友達と一緒だと時間はあっという間です
「えー、フレッドさん、もう帰っちゃうの?」
唇を尖らせてヤックがぼやく。やだなぁ、もっと一緒にいたいのになぁ、という感情がダダ漏れだ。見習い組の最年少とはいえ、普段はそれなりに落ち着いてしっかりしたところのあるヤックが、こんな風に我が儘を言うのは珍しく、皆が微笑ましく見つめていた。
そんなヤックに、フレッドは困ったような顔をしている。既に荷造りは終わっている。荷物を傍らに置き、荷物持ちの青年が迎えに来るのを待っている状態だ。
ほんの数日で、フレッドは《
何せ、マグの警戒心の高さは筋金入りだ。その彼が大切な友人として認識し、何かと気にかけ、他愛ない雑談を繰り広げるというだけで凄いことだ。マグの警戒心を解いたということは、善良だという判定が下されたのだ。よって、年齢の近い面々は友達が増えたな!という感じになったのだ。
大人組の方は、フレッドがそれなりの身分にあることを理解した上で、距離を選んでいる。ただし、この場にいる限りは悠利達と同様に一人の少年であるという認識も崩さなかった。そういう折り合いの付け方が出来るのが、頼れる大人の皆さんなのだろう。
ちなみに、大人組で唯一のポンコツ枠であるジェイクは、最初から何も気にしていなかった。師匠の教え子、というぐらいのざっくりした認識だ。基本的に彼は興味のない部分を思いっきりスルーするので、そんなものである。
「すみません。君達がいると解っていたら、僕ももう少し滞在できるように準備をしてきたんですが……」
「予定があるんだよね?」
「はい。人に会う約束がありまして……」
残念そうに呟くフレッドに、彼の周囲を取り囲んでいた見習い組や訓練生も同じような顔をした。予定があるのならば無理強いは出来ない。特に予定がないならば、もう少し泊まっていけば良いのにとなるのだが。
「残念だよなー。せっかく仲良くなれたのにさー」
「滞在」
「こらマグ、予定があるって言ってるだろ。引き留めようとするな。荷物を固定するな」
「……邪魔」
「何で俺が悪者になってんだよ!他人様の荷物を、紐で階段の手すりにくくりつけようとするな!」
カミールが本心から告げると、その隣でぼそりとマグが何かを呟いた。え?とフレッドが視線を向けるより先に、ウルグスのツッコミが光る。マグの手には紐が握られており、その片方はフレッドの荷物にくくりつけられていた。
握った紐を片手に階段の手すりとくくりつけて固定しようとしていたマグは、ウルグスに襟首を引っ掴まれて面倒くさそうな顔をしている。何でお前は邪魔をするんだと言いたげである。荷物が運べなければ、その分時間稼ぎが出来てフレッドと一緒にいられると思ったらしい。
マグがそこまで他人に執着するのは珍しいので、よっぽどフレッドのことが気に入ってるんだろうなぁと皆は思った。更に言えば、マグはフレッドには優しい。どうやら、襲撃事件を一緒に乗り越えたことで、フレッドはマグの中で庇護対象の枠に入ったらしい。悠利と似たようなものだ。
自分より弱いと思っているので、側にいる間は守ってやろうと思っている。ついでに、友達としても気に入っているので、せっかく会ったんだからもうしばらく滞在しても良いだろ?という感じだ。やり方はポンコツだったが、マグなりの意思表示である。
意味のよく解っていないフレッドに、ウルグスがマグを捕まえながらそれを説明した。この言葉の足りない少年の言いたいことを理解するのは、知り合って間もないフレッドには難しいだろうと思ったからだ。
……実際は、付き合いがそこそこある悠利達もさっぱり解らないのだけれど。
「こいつ、フレッドさんともうちょっと一緒にいたかったみたいなんだ。驚かせてすみません」
「あ、いえ……。大丈夫です。名残を惜しんでもらえてるんですね」
「こいつなりに、ですけど」
ぺこりと頭を下げて説明するウルグスに、フレッドは小さく笑った。マグは表情にあまり出ないので解りにくいが、その彼に惜しまれているのはフレッドにも嬉しいことだった。大切な友人だと思っているので。
そのマグはといえば、ウルグスに襟首を引っつかまれたまま、不服そうに唇を尖らせてぼそりと呟いた。
「邪魔……」
「だから、俺はお前の邪魔をしてるんじゃなくて、お前の暴走を止めただけだ」
「……否」
「暴走だろうが、どう考えても。お前がフレッドさんの邪魔をしてどうすんだ」
噛んで含めるようなウルグスの言葉に、マグはとりあえず黙った。黙ったが、自分の中の感情を色々と整理した結果なのか、一言呟く。それを見て、ウルグスは困った奴だと言いたげな顔をした。
「……否」
「邪魔じゃないとか言うな。後、拗ねるな」
「否」
「お前はッ!何でこの体勢から俺の首を狙ってくんだよ!?」
「急所」
「的確に急所狙いすんじゃねぇ!」
照れ隠しなのか、単純にからかわれたと思って苛立ったのかは知らないが、マグは襟首を掴まれたままの体勢で片手を動かした。首めがけて伸びた手刀は、咄嗟に反応したウルグスに阻まれる。
そこから始まる、いつもの二人の口論。マグはいつの間にか襟首を掴んでいたウルグスの手から脱出して、怪我をしない程度の攻撃をしながら口喧嘩をしている。大変物騒な光景だが、《
ただ、見慣れているとはいえ、危ないことに変わりはない。おろおろしているフレッドの隣で、悠利が「手は出しちゃダメっていつも言ってるでしょ!」と二人に向けて叫んでいる。それを聞いたフレッドがそういう次元なのか?と言いたげな顔をしていた。
マグがこんな風に食ってかかるのはウルグス相手のときだけだ。ついでに、二人の仲が悪いわけではない。マグはウルグスには気を許しているだけであり、だからこそ扱いがぞんざいなのだ。ただ、それをフレッドにすぐに理解しろというのは難しいだろう。
なので、ヤックとカミールが説明をしている。二人の言葉が足りない部分は、近くにいたクーレッシュやアロールが補った。彼らに説明されて、なるほどと言いたげにフレッドが頷いている。
そんな皆のやりとりを見ていたアリーが、隣に立っているオルテスタにツッコミを入れた。
「導師、どう考えても情報の伝達ミスだと思うのですが」
「驚かせようと思っただけなんじゃがなぁ……。まぁ、仲良くなって良かったということで」
「……導師」
平然としているオルテスタに、アリーはがっくりと肩を落とした。アリーとしては、貴重な再会を思う存分楽しませてやりたかったのだ。だが、前情報がなかったせいで数日で終わってしまった。もどかしい気持ちがあるのだろう。
悠利達が生きる世界と、フレッドが生きる世界はあまりにも違いすぎる。建国祭での出会いは偶然で、奇跡のようなものだった。ただの少年として出会い、ただの友人になった。そんな奇跡は、もう二度と望めないはずだった。
オルテスタの気まぐれで用意されたこの場所は、悠利達にとって途方もない幸福だった。もう二度と会えないはずだった友人と再会することが出来た。誰に憚ることなく友と呼び、楽しい時間を過ごすことが出来た。
きっとフレッドも悠利達も、この短い時間を宝物のように受け止めるだろう。それだけで十分だと笑うだろう。少なくとも、悠利とフレッドはそうするだろうとアリーには解っていた。あの二人は、年齢の割にそういうところの物わかりが良すぎるのだ。
特に、フレッドはその傾向が強い。自分がどういう風に見られているのか、どういう風に振る舞うべきなのかを、彼はしっかりと理解している。我が儘を口にすることで周囲にかける迷惑を知っている。だからきっと彼は、自分からは決して望まない。
「……ちっ」
思わず舌打ちをしたアリーを、オルテスタが見上げる。黙っていれば月に拐かされそうだと弟子に称される美貌の持ち主は、苦虫を噛み潰したような顔をしている男に対して、笑みを浮かべた。端整な顔立ちに浮かぶのは、にんまりとした笑みだった。
「アリー殿、儂から一つ提案があるのじゃが」
「何でしょうか」
「また後日、子供らを連れてここへ来るつもりはないかな?」
「……は?」
呆気にとられるアリーに、オルテスタはからからと笑う。楽しそうな外見美少年の言葉を引き継いだのは、二人の隣でのんびりとしていたジェイクだった。
「あぁ、あの子も一緒に呼び寄せようという魂胆ですね、師匠」
「魂胆と言うな、バカ弟子」
「えー、どう考えても魂胆じゃないですか。あんなワケありっぽい子を呼び寄せるとか」
「人聞きが悪い。別れを惜しむ子供らの姿に心を打たれただけにすぎんわ」
「……師匠が?」
「何じゃその顔は」
「師匠がそこまで気にかける相手も珍しいなぁと思っただけです」
師匠と弟子の軽快なやりとりを、アリーは呆れた顔で見ていた。どちらも互いに対して遠慮がどこにも存在しなかった。ある意味で師弟らしいとも言えるのだろう。
とはいえ、ジェイクの指摘からオルテスタが何をしようとしているのかは理解できた。つまるところ、今回は不意打ちで予定を合わせたわけだが、今度は示し合わせてここへ来いということなのだろう。恐らく、仲介はオルテスタが担ってくれるはずだ。
それは、アリーにとって願ってもないことだった。少なくとも、別れを惜しむ若手組とフレッドを友人として交流させるのは、ありがたい。ここ以外の場所では叶わないだろうと解っているからこそ。
「……今回と同じように、彼と予定を合わせて我々を呼んでくださるということで良いのですか?」
「そちらが嫌でないのなら。フレッド殿も、否やとは言わんじゃろうよ」
「感謝します」
弟子と戯れながらも、オルテスタは楽しげに笑って答えた。アリーは謝意を示すように軽く頭を下げる。
そこでオルテスタは、ふと思い出したように口を開いた。
「あぁ、今回は儂の思惑だけでなく、ある御仁の頼みもあって、お主らを呼んだのじゃ」
「は?初耳ですが」
「言い忘れておった」
「師匠ー、もう物忘れですかー?森の民ならまだ老け込む年齢じゃないは……もがっ」
「口の減らん弟子め。黙っておれ」
「はーい」
茶々を入れたジェイクに、オルテスタは煩い口を塞ぐように懐から取り出したクッキーを押し込んだ。もぐもぐと咀嚼したジェイクは、師匠の台詞に従うように気の抜けた返事をした。
訝しげな顔をしているアリーに向けて、オルテスタは小声で告げる。その顔は、どこか悪童めいていた。
「王都で少々捕り物があるとのことでな。騒ぎになるであろうから、こちらへ避難させるように、と」
「……何があったかは、留守番に聞くことにします」
「うむ。まぁ、そちらに直接的な影響はなかろうよ。何でも、王都にたむろする不埒な輩を一掃するとのことであるし」
ケロリとしたオルテスタの言葉に、アリーは盛大にため息を吐いた。今のやりとりで彼には何のことかあらかた解ったのだ。解ったのだが、解ったからこそ、色々と疲れてしまうのだった。常識人は辛いよ。
言うべきことは言ったとして、オルテスタはわちゃわちゃしている悠利達の元へと歩いていく。アリーの了解は取ったので、別れを惜しむ子供達に説明をしてやろうという感じだ。
「フレッド殿」
「あ、導師。大変お世話になりました」
「うむ、楽しく過ごせたようで何よりじゃ。ところで、フレッド殿さえ良ければ、第二回を開催するのはいかがかな?」
「はい……?」
「今度はもう少々余裕を持った日程で」
にこりと微笑むオルテスタの言葉に、フレッドは固まった。何を言われたのかよく解っていないのだ。正確には、予想外の提案をされたことで処理が遅れているというところだろうか。
そのフレッドに変わって食いついたのは、悠利とヤックだった。二人の隣で、マグも前のめりになっている。
「オルテスタさん、それって、またここで僕らが遊んでも良いってことですか!?」
「フレッドさんにまた会えるの!?」
「……再会、可能?」
「うむ。アリー殿の了解は既に取ってある。予定が合えば、ここで共に過ごすのも良かろうと思ってなぁ。何せ、蔵書は膨大じゃ。勉強にもなると思うが?」
オルテスタの言葉に顔を輝かせていた一同が、最後の台詞で途端に表情が曇った。確かに言われている通りここの蔵書は膨大で、座学のお勉強に役立つ資料が山盛りだ。きっと調べ物がはかどるだろう。
しかし、そこはお勉強よりも遊びたいお年頃の面々だ。友達と遊べると思ったら、強制勉強会になりそうな予感に怯えているのである。
けれど、オルテスタのその言葉の受け取り方が違う人物がいた。フレッドだ。
「つまり、導師御自ら教えてくださるという名目ならば、私がここに来やすいであろうということでしょうか?」
「日程の全てを勉学に費やす必要はなく、適度な休憩は必要じゃろう?」
「導師のお心遣い、感謝いたします」
茶目っ気たっぷりなオルテスタのウインクに、フレッドは満面の笑みを浮かべて頭を下げた。意味を理解した悠利達も、ぱぁっと顔を輝かせた。
つまりオルテスタは、勉強を口実に遊びに来いと言っているのだ。勿論、きちんと勉強もしなければならないだろうが、余裕を持った日程で来訪すれば、楽しく遊ぶことも可能だろう。そういう提案である。
「それじゃあ、また、ここで会えるってことだね!」
「そういうことになりますね」
「やったー!オイラ、もうフレッドさんには会えないかと思ってたから、凄く嬉しい!」
「……同意。……感謝」
「……すまんが、何が言いたいのか教えてもらえると助かるんじゃが」
手をたたき合って喜ぶ悠利達。微笑ましく彼らを見ていたオルテスタは、マグに真顔で一言だけ告げられて、何のことかさっぱり解らずに通訳を求めた。
自分の仕事だと理解しているウルグスは、マグがフレッドとまた会えることを喜び、その機会を与えてくれたオルテスタに感謝しているのだということを説明する。今日も通訳は絶好調である。
「ふむふむ、またここで修行できるってことだよね。よーし、今度こそ現し身を完封するぞー!」
「そうね、レレイ。あの現し身を完封できてこそ、今の自分を越えたことになるものねぇ」
「ですよね、マリアさん!」
また来られると解って俄然張り切るレレイとマリア。脳筋系女子二人は、今日もとても元気だった。その姿を見ながら、リヒトとラジがぼそりと呟く。
「もういっそ、あの2人は現し身の間に宿泊すれば良いんじゃないだろうか」
「そうすれば、僕らが引っ張り出されることもないですよね」
「それな……」
手合わせの相手として常日頃巻き込まれている男二人は、哀愁を背負った背中で解り合っていた。あの2人も大変だなぁと皆は優しく見守るのだった。
なお、見守るだけで手助けはしない。もとい、割り込むと大変なことになるので何も出来ないのだ。
「フレッド様」
「アリーさん。今回は、お会いできて嬉しかったです」
「こちらもです。……次の機会がありましたら、また、ここで」
「はい、導師のご厚意に甘える形になりますが、是非」
元々顔見知りで、顔を合わせる機会も存在するアリーとフレッドの会話は、そこまで湿っぽくはならない。場所が限られていても、彼らは顔を合わせる機会がある。
けれど、フレッドがただのフレッドとしてアリー達に会える場所は、今までどこにもなかった。オルテスタの気まぐれが発端だが、この場所があることは彼ら二人にとっても喜ばしいことだった。重苦しい何かを、面倒な何かを、背負うことがない場所で言葉を交わせるのだから。
「次は是非、ブルックさんにもお会いしたいです」
「あいつは連れてきたら、現し身の間から出てこない気がしますがね」
「それはそれで、実に見応えのある戦闘が見学できるかと」
「目で追えるかは解りませんよ」
「あぁ、それがありますね。ですが、楽しみにしておきます」
「はい」
握手をして、二人は頭を下げる。それを見計らったかのように、呼び鈴が鳴った。ラソワールが扉を開ければ、初日にいたのと同じ青年が立っていた。
「フレッド様、お待たせいたしました。荷物をお持ちします」
「ありがとう。お願いします」
「はい」
フレッドに挨拶をした青年は、悠利達にも一礼をしてから荷物の元へと歩く。オルテスタには特に深々と頭を下げたが、特に何かを言うことはなかった。
青年が荷物を手に取ると、フレッドも皆に向けて頭を下げた。名残惜しいが、迎えが来たのだからお別れの時間だ。
「皆さん、とても楽しい時間をありがとうございました。お元気で」
笑顔で告げたフレッドに返されるのは、元気でという言葉や、また会おうねという言葉だった。人数が多いので、がやがやとするが、それをもフレッドは嬉しそうに受け止める。
「フレッドくん」
「はい、ユーリくん」
「またね!」
「……っ、えぇ、また!」
あの日、建国祭の別れのときに告げたのと同じ言葉。けれど、あのときとは違って、今日は再会を信じて告げることが出来る。また友人として会えると、彼らは知っている。だから、その言葉はとても晴れ晴れとしていた。
荷物持ちの青年と共にフレッドが去っていく。その背中には、彼の姿が転移門のある小屋の扉に消えるまで、悠利達の元気な声が届いているのだった。
つかの間の楽しい時間は終わったけれど、次の機会があると解っているからこそ、笑顔で別れることが出来るのでした。
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