フラウがここにいる理由


 それは、悠利ゆうりが口にした質問から始まった話題だった。


「フラウさんって、どうして《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に来たんですか?」

「ん?どうして、とは?」

「いえ、指導係の皆さんって、色々と理由があってここに来たっぽいので」


 素朴な疑問です、と悠利は続けた。質問を投げかけられたフラウはと言えば、ふむと口元に手を当てて思案顔。けれど別に、悠利の質問を嫌がっているようには見えない。

 悠利がこんな風に考えたのには、理由があった。フラウ以外の指導係が《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に所属している理由を、聞いているからだ。

 まず、リーダーであるアリー。彼は、現役の冒険者として戦っていた頃に片目を負傷し、隻眼になった。それを機に前線を退くことになり、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の先代リーダーに誘われて身を寄せたらしい。

 当時既にアリーの真贋士としての腕前は知れ渡っており、そこを見込まれてのことだった。指導係として身を寄せ、数年後にはリーダーを任されるようになったのだ。

 そのアリーの相棒と皆に認識されているブルックは、端的に言えばアリーの付き添いだ。特に行く先がなかったことと、前衛職が求められていたこともあって、渡りに船とばかりに同行したらしい。

 当人曰く、暇つぶし。その理由を正しく理解できるのは少数派だろう。ブルックの正体をきちんと理解している、アリーや元パーティーメンバーのレオポルド、そして、鑑定でうっかり知ってしまった悠利ぐらいだ。

 ブルックは竜人種バハムーンという種族だ。長命で知られる戦闘種族で、人の姿と竜の姿を持っている。どれぐらい長命かというと、人間の一生を瞬きと形容してしまえる程度には長生きだ。そんなブルックなので、まさにつかの間の暇つぶしでここにいるのだろう。

 友人の手助けをする、という実に解りやすい理由だけで身を寄せているブルックだが、何だかんだで日常は楽しそうに過ごしている。なのできっと、当人は満足しているのだろう。

 その二人といささか趣が異なるのが、ティファーナとジェイクの二人だ。彼らは端的に言えば、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に避難してきているのだ。

 ティファーナは、彼女曰く「面倒くさい貴族に目を付けられている」という状況になる。しつこく結婚話を持ちかけてくるらしく、彼女は大変ご立腹だった。放っておいてほしいと常々言っている。

 今も時折手紙が届くのだが、彼女が中身を確認することも、返事を書くこともない。届いた手紙はそのままゴミ箱に直行だった。毛嫌いしてるなぁ、と皆が思っているが、誰も詳しい事情は聞こうとは思わない。色々と怖いので。

 対してジェイクは、若干命の危機を感じるという理由からの避難だった。正確には、お師匠様に命じられてのものだ。

 気を抜くとアジトで行き倒れるダメ大人代表のジェイク先生だが、実はかつては王立第一研究所というとても凄い場所で研究に勤しんでいた優れた学者なのだ。何せ、お師匠様が同所の名誉顧問である。

 ただ、学者として優れていても、人間としては果てしなくポンコツなのがジェイクだった。

 彼は、人間関係や他者の感情の機微など、まっっっったく意に介さない男である。ひたすらに、自分が興味のあるものへ突っ走るだけだ。研究しか見えていないとも言える。

 優れた学者が集う場所とはいえ、そこにいるのはあくまでも感情を持った個人だ。様々な感情が渦巻いて、様々な人間関係が存在する。そのいずれも見向きもせずに、平然と踏み潰して我が道を突っ走っていたジェイクは、まぁ、端的に言えば疎まれたり妬まれたり恨まれたりしていた。

 ただし、ここでフォローをしておくならば、彼は基本的に他者に害をなすことはない。相手の地雷を全力で踏み抜くことはあるものの、意図して危害を加えることはない。

 彼に向けられた恨みなどの負の感情も、その殆どが逆恨みに等しいものだ。飄々と、悠々自適に生きる男に、苦労など知らないと言いたげな男に、同業者の恨みが募るのはまぁ、よくあることなのだろう。

 そこで一定の聡さがあれば、自衛できたのだ。人間関係を改善するとか、態度に気をつけるとか、諸々で。しかし、それが出来ないからジェイクであり、そんなポンコツの弟子だと解っているのでアリーの元へ弟子を逃がしたのが師匠だった。

 ちなみに、ティファーナとジェイクが避難してきたのは、リーダーがアリーになってからだ。凄腕の真贋士として知られるアリーの存在は大きく、その後ろ盾にはとある大物が控えているので手を出してくる存在もいない。駆け込み寺みたいなものだった。

 そんな風に事情を抱えている指導係に比べて、フラウは特に何のしがらみもなく生活しているように悠利には見えた。だからちょっと、気になったのだ。

 悠利の発言に興味を惹かれたのか、周囲でくつろいでいた訓練生達も視線をチラチラと二人に向けている。好奇心に満ちた皆の顔を一通り見渡してから、フラウは肩をすくめて口を開いた。


「何か面白い返答を期待されているところ悪いが、私の理由は実に単純だ。面白くも何ともないぞ」

「と、言いますと?」

「単純に、仕事がなかったからだ」

「へ?」


 きっぱりはっきり言い切ったフラウに、悠利はぽかんとした。周囲の訓練生達も同じくだ。「仕事がなかった……?」と呆気に取られたように反芻したのは、誰だったか。とりあえず、全員がフラウの言葉の続きを待った。


「私も以前はパーティーを組んで冒険者をやっていてな。ただ、仲間が故郷に戻るとか、家業を継ぐとか、結婚するとかで解散することになったんだ」

「なるほど」

「ソロで活動するのも悪くはないが、私は弓使いだからな。誰かと組むか、どうするかと考えていたところで、声をかけられた」

「それが理由ですか?」

「そうだ。渡りに船だった。ここだと衣食住も保証されるし」


 大真面目な顔で言うフラウ。しかし、それはとても大事なことだった。安心して生活できる環境というのは何にも勝る。うんうんと皆が頷いていた。

 フラウのように、パーティーの解散によって身の振り方を考えなければならない冒険者は多い。それなりの年齢ならば引退を考えても良いが、若い場合はそこからまた別の仲間を探して冒険者稼業を続けるのだ。


「ちょうど、弓使いというか、遠距離を得手とする指導係を探していたらしくてな。私はそれなりに腕も立ったから、声をかけられたんだよ」

「なるほど。だからフラウさんは他の人よりも気負いが少なく見えるんですね」

「そう見えるか?」

「はい、僕には」


 にこりと笑う悠利に、フラウはそうかと笑った。笑うだけだった。その表情は実に格好良く、凜々しく勇ましく、何というか、お姉様とか姐さんとか呼びたくなるものだった。安定のフラウさんです。

 二人の会話が一段落したのを察したのか、訓練生達がひょこひょこと近寄ってくる。色々と聞きたいことがあるらしい。

 一同を代表して口を開いたのは、ヘルミーネだった。

 弓使いとして常日頃フラウに直接指導を受けている彼女は、他の面々よりフラウに近しいと言えた。黙っていれば観賞用とでも言えそうな天使めいた可憐な美少女は、好奇心に満ちた表情で問いかけた。


「フラウさんが来た頃って、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》はどんな感じだったんですか?」

「どんな感じ、というと?」

「今と似てるとか、全然違うとか、そういうところです」


 このクランは初心者に冒険者、特にトレジャーハンターとしての基礎を教える場所なので、メンバーは入れ替わる。独り立ちしても問題ないと思われるほどになれば、皆、卒業していくのだ。なので、フラウが指導係になった頃の訓練生はもういない。

 だからこそ、ヘルミーネは気になったのだろう。彼女の質問内容を理解した一同も、興味津々といった感じでフラウの返事を待っていた。

 そんな彼らに対して、フラウはいつも通りの表情と口調で言い切った。あっさりと。


「……ふむ。騒々しいのはほぼほぼ変わらないと思うが」

「「変わらないんだ……」」


 今が騒々しい自覚があるだけに、コレが昔からの伝統なのか……?と思ってしまう若干名。騒々しいにも色々な種類や理由があるだろうが、とりあえず静かではなかったらしいと判明した。

 まぁ確かに、しょっちゅう遊びに来る卒業生のバルロイとアルシェットのコンビを考えても、賑やかではある。脳筋の狼獣人と、その手綱を握ってツッコミに忙しい相棒のハーフリング族。所属したのが同時期というだけで、彼らは今も一緒に行動している。

 まるでどつき漫才かと思うようなやりとりを繰り広げるのが、バルロイとアルシェットだ。なお、基本的にいつもバルロイが悪い。本人に悪気がなかろうが、悪いのはバルロイである。大騒ぎする二人の姿は騒々しい以外の何でもなく、他にもあんな感じの人がいたのかなぁと思う一同だった。


「クランの特性上、ここに身を寄せるのは若者が多いだろう?人数が増えると、どうしても騒々しくなるものさ」

「あー、確かに。未成年、多いですもんね」

「まぁ、一番騒々しかったのは、バルロイとアルシェットがいた頃なんだが」

「「……なるほど」」


 さらりと告げられた事実に、一同は遠い目をした。やっぱり、あの二人の騒々しさは筋金入りだったのだ、と。賑やかで、騒々しくて、でも仲は決して悪くはないという二人だ。

 皆と会話をすることで、フラウもここへ身を寄せた頃のことを思い出したのだろう。何てことはない口調で、彼女は過去を語った。


「私が身を寄せたときも、一悶着あったんだがな」

「「え?」」

「それまで遠距離攻撃組を担当していた指導係は年嵩の人物でな。その後任としてやってきたのがまだ若い私だったことで、文句を言う者もいた」

「「……へー」」


 淡々と告げられる言葉に、一同の心は一つになった。何て命知らずな、と。

 その当時のフラウが何歳だったのか、前任者がどんな人物であったのかを、彼らは知らない。知らないが、リーダーから正式に話を受けてやってきた指導係に、若いからというだけで文句を言うのは、明らかに悪手だ。フラウに対して失礼なのは勿論、彼女を選んだリーダーの目を疑うことにもなる。

 とはいえ、そういう反応が出る辺りも、メンバーが若いということなのかもしれない。血気盛んな若者の中には、相手の力量を正しく測ることが出来ず、自分の価値観で判断して喧嘩を売るおバカさんもいるのだ。


「それじゃあ、最初の頃は大変だったんですね」

「いや?初日に〆たから問題ない」

「……はい?」


 悠利の言葉に、フラウはあっさりと否定の言葉を口にした。続いた台詞に、悠利は思わず目を点にする。物凄く自然な口調で言われたが、ちょっと聞き捨てならない内容だった。

 悠利だけでなく、皆もきょとんとしている。フラウは腕は立つが、基本的には身内相手にそこまで血の気は多くない。沸点は割と低いが、仲間内では手を出すようなことのない安心安全な頼れる指導係さんである。

 その彼女の口からこぼれたアレな発言に、皆が呆気にとられても仕方のないことだろう。普段の彼女と違いすぎるので。


「あの、フラウさん、それって……」

「あぁ、勘違いしないでくれ、ユーリ。私が自分でそうすると決めたわけじゃない。そうしろと、言われたんだ」

「……アリーさんに?」

「そうだ」


 悠利達の困惑を感じ取ったのか、フラウは笑いながら追加情報を口にする。その説明で、何となく事情が解った一同だった。指導係が舐められたままでは話にならないので、手っ取り早く若者の鼻っ柱をへし折れと言われたのだろう。

 特筆すべきは、フラウにそれが出来るとアリーが判断していたところか。まぁ、それだけの実力があると思わなければ、指導係として勧誘はしていないのだろうが。

 とりあえず、フラウが自分達の知っているフラウだと理解できて、一安心した一同だった。そんな、手っ取り早く力で解決してしまえ、みたいなのを身内相手にする人ではないと彼らは思っていたので。

 ……なお、身内相手にはしないというだけで、敵対者には割と容赦ないお姉さんではある。悠利が侮辱されたと知ったときには、武器を片手にO・HA・NA・SIをしに行こうとしたぐらいだ。血の気はそれなりにあるし、沸点はクールな印象に反して低い。


「やっぱり、そういうこともあるんですね」

「あるな。私よりも、ティファーナのときがひどかったが」

「そうなんですか?」

「あぁ。彼女は私よりさらに、戦闘に向いているようには見えないだろう?物腰も柔らかいからな。勘違いするバカがいた」

「……ティファーナさん、怒らせると怖いのになぁ」


 遠い目をして悠利が呟くと、同意するように訓練生達が首を縦に振った。まるで赤べこのように何度も何度も頷いている。実感がこもっていた。

 フラウは見るからに怒らせたらマズそうな、凜とした凜々しい印象の女性だ。対するティファーナは良家の子女と言われても納得できるような、たおやかな美貌のお姉さんである。舐めてかかるバカがいたらしいと知り、その愚かさに合掌する一同。

 勿論それは、ティファーナが指導係に就任した直後の話だ。それ以降は、新入りが彼女への判断を間違えたら、先輩達が全力で止めるようになったらしい。悠利達でも止める。


「まぁ、最初がどうであれ、ここで過ごす内にそれなりに人を見る目は養われるさ。卒業する頃には、外見や性別、年齢で相手を判断するようなバカなこともなくなっているしな」

「確かに、ここにいるとそうなりますよねぇ」

「私達も、色々な相手を知れて勉強になるからな」

「なるんですか?」


 小首を傾げた悠利に、フラウは笑う。不思議そうな顔をしている相手が、彼女にしてみれば色々な相手の最たる存在だ。


「勿論。本来なら関わるはずのないような相手とも、関わることになるだろう?」

「世代や職業ジョブ、種族的な感じで、ですか?」

「そうだ」


 頷いたフラウに、悠利はなるほどと小さく呟いた。生きていく上で関わることになる相手というのは、意外と自分と似た属性になる場合が多い。同じ場所で活動する相手と接することが多くなるからだ。

 それを思えば、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》には多種多様な面々が集まってくる。共通点はトレジャーハンターを目指す冒険者というところだろうか。まぁ、トレジャーハンターを目指していなくとも、冒険者としての基礎を学ぶという意味で所属している者も多いが。

 生まれも、育ちも、年齢も性別も、種族すらも異なる者達が一堂に会する。そういう意味では、このクランはある種の坩堝のようなものなのかもしれない。見聞を広げるのにも役立ちそうだという意味で。


「フラウさんは、ウチにいて楽しいですか?」

「あぁ、楽しい。毎日騒々しいほどに賑やかで、問題はあっても何だかんだで皆で解決していくこの場所が、気に入っている」

「それなら良かったです」

「ん?」

「気に入ってるって思ってる間は、フラウさんはここにいるんだなぁと思ったので」


 にっこりと笑う悠利に、フラウは瞬きを繰り返す。まさかそんなことを言われるとは思わなかったのだ。けれど、悠利には悠利なりの言い分があった。

 他の面々の理由に比べて、フラウが《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に指導係として身を置く理由は、軽い。軽いという言い方をしてしまっては失礼だが、別の道を考えて選ぶ可能性があると思えるぐらいには、彼女はこの場所に絶対を感じていないはずなのだ。

 だから、悠利はフラウの話を聞いてちょっと安心したのだ。悠利達と過ごす賑やかで騒々しい毎日を楽しいと思ってくれている間は、フラウはきっとここにいてくれるだろうと思って。そう思う程度には、悠利も《真紅の山猫スカーレット・リンクス》を、そこに暮らす仲間達を、大切に思っているのだ。




 始まりの理由が何であれ、今この日常を大切に思っているというのは、皆の確かな共通点なのでありました。




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