巣ごもり玉子のマヨネーズチーズ焼き


 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の昼食は、日によってメニューの中身がまちまちだ。夕食もまぁそうなのだが、昼食には夕食にはない自由さがある。

 どれぐらい自由かと言えば、悠利ゆうりが「この料理作ってみたいなぁ」とか「この料理食べたいなぁ」というレベルでメニューを決定しても大丈夫なぐらいに。

 基本的に《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の食事事情として、昼食が一番人数が少ない。朝食と夕食は何か特別な予定が入らない限り、ほぼ全員参加なのに対して、昼食は皆が出払っているので少人数になるのだ。

 そして、今日もその法則に当てはまる、少人数でお昼ご飯の日だった。

 本日の昼食メンバーは、悠利の他にはフラウとアロール、そしてロイリスとミルレインだ。見習い組は全員お勉強に出掛けている。というか、最近では昼食は悠利一人で担当することが増えている。人数も少ないので、わざわざ修行を抜け出して手伝いを求めるほどでもないからだ。

 フラウはアリーの代わりに留守番を担当しており、何かあっても気付きやすいようにとリビングでくつろいでいるはずだ。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》での暗黙の了解として、全員で出掛けてアジトを空っぽにするとき以外は、大人が一人は滞在するというものがある。

 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》はクランの規模としては小さいが、それでも多くのメンバーを抱えているのは事実だ。何かあったときに連絡を取れるようにしておくのは当然であり、また、アジトで自習に励むメンバーが困ったときの相談役でもあった。

 後、最近ではマイペースにうっかりで色んなことをやらかす悠利の監視役も兼ねている。まぁ、監視と言うほど厳しくはない。しいていうなら、見守り隊が出来ているという感じだろうか。放置すると色々怖いので。

 アロール、ロイリス、ミルレインの三人は、各々部屋で勉強をしている。それぞれ、魔物使い、細工師、鍛冶士という、普通の戦闘職とは微妙に異なる三人は、外へ出掛けずに机に向かって勉学に励むことが多かった。また、物作りコンビの二人は、世話になっている工房へ出掛けることも多い。

 とりあえず、今日の昼食メンバーは悠利を入れて五人で、更に言えばそこまで桁違いの大食漢は存在しない。フラウが女性にしては健啖家ではあるが、胃袋ブラックホールレベルで食べるレレイ達に比べればまだ許容範囲である。

 そして、悠利を含む四人はそこまで食べない。ミルレインがまだ食べる方だが、少女の旺盛な食欲ぐらいで収まっているし、ちんまり小柄なアロールとロイリスは身体に合わせた食欲しか持っていない。悠利も同じくなので、五人分とはいえ一人で作るのに支障はなかった。

 こういうときに悠利が優先するのは、食の細いメンバーの好みだ。人数が少ないときだからこそ、食の細い面々の好みの料理を提供し、沢山食べてもらおうという考えである。少しでも美味しく食べてほしいという思いからだ。

 それというのも、食の細い面々はあまりリクエストをしてこないのだ。大食いメンバー派というと、気に入った料理や食べたい料理があると、元気よく悠利にリクエストしてくる。そこに、大人も子供も関係ない。なので、心配しなくても彼らは好物にありつけている。


「アロールの好きなものっていうと、……チーズかな」


 クールな十歳児のアロールは、なかなか自分の好物を口にしない。悠利が知っている限りでは、チーズとオレンジが彼女の好みだ。口には出さないだけで表情が緩むので、気に入った料理は何となく把握している。

 ……なお、それを本人に確認すると大変なことになるのが解っているので、大人しく黙っている。十歳児は色々と難しいお年頃なのだ。

 とりあえず、方針は決まった。食の細いアロールが喜んで食べてくれるような、チーズを使った何かを考える。冷蔵庫にある食材と組み合わせて何が作れるか、という話である。


「スープは朝のキノコとベーコンのスープが残ってるからそれにして、お弁当に使った塩キュウリとプチトマトとブロッコリーが残ってるからそれも出してー」


 残り物も有効活用することを忘れない悠利だった。最後まで美味しくいただくのが大切だ。

 冷蔵庫の中を覗き込むと、ごろんと転がるキャベツが目に入った。キャベツとチーズの相性は悪くないので、使う食材の一つ目としてキャベツは決定だ。


「キャベツとチーズ……。焼いてチーズを載せる……?それとも、蒸す……?」


 キャベツに下味を付ければ、チーズを載せるだけで十分美味しい何かに化けるのは想像が出来る。シンプルだが美味しいだろう。しかし、今ひとつ物足りない。後一声、である。

 何かないかなぁと考える悠利の視界に、卵が映った。

 卵は基本食材としてなるべく切らさないようにしている。シンプルなゆで卵も美味しいし、朝食によく使うからだ。今日は使っていないが、そういう理由で卵のストックは余裕がある。

 そこで悠利は閃いた。卵とキャベツとチーズの相性は、悪くない。この三つを使おう、と。


「えーっと、うーんと、アレにしよう。巣ごもり玉子のチーズ焼き」


 メニューが決まったので、悠利はうきうきと準備に取りかかる。

 ちなみに、巣ごもり玉子というのは敷き詰めたキャベツの千切りの上で目玉焼きを作るものだ。キャベツが鳥の巣のように見えるので、巣ごもりと呼んでいる。野菜と玉子が一緒に取れる、とても便利なおかずだ。後、見栄えも良い。

 今日はそれを、少しばかりアレンジする。耐熱容器に入れて、マヨネーズとチーズをトッピングするのだ。フライパンで焼いて作る場合も美味しいが、チーズを追加して耐熱容器で作ると、何とも立派な逸品に仕上がるのである。

 メニューが決まればやることは簡単だ。作るだけである。

 まずやるのは、キャベツの千切りを作ることだ。五人分なのでそこまで分量は必要ない。……ように思えるかもしれないが、キャベツは火を通すとしなっとなってしまってかさが減るので、それなりの量が必要になる。

 冷蔵庫から取り出したキャベツを、悠利はペリペリと剥き始める。かなりの大玉なので、半分に切るとかにすると多すぎるのだ。なので、必要な枚数を地道に剥くことにした。

 包丁で芯の部分に切り込みを入れて、べりっと引き剝がす。多少破れても、千切りにするので問題はない。水を張ったボウルの上に、次から次へと剥いたキャベツの葉が落とされていく。

 必要分を剥いたら、次はたっぷりの水で綺麗に洗うことだ。とても大事な作業である。

 洗い終わったキャベツの葉はまな板の上で芯を取る。多少なら残っていても良いのだが、大きな芯なので一先ず取る。取って、汚れている部分は切り落として避けておく。これは後で小さく切ってスープの具材になるのだ。しっかり火を通せば柔らかくなるので問題ない。

 キャベツの芯を取り除いたら、次は千切りだ。普通なら結構大変な作業だが、料理技能スキルのレベルが高い悠利にしてみれば何の苦もない。慣れた手付きでトトトトとキャベツを切っていく。

 もしもこの場にギャラリーがいたら、その見事さに拍手しただろう。しかし、生憎と悠利一人しかいないので、キャベツの千切りは静かに、そして速やかに大量に作られていくのだった。こんもりと積みあがったキャベツの千切りだが、火を通せばこれもぺしゃんとなってしまう。

 出来上がった千切りキャベツを、悠利は一度ボウルに入れる。入れて、そこにオリーブオイルを入れてよく混ぜ、塩と乾燥ハーブを少量入れて下味を付ける。マヨネーズやチーズを使うので、味付けとしては控えめだ。気持ちだけ味を付けた、という感じだろうか。

 オリーブオイルを混ぜたのは、耐熱皿に入れて焼いたときにキャベツが焦げないようにだ。フライパンで焼くときは蓋をするので蒸し焼き状態になるのだが、今回はチーズを載せてオーブンで焼くつもりなので一手間加えて見たのだ。

 それに、チーズやマヨネーズとオリーブオイルの相性は悪くないので、風味付けとしても有効なはずである。一応、家で作って食べたときに美味しかったので、これで大丈夫だろうと思っている悠利だった。

 そうして出来た千切りキャベツを、耐熱皿に詰め込む。少し多めに見えても、火が入れば小さくなるので気にしない。真ん中に少しばかりくぼみをつけるのを忘れずに、だ。

 キャベツを入れ終えたら、次はマヨネーズだ。くるりと円を描くように一周させる。味付けのためだが、切れ目が出来ないように注意だ。ここに切れ目があると、玉子がはみ出てしまうので。

 そして、先ほど作ったくぼみに生卵を割っていく。くぼみにぽこんと黄身の部分が入り込み、流れた白身はマヨネーズでブロックされてそこまで広がらない。これで、綺麗な丸の目玉焼きが出来るはずだ。

 最後に、溶けやすいように削ったチーズを全体に振りかける。あまり卵を塞いでしまうと見た目が変わるので、ほどほどに。それでも、チーズの味が少ないと悲しいので、卵の周辺を中心に量を増やす。

 これで下準備は完了だ。


「よーし、後は、オーブンで焼けばオッケー」


 オーブンは大きなサイズなので、一度に全部入るのが助かるところだ。やはり、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は人数が多いのでそれに合わせてのサイズなのだろう。

 オーブンに五人分の耐熱皿を入れると、蓋を開けたままにする。まだ火を入れるのは少し早いので、その間に他のおかずの準備をするのだ。何せ、チーズは温かい方が美味しい。

 朝食の残りのスープを温めて、味を確認してから小さく切ったキャベツの芯を入れる。じっくりコトコト煮込むことで、キャベツの甘味が加わるはずである。

 その間に、弁当の残りのトマト、塩キュウリ、ブロッコリーを小皿に盛り付ける。ブロッコリーは茹でるときにだし汁を使ったので、あえてマヨネーズやドレッシングは添えない。足りなかった場合は各々で何かを付けてもらうつもりだ。

 それらが終わって、オーブンのスイッチを入れる。焼き加減は好みがあるが、今日は半熟を目安にすることにした。一応、記憶を探ってみたが半熟を忌避するメンバーがいなかったからだ。


「さてと、今の間に洗い物しとこうっと」


 料理において大切なのは、準備と片付けだ。特に、うっかり後回しにされがちな後片付けや洗い物も、とても大事な仕事である。隙間を縫うように洗い物を片付けておくと、作業がスムーズになる。

 見習い組と一緒に料理をするときは、手が空いている誰かが使った料理器具を洗うのは普通になりつつある。ただ、今日は悠利一人で作業をしているので、一段落した今が洗い物のタイミングなのだ。

 テキパキと調理器具を洗い、使った調味料などを片付ける。それが終われば、布巾を手にして食堂スペースに向かう。テーブルを綺麗に拭いて、セッティングに入る。

 準備の出来ている食器を運び、並べ、後はメインの巣ごもり玉子が配置すれば完璧という状態を作って、悠利は満足そうに頷いた。時計を見れば、皆が食堂に集まるだろう少し前だった。実に良いタイミングだ。

 台所に戻ってオーブンを確認すると、良い感じにチーズが溶けて、玉子もぷるんとした半熟に仕上がっていた。火傷をしないように手袋タイプの鍋掴みを使って一つ一つ運ぶ。ふわりと湯気が立ち上り、一瞬だけ眼鏡を曇らせるのもご愛敬だ。


「ユーリ、それ、何?」

「あ、アロール。今日のメインディッシュだよ。巣ごもり玉子」

「巣ごもり玉子……?」

「うん。キャベツの千切りの上に目玉焼きが載ってるんだ」

「へー、美味しそうだね」

「チーズも載せてあるよ!」

「……あ、そう」


 輝かんばかりの笑顔で言った悠利に、アロールは素っ気なかった。しかし、悠利は見逃さない。クールな十歳児の口元が、ほんの一瞬嬉しそうに緩んだことを。

 ただし、それを指摘すると物凄く怒られるので、口にはしない。悠利の代わりに、アロールの頼れる従魔であるナージャが何かを言いたげに主の頬にすり寄るのだった。……勿論、アロールは反応しないが。


「おや、早いなアロール」

「一段落したからね」

「なるほど」


 姿を現したフラウが、アロールの言葉に表情を緩める。アロールは基本的に誰が相手でもクールだが、頼れる大人枠と認識している相手にはわりと素直だったりする。そしてフラウは、その頼れる大人枠に入っている。


「フラウさん、今日はチーズを使った料理ですよ」

「それは嬉しいな。もしかして、私がいるからか?」

「そんな感じです」

「そうか、ありがとう」


 フラウはチーズ好きなので、悠利の説明に納得したようだ。もう一人のチーズ好きについては言及しない辺り、やはり頼れる大人だ。

 悠利がせっせと料理を運んでいる間に、ロイリスとミルレインの二人も到着した。出来たてほかほかの、とろりとしたチーズが美味しそうな料理を見て二人とも顔を輝かせる。美味しそうという声が聞こえて、悠利の表情も緩んだ。


「これは、巣ごもり玉子のマヨネーズチーズ焼きです。キャベツに軽く下味が付いてるだけなので、チーズとマヨネーズの味で物足りなかったら各々好きな調味料で味付けしてください」


 にこにこ笑顔の悠利の説明に、皆はこくりと頷いた。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は大所帯なので、味の好みが違うことを皆が理解している。なので、こうやって個人で調整してくれと言われても誰も文句は言わないのだ。

 全員が席に着き、悠利の説明も終わったので、いつものように手を合わせて食前の挨拶をしてから食事に入る。いただきますの挨拶は、もう完全に定着していた。

 やはり最初に手を付けるのは巣ごもり玉子のマヨネーズチーズ焼きだろう。チーズが冷めてしまっては美味しさ半減だ。箸で真ん中の玉子を突くと、ぷるんとした黄身が割れて中身が流れ出す。とろとろとした黄色が実に美味しそうだ。

 玉子と一緒にキャベツを掴む。そのときに、マヨネーズとチーズも一緒に口へを運ぶのを忘れない。この四つを一緒に食べるから、美味しいのである。

 口に入れた瞬間に広がるのは、マヨネーズの旨みだ。そこにチーズの風味が加わり、玉子とキャベツの味が追加される。キャベツは野菜の甘さを残しており、マヨネーズの酸味やチーズの塩気と相性ばっちりだった。

 火の入った千切りキャベツなので、簡単に噛めるのも良い。全体的に柔らかい食材の集まりだが、噛めば噛むほど旨みが口の中を満たしていくのだ。


「美味しいー。玉子とキャベツの相性は最高ー」


 ふにゃりと表情を緩める悠利だが、咎める人はいなかった。美味しいものを美味しいと言って悪いことはどこにもない。食事で幸せを感じているなら、それを咎めるのは無粋というものである。

 少なくとも、悠利はこれ以上追加の味付けは必要ないと思った。元々彼は薄味を好んでいるのでそれで良い。なので、気になったのは仲間達のことだ。

 悠利が視線を向けた先では、美味しいと言い合いながら食べているロイリスとミルレイン。どうやら口に合ったらしいと解る。

 フラウは一口食べた後に、胡椒を追加していた。ピリリとしたスパイスの風味が加わることで、味が締まるのだろう。確かに胡椒は美味しいかもしれないと思った悠利だった。

 美味しく食べてくれているならそれで満足の悠利なので、フラウが胡椒を足していようが気にしない。なので最後の一人、アロールへと視線を向ける。素直に口にはしないが、チーズ大好きな十歳児がどう反応するかが気になったのだ。

 そんな悠利の視界で、アロールは黙々と料理を食べていた。次から次へと口に運んでいる。普段、小食な彼女にしては珍しい速度だ。思わず首を傾げる悠利と、さっさと食事を終えてアロールの傍らに戻ってきたらしいナージャの目が、合った。

 ナージャは皆の食事が始まる前に、ルークスと二人で食事を貰って食べ始めていた。どうやら、食べ終えて主の元へと戻ってきたらしい。そのナージャの視線に、悠利は瞬きを繰り返した。何で自分が見られているのが解らなかったので。

 意味の解っていない悠利に、ナージャはちろろと真っ赤な舌を動かすと、隣のアロールを示した。一生懸命食べているのか、俯きがちな彼女の横顔。それを見ろと示されて、悠利は少しだけ身体を乗り出してアロールの顔を伺った。

 果たして、そこにあったのは――。


(うわぁ……、凄く幸せそうな顔……)


 視線が下を向いているので誰も気づいていなかったが、アロールはそれはそれは幸せそうな顔で食べていた。どうやらお気に召したらしい。更に言えば、自分がそんな顔をしていることにも彼女は気づいていないだろう。

 恥ずかしがり屋で、少しばかり気難しいお年頃であるアロールは、普段、素直に嬉しいという感情を表情に出したりはしない。それでも、まだ子供なので取り繕えないときがある。どうやら、今がそのときらしい。

 アロールの表情を確認した悠利は、解ったか?と言いたげなナージャにこくりと頷いた。ナージャは満足したようで、それ以降は悠利の方を見もしなかった。可愛い可愛い主にして庇護対象であるアロールをじっと見ている。……ナージャはアロールに対して過保護なのである。

 ナージャが悠利にアロールの状態を教えてくれたのは、恐らく、主がこの料理を気に入っているというのを伝えたかったのだろう。早い話が、アロールが何も言わなくてもまた作れ、という奴だ。色々と出来すぎる従魔である。


「ユーリ」

「え?あ、何、ミリー」

「これ、滅茶苦茶美味しいな!チーズとマヨネーズが美味しい!」

「気に入ってくれた?」

「気に入った!」


 ナージャの有能さに考え込んでいた悠利の耳に届いたのは顔を輝かせたミルレインの言葉だった。満面の笑みを浮かべる彼女に、悠利は良かったと笑った。

 そのミルレインに続くように、ロイリスも「とても美味しいです」と伝えてくれる。はにかんだような表情が、彼の幼い風貌によく似合った。

 フラウはどちらかというとクールな性格なので、二人のように解りやすく表情には出していない。それでも、「今日もとても美味しい」と伝えてくれる。また、彼女はチーズが好きなので、その旨も合わせて。

 そんな風に皆が悠利に感想を伝えているのを聞いて、アロールがそっと顔を上げた。表情はもう、いつものクールな僕っ娘のそれだ。ちなみに、器の中身は九割が食べ尽くされていた。


「アロール、どうかした?」

「あ、いや……」

「ん?」


 悠利の問いかけに、アロールは言葉に困ったように口ごもる。何かあったんだろうかと、物作りコンビもアロールに視線を固定する。その中で、フラウだけが笑いを堪えるように視線を逸らしていた。

 次の瞬間、ぺしりとナージャがアロールの肩を叩く。しっかりしろと窘めるような仕草だった。

 従魔に促されて、アロールはしばらくもごもごと口を動かした後に、真っ直ぐと悠利を見つめた。そのまま、いつものハキハキした口調とは違う、どこかぎこちない口調で告げた。


「凄く、美味しい。……チーズが味付けになってて」


 精一杯頑張っての発言だと解ったので、悠利は破顔した。ロイリスとミルレインもだ。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の最年少は、クールで照れ屋さんだが、時々こんな風にとても素直で可愛いのだ。


「皆が美味しいって食べてくれて、僕も嬉しい。また作るね」

「……うん。楽しみにしてる」

「任せて。今度は、キャベツにハムやベーコンを入れたり、他の野菜を混ぜたりしてみるね」


 にこにこ笑顔で改良案を口にする悠利に、皆の表情も緩んだ。美味しく食べてもらうための手間を手間と思わないのが、悠利らしかった。

 そんな子供達のやりとりを、フラウは優しい眼差しで見守っている。ついでに、とてもとても平和な食事だというのも噛みしめているのだった。




 なお、ベーコン入りの巣ごもり玉子の話を聞きつけたレレイや見習い組が「それ食べたい!」と悠利に訴えたので、近日中に改良バージョンが食卓に並ぶことになりそうです。まぁ、いつものことですね。


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