肉食さんにボリュームメンチカツ


「今日のお昼は、僕とアリーさんとブルックさんだけかー」


 何にしようかな、と悠利ゆうりは洗濯物を干しながら考える。人数が少ない場合は食べる人に合わせて献立を考えるのだ。よく食べる成人男性二人なので、やはりここは肉が良いだろうかと考えを巡らせる。

 そして、悠利は良いことに気がついた。


「あ。メンチカツの備蓄があったんだ。アレを揚げようっと」


 三人分ならば、揚げるとしても悠利の胃への負担は少ない。……どちらかというと小食に分類される悠利は、大量の揚げ物をすると油の匂いでお腹がいっぱいになってしまうのだ。

 ちなみにこのメンチカツの備蓄というのは、以前大量に作ったときに残しておいた分だ。アジトの冷凍庫には、そんな風にして悠利が備蓄している食料がある。冷蔵庫にも常備菜が入っている。時間がないときや、突然人が増えたときの対策だ。

 保管場所を容量無制限の魔法鞄マジックバッグになっている悠利の学生鞄ではなく冷凍庫にしているのは、誰でも使えるようにだ。例えば、悠利が出かけているときに誰かが使えるように。


「アレだけいっぱい作ったのに、もう備蓄に回した分しかないんだもんなぁ……」


 皆よく食べたよねぇと悠利は呟く。大量に、それはもう大量に作ったのだが、身体が資本の冒険者の食欲恐るべしという感じで消費されていったのだ。

 洗濯作業を続けながら悠利は、ウルグスと二人で大量のミンチと格闘した日のことを思い出すのだった。




 どどーんと目の前に並ぶミンチに、ウルグスは隣に立つ悠利を見た。その顔は、期待に輝いていた。


「ユーリ、これ、何にするんだ?」

「メンチカツを作ります」

「メンチカツってあの、ミンチを丸めて揚げるやつだよな?」

「そう、正解」


 悠利の言葉に、ウルグスは嬉しそうな顔になった。挽肉と揚げ物のコンボは食べ盛りには大変魅力的なのだ。


「それじゃ、タマネギの皮むきよろしく。みじん切りは僕がやるから」

「解った」


 差し出されたタマネギを、ウルグスは真剣な顔で受け取った。ここで頑張れば美味しいメンチカツが食べられるということを理解したからだ。揚げ物の魅力は凄い。

 悠利が作るメンチカツの具材は、ミンチとタマネギだけのシンプルなものだ。肉はバイソン肉とオーク肉の合い挽きである。牛と豚の合い挽きのイメージだ。

 ウルグスが洗って皮を剥いたタマネギを、悠利は慣れた手付きでみじん切りにしていく。料理技能スキルレベルが高い悠利なので、目にもとまらぬ早業である。実に見事なみじん切りだ。

 大量に作られていくタマネギのみじん切りは、大きなボウルにそのまま入れる。ミンチが大量ならば、タマネギもそれなりの量になるのだ。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は大所帯なので、沢山必要になるのも致し方ない。

 しばらく二人で黙々と作業を続ける。タマネギのみじん切りが完了したら、次の工程だ。


「ボウルにミンチとタマネギ、あと玉子と調味料を入れて混ぜます」

「結構しっかり混ぜるのか?」

「具材が均等に混ざる感じで良いよ」

「解った」


 悠利の説明に、ウルグスは頷いた。そして、タマネギの入ったボウルにミンチを入れ、そこに玉子を割る。最後に、調味料を入れるのは悠利だ。


「使うのは、酒、塩、胡椒、あと最後に、隠し味」

「それ、ニンニクか?」

「うん。お肉とニンニクの相性は良いからね」


 ボウルにニンニクをすりおろして入れる悠利。ただし、あまりニンニクを利かせすぎると皆が困るので、ほどほどにしておく。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々は外に出かけていくので、ニンニクの匂いをぷんぷんさせるわけにはいかないのだ。エチケットは大事です。

 それでも、ほんの少しニンニクを加えることで風味が出る。食欲をそそる感じに仕上がれば御の字だ。

 調味料が全て入ったら、ウルグスがボウルの中身を混ぜる。彼の方が手が大きいので、こういう作業は向いているのだ。悠利は楽しそうにボウルの中身を見ている。

 ミンチとタマネギをせっせと混ぜるウルグスの顔は、嬉しそうだった。これが美味しいご飯になることが解っているからだろう。現金だ。

 そうして具材が全部混ざったら、次はタネ作りだ。形を整える作業である。


「これを、掌に収まるぐらいの大きさに丸めるね。まん丸じゃなくて、平たくしてね」

「おう。こういう感じか?」

「そうそう。で、形が整ったら両手の間を移動させて空気を抜きます」


 ハンバーグ作るときみたいな感じで、と悠利が続けた説明に、ウルグスはなるほどと頷いた。見習い組は悠利と一緒にご飯を作っているので、色々とレベルアップしているのです。

 ……そこ、それは冒険者やトレジャーハンターに必要な能力じゃないとか、言わない。料理が出来て困ることはありません。多分。

 タネの形が整ったら、バットに並べる。二人でせっせと大量のメンチカツのタネを作るのだ。重ねるとくっ付いてしまうので、必然的にバットが幾つも必要になるが、気にしてはいけない。

 何しろ、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》には食べ盛りがいっぱいなのだ。ミンチと揚げ物のコンボなど、どう考えても大量に作っておかなければ追いつかない。

 大量とはいえ、二人がかりならばそこまで時間もかからずに全てを丸めることは出来た。次の作業はと見てくるウルグスに、悠利はにっこりと笑った。


「次は衣を付ける作業なんだけど、一度冷やして脂を固めた方がやりやすいから、ちょっと休憩」

「了解」

「あ、その間に洗い物やっちゃおうね」

「解ってる、解ってる」


 悠利に料理を習う過程で、段取りがどれほど大変かはしっかり身についている。念を押されなくても解っているウルグスだ。

 悠利がバットを冷蔵庫に入れている間に、ウルグスはボウルや包丁、まな板を慣れた手付きで洗う。分担作業も段取りを考えての作業も、随分と身についている。

 ……だからそこ、料理の腕を磨く意味を問うのは止めてください。生きていく上で必要な能力なので問題ありません。

 洗い物をし、お茶を飲んで一服した後、二人は次の作業に取りかかる。準備するのは小麦粉、卵液、パン粉だ。それぞれ別のボウルに入れてある。

 それらが準備できると、悠利は冷蔵庫からメンチカツのタネがバットを取り出した。


「こんな感じになったよ」

「おー。何か脂身のところが白く固まってる」

「この方が崩れにくいからね。体温で溶けると形が崩れるから、気をつけてね」

「解った」


 バットの中のメンチカツのタネは、冷蔵庫に入れる前と比べて色が違った。脂身が固まって白くなっているのだ。心なしか形もしっかりしているように見える。

 さて、ボウルは三つ、作業者は二人。必然的に一人は両手で作業をすることになる。


「それじゃ、ウルグスは小麦粉をお願い。全体に付けて、でも余分なのは落としてね」

「それは解ったけど、ユーリはどうするんだ?」

「え?片手で卵液、片手でパン粉でやるけど?」

「……お前、どんだけ器用なんだ……」


 それがどうかしたの?と言いたげな悠利に、ウルグスはがっくりと肩を落とした。しかし悠利はケロリとしている。別に彼にとってはそこまで難しい作業ではないので。

 気を取り直して、ウルグスはバットから取り出したメンチカツのタネに小麦粉をまぶす作業に取りかかる。赤いミンチが白く染まっていく。

 全体にきっちり小麦粉が付いたのを確認すると、持ち上げて余分な小麦粉を落とす。そのときに力を入れすぎると形が崩れるので、ウルグスは細心の注意を払っている。何しろ、彼は力が強いので。

 そうして小麦粉を付けたタネを、ウルグスはすぐ隣の卵液のボウルへと入れる。ちゃぷんと音を立てて卵液にタネが沈む。それを悠利が片手で器用に扱った。

 タネを卵液の中でくるり、くるりと回転させて、全体にきっちりと卵液を纏わせる。それが出来たら、持ち上げて余分な卵液を切る。

 卵液を切ったタネは、そのまま隣のパン粉のボウルへと移す。そこで使う手を変えて、パン粉を上から被せるようにかけてまぶす。ひっくり返し、裏面や側面も確認してパン粉が全体に付いたことを確認したら、持ち上げて掌の上で器用に転がして余分なパン粉を落とす。

 それが終わったら、隣の綺麗なバットへと並べる。これで衣付け作業は完成だ。


「……ユーリ、マジで器用だな」

「え?」

「何で片手で出来るんだよ……」


 衝撃を受けているウルグスを、悠利は不思議そうに見ていた。彼にとっては普通のことだったので、何を驚かれているのかちっとも解らないのだ。手は二本あるので、二つの作業をやってもおかしくないだろうという感じで。

 悠利に言っても通じないと理解したウルグスは、気を取り直して新しいタネに手を伸ばす。大量にあるのだから、手を止めている暇はないのだ。千里の道も一歩から。終わらせるためには一つ一つ進めていくしかないのである。

 二人でせっせと作業を続け、大量のタネは全て立派なメンチカツになった。後は揚げるだけだ。

 フライパンにたっぷりの油を入れて温める。油が温まったら、試食用のメンチカツを一つ、放り込む。バチバチという香ばしい音が響いた。


「これ、中身が生だから、結構しっかり揚げないとダメなんだよな?」

「そうだね。衣がきつね色になった頃合いを目安に引き上げて、半分に割ってみようか」

「おう」


 具材に火が通った状態で衣を付けているコロッケと異なり、メンチカツは生のミンチとタマネギを丸めたものだ。ウルグスの考えは正しく、生焼け状態は何より忌むべきものである。どう考えてもお腹を壊すので。

 一応メンチカツが浸かるぐらいの油を用意したが、念のため時々ひっくり返して両面がきっちり揚がるようにするのを忘れない。食欲をそそる香ばしいきつね色になっていくのが楽しい二人だ。

 しばらくして、油のバチバチという音が減ったのと、衣がきつね色になったのを確認して、メンチカツを引き上げる。小皿の上で真ん中で半分に割ると、しっかりと火が通った茶色いミンチと透明なタマネギが見えた。


「うん、良い感じだと思う。それじゃ、味見しようか」

「いただきます」

「いただきまーす」


 料理当番の特権もとい大切な仕事なので、ウルグスも悠利もためらいなく食前の挨拶を口にした。半分に割ったメンチカツを、それぞれ口へと運ぶ。

 揚げたては熱い。なので、ふーふーと息を吹きかけて冷ましながら、囓る。熱いが、やはり揚げたての熱々を食べるのも醍醐味なのだ。

 香ばしく揚がった衣が、サクっという小気味良い音を立てる。衣のサクサク食感と、肉汁がじゅわーっと出てくるのが良い対比だ。どちらかだけではここまで美味しくないだろう。両方あるから美味しいのだ。

 味付けは塩胡椒とニンニクでシンプルに仕上げてあるが、揚げたことでその風味がぶわっと口の中に広がる。揚げ物は、揚げることでひと味加わるので、何とも言えずに美味しいのだ。

 やはり、ミンチと揚げ物のコンボは強かった。大正解だ。


「ウルグス、何かソースとかいる?」

「いや、これで十分美味い」

「良かった」


 ウルグスの答えに、悠利は嬉しそうに笑った。どちらかというとあっさりした味付けを好む悠利の基準にすると、肉食さん達には物足りない可能性があるのだ。けれど今回は大丈夫だったようで、ウルグスは味わうようにメンチカツを食べている。


「それじゃウルグス、揚げるの頼んでも良い?僕、洗い物するから」

「任された」

「よろしくお願いします」


 笑顔で引き受けてくれるウルグスに後を任せて、悠利は洗い物に取りかかる。

 つもりだったが、その前にメンチカツの入ったバットの中に一つだけあった小さなバットを手に取った。そして、蓋を被せて冷凍庫に片付ける。


「ユーリ、何してんだ?」

「あ、少しだけ備蓄しておこうと思って。何かの時に使えるように」

「…………」

「食べる分はいっぱいあるから大丈夫だよ。それを見越して大量に作ったんだから」

「そうだな」


 一瞬何とも言えない顔になったウルグスだが、悠利の指摘に大きく頷いた。メンチカツが入ったバットはまだまだあるのだ。揚げるのが大変なぐらいだ。食べる分はちゃんとあると理解して、作業に戻るウルグスだった。




 そんな感じでウルグスと二人で作ったメンチカツが、本日の昼食である。パンと野菜スープとキノコのソテーもある。メンチカツの隣には千切りキャベツがどーんと載っているので、ボリューム満点に見える。

 セッティングを終えて満足そうな悠利。振り返って1歩足を踏み出そうとしたとき、耳に声が届いた。


「ん?今日は昼から揚げ物なのか?準備が大変だったんじゃないか?」


 準備が出来たので呼びに行こうと思っていたところでアリーがやってきたので、悠利は思わず笑顔になる。けれど思ったことは口に出さず、アリーの質問に答えることにした。


「パン粉を付けるところまでは、前にウルグスとやっておいたんです。これ、この間のメンチカツを揚げる前の段階で備蓄に回しておいた分なんです」

「そうなのか?」

「はい。今日みたいな日に使えるなーと思って」

「なるほど」


 悠利の言葉に、アリーは納得したように頷いた。人数が少ないときの食事は、悠利一人で準備をするので手間が省けるなら省けという感じだった。

 悠利は確かにアジトの家事担当で、趣味も家事なので楽しく生き生きと料理もしている。それでも、いつもいつでも全力でやっていたら疲れるので、適度に手を抜くのは大切だ。

 それに、手を抜いたからといって、不味い料理を提供するわけではない。美味しいけれどお手軽みたいな感じで生きている悠利なのだ。

 とりあえず、悠利の説明で彼が一人で頑張ったわけではないと理解したアリーは、安堵したように席に着く。油断すると一人で頑張り過ぎる悠利を知っているので、色々と気になったのだろう。保護者は大変だ。


「今日は随分と豪勢だな。ユーリ、準備が大変だったんじゃないのか?」

「「……」」

「……何だ、その顔は」


 遅れてやって来たブルックが開口一番に告げた言葉に、悠利とアリーはなんとも言えない顔になった。胡乱げなブルックに答えたのは、悠利だ。その顔は笑顔だった。


「ブルックさんがアリーさんとまったく同じことを言ったので、ちょっと驚いたんです」

「そうなのか?」

「そうなんです。後、これは下準備が出来た状態で備蓄してる分なので、そこまで手間はかかってないです」

「そうか。それなら良いんだ」


 付き合いが長いと感覚が似てくるのか、アリーとブルックの反応が同じだったことが悠利には面白いのだ。アリーは若干面倒くさそうな顔をしている。

 そしてブルックはと言えば、別にそんなことはどうでも良いとばかりに、席に着く。悠利が続けた言葉で、無理をしていないと解ったからだろう。そうと解れば、美味しそうな食事を堪能する方が優先だった。

 悠利とアリーもそれに続いて席に着く。なお、悠利が洗濯や料理をしている間にアジトの掃除を終えた従魔のルークスは、台所で美味しそうに生ゴミを食べている。お仕事と食事が一度に出来て一石二鳥である。

 ついでに、油で汚れたフライパンも綺麗にしてくれた。今日もとてもお役立ちなスライムだ。……従魔らしくないと言わないでください。主の仕事を手伝っているのだから、立派に従魔です。


「メンチカツ、味が薄かったら何かかけてくださいね」

「この間と同じ味なんだろう?それなら俺はこのままで大丈夫だ」

「右に同じく」

「それなら良かったです」


 二人の言葉に、悠利は安心したように笑った。美味しく食べて貰うのが一番なので、こういう確認は欠かせないのだ。


「それでは、いただきます」

「「いただきます」」


 行儀良く唱和して、三人は食事に取りかかる。ちなみに、アリーとブルックのメンチカツは悠利の倍ぐらい盛りつけてある。多分それぐらい食べるだろうなという判断だ。

 特に二人が何も言わないので、食べきれるんだろうなと思う悠利。身体が資本で鍛錬を欠かさないアリーとブルックなので、食欲もそれなりにある。アリーも健啖家だが、ブルックは大食漢を地で行くのだ。


「んー。サクサクジューシーで美味しいー」


 食べやすい大きさに割ったメンチカツを頬張りながら、悠利はふにゃっとした顔で笑った。衣のサクサクと肉の旨味がぎゅぎゅっと詰まっているので、何度食べてもやっぱり美味しいのだ。

 最初はメンチカツだけを食べ、その次にメンチカツと千切りキャベツを一緒に口の中に放り込む。生キャベツのシャキシャキした食感と、メンチカツのしっかりした味が絡み合って絶妙の調和だ。

 そもそも、キャベツとメンチカツの相性が悪いわけがない。何故なら、メンチカツの中にキャベツが入っているバージョンも世の中には存在するのだから。肉とキャベツの相性は良いのである。

 そんな悠利の目の前で、アリーとブルックは豪快にメンチカツを囓っていた。悠利に比べて一口が大きい彼らなので、一口で半分近くは食べている。切り分けるより囓る方が早いのだろう。

 ばくばくとかなりのハイペースで食べる二人だが、喉を詰めることもない。しっかり噛まなければ消化に悪いことも解っているので、それなりの回数噛んでいる。それでもやはり一口が大きいので、悠利に比べて随分早く見えるのだ。


「メンチカツに味がしっかりついてるから、パンと一緒に食べても美味いな」

「パンとメンチカツの相性は良いですからね」

「ふむ。挟んで食べても美味そうだ」

「やりたきゃやれよ……」


 アリーと悠利の会話を聞いていたブルックが、真剣な顔で呟く。どうでも良いことに本気オーラを出している仲間に、アリーは面倒くさそうな口調でツッコミを入れた。好きにしろと言いつつも、若干の呆れが滲んでいる。

 軽口を叩きながら会話を続ける二人を見ながら、悠利はもぐもぐと口の中身を一生懸命噛んでいる。美味しいご飯を堪能していた。

 同時に、二人の会話をちょっと面白いと思って聞いている。ブルックもアリーも、見習い組や訓練生がいないと、少しばかり気の抜けた会話をするのだ。周囲に人が少なければ少ないほど、彼らは普段と違う感じのやりとりをする。

 唯一の例外は彼らのかつてのパーティーメンバーである調香師のレオポルドだが、あの御仁の場合はちょっと意味合いが異なる。元仲間という立場から、二人を相手にも遠慮も容赦もしないのだ。必然的に彼らの会話は互いに歯に衣着せぬものになる。

 ……実は悠利は、彼らのこういうどうでも良い内容の会話を聞くのが、好きだった。

 普段はとても頼りになるリーダー様と凄腕剣士様が、まるで自分達みたいな他愛ない会話を軽快なテンポで繰り広げる姿は、ちょっと面白いのだ。勿論、口に出してそんなことを言えばアリーから拳骨を貰いそうなので、絶対に言わないが。


「ユーリ」

「ふぁい?」


 突然呼びかけられて、悠利は口の中に食べ物を詰めこんだまま返事をした。行儀が悪いことは解っているが、それでも呼ばれたからには聞こえているという意思表示をしたかったのだ。

 何の用事だろうかと首を傾げる悠利の皿を指差して、アリーは質問を口にした。


「お前、それで足りるのか?」

「……?」

「俺達の皿に比べると随分と少ないが、足りてるのか?」

「……あ、大丈夫です。これ以上食べるとおやつが食べられない気がするので」

「そうか。それなら良い」


 アリーが何を言いたいのかを理解して、悠利は口の中の食べ物を飲み込んでから返答する。心配はありがたいが、これ以上食べるとどう考えても胃袋が許容量を超えてしまうのだ。

 アリーがそんなことを言い出したのは、自分達の皿に大量に盛りつけてあるのを見ているからだ。もしかしたら、万に一つの可能性で、自分達に譲ったのではないかと気になったのだろう。

 しかし、悠利はちゃんと自分で考えているので問題はない。そもそも、食事は適切な量を摂取しなければ健康に悪いと思っているので、足りなければ他のおかずを準備するのが悠利だ。大食漢ではないが食べるのは大好きな悠利なので。

 そんな悠利とアリーのやりとりを聞いていたブルックが、ぽつりと呟いた。


「今日も過保護だな、お父さん」

「誰がお父さんだ!」

「お前だ。うちの自慢のお父さんだぞ」

「ブルック、てめぇ真顔で喧嘩売る癖、いい加減どうにかしろ」

「失礼な。俺は喧嘩を売ってなどいない。事実を口にしただけだ」

「いい加減にしろ」


 怒気を含んだアリーの声にも動じず、ブルックはけろっとしている。相変わらずだなぁと悠利はそんな大人二人の会話を聞いていた。

 とはいえ、ブルックの発言もまちがってはいない。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の頼れるリーダー殿は、強面な外見に似合わず面倒見が良くて優しい。メンバー達を気遣うアリーの優しさを、仲間達は愛を込めてお父さんと呼ぶのだ。

 ……いえ、嘘です。大半はうっかりお父さんと呼びかけることがあるだけですが、ブルックの場合はおちょくる為に言っています。昔馴染みはそういうものなのです。




 三人きりだけれど賑やかな食事は、その後ものんびりと続くのでした。仲が良いのは素晴らしいことです。




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