シンプル美味しい茄子田楽

 大人組の晩酌は、別に毎日というわけではない。翌日のスケジュールを考えて行われている。また、未成年である子供達の食事が終わった時間に飲むというのが暗黙の了解だった。どうやら気を遣ってくれているらしい。

 そんな大人組の晩酌は、普段ならばアリーとフラウとブルックの三人辺りだ。レレイやクーレッシュはそこには混ざらず、若手組で時々飲んでいる。訓練生で指導係の晩酌に混ざるのは、マリアとヤクモぐらいだろう。

 ついでに言えば、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》所属の成人組で酒が飲めないのは、リヒトだけである。下戸の彼を除いて、後は全員嗜む程度には飲める。あくまでも嗜む程度だと主張するのはティファーナとジェイク、クーレッシュだ。

 付き合いとして飲むことは出来るし、自分も酒を嫌いではない。ただ、酒豪達と付き合うのは難しいという自己判断らしい。酒は身を崩さぬ程度に楽しんで飲むことが暗黙の了解なので、晩酌の空気は穏やかだ。

 さて、その晩酌であるが、今日はいつもよりもメンバーが多い。指導係は揃い踏みであるし、ヤクモも混ざっている。皆が飲んでいるのはどうやら、清酒らしい。特に清酒が好きなヤクモがいる理由も納得だった。


「おつまみの追加、いるよねぇ、あれは……」


 夕食後の洗い物を終えた悠利ゆうりは、晩酌を楽しんでいる大人達を見てしみじみと呟いた。一応つまむものは渡してあるが、人数が多いことも重なって減り方がいつもよりも早い。これは追加が必要案件だ。

 追加が必要となれば、張り切って用意をしてしまうのが悠利の性である。何を出しても喜んで食べてくれるのが解っているので、なおさらうきうきで作業に取りかかってしまうのだ。

 おあつらえ向きに、今日は良い丸茄子が手に入った。まん丸ボディの愛らしい肉厚の茄子は食べ応えバッチリだ。


「茄子田楽にしようかな。食べやすい大きさに切ったら問題ないだろうし」


 丸茄子を輪切りにした茄子田楽は、おかずとしても美味しいし、酒のアテとしてもなかなかに良い仕事をしてくれる逸品だ。ましてや今日の酒は清酒だ。きっと合うだろう。

 まず、丸茄子を丁寧に水洗いする。皮を剥く必要はないが、傷があった場合は包丁で切り取っておく。ごろんとした丸茄子のヘタとお尻の部分を少し落とすと、後は輪切りにするだけだ。

 ことん、ことんと音をさせながら丸茄子を切る。ふわっと茄子の匂いが漂う。新鮮で美味しそうな肉厚茄子である。

 茄子を切り終わったら、次はフライパンの用意だ。たっぷりとごま油を入れ、そこに輪切りにした丸茄子を並べていく。茄子を美味しく焼くには大量の油が必要なので、ごま油はケチってはいけない。後、多すぎたら自分で吐き出すので心配もいらない。茄子はしれっと賢いのだ。

 茄子をフライパンで焼いている間に、味噌だれを作る。田楽に使う味噌だれは、味噌に砂糖やみりんを混ぜて甘く仕上げたものだ。家にいた頃はスーパーで売っているものを使っていたが、こちらの世界では売っていないので手作りする。

 作ると言っても、決して難しくはない。鍋に、味噌、砂糖、みりん、酒を入れてよく混ぜ、火にかけるだけだ。沸騰してきたら火を弱めて、ヘラでよく混ぜる。少し粘り気が出てきたら完成だ。

 注意するのは、火加減ぐらいだろう。焦がしてしまっては元も子もない。

 そうこうしているうちに茄子の片面が焼けてきたので、ひっくり返して反対側もしっかりと焼く。油は十分足りていそうなので、追加はしなかった。パチパチという小気味よい音が響いている。

 なお、悠利が作っているものは、厳密に言うと茄子田楽ではないかもしれない。

 味噌田楽と呼ばれる料理は、基本的に具材を串に刺して焼き、そこに味噌だれを付けるものだ。元々がそういう由来らしい。串を刺した姿が、田楽法師に似ているとかそういう感じの。

 なので、串に刺さず、輪切りの丸茄子をせっせと焼いて作っているこれは、茄子田楽と呼ぶにはちょっと違うかもしれない。しかし、釘宮くぎみや家ではこれを茄子田楽と呼んでいたので、悠利もそう思っている。そもそも悠利は、田楽の由来をよく知らない。

 というのも、外食で食べる場合も、串に刺さっている店と、普通に皿に載っている店とあったからだ。悠利の記憶では、こんにゃくや生麩は串に刺してある店が多かった。対して、大根や茄子はそのまま皿に盛り付けてあった。

 なので悠利は、今作っている料理を茄子田楽だと思って作っている。

 まぁ、多少呼び名の由来と外れていようが、味は変わらない。田楽味噌と呼ばれるようなほんのり甘い味噌を付けた食材という部分は同じなので。

 閑話休題。

 フライパンの中を覗き込めば、茄子が良い感じに焼けていた。皮は綺麗な紫で、身の部分はしっとりふわっと柔らかく焼けている。実に美味しそうだ。


「良い感じの焼き色ー」


 焼き上がった丸茄子を、悠利はまな板の上へと移動させる。そして、食べやすい大きさに切ってから大皿に盛り付ける。

 食事として出すならば、大きなまま一人一皿提供する方が良いだろう。見栄えも全然違う。しかし、今悠利が作っているのは晩酌のおつまみなので、欲しい人が欲しいだけ食べやすいように切り分けているのだ。

 一口サイズに切り分けた丸茄子を大皿に盛り付け終わると、先ほど作った味噌だれをスプーンで丁寧に載せていく。全体にどばーっとかけても良いのだが、それをすると食べるときに垂れそうなので、一つ一つスプーンで味噌だれを載せる。

 ごま油で香ばしく焼き上がった茄子に、出来たてほやほやの味噌だれが彩りを添える。食欲をそそる匂いがふわっと香り、悠利は満足そうに頷いた。美味しそうに出来てご満悦だ。

 完成した茄子田楽と、人数分のお箸を手に悠利は食堂スペースへと移動する。晩酌は穏やかに続いており、話に花が咲いているようだ。おつまみも順調に減っている。

 それを確認して、悠利はいつも通りののんびりとした声で口を開いた。


「おつまみの追加をお持ちしましたー」

「ユーリ?」

「清酒に合うかなーと思って作ってみました。茄子田楽です。焼いた茄子に甘めの味噌だれを載せてあります」

「……こっちには構わなくて良いと言っておいただろうが」

「作りたかったので」


 お前の仕事は終わっただろと言いたげなアリーに、悠利はケロリと答える。そう、作りたかっただけだ。強制されたわけでも、やらねばという使命感に燃えたわけでもない。ただ、何か作ったら喜んでくれそうだなと思って勝手にやっただけである。

 いつも通りすぎる悠利に、アリーはがっくりと肩を落とした。時間外労働とかサービス残業みたいな扱いを受けているが、悠利は気にしない。ついでに、地味に強かではある。


「美味しかったらまたご飯に出すんで、味見お願いします!」


 キリッとした顔で言い切った悠利に、晩酌をしていた大人達が揃って目を点にした。次いで、ほとんど同じタイミングで笑い出す。悠利の発言がツボに入ったらしい。


「そういうわけなら、喜んで味見をさせてもらおう。とても良い匂いがしているしな」


 そう言って最初に茄子田楽に手を伸ばしたのは、フラウだった。悠利の物言いがよほど面白かったのか、普段はクールな表情が緩んでいる。


「お仕事を任されたなら、協力しないといけませんね」


 ふふふと上品に微笑んでティファーナがそれに続く。食事を終えた後ということも踏まえてか、比較的小さな茄子に手を出す辺りがティファーナらしい。


「ユーリが作るものにハズレがあるとは思わんがな」


 さらっと言って手を伸ばすのはブルック。いつも通りの淡々とした表情だが、口元が緩んでいる。彼にも先ほどの悠利の発言は面白かったらしい。


「味噌だれということはただの味噌とは違うわけですよね。いやー、気になりますねー」


 学者らしい知的好奇心に満ちた感想を口にするのはジェイクだ。大きな茄子に手を伸ばそうとして、隣に座るフラウとブルックにぺしりと手を叩かれているのが面白い。腹を壊すから小さいのにしろと同時に言われて、しょんぼりと肩を落とす辺りががっかり残念仕様な学者先生だ。

 ちなみに、二人がジェイクにツッコミを入れたのは、調子に乗って食べ過ぎて腹を壊すことが時々あるからだ。今日は夕飯をしっかり食べているので、そこに追い打ちをかけるような食べ方をしたら、後で絶対に腹痛で唸ると思われたのである。

 ……なお、ジェイク以外の誰も、その可能性を否定できなかった。なので、助け船はどこからも出ない。いつものことである。


「美味そうなのは食う前から解ってるけどな……。休めるときにはちゃんと休めよ、まったく……」


 保護者という立場からか、どうしても小言という名の心配が口から出てしまうのがアリーらしい。悠利もアリーの優しさは解っているので、はーいと元気よく返事をしている。返事は良い。

 そう、返事

 趣味が家事であるためか、うっかりのめり込んで休むのを忘れるという部分が悠利にはある。家事は仕事だと皆が口を酸っぱくして言うのだが、当人は遊んでいるのと同じだと思っているので、疲労感が麻痺することがあるのだ。

 まぁ、最近はちゃんと休んでいるので問題はないのだけれど。

 そんな風に雑談しながらも、皆は茄子田楽を口に運ぶ。口に入れた瞬間に最初に感じるのは味噌だれの甘さだろう。そこに、ごま油焼かれた茄子の香ばしさと、ふっくらしっとりとした身から溢れ出す旨味が追加される。

 味噌だれはそれだけならば濃い味だが、茄子から出てくる水分で薄まって丁度良い味わいになる。味噌の旨味に甘さが加わりまろやかだ。茄子の旨味と溶け合って、口の中に幸せが広がる。

 美味しそうに表情を緩めて食べる皆を見て、悠利はにこにこと笑う。言葉にされなくても、皆の表情だけで美味しいと思ってるのが伝わってくる。それだけで十分だった。

 そこでふと、役一名、ヤクモだけが茄子田楽を食べていないことに気づいた。箸で摘まんではいるが、口に運んではいない。不思議に思って悠利が口を開くより先に、しみじみとした声が届いた。


「まさか、異国の地で故郷のものに似た酒と料理が揃うとは……」

「……あー、ヤクモさん、茄子田楽ご存じで?」

「我の故郷では味噌焼きと呼んでおったがな」

「そうですか。……なら、お口に合えば良いんですが」

「いただこう」


 何かを噛みしめるように茄子田楽を口に運ぶヤクモ。その姿に、悠利は胸に染み入るものを感じた。

 ヤクモの故郷は、和食に似た食文化の国だ。けれど、悠利が作る現代の和食とは異なる場合が多い。その中で、時々こうしてヤクモが懐かしむ料理が出てくるときがあるのだ。

 まぁ、悠利としても、まさか茄子田楽がそれに該当するとは思わなかったのだけれど。美味しく食べてくれるならそれに超したことはないと、一人うんうんと頷いていた。

 周囲の大人達も、故郷を懐かしむヤクモを優しい眼差しで見ている。今日飲んでいるのは清酒で、それはヤクモの故郷の酒に似ているらしい。なので、しんみりと故郷を懐かしむヤクモを皆が優しく見守っているのだ。

 ……役一名を除いて。


「この料理は、ヤクモの故郷にもあったということですか?」

「……そうだが」

「ユーリくんが作ってくれたこれと、故郷の料理の違いってあるんですか?」

「……さほど違いはないと思うが」

「さほどということは、何か微妙な差異があるということですか?それはいったいどんな部分で、……ぶっ!?」

「お前はとりあえず大人しく黙って酒を飲んでろ」


 知的好奇心全開で尋問する気満々だったジェイクだが、ブルックに頭を押さえつけられて呻いた。

 なお、頭を押さえつけたのはブルックだが、ツッコミを入れたのはアリーだ。アリーの指示を受けたブルックが、ジェイクを問答無用で黙らせたのである。元パーティーメンバーの連携は見事だった。

 ヤクモは、そんなジェイクを面倒くさそうに見ていた。彼はジェイクのことがあまり好きではない。日常生活を送る上ではそれなりに交流もするが、望んで個人的に親しくなろうとはしていない。

 何がどうというわけではないのだ。どちらが悪いというわけでもない。

 ただ、根本的にこの二人の相性は悪かった。そして、相性が悪いことを理解しているのはヤクモだけだった。ジェイクはその辺の空気が全然読めないので、今日みたいなときはぐいぐい来るのだ。実にポンコツだった。

 元々の性格が、空気が読めなくて一つのことに突っ走る、人間関係に多大なるポンコツを抱えてそうなジェイクと、思慮に富み落ち着きがあり、理知的に判断して行動するヤクモである。もうその段階で正反対だ。

 それだけでもアレなのに、彼らは同年代だった。そう、同年代、なのである。

 ヤクモがジェイクに冷えた目を向けるのは、その辺もある。自分と同年代だというのに、何でこんなにもポンコツなんだという気持ちが溢れて止まないのだろう。ジェイクがポンコツなのは事実なので、誰にもフォローは出来なかった。

 今も割とポンコツだった。故郷への寂寥を噛みしめている人を相手に、突然根掘り葉掘り聞き出そうと思うのは情緒がポンコツ以外の何でもない。黙っていろと言われても仕方ない。

 ヤクモはもう、アリーやブルックに小言を言われているジェイクのことをスルーしていた。目の前の茄子田楽を食べ、清酒を飲み、静かな表情をしている。晩酌を楽しむモードに切り替えたらしい。

 騒動は起きなさそうだと思った悠利は、そのまま台所へと戻る。洗い物をしなければならないからだ。洗い物を片付ければ悠利の仕事は終わりだし、後は休むだけだ。

 晩酌のときに使った食器は、使った面々がきちんと片付けてくれる。なので、悠利が晩酌が終わるまで待つ必要はどこにもないのだ。

 なので、さっさと洗い物を終えて部屋に戻ろうと思っていた悠利だが、予定が狂った。物凄く狂った。


「ねー、あの美味しそうなの、なぁにー?」

「食欲をそそる匂いよねー」

「……あー、二人も飲んでたんだ……」


 目をキラキラと輝かせるレレイと、妖艶な微笑みを浮かべるマリアの二人が、悠利を待ち構えていた。見た目は若い女性だが、大食漢の胃袋と酒豪の肝臓を兼ね備えた女性二人である。嬉々としておつまみとして提供された茄子田楽について聞いてくる。


「おつまみに作った茄子田楽です。焼いた茄子に少し甘い味噌だれを付けただけの料理」

「食べたい!」

「お願いしても大丈夫~?」

「まだ茄子はあるから、大丈夫です」

「やったー!」

「ありがとう、ユーリ」


 食べたいと全身で訴えられては、悠利に拒否する理由は存在しない。ちょっと待っててねーと告げてから、作業に入る。

 レレイとマリアは、素直に待っている。その辺は実に賢い。


「あ、後片付けはあたしがするよ。洗い物は任せて」

「そうねぇ。そういうのは二人でやるわ」

「助かります」

「「美味しいおつまみをありがとうございます」」


 律儀にぺこりと頭を下げる悠利に、カウンター席に陣取った女子二人もお返しのように頭を下げる。実に微笑ましい光景だ。

 そんな三人の姿を見て、晩酌中の大人組は小さく笑っているのだが、わちゃわちゃしている悠利達は気づいていない。

 悠利があまりにも悠利らしいという理由と、女子二人が美味しいものには目敏いという二重の意味での笑いだ。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》では、日常と呼んでも支障のない光景だった。




 完成した茄子田楽をおつまみにレレイとマリアは楽しい晩酌を繰り広げた。翌日その話を聞いた就寝していた面々が茄子田楽に興味を示し、後日正式におかずとして提供されるのでした。



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