだろう。乾燥バジルもチーズの上に散っている。赤と黄色と緑の綺麗な彩りだった。


「クーレはケチャップ?」

「おう。ケチャップだと、ちょっと甘いだろ?」

「そうだね」


 チーズと合うのは解っている食材で、更に甘さを加えてくれることでケチャップを選んだらしい。まだ熱々のチーズを意に介さず、クーレッシュはパンにかぶりつく。

 とろりと伸びるチーズ、口の中に広がるケチャップの旨味。相性抜群の二つが、パンに包まれることでほどよい味付けとなって口の中に広がる。カリカリに焼けた耳の部分もまた、香ばしさが際立って大変良かった。


「やっぱり、焼きたてのチーズトーストは美味いよな」

「美味しいよねー」

「…………美味しそうだね」

「「……レレイ」」


 笑顔で会話をするクーレッシュと悠利の耳に、しょんぼりとしたレレイの声が届いた。ちょっとだけ囓って、まだ熱かったのか食べられないでいるのだ。

 とはいえ、レレイも別に二人をズルいと批判したいわけではない。もうちょっと我慢したら食べられるかな?と呟きながら、大人しく待っている。ただ、早く食べたいという気持ちがはやって、言葉が出ただけだ。

 猫舌も大変だなぁと思いながら、二人は自分のチーズトーストをのんびりと食べる。レレイには悪いが、チーズは冷めるとあんまり美味しくないと思っている二人なのである。

 他の面々も、それぞれ美味しそうにチーズトーストを食べている。ヘルミーネはたっぷりの蜂蜜をかけてご満悦だ。甘塩っぱいハニーチーズトーストの完成である。チーズと蜂蜜は結構合うのだ。


「チーズと蜂蜜がこんなに合うなんて、思わなかったわー!美味しい」

「ヘルミーネさん、こちらのアプリコットジャムもとても美味しいですわ」

「え?本当?」

「はい、よろしければ一口どうぞ」

「イレイス、ありがとう!お礼にこっちも一口どうぞ」

「ありがとうございます」


 蜂蜜でご満悦だったヘルミーネに、アプリコットジャムをかけていたイレイシアが声をかける。甘い物が好きなヘルミーネが気に入ると思ったのだろう。

 イレイシアのパンは三分の一の大きさだが、一口が小さな彼女は味わうようにゆっくりと食べていた。なので、まだそれなりに食べる部分が残っている。ヘルミーネは大喜びでイレイシアの提案を受けた。

 アプリコットジャムとチーズの相性は、ある意味で証明されている。チーズの天ぷらに添えられるのが、アプリコットジャムの場合が多いからだ。今回のチーズはカマンベールではないが、それでもチーズはチーズ。アプリコットジャムは見事な調和を見せていた。

 早い話が、蜂蜜もアプリコットジャムも美味しいのである。甘いのと塩気のあるチーズの相性が意外に良いことに、皆は驚いていた。


「とっても美味しいわ」

「蜂蜜も美味しいですわね」

「ねー」


 チーズトーストを分けっこする笑顔の美少女二人、プライスレス。実に目の保養になる光景だった。

 そんな二人を横目に、アロールとロイリスは半分の大きさのチーズトーストを黙々と食べていた。アロールはバターにチーズ、乾燥バジルを少々という組み合わせだ。チーズ好きな彼女は、あくまでもチーズを楽しむチーズトーストを選んでいた。

 ロイリスの方は、マヨネーズを塗ってチーズを載せ、オレンジマーマレードをかけている。オレンジの酸味と甘味が、チーズと調和して独特の味わいを引き出していた。また、とろりとしたチーズ、外はカリッと、中はふわっとしたパンにオレンジの皮の食感が加わって、アクセントとしてとても楽しい。

 特に会話はしないが、お互いに美味しいと思って食べているので、時々目が合うと笑みを浮かべる二人だ。実に平和だった。ロイリスはアロールの神経を逆撫でしないし、アロールはロイリスを個人として認めているので。

 賑やかなのは、やはりいつも通り見習い組達だった。あーでもない、こーでもないと騒ぎながら、お互いのチーズトーストを見比べて騒ぎながら食べている。いつものことなので、誰も特に咎めなかった。


「カミール、それ、何か色が違う気がするの、オイラの気のせい?」

「んー?あぁ、これ、ケチャップとマヨネーズを混ぜてみた」

「え?」

「オーロラソースだっけ?混ぜたら美味いじゃん。だから、パンの上で混ぜてみたんだよなー」

「……流石カミール」


 オイラ考えつかなかったよと呟くヤックに、カミールはカラカラと笑った。マヨネーズとケチャップを混ぜたオーロラソースは、蒸し野菜、卵料理、肉料理と、色々なものにかけて美味しい万能ソースだ。ケチャップもマヨネーズもチーズに合うならば、オーロラソースも合うに違いないというカミールの判断であった。

 乾燥バジルを散らしたチーズと、オーロラソースが絡み合って何とも言えず美味しい。甘さと酸味が絶妙なハーモニーを奏で、とろりと溶けたチーズがそれを包み込むのだ。熱々のチーズトーストの美味しさを見事に引き出していた。


「蜂蜜、美味」

「確かに、蜂蜜かけるの美味いな」

「アレ?二人、蜂蜜かけてなかったよね?」

「半分そのまま食って、途中で蜂蜜かけた」

「同じく」

「……あぁあああああ!その手があったぁああああ!」


 それぞれ、バター派とマヨネーズ派の違いはあれど、マグとウルグスはシンプルにチーズを載せただけのチーズトーストを食べていたはずだった。それなのに、気付けば彼らは蜂蜜をかけた甘塩っぱいチーズトーストを堪能しているのだ。

 種明かしをすれば簡単なことで、半分をそのまま食べて、周りの反応から美味しそうだと思って半分は蜂蜜をかけてみただけだった。別に途中で味変をしてはいけないと言われてはいないので。

 どっちも食べたかった二人は、自分達で上手に調整して美味しいチーズトーストを堪能していた。二人の発言から、そういう方法があったのかと思い知ったヤックは、うなだれていた。彼のチーズトーストは綺麗に平らげられた後である。現実は無情だ。


「そんなに気になってんなら、お代わりすれば?」

「うー、お代わりすると、夕飯食べられるかオイラ心配で……」

「なら、三分の一とか」

「うぅ……」

「分割」

「「へ?」」


 どうしようと唸っているヤックにカミールが色々と提案するが、どうにも踏ん切りが付かないらしい。そんなヤックの肩をぽんぽんと叩いて、マグが一言告げた。

 ただし、いつものごとくどういう意味かはヤックにもカミールにも解らない。二人は流れるようにウルグスへと視線を向けた。ウルグスは彼らが何かを言うよりも先に、視線で全てを察して口を開いた。


「丁度四人だから、四分割してお代わりしようぜっていうお誘いだ」

「四分の一か……。それなら俺も入りそう」

「オイラも!」

「名案」

「「マグ、ナイス!」」


 ふふんとちょっと偉そうな雰囲気を出したマグだが、ヤックとカミールは素直に褒めた。褒められてまんざらでもなかったのか、マグは皿の上にチーズトーストを残したまま立ち上がる。どうやら、パンを四分割する役目を引き受けてくれるらしい。

 見習い組の中で手先が尤も器用なのはマグだ。そして、妙に職人気質っぽいところがある彼は、きちんと分けるのが上手だった。同じ大きさに切るとかも、大変上手なのである。ヤックとカミールがマグに付いていくので、ウルグスも後を追った。何だかんだで見習い組は仲良しだ。


「何だ?随分と賑やかだな」

「あ、アリーさん、ブルックさん、お帰りなさい。今日のおやつはチーズトーストなんですけど、二人も食べますか?」


 お代わりをしたり、どの味付けが美味しいかで盛り上がっている仲間達の喧噪を不思議そうに見ながらやってきたのは、外出していたアリーとブルックだった。おやつの時間に間に合うか解らないと言っていたが、間に合ったらしい。

 立ち上がり、二人に簡単に今日のおやつの説明をする悠利。自分で好きな大きさにパンを切り、好きな味付けでチーズトーストを作ると聞いて、彼らはなるほどと頷いた。皆が騒いでいるのが何となく解ったからだ。

 パンを準備しようとする悠利にそれぐらい自分で出来ると言い、大人二人はチーズトーストを作りに向かう。その途中、ヘルミーネがブルックの姿に気付いて声を上げた。


「ブルックさん、蜂蜜とアプリコットジャム、物凄く美味しいです!」

「本当か?」


 ヘルミーネの言葉を聞いたブルックは、一瞬で彼女の元へと移動した。物凄い瞬発力だったが、ヘルミーネは気にしていなかった。彼女は大切な情報を伝えることしか考えていない。


「本当です。チーズとの相性が完璧でした。どっちも美味しかったです」

「そうか。情報感謝する」

「どういたしまして」


 甘党同盟は今日も継続中だった。ブルックはヘルミーネの味覚を信じている。彼女の甘味に対する好みは、ブルックのそれと大変よく似ているのだ。なので、ヘルミーネが美味しいと言った味付けは、ブルックの好みで間違いはなかった。

 とりあえず、彼女の一言でブルックがチーズトーストを二枚食べるのは決定事項になった。蜂蜜とアプリコットジャムの二枚を堪能することだろう。彼の胃袋はその程度ではびくともしないので。

 甘味が絡むと若干ポンコツになる相棒の姿にアリーがため息を吐く姿が、妙に哀愁漂っているのだが、誰も気にしなかった。大事なのは美味しいを堪能することなので。


「ブルックさん、蜂蜜たっぷりかけそうだよねー」

「お前は控えめだったな」

「どんな味になるか解らなかったからねー。でも、甘塩っぱくて美味しいよ」

「自分で好きな味付けに出来るの、良いよな」

「チーズトースト、その日の気分で色々食べたくなっちゃうなーと思ってやってみたんだけど、皆が喜んでくれて良かった」


 もぐもぐと蜂蜜をかけたチーズトーストを食べながら、レレイが呟く。彼女は蜂蜜をほどほどにかけているが、甘党のブルックは蜂蜜マシマシのチーズトーストを作るような気がしたのだ。まぁ、誰に迷惑をかけるわけでもないので、良いのだが。

 トッピングも、チーズの量も、パンの厚さや大きさまでも自分の好みで調整できるチーズトーストは、素敵なおやつになっていた。単純だが、自分好みというのはとても大事なのだ。


「ねー、ユーリ」

「何ー?」

「蜂蜜とオレンジマーマレード一緒にかけるとかしても、美味しいのかなぁ?」

「んー、どうだろう?でも、その二つを混ぜても大丈夫だと思うから、気になるなら少しだけ試してみれば?」

「そうだね、そうする!」


 ぱぁっと顔を輝かせたレレイは、善は急げとばかりに立ち上がって去っていった。……皿の上にチーズトーストを残したまま。


「まだ残ってんのにお代わりの準備に入るのかよ、あいつ」

「まぁ、焼き上がってすぐ食べられないレレイだし」

「そこまで考えてるか、あいつ?」

「どうだろうー?」


 思い立ったが吉日という感じのレレイの行動だった。好意的に解釈するなら、お代わりの分を先に焼いておくことで、一枚目を食べ終わる頃に手頃な温度になるようにする、という行動にも見えなくもない。ただ、問題は、レレイがそこまで細かいことを考えているのか、という話である。

 まぁ、別に残すわけではないので、良いかと思う二人だった。レレイはお残しをしない。何でも美味しく、綺麗に、全部、きっちり、食べるのだ。大食い娘は食べ物を無駄にはしないのである。


「リーダーもブルックさんも、美味そうに食ってるな」

「甘いのが好きな人も、そうじゃない人も食べられるみたいで、良かった」

「おっ、リヒトさんがお代わりしてる」

「あ、本当だ」


 分厚いチーズトーストを食べるアリーや、二枚のチーズトーストを真剣な顔で食べ比べているブルックの姿に、悠利は安心したように笑う。大人の口に合うかは解らないときがあるので。

 そんな彼らの視界で、リヒトがお代わりのチーズトーストを作っていた。珍しい行動だ。どうやら、彼の口にもあったらしい。子供に交ざって大人がちょこちょこお代わりをする姿は、何とも言えず微笑ましいものだった。

 美味しいものの前では、大人も子供も関係ないのです。




 お好みチーズトーストは仲間達に好評だったので、おやつの定期ラインナップに追加されることになりました。




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