優しいお味の和風豆乳スープ
「さて、それじゃあこの豆乳でスープを作ろうか」
「これ、何?牛乳じゃないの?」
「豆乳って言って、大豆の加工品。物凄く大雑把にいうと、豆腐の原料。これを他の材料と混ぜて固めると豆腐になるの」
「へー。じゃあ、飲む豆腐ってこと?」
「そんな感じかなー。僕の故郷では、牛乳の代わりに使われたりもしてたよ」
「牛乳の代わり?」
「体質的に牛乳を受けつけない人もいるからね」
「へー。そうなんだ」
悠利の説明に、ヤックは不思議そうに豆乳を見ている。牛乳は馴染みがあるが、豆乳を見ることは初めてなので不思議なのだろう。
とはいえ、悠利の説明でヤックは、豆乳がどういうものかを理解した。それによって、見知らぬ不思議な液体だった豆乳が、知っている食材の原料という感じで情報が上書きされたのだ。
これはかなり重要なことで、人間は知らない何かだと気味が悪いと思うが、それが何か解ると大丈夫になることが多い。なので、ヤックは不思議そうに見ているだけで、豆乳への忌避感を示しはしなかった。
「これを使ってスープを作るって、ミルクスープみたいな感じになるの?」
「んー、出汁で味付けをするから、もうちょっと飲みやすい感じに仕上がると思うよ」
「出汁……?」
「出汁」
悠利の言葉に、ヤックは動きを止めた。きょろきょろと視線を彷徨わせるが、乱入者の姿はなかった。ほっと一安心したように息を吐くヤック。彼が何を警戒しているのかは、悠利にも解った。
「マグなら、夕飯まで帰ってこないよ」
「それ確実?」
「ブルックさんと一緒らしいし」
「それなら、確実かな……。あー、良かった」
「あはははは……」
ヤックがこんな反応をするのも、マグが出汁には凄い勢いで反応するからだ。出汁という単語だけで食いついてくる程度には、彼は出汁が大好きだった。何が彼をそうしたのかは、やはり誰にも解らないままだ。
マグの乱入を警戒しないで良いと解って、ヤックは目に見えて安堵していた。出汁を欲しがるマグの相手をするのは一苦労なのだ。
「まぁ、沢山作っておけば大丈夫かなって思うから」
「大丈夫だと良いなぁ……」
「でも、最近は説明したら解ってくれるようになったし」
「ウルグスが取られないように祈っておくよ、オイラ」
「……そうだね」
出汁が大好きなマグは、自分が理不尽を働いても良い相手として認識しているウルグスが相手の場合は、ご飯を奪い取りに行くのだ。勿論、ウルグスも素直に取られたりしないので喧嘩になるのだが。
まぁ、その辺りは実際に食べるときにならないと解らないので、二人は気を取り直す。彼らがやるべきは、料理である。夕飯を作るのがお仕事なのだから。
「スープってことは、具材も入れるんだよね?何入れるの?」
「今日はタマネギとシメジかな。キノコを入れると美味しくなるから」
「じゃあ、オイラはシメジの準備をするね!」
「……ヤック、流れるようにタマネギから逃げたね」
「……だって、タマネギ、目が痛くなるし……」
晴れやかな笑顔で告げたヤックは、悠利のツッコミにすっと目を逸らした。確かにタマネギを切ると目が痛くなるのは事実なので、否定出来ない悠利だった。冷蔵庫で冷やしておくと多少マシとはいえ、やはりタマネギを切るのは覚悟がいるのかもしれない。
とりあえず、手分けして具材の準備に取りかかる。
シメジは根っこを落としてバラバラにする。タマネギは少し細めの千切りで。慣れた手つきで二人はそれぞれの担当を終わらせた。
それが終われば、スープ作りだ。豆乳だけで作ると濃くなり、慣れてない者は苦手に感じるかもしれないのでお湯と半々ぐらいの分量を鍋に入れて温める。沸騰してきたら、調味料を入れて味付けだ。
「味付けに使うのは顆粒だしと、醤油と、塩かなー」
「何か、すまし汁作るときに似てる気がする」
「うん、そんな感じ。優しい味に仕上げるのが目安かな」
「優しい味……。……うーん、何となくしか解らないや」
「味見して覚えて」
「解った」
二人で味見を繰り返しながら調味料を入れていく。顆粒出汁は昆布主体のものを使っている。そうすることで、和風っぽい優しい味になるからだ。
味がある程度調ったら、シメジとタマネギを入れてしばらく火を入れる。具材の旨味が出てくることで、スープの味が完成するのだ。
「豆乳だけのときは何か豆とか豆腐っぽい匂いしたけど、こうやって味を付けるとすまし汁みたいな匂いになるんだー」
「出汁を入れると、出汁の匂いがするからそのせいじゃないかな」
「……マグが釣られる匂いだ」
「……そうだね」
マグは今ここにいないが、きっと近くにいたら「出汁?」と言いながら現れることだろう。想像に容易かった。
具材が煮えたのを確認したら、味見だ。小皿にスープを入れて、飲んでみる。
豆乳のまろやかさと、出汁のホッとする風味が絶妙に調和していた。出汁や醤油の味付けだけならばすまし汁と同じだというのに、豆乳が加わることで深みが存在している。だというのに決してしつこくはなく、優しい味というのが素直な感想だった。
また、タマネギの甘味とシメジの旨味が加わっているので、スープにコクが出ている。具材の旨味を舐めてはいけないと思わせてくれる風味だ。
ちなみに、カニカマや手鞠麩などを入れても美味しい。後、地味に春雨も合う。手元にはそれらが存在しないので、今回はシメジとタマネギにしているのだ。
なお、使うキノコは別に何でも良いのだが、マイタケを使うときだけは少し考えた方が良いかもしれない。色が茶色くなるので。今は優しい白い色合いをしているが、マイタケを入れると少し濁った色になる。それが気にならないならば、マイタケは旨味が抜群なので入れるととても美味しくなる。
悠利は今回、初めての料理を皆が気兼ねなく食べてくれるようにと、シメジを選んだ。色は大事だ。食欲と料理の色は、結構関係があるので。
「ユーリ、このスープ美味しい。ミルクスープとは全然違う」
「出汁で割ってることになるからね。飲みやすいでしょ?」
「うん!」
悠利の説明に、ヤックは満面の笑みで答えた。未知の料理だった豆乳スープが、とても美味しい料理に変化した瞬間だった。
「それじゃ、スープは出来たから他のおかずを作ろうか」
「了解!」
料理当番の仕事は、まだまだ続く。夕飯までに皆に喜んでもらえるおかずを頑張って作るのだ。気合いを入れ直し、二人でせっせと調理に戻る悠利とヤックでありました。
そんなこんなで、夕飯の時間。ミルクスープかクリームスープかと思って豆乳スープを見ていた皆は、一口飲んでその優しい味わいに魅了されていた。何とも言えずホッとする味わいだからだ。
初めて口にする豆乳に不思議そうにしているのは事実だが、それでも美味しいという感想に嘘はない。そんな仲間達を見て、悠利もご機嫌だった。
ちなみに、マグは説明される前からそこに出汁を使った美味しい料理があると理解していたのか、いの一番に豆乳スープに手を付け、さっさとお代わりに繰り出していた。出汁の信者の嗅覚は、今日も絶好調です。
「このスープとっても美味しいわね。優しい味って感じ」
「豆乳の風味がしますのに、少しも濃くないので、とても飲みやすいですわ」
「そうそう、それよ!」
楽しそうに笑顔で話しているのは、ヘルミーネとイレイシアだ。タイプの違う美少女が二人、笑顔で語らう姿は大変絵になった。
その隣でレレイは、あっという間にスープを飲み干してメインディッシュの肉を食べている。肉食大食いの彼女にとっては、豆乳スープは美味しいけれど、それより肉が優先らしい。
けれど、美味しいと思ったのは事実らしく、途中で思いついたのかお代わりをよそいに行っている。彼女は猫舌なので、スープ類のお代わりは早めに貰ってきて冷ましておくのが常だった。
「フラウはさっきから何を考え込んでいるんですか?」
「うん?あぁ、このスープに肉か魚を入れるなら、何が良いかと思っていた」
「……え?いります?肉とか魚って」
「入れたらもっと美味しくなりそうだな、と」
「どうせ入れるなら、キノコを何種類もとかの方が味を壊さないと思いますけど」
真剣な顔でスープを飲んでいたフラウの意見に、ティファーナは少し考えてから自分の意見を述べる。ヘタに肉や魚を入れると、今の優しい味が壊れてしまうのではないかと彼女は思ったのだ。
それも一理あるかと考えたらしいフラウは、ティファーナと二人で追加するならどのキノコが良いかという話題で雑談を始めた。二人と同じテーブルでスープを飲んでいたアロールは、大人二人の会話には加わらず、黙々とご飯を食べている。
ただ、豆乳スープは早い段階で完食しているので、彼女の口にも合ったらしい。自分から口にはしないが、行動は割と解りやすいところのあるアロールだった。
「とても美味しいが、その豆乳というのは珍しい食材なのか?」
「この辺ではあまり見かけないのは確かですね。豆腐の原料になるものなので、この辺りでは作らないのかもしれません」
「なるほどな」
スープが気に入ったのか美味しそうに食べていたブルックからの質問に、悠利は彼なりの考えを述べた。大豆自体はこの辺りでも手に入るが、大豆よりも枝豆の方が好まれている。そのせいか、豆乳も見かけたことはなかった。
もしかしたら、悠利がいつも豆腐やお揚げを買っているおばあちゃんのお店に行けば、売っているかもしれない。なかったとしても、頼めば取り寄せてくれる可能性はある。豆腐を持ってくる人に伝手があるなら、豆乳が手に入る可能性は高い。
そんなことを考えながら、悠利もスープを口に含む。シメジの弾力と、ほどよく食感を残したタマネギのシャキシャキ感が心地好い。和風に仕上げた豆乳スープのまろやかさと調和して、口の中が幸せだ。
豆乳が多すぎると濃くなってしまうが、出汁で割る形になっているこのスープは比較的飲みやすい。仲間達がすまし汁を嫌いではないところから、この豆乳スープを作ろうと思い立ったのだ。
「豆乳は豆腐にするかそのまま飲むかだと思っていたが、このように美味な料理になるのだな」
「僕も初めて食べたときは驚きました。それまで豆乳はちょっと苦手だったんですけど、このスープで美味しいと思えたんです」
「うむ、そのようなきっかけは誰にでもあろうな。そして、これは実に美味なスープだ」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらであろうよ。美味しい食事をありがとう」
「いえいえ」
和風食材に馴染みのあるヤクモ。その彼にしても、豆乳スープには縁がなかったらしい。初めて食べる料理に驚きつつも、堪能してくれている。
ブルックとヤクモの二人は留守番をしていたので、久しぶりの悠利の料理を堪能している節がある。もっとも、オルテスタの別荘に出掛ける前に、悠利が幾つか料理を作り置きしておいたのだけれど。
常に冷蔵庫にストックしている常備菜に加えて、二人が好きそうな料理を幾つか作ってから出掛けたのだ。どちらも料理は出来るし、大人なのだからそんな気遣いは無用だと言ったのだが、悠利がやりたいと言うと好きにさせてくれたのだ。
そんな経緯なので、二人もまったく悠利の料理を食べていないというわけではない。それでも、顔を合わせて食事をし、見たこともない美味しい料理を食べられる状況を彼らは喜んでいた。
「そういえば、僕達が出掛けている間に、何か大きな捕り物があったって本当ですか?」
「うん?あぁ、何かあったらしいな。この辺は特に騒ぎに巻き込まれなかったぞ」
「そうであるな。何やら、街の者に不義理を働く輩が成敗されたらしいが」
「物騒なこともあるんですねぇ」
「逆だ、ユーリ」
「え?」
大捕物かぁと呟いた悠利に、ブルックが笑いをかみ殺すようにして告げる。きょとんとする悠利に説明をしたのは、隣に座っていたアリーだった。
「物騒なことが起きないように、悪さをする奴らを一斉にしょっ引いたってことらしいぞ」
「……と、いうと?」
「建国祭からこっち、余所から流れてきたアホ共の中に、街の人間相手に自分達の方が強いと勘違いしてる行動を取る奴が多かったらしいからな」
「害虫駆除といったところだな」
「害虫駆除って……」
アリーの説明を、ブルックが実に端的に言い表した。間違ってはいないかもしれないが、あまりにもあんまりな言い方に、悠利が呆れる。しかし、大人三人は誰一人としてその言い方が間違っているとは思っていないようだった。
騒動があったときに自分達がいなくて良かったなぁ、と少しばかりホッとした悠利だった。元々荒事は苦手だし、仲間達の中には血の気が多くてすっ飛んでいく面々も多い。何かが起きるのはごめんだった。
そんな風に能天気な悠利は、気付いていなかった。ブルックが何か言いたげにアリーを見て、アリーが面倒そうに視線を逸らした。ヤクモはそんな二人のやりとりに気付きつつ、あえて何も言わない。大人達には、大人達の思うところがあるらしかった。
とはいえ、留守番役がブルックとヤクモの2人だったので、何事もなく終わったとも言える。彼らは自分達がどう行動するべきなのかを冷静に判断できる。また、何かに巻き込まれたところで、自力で対処が出来る。
ぶっちゃけた話をすると、ブルックとヤクモの二人は、組ませるとかなり強力なコンビだったりする。一騎当千を地で行く前衛の鬼であるブルックと、特殊な呪符型の魔導具を武器にして後方支援を担えるヤクモ。しかもどちらも判断力に優れているとなれば、鬼に金棒どころではないコンビだ。
自分達には関係のないことだと割り切って、彼らが騒動に関わらなかったのは、誰にとっても幸運なことだろう。捕まえる側の皆さんにしてみれば、いきなり過剰戦力に乱入されて現場が乱れるし、捕まる側にしてみれば、バカみたいに強い敵が増えることになるのだ。騒動が更に大きくなったに違いない。
「まぁ、こちらは概ね平和であったよ。時折レオーネ殿が遊びに来られていたしな」
「え?レオーネさん、来てたんですか?」
「うむ。土産にケーキを持って、ブルック殿とお茶をしに。我もご相伴にあずかった」
「他に誰もいないと解っているからか、いつも以上に遠慮がなかった」
「わぁ」
真顔で淡々と告げたブルックの言葉に、悠利は思わず乾いた笑いを零した。美貌のオネェは安定のようだ。顔馴染みのブルックと、大人な対応をしてくれるヤクモの二人しかいないということで、楽しく乱入してきたのだろう。
ケーキ持参というところも、実に彼らしい。隠れ甘党なので自分でケーキを買いに行けないブルックを気にかけたのかもしれない。いつもならば、悠利やヘルミーネがケーキを買いに行くのだが、その彼らがいなかったので。
「レオーネさんって、アリーさんはからかうけど、ブルックさんのことはあまりからかわないですよね」
「俺は大抵のことは聞き流すようにしているからな」
「じゃあ、アリーさんは……?」
「聞き流せないぐらいにおちょくってくるからだ」
「……なるほど」
元パーティーメンバーという関係は同じなのに、両者の間に生じるこの温度差は何だろう。そんなことを悠利は思った。思ったが、多分何となく、口では何だかんだ言いつつも面倒見の良いアリーの性格のせいではないかと、感じた。言わなかったけれど。
僕達がいない間も、こっちはこっちで楽しそうだったんだなぁと思いながら、豆乳スープを口に運ぶ。優しい味が広がって、幸せな気持ちになった。こうやって美味しくご飯を食べる時間があるのは、本当に良いことだなぁと思う悠利だった。
なお、豆乳スープのレシピをラソワールに伝えたところ、オルテスタがとても気に入ったとお返事が届いた。ついでに、豆乳のお裾分けがあったので、また作ろうと思う悠利でした。
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