おやつにほくほくジャガバターコロッケ


「ユーリの手って、どうなってるのか全然解らないんだけど……」

「へ?」


 感心したというよりも呆れたという方が近いヘルミーネの発言に、悠利ゆうりはきょとんとした。何を言われたのかがよく解らなかったからだ。

 手、と言われて悠利は自分の手を見た。いつも通りの普通の手だ。特に変わったことは何もない。今も、おやつを作るためにせっせと頑張っているだけである。


「僕の手が、どうかしたの?」

「だって、ユーリのだけ、形が凄く綺麗じゃない……」

「形……?」


 言われて、悠利は自分の作った完成品を見る。綺麗な楕円形だ。表面に凸凹も存在しない。実に綺麗な形になっている。

 意味の解っていない悠利に現状を伝えるべく、ヘルミーネはすっと指を動かした。そこには、ヘルミーネとヤックが作った完成品がある。……少々歪な楕円形だった。表面が凸凹している。というか、何かに引っ張られたように小さな角が立っている感じだ。

 両者を見比べて、なるほどと悠利は思った。確かに、見比べてみると差は歴然だった。

 しかし、悠利には何となく原因が解った。なので、のんびりとしたいつもの口調で告げるのだった。


「多分それ、二人の方が僕より掌の温度が高いんだと思うよ」

「「え?」」

「体温、僕より高いから、くっついちゃうんだと思う」

「そこ!?理由そこなの!?」

「えぇえええええ!?それが理由なの!?」


 衝撃を受ける二人だが、悠利はけろりとしていた。理屈が解っているからだ。なので悠利は、驚いている二人に詳しい説明を口にした。


「これ、バターが入ってるから。体温が高いと溶けちゃうんだよ」

「「あ」」


 悠利の端的な説明に、二人は納得した。納得して、がっくりとその場に崩れる。理由が解ってしまえば単純で、でも、それなら自分達はどうしたら良いんだと言いたげな顔だ。

 そんな二人に、悠利は救済策を口にする。


「ボウルに入れた水で手を冷やして、水気をよく拭き取ってからやってみたらどうかな。手が冷えたら、少しはマシだと思うよ」

「オイラ、水持ってくる」

「頼んだわよ、ヤック!」


 すかさず立ち上がって去っていくヤック。その背中に、ヘルミーネの声がかかった。

 賑やかな二人を見つめながら、悠利は黙々と完成品を作り続ける。ヤックと二人で作業をしていたところへ、ヘルミーネが乱入してきた瞬間のことを思い出しながら。




「ねぇ、何してるの?」


 食堂スペースで作業をしている悠利達にヘルミーネが声をかけてきたのは、昼食を終えて少ししてのことだった。いつもならばリビングでのんびりしているはずの悠利がいないことに気付いて、ひょっこり食堂に顔を出したら作業をしていたという流れだ。

 突然声をかけられた悠利とヤックは、思わず作業を中断して乱入者を見る。ヘルミーネは不思議そうな顔で二人を見て、そして、再び口を開いた。


「何でこんな時間にジャガイモ潰してるの?夕飯の仕込み?」

「ううん。おやつ」

「おやつ?」

「そう、今日のおやつを作ってるだけだよ」


 悠利の答えに、ヘルミーネは不思議そうに首を傾げた。けれど、おやつという単語に興味を持ったのだろう。軽やかな足取りで二人が作業しているテーブルへと近付いてくる。

 机の上にあるのは、茹でたジャガイモがたっぷりと入った大きなボウル。悠利とヤックが今、二人で交代しながらジャガイモを潰しているところだ。他には、塩、胡椒、バターが置いてある。それと、成形したものを入れるためなのか、大きなバットが一つ。

 しかし、それだけだ。あまりにもシンプルなラインナップに、どんなおやつに鳴るんだろう?とヘルミーネは不思議そうな顔をする。

 そんな彼女に、悠利はのほほんと答えた。


「今日はねー、じゃがバターコロッケ作ろうと思って」

「じゃがバター、……コロッケ?」

「そうだよ。揚げたては絶品なんだよねー」


 嬉しそうに笑う悠利に、ヘルミーネは胡乱げな顔をした。彼女の言い分はこうだ。コロッケはおやつなの?と。

 そう、確かにコロッケは、おかずだ。けれど、何もおやつに食べてはいけないわけでは、ない。ジャガイモを使ったコロッケは腹持ちもよく、小腹が空いたときに食べるととても美味しいのだ。

 なので、悠利の中でコロッケは、時々おやつに食べるおかずだった。そのノリで、本日のおやつをじゃがバターコロッケに決定したのだ。

 なお、何でそうなったかというと、ヤックと二人色々なコロッケがある話をしていて、何となく食べたくなったからだ。夕飯は肉を希望されているので、それならおやつにコロッケを作ってしまおうとなったわけである。割と見切り発車だった。


「コロッケがおやつって、お腹膨れないの……?」

「小さめに作るし、ジャガイモだけだからね」

「どういうこと?」

「今日のは具材がジャガイモだけなんだよ。マッシュポテトをコロッケにしてるみたいな感じかな?」

「へー。マッシュポテトは好きよ。なめらかで美味しいもん」


 現金なヘルミーネは、悠利の説明に笑顔になった。

 具材が沢山入っていたり、大きかったら夕飯が食べられなくなると心配していたが、それが杞憂だと解ったからだ。それなら思う存分、揚げたての美味しいコロッケを堪能しようという感じだった。とても解りやすい。

 悠利とヤックは、掌をくるりと返したヘルミーネに特に何も言わず、作業を続行している。おやつとはいえ、皆の分を作るとなるとジャガイモの量もそこそこ必要になる。それを潰すのはそれなりに重労働だ。

 茹でたジャガイモを全て潰し終えたら、今度は味付けだ。まだほかほかと湯気の出ているジャガイモに、塩、胡椒、バターを加えてよく混ぜる。ジャガイモの熱で溶けたバターがとろりと綺麗な色で広がった。


「何だか、もう既にとっても美味しそうな匂いがするんだけど」

「ジャガイモとバターだからねぇ」

「ユーリ、オイラ気付いた」

「何、ヤック?」


 ヘラでジャガイモを混ぜていた悠利は、大真面目な顔のヤックに首を傾げる。重大発見だとでも言いたげな顔だ。何かあっただろうかと思う悠利。

 そんな悠利に、ヤックはきっぱりと言い切った。彼の中の真理を。


「これ、今すぐこのまま食べられる」

「……」

「……あ」


 茹でたジャガイモは既に火が通っている。味付けとして投入したのは、塩胡椒とバターのみ。そのバターもジャガイモの熱で溶けて、綺麗に混ざり合っている。それゆえの、ヤックの指摘だった。

 そう、今の状態でも、これは美味しく食べられる。マッシュポテトのじゃがバター風みたいな感じだろうか。


「そうだね。食べてもお腹壊さないね」

「あってた!」

「でも、今日はこれをコロッケにするので、味見以上のつまみ食いは却下で」

「ユーリぃ……」

「却下で」


 おさんどん担当は今日もブレずに安定だった。不必要な味見、つまみ食いに属する行為はあまり許されないのです。何しろそれを許してしまうと、なし崩し的に全部食べきってしまいそうになるので。

 美味しい匂いがしているのに食べられない。そんな状況に、ヤックは打ちひしがれていた。なお、ヘルミーネも同じくだった。物凄く美味しそうなのに、とぼやいている。

 しかし、本日のおやつはじゃがバターコロッケなのだ。コロッケにする前に食べ尽くしては意味がない。

 なので悠利は、味を確認するために少量を小皿に取る以上はボウルの中身に手を付けなかった。ヤックと二人で味を確認し、ジャガイモとバターの風味、隠し味程度に感じる塩胡椒の塩梅を確かめて終わる。

 ……じーっと見つめるヘルミーネだが、別に食べさせろとは言わなかった。ただ、美味しそうだなぁと言いたげな顔をしているだけで。


「それじゃ、これをコロッケにします。いつもより小さめの楕円形で形を作ろうね」

「解った」


 悠利とヤックが二人でじゃがバターコロッケの成形に入る。コロッケを作るのは初めてではないので、ヤックも危なげなく作業に入る。

 そんな二人を見ていたヘルミーネが挙手をして口を開いた。


「私もやっても良い?」

「ヘルミーネ?」

「楽しそうなんだもん。私もやってみたい!」

「うん。良いよ。手を洗って、エプロン付けてね」

「解った!」


 うきうきルンルンで手を洗いに行くヘルミーネ。珍しいなぁ、と悠利は思った。とはいえ、彼女がこんな風に「私も交ぜて!」と言うのは時々あるのだ。主に暇を持て余しているときに。

 理由が暇つぶしだろうと、面白そうだからだろうと、手伝って貰えるのはありがたい。お言葉に甘えようと思う悠利だった。




 そんな感じでヘルミーネと三人で作業をしていたのだが、どう足掻いても悠利のように綺麗に作れなかったのでヘルミーネの疑問が飛び出したということになる。バターを入れているので、どうしても体温で溶けるとでろっとなってしまうのだ。

 悠利の言いつけを実行するべくボウルに水を入れ、清潔な布巾を手に戻ってきたヤック。まずは手を入れてほどよく冷やし、布巾で綺麗に水気を拭き取ってから再度コロッケ作りに挑戦する。

 はたして、その結果はというと。


「ユーリ!さっきまでより綺麗に出来た!くっつかない!」

「あぁ、やっぱり掌の温度が原因だったんだね」

「本当だ!私もやってみようっと!」


 成功したヤックが無邪気に喜び、それを見たヘルミーネが自分もボウルで手を冷やして布巾で水気を拭き取ってから作業に入る。

 そして、ヘルミーネもまた、喜びの声を上げた。


「見て見て、ユーリ!完璧じゃない?」

「本当だ。とっても綺麗だね、ヘルミーネ」

「掌の温度だけでこんなに違うなんて思わなかったわ。よーし、どんどん作るわよー!」


 成功したことで途端に張り切るヘルミーネ。とても無邪気な姿だった。彼女の幼さ残る風貌には似合っている。長命な羽根人なので実年齢を考えるとツッコミが入るかもしれない。しかし、そもそも彼女は人間年齢に換算すれば外見通りの年齢なので、問題はない。

 それに何より、無邪気に喜ぶ美少女は素晴らしい。その笑顔、プライスレスだ。


「丸めるのが終わったら衣を付けるんだけど、ヘルミーネ、それも手伝ってくれる?」

「任せて!」

「ありがとう」


 手際よくジャガイモを形作りながら悠利が問いかければ、元気の良い答えが返った。コロッケの衣を付ける作業は、二人でも出来なくはない。しかし、工程が三つなので、三人でやるともっと楽に作業が進むのだ。

 元気よく協力を約束したヘルミーネは、とても楽しそうだった。暇つぶしのお手伝いだが、上手に出来るのは嬉しいし、頼りにされるのも嬉しいのだ。彼女は結構解りやすかった。

 そんな感じで三人で協力し合い、コロッケのタネを丸める作業は完了した。次は衣を付ける作業なので、悠利とヤックは流れるようにその準備に取りかかる。

 用意したボウルは三つ。それぞれに、小麦粉、卵液、パン粉が入っている。


「それじゃあ、僕が小麦粉、ヤックが卵、ヘルミーネはパン粉をお願い出来るかな?」

「了解」

「解ったわ」


 配置が決定し、三人がそれぞれのボウルの前にスタンバイする。悠利がバットからコロッケのタネを取り出して小麦粉を付ける。余分な粉は落とし、形が崩れている部分を修正する。

 そんな悠利から小麦粉の付いたコロッケのタネを渡されたヤックは、それをそっと卵液に潜らせる。全体がきっちり卵液でコーティングされるようにしっかりと沈め、形を崩さないようにしながら余分な卵液を切って隣のヘルミーネへと渡す。

 ヤックはヘルミーネに直接渡すのではなく、パン粉がたっぷりと広がっている場所へとコロッケのタネを置いた。それに上からヘルミーネがせっせとパン粉をかけてコーティングする。全体にパン粉が行き渡ったのを確認すると持ち上げて、パタパタと余分なパン粉を落とす。

 綺麗にパン粉が付いたコロッケを、ヘルミーネは新しいバットの上へと置いた。綺麗に出来て満足そうだ。そんな彼女の視界に、新しいコロッケのタネがパン粉の上に置かれるのが入った。


「こんな感じで良いのよね?」

「うん、完璧だよ、ヘルミーネ。続きもお願い」

「任されました!」


 えっへんと胸を張って、ヘルミーネは再びパン粉に手を伸ばした。褒められて嬉しかったらしい。

 三人で分担すれば、衣を付ける作業もとても簡単に終わる。やはり流れ作業は強い。二人でやると、どちらか一人が片手で別々の作業をしなければいけなくなるので。

 衣を全て付け終えれば、後は揚げるだけだ。悠利とヤックは手伝ってくれたヘルミーネに礼を言って、次の作業に入る。油の準備をして揚げる係と、今までに出た洗い物を片付ける係だ。連携は大事です。

 ヤックが洗い物を担当し、悠利が揚げる作業に入る。ヘルミーネは手を洗い、エプロンを外した後は、カウンター席に陣取って二人の作業をじーっと見ている。興味津々だった。


「すぐ揚げるから、待っててね」

「うん」

「ユーリ、オイラ洗い物を終わったら飲み物の準備するね」

「ありがとう」


 悠利の言葉にヘルミーネは嬉しそうに頷き、ヤックは次の段取りを口にする。何だかんだで時間はすぎていて、もうすぐおやつの時間だったのだ。間に合って良かったというところだろうか。

 熱い油の中に入れられたコロッケ達は、パチパチ、ジュージューと香ばしい音を立てている。揚げ物特有の匂いがふわりと漂って、くぅと誰かの腹の虫を鳴かせた。それが誰の虫かは解らない。というか、全員の腹の虫なのかもしれない。

 コロッケの中身は既に火が通っているので、衣が揚がれば完成だ。なので、悠利はくるくるとコロッケをひっくり返しながら、きつね色になるのを待っている。カリッときつね色に仕上げれば良いので。


「うん、出来た」


 何度かひっくり返して両面を確認すると、悠利は満足そうに笑ってコロッケを引き上げる。バットの上に油切り用の網が載せられているので、そこで冷ませば余分な油が切れて出来上がりだ。

 全てのコロッケを引き上げ、次のコロッケを油の中に入れてから、悠利は完成したコロッケを一つ、そっと小皿に取った。そして、箸とナイフで三等分にする。


「ヤック、ヘルミーネ、味見どうぞ。熱いから気を付けてね」

「うわっ、熱そう」

「私も食べて良いの?」

「ヘルミーネも手伝ってくれたからね」

「やったー!」


 一足先に味見が出来ると解って、ヘルミーネはうきうきで万歳をした。そして、悠利が差し出した小皿からじゃがバターコロッケを手に取る。

 揚げたて熱々なので、指先でちょんと摘まむようにしてしか持てない。それでも、まだ小さいので比較的早く冷めるだろう。悠利が三等分にしたので、空気に触れる面積が増えているのもある。

 悠利とヤックもコロッケを手にして、ふーふーと息を吹きかける。熱々なので、流石に彼らも冷ましてからでないと食べられない。

 かぷり、と悠利はコロッケに齧り付いた。サクサクカリカリの衣部分と、しっとりなめらかなジャガイモ部分の対比が素晴らしい。味付けは塩胡椒とバターだけだが、そのシンプルさが逆にほっこりする。

 バターの旨味と、ジャガイモの旨味が優しいバランスで溶け合っているのだ。やはりジャガイモとバターの相性は完璧だと思う悠利。

 それだけではなく、揚げ物というのもやはり大きい。揚げ物にすると、油の風味が追加されるのか、味が増えるのだ。


「ユーリ、これ、いつものコロッケよりなめらかで美味しいわ!」

「バターを入れたからかな?」

「味もね、バターの風味が生きてて凄く美味しい!」

「それは良かった」


 あっという間に味見用のコロッケを食べ終えたヘルミーネは、満足そうに笑う。とっても美味しいと笑う笑顔は幸せそうだ。見ているこちらまで幸せになる。

 そんな二人の会話を余所に、ヤックはもぐもぐと味わうようにしてじゃがバターコロッケを食べている。コロッケ大好き少年のお眼鏡に適っただろうかと悠利が視線を向ければ、恨みがましげな目があった。

 何故そんな眼差しを向けられるのか解らない悠利は、きょとんとする。どうしたの?と問いかければ、ヤックは唇を尖らせてぼやいた。


「ユーリ、狡いや。次から次に、色んな味の美味しいコロッケ出してくるんだもん」

「え?」

「あー!一番が選べないー!」


 どのコロッケも美味しいのに、また増えた!とヤックが叫ぶ。悠利は意味が解っていないが、ヘルミーネは解ったらしい。呆気にとられている悠利に、説明をしてくれた。


「ヤックはコロッケ大好きでしょ?きっと、自分の中でランキングでも作ってるのよ」

「……あぁ、なるほど。でも、コロッケ全般が好物なのにその中でもランキング付けるものかな?」

「好物だからこそ、順番があるんじゃない?そもそも、コロッケ、色んな種類がありすぎるのよ」

「まぁ、それもそうだね。まだまだ色々あるし」

「まだあるの!?」

「あ、聞こえてた」


 ぶつぶつと呟いていたヤックが、悠利の発言が聞こえたのか叫ぶ。てっきり自分の世界に入っていると思っていた悠利は、彼に言葉が届いていたことに素直に驚く。


「色々あるし、自分で考えて作るのも出来るから、コロッケの可能性は無限大だよ?」

「……オイラ、一番が選べないのは何か困る」

「何で」

「何となく」


 しょんぼりするヤックに、悠利は首を傾げるだけだった。そんな悠利と打って変わって、ヘルミーネは解る解ると言いたげに頷いていた。彼女の好物はスイーツだが、スイーツも同じ系統の味違いとかが無限に広がるので、彼女も一番を決めるのに苦労しているのだ。

 そんな二人をとりあえず放置して、悠利は残りのコロッケを揚げる作業に戻る。皆の分も揚げてしまわなければいけないので。


「大体、ジャガイモ以外で作ったものもコロッケだって言われて、オイラ本当に驚いたんだ」

「コロッケ、ユーリが作っただけでもいっぱいあるものねー」

「そうなんですよー」


 ヘルミーネが話し相手になってくれるので、ヤックはつらつらと自分のコロッケへの思いを語る。ヘルミーネも、中身をスイーツに置き換えれば他人事とは思えないので、真剣に聞いていた。

 ちなみに、悠利がアジトで作ったことのあるコロッケは、ヤックの言うとおり、それなりの数だ。よく作るのは、一番シンプルなジャガイモとミンチとタマネギのコロッケだ。それ以外にも作ったことがあるのは、ツナマヨコーン、カレー風味、サツマイモ、カボチャになる。

 そこに本日、めでたくじゃがバターのコロッケが追加されたのだ。しかも悠利の口振りでは、まだまだレシピがあるっぽい。ヤックが感情を持て余すのも無理はなかった。

 ヤックにとって問題なのは、どのコロッケも美味しかったことだ。どれもこれも美味しいから、一番を選べないままなのである。


「ヤックー、盛り上がるのも良いけど、そろそろおやつの時間になるよー」

「え?あ、ごめん!飲み物の準備はしたから、オイラ、皆を呼んでくるよ」

「よろしくー」


 悠利に指摘され、ヤックは慌てて話を切り上げて走っていく。その背中を見送って、ヘルミーネは悠利に向けて呟いた。


「本当、ユーリって罪作りよねー」

「何が?」

「次から次へと美味しいものを出してきて、私達の胃袋をがっちり掴んじゃうんだもん」

「……え?それ、何か悪かったの……?」

「悪くないわよ」


 困惑する悠利に、ヘルミーネは楽しそうに笑った。自分は日々美味しいものを食べたい&食べてもらいたいでしか生きていない悠利なので、ヘルミーネの言葉の意味を今一つ理解していなかった。

 悠利が当たり前みたいに繰り返す、「皆に美味しいものを食べてもらおう」という行為が、どれだけ皆の心と胃を掴んでいるのかを、当人だけが解っていないのだ。美味しいご飯は心を豊かにしてくれる。何気ない日常を彩ってくれる。

 勿論、悠利は食事の重要さを理解している。美味しいご飯は心と身体の健康に必要不可欠だ。しかし、それを行っている自分が皆に大きな影響を与えているということは、ちっとも解っていないのだった。

 それを悠利に言っても理解しないだろうし、のんびりとマイペースな悠利だから皆は彼のことが好きなのだ。打算も何もなく、ただ純然たる好意だけでやっていると解るからこそ。

 なのでヘルミーネは、それ以上その話題に関して口にはしなかった。代わりのように、にこにこと楽しげに笑いながら口を開く。


「ねぇ、このコロッケ、お代わりの分はあるの?」

「小さく作ったから、数は結構あるよ。ただまぁ、争奪戦になったら、ちょっと解らないけど」

「負けないように頑張らなくっちゃ」

「珍しいね、ヘルミーネが甘味以外でそういう反応するの」

「だって、頑張って作ったんだもん」


 食べたいと思うのは当然でしょう?とヘルミーネは口元に人差し指を当てて笑う。小悪魔めいたその笑みは、彼女の愛らしい顔立ちによく似合っていた。

 一生懸命頑張って作ったから、そして、味見をして美味しいのがよく解ったから、だから自分もお代わり争奪戦に参加するのだ。そう言いたげなヘルミーネに、悠利は頑張ってねと笑うのだった。




 なお、シンプルなじゃがバターコロッケはかなり好評で、腹持ちも良いおやつということで争奪戦は賑やかに行われるのでありました。喧嘩にはなっていないのでセーフです。




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