育ち盛りも喜ぶ、卯の花サラダ

「あの、ラスさん、聞いて良いですか?」

「何でしょうか」

「もしかして、オルテスタさんって大豆がお好きなんですか?」


 悠利ゆうりの質問に、ラソワールは首を傾げた。何がでしょうか?と静かに問いかける美貌の家憑き妖精・シルキー。メイドさんのような装いと相まって、実に麗しい。

 そんな彼女に、悠利は自分が感じたことを素直に伝えた。


「ここで使われてる食材に、大豆関連のものがとても多いなぁと思ったからです」


 手にしたおからを示しながら、悠利が告げる。おからだけではない。ここの冷蔵庫には、豆腐やお揚げ、豆乳などが常備されている。ついでに、味噌と醤油もある。ないのは納豆ぐらいだ。

 悠利の言いたいことを理解したラソワールが、困ったような顔で口を開く。美しい面差しのシルキーさんは、そんな表情をしていても目の保養だった。


「そうですね。マスターは大豆というか、豆類がお好きです。ですので、大豆の加工品も好んで食されます」

「もしかして、森の民の皆さんって菜食主義者とか、豆類大好きとかだったりするんですか?」

「いえ、違います。単なるマスターの好みです。森の民はどちらかというと肉食です」

「え」


 エルフ耳の神秘的な雰囲気の長命種である森の民は、悠利の中ではどちらかというと野菜や果物、木の実を愛してそうなイメージだったので、思わず声が出た。そんな悠利に、ラソワールはさらりと事実を教えてくれる。


「そもそも、森の民は生活を森で完結することを至上としております。マスターのような一部の例外を除いて森から出ないのはそういうことですね」

「それと肉食がどういう関係で……?」

「森の中では、畑をするよりも果実や木の実、そして獣や魔物を狩って食べる方が効率が良いからだそうです」

「……あー、なるほど。狩ったお肉を全力で食す感じですか……」

「そうなります」


 僕のイメージしてた森の民と違うなぁ、と悠利は思った。果物や木の実を好むのはともかく、狩猟系民族のノリが出てくるとは思わなかったのだ。ただ、冷静に考えれば森を切り開いて畑を作るのは、森と共に生きる森の民には不似合いかもしれない。……と、無理矢理自分を納得させた。

 ちなみに、森の民の食生活は生活する森の状態によって変化する。広大な湖を有する森に住む森の民は、肉より魚を好む場合もあるのだ。とりあえず、森の中で木の実や果物を好むという以外は、生活地の肉事情で好みが変わる森の民の皆さんだった。

 なお、オルテスタは森を出て外の世界で色々な物を食べた結果、豆が気に入ったということだった。種類が豊富で、調理方法も様々。さらには大豆は加工食品としても優秀とあって、オルテスタのお気に入りであった。


「そういえば、食材の調達ってどうしてるんですか?」

「学園都市の方へ買いに行っております。あちら側の出口はマスターの研究室ですので、私が出歩いてもどなたも何も気にされませんから」

「というか、ラスさん、余所に出掛けられるんですね?」

「短時間だけでしたら、可能です」

「あ、それでも短時間なんですね」

「はい。私の基盤はここにありますので」

「なるほど」


 ラソワールは家憑き妖精だ。家憑き妖精はその名の通り家を拠り所にするので、長時間離れるのは御法度だった。そもそも、悠利は離れられると思っていなかったので、お買い物に行けるだけ凄いなと思った。

 はたと話が脱線していたことに気付いた悠利は、慌てて本題を口にした。


「あの、このおからって何にするつもりでした?」

「野菜やお揚げと炊くつもりでしたが、何か……?」

「えーっと、そのー……」

「ユーリ様?」


 ある意味で予想通りだったラソワールの答えに、悠利は困ったなーと言いたげな顔をした。ラソワールが言っているのは、お惣菜売り場で見かけるおからの炊いたもののことだろう。卯の花とも呼ぶが、恐らく、それで間違いはない。

 問題は、その卯の花が、多分、若手組のお口にあんまり合わないだろうということだ。そもそも、ヘルシーなおかずすぎるとも言えた。悠利は卯の花は好きだけれど、同級生の反応などを思い出すと、多分確実に、訓練生の若手や見習い組は微妙な反応をするに違いない。

 ……約一名、出汁にご執心の少年を除いて。


「多分なんですけど、その料理は、あんまり喜ばれないかなーと」

「そうなのですか?」

「多分、皆には落ち着いた味すぎるかな、と」

「なるほど。年寄りのマスター好みの料理では、若い皆様のお口には合わないかもしれないということですね。ご指摘ありがとうございます」

「ラスさん……」


 職務に忠実な家憑き妖精さんは、己の主の好みを一刀両断してくれた。今は、お客様をおもてなしすることが最優先なのだろう。悠利が言葉を選んだのに、ラソワールは何も気にしていなかった。強すぎる。

 とはいえ、これで話が噛み合った。悠利が何を困っていたのかが通じたラソワールが、柔らかく微笑む。おからを手にしたままの悠利に、彼女は楽しげに口を開いた。


「それで、ユーリ様にはおからを皆様好みに調理する妙案がおありなのですね?」

「妙案ってほどじゃないんですけど、皆が好きそうな料理には出来るかなぁって」

「承知しました。それでは、おからを使った一品、よろしくお願いいたします。必要な食材は申しつけてくださいね」

「はい!」


 自分が言い出さずとも理解しているラソワールの言葉に、悠利は満面の笑みを浮かべた。おからを手にしながら、とても良いお返事だ。

 ラソワールに許可を貰ったので、悠利はうきうきと調理に取りかかる。おからを使って作るのは、マヨネーズで和えた卯の花サラダだ。ちょっとポテトサラダに似た食感に仕上がるし、マヨネーズは皆大好きなので喜んでくれるだろうと思ったのだ。

 まずは、具材の準備だ。この卯の花サラダはメインディッシュでもないし、小鉢の一つという扱いなので、あまり具沢山にはしない。その方が、おからの食感を楽しんでもらえるような気がしたからだ。

 なので、使うのはシンプルにキュウリとコクが欲しいので脂の載ったハムっぽいものを拝借する。これの正しい名称を悠利は知らないが、お店で買うときはビアソーセージだの、ボロニアソーセージだの書いてあるやつを選んでいた。こちらでどう呼ぶのかは知らない。

 キュウリは輪切りにする。何故かというと、ソーセージが薄切りだからだ。同じような大きさの方が良かろうという何となくの判断だった。多分、その方が食感が調和するような気がしたのだ。

 ただし、いつものごとく何となくなので、明確な根拠はどこにもなかった。悠利が作るのは家庭料理なので、割といつもそんなものである。


「お塩ー、お塩ー」


 キュウリのスライスが終われば、ボウルの中に入れて塩もみをする。しばらくこのまま馴染ませて、水を抜くのだ。この作業をして水気を取っておかないと、サラダがべちゃべちゃになるのだ。

 そもそも、キュウリはその成分の殆どが水分だ。マヨネーズと和えるとそこに塩分があるので、水が出てきてしまう。なので、あらかじめ少しでも水気をとっておくと美味しく仕上がるのである。

 続いて、ソーセージの準備に取りかかる。そう、ソーセージである。ハムっぽい形をしているが、多分、ハムではない。お店で売っているのもソーセージと書いていたし。

 ごろんと大きなそれを必要な分量スライスして、食べやすい大きさに切り分ける。作る途中で火を通してあるので、そのまま食べても大丈夫なのがありがたい。

 一かけ味見で口の中に放り込むと、肉の風味と脂の旨味、そして塩胡椒や香辛料の風味がふわりと香る。ここに置いてある食材は良い物ばかりなので、このソーセージも絶品だった。多分、ほどほどの大きさに切って提供すれば、それだけで酒が飲める。


「あ、美味しい」


 悠利は未成年なのでお酒は飲まないが、このソーセージはとても美味しかった。サンドイッチにしても大変美味しく出来上がること間違いなしだ。というか、これをおかずに白米が食べられる気がした。

 ソーセージの準備も終わったので、次は大きなボウルにおからを放り込む。このおからはしっとりさが残っている生タイプのものなので、そのまますぐに使えそうだった。

 おからを乾煎りして一手間加えるパターンもあるのだが、悠利が作るのはそのまま混ぜてしまうタイプ。しっとりしたおからに具材とマヨネーズを加えて混ぜれば終わりだ。実にお手軽。

 どの作り方が正しいかは、悠利にもよく解らない。ただ、自分が美味しいと思ったものを、自分が作りやすいやり方で作っているだけだ。料理の仕方も、味付けも、作る人や食べる人の数だけあって良いと思う悠利だった。

 ……まぁ、食べられるものを作成するという基本事項は守ってもらいたいものだが。ダークマターを生成するのはよろしくない。


「何を作られるんですか?」

「あ、ラスさん。……分身ですか?本体ですか?」

「本体でございます」

「あ、今日は本体なんですね」

「丁度手が空きましたので」


 興味深そうに現れたラソワールに、悠利は驚いた次の瞬間に質問を投げかけた。そんな彼にさらりと答えるラソワール。分身ではなく本体が見に来たということは、それだけ興味があったのだろう。


「ラスさんは、ポテトサラダはご存じですか?」

「はい。マヨネーズを購入したときに教わりました」

「なら、話が早いですね。ジャガイモの代わりにおからを使って、ポテトサラダのような料理にしようと思ってるんです。卯の花サラダって言うんですけど」

「なるほど……。マヨネーズでしたら、皆様喜ばれますね」

「そうなんです」


 納得がいったと言いたげなラソワールに、悠利はにこにこと笑った。何を作るかが解ったら満足したのか、ラソワールは仕事に戻っていった。おからが何に化けるかが気になったのだろう。

 ラソワールとの会話を終えた悠利は、キュウリの様子を見る。水が出てきているのでよく切って、手で軽く絞る。キッチンペーパーがあると便利なのだが、流石に異世界には存在しない。なので、手で絞っている。なお、布巾を使うのも一つの手である。

 ざっくり水気を絞れたら、おからを入れたボウルにキュウリも入れる。キュウリと同じぐらいの大きさに切ったソーセージも入れる。ヘラでざくざくと全体を混ぜ合わせたら、次は調味料の出番だ。

 使うのは、マヨネーズと塩と胡椒だ。まずマヨネーズをたっぷり一カ所に置き、その上に塩と胡椒を適量振る。最初にマヨネーズと塩胡椒を混ぜ合わせることによって、全体に塩と胡椒が行き渡るようになるのだ。

 マヨネーズが全体に馴染むように混ぜたら、味見をする。おからにはあまり味がないので、マヨネーズとソーセージの旨味で味付けをする感じだ。口の中に入れて、ぱさぱさせずに旨味が広がったら良い塩梅。完成だ。


「出来上がり。皆、喜んでくれるかな」


 そもそも、おからを知らない皆なので、こういう料理として出してもすんなり受け入れられる可能性が高かった。唯一気にかかるのはオルテスタの反応だが、あの合法ショタのお師匠様は、年の功なのか割と何でも気にせず食べてくれる。むしろ、知らない料理を面白がって食べるところがあった。強い。

 今から、皆の反応が楽しみな悠利。小鉢に人数分の盛り付けを終えると、ラソワールの仕事を手伝うのだった。




 そして、昼食の時間。一人ずつどの料理も器に盛り付けて並べられているので、争奪戦などが起きない実に平和な食事の始まりだ。

 食事の前にラソワールが本日のメニューを軽く説明するのが恒例で、その中で悠利が作った卯の花サラダも紹介された。おからが何かよく解っていない面々は、特に気にもとめず。おからが何かを知っている面々は、少し驚いたような顔で。けれど、誰もその料理を拒絶しようとはしなかった。

 特に、若手組はマヨネーズで味付けされていると知って、嬉々として食べている。あっさりとしたポテトサラダみたいなものだからだろう。ソーセージの旨味も効いていて、とても美味しく仕上がっているからだ。

 更にここに、オマケが付いてくる。

 ポテトサラダと違って、卯の花サラダはカロリーが低い。とても重要だ。ポテトサラダはジャガイモなので、サラダと名付けてあってもカロリーが高い。ジャガイモは結構カロリーが多いのだ。主食の代わりに使われそうな感じの食材なので。

 そんなわけで、美味しいのにカロリーが低いと知って、女性陣がうきうきでお代わりをしている。沢山作っておいて良かったと悠利は思った。


「ユーリくん、これは本当に大豆なんですか?」

「大豆というか、大豆から豆腐を作るときの絞りかすだよ」

「そのようなものまで、こんなに美味しく作ってしまうなんて……」

「いやあの、フレッドくん?おからはそもそも、食べられるものだよ?」


 物凄く感心しているフレッドに、悠利は思わずツッコミを入れた。確かに彼には馴染みのない食材かもしれないが、おからは食べ物だ。別に、廃棄される何かを料理にしたとかではない。

 むしろ、栄養満点でとても身体に良い食材だ。悠利に視線を向けられたオルテスタも、力強く頷いてくれている。豆類大好きな導師様は、おからも大好きらしい。そして、マヨネーズで和えた卯の花サラダも、大変お口にあったらしく、大満足していた。

 そんな悠利の言葉も聞こえていないのか、フレッドは感心しきりで卯の花サラダを食べている。スプーンで掬って口へ運ぶ所作は、とても上品だ。けれど、もぐもぐと咀嚼するときの美味しそうな表情は、年齢相応にも見えた。

 マヨネーズのおかげかしっとりとしたおからの食感は優しく、口の中にじゅわりと広がる沢山の旨味がフレッドに笑みを浮かべさせる。おからの食感はマッシュポテトに近く優しい。キュウリはシャキシャキした食感を残している。そして、薄切りにされたソーセージは小さいながらも肉の弾力を感じさせるのだ。

 食べたことがない料理でありながら、ポテトサラダに似ているからかひどく馴染みやすい。そんな不思議な料理だった。


「ユーリくんって、本当に料理が上手なんですね」

「上手っていうか、料理をするのが好きなだけだよ」

「何言ってるのさ!ユーリは滅茶苦茶料理が上手だよ!ユーリが上手じゃなかったら、誰が上手なのか解らないよ!」

「同意」

「……二人とも、落ち着いて。フレッド君が驚いてるから」


 のほほんとした悠利の返答に納得がいかなかったらしいヤックとマグが、正面からツッコミを入れてくる。その剣幕の強さにフレッドは目を白黒させている。彼の知っている食卓では、こんな騒々しさは無縁だ。


「だって、ユーリが料理上手なのは本当じゃん」

「同意」

「ほら、マグも同感だって」

「解ったから、落ち着いてってばー。確かに料理はそこそこ得意だけど、でも僕、料理人とかじゃないから、知識とかはそんなにないんだって」

「でも料理上手だし」

「同意」

「……褒めてくれるのは嬉しいけど、圧が怖いよ、二人とも……」


 悠利は別に、自分が料理が得意じゃないと思っているわけではない。食べたいと思う料理を一通り作れるのは、それなりのスペックが必要だと解っているからだ。

 ただ、自分はあくまでも素人だという意識を持ち続けているだけなのだ。悠利が作る料理はあくまでも家庭料理で、その調理方法だってプロの目から見れば間違っていたり穴だらけだったりするかもしれない。

 そういう風に考えてしまうので、自分で上手だと言えないのだ。だから彼の中では、自分は料理が好きだという認識になるのである。

 そんな悠利達のやりとりを見て、フレッドが楽しそうに笑った。きょとんとする三人に、少年はやはり楽しそうなまま言葉を発した。


「皆さんは本当に仲良しなんですね。賑やかで楽しいです」

「まぁ、仲悪かったら喋らないよね?」

「無視」

「……えーっと、マグそれ、仲が悪かったら無視するってことで良いの?」

「諾」

「もー!最近ちょっと喋るようになったと思ったのに、ウルグスが近くにいたらすぐ面倒くさがって言葉が少ないー!」

「面倒」


 隣に座るマグに同意を求めたヤックは、相変わらずの単語でしか返事をしてくれないマグにぶーぶーと文句を言った。しかし、マグはどこ吹く風でケロリとしている。

 確かに最近では、以前より口数が増えたマグだ。聞いている側に解るように、多少単語が増えてきたのも事実。しかし、手近な場所にウルグスがいると、面倒くさがって元に戻るのだ。完璧な通訳がいるのも考え物である。


「本当に、仲良しで賑やかなんですね」

「そうだねー」


 微笑ましく二人のやりとりを見ているフレッド。その表情が楽しそうなので、悠利も一応同意はしておいた。

 いつもはもっと賑やかなんだけどなーと思いながら、悠利は慎ましくそのことは黙っておいた。知らぬが仏だ。正真正銘の育ちの良い少年であるフレッドには、知らせなくても良い世界かもしれないと思ったので。

 何せ、料理の争奪戦が起きていない。これだけでとても平和な光景だ。仲良しで賑やかというフレッドの評価で収まる程度のやりとりしかしていないのは、これが原因だ。

 料理はお代わりをしても大丈夫なように余裕を持って作ってあるし、大皿に盛りつけるのではなくお代わりの申告制だ。ラソワールがすぐさま用意してくれるので、取り合いになることもない。実に平和な食卓だった。


「この卯の花サラダ、作り方を教えてもらうことは可能ですか?」

「え?別に大丈夫だけど、何で?」

「とても美味しいので、家でも作ってもらおうと思いまして」

「……フレッドくんのお家で食べるような料理かな、これ……」

「美味しくて栄養もあるなんて、皆が喜ぶ料理ですよ?」


 にこにこ笑顔のフレッドに、悠利は「それはそうなんだけど……」と少しだけ遠い目をした。フレッドの素性を知っている身としては、彼の食卓に並ぶ料理に卯の花サラダが加わるのはどうなんだろうと思ってしまったのだ。だってどう考えても庶民飯なので。

 それでも、フレッドが何故そんなことを言い出したのかをうっすら察した悠利は、笑う。そんなものを縁にしようとしてくれる友達の思いが、嬉しかったのだ。


「フレッドくんがそんなに気に入ってくれたなんて、嬉しいな」

「ユーリくんのご飯はとっても美味しいですよ」

「そう言ってもらえるのが、僕は一番嬉しいんだ」

「君らしいですね」


 食べた誰かに喜んでもらえるのは、悠利が何より好きなことだ。それが大切な友達だったら、なおのこと。この卯の花サラダも、フレッドを含む皆が喜んでくれるかなと思って作ったので、気に入ってもらえて本当に嬉しいのだ。


「ユーリさん、大変です」

「はい?どうかしましたか、ラスさん」

「卯の花サラダが、残り、小鉢一杯分しかございません」

「……わぁ。皆、よく食べたんだねぇ……」


 気配もなく現れたラソワールにちょっとだけ驚きつつ振り返った悠利は、告げられた言葉に目を点にした。気に入ってるだろうとは思ったが、予想以上に大好評だったらしい。

 けれど、彼女が何故それを言いに来たのかが、よく解らなかった。お代わりを用意するのは悠利の仕事ではなく、全てラソワールがしてくれていたのだから。

 そんな悠利に、ラソワールは柔らかく微笑みながら告げた。人形めいた顔立ちが、柔らかな印象に変わる。


「フレッド様は、もうお代わりは必要ありませんか?」

「え?僕、ですか?」

「はい。他の皆様はユーリ様にまた作っていただけますし、マスターには私がお作りします。ですが、フレッド様が同じ味を食べることが出来るかは、解りませんでしょう?」

「ラソワールさん……」


 客人をもてなすことに全力を尽くしている家憑き妖精さんは、一人別の場所へ帰るフレッドへの気遣いを優先したらしい。皆のお代わり乱舞も一段落しているので、誰も彼らのやりとりに口を挟まない。というか多分、聞いていない。

 美味しく他の料理を堪能している皆を見て、どうしようか悩んでいるらしいフレッドを見て、悠利は笑顔で口を開いた。作った者としての、素直な感想を。


「お腹が大丈夫なら、フレッドくんに食べてもらえると嬉しいかな。僕の手料理を食べてもらえることなんて、きっと、そうそうないから」

「ユーリくん……。そうですね。それでは、お言葉に甘えていただきます」

「承知しました。では、用意いたしますね」


 フレッドの返答に満足したように微笑むと、ラソワールは優雅な仕草で一礼して去っていった。相変わらずの、出来るメイドさんという印象だった。エプロンドレスを翻す姿さえ、とても絵になる。

 悠利がレシピを教えることで、フレッドが帰還してからも卯の花サラダを食べることは可能だろう。けれど、同じレシピでも作り手によって少しずつ味が変わってしまうのが料理の不思議なところだ。微妙な匙加減が異なるからだろうか。

 だから、ラソワールはフレッドに友人である悠利の手料理を優先的に渡そうとしてくれた。彼女はフレッドの素性を詳しくは知らない。悠利達との関係も、建国祭で知り合った友人としか知らない。

 それでも、フレッドと悠利達がそう簡単に出会うことが出来ないのだということを、彼女は察している。それゆえの気遣いだ。優しいなぁと呟いた悠利に、そうですねとフレッドも微笑みながら同意するのだった。




 食後、低カロリーで栄養価も高い卯の花サラダは、主に女性陣から「また作ってね」と頼まれるのでした。どうやら《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の定番料理が増えそうです。




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