ドッペルゲンガーはドッペルゲンガーでした

 ジェイクの師匠の別荘にやってきた二日目、家主であるオルテスタに不思議な装置があると言われた悠利ゆうり達は、彼の案内でとある場所にいた。そこは、広い広い洞穴だった。

 別荘の裏手、山裾に広がる洞穴だ。自然に出来たものなのか、人工的に作られたものなのか、判断が難しい。人の手がまったく入っていないわけではなく、しかして人が作ったというには自然が残っているのだ。


「導師、ここは?」

「この洞窟を含めて、人工遺物アーティファクトじゃ」

人工遺物アーティファクト……?」


 アリーの問いかけに、オルテスタは淡々と答えた。古代の遺物である人工遺物アーティファクトは、現代の魔法道具マジックアイテムの比ではない凄まじさを誇る。研究者達が必死に解明しようとしても、その一部を理解することしか出来ないのだ。

 常識を覆す、突拍子もない能力を秘めた物。それが人工遺物アーティファクトだ。

 ただ、オルテスタが示す洞窟は、そんな不思議な何かには誰の目にも見えなかった。自然の洞窟とはちょっと違うなぐらいにしか見えない。

 不思議そうな周囲をオルテスタは中に導く。進んだ先には、広い空間があった。天井も高く、ヘタをしたら家が一軒丸ごと入りそうなぐらいだ。

 けれど、それだけだ。

 ただの広い洞窟にしか見えないこの場所が人工遺物アーティファクトだと言われても、皆には何のことか解らない。洞窟の中だというのに随分と明るいということ以外、変わったことはないように思えるからだ。

 しかし、この場には二人だけ、人工遺物アーティファクトの意味を理解できる存在がいた。悠利とアリーだ。


「不思議な空間ですねー」

「虚と実が混じり合ってる感じだな」

「あの辺が境界っぽいですよね、アリーさん」

「あぁ。起動装置は、壁付近にある石柱か」

「多分そうですね。あそこだけ、ちょっと違う感じですし」


 のほほんとした口調の悠利と、静かな口調のアリー。いつも通りといえばいつも通りな二人の会話に、仲間達は聞き耳を立てている。この二人が類い希なる鑑定能力の持ち主だと、彼らはちゃんと知っているからだ。

 悠利の【神の瞳】は鑑定系最上位の技能スキルであり、今現在この世界では悠利しか所持していないレア中のレア技能スキルだ。アリーが所持している【魔眼】の技能スキルは他にも所有者はいるが、彼はその技能スキルレベルをMAXまで上げている猛者だ。隻眼の影響で能力が半減しているが、それでも通常レベルの【魔眼】持ちよりは遙かに優れている。

 そんな二人なので、目の前の空間を人工遺物アーティファクトだと認識して、その状態を理解しようとして見れば、様々なことを知ることが出来る。

 アリーは今まで培ってきた知識に合わせて、簡潔な鑑定結果を見ているだろう。辞書か解説かぐらいの素っ気ない、淡々とした鑑定画面のはずだ。それが普通である。悠利も初期はそうだったが、今は違う。持ち主に合わせてアップデートされた技能スキルは、最近では実にフレンドリーでフランクな鑑定結果を見せてくれるのだ。




――現し身の間。

  領域内に入った者の現し身を作製する人工遺物アーティファクト

  生み出された現し身は領域内から出ることは出来ない。

  領域を含めて人工遺物アーティファクトであり、起動装置を他の場所に持っていっても現し身は発生しないので諦めてください。

  また、領域内は特殊な力が働き、そこでの変化は感覚はあっても現実の肉体には影響しません。

  なお、外で怪我をして領域内に入り、それから出ても別に傷は治らないので誤解はしないようにしてください。




 相変わらずフランクだった。色々とツッコミ満載だった。

 しかし、その鑑定結果を見ることが出来るのは悠利だけなので、何も問題はなかった。アリーが見ていたらツッコミが炸裂しただろうが、悠利にとってはコレが普通なので仕方ない。この持ち主にしてこの技能スキルという感じだ。


「どうやら、この人工遺物アーティファクトが何であるのか、把握したようじゃな。参考までに、名を問うても良いかな?」

「「……」」


 オルテスタの問いかけに、悠利とアリーは顔を見合わせた。目で会話をした二人は、こくりと頷いてから口を開いた。……どちらも、相手が自分と同じ答えを知っていると疑っていなかった。


「「現し身の間」」


 悠利のおっとりした声と、アリーの低い声が同時に一つの名を告げた。オルテスタはその答えに満足そうに頷き、ジェイクは笑顔でぱちぱちと拍手をしている。流石ですねーと笑う学者先生は、通常運転だった。

 現し身?と誰かが呟くのが聞こえた。耳慣れない単語だったからだろう。何だそれとざわざわする一同に、オルテスタは人工遺物アーティファクトの説明を始めた。


「二人が告げたように、この人工遺物アーティファクトは現し身を生み出す装置だ。この領域内でのみ存在する現し身、すなわち、中に入ったものの影を生み出すことが出来る」

「簡単に言うと、もう一人の自分が生み出されるんですよー。まぁ、言葉は話せませんし、ここから外に出すことも出来ないんですけど」


 オルテスタの説明を、ジェイクが補足する。もう一人の自分が出てくると聞いてうきうきした者達は、外に出せないと言われてしょんぼりしていた。手伝って貰える分身が出来ると思ったのに、違ったからだ。

 この人工遺物アーティファクトが生み出す現し身は、対象者をそっくり写し取ったような何かだ。言葉は話せないが思考はあるらしく、行動パターンは元の人物のそれに由来する。


「外に出せないなら、使い道って特にないんじゃないですか?」

「まぁ、非常に限定的ですけど、使い道はあるんですよ、カミール」

「どの辺にですか?」

「物凄く雑に説明すると、自分と戦えます。修業に持ってこいなんです」

「「はい?」」


 カミールの至極もっともな疑問に、ジェイクは簡潔に答えた。あまりにも簡潔な返答だった。しかし、その意味を正しく理解できる者はなかなかいなかった。

 皆が困惑しているのを理解したジェイクは、のほほんとした口調で説明を始める。求められなくても説明をするのは、彼の性質みたいなものだった。


「実はこの現し身が出現する領域内で負った傷は、外に出てしまえば元に戻るんです。痛みや感覚はちゃんとあるんですけど、怪我を気にせずに自分の現し身と戦うことが出来るんですよ」

「怪我、しない?」

「マグ、違います。怪我はします。ただし、あくまでもあの領域内でのみ存在する怪我なんです。だから、痛みはありますよ」

「……怪我、治る、便利」

「おやおや、やる気満々ですねー」


 そういうことに興味がなさそうなマグが、誰より早く食いついた。怪我を気にせずに修業が出来るということで、やる気が出たらしい。とことこと起動装置の方へと歩いていく。


「あ、こらマグ!勝手に装置に近づこうとしてんじゃねぇよ!使い方知らないだろ!」

「邪魔」

「だーかーら!ちゃんと説明聞いて、許可を貰ってからやれって言ってんだよ!」

「面倒」

「お前のその、色んな手続きとか承諾を面倒くさがるところ、どうにかしろよな!」


 自分の前を通り過ぎた小さな身体を、ウルグスは襟首を引っ掴むことで確保する。途端にマグが面倒くさそうな顔をして、ウルグスの腕から逃れようと攻撃をするが、体格からくるリーチの違いでウルグスには届かない。いつも通りにぎゃーぎゃー言い合っている二人だった。……なお、いつも通り、基本的にウルグスが正しい。

 マグが色々とアレな反応を示していたが、人工遺物アーティファクトの性能を理解したことで顔を輝かせている者がいた。レレイとマリアの血の気の多い物騒女子のお二人だ。武器は己の肉体!みたいな前衛職の二人は、キラキラとした瞳でジェイクを見ていた。


「あー、ここにもやる気満々な方がいましたねー」

「ジェイクさん、ジェイクさん!その装置って、団体戦も出来る?」

「自分と戦えるのも楽しいけれど、連携の確認とか出来るととっても嬉しいんだけれど、どうかしらぁ?」

「あぁ、はい、出来ますよ。基本的に、こちらの感情に反応して行動を取るので、こっちが団体戦を希望したら認識した相手が動きます」

「「やった!」」

「嬉しそうですねぇ」


 楽しい玩具を発見したと言いたげなレレイとマリアの姿に、ジェイクはのほほんと笑っている。使い方を教えてほしいと二人に両腕を取られ、連れて行かれる。文字通り両手に花だが、その花はトゲどころか殺傷兵器なので、全然羨ましくない一同だった。

 とはいえ、女性陣二人の言い分とジェイクの説明から、非常に有益な修行場だということを理解した一同は、三人の後を追いかけていく。追いかけなかったのは、悠利とアリー以外では、イレイシアだけだった。


「……アレ?イレイスが残るのは解ったけど、ミリーとロイリスも行っちゃったの?」

「はい。お二人とも怪我を気にせず修行が出来るなら、と」

「あの二人って、戦闘に興味があったっけ?」


 物作りコンビのミルレインとロイリスの二人まで現し身発生装置に興味津々なのは、悠利にはちょっと不思議だった。というか、ミルレインだけならばまだ納得は出来た。彼女の一族は「鍛冶士たるもの、己が作った武器を使いこなせてこそ一人前!」みたいな主義なのだ。そのため、ミルレインは鍛冶士だが戦闘能力もそこそこあった。

 細工師のロイリスが戦闘力を求める理由は悠利には解らなかったが、イレイシアには少しばかり心当たりがあった。


「ロイリスは素材の発掘で行ける場所を増やしたいのだと思います」

「あぁ、なるほどー。自分の身は自分で守れないとダメだもんねぇ」

「はい。……そういう意味では、私も装置を使わせていただく方が良いのかもしれませんわね」

「イレイス、無理しちゃダメだよ?」

「えぇ、解っていますわ」


 ふわりと微笑む美少女の笑顔、プライスレス。

 イレイシアは吟遊詩人なので、基本的には後方から味方の支援をするのがお仕事だ。あまり荒事に向いているとも言えない。しかし、彼女は吟遊詩人として各地を巡りたいと思っているので、自衛のための戦闘能力は身につけていても損はしない。そういう意味では、怪我を気にせず修行が出来るというのは魅力的だ。

 行って参りますと一礼して去っていくイレイシアを見送って、悠利は足元のルークスを見た。可愛い可愛い従魔は、じぃっと悠利を見上げていた。行ってきても良い?みたいな感じだった。


「……ルーちゃんの現し身も出てくるのかなぁ?」

「出るんじゃねぇか」

「え?」

「アロールの現し身が、ナージャを連れてるぞ」

「あ、本当だ」


 装置の使い方をジェイクから教わった面々が、領域内で自分の現し身と戦闘訓練をしている。その中に、魔物使いのアロールの姿があった。彼女が対峙しているのは自分の現し身で、そしてその傍らにはナージャの現し身がいた。

 どうやら、魔物でも現し身を作ることは出来るらしい。オルテスタがほほうと呟いているところを見るに、彼らも知らなかったのだろう。……まぁ、ここは彼の別荘で、招く相手も限定しているとなれば、魔物で確かめることもなかったのだろう。

 とにかく、魔物でも現し身が現れることが判明した。ルークスは、キラキラと目を輝かせている。あそこならば思う存分戦闘訓練が出来るとでも思っているのだろうか。可愛い見た目に常識外のスペックを誇る超レア種の変異種スライムは、主の許可を待っていた。


「えーっと、周りの皆の邪魔にならないようにね?」

「キュ!」

「暴れすぎちゃダメだよー」

「キュピー」


 悠利の言葉に、大丈夫ーと言いたげにぽよんと跳ねてルークスは皆の元へと向かった。物凄く楽しそうな後ろ姿だった。

 可愛い従魔を見送った悠利は、隣に立つアリーを見上げた。自分の現し身を相手に戦闘訓練をしている皆を見ているが、表情が微妙だった。


「アリーさん?どうかしたんですか?」

「ん?あぁ、いや……」

「?」

「……ブルックが聞いたら、物凄く羨ましがるだろうと思ってな」

「ブルックさんが、ですか……?」


 アリーの言葉に、悠利は首を傾げた。甘味には目がないが、それ以外は常に冷静沈着なイメージのクール剣士殿が、いったい何を羨ましがるんだろうかと思ったのだ。

 そんな悠利に、アリーは肩を竦めて答えを教える。……事情を知っている悠利にならば、通じると考えて。


「あいつは強すぎるからな。普段、誰かと手合わせをしたところで、マトモに戦闘訓練にはならねぇんだよ」

「あ」

「まぁ、当人も普段は別に本気を出さなくて良いと思ってる節はあるがな。それでもあいつも戦闘職だ。自分と戦えるなら絶好の機会だと思うはずだ」

「なるほどー。確かに、ブルックさんの鍛錬相手になる人はいませんもんねぇ」


 凄腕剣士として皆に認識されているブルックは、その実、人間ではない。人間のフリをしているだけで、その正体は竜人種バハムーンという人と竜の二つの姿を持つ戦闘種族だ。恐らくは、ヒト種の中ではもっとも戦闘能力に長けている種族だろう。

 それだけに、彼と渡り合えるだけの実力者は《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に存在しない。身体能力が高いダンピールのマリアや獣人のラジですら、ブルックの足元にも及ばない。

 それは、何も種族的な能力の差だけが原因ではない。竜人種バハムーンは長命種でもあるのだ。ブルックが今何歳なのかは、当人も覚えていないという。だが少なくとも、三桁を越えてから随分となるはずだ。彼の強さには、それだけの経験が蓄積されている。


「マリアさんが生き生きしてるのも、似たような理由なんですかね」

「ブルックが聞いたら一緒にするなと良いそうだが、まぁ、概ね同じだろう。遠慮せず、全力を出せるという意味では」


 血の気が多く、戦闘で高揚すると周囲の声が聞こえなくなるほどの戦闘狂であるマリアは、彼らの視線の先で楽しそうに笑いながら戦っていた。相手をしているのはレレイの現し身とマリアの現し身だ。女子二人のタッグマッチらしい。

 見習い組は四人チームで戦闘訓練をすることを選択したらしく、わちゃわちゃしている。特筆すべきは、現し身のマグと本体のマグの区別がつきにくいところだろうか。

 現し身達はいずれも無表情で、傷を負っても表情が変わらない。そこで見分けているのが、マグは普段から表情が変わりにくいので、紛らわしいのだ。唯一間違えていないのがウルグスだが、カミールやヤックは時々現し身と本物を間違えて、わたわたしている。

 それ以外の面々は、自分との一対一を選んでいるようだった。どこも白熱している。怪我をしているのがちらほら見えるが、外に出てしまえば大丈夫だという説明を受けているので、悠利も慌てない。そうでなければ、怪我が見えた瞬間に回復薬を持って走り出していただろう。

 そんな中、ルークスが自分の現し身と戦っているのが見えた。愛らしいスライムの攻防戦だ。微笑ましく見える字面だが、実際は驚異的な戦闘能力を誇るスライムの一騎打ちなので、地味に床がえぐれていたり、吹っ飛び方がえげつなかったりする。愛らしい見た目だけに、インパクトが凄かった。


「うわぁー、ルーちゃん凄いー」


 可愛い従魔が本気で戦っているところなど滅多に見ないので、悠利はもっと近くで見ようと歩いていった。アリーはオルテスタと会話をしており、悠利には気を付けろよと一言告げるだけだった。

 現し身は領域の外には出られないし、そこで生じた衝撃なども外には飛んでこない。近くで見ても危なくないので、アリーも悠利を放っておいたのだ。


「ルーちゃん、頑張れー」

「キュピー!」


 悠利の応援に、ルークスが嬉しそうに鳴いた。頑張る!とでも言いたげだった。ルークスはご主人様が大好きなのだ。

 近くまで寄ってルークスとその現し身が戦っているのを見る悠利。他の仲間達の姿もだが、戦っている姿に面白いなぁと思ってしまう。普段は悠利と他愛ない会話をしたり、食べ物の取り合いをしたりしている仲間達の格好良い姿がいっぱいだからだ。

 皆凄いなぁ、頑張ってるなぁと思っていた悠利。見学することに一生懸命になっていた悠利の足が、領域の中へと入った。わざとではない。姿勢を直した瞬間に、踏み込んでしまったのだ。


「あ、ユーリくん」

「へ?」

「……入っちゃいましたねぇ」

「あ……」


 困ったような声でジェイクに名を呼ばれた悠利が振り返れば、起動装置の側、現し身が発生しないように領域の外側に立っていた学者先生はへにゃりと笑った。仕方ない子ですねぇとでも言いたげな表情だった。

 そこで悠利も、自分が領域内に入ってしまったことを理解した。瞬間、起動装置は悠利も対象者とみなして現し身を作製する。悠利の目の前に、無表情の悠利が現れた。


「わー、本当にそっくりだー。ドッペルゲンガーみたいー」


 しかし、悠利は悠利だった。皆が戦闘訓練に活用している現し身が現れたとしても、へろろんとしている。まぁ、悠利に戦闘能力はないし、戦闘意欲なんてものはもっとないので、現し身が現れても危険はないだろうが。

 とりあえず、特に現し身に用はないので外に出ようと思った悠利の目の前で、現し身悠利は持っていた学生鞄の中をごそごそと弄る。何かを探しているようだ。


「……ジェイクさん、現し身って持ち物も再現されるんですか?」

「最低限という感じですけどねぇ。彼らが使ってる武器は再現されてますけど」

「……僕の現し身、何を探してるんだと思います?」

「僕に聞かれても解らないですよ。だって、基本的な行動パターンはユーリくんが元になってるんですから」

「僕にも解らないんですよー」


 悠利とジェイクが暢気な会話をしている間にも、現し身悠利は目当てのものを探し出したらしい。そして、学生鞄から取りだしたそれを、すっと悠利に差し出した。

 それは、コップだった。


「……何でコップ?」

「……」

「えーっと、受け取れってことで良いのかなぁ?」

「……」

「あ、はい。ありがとうございます?」


 ぐいぐいと押し付けるように差し出されたコップを、悠利は受け取る。とりあえず受け取ったが、現し身が何をしたいのか全然解らなかった。

 そんな悠利の目の前で、現し身の悠利は再び学生鞄に手を突っ込み、ある物を取り出した。水筒だった。そして、その水筒の中身を、悠利が手にしたコップに注いだ。

 ……ただし、注いでいるように見えるだけで、実際は何も出ていない。どうやら、飲食物は再現できていないらしい。

 とはいえ、現し身の行動から悠利は、相手が何をしたいのかを理解した。そもそも、元が自分の行動パターンだと言われれば、想像も容易い。


「おもてなし、ありがとうございます」

「……」


 ぺこりと頭を下げる悠利に、現し身の悠利もぺこりと頭を下げた。顔は無表情のままだが、行動は飲み物をどうぞという感じに満ちていた。優しさと労りがいっぱいだ。

 ……つまるところ、本体が他人をもてなしたりお世話をすることが大好きなので、現し身もその思考が反映されているらしい。皆のように戦闘訓練という発想が一切存在しない悠利なので、本質に従って行動しているようだ。


「ユーリくん……?」

「ジェイクさん、僕、現し身におもてなしされました!」

「いやー、君は本当に、何というか、相変わらずですねぇ……」

「へ?」


 現し身って面白いですね!と満面の笑みを浮かべた悠利だが、ジェイクはしみじみとした口調で呟くだけだ。どうしてそんな反応をされるのか解らない悠利が首を傾げているが、ジェイクにしてみれば当然の反応だった。

 そもそも、今まで彼らは、この現し身発生装置を戦闘訓練にしか使っていない。ジェイクもまた、怪我が治るという特性を生かしてここで修行をした身だ。必要最低限の護身術は必要だという理由で。

 ジェイクですら、そうなのだ。また、イレイシアやロイリスという戦闘意欲の低い面々でも、自分の現し身と戦闘訓練をしている。誰一人、悠利のように穏やかに、穏便に現し身と対峙してなどいない。


「……何やってんだ、お前」

「アリーさん、現し身におもてなしされました」

「……そうか。良かったな」

「はい」


 にこにこ笑顔の悠利に、アリーは疲れたように呟くだけだった。今の会話だけで何となく事情を察したらしい。

 ちなみにジェイクの方は、現し身の行動パターンの新しい例として、嬉々として悠利の現し身を観察している。安定の学者先生だった。いつもと違うのは、そこにオルテスタが加わっていることだろう。導師様も、人工遺物アーティファクト関係は気になるらしい。

 興味津々で領域の外側から自分を見ているジェイクとオルテスタに、悠利の現し身は首を傾げた。傾げて、そして、ごそごそと学生鞄の中を漁る。


「あ、僕達は中には入らないので、コップは結構ですよ」

「……」

「うむ。儂らが入ると、儂らの現し身が発生するのでな」

「……」

「あ、残念がってる」


 ひらひらと手を振ってジェイクがもてなしを拒否すれば、オルテスタも説明を追加する。そんな二人に、悠利の現し身はしょぼんと肩を落とした。表情こそ無表情のままだが、仕草で残念がっているのは一目瞭然だった。

 そんな自分の現し身を、悠利はぽんぽんと肩を叩いて慰める。そういうこともあるよと本体に慰められて、現し身は涙を拭うような仕草をした。無駄に芸達者である。


「ユーリ、とりあえずお前、もう出てこい」

「はーい」

「え!?ダメですよ、アリー!ユーリくんを出しちゃったら、この現し身の観察が出来ないじゃないですか!」

「え?僕、もしかしてしばらくここにいなきゃダメなんですか?」

「もうちょっと、せめてもうちょっと観察させてください、ユーリくん……!」

「……お前な……」


 珍しい観察対象を発見した学者先生は、領域の外側から必死に悠利に訴える。呆れてため息を吐くアリーと、困ったような顔の悠利。ジェイクを止めてくれるかと思ったオルテスタだが、合法ショタのお師匠様は、弟子の隣で同じように拝む仕草をしていた。なんてこったい。


「……導師、貴方まで……」

「いや、手間をかけているのは理解しておるが、こんなことは初めてなのでな。もうしばし、観察させてもらえるとありがたい」

「そうですよ、アリー。とても貴重な状況なんですから!ただでさえ、何がどうなってるのか解ってない人工遺物アーティファクトなんですし!」

「お前はこういうときばっかり普段の三倍ぐらいのやる気を見せるな」

「わー、安定のジェイクさーん……」


 普段と打って変わってハイテンションなジェイクの様子に、アリーは頭を抱え、悠利は遠い目をして呟くのだった。今日も学者先生は絶好調です。




 その後、ジェイクが満足するまで現し身と戯れた悠利は、自分に思う存分もてなされるというとても貴重な体験をして、今後のおもてなしに生かそうと思うのでした。悠利も割と安定です。




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