書籍14巻部分
ほくほく美味しいジャガイモのクリーム煮
その日は珍しく、大雨が降った。暑い夏の季節に降る大雨は、恵みの雨とも言える。熱い日差しでカラカラに乾いた大地に染みこむ雨は、慈雨と呼んでも間違いはないだろう。
そしてまた、連日の暑さを和らげるように、大量の雨は涼しさも運んでくる。空気が冷やされるのか、雨のおかげで今日は涼しいのだ。少量の雨だと焼け石に水状態というかむしろ逆効果なのだが、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨となれば、気温を下げるのに一役買ってくれる。
そのおかげで、今日は一日とても過ごしやすい。ただ、連日暑かったせいか、少し肌寒く感じたりもする。身体はそう簡単に寒暖差に適応できないのだ。
なので、悠利は久しぶりに温かい料理を作ろうと思った。ほかほかの料理を食べてもらって、冷えた身体を芯から温めてもらおうという考えである。
「と、いうわけで、今からジャガイモのクリーム煮を作ります」
「牛乳で煮たジャガイモってことか?」
「うん。ちゃんと味は付けるから、牛乳風味だけってわけじゃないけど」
「りょーかい。とりあえずジャガイモの皮剥きするわ」
「ありがとー」
どんな料理になるのかがイマイチ解っていないカミールだったが、ジャガイモを使うのならば皮剥きは必要だろうと準備に取りかかる。慣れた手つきでジャガイモを洗って皮剥きをするカミール。真面目な顔をしていると顔立ちの雰囲気もあいまって、どこかの御曹司様に見える。
まぁ、口を開くといつものカミールなのだが。
「俺らも皮剥きに大分慣れてきたけどさぁ」
「ん?どうかした?」
「いや、ユーリの速度がえげつないなぁと思って」
「え?そう?」
「そう」
「慣れじゃないかなぁ」
のほほんと笑いながらジャガイモの皮剥きをする悠利。手元を見ていないのに動作によどみがないレベルで、十分に凄い。料理の
ただ、本人はそんなことはどこ吹く風だ。いつもやってることだしね~とでも言い出しかねない。カミール達に言わせれば、「いつもやってるからって、そこまで早くならないからない!?」ということなのだが。あんまり通じていなかった。
まぁ、皮剥きが早くて困ることはないのだ。何せ、《
二人がかりで大量のジャガイモの皮剥きを終わらせると、次の準備へと取りかかる。
「それじゃ、次はジャガイモを切り分けるよ。火が均一に通るように、同じぐらいの厚さにスライスします」
「あんまり薄くしたら壊れるよな」
「そうだね。ジャガイモは火が入ると壊れやすいから」
「そこ気を付けないとダメだな」
「うん」
うんうんと一人で頷くカミール。最初の頃は色々とおぼつかなかった見習い組も、今では自分で色々と考えて料理が出来るようになっている。毎日毎日ご飯を作っていると、それなりに進歩するのだ。当人達はあまり気付いてはいないけれど。
また、カミールは見習い組の中でも目端の利くタイプだった。俯瞰的に物事を判断出来るとか、情報収集が得意だとか、伊達に商家の息子として育っていないというところだろうか。全体のバランスを取るのも得意で、細かいところに気がつくのだ。
一つ欠点を上げるとするならば、細かいところに気がつくために他人にちょっかいをかける部分だろうか。親愛の情を込めてなのだが、ちょこちょこウルグスやアロールをからかって遊んでいる。まぁ、それで険悪になるようなことはないので、配分を考えてやっているのだろう。勉学とは別の意味で頭の良さが発揮されていた。
閑話休題。
ジャガイモは一cmから二cmぐらいの輪切りにする。今回は火の通り時間が均等になるようにこの形状だが、別にカレーなどのようにゴロゴロとした形に切っても問題はない。好みの問題である。
切り終えたジャガイモを鍋に入れたら、そこに牛乳をたっぷりと注ぐ。ジャガイモが全て浸かるようにたっぷりと入れるのが大事だ。牛乳に浸かっていない部分は、火の通りが変わってしまうので。
「ジャガイモが牛乳に浸かったら、あとは味付けだね」
「何使うんだ?」
「顆粒だしの鶏ガラと、塩胡椒と、乾燥バジルと、後はクリームチーズ」
「……何でそこでチーズ?」
「入れるとコクが出て美味しいから」
「なるほど」
首を傾げたカミールだが、悠利が大真面目な顔で答えれば、素直に納得した。悠利の言う美味しいは、カミールにとっても美味しいなのだ。よって彼は、悠利の判断に素直に従うことにしたのだ。誰だってご飯は美味しい方が良いので。
調味料と少量のクリームチーズを鍋に入れて、くるくると混ぜる。クリームチーズは小さく千切って入れたが、完全には溶けないので火にかけながら混ぜる必要がある。
「それじゃ、調味料を入れたから火にかけるよ」
「これ、混ぜないとダメなんだよな?」
「今日はチーズ入れたから、チーズを溶かす必要はあるね」
「ジャガイモ入ってるけど、混ぜて平気?」
「そんなにすぐには柔らかくならないから大丈夫」
「そっか」
火が入ると壊れやすいジャガイモの性質を気にしてのカミールの発言に、悠利はにこやかに笑った。大丈夫と太鼓判を押されたことで安心したらしいカミールは、火にかけた鍋の中身をくるくるとヘラで混ぜている。
牛乳は沸騰させすぎると膜が張ってしまうので、弱火でことことじっくりと煮込む。徐々に温まったことでチーズが溶けたのを確認したら、後は混ぜずにジャガイモに火が通るのを待つだけだ。
「それじゃ、煮込んでる間に他の料理の準備をしようか」
「了解ー」
「蓋をすると吹きこぼれたら困るから、少しズラして被せようねー」
「解った」
蓋をしなければ煮込む過程で蒸発して煮詰まってしまう可能性があるので、蓋はする。しかし、完全に塞いでしまうと温まりすぎて吹きこぼれる可能性があるので、僅かにズラして熱を逃がすのだ。その方が、他の作業をしていても安心なので。
二人でアレコレ相談しながら他の料理を作る。雑談を挟みながら料理が出来るようになっているのは、進歩だった。合間合間に、美味しそうな料理の誘惑に負けてカミールが味見をしようとするのと、やりすぎと止める悠利というやりとりがあったのもご愛敬だろう。
そんなこんなで他の作業をしている間に、ジャガイモが煮えた。そろそろ頃合いかな?と考えて爪楊枝を刺してみれば、ぷすりと刺さった。力を入れずに刺さったことを考えれば、火が通ったのは確実だ。
これ以上煮込むとジャガイモが崩れてしまうので、火はそこで止める。味の確認に、ジャガイモを二つ小皿に取り出して、一つずつ分ける。
「熱いから気を付けてね」
「大丈夫だ。俺、猫舌じゃないし」
「あははは」
満面の笑みを見せるカミールに、悠利は思わず笑った。《
ほかほかのジャガイモに息を吹きかけて冷ますと、そっと囓る。しっかりと火が通ったジャガイモは、口の中でほろほろと崩れる。牛乳の風味に調味料の味が加わり、クリームチーズが隠し味程度に顔を覗かせる。
牛乳で煮込んだからか、ジャガイモの隅々まで味が染みこんでいた。単純に茹でただけのときとは大違いだ。優しい味が、温かさと共に口の中に広がっていく。
「これ、何て言うかまろやかな感じで食べやすいな」
「ジャガイモと牛乳の相性はばっちりだから。チーズとも合うし」
「ジャガイモって牛乳と相性良いのか?」
「ビシソワーズがある段階で、相性は良いと思うんだけど」
「ビシソワーズ?」
何だっけそれ?と首を傾げるカミールに、悠利はのんびりと「ジャガイモの冷製スープ」と答える。冷たいポタージュスープみたいなもので、裏ごししたジャガイモのペーストを牛乳とブイヨンなどで伸ばしたスープである。暑い日にはとても美味しい。
その他、シチューやグラタンにもジャガイモが使われていることを考えれば、牛乳との相性は推して知るべし。相性が悪ければこんなにも一緒に使われることはないだろう。
なので、クリーム煮が美味しいのも必然だった。多分。
とにかく、美味しく出来たので二人は満足そうに頷いた。きっと皆も美味しく食べてくれるだろう。後は、食べる前に火を入れて温かくしてから提供すれば良いだけだ。
「それじゃ、準備を終わらせちゃおうー」
「おー」
料理が上手に出来たので、残りの作業に取りかかる悠利とカミールの表情は晴れ晴れとしているのだった。
そんなこんなで夕飯の時間。珍しく提供された温かい料理に首を傾げていた一同も、肌寒さは覚えていたのか誰一人文句は言わなかった。
それどころか、美味しい美味しいとお代わり続出だった。連日暑い日が続いていた反動で、今日の寒さは少しばかり堪えたらしい。
「何かこう、温かいのがしみる感じがするー」
「美味」
スープと一緒にジャガイモを食べながらヤックが表情を綻ばせていると、その隣でマグがいつも通りの無表情でぼそりと呟く。その口元がほんの少しだけ笑んでいるのを見て、ウルグスが声をかける。
「出汁関係以外でお前がそこまで食いつくってことは、お前もやっぱり寒かったのか?」
「……美味」
問答するのが面倒だと言いたげに、マグはウルグスから視線を逸らして一言呟くだけだ。そしてそのまま、もくもくと食事に戻る。どうやら、弱みを見せるようになる気がして言いたくないらしい。それを察したウルグスは、ため息をつくだけでそれ以上何も言わなかった。
そんな二人のやりとりをハラハラしながら見ていたヤックは、今日は平和だったと一人胸をなで下ろす。ここから手や足が出る口喧嘩に発展する可能性が高いのが、見習い組年長コンビの日常なのである。何もない時間ならともかく、食事時には勘弁してほしいやつである。
賑やかな仲間達を気にせず、悠利はのんびりとご飯を食べている。ほくほくしたジャガイモの食感と、味を調えた牛乳の風味が何とも言えず相性抜群である。乾燥バジルが良いアクセントだ。
隠し味程度に入れたクリームチーズも良い仕事をしている。前に出すぎず、けれどしっかりとコクを追加してくれているのだから素晴らしい。
ちなみに、ピザ用などのとろけるタイプのチーズを入れても美味しい。その場合は、牛乳にとろみが付く感じになる。食べにくいかな?と思って今日はクリームチーズなのだ。
「ユーリ」
「何ですか、アリーさん」
「何でまた、今日は珍しく温かい料理を用意したんだ?確かに好評だが」
「今日はちょっと寒かったので」
アリーの問いかけに、悠利はさらりと答える。別に騒ぎ立てるほどの寒さではなかった。それでも、夏の暑さに慣れた皆には、少しばかり寒いと感じる気温だったはずだ。それはアリーにも分かっている。
「暑さと寒さの極端な変化に耐えられるほど、身体って器用に出来てないと思うんですよ。なので、今日は温かい料理が美味しいかなと思ったんです」
「お前は本当に、何だかんだでアレコレ考えて料理をするな……」
「美味しく食べて貰いたいじゃないですか」
感心と呆れが混ざったようなアリーの言葉に、悠利は大真面目な顔で言い切った。せっかく料理を作ったならば、美味しく食べて貰いたいと思うのが悠利の本音だ。美味しく、喜んで食べて貰いたい、と。
アリーが言いたいのは、いつもいつでも誰かのためを考えて料理をしていることなのだが、悠利にしてみれば普通のことだったので微妙に会話が噛み合わない。息をするように誰かのために料理を作る悠利の性格は、ある意味で一種の才能と言えた。
「ところで、フラウとアロールが妙に気に入ってるように見えるのは何でだ?」
「あー、チーズが入ってるからじゃないですかね」
「……なるほど」
そこまで存在を主張しているわけではないが、牛乳に溶け込んだクリームチーズの風味は確かに存在している。チーズ好きのフラウとアロールの二人が気に入っているのはそれが理由だろうと悠利は思った。
普段はクールなアロールの表情が、ほんのりと緩んでいるのがその証拠だ。好き嫌いをあまり口にしないアロールだが、好物を食べたときは嬉しそうな顔になるのだ。そこを完全に制御できない辺りが、可愛い最年少である。
「ユーリー、これ、美味しいね!」
「あ、レレイも気に入った?」
「うん。熱々は食べられないけど、温かい料理も美味しいから好き!ジャガイモも柔らかいし!」
「それなら良かった。……ところで、何でクーレとラジはレレイの両腕を掴んでるのかな?」
「「お代わり防止」」
「え?」
にこにこ笑顔のレレイだが、腕を片方ずつクーレッシュとラジに確保されており、まるで連行されているようだ。連行というよりは、捕獲に近いだろうか。満面の笑みを浮かべる彼女のご機嫌な表情と、男二人にとっ捕まっているという状況が完全にミスマッチである。ギャップどころではない。
そして、暢気に笑っているレレイと裏腹に、男二人は大真面目だった。真剣だった。自分達が役目を果たさねばならないとでも言いたげな雰囲気だ。いったい何があったのか。
「ねぇ、何があったの?」
「んー?何かねぇ、お代わりは順番を待てって捕まっちゃったー」
「…………え?」
のほほんと笑うレレイの発言に、悠利はきょとんとした。説明を求める意味で悠利が視線を向ければ、クーレッシュはため息をつきながら口を開いた。
「こいつ、大食いだろ?美味しいからってお代わりに飛んでいくのは良いんだけど、他の人の分がなくなりそうだから捕まえてたんだよ」
「特に、珍しく小食組が食べようとしてるからさ」
「……なるほど。レレイ、他のおかずもお代わり出来るから、そっちを食べたらどうかな?」
「お代わりあるの?」
「あるよ。台所に」
「わーい、やったー!」
レレイは実に単純だった。悠利のご飯を何でも美味しいと言って食べる彼女なので、お代わりがあるならそれで満足なのだろう。ラジとクーレッシュから解放されて、うきうきで器を片手に台所へ消えていく。とても楽しそうだ。
一先ずレレイからジャガイモのクリーム煮を死守できた二人は、安堵のため息をついていた。そんな彼らの密かな頑張りは、和気藹々と鍋を囲んでお代わりをしている小食組には気付かれていない。でも多分、それで良いのだろう。
「チーズ入ってるからアロールが気に入るのは分かるけど、イレイスやロイリスも気に入ったんだね」
「今日寒かったからじゃね?」
「クーレも?」
「日中は思わなかったけど、こうやって温かい料理が出てくると寒かったんだなって思った」
悠利の問いかけに、クーレッシュは笑って答える。過ごしやすい日だと思っていたのだが、気付けば身体は寒さを覚えていたのだ。悠利が用意したジャガイモのクリーム煮の温かいスープを飲んで初めて実感したらしい。
「美味しかった?」
「今日もとても美味しかったデス」
「それなら良かった」
戯けるクーレッシュに、悠利はにこにこと笑った。いつもありがとうな、と続けられた言葉には、どういたしましてと真面目くさって答える。次いで、顔を見合わせて笑った。何てことのない日常が、彼らには楽しくて面白くて、最高なのだ。
後日、チーズ増量でジャガイモのクリーム煮を作ったところ、そっちはそっちで大好評となったのでした。ジャガイモと牛乳とチーズは相性抜群です。
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