お友達は地味に文武両道でした。


 飛び入り参加のフレッドを交えての鍛錬は、いつもと少し違った。興味本位で悠利ゆうりが見学者としているのも理由だろう。けれどやはり大きいのはフレッドの存在だ。見習い組も訓練生も、少年の存在に良い刺激を受けているようだった。

 今は、武器を持たずに生身で組み手の鍛錬をしている。おおよそ実力が近しい者同士で組ませることを目的としているのか、レレイの相手はリヒト、マリアの相手はラジが担っていた。友好的に手合わせをしているレレイとリヒトに対して、マリアとラジは時々ラジがマリアに怒鳴っている。いつも通りだった。

 そんな中、フレッドと組み手をしているのはクーレッシュだった。体格もさほど変わらない二人は、良い勝負をしていた。見学中の悠利が感心するぐらいには、フレッドはクーレッシュとほぼ互角のやりとりを見せている。


「フレッドくん、実は結構強かったのかなぁ……?」

「キュ?」

「でも、その割には襲撃されたときはあんまり反応してなかったよねぇ?」

「キュイ」


 悠利に問いかけられて、大人しく彼の足元で一緒に見学していたルークスはこくこくと頷いた。全身を縦に動かす仕草は頷いているときのそれだ。可愛い従魔の同意が得られたので、悠利は「だよねぇ?」と首を傾げた。

 今、目の前で見ているフレッドは随分と動けているように見える。斥候職とはいえ、クーレッシュも戦えるように色々と身につけている青年だ。それと良い勝負をしているのだから、フレッドの実力は決して低くはないだろう。

 けれど、悠利の記憶にある限り、建国祭で襲撃されたときのフレッドの動きは鈍かった。驚いていたというのもあるだろうが、アレは戦える人間のそれではなかったように、悠利は思う。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の仲間達を見ている悠利だからこそ、そう思うのだ。


「何でかなぁ……?」

「何か気になることでもありましたか?」

「あ、ジェイクさん。いえ、ちょっと気になっただけなんです」

「僕で良ければ聞きますよ?」

「お願いしても大丈夫です?」

「はい、勿論」


 悠利とルークスが二人でうんうん唸っているのを見て気になったのだろう。ジェイクが二人の側にやってきて、声をかけた。

 自分では判断が出来なかったので、他人の意見が聞けるのはありがたいことだ。悠利は、ジェイクの提案に渡りに船とばかりに乗った。悠利の足元では、ルークスも興味津々といった瞳をしていた。……似たもの主従である。


「フレッドくんって、強いのか弱いのかどっちなのかなぁと思ったんです」

「彼の強さ、ですか?」

「はい。今、フレッドくんはクーレと良い勝負をしてますよね?でも、建国祭で襲撃されたときは、あんな風に動けてなかったんです。だから、どっちが本当なのかなーと思って」

「あぁ、そういうことですか。簡単ですよ」


 悠利の質問に、ジェイクはにこやかに笑った。戦闘とは無縁そうな学者先生であるが、色々と分析したり判断したりするのは得意なジェイクだ。悠利の疑問の答えも、すぐに解ったらしい。

 しかし、悠利にもルークスにも解らない。なので一人と一匹は、大人しくジェイクの言葉を待った。


「今やっているのはあくまでも鍛錬です。決まりのある試合のようなものだと言えば解りますか?」

「……何となく?」

「お互いに同じ土俵の上で、同じ規則を守って、互いを不必要に傷つけないように気遣って身体を動かしているにすぎません。だから、二人が互角に見えるんです」

「……本当は互角じゃないんですか?」

「性質が違う強さと言うべきですね」


 首を傾げる悠利に、ジェイクは説明を続ける。こういうときの彼はとても頼りになる先生なのだ。


「襲撃を受けたときに彼が動けなかったというのも、無理はありません。彼の武術の腕前はそこそこあるでしょうが、それらは全て学んだだけです。実践が伴っていません」

「えーっと……?」

「きっと、彼は自分が戦う必要などない立場なんでしょうね。常に守られる側であり、危険を察知したとして、自分一人で対処する必要がない。……ようは、戦いには慣れていないんです」

「あ……」


 ジェイクの説明に、悠利は小さく声を上げた。常に護衛が側にいるだろう少年が、自分で敵と戦うことはないだろう。むしろ、そんなことが起きては困る。だからフレッドは実戦に慣れていない。

 対してクーレッシュ達は冒険者だ。ルール通りでなくとも、多少卑怯な方法だろうと、敵を倒して生還するための術と、ごく普通にそれが出来る精神を有している。

 戦いを生業の一つにする者と、あくまでも守られる側である者の違いは、確かにそこにある。今は目に見えていなくとも。


「つまり、実戦になったらクーレの方が強い、と」

「まぁ、実際クーレはそれなりに強いですよ」

「そうなんですか?いつも自分は弱いって言ってるんですけど」

「比較対象がレレイですからねぇ。アレと比べるのは酷かと」

「あー……」


 物凄く納得した悠利だった。

 常日頃クーレッシュが行動を共にすることが多いのは、同年代の訓練生であるレレイだ。彼女は猫獣人の父親から身体能力を受け継いだ格闘家だ。拳で何でも粉砕しそうなお嬢さんを基準にしていたら、クーレッシュが自分を弱いと言うのも無理はなかった。


「フレッドくんが決まりを守った範囲での綺麗な強さ、言わば剣舞に近いような強さを持っているのに対して、クーレはどんな状況でも自分が生還するという一点に特化した強さを持っていますよ」

「生還する、ですか?」

「えぇ。彼は斥候ですからね。斥候は情報を持ち帰るのが仕事であって、敵を倒すことが仕事じゃありません。いわば、状況判断と逃げ足の速さが武器ですよ」

「元気に戻ってくるのは大事なことですね」

「そうですね。それは、うちで一番に教えることです。失敗しても挽回は出来ますが、死んでしまっては何も出来ませんから」


 にこにこ笑顔で空恐ろしいことをさらっと言うジェイク先生。悠利がのほほんと生活している日々の裏側に、仲間達が生死を賭けて戦っている現実は確かにあった。

 ……ただ、その話を聞いてもイマイチ実感が湧かないので、そっかーと思っている悠利だった。何しろ、悠利は運∞なので、危ない目には滅多にあわないのだ。実感が湧かなくても仕方ない。

 そもそも、唯一の例外がフレッドが襲撃されたときというレベルだ。とはいえあのときも、情けは人のためならずという感じで知り合いに助けてもらえたのだが。あのタイミングで助けに来てもらえたことを考えるに、やはり悠利は強運の持ち主だ。

 とりあえず、ジェイクの説明で色々納得した悠利は、鍛錬中の仲間達を見学することに戻った。見ていたら、組み合わせがちらほらと変わっている。基礎の鍛錬ということで、あまり戦闘に向いていない面々も参加しているのが面白い。

 小柄で共に体術にそこまで向いていないロイリスとアロールの二人は、攻撃をするよりも受け身を取る方を優先しているのか、互いに防御や受け身の練習をしていた。片方が攻撃して片方が防御、ないしは受け身を取るという感じだ。

 中身はどちらも大人びているのだが、外見はちんまりとして愛らしい。そんな二人が仲良く協力していると、物凄く微笑ましかった。ちなみに、アロールは本人の性格で大人びているだけだが、ハーフリング族のロイリスは、人間よりも寿命が短い種族だと考えれば精神年齢が外見よりも高くてもおかしくはない。

 ちなみに、その逆パターンがヘルミーネだ。

 羽根人は人間の三倍ほどの寿命を誇るので、外見が10代の半ばであるヘルミーネの実年齢も、そんな感じだ。ただ、羽根人の場合は外見年齢と精神年齢が同じようなものなので、見た目で判断しても問題ない。人間で考えれば彼女は外見通りの可愛いお嬢さんだ。

 ……時々、スイーツ関係で暴走するところは、お子様っぽいが。

 そのヘルミーネはと言えば、弓の師匠であるフラウに指導を受けている。筋肉のつきにくい種族なので、腕力を鍛えてもほぼほぼ無意味なヘルミーネ。それでも、身体の動かし方を覚えるのは悪いことではないので、同じ弓使いとしてフラウが教えているのだ。


「皆が参加してるのって不思議な感じがします」

「そうですか?」

「戦闘系じゃない職業の皆がいるの、アジトではあんまり見ないので」

「あぁ、そういえばそうですね。でも、支援系の職業ジョブだとしてもダンジョンに潜ることがありますから、鍛錬は必要ですよ」

「まぁ、そうですよね」


 見慣れない仲間達の鍛錬姿に、悠利は素直に頷いた。非戦闘員に見えても、皆は悠利と違ってダンジョンに潜ったり、依頼をこなしたりする冒険者なのだ。向き不向きはあっても、必要最低限の戦闘能力は持っている。

 それに、戦闘能力は職業ジョブで判断出来ないことも多い。職業ジョブを複数持つのはよくあることだが、それでも誰もがメイン職業ジョブは一つだ。そして、そのメイン職業ジョブが戦闘に向いていないものだったとしても、戦闘能力に秀でている場合がある。

 その見本が、アリーだった。

 彼のメイン職業ジョブは真贋士だ。他に戦士などの職業ジョブも持っているそうだが、彼が公式で名乗る職業ジョブは真贋士のみ。つまりは、それがアリーの本業と言える。

 真贋士は鑑定系の上級職だ。罠を見抜いたり、敵の弱点を看破したりと色々とお役立ちだが、決して前衛職ではない。分類するなら支援職だろう。だというのにアリーの戦闘能力は並の前衛職以上だった。

 今も、見習い組の四人を一人で相手にしている。四人がそれぞれに動いて、時に連携して攻撃してくるのを、防ぎ、反撃し、どこが悪いかを告げながら鍛錬を続けているのだ。アリーさん凄いなぁと悠利は思った。


「アリーさんって、凄いですよね」

「まぁ、アリーですし」

「真贋士って、皆さんあんな風に強いんですか?」

「いえ、アリーが例外だと思いますよ。真贋士って、割と街中で仕事しますし」

「なるほどー」


 やっぱり僕らのリーダー様は凄かったんだなと再確認する悠利。それと同時に、鑑定系の職業ジョブは別に物騒なことに慣れているわけじゃないというのも解って一安心した。何せ、自分が鑑定系の最上級職みたいな感じなので。

 体力作り程度の運動ならば悠利も参加するが、こんな風に本格的な戦闘訓練には参加しない。しようとも思わないし、誘われることもなかった。皆、悠利が非戦闘員だということをよく理解している。

 その代わりのように、ルークスが張り切って戦闘訓練をしている。今は大人しく悠利の隣にいるが、アロールが従魔達の鍛錬を行うときに同行することがあったりする。尊敬する先輩であるナージャを筆頭に、色々と教わっているらしい。

 鍛錬を続ける皆を見ながら、時々頑張れーと応援する悠利だった。




 組み手の鍛錬が終わった後は、ラソワールが用意してくれた飲み物と軽食で休憩タイムだ。大人組は大人組で、子供組は子供組で固まって話をしている。勿論、悠利も交ざっている。

 そんな中、話題の中心になっているのはフレッドだった。

 以前からの知り合いの悠利達以外とは出会ったばかりだが、共に鍛錬をしたことで打ち解けたらしい。相手が多分お金持ちとか貴族なんだろうなと解りつつも、今ここにいるのはただのフレッドだと認識することにしたらしい一同は、普通の態度を取っていた。

 それが、フレッドには嬉しかったようだ。そもそも、建国祭で知り合った悠利達とのごく普通の友人関係を、彼は殊更に喜んでいた。悠利達が友人として接するから、他の皆もそうやって接してくれる。その素朴さが、彼にはとても貴重なものなのだ。


「フレッドさんって、武術も勉強も出来て凄いよね」

「そんなことはないですよ。まだまだ未熟者ですし」

「えー、フレッドさんで未熟者だったら、オイラ達はもっともっと未熟者だよ」

「と、言われましても……」


 褒めてくるヤックに、フレッドは困った顔をしている。先ほどまでの鍛錬と、その後の雑談で知った彼の知識の深さに本気で凄いと思っているヤックなのだ。けれどフレッドにしてみれば自分がそこまで凄いと思えていないので、二人の会話は噛み合わない。

 この場合、どちらが悪いというわけでもない。しいていうなら、彼らの基準点の違いだろう。

 農村育ちのヤックにしてみれば凄いと思うフレッドの知識や教養の深さも、彼の育った環境では身につけていて当たり前のものでしかない。だからフレッドは自分を凄いとは思わないし、まだまだ精進しなければならない未熟者だと思っている。


「まぁ、俺らから見たらフレッドはすげぇって話だから、あんまり気にしすぎなくて良いと思うぜ」

「そうだねー。大人しそうだと思ってたけど、クーレ相手に身体良く動いてたしねー!」

「……お前、自分はリヒトさんと組み手やりながら、俺らの動きまで見てたのか?」

「え?そりゃ近いんだから見えるよ?」

「……そうか」


 ケロリとした口調で言うレレイに、クーレッシュは肩を落とした。鍛錬の最中に、脇見をするだけの余裕があるのがレレイらしいと言えた。別に、リヒト相手の組み手で手を抜いていたわけではない。単純に、こと戦闘に関する何かになると彼女の能力は際立つのだ。

 フレッドも驚いたように目を見張っている。にこにこ笑顔が印象的なレレイなので、とても腕が立つようには見えない。外見で判断してはいけないことはフレッドもよく解っている。何せ彼は、美貌のオネェであるレオポルドと顔見知りだ。その辺は解っている。

 解っているがそれでも、皆と一緒にのんびりと過ごしているレレイの今の姿から、そこまでの強さを判断するのは難しいだろう。天真爛漫、元気いっぱいという印象の方が強くなる。


「レレイって、本当にそっち方面の能力は高いよねぇ」

「何で限定するの、ユーリ」

「だって、座学は微妙だって皆が言ってるから……」

「ち、違うもん!ちょっと眠くなっちゃうだけだもん!」

「興味がない内容の場合、本を開いて十分ぐらい放置しておくと、寝るぞ」

「安定のレレイ」

「二人ともヒドい!」


 のほほんとした悠利の意見に反論したレレイだったが、クーレッシュが容赦なく沈めにきた。常日頃行動を共にしている同期は、容赦がなかった。そして、誰一人としてその発言を否定しなかった。

 人当たりがよく穏やかで、滅多のことで他人の悪口など口にしないイレイシアすら、そっと目を逸らしている。レレイが座学の授業が苦手なのは、誰も否定出来ないのだ。

 ヒドいヒドいと悠利とクーレッシュを詰るレレイだが、別にその感情が尾を引くことはない。あたしだって頑張ってるもんとぼやきながら、割とあっさり別の話題に参加する程度には、彼女は切り替えが早かった。そこ、単純とか言わない。後に引きずらないのは美点です。


「フレッドさん、王都から出たことあんまりないんだよな?」

「えぇ、家族と旅行に行くときぐらいでしょうか。なので、王都に住んではいますが、あまり近隣に足を運んだこともありません」

「それなのにあんなにダンジョンの知識があるなんて、凄いと思う。何かオススメの勉強法法とかあったら教えてほしいぐらい」

「そう、ですか?自分が住む国のことなので、知っておけと言われて幼い頃から学んでいるのですが」


 感心したようなカミールに、フレッドは首を傾げた。彼にとっては普通のことらしいが、悠利達にしてみれば全然普通のことではない。普通に凄い。

 物心付く頃には家庭教師に教わって勉強をしていた、とフレッドが説明すると、皆の顔が歪む。そんな子供のときから勉強とか嫌だ、みたいな雰囲気が充満した。悠利も顔をしかめるレベルだ。

 庶民である彼らには、まっっったく理解出来ない環境だった。子供は遊びたい盛りである。そんな小さな頃から勉強を頑張っていたと聞いて、何人かがぽんぽんとフレッドの肩を叩いた。大変だったんだねとでも言いたげに。

 ただ、当のフレッドだけは不思議そうにしている。彼にとってはそれが普通だった。子供の頃から色々なことを学び、将来立派な大人になるために頑張るのは、彼にとっても彼の家族にとっても普通のことだったのだ。

 そんな中、不意にラジが口を開く。一族単位で護衛業をやっている虎獣人の青年は、何かを思い出したように独りごちた。


「でも、確かに僕も物心付く前に受け身の練習を取ってたりするから、稼業が絡むとそんなものかもしれないな」

「あ、そういえばあたしも、歩けるようになったぐらいから父さんに稽古つけてもらってたって母さんが言ってたかも」

「そこの獣人枠はちょっと黙ってろ」


 お前らの普通を普通にするじゃない、とツッコミを入れるクーレッシュ。ラジは素直に黙ったが、レレイはえーと文句を言っている。頑張って修行してただけだよと言う彼女を、クーレッシュはあしらっている。

 しかし、そんな彼を他の訓練生が裏切った。思いも寄らなかった面々が。


「ですが、わたくし達も、言葉を覚える前から歌を聴き、旋律を耳に刻み、言葉を覚えると同時に歌を習いますわ」

「うちの一族はそもそも、赤ん坊のときに世話役の従魔が付けられるし、従魔の扱い方を幼児の頃から覚えるよ」

「お前らがそっち側とか思いたくなかった……」

「そっち側って失礼だよ、クーレ」

「あー、いやでも、お前らは特殊な環境でもあるよな?」


 麗しの人魚族の美少女は歌と共に育つことを主張し、クールな十歳児の僕っ娘魔物使いは従魔と共に育つことを説明する。常識人枠と思っていた二人のカミングアウトに、思わずクーレッシュは脱力した。無理もない。

 自分の普通の判定は間違ってないと主張するクーレッシュ。それに力一杯同意するのは悠利達だった。庶民は、お子様の頃からそんな風に色んなことを叩き込まれたりしない。

 カミールは商家の息子だが、その彼にしたって物心付く頃に何かを叩き込まれた覚えはない。異議あり、異議ありと主張する庶民組だった。

 とはいえ、普通は人の数だけ存在するので、絶対の基準は存在しない。わーわーと言い合いをしながらも、互いの普通が存在することを彼らは一応理解している。その上で、自分の普通はこういうのである、と説明するのを忘れない。何せ、生まれも育ちもバラバラなのだから。

 喧嘩ではないが彼等のやりとりは実に賑やかだ。声が大きいというよりは、誰もが臆せずに口を開いているからだろう。そんな賑やかなやりとりを、フレッドは目を丸くして見つめている。彼には見慣れない光景なのだろう。


「びっくりした?」

「え……?」

「うちはいつもこんな感じだよ。大人組は落ち着いてるけど、僕達はまだ子供だから。こんな風にわいわいやってるんだ」

「それは、とても楽しそうですね」

「うん、楽しいよ」


 悠利の言葉に、フレッドは表情を緩めた。自分の知る世界とは違う温度の皆を、羨ましいと言いたげな眼差しだ。けれど、それについては悠利もフレッドも何も言わなかった。

 フレッドの世界は、とても狭い。その狭い世界しか知らないフレッドにとって、年齢も性別も問わずにポンポンと言い合いをする《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の若手組の姿は、驚きの連続だろう。

 けれどその驚きは、決して悪いものではなかった。楽しそうな皆を見て、フレッドも楽しそうなのだ。自分がそこに交ざるのは難しくても、見ていて楽しむことは出来る。いきなり違う世界に飛び込むのは難しいので、今はきっと、それで良いのだろう。


「ユーリくんは、皆と一緒に鍛錬をしたりはしないんですね」

「僕は家事担当なので~」

「ふふふ。確かに、ユーリくんが戦うところは想像が出来ないです」

「僕の代わりに、そういうのはルーちゃんが引き受けてくれるから」

「なるほど」

「キュー?」


 のんびりとした二人の会話で、自分が呼ばれたと思ったらしいルークスが小さく鳴いた。足元で「呼んだ?」とでも言いたげにじぃっと見上げてくる愛らしいスライムを見て、悠利とフレッドは顔を見合わせて笑った。


「ルークスくんが、ユーリくんの優秀な護衛だって話をしてただけですよ」

「ルーちゃんのおかげで助かってるっていう話だよ」

「キュピ!」


 二人に褒められて、ルークスは目をキラキラと輝かせた。ルークスは悠利が大好きなので悠利に褒められるとそれはもう喜ぶ。また、悠利だけでなく、誰かに褒められるのをとても喜ぶ性質があった。

 それはつまり、「褒められていると解っている」ということなのだが、悠利もフレッドもあまりその重要性に気付いていなかった。愛らしい見た目を裏切るハイスペックな従魔は、理解力も物凄く高いのでした。




 鍛錬を共にしたことで距離の縮まったフレッドと一同は、その後もわいわいと雑談を楽しむのでした。




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