実演販売、承ります
実演販売。それは、お客を呼び寄せる絶妙な販売手腕だ。行う人の説明が上手ならば、その話術でお客様を引き寄せることが可能だろう。
その実演販売を、本日
実演販売といっても、悠利には商売の経験はないし、客を呼び込む話術もない。そういうのは別の人の担当だ。悠利がやるのは、大量の味噌汁を作って味見をしてもらうことだった。
味噌はハローズが持ち込み、悠利が嬉々として買っている調味料だ。この辺りでは作られていないので、ちょっと珍しい調味料として評判だ。
なので本日は、その味噌を味噌汁にして美味しさを更に知ってもらおうということになっている。以前もやっていたらしいが、好評だったので再びやることになった、らしい。
そこに悠利が呼ばれたのは、単純に味噌汁に対する知識の差だ。以前の試食販売のときも手伝ったが、本日は実演販売。少しだけグレードアップしている。
何が違うかと言えば、作る味噌汁の種類だ。以前はシンプルに味噌の美味しさを知ってもらえるような味噌汁を提供した。タマネギとジャガイモという、この辺りでも馴染みの食材を用いたそれは、大成功だった。
しかし今日は、様々な種類の味噌汁を作っている。いわば、味噌汁の可能性を皆に知ってもらうための実演販売だ。
そもそも味噌汁の具に、正解はない。よほど味がぶっ飛ぶような何かでない限り、何を入れても怒られることはないだろう。美味しいは正義である。地方によってメイン食材が変わるし。
お客さんの反応は上々だ。呼び込みも対応も店員さんがしてくれているので、悠利がやることは味噌汁のお鍋の管理だけである。保温状態の維持は何気に難しいので。
そう、味噌汁は沸騰させると味が落ちる。そこは気をつけなければいけない部分だ。
「キュ?」
「あ、ルーちゃんお帰り」
「キュイ」
「生ゴミ処理頼んでごめんねー」
「キュイキュイ」
悠利に頭を撫でられて、嬉しそうなルークス。頼れる従魔は、味噌汁を作る過程で出来た生ゴミを綺麗に処理し、ついでに調理道具も綺麗にしてくれていたのだ。大変お役立ちである。
ほわほわした雰囲気の悠利の足下で、愛らしいスライムのルークスがぴょんぴょんと跳ねているのは実に微笑ましい。……その実、客の中に不埒な輩がいたら自分がとっちめるのだとルークスが決意しているなんて、誰も知らない。知らぬが仏とはまさにこのことである。
そんな風にのんびりとしていた悠利の前に、一人の女性が現れた。手に器を持っているところを見るに、味噌汁の味見をしてくれたお客様のようだ。何だろうと首を傾げる悠利に、言葉がかけられる。
「この味噌汁を作ったのは貴方だと聞いたのだけれど、少し質問をしてもよろしいかしら?」
「僕で解ることでしたら幾らでも」
「実は、先日味噌を購入して味噌汁を作ったのだけれど、こんな風に美味しくならなかったの。コツはあるかしら?」
「コツ、ですか……」
うーんと考え込む悠利。味噌汁にコツがあるのかどうか、彼にもよく解っていない。それぐらいに、悠利にとって味噌汁というのは馴染んだ料理なのだ。特に深く考えて作ったこともない。
あと、当人はイマイチ理解していないが、悠利の料理
けれどその可能性は悠利には解らないので、彼が口にしたのはまったく別のことだった。
「その前に、どういう風に作られたかを聞いても良いでしょうか?」
「えぇ。買うときに教わった通り、具材に火が通った頃合いで火を止めて味噌を溶かしたわ」
「なるほど。……ん?」
特に味噌汁の作り方として問題はないなと思った悠利だが、そこでふと気づいた。さらっと流されたが、一つの行程が忘れられている気がしたのだ。なので、悠利は思いきって問いかけた。
「あの、もしかしてですが、出汁、入れてなかったりします……?」
「え?」
「出汁です。旨味調味料と言いますか……。あの、例えば、お店で売ってる顆粒だしとかなんですけど」
「えぇ、入れたわ。一緒に購入したのよ」
にこやかに微笑むマダム。そう、味噌汁に出汁は必要だ。この辺りでは鰹節や昆布、煮干しで出汁を取る文化がないのだが、顆粒だしは簡単に使えるので広がっている。だから、答える女性の表情にも曇りはない。
しかし、悠利は更に質問を重ねた。とてもとても大事なことだったからだ。
「ちなみに、どれぐらいの分量を……?」
「これと同じぐらいの鍋に、小さじぐらいかしら……?」
「…………奥さん」
「何かしら?」
上品に首を傾げる女性に、悠利はがっくりと肩を落とした後に、気を取り直して告げた。ある意味で予想通りだったので。
「それだと、全然足りてないんだと思います」
「え?」
「出汁が少量ではお湯と同じです。お湯に味噌を溶いたところで、味噌の塩分で味を付けるだけになってしまって、コクが出ません。そこを補うのが出汁なんですけど、お使いの分量だと多分、少ないです」
「まぁ……!」
作り方は間違っていないが、調味料の分量が間違っていたという感じだ。悠利は出汁に馴染みのある日本人なので、味見をした段階で出汁が足りていないのか味噌が足りていないのかを判断出来るが、慣れていない人にはそれは難しい。それゆえの失敗なのだろう。
「適量というのはあるかしら?」
「一概にどれぐらいが適量かとは言えないのですけど、顆粒だしを入れて味見をしたときに、ほんのりと出汁の味がするぐらい入れれば、美味しい味噌汁になると思います」
「教えてくれてありがとう。この味噌汁の味がとても美味しかったから、貴方に聞けばコツが解るかと思ったの。助かったわ」
「いえ、あくまでも個人の意見なので、少しでもお役に立てたなら良かったです」
女性の感謝に、悠利は焦ったように答えた。そう、あくまでも個人の感覚でしかない。悠利はプロの料理人さんではないのだ。お家で味噌汁を作っているときの感覚で答えているだけなので、これが絶対の正解だと思われては困る。
とはいえ、美味しい味噌汁を作ってもらいたい気持ちは本物だ。なので、悠利はふと思いついた、簡単な工夫を伝えることにした。
「あの、お揚げは嫌いじゃないですか?」
「お揚げ……?」
「この味噌汁に入ってるやつです」
「あぁ、美味しかったわ。普段食べないけれど」
女性にお揚げへの忌避感がないことを理解した悠利は、ぱぁっと顔を輝かせた。お揚げさんは味噌汁に強い味方なのである。
「それなら味噌汁にお揚げを入れてみてください。お揚げの旨味が溶け込んで、美味しくなると思います」
「そうなの?」
「肉や魚を入れても旨味が出ますが、お揚げでも十分美味しくなります。それに、お揚げだと他の具材の邪魔をしないので……」
肉や魚を入れた味噌汁も、それはそれは美味しい。旨味がぎゅぎゅっと凝縮される。今日も幾つか作っているし。けれど、それらは肉や魚の味になるのだ。
それを思えば、お揚げはまだ味の主張が控えめだ。控えめだが、味噌汁に旨味やコクを追加してくれる。刻んで入れるだけで味噌汁が美味しくなる定番の具材、それがお揚げだと悠利は思っている。
「それは素敵な情報だけれど、あの、聞いても良いかしら?」
「何でしょうか」
「そのお揚げって、どこで売っているのかしら……?」
「……あ」
困ったような女性の言葉に、悠利は間抜けな声を上げた。お揚げさんがこの地ではマイナー食材であることを忘れていた。
「市場の隅っこにある、お婆ちゃんがやっているお店をご存じですか……?」
「……あの、気に入らない客はホウキで追い返す老婦人のお店かしら」
「……僕は見たことはないですけど、多分その店かと」
悠利にとっては珍しい食材を売ってくれる優しいお婆ちゃんだが、気っ風の良い老婦人でかなりお強いということは耳にしている。目撃したことはないのだが、皆が口を揃えて「気に入らない客は叩き出してる」と言うので。
とりあえず、店を知っていることは確認できたのでよしとしよう。
「時々、あの店に置いてあります。個人のお店なので、あまり取り扱いはないかもしれませんが」
「そう。それじゃあ、今度行ってみるわ。教えてくれてありがとう」
「いえ。美味しい味噌汁を作ってくださいね」
会話を終えて女性を見送った悠利は、じぃっと自分を見ている複数の視線に気づいた。……どうやら、試食をした人の中から何人かが悠利の方へとやってきているらしい。
何これと思いつつ、悠利はにこにこ笑顔でお客さんに向き直る。接客の基本は笑顔だとシーラに聞いたことがあるので。
「どうかされましたか?」
「この味噌汁の作り方を教えてくれ。この、少し甘いやつ」
「少し甘いの……。あー、カボチャ入りのやつですね」
「カボチャが入っていたのか……!」
「そうです」
うきうきとした感じに声をかけてきたのは、小さな子供を連れたお父さんだった。まだ若い。足下では、3歳ぐらいの子供がルークスと戯れている。実に微笑ましい。
「特に難しいことはないですよ。カボチャ食べやすい大きさに切って入れているだけです」
「それだけで、こんな風に甘味が出るのかい?」
「出ますね。カボチャとかサツマイモとかは甘味が溶け出すので、雰囲気が変わります。あ、あまり小さく切ると壊れてしまうので、そこは注意が必要だと思いますが」
「なるほどなぁ……」
ふむふむと一人納得しているお父さん。何でそんなにカボチャ入りの味噌汁に反応してるんだろうと思った悠利だが、答えは小さな子供から与えられた。
「おいしいの、つくれる……?」
「え?」
「あまいの、おうちでも、出来る……?」
じぃっと悠利を見上げて問いかける幼児の顔には、期待と不安が入り交じっていた。どうやら、カボチャ入りの味噌汁を気に入ったのはこの子供らしい。なるほどと納得した悠利だった。
納得したので、不安そうな子供と目線を合わせ、頭を撫でてあげながら答える。
「うん、ほんのり甘いお味噌汁、お家でも作って貰えるよ。お父さんと一緒に、カボチャを買って帰れば良いんじゃないかな」
「かぼちゃ」
「君が食べたのはオレンジの野菜が入ってたやつだよね?」
「そう、おれんじ」
「じゃあ、カボチャだよ」
「解った!」
ぱぁっと顔を輝かせる子供と、そんな子供を愛おしそうに見ているお父さん。実に微笑ましい光景だった。癒やされる。
「教えてくれてありがとう。この子は普通の味噌汁はあまり喜んでくれなくてね。それなのにさっきのは喜んでいたから、気になって」
「子供は甘いのが好きですからね。食べてくれて良かったです」
「おにいちゃん、おいしかった」
「気に入ってくれてありがとう」
「うん!」
悠利に元気よく返事をした子供は、ルークスにバイバイと手を振って父親と一緒に去っていく。ルークスはぽよんと跳ねて見送っていた。
味噌汁は具材一つで味が随分と変わる。どんな具材を使うかで好みが分かれるが、その見本のような話だった。きっと、カボチャのほんのりとした甘さがあの子供には美味しかったのだろう。気に入ってくれる料理が出来て良かったなぁと思う悠利だった。
「ユーリくん、ちょっと良いかい?」
「どうかしましたか、ハローズさん?」
「この肉団子の作り方って、レシピ登録しているかな?」
「……してないですし、するほどのレシピでもないと思うんです、が」
「よし解った。後で書き出してほしい。登録作業はこちらでやっておくから」
「ハローズさん、聞いてください。ただの肉団子です。レシピにするほどじゃないです。ミンチに調味料を混ぜたのを味噌汁に入れただけですー!」
イイ笑顔を残して去っていったハローズに、悠利は切実に訴えたが聞いて貰えなかった。なお、店員さん達はいつものことだと誰も気にしなかった。
この世界では、他の人が知らないような珍しい料理のレシピは生産ギルドで登録されることが多い。悠利自身はあんまり気にしていないのだが、ハローズおじさんは真面目なので、悠利の代わりにあれもこれもせっせとレシピ登録してくれるのだ。頼んでいなくても。
ただ、普段は売り物にするからという理由で登録されている。マヨネーズや顆粒だし、めんつゆや白だしがこれに該当する。
悠利が錬金釜で作ったこれらの調味料のレシピを、ハローズが生産ギルドに登録する。そして、そのレシピを元に錬金術師達が商品を作る。出来上がった商品をハローズが販売する。そういう流れだ。
なので、今日の味噌汁に悠利が入れた肉団子のレシピをハローズが生産ギルドに登録しようとするのも、その流れだった。店として客にレシピを公開する関係上、制作者である悠利にきちんと利益が入るように考えてくれたのだろう。
悠利としては、アルバイト代が出ているのでその辺はなくても良かったのだが。この辺り、行商人のハローズおじさんと悠利の間では、いつまでたっても解りあえない現実だった。どっちも悪くないのだが。
「キュー?」
「ううん、何でもないよ、ルーちゃん」
大丈夫?と心配そうなルークスに、悠利は笑った。まぁ、実際悪いことは起きていないのだ。ハローズおじさんの優しさが悠利にはちょっと重かっただけで。
味噌汁を飲んでいるお客様を見ながら、どれが人気だろうと考える悠利。色んな種類の味噌汁を作ってほしいと言われたので、本当に色々と作ったのだが。
ちょっと手間暇がかかるが、素揚げ野菜の味噌汁も用意した。以前アジトで作って好評だった料理だ。器に入れた素揚げ野菜に、熱々の具なしの味噌汁をかけるというものだ。素揚げにしたことで風味が増えて、普段の味噌汁より豪華に感じる。
オーク肉を使った豚汁のような味噌汁や、ベーコンやウインナーを使った味噌汁もある。前者はジャガイモやタマネギ、人参を具材にしている。後者の二つは、キャベツをふんだんに使ってみた。これはこれで美味しく仕上がっている。
シジミやアサリといった貝類を使った味噌汁に、焼いた魚を入れた味噌汁もある。これらは海の旨味が凝縮されており、肉とはまた違った味わいが楽しめる。
さらに、海藻マシマシの味噌汁も準備した。この場にマグがいたら、一人で鍋を抱えてしまいそうな味噌汁の出来上がりだ。
「やっぱり人気はお肉系かなー」
「キュウ?」
「どの具材の味噌汁が人気かなーって。アジトの皆は何でも気にしないで食べてくれるけどね」
悠利が作る味噌汁を、皆は美味しいと言って食べてくれる。それは事実なのだろう。だからこそ、どんな味付けが好まれやすいのかを知れば、もっと喜んでもらえるんじゃないかと思う悠利だった。
なお、味噌汁の実演販売は大盛況に終わり、悠利とルークスはアルバイト代を貰って二人で買い食いに繰り出すのでした。買い食いは買い食いでロマンなのです。
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